“コスメティックもろざし”対決!相撲であるならば(二十)
稽古場は誰の姿もなくがらんとしていた。
土俵に近づき、熊若丸はおもむろに上着を脱ぐ。
「ほう」
根来の嘆息の声が聞こえた。
あらわになった熊若丸の体、それは外見通り入院前の体とは比べられないほど細い。
しかし極薄い皮や脂肪の下にははちきれんばかりに筋肉が詰まっている。
「痩せちまったなぁ。フフっ、まぁあんな怪我したんだ、無理もないか。ところで、相撲は忘れてないよな?ちゃんととれるのかい?」
芽賀はニヤニヤと口元をゆるませながら話す。
熊若丸は黙って土俵にあがり、足をあげ四股を踏む。
どん
空気が震えた。
「………………相変わらずの馬鹿力。ってわけかい」
漏らすようにつぶやき、芽賀も土俵にあがる。
土俵にあがった芽賀は一段と大きく見える。ましてや真正面に立つ熊若丸には肉山の如く見えた。
それでも熊若丸に恐怖は一切無い。いくらでかくなったとはいえ相手はあの芽賀だ。
負けるわけない。知らず知らずそう思っている。それと熊若丸は新しい相撲スタイルを試そうとしている。それは相撲に対して真面目な熊若丸にとって、こんな事態と云えども、楽しみなことなのである。
熊若丸は静かに拳を土俵におく。
芽賀も続いて拳をおく。
「それっ、いくよ。はっけよーい」
根来の声が熊若丸が放った張り手の、
バコッ
という音でかき消された。張り手綺麗に芽賀の顔面を捉えていた。
熊若丸は連続して突っ張る。脇を絞り込んで下からアッパー気味に放つ一撃一撃には必殺の威力が込められている。
元々の熊若丸の得意とする相撲は、相手にくっつきもろざし(両腕を相手の両腕より下に重なるよう差し込む)の形になり、そこから休むことなく左右の投げを打ち、もちろん投げが決まることも往々にしてあるが、相手が投げを踏ん張るのに精一杯のところを押し出す、というものだ。単純だが熊若丸の怪力と隙を与えない技のスピードから逃れられるものはいなかった。小兵力士などはもろざしになった瞬間“たかいたかい”のように持ち上げられるほどなのだ。
芽賀は熊若丸がいつものように立合いからくっついてくるものだと思っていた。そこを熊若丸の突然の突っ張りが襲ったのである。
続
土俵に近づき、熊若丸はおもむろに上着を脱ぐ。
「ほう」
根来の嘆息の声が聞こえた。
あらわになった熊若丸の体、それは外見通り入院前の体とは比べられないほど細い。
しかし極薄い皮や脂肪の下にははちきれんばかりに筋肉が詰まっている。
「痩せちまったなぁ。フフっ、まぁあんな怪我したんだ、無理もないか。ところで、相撲は忘れてないよな?ちゃんととれるのかい?」
芽賀はニヤニヤと口元をゆるませながら話す。
熊若丸は黙って土俵にあがり、足をあげ四股を踏む。
どん
空気が震えた。
「………………相変わらずの馬鹿力。ってわけかい」
漏らすようにつぶやき、芽賀も土俵にあがる。
土俵にあがった芽賀は一段と大きく見える。ましてや真正面に立つ熊若丸には肉山の如く見えた。
それでも熊若丸に恐怖は一切無い。いくらでかくなったとはいえ相手はあの芽賀だ。
負けるわけない。知らず知らずそう思っている。それと熊若丸は新しい相撲スタイルを試そうとしている。それは相撲に対して真面目な熊若丸にとって、こんな事態と云えども、楽しみなことなのである。
熊若丸は静かに拳を土俵におく。
芽賀も続いて拳をおく。
「それっ、いくよ。はっけよーい」
根来の声が熊若丸が放った張り手の、
バコッ
という音でかき消された。張り手綺麗に芽賀の顔面を捉えていた。
熊若丸は連続して突っ張る。脇を絞り込んで下からアッパー気味に放つ一撃一撃には必殺の威力が込められている。
元々の熊若丸の得意とする相撲は、相手にくっつきもろざし(両腕を相手の両腕より下に重なるよう差し込む)の形になり、そこから休むことなく左右の投げを打ち、もちろん投げが決まることも往々にしてあるが、相手が投げを踏ん張るのに精一杯のところを押し出す、というものだ。単純だが熊若丸の怪力と隙を与えない技のスピードから逃れられるものはいなかった。小兵力士などはもろざしになった瞬間“たかいたかい”のように持ち上げられるほどなのだ。
芽賀は熊若丸がいつものように立合いからくっついてくるものだと思っていた。そこを熊若丸の突然の突っ張りが襲ったのである。
続
“コスメティックもろざし”(十九)
「芽賀!お前、逃げ出したんじゃないのか?」
熊若丸が階段から落ちたのは芽賀が部屋から消えた日の翌日だ。それ以来部屋の動向をまったく知らずに今日に至る。だから芽賀は部屋から逃げ出したと思っていた。
それが今まわしをつけて目の前にいる、しかも筋骨隆々、入院前の熊若丸以上、になって。熊若丸の混乱はいかばかりか。
「逃げ出す?フン、違うね。引き抜かれたのさ」
芽賀は鼻で笑いながら熊若丸に話す。
「あの日から俺は根来さんのSPになったんだ。…今日は根来さんの提案であいつらに稽古をつけてやるのさ」
「稽古をつける?お前がか?」
熊若丸はギロリと芽賀を睨みつける。相撲及び体育会系の縦社会に真面目な男なのだ。親友とはいえ兄弟子達(芽賀にとっても)を見下す芽賀に怒りをあらわにする。
しばし睨みつける熊若丸。しかし芽賀はわずかではあるが笑みを浮かべている。
「ラニオ君、ちょうどいい。熊若丸さんにも稽古をつけてあげなさい。ねぇ、いいよねぇ、熊若丸さんも暴れ足りないよねぇ、…加藤だけじゃあねぇ」
根来はお気に入りのアニメが始まる前の子供みたいに 目を爛々と輝かせて愉快そうに話した。
「はい」
芽賀は素直に返事をし、根来と共に稽古場へ向かった。
熊若丸はなにかを言いかけたが、黙って追う。噛み締められた奥歯は悲鳴をあげている。
客間に残された加藤はまったく動かず、床に口づけをしている。
続
熊若丸が階段から落ちたのは芽賀が部屋から消えた日の翌日だ。それ以来部屋の動向をまったく知らずに今日に至る。だから芽賀は部屋から逃げ出したと思っていた。
それが今まわしをつけて目の前にいる、しかも筋骨隆々、入院前の熊若丸以上、になって。熊若丸の混乱はいかばかりか。
「逃げ出す?フン、違うね。引き抜かれたのさ」
芽賀は鼻で笑いながら熊若丸に話す。
「あの日から俺は根来さんのSPになったんだ。…今日は根来さんの提案であいつらに稽古をつけてやるのさ」
「稽古をつける?お前がか?」
熊若丸はギロリと芽賀を睨みつける。相撲及び体育会系の縦社会に真面目な男なのだ。親友とはいえ兄弟子達(芽賀にとっても)を見下す芽賀に怒りをあらわにする。
しばし睨みつける熊若丸。しかし芽賀はわずかではあるが笑みを浮かべている。
「ラニオ君、ちょうどいい。熊若丸さんにも稽古をつけてあげなさい。ねぇ、いいよねぇ、熊若丸さんも暴れ足りないよねぇ、…加藤だけじゃあねぇ」
根来はお気に入りのアニメが始まる前の子供みたいに 目を爛々と輝かせて愉快そうに話した。
「はい」
芽賀は素直に返事をし、根来と共に稽古場へ向かった。
熊若丸はなにかを言いかけたが、黙って追う。噛み締められた奥歯は悲鳴をあげている。
客間に残された加藤はまったく動かず、床に口づけをしている。
続
“コスメティックもろざし”(十八)
それでも芽賀は稽古を休まなかった。
肩はきしみ、頭から包帯が外れない日はない。
死んだ魚のような目をして、何度も何度も立ち上がり、気絶してもなお吹き飛ばされてゆく。
続けていけばいつかなんとかなる。また認められるはずだ。芽賀の胸の内に去来した思いや如何に。
いつしか、「ゾンビ」、と、呼ばれるようになった。芽賀の思いとは裏腹にゾンビと呼ばれ始めてから芽賀へのかわいがりは一層強くなっていった。
あいつはゾンビだから大丈夫、なにやっても死なない。
兄弟子達はゾンビという言葉のイメージを芽賀に仮託した。陰の痛みはより深く鋭く芽賀を傷つける。
そんな芽賀を見ていても猪熊は心配、というものはしなかった。
兄弟子達のかわいがりに多少、ひどいな、と思ったものの、それは芽賀が強くなる為の稽古だと信じていた。なにより日々の稽古を休まない芽賀を信じた。
あぁ猪熊の純粋さよ。
入門初日以来芽賀が猪熊を遠ざけていたこともあったが、猪熊は芽賀が俺に頼らずに頑張っていくのだ、という決意だと思っている、芽賀が日に日にやつれていっていることに、大学時代には見せたことのない濁った目の輝きに、猪熊は気がつかなかった。
入門して1年、ついに芽賀の肉体と精神が折れた。
稽古の時間になっても芽賀は稽古場に現れない。気になった、というよりも虫の知らせの如く、猪熊もとい熊若丸は芽賀を探した。
芽賀は布団の中にいた。寝てはいない。布団を頭から被っている。
熊若丸は激怒した。熊若丸にとってこの日の芽賀がとった行動は許せない。芽賀はやり遂げる男だ。途中で放棄するようなやつではない。俺を、俺とお前の友情をうらぎるのか。
「おい、てめぇなにしてんだ!サボるつもりか!」
熊若丸は怒鳴りつけた。部屋中に響き渡るほどに。
即座に布団のなかから、
「ブタクマ、おまえもか…」
と、か細い声がした。
意味もわからず熊若丸が布団を剥ぎ取ろうとした瞬間、後ろから声がした。
「もういい熊若、今はほっとけ、総理が来た、土俵にあがれ」
親方だ。
熊若丸は奥歯を噛みしめながら稽古場へと戻った。
そしてこの日の稽古が終わると芽賀は逐電していた。
続
肩はきしみ、頭から包帯が外れない日はない。
死んだ魚のような目をして、何度も何度も立ち上がり、気絶してもなお吹き飛ばされてゆく。
続けていけばいつかなんとかなる。また認められるはずだ。芽賀の胸の内に去来した思いや如何に。
いつしか、「ゾンビ」、と、呼ばれるようになった。芽賀の思いとは裏腹にゾンビと呼ばれ始めてから芽賀へのかわいがりは一層強くなっていった。
あいつはゾンビだから大丈夫、なにやっても死なない。
兄弟子達はゾンビという言葉のイメージを芽賀に仮託した。陰の痛みはより深く鋭く芽賀を傷つける。
そんな芽賀を見ていても猪熊は心配、というものはしなかった。
兄弟子達のかわいがりに多少、ひどいな、と思ったものの、それは芽賀が強くなる為の稽古だと信じていた。なにより日々の稽古を休まない芽賀を信じた。
あぁ猪熊の純粋さよ。
入門初日以来芽賀が猪熊を遠ざけていたこともあったが、猪熊は芽賀が俺に頼らずに頑張っていくのだ、という決意だと思っている、芽賀が日に日にやつれていっていることに、大学時代には見せたことのない濁った目の輝きに、猪熊は気がつかなかった。
入門して1年、ついに芽賀の肉体と精神が折れた。
稽古の時間になっても芽賀は稽古場に現れない。気になった、というよりも虫の知らせの如く、猪熊もとい熊若丸は芽賀を探した。
芽賀は布団の中にいた。寝てはいない。布団を頭から被っている。
熊若丸は激怒した。熊若丸にとってこの日の芽賀がとった行動は許せない。芽賀はやり遂げる男だ。途中で放棄するようなやつではない。俺を、俺とお前の友情をうらぎるのか。
「おい、てめぇなにしてんだ!サボるつもりか!」
熊若丸は怒鳴りつけた。部屋中に響き渡るほどに。
即座に布団のなかから、
「ブタクマ、おまえもか…」
と、か細い声がした。
意味もわからず熊若丸が布団を剥ぎ取ろうとした瞬間、後ろから声がした。
「もういい熊若、今はほっとけ、総理が来た、土俵にあがれ」
親方だ。
熊若丸は奥歯を噛みしめながら稽古場へと戻った。
そしてこの日の稽古が終わると芽賀は逐電していた。
続
“コスメティックもろざし”(十七)
芽賀はいずれ強くなる。
猪熊は芽賀の力を信じていた。毎日ボロクソにされながらも毎日一番練習をしている芽賀の強さを。現に、相変わらず弱いとはいえ入部当時と比べれば体の大きさも相撲の強さも月とすっぽんだ。
だから、部屋からもう一人つれてこいと言われた時、真っ先に芽賀へ話をした。
芽賀は猪熊が自分に話を持ってきてくれたことが嬉しかったし、これまでの自分を評価してくれていることに涙を流した。
「ありがとう」
泣きながら握手をして芽賀は誘いに乗った。
握った手から互いの感情が交錯する。俺とおまえは運命共同体。気がついたときには猪熊の頬に涙が豪快な滝をつくっていた。
だがしかし、入門初日、二人の運命にヒビが入る。
猪熊は圧倒的に強かった。初日の稽古から部屋の幕下力士はもとより、関取でさえ誰もかなわなかった。しかしそれはわかっていた事態でもあった。そのために芽賀がいたのであった。
芽賀は猪熊へのいいようのない怒りや嫉妬、その他諸々普通の人間なら誰もが持つ暗黒面の消費に使われた。
“かわいがり”
大学時代も毎日ボロクソにされたが、それは仲間からのものであり尊厳があった。いわば陽の痛み。
しかし部屋の力士達のそれには尊厳などない。躊躇なく地面に叩きつけられ、何度も顔を張られ、そのたびに「不甲斐ない」と額を木刀で叩かれる。額、鼻、口、耳から
血を流しボロ雑巾のように扱われる。しかもそれは「不甲斐なくない」猪熊に向けられた感情の代替えである。物として扱われる痛み。いわば陰の痛み。
芽賀はこの痛みを知っていた。
壮絶な過去が芽賀を覆い尽くすのに時間はいらなかった。
初日の稽古が終わり親方から笑顔で肩を抱かれる猪熊を見た芽賀の目から輝きは失われていた。
続
猪熊は芽賀の力を信じていた。毎日ボロクソにされながらも毎日一番練習をしている芽賀の強さを。現に、相変わらず弱いとはいえ入部当時と比べれば体の大きさも相撲の強さも月とすっぽんだ。
だから、部屋からもう一人つれてこいと言われた時、真っ先に芽賀へ話をした。
芽賀は猪熊が自分に話を持ってきてくれたことが嬉しかったし、これまでの自分を評価してくれていることに涙を流した。
「ありがとう」
泣きながら握手をして芽賀は誘いに乗った。
握った手から互いの感情が交錯する。俺とおまえは運命共同体。気がついたときには猪熊の頬に涙が豪快な滝をつくっていた。
だがしかし、入門初日、二人の運命にヒビが入る。
猪熊は圧倒的に強かった。初日の稽古から部屋の幕下力士はもとより、関取でさえ誰もかなわなかった。しかしそれはわかっていた事態でもあった。そのために芽賀がいたのであった。
芽賀は猪熊へのいいようのない怒りや嫉妬、その他諸々普通の人間なら誰もが持つ暗黒面の消費に使われた。
“かわいがり”
大学時代も毎日ボロクソにされたが、それは仲間からのものであり尊厳があった。いわば陽の痛み。
しかし部屋の力士達のそれには尊厳などない。躊躇なく地面に叩きつけられ、何度も顔を張られ、そのたびに「不甲斐ない」と額を木刀で叩かれる。額、鼻、口、耳から
血を流しボロ雑巾のように扱われる。しかもそれは「不甲斐なくない」猪熊に向けられた感情の代替えである。物として扱われる痛み。いわば陰の痛み。
芽賀はこの痛みを知っていた。
壮絶な過去が芽賀を覆い尽くすのに時間はいらなかった。
初日の稽古が終わり親方から笑顔で肩を抱かれる猪熊を見た芽賀の目から輝きは失われていた。
続
“コスメティックもろざし”名前はラニオ(十六)
「お…お前、芽賀(めが)か!」
「芽賀か、だって?おいおいなんだよ、俺の顔を忘れたのか?長いこと同じ釜の飯を食った親友じゃないか」
芽賀は大きな身振りでおかしげに話す。
その姿、挙動に熊若丸は驚いている。こんなやつではないはずだと。
熊若丸もとい猪熊と芽賀ラニオは大学相撲部で出会った。
鳴り物入りで相撲部に入った猪熊とは違い、芽賀は一般入試で大学に合格し、相撲部の門を叩いた。芽賀が語るには小学校、中学、高校時代陰湿な虐めにあっており、自分を変えるために相撲を選んだという。
それは無茶な話だった。
当時の芽賀はマッチ棒のように線が細く、吹けば飛ぶような将棋の駒ならぬ体をしていた。当然スポーツ歴は無い。それが“決意”と“希望”のもとに一歩踏み出したとはいえ、ここの相撲部は全国で名を馳せる名門である。何度も入部を願い出たがその都度相手にされず追い返された。それでも何日も通い、強引に練習に混ざり続け、3ヶ月後、ついに正式に入部が許されたのである。
この芽賀を見て猪熊は同い年である彼の行動や忍耐力、そしてなによりキラキラと楽しげに光る目の輝きに驚かされた。
芽賀はすぐに相撲部の面々と打ち解けることが出来た。入部にあたる経緯で皆に一目置かれたのだ。特に猪熊とは同郷ということもあり親友になった。
芽賀は猪熊の圧倒的な強さに憧れ、猪熊は芽賀の練習で毎日ボロクソにされても根を上げず、決して日々のきつい練習を休まないことを尊敬した。
芽賀は嬉しかった。初めて出来た友や、暗い性格をしている自分を認めてくれた仲間、そして自分を虐めていたやつらから受けた暴力の痛みとはまったく違う仲間との練習による痛み。
楽しい時間はあっという間に過ぎ、卒業を迎える。
芽賀は相変わらず弱かったが親友である猪熊に誘われ草刈部屋へと入門した。
続
「芽賀か、だって?おいおいなんだよ、俺の顔を忘れたのか?長いこと同じ釜の飯を食った親友じゃないか」
芽賀は大きな身振りでおかしげに話す。
その姿、挙動に熊若丸は驚いている。こんなやつではないはずだと。
熊若丸もとい猪熊と芽賀ラニオは大学相撲部で出会った。
鳴り物入りで相撲部に入った猪熊とは違い、芽賀は一般入試で大学に合格し、相撲部の門を叩いた。芽賀が語るには小学校、中学、高校時代陰湿な虐めにあっており、自分を変えるために相撲を選んだという。
それは無茶な話だった。
当時の芽賀はマッチ棒のように線が細く、吹けば飛ぶような将棋の駒ならぬ体をしていた。当然スポーツ歴は無い。それが“決意”と“希望”のもとに一歩踏み出したとはいえ、ここの相撲部は全国で名を馳せる名門である。何度も入部を願い出たがその都度相手にされず追い返された。それでも何日も通い、強引に練習に混ざり続け、3ヶ月後、ついに正式に入部が許されたのである。
この芽賀を見て猪熊は同い年である彼の行動や忍耐力、そしてなによりキラキラと楽しげに光る目の輝きに驚かされた。
芽賀はすぐに相撲部の面々と打ち解けることが出来た。入部にあたる経緯で皆に一目置かれたのだ。特に猪熊とは同郷ということもあり親友になった。
芽賀は猪熊の圧倒的な強さに憧れ、猪熊は芽賀の練習で毎日ボロクソにされても根を上げず、決して日々のきつい練習を休まないことを尊敬した。
芽賀は嬉しかった。初めて出来た友や、暗い性格をしている自分を認めてくれた仲間、そして自分を虐めていたやつらから受けた暴力の痛みとはまったく違う仲間との練習による痛み。
楽しい時間はあっという間に過ぎ、卒業を迎える。
芽賀は相変わらず弱かったが親友である猪熊に誘われ草刈部屋へと入門した。
続