ヨーロッパ建築巡礼記 改 デザインで豊かな生活を -282ページ目

ブダペスト西駅 到着

ドキドキしながら地下鉄に乗車し、とりあえず中央駅まで行ければ地図を頼りに宿は探せるだろうと思っていました。中央駅までは6駅(乗車した駅がNepliget駅で街の中央がDeakter駅)です。

大きなバックパックを背負っていると座席に座るスペース的な余裕がなかったため、ドア付近で立ってました。1駅…1駅…検札官が乗り込んでこないか怯えてましたが、3駅くらい過ぎた頃から、頭の中では(宿を早く確保しないといけないなぁ)と思い始め、ブダペストのユースホステルはどこにあるのかガイドブックを読み始めます。

いくつか掲載されていますが、アクセス的に一番分かりやすそうで、西駅から徒歩5分のベスト・ホステルというユースホステルが目に留まりました。

調べてみると西駅は目的の中央駅から2駅さらに乗れば、乗り換えずに行けることが分かりました。検札が来ないうちにさっさっと地上に出たいとびくびくしていたのに…少し考えてみると、多分検札は大丈夫だろうと妙に落ち着いてきて、あと2駅くらい平気なはずだ!と思えてきました。

妙な自信が湧いてきて、遂に西駅に到着しました!ドアが開きホームに出ます。
ただ、車内での検札は無かったですが、まだまだ気を抜けません。
地上に出るまではどこで検察官に捕まるか分からないのでヒヤヒヤしてましたが、無事に検察に捕まらず地上に出られました。(やった~、無料乗りで乗り切れた~と安心

安心も束の間、このブダペスト西駅はなかなか大きくて分かりにくく…バス停に着いた時と同じく、自分がどこにいるのかまた迷子になってしまいました…

またインフォメーションに聞きにいきますが、英語が通じず相手にされません。駅は大きくて、さっきまでの郊外とは比べものにならない人ゴミで、ウィーンとは全然雰囲気が違います。ウィーンのような綺麗さは無く、ゴミゴミしていて、立っているだけでストリートで商売をしている人達にどんどん声を掛けられ…恐さも感じてしまいました。

とりあえず、まだハンガリーの通貨に両替していないのでそれを先に済ませようと思い立ち、両替所を探しました。駅前の大通り沿いを歩くとさらに人ゴミでした。歩いてると案外すぐに両替屋が見つかりました。1.5坪ほどの小さな店で若い女性の店員が一人だけです。店に入った時この店員は携帯電話で普通に会話をしてました。友達と会話しているみたいで、両替を頼んだときも、そのまま電話の会話は止めないで接客されました。日本では有り得ない接客態度にびっくりしましたが、そんなことよりフォリントに両替できたので良かったです。

あとは、宿さえ見つかればなぁ~と地図を見ながら歩いていたら、信号待ちで止まっていた交差点の前方、角の建物の大きなドアにユースホステルの看板を発見!国際ユースのマークは世界共通です。
ハンガリー入国以来、トラブル続きでしたがあっさりと発見できてしまいました。
写真でも分かると思いますが、前がバス停なのでバス待ちの人だらけでした。
この大きな茶色の木製ドアはもちろんロックされていました。
いくつもある表札からユースのマークを見つけ、ブザーを押して『泊めて欲しいんだけど』と言って開けてもらいました。

扉を開けると、外観からは想像もできませんでしたが気持ちのよい中庭があり、階段がそこに面しています。見上げると3階くらいの踊り場から『Hello』と大きな男性(身長2メートルくらい)から呼ばれ、手招きされました…

*写真はユースホステルの入り口です*

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ブダペスト到着

無事に国境を通過し、いよいよハンガリーに入国しました。
PM2:20 ブダペストのバスターミナルに到着。

時間は遅れること無く、出発前にウィーンで確認した時刻表通り、バスに乗っていた時間は3時間20分
バスから下車し、荷台から自分の荷物を受け取り、バス停の周りを見てみるとなにも無い郊外だということに気づきました。
バスに乗っている間に地球の歩き方を見ていたら、国際バスは市内の中心に着くと掲載されていました。それを信じきっていたため、予想外の郊外の風景に驚き、自分がブダペストのどこに着いたのかが全く分かりませんでした。

まずは、ここがどこなのか把握する為にガイドブックの小さな地図を片手にバスターミナルのインフォメーションに行きます。ここはどこかと、地図を見せて聞いてみるとこの地図には乗っていないと言われ、さらに両替はどこで出来るのかも聞いてみるとそれは無いと邪魔物扱いで追い払われました。(英語が全く通じない人で、ほとんどジェスチャーでしか通じなかった)

オーストリアの通貨はユーロですが、ハンガリーの通貨はフォリントであり、両替をしないと何もできません。両替がないことと、場所が分からないことで焦りが増大してしまいいこの旅最初のピンチが訪れました。
まずは冷静になるためにベンチに腰掛けてガイドブックとにらめっこ…
しばらく途方に暮れてましたが、あれこれ悩んだあげく、動き出さないとどうしようもないことから動き出しました。このバスターミナルは結構大きく、地下に降りる階段を見つけて歩き出したところ、地下鉄の駅とつながっていました。地下鉄の路線図が歩き方に小さく載っていたのでこの駅名を探してみると…ありました。

ここにきてやっと自分のいる場所は分かり、少し安心…確かに持ってる地図には載ってない郊外でした。ここで普通なら地下鉄に乗って街の中心に行けばいいのに、ハンガリーのお金を持っていないので切符が買えません…
とりあえず切符売り場でユーロしかないが買えますか?と聞いてもNO!と一蹴されてしまいました。いろいろ近くにある売店などでユーロが使えるか聞いてみたが、どこも無理でどうしようもないな~と考えた結果、切符を買わずに(買いたいのに買えない…)地下鉄に乗る選択肢しか見つかりませんでした。

早く街の中心に行かないと今日の宿も確保するのが難しくなるし、とりあえず地下鉄に乗ってしまいました。どうやって乗ったかというと、ブダペストの地下鉄は日本のような自動改札ではなく自分で刻印機にバチッと刻印して乗るタイプで、改札はフリーです。切符がなくても簡単に乗ることができるんです。
じゃあ、皆タダ乗り出来ると思いますが、車内や、ホームや、構内で検札が頻繁に行われてます(この検札に遭遇してしまうと捕まってしまい、罰金を払わなければなりません。)検札に会わないことを願いながら、ドキドキしながら車内に乗り込みました。

*写真はウィーン~ブダペスト間のバスからの景色*

国際バス ウィーン~ブダペスト

2004年6月16日(水)

AM7:00 出発のためにいつもより1時間ほど早めの起床。
キムチハウスで最後の朝食を食べて、お別れの挨拶。

さすがに2泊すると、宿の主人(気さくなおばちゃん)とも仲良くなり別れは寂しかった。すごく良い人で、空のペットボトルに水を満タンにしてくれてリンゴまで頂いた。
この旅で一番最初にお世話になった人は間違いなくこの人だった。
またウィーンに来ることがあれば、必ず訪れたい。

固い握手で見送ってもらい、バスターミナルを目指した。
ウィーン西駅から地下鉄に乗りErdebege駅に向かう。
到着してバスターミナルを探すと、駅を出てすぐ近くに発見した。郊外であり、人も少ない。ユーロラインのオフィスでバスのチケットを購入する。

始めてのバスであり、チケットの購入方法もよく分からなくて戸惑った。
国際線になることからIDカードを提示しないといけなく、パスポートも必要だった。受付の若い男性には英語があまり通じなかったため、メモ帳に行きたい場所を書いてやっと伝わり、買うことが出来た。
1時間ほど待ち合い室で待ったらバスが予定時刻に到着したため、始めてのバスに乗り込む。意外に乗客が多く、まずはバックパックをバスの荷台に詰め込む。ほんとにこのバスなのか不安だったが、チケットを見せて乗り込む際に確認したら間違いなかった。

AM11:00 ハンガリーに向けて出発。

とりあえず、バスに乗れたことでそれまでの緊張感から解放された。
外の景色を眺めながら…じわじわと眠気に襲われた…

軽く寝ていたら、バスが止まったことで目が覚めた。何事かと思い、窓から外を見ると国境のような場所であり、いきなり警察がバスの中に乗り込んできた。
前の席の人から順にパスポートコントロールが行われた。慌てて自分もパスポートを用意し、警察に見せると執拗に顔を眺められた…緊張の一瞬だったが、スタンプを押してもらえた。

しかし、自分の斜め前に座っていた、見るからに売人のような黒尽くめの男が警察に捕まり、バスから強制的に降ろされたのである。

何事かと、周囲の人達もざわついた。

そして、男の人は連れて行かれたまま、帰りを待つこと無く、バスは国境を越え走り出したのである。

始めての国境は結構、こういうことが当たり前なのかとショックを受けてしまったが、自分は無事にハンガリーに入国することができた。
パスポートのスタンプも増えたことが単純に嬉しかった。

EURO2004

主にUバーンを使い郊外を周り、宿に戻る。
カール・マルクス・ホーフでは雨が降っていたが、ウィーン西駅に戻って来たら止んでいた。

また同じみの食事で、これで同じメニューが4食目…。
しかし、明日はもうここにはいない。

明日はハンガリーのブダペストに向かう。
どうやって行くのかはさっぱり分からないが、自分の中の予定はブダペストに行くことになっている。

キムチハウスでは、インターネットが無料で使える。ありがたいことに日本語も入力できる。パソコンは宿の中でも、入り口に面したテレビ等が置かれ、主人がくつろぐ居間のような場所に置かれている。

食事の後、このパソコンでブダペストまでの行き方を検索すればどうにかなるだろうと思っていたが、必要な情報が全然見つからなかった…

少し焦っていたら、隣のテレビでサッカーのEURO2004が始まった。
これを目当てに同室の韓国人が来て、一緒にワインを飲みながら観戦することになった。
言葉は分からなくてもスポーツは国境を超えるコミュニケーションになることが良く分かった。これ以降、多くの宿で様々な国の旅人とEURO2004を見ることになる。

サッカーを見ていたら宿の主人が韓国海苔とスルメをつまみに持って来てくれて、かなり和やかな雰囲気になった。食事には嫌気がさいていたが、このつまみは美味しかった。慣れてくるとなかなか居心地が良い。アットホームとはこのことだろうと思う。
ブダペストにはどうやって行くのか聞いてみると、だいたい分かり、一安心。

地下鉄で郊外のバスターミナルまで行ってチケットを買えばいいみたいだ。

サッカー観戦も終わり、部屋に戻って明日の出発に備えて準備をする。

キムチハウスの1泊の宿泊料金は20ユーロ(朝、夕の2食付き、インターネット無料)である。2泊以上の連泊なら割引される。2泊で36ユーロだった。

ウィーン滞在2日で使用した金額

・交通費(地下鉄、バス代) 11ユーロ
・食費 4.65ユーロ
・入館料など 9ユーロ
・宿泊費 36ユーロ

合計 60.65ユーロ(8491円…1ユーロ140円換算)

*写真はオットー・ワーグナー設計のドナウ水門監視所(カール・マルクス・ホーフの近く)*

カール・マルクス・ホーフ

ガゾメーターからUバーンでハイリゲンシュタット駅(Heiligenstadt)まで移動する。ウィーン、北西の郊外で、ガゾメーターから結構な距離だった。

ここには近代建築史で必ず出てくる集合住宅のカール・マルクス・ホーフを見ることを目的にやってきた。

1926-30年にカール・エーン(Karl Ehn)が設計した。
住宅不足に直面した第一次世界大戦のウィーンでは、市の主導で多くの集合住宅が建設された。その中でも最も重要で有名なのがこの集合住宅である。
この時代の表現主義建築の代表的作品全長1キロに及ぶ巨大建築であり、1382戸を収容する。

ハイリゲンシュタット駅に着いた時に、この旅始めての雨がちらつき出した。
この巨大建築を中庭から見ていると、他にもこの建築を見に来た外国人の集団を発見した。1キロの長さのこの建築を1周しようと思っていたが雨がきつくなり、日が暮れて来たことから断念してしまったのが心残りだった…
再訪したらリベンジしたい。