本棚とパソコンラックを解体する 2024年8月22日(木)

 

 ブログアップをしてから、朝の涼しい間に、公園の花の世話をしました。蚊が多い時期なので億劫ですが、長いズボンに着替えて、長袖の服を着て、取りかかりました。数日間、水やりはしていたのですが、お世話をしていなかったので、雑草が生えていて、咲き終わった花柄がついています。少し時間をかけて、綺麗にしました。その後、水やりをすると、元気に生き返ったような様子になりました。

 今日はついに、孫の理科研究の仕上げです。孫と親(娘)が我が家へやってきて、昨日準備しておいた、本文の印刷物(鉛筆でページ数を書いているもの)、ページ数のシール、ファイル、インデックスなどを使って作業をしました。ページ数を貼って、ファイル2冊に分けて、表紙、目次、ページ数を貼った本文を入れていくと、ついに完成です。今日は、昼過ぎまでかかりました。終わって、ホッとしました。

 午後からは、階段下の広場に下ろしていた本棚を、分解しました。少し前に2個の本棚を既に分解していたので、分解のコツは分かっています。今回は、手際よく安全に、分解することができました。次に、二階の書斎に置いていたパソコンラックも、分解しました。書斎の部屋から、本棚1個とパソコンラック1台が減ったので、その分、書斎が広くなりスッキリしてきているはずです。次は、三段カラーボックスです。まだ4個、書斎に置いているので、一つずつ減らして行きたいと思います。今年の1月から、片付けをかなり進めてきているので、捨てる物を決めるのが難しくなってきています。

 階段下の広場には、本棚を解体した廃棄物が溜まってきたので、そろそろクリーンセンターへ持ち込もうと思います。月に一度、車に乗せることが出来る100㎏ぐらいの粗大ゴミをクリーンセンターへ持ち込むことと、200~300冊の本を月1回の資源ゴミ回収日に出すことを、12月まで毎月続けると、家はスッキリしていくはずです。 

 8月は、孫の理科研究に関わっていて、あまり本の整理が進んでいませんでした。次の9月の資源ゴミ回収日に出す本を、これから選び出すようにしなければいけません。今の所まだ、100冊程度しか準備できていません。今は8月末なので、あと100冊は選び出して、捨てる本の準備をしていきたいです。

植物は、ヒョウタン、アフリカホウセンカ、ニチニチソウ、マリーゴールド、などの写真を家の近くで撮影しました。

 

仮想研657 孫の夏休みの理科研究の目次から 今年、3年生の孫は、パソコンを使って、ワードで理科の自由研究を書くことにしました。上手に素早く、キーボードを使うことができます。総ページ数119ページのまとめを書きました。飼育や、写真撮影は、かなりお手伝いしました。また、研究をまとめるときの問題解決の書式も、最初に理科の教科書で確認をしました。「不思議に思ったこと、研究の問題、観察、結果、考察、ふりかえり」の順に、孫の発想から各テーマを発展させるようにしています。

 <ファイル1>

1.研究をするきっかけ 研究方法 飼育方法    

2.モンシロチョウの成長(卵~成虫)        

3.ナミアゲハの成長 (卵~成虫) 

4.アオスジアゲハ、ツマグロヒョウモン、ナガサキアゲハ、クロアゲハ、ジャコウアゲハの成長

5.幼虫の足と体の動きは、つながっている

6.アオスジアゲハの幼虫は、同じ葉にもどる

7.幼虫のもどる葉が、落ちない

8.ナミアゲハが終齢幼虫になるとき

9.ナミアゲハの羽化 (サナギの変化) 

 <ファイル2>

10.アオスジアゲハ、ツマグロヒョウモン、ジャコウアゲハの羽化 (サナギの変化)

11.サナギの中の変化

12.幼虫の頭(顔)

13.身を守る サナギが落ちないかぎ針

14.身を守る サナギが落ちない糸張り

15.身を守る 臭角くらべ

16.身を守る サナギ・幼虫の色

17.身を守る 実験 羽のしくみ

18.身を守る 実験 サナギの糸の強さ

19.チョウのフンで植物を育てる 実験

20.ダンゴムシの力 実験

21.チョウの研究をして考えたこと

22.ぼくの家とじいちゃん家で羽化したチョウの数(表)

  孫の理科研究の全体校正を終える 2024年8月21日(水)

 

 今日も、朝から孫の理科研究の最後の文章校正です。まず、目次のページと、表紙のページの校正をしました。昨日は、印刷した全ての文章ページに、鉛筆でページ数を書いて順序を決定し、全貌を捉えました。今日は、それぞれのページが決定したので、目次にページ数を入れました。その後、全てのページを今一度読み直して、「不思議に思ったこと、問題、観察(実験)、結果、考察、ふりかえり・さらに考えたこと」、などの項目にずれがないか確かめました。数カ所、修正が必要だったので、そのページの修正をして印刷をしました。本文が119ページで、それに表紙や目次などがついて125ページになりそうです。

 ファイルをホームセンターに買いに行きました。A4判の32ポケットのファイルを二つ買うと、64ページ×2となり、ちょうど都合がよいことが分かりました。インデックスシールも買って、22項目の始まりのページに貼ることにしました。直ぐに、見たい項目へとたどり着くことが出来ます。ここまで準備しておくと、明日、孫と親(娘)が我が家に来て、ページ数を貼ったり、表紙を仕上げたり、ファイルに本文を入れたりして、さらにインデックスを貼って完成させることができると思います。いよいよゴールがっみえてきました。

 

 探路204 しらとり公園 今日は道の駅しらとりへ野菜を買いに行きました。まだ気温が高いので、買い物の前に、しらとり公園を一周歩く、フィールドワークをしました。セミは、ツクツクボウシが鳴いているのですが、姿を見ることができませんでした。

 今、野菜がとても少なくなっています。キュウリは一時期、すごい量が低額で並んでいたのですが、今日は全く見られません。また、米も並べられていません。果物は、スイカの品揃えが一時期より減ってきて、今は、イチジク、ブドウが多く並んでいます。シャインマスカットは、とても高いのですが、今日は思い切って買いました。年に一度は、買って食べることにしました。また、リンゴが並び始めました。

 今日は、35度近くまで上がっているのですが、公園で遊んでいる親子がいました。そろそろ夏休みも終わりに近づいています。来週月曜日から、小学校は二学期です。台風が近畿地方直撃のような予想になっているので、二学期の始業が心配です。

虫は、サトキマダラヒカゲ、シロテンハナムグリ、ヤマトシジミ、スズメバチ、ショウリョウバッタ、キマダラカメムシ幼虫、などの写真を撮りました。

 

 仮想研656 来週火曜日に台風10号が近畿に接近 2018年9月4日に、大阪湾を北上した台風21号は、大阪各地に大きな被害をもたらしました。我が家の屋根は、一番上の瓦を押えている金属部分が吹き飛び、瓦も少し飛ばされる被害があり大変でした。雨漏りはしなかったので、屋根の修理は、翌年の春に工事をしてもらいました。大阪市内の街路樹もたくさん倒れ、堺市の大泉緑地でも、大量の木々が倒れました。長居植物園も、多くの木々が倒れました。6年前に大阪を通過した台風21号の気圧は950hPaでした。今のところ、来週火曜日にやってくる台風10号は、970hPaぐらいの予測ですが、もしかしたら950hPaまで下がる可能性もあるということです。これからの台風の進路を見ながら、まずは日曜日ぐらいに、残念ですがヒョウタンのネットを、外さなければいけないなと思っています。

 

 

  松屋町筋を北へと歩く 2024年8月20日(火)

 

 今日も朝から、孫の「チョウの研究」の校正をしました。

 歩きに出かけるのが、午後からになってしまいました。昨日は、31度だったので歩きやすかったのですが、今日はまた33度まで最高気温が上がるようです。

 

 探路203 松屋町筋を北へ歩く 酷暑の頃はできるだけ午前中に、大阪市内の大きなビルの影の中を、北へと歩くようにしています。御堂筋、谷町筋、堺筋、と歩いているので、今日は、松屋町筋を南から北へと歩くことにしました。

 大阪市内を南北に通る「主な筋」を調べてみました。「①新なにわ筋、②あみだ池筋、③なにわ筋、④四つ橋筋、⑤御堂筋、⑥堺筋、⑦松屋町筋、⑧谷町筋、⑨上町筋」の9筋があるようです。また、東西は「通り」と呼ばれていて、主なものは、「①扇町通、②曾根崎通、③土佐堀通、④中央大通、⑤長堀通、⑥千日前通、⑦国道26号、⑧国道43号」の8通(とおり)があります。京都では、南北の道も東西の道も「通(とおり)」と呼ぶようです。神戸と大阪は、筋、通と、呼び分けているということです。また、難波周辺には、「心斎橋筋、戎橋筋、丼池筋、三休橋筋、中橋筋、藤中橋筋」などの名称のついた少し道幅の狭い筋もあります。

 今日は、まず天王寺駅から北へしばらく谷町筋を北上し、口縄坂を下って松屋町筋に入りました。松屋町筋は、前回歩いた堺筋よりも静かで歩きやすい道でした。長堀通と交差する周辺は松屋町の中心地で、人形、花火を売るお店が並んでいて、アーケードもついています。中央大通と交差してからの、北側の松屋町筋は初めて歩く道でした。大阪商工会議所や、マイドームおおさかなどの建物があり、もう少し北へと歩くと、京阪電車の北浜駅と淀屋橋駅の丁度中間点に出ました。さらに真っ直ぐ天神橋を渡り北へと続きますが、今日は、西へ淀屋橋駅まであるいて、地下鉄御堂筋線で家に戻りました。

植物は、ヤノネボンテンカ、ナツメ、の写真を撮りました。

通過地点は、天王寺駅、口縄坂、松屋町筋、大阪商工会議所(五代・土居・稲畑の像)、マイドームおおさか、北浜駅、淀屋橋駅、です。

 

 仮想研655 五代・土居・稲畑の像について 大阪商工会議所の前に像が並んでいました。大阪の産業・経済の発展に力を尽くした人のようです。ネットで情報を調べてみました。

 五代友厚「父は鹿児島藩士。安政4(1857)年長崎に留学、海軍伝習所に学ぶ。慶応元(1865)年鹿児島藩留学生を率いて欧州諸国を巡歴。維新後の新政府下では、参与・外国事務局判事、外国官権判事、大阪府県判事を歴任する。明治2(1869)年官を辞し大阪において実業に従事。鉱山経営、藍の製造販売などを行う。藩閥政府とつながりが深く、政商とも呼ばれた。大阪株式取引所、大阪商法会議所、大阪商業講習所(大阪商科大学の前身)などを設立し、大阪の経済発展に貢献した。」

 土居通夫「天保(てんぽう)8年4月21日生まれ。伊予(いよ)(愛媛県)宇和島藩士の子。維新後,司法官をへて明治17年鴻池(こうのいけ)家の顧問となり財界にはいる。以後大阪電灯,長崎電灯,京阪電鉄などの社長を歴任した。27年衆議院議員。28年大阪商業会議所会頭。大正6年9月9日死去。81歳。本姓は大塚。通称は保太郎,彦六。俳号は無腸(むちょう)。」

 稲畑勝太郎「大正・昭和前期の経営者。大正7(1918)年から昭和12(1937)年まで染料(薬品)商社,稲畑商店(1890年創業の稲畑染料店が源流。1918年株式会社化)の社長。昭和1年から12年まで,日本染料製造株式会社の社長を兼ね,染料・染色業界の中心人物として活躍した。また,大正11年より昭和9年まで,大阪商業会議所(昭和3年より商工会議所)会頭。明治10年から18年まで京都府よりフランスに派遣されて以来の親仏家で,昭和1年,日仏文化協会の設立,その後の活動に尽力した。」と、いうことです。

 

  久しぶりに大仙公園へと歩く 2024年8月19日(月)

 

 今日は、月曜日です。朝から、二階の各部屋の掃除機をかけて、書斎の本の整理を少ししました。今週一週間が始まる気分が整いました。今週もいい一週間になりますようにと、掃除をしながら願いました。

 朝から雲が広がり、今日は暑さが少し楽になるようです。二階バルコニー出入りのガラス戸(西向き)には、両サイドには簾を吊っていて、その真ん中の出入りをする所には布を日よけとして吊っています。今週一週間は、曇りがちな日が多いということなので、出入り口部分の布を取り外しました。部屋が明るくなりました。まだ、暑い日もあると思われるので、簾はもう暫くの間、吊ったままにします。

 朝からブログアップをして、昨日の悠遊探路を仕上げてから、孫の理科研究の校正を、また少し進めました。あともう少しです。昨日は37度まで気温が上がってフィールドワークに出そびれてしまったので、今日は10時過ぎに、歩きに出ることにしました。準備をしている時は曇り空だったのですが、リュックを背負って、帽子をかぶって、玄関を出ようとしたとき、雨が降り始めました。もう、出かける準備が出来ていたので、傘をさして歩き始めました。

 

 探路202 大仙公園 今日は、日射しがなく、気温が31度ぐらいなので、北向きに歩く必要がありません。そこで、傘をさして、西高野街道を通り、百舌鳥八幡から御廟山古墳、仁徳天皇陵へと久しぶりに歩きました。気温が30度前後になると、どこへでも歩いて行けることを実感しました。2ヶ月余り暑い日が続き、街道歩きをすっかり忘れてしまっていました。街道を歩くと、どこまでも遠くへと歩いて行く事ができます。また、そろそろ活動開始をしたいなと思います。

植物は、ルリヤナギ、マルバハッカ、ナツフジ、クヌギ、モミジバフウ、シャリンバイ、コマツナギ、アメリカオニアザミ、イネの花、オオニシキソウ、オオミズキンバイ、ヤナギハナガサ、ノブドウ、等の写真を撮りました。

虫は、シオカラトンボ、チョウトンボ、チャバネセセリ、の写真を撮りました。

 こぎつね研究室では、歩きに出かける前に、ナガサキアゲハ蛹の写真を撮り、帰ったとき羽化していたので、ナガサキアゲハの成虫の写真を撮りました。

鳥は、カルガモ、の写真です。

 

 仮想研654 マルバハッカについて 最近、あちこちでマルバハッカが見られます。雑草として、見られるようです。ネットで、その状況について調べてみました。

 「雑草化して、草地などでも見られることがある。全体に強いハッカ臭があり、白毛が生える。茎の断面は四角形。葉は対生し、長さ3~5㎝、幅2~4㎝の惰円形~円形、葉先が円く、柄がなく、基部は茎を抱く。葉脈は深く、縁に鋸歯がある。葉裏は腺点があり、毛が多く、分岐毛もある。枝先に長さ3~6㎝の花序を出し、白い唇形花を多数つける。花序の仮輪はほとんど連続する。」(三河の植物観察)

 「ハーブでいうミントのことです。ミントには多くの種類があり、その変種も多く作られていて少なくとも30種以上はあるといわれ、品種の見分けは大変困難です。共通する形態と性質は、シソ科特有の四角い茎、芳香のある葉、葉腋に花をつけ草丈は50cm~1m近くになり、地下茎で容易に拡がる点です。香りはそれぞれで微妙に異なります。ミントはエジプトのピラミッド建設の頃には労働者の食事に用いられたり、防腐のためにミイラの下に敷かれたりしたとの記録があるそうです。「医学の父」と呼ばれるヒポクラテス(BC460~370頃)の医学書では、治療薬の中にミントを入れ健胃薬、気付け薬として処方されていることからも、ミントは古くから利用されていたことが分かります。」(東邦大学)と、書かれていました。

 

  ヒョウタンに初めて雄花が咲く  2024年8月18日(日)

 

 今日は日曜日です。今日もまた、暑くなりそうです。

 6月12日にヒョウタンの種まきをしていて、その後芽を出し、順調に育っていきました。7月12日には、ヒョウタンが上に伸びることができるように二階のバルコニーから、高さ5mほどのネットを張りました。ネットは、10mほどある長いものなので、残りは切らないままバルコニーの所で、束ねていました。ヒョウタンの蔓はどんどん伸びて、今は、2階バルコニーまで達するようになりました。先日、インターネットで調べると、メインの蔓には花が咲かないと分かったので、いくつかの一番上の芽を摘み取り、子蔓、孫蔓が伸びてくるようにしました。そうすると、幅1mほどのネットから横にはみ出すように蔓を伸ばしてきました。そこで今日は、2階バルコニーで束ねていた残りのネットを、今のネットの幅を広げるように下へと垂らしました。上の部分だけですが、ネットの幅が2m程になり、新たに張ったネットの部分へと蔓を絡めました。

 また、今日は初めて、ヒョウタンの花が2個咲きました。雄花ですが、今後、雌花も咲くと思われます。いくつかヒョウタンが出来て欲しいものです。来年は、もう少し早い時期に種まきをします。学校で理科の先生をしている頃は、毎年ヒョウタンを育てていて、余り悩むことなく、たくさんヒョウタンの実を収穫していました。ヒョウタンの雌花が咲いていたのが何月ごろだったのか、今となってはあまり思い出すことができません。今年は、しっかり記録をしていこうと思っています。

 

 今日はまた、37度まで気温が上がっています。母宅に昼食を持って行き、そのついでに、花壇の花に水やりをしました。なんとか母宅の花壇の花は、夏を越すことができそうです。公園のプランターの花の世話も大変でしたが、どちらも猛暑を乗り切りそうです。明日から少し曇り空が続くということなので、酷暑の時期も、そろそろ終わりになりそうです。

 

 仮想研653 ヒョウタンの成長 今日は、朝から孫の理科研究の校正をしていて、朝から歩きに出る機会を逃しました。また、午後からは37度にも気温が上がり、夕方のウォーキングも断念してしまいました。今日は、ヒョウタンの花がやっと咲き出したので、ヒョウタンの今後の成長について調べてみました。

 「ひょうたんはウリ科の植物で、つるを伸ばして生育します。開花時期は7月下旬~9月下旬で、夕方の4時頃にユウガオに似た形の花を咲かせ、翌朝にはしぼんでしまいます。」

 「ひょうたんは、開花してから30~45日後、品種によっては2カ月ほど経つと収穫時期を迎えます。大ひょうたんで開花後70日ほど、千成ひょうたんは50日ほどで完熟します。収穫の目安は、葉や蔓が完全に枯れてから実が熟したときです。早採りすると実がしっかり熟しておらず、加工するときに壊れてしまうことがあるので注意しましょう。また、蔓が枯れて長くおくと蔓から口元へと腐っていくので、蔓が枯れたら早く取り入れましょう。」と、書かれていました。

 今、花が咲き始めているので、これから実ができていくことを期待したいと思います。来年孫が4年生になるので、学校でヒョウタンを育てるので、それに合わせて、次年度はもう少し早い時期に種まきをします。

 

  孫の「チョウの研究」の校正をする 2024年8月17日(土)

 

 今日は、ブログアップと昨日の悠遊探路を仕上げてから、孫の夏休みの理科研究の校正をしました。

 昨年までは、画用紙に鉛筆やペンで書いていたので、あまり校正ができなかったのですが、3年生からは、パソコンで書いているので、文章の校正をしてあげることができます。孫は両手でかなり早く文字を打ち込むことが出来るようになっているので、書式を決めると次々と書き込んでいます。1年、2年はダンゴムシの研究でしたが、今年はチョウの研究です。

 チョウの研究は、ナミアゲハの卵から羽化までの記録を中心に、比較として、モンシロチョウ、アオスジアゲハ、ジャコウアゲハ、クロアゲハ、ナガサキアゲハ、ツマグロヒョウモンも飼育して、観察をしました。我が家(じいちゃんの家・こぎつね研究室)で主に飼育していて、それぞれいい状態のものを孫は家に持ち帰り、継続観察をするようにして記録を進めました。幼虫の餌の食べ方、歩き方、脱皮の様子、さなぎの様子、羽化の様子などを、比較検討をしています。詳しく見ていくことで、これまで気づかなかったことがいくつか分かってきました。

 飼育は、ほぼ終わっているのですが、記録がまだ終わっていません。夏休みは8月25日までなので、あと1週間しかありません。最後の仕上げは来週になります。ワード文章を印刷して、透明ファイルに入れて、提出することになります。堺市学校理科展に出品してくれるとよいのですが、どうなることでしょう。

 

 探路201 大泉緑地 今日は最高気温が33度ぐらいなので、午後3時頃から大泉緑地へフィールドワークに出かけました。少し前の39度の日々と比べると、昼間でも歩くことが出来るようになりました。それでも、大泉緑地まで歩いて行くのはとても暑かったです。公園の中は木々が多く、土の地面が広がっているので、なんとかフィールドワークが出来ました。

鳥・その他生き物は、コサギ、カルガモ、の写真と、スジエビを、池で採集している人がいたので、水槽に入れているエビの写真を撮らせてもらいました。

虫は、キアシナガバチ、シオカラトンボ、ナニワトンボの写真を撮りました。

植物は、オニバス、ハス、オオイヌタデ、オミナエシ、アメリカフヨウ、イチョウ、エノキ、オリーブ、シラカシ、サルスベリ、ワルナスビ、などの写真を撮りました。

 

 仮想研652 ナニワトンボ? 今日は、大泉緑地で、ナニワトンボ?と思われるトンボの写真を撮りました。もしかしたら、コフキトンボ、又はシオカラトンボかもしれません。ネットで、ナニワトンボについて調べてみました。全くの素人ですいません。

 「ナニワトンボは2007年のレッドデータブックの改訂によって,絶滅危惧 II 類にリストされました.「ナニワ」という名前は,お分かりの通り「浪速」で大阪を意味しています.つまり大阪の名前がトンボの名前になっています.これは初めて発見されたのが大阪であることによるそうです.

 全国的に見ても分布が瀬戸内海周辺の地域に限られている点が大きな特徴で,このような分布を示すトンボは他には見あたりません.具体的に言うと,福井県を北東端にして,三重県,近畿二府四県,鳥取,岡山,広島,香川,愛媛の各県に分布しています(津田,2000).兵庫県では瀬戸内側に広く分布しています(関西トンボ談話会,1984).

ところでナニワトンボのオスは青灰色をしたトンボですが,分類学的にはアカトンボのなかまとされています.赤くならないけど立派なアカトンボというわけです.ですからよく見かけるのは秋,9月から10月終わりにかけてです.ただし,ナニワトンボは7月ころから姿を見せていて,ひっそりと木の中に隠れています.また8月中には産卵活動を始めているようです.」(神戸のトンボ)と、書かれていました。

 

 

  堺筋を恵美須町から北へと歩く 2024年8月16日(金)

 

 今日は、堺北図書館へ行く日です。暑くなりそうなので、今日も朝から歩くようにします。

 最近猛暑なので、朝から歩く生活リズムが、やっと身に付いてきました。5時に起きて6時30分までに、ブログアップを仕上げます。できれば、昨日の悠遊探路も仕上げますが、出来ない場合は、帰ってから続きを書くようにします。朝から歩いていない頃は、昨日の悠遊探路を仕上げるのに時間をかけてしまい、早朝から歩きに出かけられていませんでした。6時30分になると、持ち物、水筒の準備をして、7時には家を出るようにしました。生活リズムは、多様にしておくことが大切だなと思います。これしかないと決めてしまうと、行動範囲が狭くなります。

 

 探路200 天王寺~堺筋線沿いの道を通り北浜~淀屋橋駅・北図書館 今日は、堺北図書館に行く日なのですが、図書館は10時開館なので、フィールドワークの帰りに新金岡駅で地下鉄を降りて、図書館に寄って帰ることにしました。まず、朝7時に家を出発して、地下鉄で天王寺まで行きました。二日前には、谷町筋を天王寺から北へと歩いたので、今日は堺筋を北へと歩くことにしました。天王寺駅から、天王寺公園、通天閣の下を通り、堺筋に入りました。

 先日歩いた谷町筋は、道幅も歩道も広く、ゆったり歩くことができたのですが、堺筋は、北向き一方通行の道で、歩道も狭いので歩きにくい道でした。さらに、日本橋、難波周辺を歩くことになるので、朝からとても多くの人がいました。特に、難波周辺にはホテルがたくさんあるので、日本人よりも外国人の方が多いのではないかと感じました。

道頓堀川近くには、「道頓・道卜紀功碑」があります。ネットで情報を調べました。

 「道頓・道卜の功績・・道頓は大坂城築城工事に従事。秀吉(ひでよし)からその恩賞として荒地だった現在の道頓堀一帯を与えられた。道頓は道卜(どうぼく)ら親戚と相談し、私財を投じて慶長17年(1612年)開削工事に着手。2年後、大坂の陣が始まり、道頓は秀吉の恩義に報いるため西軍に味方するが、落城時に戦死。以降は道卜ら親戚が中心になり工事を続け、元和元年(1615年)に完成した。当初は南堀川と呼ばれていたものを、初代大坂城主・松平忠明(まつだいらただあき)が道頓の功績をたたえ、道頓堀と命名した。大正3年(1914年)、道頓・道卜は従五位を贈られた。これを記念し、翌年、地元の有志が道卜の屋敷があった場所に石碑を建立。なお現在では、道頓は成安(なりやす)姓であったことが定説化している。」と言うことでした。

 本町駅に近づくころには9時前になり、ここでは会社員の人達が地下鉄駅から川の流れのように出てきて、それぞれのビルの中へと吸い込まれていきました。世間の人は、働いているのだなと思いました。

植物は、チョウセンアサガオ、の写真です。

本は、堺北図書館で、次の3冊を借りました。

①糸井重里他『賢人の手帳術』幻冬舎2012

②中川汀雨『書道奥の細道』金園社1986

③バーネット、脇明子訳『秘密の花園』教文館2023

 

 仮想研651 チョウセンアサガオとキダチチョウセンアサガオ 今日は地面に広がるチョウセンアサガオの写真を撮りました。木からぶら下がるように花をつけるキダチチョウセンアサガオもあるので、その違いについてネットで調べてみました。

 「☆チョウセンアサガオ(朝鮮朝顔)・・ナス科チヨウセンアサガオ属ダチュラ属、学名ダチュラ、別名:キチガイナスビ、マンダラゲ。日本では1年草。熱帯アジア(インド)原産、花期8月~9月、茎は太く、葉は互生し、広卵形で先端は尖り長い葉柄があり、葉腋からロート状のアサガオに似た白い花を付ける。果実は大型で棘が密生し、成熟すると4裂して扁平な種子を多数散布する。園芸品種として赤色や八重咲きもある。園芸上ダチュラと呼ぶ時は、近縁種のナス科キダチチョウセンアサガオ属を指す場合があり混同されているが、現在は別属に分かれているので違いははっきりしている。チョウセンの名は、単に海外から入って来た意味とされ、極東で曼陀羅華と呼ばれ、鎮静、麻酔薬として使われた事がある。

 ☆キダチチョウセンアサガオ(木立朝鮮朝顔)・・ナス科キダチチョウセンアサガオ属ブルグマンシア属、多年草、英名:エンジェルトランペット(ツリー)。花の長さ30cm程あり、白、ピンク、赤、黄色等がある。花期:9月~11月。全草有毒な植物で注意が必要です。特に果実や蕾がオクラに似ているので誤認され易いので近くでの栽培は避けた方がいい。」(花の徒然なるままに)と、書かれていました。

  堺市は二日続けて39度になる 2024年8月15日(木)

 

 昨日、堺市の最高気温が39.1度だったのですが、今日はさらに高く39.2度となり、二日続けて40度近くまで気温が上がりました。また、長い期間、堺市は雨が降っていなかったのですが、今日、本当に久しぶりに、夕立が降りました。わずか20分間ほどだったのですが、大粒の雨がカラカラの地面を潤しました。大阪府の北部、また、金剛山や和泉山脈近くは、これまでにも時々夕立が降っていたのですが、堺市は、ずっと(おそらく一か月近く)雨が降らない地域でした。今日やっと地面に雨が届きました。

 雑草、虫たち、鳥たちは、本当に生きるのがとても大変だったと思います。雨が降らなくて、気温は猛暑なので、まるで砂漠のような気候です。公園のプランターの花には、毎日2回水やりをして、なんとか花を咲かせ続けてきたのですが、公園の真ん中の地面は、7月半ばに草取りをして以来、雨が全く降っていないのでカラカラで、砂場の砂のようにサラサラした状況です。一方、今年の梅雨の時期(6~7月中旬)はよく雨が降ったので、公園の地面には雑草は勿論、コケも生えていたような状況でした。そして今は砂漠の状態です。とても極端な気候となっています。これは、近くの公園の地面の様子だけでなく、海外の国々、例えば中国では、極端な豪雨による洪水が各地で起こり、その後は一転して日照りが続くというような状況だということです。わずかな公園の花の管理だけでも大変なのですが、人々の水害からの復興、生活の維持、農業生産の継続は、さぞ大変なのだろうと想像ができます。

 今日は、午前中、孫の「チョウの研究」の記録の校正、編集をしました。パソコンのワードで打ち込んでいるので、文章を読んで校正をしてあげることができます。まだ、一部分です。さらに少しずつ読み進めようと思います。

 

 探路199 しらとり公園 今日は、道の駅しらとりへ野菜を買いに行きました。買い物の前に、しらとり公園を一周、フィールドワークをしました。気温が38度にもなるので、公園の遊具で遊んでいる人はだれもいません。ベンチに座っている人も、お散歩をしている人もいませんでした。これまでアリは、少々暑くても活動していたのですが、今日は、殆ど姿を見ませんでした。涼しい土の中でじっとしているのでしょう。虫たちにとっても、植物にとっても、厳しい猛暑が続いています。

虫は、アブラゼミ、クマゼミ、シロテンハナムグリ、ウシアブ、キマダラカメムシ、ハラビロカマキリ、などの写真を撮りました。

 

 仮想研650 巨大地震警報解除 一週間前に発生した宮崎県地方の地震にともない、一週間の間、特別地震警報が出されていました。そして今日、その警告を解除したと発表がありました。

過去の巨大地震は、「1707年、南海トラフの全区間が一度に破壊され、日本史上2番目に強い地震が発生した。この地震は富士山の最後の噴火の引き金にもなった。その後1854年に2度、1944年と1946年にそれぞれ1度、強力な南海メガスラストが発生している。日本政府は以前、南海トラフ沿いでマグニチュード8~9の巨大地震が今後30年以内に発生する確率は約70%だと発表した。最悪のシナリオでは、30万人の命が失われる可能性があると専門家は見積もっており、インフラが一掃され、被害額は13兆ドルに達するというエンジニアもいる。」と、いうことです。恐ろしいことです。

 

 

  谷町筋を天王寺から天満橋へと歩く 2024年8月14日(水)

 

 今日も、猛暑になるという予報が出ているので、朝から歩くことにしました。朝からだと、大阪市内のビル街の、北向きの道なら歩くことができます。河川敷や堤防上は、猛暑の時期は歩かないようにしています。また北向きの道でも、少し郊外の道は、駐車場があったり、空き地があったりして、影が続きません。御堂筋や谷町筋などの大きなビル街を午前中に歩くのが、最強猛暑の頃のウォーキングのコツだと思っています。熱中症にならないように、水分の補給、休憩を入れながら、気温も時々ネットで調べ、歩くようにしています。

 

 探路198 天王寺~天満~淀屋橋駅 今日も、とても暑い日となりました。堺市では、午後の最高気温が39.1度まで上がりました。堺市の過去最高は39.7度(2018年8月22日)があるようなので、最高気温を更新したわけではないのですが、びっくりするような暑さになりました。最低気温も28度なので、酷暑が続いています。

 昨日は、家から四天王寺まで歩きました。今日も暑くなるので、朝7時30分に家を出て、地下鉄で天王寺駅まで行き、天王寺駅から北へと、谷町筋を歩きました。暑かったのですが、日影側の歩道を天満橋駅まで歩くことができました。まだもう少し歩けそうだったので、天満橋駅からは、京阪電車沿いに西へと歩き、北浜駅からは地下道へと入り淀屋橋駅へと到着しました。丁度、一万歩のフィールドワークになりました。

植物は、コエビソウ、ゼフィランサス、ムクゲ、ランタナ、ルリマツリ白、などの写真を撮りました。

虫は、セグロアシナガバチ、の写真です。

通過地点は、天王寺駅、四天王寺、吉祥寺(赤穂四十七義士の寺)、近松門左衛門墓、井原西鶴終焉の地の石碑、天満、淀屋橋駅、です。

 

 仮想研649 古代からの大阪中心の道 今日歩いた谷町筋には、吉祥寺(赤穂四十七義士の寺)、近松門左衛門墓、井原西鶴終焉の地、などの石碑がありました。大阪城もすぐ近くなので、豊臣秀吉はもちろん、信長も家康もこの谷町筋周辺を歩いていたし、さらに、適塾の緒方洪庵、福沢諭吉も、天満、淀屋橋界隈で活躍していました。

 また、谷町筋は、ほぼ熊野街道にも当たるので、天満橋から熊野本宮へと、多くの庶民、そして天皇や上皇も、この道を通って熊野詣をしていたことでしょう。さらに遡ると、難波宮も近くにあり、遣唐使船に乗った古代の天才秀才たちも、この谷町筋を歩いて、難波津から乗船していたはずです。

 今は、何気なく歩いている道ですが、過去からの日本の歴史が、この上町台地中央を南北に貫く谷町筋周辺で展開されてきているということです。これからもあちこちの道や街道を歩きながら、自然の記録だけでなく、歴史の記録もしていきたいと思っています。

 

  真夏にフジの花が咲いていた 2024年8月13日(火) 

 

 今日も午後から気温が37度近くまで上がるようです。二日続けて、夕方から歩きに出ていたのですが、今日は、あまりに最高気温が高いので、朝から歩きに出かけるようにします。夕方から歩くのは無理だと考えました。

 台風が次々と発生して日本に近づいてきています。台風5号は、東北地方を東から西へと横断して、あちこちに災害を起こしました。その後、台風6、7、8号が、発生しています。特に、台風7号は、今後北上して、東京近くを通過するようです。今週末、交通が大混乱する可能性があります。

 今日は、8月の資源ゴミ回収日の日です。二日前から玄関近くに下ろしていた大量の本を、家の前に出しました。毎月本をゴミとして出す度に、少しむなしくはなるのですが、これで、家の中の不要な物が減るんだと思うようにしています。今回は、100㎏近くの重さの本が減るので、家も少し軽くなったのではないかなと思います。体の中の内臓脂肪が少し減ったような感じです。昨日、二階廊下の本棚2個を解体したので、2階廊下はとても広く感じます。広くなって何か有効利用が出来ているのかと考えると、そうでもないのですが、いらない物は自分の体が元気な間にできるだけ減らす事が大切だと考えるようにしています。

 次は、今使っていないパソコンを置いているパソコンラックがあります。これまで、先生をしている時は、常にいろいろな原稿を書いていて、パソコンが使えなくなることは、わずか一日でも耐えられないことでした。常に2台のパソコンが活用できるようにしていました。今でも、パソコンが使えなくなると困るのですが、日々の記録は次々にブログにアップしているので、切羽詰まった混乱は何も起こりません。2,3日分のデータがなくなる程度のダメージで、大きく困ることではありません。そこで、バックアップ用のパソコンは、取り敢えず棚に片付けて、パソコンラックを解体する事にします。

 

 探路197 家~四天王寺前夕陽丘 ここ数日は、午後からの最高気温が高いので、夕方になっても気温が下がりません。今日は、朝7時過ぎから歩くことにしました。家から北に向かって歩くので、大きなビルの影の中を歩くことができました。少し風もあり、朝は歩けない気温ではありませんでした。天王寺まで歩いて、しばらく休憩時間をとってから、四天王寺の境内を通ってみることにしました。天王寺駅から四天王寺に向かって熊野街道を北へと歩くと、人の流れが二つに分かれていました。半分以上の人達が、真っ直ぐ四天王寺ではなくて、信号を渡って東へ向かっていました。一心寺へのお参りのようでした。かつてお盆の頃は、全て四天王寺へのお参りの人の流れだったのですが、時代が変わってきているなと思いました。

植物は、フジ、ウスジロノゲシ、オイランソウ、ルドベキア、アオツヅラフジ、エノキ、エノキグサ、カリン、キカラスウリ、ケイトウ、サルスベリ、ソラナムラントテッテイ、オキザリス・デッペイアイアンクロス、ダンドボロギク、トウカエデ、ハイビスカス、ピラカンサ、フウセントウワタ、ブラシノキ、ミント、ムクゲ、などの写真を撮りました。

虫は、アオドウガネ、の写真です。

 

 仮想研648 真夏のフジの花 真夏なのに、藤棚のフジの木に、花が咲いていました。ネットで情報を調べてみました。

「本来の開花時期と異なる季節に花を咲かせることを狂い咲きと呼ぶことがありますが、私が見かけた藤の花も狂い咲きの一種だったと考えられます。狂い咲きの原因はいくつかあり、例えば鳥や風などによって花芽が刺激されることで開花する場合もあります。加えて藤の場合は、初夏に剪定することで意図的に夏に開花させることもできます。剪定を行うことで枝の先端まで栄養を送る必要が無くなるため、切り口に最も近い花芽に栄養が集中します。その結果夏に開花するため、季節外れの花を楽しめるのだそうです。」(アタマの中は花畑)と、いうことです。