名細市民センターのテラスには、タイ前国王ラーマ9世王国を偲ぶ肖像写真と祭壇が特設され、タイ人たちが花々を供養していた。そして、次々とやって来ては跪いてそっと手を合わせていく。国民に愛された前国王の人柄が窺えるようでした。
2017年10月8日(日)名細市民センターで開催されたのが、「日タイ修好130周年in埼玉」。9:00~16:00
・タイ王国の9世を偲んでタイ舞踊を捧げる
・日タイ文化体験
1887年に日タイ修好宣言が調印されてからちょど130年。
2017年は、長年の交流を基盤に日本とタイがお互いの理解を深め、さらなる絆を生み出す年(日タイ交流年)です。
「日タイ修好130周年公式ウェブサイト」
http://www.th.emb-japan.go.jp/jt130/index-jp.htm
日タイ交流の歩み。
長い交流の歴史。
文献によると日本とタイの交流は、約600年前に遡るといわれます。当時、御朱印船による対タイ交易を通じて、タイの首都アユタヤには、日本人町が形成されていました。また、中継貿易地として、当時の琉球王国も大きな役割を担っていました。沖縄の泡盛は、現在もタイ米を使って製造されていますが、これはかつてのタイとの交易の名残だと言われています。徳川幕府とアユタヤ朝の間でも献上品や書簡の交換が行われていましたが、正式な国交を基礎としたものではありませんでした。その後、こうした交流も徳川幕府による鎖国令などにより徐々に衰退していきました。
18世紀、欧米列強によりアジアの独立国が植民地化される中、日本が明治維新により近代国家建設を開始したのとほぼ時を同じくして、アユタヤ朝、トンブリー朝を経てラッタナコーシン朝となったタイ王国は、ラーマ5世の下で国家の近代化を図り独立を維持しました。
まさに、この時期、日本とタイは正式な国交を開始しました。すなわち1887年(明治20年)9月26日、「日暹(にちせん)修好通商に関する宣言」(日タイ修好宣言)により、正式に国交が開かれたのです。この宣言は、両国が国交を結び、通商・航海を奨励し、将来の条約をもって詳細を規定するという簡単で抽象的な内容のものでしたが、これは明治の日本政府が東南アジア諸国と外交関係を結んだ最初の条約となりました。
親密な皇室・王室関係。
日タイ両国の関係は、国民から敬愛を集める皇室・王室の親密な関係を基礎にしていると言えるでしょう。天皇皇后両陛下は、御即位後、初の外国訪問として1991年9月にタイを訪問されました。また、両陛下は2006年6月にプミポン国王陛下(当時)の御即位60周年記念式典御出席のためにタイを訪問されました。
皇族・王族による多くの往来も日タイ関係を特徴付ける要素となっています。2012年6月には皇太子殿下が御訪問され、アユタヤを御視察されています。また、同年11月には、秋篠宮殿下がタマサート大学からの名誉博士号の授与及び学術会議へのご出席のためにタイを御訪問されました。タイからは、2010年10月と2015年4月にシリントン王女殿下、2010年11月と2013年11月にチュラポン王女殿下が訪日されています。
皇室と王室の御交流を象徴するエピソードの1つとして、淡水魚の「プラー・ニン(ティラピア)」が、天皇陛下が皇太子時代にタイの人々の食生活におけるタンパク質不足を補うためとしてタイ国民へ贈られた魚であることがタイでは広く知られています。
活発な要人往来。
日タイ間では、政府関係者の活発な往来があります。近年の主な往来を挙げれば、2013年1月には安倍総理が就任後初の外国訪問先の1つとしてタイを訪問した他、2016年5月には岸田外務大臣が訪問しています。他方、タイからはプラユット首相が2015年に3度に亘って訪日しています。両国間では、これら以外にも多くの閣僚の往来が頻繁に行われています。
また、二国間の往来のみならず、国際会議等の機会を捉えて首脳会談等を実施し、頻繁に意見交換を行うことは、両国の指導者が互いに信頼関係を深め、良好な二国間関係の維持にとり有益であります。
幅広い国民間の往来と交流。
日タイ両国の国民にとって相手国は互いに身近な存在となっています。日本からは、年間約140万人以上が観光、商用等の様々な目的でタイを訪問しています。また、タイに居住する日本人の数は約6万7千人を越えるに至り、バンコク日本人学校は最大規模の日本人学校となっています。日本でのタイのプロモーションも盛んです。日本における“各国フェア”の先駆けとなった「タイ・フェスティバル」には数多くの日本人が足を運んでおり、代々木公園で毎年5月初旬に行われるイベントはすっかり定着しました。他方、タイ人にとっても日本に対する親近感は益々高まっています。日本国内に居住するタイ人の数は、約4万7千人に達しています。また、日本への短期滞在査証の取得が免除となった2013年以降、タイからの訪日客数はうなぎ上りで、2016年は90万人を越えたことは特筆すべき点です。タイ人の日本国内の訪問先も、東京、京都といった従来の目的地に留まらず、日本各地に拡大しており、また、観光客の多くがリピーターとなり、繰り返し訪日する傾向も見られます。タイにおける和食ブームも引き続き広がりを見せており、もはや「ブーム」ではなく、食文化の一部としてすっかり定着した感すらあります。
日本とタイの間では姉妹都市提携を結んでいる県市町村が6ありますが、それ以外にも多くの地方自治体による交流が顕著に高まっています。特に、最近では日本の各自治体による観光・物産等のプロモーション活動が活発に行われています。また、多くの非営利特定活動法人(NPO)や非政府組織(NGO)の活動は既に長年に亘り行われてきており、人と人を繋ぐものとして重要な役割を果たしています。
緊密な経済関係。
日本は、1954年に21人のタイ人研修生を受け入れて以来、政府開発援助としてタイに資金的・技術的な協力を実施してきました。インフラ関係では、ドンムアン空港、スワンナプーム空港、バンコク上水道整備、東部臨海開発プロジェクトなどがその例です。また、地下鉄ブルーラインや都市鉄道パープルライン等の交通インフラも我が国からの支援によるものであり、身近なところで市民の役に立っています。
このように日本とタイの関係は長い歴史を有し、また、今日、幅広い分野において緊密な関係を構築しています。日タイ修好130周年という節目にあたる本年、両国国民の様々な交流を通じて一層関係が深まり、互いに身近な存在になっていくことが期待されています。
2017年の日タイ修好130周年を祝うように、今年は一年を通して日本・タイ両国の各地で記念事業が開催されています。
・2017年8月17日-12月5日 国際交流基金海外巡回展
「マンガ・北斎・漫画―現代日本マンガから見た『北斎漫画』」展
シーナカリンウィロート大学(バンコク)、Art Bridge(チェンライ)、プリンス・オブ・ソンクラー大学(ソンクラー)
国際交流基金バンコク日本文化センター
・2017年8月18日 福島青年管弦楽団 イン バンコク
K バンク サイアム・ピックガネーシャ・シアター(バンコク)
バンコク・クリスチャン・カレッジ
・2017年8月23-28日浦和レッズ ハートフルサッカーinアジア(タイランド)
チェンマイ、バンコク、ナコンパトム
浦和レッズダイヤモンズ株式会社
・2017年11月2-11日日タイ共同製作演劇 平田オリザ作・演出「バンコクノート」公演
チュラロンコーン大学(バンコク)
国際交流基金バンコク日本文化センター
2017年11月18日 夏川りみ コンサートインバンコク
レンブラントホテル(バンコク) Daisho Thailand Co., Ltd.
・2017年11月25-26日第8回シラチャ祭りシラチャ健康公園(チョンブリ)
タイ チョンブリ・ラヨーン日本人会
全国的に見ても埼玉県で開催された「日タイ修好130周年in埼玉」は特に大掛かりな事業と言える。埼玉で、しかもここ川越で開催されたことが画期的。
川越開催に至ったのは、この団体なくしてはあり得ない、主催は埼玉県を代表する日タイの架け橋団体、埼玉県在住タイ人クラブです。
埼玉県在住タイ人クラブというのは、埼玉県在住のタイ人が中心となってタイと日本の文化や伝統を共有し、文化交流を深めるための会です。2008年発足。
埼玉県に住むタイ人のコミュニティであり、タイ人だけでなく、タイの言葉や文化を知りたいという日本人も多数入っています。
実は日本人も会の運営に深く関わって、タイフェスなどのイベントも支えている裏側がある。
活動としては、伊勢原公民館やクラッセ川越で、タイ人が日本人にタイ語教室を開いたり、反対にタイ人クラブに入っている日本人がタイ人に日本語を教えたり、生活相談にのったりと、日頃から活発な活動をしています。
(クラッセ川越にて埼玉県タイ人クラブの活動)
普段の定期的な活動の他にも、川越では「小江戸タイフェス」、「ソンクラーン(水かけ祭り)」主催や「川越唐人揃い」参加でお馴染みの団体。
(「小江戸タイフェス」小江戸蔵里2017年3月25日、26日
https://ameblo.jp/korokoro0105/entry-12261000378.html)
(「ソンクラーン(水かけ祭り)」2015年4月19日伊勢原公民館 本場タイのお祭りが川越で
http://ameblo.jp/korokoro0105/entry-12016546141.html )
(第12回「川越唐人揃い」2016年11月13日多文化共生・国際交流パレード
http://ameblo.jp/korokoro0105/entry-12221478867.html)
タイ人クラブの活動が川越で多いのは、会長のスパッタラさんや役員たちが川越在住なのも大きいかもしれません。
タイ人クラブの拠点にもなっている西武新宿線南大塚駅近くにある「サバーイ・サバーイ」さんにはタイ人たちの姿がよく見られる。
タイ人クラブは川越で活動が多くなり、川越に集まるタイ人が多くなり、結果今の川越はタイ人が多い街となっている側面がある。在住も多いし、川越に来るタイ人観光客も多い。一番街ではよくタイ語が飛び交っているのを耳にします。
タイ人たちの結びつきの強さ、コミュニティの濃さにはいつも圧倒されるばかりです。
川越市内いろんなところで活動に触れるタイ人クラブですが、団体としての事業でこれまでと次元の違う大規模な事業が、今回の「日タイ修好130周年in埼玉」でした。
2007年の日タイ修好120周年の年も一年を通して記念事業が行われましたが、あれから10年、130周年記念事業はさらに力を入れ、この事業のために長い年月準備を重ねてきたこれまで。
タイ人たちの今年にかける思いは、特別なものがあった。
二つの感情が入り混じっていた。
一つは大きな悲しみ、一つは大きな喜び。
特に昨年、2016年においては、いや、あれから今に至るまでまだ喪に服していると言っていい。
2016年10月にタイのプミポン国王が崩御した悲報は、タイ人たちに計り知れない悲しみに追い落とした出来事で、それは日本にいるタイ人、埼玉県在住タイ人にとっても同じことでした。
いつも陽気なタイ人クラブの面々が、あんなにも沈痛な面持ちしかできないことに、どれほどの悲しみに沈んでいるかが想像できました。
2016年11月の「川越唐人揃い」は国王崩御直後というタイミングで、例年最も賑やかなパレードを展開していたタイ人クラブが派手なパフォーマンスを一切慎み、パフォーマンスタイムでは涙を流しながら国歌斉唱を行っていました。
(2016年11月川越唐人揃い 埼玉県在住タイ人クラブ)
例年とあまりにも差がある姿に、日本人もタイ人の悲しみの深さに胸が痛くなった。
そして、もう一つ、明るいニュースといえば、2017年の日本とタイの日タイ修好130周年です。
二つの感情が混じった「日タイ修好130周年in埼玉」は、追悼行事であり記念行事であるというかつてない事業になりました。
日タイ修好130周年in埼玉まであと一ヶ月に迫ったこの日。
2017年9月、クラッセ川越にて各地から集まったタイ人たちがタイ舞踊の練習に励んでいた。タイ前国王ラーマ9世王国に捧げる舞踊で、特別な思いを籠めた踊りだった。本番までにさらに完成度を高めていく。
(2017年9月クラッセ川越にてタイ舞踊の練習に打ち込む面々)
そして迎えた2017年10月8日、日タイ修好130周年in埼玉、メイン会場となった名細市民センターの多目的室は、受付開始から参加者が詰めかけ早くも超満員。
さすがに一大事業だけあって、小江戸タイフェスやソンクラーンとはまた別次元、関東各地から日本人、タイ人双方が駆けつけ、お祝いムードに包まれていました。客席が埋まり、立見席にさらに階段、ホール内から溢れた参加者が通路にまでひしめくという賑わいぶり。
10:15から始まった開会式典は、タイ人クラブから日本人・タイ人両国の二人が担当。
タイ人クラブのスパッタラ会長の挨拶から始まり、来賓の挨拶・紹介。
挨拶は川越からは川合市長、在東京タイ王国大使館からは公使参事官。
他にも、130周年を祝して参加した多くの来賓が紹介されました。
式典の最後には、川合市長とタイ大使館公使参事官がプレゼント交換し、川越からタイへ「鏡山」を贈り、場内から万雷の拍手が送られました。
130周年という日タイ修好の節目を日本とタイで確認し合う式典が終わると、いよいよ、市民レベルでの日タイの交流事業が始まる。
式典の後のステージでは、日本とタイの伝統的パフォーマンスが交互に披露されていきました。
11:00~バーンラバムタイ舞踊団のタイ演舞、
11:20~津軽三味線 敏篤会 日本の津軽三味線、
11:45~(一社)全日本空手道剛心会 空手道演武、
12:10~武風庵 タイボクシング、
14:00~タイ王国ラーマ9世国王を偲んでタイ舞踊を捧げる、
15:00~タイの踊り、日本の踊り
どのパフォーマンスでも客席が埋め尽くされ、熱い眼差しがステージに注がれました。空手演武にはなんと、タイ人クラブのスパタラ会長も登場して演武を披露しました。
また、名細市民センター全体を会場にしたイベントは、一階会場にはタイカルチャー&カービング協会によるタイカービング体験ブース。本場タイ人講師が華やかなカービング制作を教えてくれました。
二階会場は日タイ文化体験コーナーが並び、タイ古式マッサージトゥクトゥク・アロタイ協会によるタイマッサージコーナー、アロママッサージ、弥生機工房によるコースター・タペストリー体験、かすみ民謡クラブ茶道裏千家によるお茶いれ勉強コーナーがありました。
ステージのパフォーマンス観覧も日タイの魅力を感じられるものですが、実際に様々な日タイの文化を体験できるブースがあることで、より交流が深まるようでした。
日本人もタイ人もタイマッサージに癒され、織物を体験したり、タイ人が茶道を体験したりと、やはり体験はお互いを知る大事な要素。
タイ大使館の外交官たちも興味深げに各ブースを視察して回って、日本人・タイ人で賑やかな会場に満足げな様子。
ちなみにタイマッサージは、仙波町にある「トゥクトゥク」さん。トゥクトゥクの島村さんもタイ人クラブの一員であり、タイマッサージを通してタイの魅力を日々発信しています。
(「ヌアッド・ケア トゥクトゥク」川越からタイ古式マッサージの世界へ♪
http://ameblo.jp/korokoro0105/entry-11795930970.html )
文化体験の後は、イベントのお楽しみと言えば食事の提供もあり、もちろんタイ料理。タイ料理は川越で、日本で既に定着しているもので、タイと言えば真っ先に思い浮かぶキーワードかもしれません。
タイ料理の飲食出店が並んで購入する・・・という形ではなく、食事はなんと500円で食べ放題という、通常のイベントでは考えられない大盤振る舞い。
小江戸タイフェスのようなイベントでは、ぞれぞれのタイ料理のブースで一つの料理を500円ほどで提供していることを考えると、いかに特別かが伝わるでしょう。
テラスにお馴染みのタイ料理が並び、なかなか日本で食べられないタイの郷土料理も揃って日本人も本場のタイ料理に惹き込まれていくよう。
特に列が出来て人気だったのが、タイラーメン。
提供していたのは、ナンツカの「サバーイ・サバーイ」、やはり参加者は美味しいことを分かっている。
この日はサバーイ・サバーイは130周年事業のためにお店を休んで、お母さんは終始タイラーメンを作り続けていました。
昼食タイムが終わり、14時。
今回の日タイ修好130周年事業の重要な時間がやって来た。タイ人と日本人混成99人のチームによるプミポン国王に捧げる舞踊。タイでは「9」が縁起が良いとされ、99人が練習を積んだ舞踊を披露しました。
日タイ修好130周年in埼玉のフィナーレは、タイ人たちの恒例とも言える踊りの交流。
テラスからホール内に移動し、日本人・タイ人入り混じっての踊りの輪が広がる。「炭坑節」を共に踊る光景はなんともシュールで感動的で国際交流でした。
タイのタイ舞踊、タイ料理、タイマッサージ、ムエタイ、カービングに日本の三味線、茶道、空手、踊り。お互いを知るという日タイ双方の文化で交流しながら、130年の修好を祝った一日。10年に一度のビッグイベントの幕が閉じました。
これから先もお互いの文化を知り、交流を図り、仲の良い関係は続いていくでしょう。
埼玉県在住タイ人クラブとしては、早くも次のイベントが待っている。
2017年11月12日(日)開催「川越唐人揃い」に登場予定となっています。
今年は笑顔での参加になるでしょうか、どんなパフォーマンスを見せてくれるのか。
日タイ交流の草の根の活動は、着実な一歩一歩を積み重ねています。