佐屋街道の北は中区になる。
山王通・名古屋高速都心環状線を越えると、
美濃路は国道19号線(伏見通)から斜め右の門前町通に行く。
そんな分岐点の東に、
真宗大谷派名古屋別院(東別院)
信長もここで元服してます。
今は銘板もあります。
とは言え、桶狭間の時には廃城になってますが(^^;
美濃路を少し進んで直ぐ西に、
日置神社。
その北に、本願寺名古屋別院(西別院・美濃路からのstreetview)
東があれば、と言う事で(^_^;)
向の東に天寧寺。
なんですが、清洲越しで来たからなのか信長攻路ではない。
直ぐに大須通で、渡って更に北上。
通りの東、大須の中心辺りに総見寺。
ここも清洲越しで来ました。
常時拝観出来ないので銘板を設置出来ないのか、
お墓では人生大逆転出来ないからなのか信長攻路ではない(^^;
門前町通は総見寺の門前から来てます(^-^)
その東に萬松寺。
前回行った時は工事中(^_^;)
完了後に行かれた方のブログを拝見すると凄い事になってますね( ̄▽ ̄;)
私も行きたかったのですが、この日は時間・体力切れ( ´Д`)
その北に三輪神社。
信長より尾張徳川家に縁。
矢場跡がある。
通りの西に、大須観音。
最寄り駅は上前津の次の大須観音駅(鶴舞線)
日本三大観音の一つと言われる(信長攻路)
信長の頃は美濃(羽島市)にあって、寺領を寄進してます。
移転させたのは家康。
その北に、大光院。
ここも清洲越しですが、創建は信長死後。
少し北に若宮大通・名古屋高速東山線で、越えると美濃路は本町通になる。
その先が名古屋宿。
そこは次に更新します。
若宮大通の東に若宮八幡社(streetview)
名古屋の総鎮守(信長攻路)
信長の頃は那古野城の南にありました。
その西に、政秀寺。
最寄り駅は上前津の次の矢場町駅(名城線)
信長が平手政秀を弔う為に創建。
その時は小牧に。
小牧・長久手の戦いで焼失し清洲に移転。
清洲越しでここに。
以上、過去記事からの編集でした。
名古屋宿は新規です。
雪は降ったり止んだりでうっすら積もってます(^^;
名古屋の方は警報出ました(こちらは注意報)
明日大丈夫かな?( ゚ε゚;)