昨日は、大学1年の時から関わっていたボランティア団体

「まつだい早稲田じょんのびクラブ」

のバーベキュー大会に参加してきました。



天気にも恵まれ(曇天もしくは雨天)、
絶好のバーベキュー日和の中、
みんな濡れながら肉を焼きました。



久々に会う友人達と話すのは、やっぱり楽しかったです。


「この人と俺、波長合ってるな~」


と感じながらする、コミュニケーションは、とても幸福なものである、
とおもいます。



そういった友人を自分の中でたくさんつくり、
ちょくちょく会って話す。

それが、「自分を幸福に保つ秘訣」のような気がします。



昔の友人を大切にしよう。
貧困の克服―アジア発展の鍵は何か (集英社新書)

これを読みました。
最近、どうすれば貧困がなくせるのか、ということに関心があります。
この本に書いてあった

「国家の経済発展に必要なもの」

をまとめてみます。


■■国家の経済発展に必要なもの■■

1.競争経済
2.グローバル化
3.海外の投資を呼び込む
4.教育
5.農政の成功
6.民主主義

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これらの中で、根本的に重要なのが、民主主義だよなあ。民主主義が実現すれば、1~5は比較的容易に実現できるはずだから。

貧困の終焉―2025年までに世界を変える


これも読みました。

極貧国への介入のあり方として、まず取り組むべき5つの項目について書きます。



■■取り組むべき5つの項目(ビッグ・ファイブ)■■

1.農業への投資
2.基本的な健康への投資
3.教育への投資
4.電力、輸送、コミュニケーション・サービス
5.安全な飲料水と衛生設備

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農業だよなあ。まずは食えれば生きていけるもんな。
昨日は、はあちゅうさんのイベントで一度だけお会いしたかりたさんと、ランチ。かりたさんランチ誘っていただきありがとうございました!かりたさんはビジネスとお笑いの深い知識を持っています。僕もビジネス知識は浅いですが、お笑いはそれなりの知識を持っているので、共通言語がたくさんありました。結局、11時20分集合で、解散したのが、、、17時ぐらい?だったので、

5時間ぐらい喋っていたわけですか。笑

盛り上がりましたねー。でも昨日話していて、改めて自分はお笑いが好きだなあと思いました。人前でネタをやるのが好き、というのではなくて、人とお笑いについて話している時、お笑いを見ているときは時間を忘れます。これが本当に好きなことなんですよ、きっと。

かりたさんは上海、ニューヨークでの滞在経験があります。(海外時代の破天荒な話はぶっとんでました笑。相当面白かったです。interesting的な意味でも、funny的な意味でも)そこで、日本と海外の笑いの感覚の差異についても盛り上がりました。自分はこの部分が一番興味深い部分です。お話を聞いていると、やはり、一言で言うなら、「日本の笑いのレベルは高い。」ということです。

ウケる技術 (新潮文庫)
の、うち3つぐらいで中国の笑いはすべて説明できるのでは?、という話にもなりました笑


話していて思ったのは、もったいないよなー、ということ。日本の笑いのレベルが高い水準にあるにもかかわらず、それが理解されない。もったいない。僕は笑いというのは、美術や音楽と同じ、「芸術」の一領域だと思うんですね。日本のお笑いは、その芸術における最先端を走っているにもかかわらず、世界から理解されていない。ゴッホみたいなもんですね。死んでからうなぎのぼりに評価が上がっていったゴッホと、今の日本を重ね合わせてしまう。


アニメとかみたく、日本の笑いが世界中から評価されるようになって、「日本人ってすげーーー」って言わせたいです。海外の人たちに。どうすればよいか、考えてみます。
Susan Boyleさんの動画

友人の紹介で上の動画を見ました。

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イギリスの有名素人歌番組から生まれた新星、
Susan Boyleさんです!

この番組は日本ののど自慢とオーディションを兼ねたようなもので、
素人のプロへの登竜門になっているみたいですが、
ここに48歳のスーザンさんが挑みました。

一見、どこにでもいる超フツーのオバサンなので、最初の自己紹介では観客も
ひややかな目線を投げかけてますが、

いざ歌が始まると、超辛口コメントで有名な審査員含め全員、
あまりのクオリティに顔が豹変します。

終了後はスタンディングオベーション。
新たなスターの誕生です。
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というもの。
(友人のメルマガ:「イノベーション・ハックス!」
http://archive.mag2.com/0000286002/index.html
から抜粋)


これがですねー、見ていてめちゃくちゃ気持ちよかったんですね。僕見ていてSusan Boyleさんの方に無意識のうちに感情移入してしまっていて。で、審査員とか観客がSusanさんを完全になめた目で見ていたのをみて、「ちくしょうーーー」と思いました。ですが、Susanさんが歌い始めると同時に、会場の全員が度肝抜かれるんですね。それ見てて「ざまあみろ!!!!」って思って、気付いたら、泣いてたんですね僕wwwww気持ちよすぎてw

弱い人、隠れた才能が一気に開花して、調子乗ってる奴らの度肝を抜く

っていう構造が、たまらなく好きです。今までもなんとなく意識はしていたんですが、今回はっきりわかりました。ドラゴンボールの天下一武道会でゴクウを田舎もんだと思ってへらへら馬鹿にしてた、対戦相手・観客が数秒後に表情を一変させる。っていうのも気持ちよかったなー。でも漫画以上に現実世界でそんなことが起こってるのを見るほうが、よっぽど気持ちよかったです。

仕事に結び付けられないかなー。
所得と幸福の相関関係、について最近よく考えます。一定水準までは、所得の伸びと幸福感の伸びは比例する。しかし、所得がある水準を越えると、所得の伸びに対する幸福感の伸びが鈍化する。

しかもアダム・スミスは、鈍化するどころか、より不幸になるといっています。それを説明するために以下のような寓話を紹介しています。

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「貧乏な人の息子」は、自分よりも優れた身分の人々の生活に憧れ、富と地位を獲得するために全渉外を捧げる。彼は、勤勉に働くだけでなく、憎悪する人々に奉仕し、軽蔑する人々にへつらう。こうして、彼は、いつでも力の及ぶ範囲にある真実の平静を犠牲にする。しかし、彼が実際に富と地位を手に入れてしまうと、彼は、それらが取るに足りない愛玩物以上の満足を与えてくれないことを知る。彼に、富と地位に対して与えられるはずの他人からの賞賛に満足している様子は無い。それどころか、彼は、他人からの不正、背信、忘恩、侵害のために、失望し、いらだち、怒っている。
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このようにアダム・スミスは言っています。財産を集めても、すぐにその財産に慣れてしまい、満足感はどんどん小さくなっていく。むしろまわりにくっついてくる金目当ての輩どもがうっとうしいので、よけい不幸になる、と。だから、財産集めてもしょうがないよ、お金は最低限あればいいでしょ、といっているのである。

僕はこの考えに非常に納得してしまいました。たしかになー、と。自分が小学生の時、お小遣い600円で「少ないなー、もっと欲しいなあー、」と思っていた。けど、今バイトで月数万の収入を得られるようになったが、「少ないなー、もっと欲しいなあー」と思っている。そして小学生の時と比べて、今とても幸福になったかといわれれば、そんなことは無いと思う。

あ、でも小学生と大学生だとものの考え方が大きく違うから幸福感を比較する対象として適切ではないか汗。と気付いてしまったんですが。他に例を挙げるのがめんどくなったのでいいやw


ま、とにかく、アダム・スミスがそんなことを言っているわけです。そして僕はそれに非常に納得しました。しかしながら、このアダム・スミスの考え方は非常に危険なものであるといえます。なぜなら、この考え方は、人間の意欲を殺ぐ危険性を持つからです。

お金をいくらためてもそんなに幸福にはならない、むしろ不幸になる。今あるものに満足することが大切だよ、と彼は言います。ちょっと聞くと、すごく良いことを言っているように聞こえるのですが、彼の言葉は、「向上しても意味が無いよ」というふうにもとれます。すると、人の向上心=意欲を殺ぐ危険性が出てきてしまうわけです。実際僕もこの数日間、意欲がそがれて屍のような生活を送っていましたwww


たとえば仏教も、自己の欲望を否定して解脱せよ!という教えです。が、これも危険です。欲望を否定するということは、その人のエネルギーを抑えるということです。これは生命原理に反する危険性があります。少なくとも僕の場合はかなり危険です、この思想はw

アダム・スミスも仏教も、もっと高次元で理解できる人にとっては素晴らしい思想なのかもしれません。けれども僕のような凡人には、取扱要注意な危険な思想でございました。

意欲は生命力の根源です。「意欲を抑えよ」的なフレーズが、今後目に飛び込んできた時には無条件に信じるのではなく、注意して読まないと、深刻な事態になりかねません。気をつけよー、と思いました。


「君は、超人を目ざして飛ぶ一本の矢、憧れの熱意であるべきだ」

と力強くおっしゃるニーチェさんの方に、僕ははるかに共感します。
反貧困―「すべり台社会」からの脱出 (岩波新書)

[要約]
・日本に貧困者が増えている。
・日本の全労働者のうちの3分の1は非正規雇用である。非正規雇用者は、その雇用形態から安全に生きられるという保証が無い。
・日本は3層のセーフティネット(雇用、社会保険、公的扶助があるとしているが、適切に機能していない。
・また、生活保護受給者も1995年から一貫して増えており、151万人に達している。しかも、これは捕捉率15%から20%と言われているので、600万世帯ほどの生活困窮者が生活保護から漏れているとされる。
・貧困が原因で、犯罪や児童虐待が増えている。
・数百万人の貧困者がいると思われるが、日本はそれを認めない。なぜなら、それを認めることは憲法25条で定めた生存権が満たされていない国民を放置していることを認めることを意味するからである。

[感想]
貧困は見えにくい。が、かなりの人が貧困で苦しんでいる。犯罪も増えるし、国は対策が急務だよなあ。けど、財源が無い。社会保障に回すお金がない。そうなるとやっぱり、やるべきは財政建て直しだよな。公共事業と天下りにかかってるお金をばっさりカットして社会保障にまわしてあげてください。

あと、お金持ちにもう少し税負担してもらいましょ。人間は「最低水準の富」を確保するまでは所得と幸福の間に相関関係があります。しかし、一定以上の所得を確保すると、所得が増えても幸福度合いはそんなに変わらない。だったら、やっぱり、お金)持ちにもう少しお金を払ってもらうしかないんじゃないかなあ。

でもそうするとお金持ちが「日本じゃ金稼げねえや」っていって、海外に出て行ってしまう(たしかシンガポールとか法人税安いんだよね)。そうすると税収が減って、財源がなくなる。うーん、どうすればいいのか。

僕の税負担が増えるのはいいですよ、別に。すごく恵まれた環境でのびのび生きてられることを感謝しておりますので笑。だから消費税増税とかは全然良いですし。来年から働き出すけど、給料から天引きされる税金は、増えても良いと思ってます。それはやっぱり「所得と幸福の相関関係」について腹落ちしているからです。

「政府の信頼回復」「所得と幸福の相関関係の国民全体での共有」を図って、お金持ちの皆さんに、税金増えること納得してもらうのがいいんではないでしょうか。

財務省と厚生労働省のみなさん、がんばって!
「意欲」がいちばん大事だよなー、と思います。「何かをしたい!」という強い欲望があって、その欲望に突き動かされている時、どきどきわくわくしますもん。欲望を満たすために目標を設定して、その目標を達成するまでのプロセスに充実感を感じますし。目標を達成するために努力して、目標達成したときは、達成感がありますし。そのときって、やっぱり気持ち良いですよね。

なので、すべての根本は「意欲する」こと、なわけですね。

けど、「生きることに意味は無い」ということに気付いてしまうと、あるいは、「生きることに意味は無い」と思い込んでしまうと、「意味無いんだから、なんにもしなくていいやー」というふうになってしまい、意欲が減退してしまう危険性がある。それは非常に良くないです。意欲がないと、生きることは面白くない。

では、意欲というのはどうやって生まれるのか。私の場合だけかもしれませんが、

【意欲は現場で生まれる】

と思います。現場で、人と話していてその人の話す内容に引きずりこまれたとき、初めてのものに触れた時、美しいものに触れた時、何か大きな不条理に直面した時、などなどの場合に、意欲が生まれます。家で本を読んだりテレビを見たりパソコン見てたりしても、あまり意欲がわいてこない。僕の場合ね。

そんなわけなので、日々予定を入れまくって、行動しまくるのが、意欲を保つ方法だよなーと思います。
以下の文章にとてもひきつけられます。

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 わたしがわたしの悪魔を見たとき、その悪魔は、まじめで、深遠で、おごそかだった。それは重さの霊であった。―この霊に支配されて、いっさいの事物は落ちる。
 これを殺すのは、怒りによってではなく、笑いによってだ。さあ、この重さの霊を殺そうではないか。

 わたしは歩くことを学びおぼえた。それ以来、わたしはひとに押されてから動き出すことを好まない。
 いまわたしは軽い。いまわたしは飛ぶ。いまわたしはわたし自身をわたしの下に見る。いまわたしを通じてひとりの神が舞い踊っている。

中公文庫 ニーチェ『ツァラトゥストラ』 p.62-63

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人間は虚栄心を満たすことに快感を覚える。世の中にあまた存在する人間の中で、相対的に自分のランクがどこなのか、を知りたがる。ランクが上であれば快であり、下であれば不快を覚える。これは多くの人に共通の特徴である。

虚栄心を満たすには2つの道がある。「財産への道」と「徳への道」である。「財産への道」は富・高い地位を得ることで虚栄心を満たす道である。「徳への道」は徳・英知によって虚栄心を満たす道である。

「徳への道」を極めることで、人は心の平静を手に入れ、満たされる。なぜなら、自分の中で形成される「こうすべき」という観念(=公平な観察者)と矛盾しないからである。

これに対して「財産への道」ばかりを優先しようとすると不幸になる。なぜなら、財産は一定以上はあってもなくても幸福の度合いは変わらないからである。むしろ、財産があればあるほど、無駄なプレッシャーや人間が近づいてくるため、無い方がよいともいえる。


と、この本に書いてありました。
アダム・スミス―『道徳感情論』と『国富論』の世界 (中公新書)


なるほどな、と思う。すごく納得感がある。
自分はどうしよう。徳への道、という視点を忘れないようにしよう。
と考えていた矢先、プロフェッショナルという番組で武装解除のプロ(女性)が出てきた。スーダンの紛争地に単身飛び込み、現地の人からヒアリング。その結果を政府の上層部に伝え、政策を提言する。

なんという素晴らしいことをしている人だ、まさにこれこそ「徳への道」を進んでいる人であるよなあ
と思った。

この人は世間からの賞賛を受けている。
また、自分の価値観に沿って生きている。

この人は、高いものを食べているわけではないし、高い家に住んでいるわけでも、高い服を着ているわけではない。これに対して、日本の六本木ヒルズに住む人たちは、お金をたくさん使い、自分の欲しいものを欲しいままに手に入れている。


本質的に幸福なのは、果たして誰だろう。



そして、自分が徳への道を歩むとしたら、どうやって歩もうか。
マイクロファイナンスのように、金融によって、「最低水準の富」を得られる人口を増やす方法は無いだろうか。
「世間に認められたい」という思いは、おそらく誰しもが共通で持っているものである。

その思いを脱し、いかに「自分の心の声」に従い、生きていけるか、が問題だ。


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銀行に内定をもらって10日。早くも内定先に疑問を感じ始めていますwというのは、「出世システム」と「社風」に若干の不安を感じたから。

まず「出世システム」について。
実際内定してみて、「最初に山手線内の支店に配属にならないと先は厳しい」という声があちらこちらから聞こえてきた。そして、最初の支店が決まる要因は、「大学」か、「面接」らしい。

この点俺は、大学早稲田だし、面接も途中電話がなかなかかかってこなかったこともあったので、かなり不利なのではないか、と思われる。この時点で、同期の中で、下の方の人材として位置づけられているのではないか、という不安がある。


次に「社風」について。やはり安心・安定を求めて入行している人が多いように思う。そして、向上心も低い人が多いように見える(みんな内に秘めてるだけ?)。少なくとも「空気」としては、無難、安定、高給料、会社によりかかる、っていう志向の人が多いように見える。この中でいかに腐らず生きていけるか。

環境というのは非常に大事で、油断すると、すぐに染まってしまう。相当な注意が必要だ。


そんな中で、自分にできることは何か。

1.東京配属になるために、必要な手段をゼミの先輩から学ぶ
2.それを実行
3.東京配属になって、そこでがむしゃらに働き、がむしゃらに勉強
4.「投資銀行部門」あるいは「国際部門」に引き上げられる 
  or 辞めてベンチャーまたはVCの道へ


とりあえず3までを断固実現する!!!!!