たかしまりょうのかたりましょう♫

たかしまりょうのかたりましょう♫

かたりすと・高島 亮のブログです。



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DJ レインボー RYO こと、かたりましょうのたかしまりょうです。

 

今日は、歴史のお勉強。

日本の時代を振り返ってみましょう。

 

上等なものが豊かにあったらしい。

じょうもん時代。

 

次もなかなかいいよ。

やー良い時代。

 

昨日か?今日か?

あすか時代。

 

飛鳥がきたなら。

なら時代。

 

ほら!お口をあけて。

ヘイ!アーン時代。

 

枕が多すぎ。

過まくら時代。

 

ありがとうのはじまり。サンキュー、

ムローマッチ時代(かなり苦しい・・・)。

 

あら!向こうも先行き不透明。

あっちもモヤまぁ!時代。

 

これはいいぞ。

えーど時代。

 

はっきり示そう。

めいじ時代。

 

大勝ちに大価値あり。

たいしょう時代。

 

声をそろえて。

しょうわ時代。

 

落ち着いておちついて。

へいせい時代。

 

以上、

学校のテストでは使えませんよー。

 

ちなみに、

飛鳥時代から江戸時代までって、

元号ではなくて、

政治の中心地が時代の名前になっていますよね。

 

そうすると、

明治時代以降は、後の世では、

まとめて東京時代と呼ばれることになるんですかねー?

 

すっとんきょうなことを言ってしまった?

どう?今日の時代?

 

日本の歴史を振り返ってみると、

日の本の物語が見えてきますね。

 

まさに日のストーリーで、

日ストリー。

 

日本のじだいだー(^-^)/

 

(字大になってしまった^^;)

 

以上、れっきとした(してない?)れっきしの時間でした。

 


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今日(4/3)は、「十七条憲法」制定の日だそうです。

 

あ、ギリギリで書き始めたら、

日付が変わっちゃった(汗)。

 

まあ、よし(4/4)としましょう。

 

「以和為貴」和(わ)を以(もっ)て貴(たっと)しと為(な)し

「無忤為宗」忤(さから or いさか)うこと無(な)きを宗(むね)と為(せ)よ

 

という第一条からはじまる十七条憲法。

 

日本の和の心は、

日本が和の国であることは、

ここに大きな源流があるのではないでしょうか。

 

わー、そうだったんだー。

 

聖徳太子さんって、スゴイですね。

 

「以和為貴」という言葉が1400年余り経った現在も残っていて、

しかも、残るだけでなく、

日本や日本人に極めて大きな影響を与えた(与えている)んですから。

 

ひいては、世界にも大きな影響を与えることになる(かもしれない)んですから。

 

聖徳太子さんは、

しょう!特に大した人物なんです。

 

聖徳太子さんについては、

実はぼくもいろいろとありまして、

語り出すと長くなってしまって、

ショートくならないので、

今日は十七条憲法について簡単に語ることにしましょう。

 

十七条憲法は、

簡単に言うと、

「8+9=17」です。

 

どういうこと?

 

17という数字は、

ぼくも個人的に縁のある数字なんですが、

なぜ17(条)なのか?

 

諸説あるでしょうし、

ただたまたまそうなったのかもしれませんが、

ぼくは「まさに、8+9だ」と思います。

 

8は陰の数(偶数)の最大の数字。

9は陽の数(奇数)の最大の数字。

 

その2つの数字を足し合わせると、

17になるわけです。

 

つまり、

「和」の源流となった(と思われる)十七条憲法は、

陰と陽を足し合わせる(和)ことによってできているということ。

 

陰でも陽でも

陰(8)だ陽(9)〜(=17)

 

まさに、

「陰と陽で(陰だ陽〜で)和になる」ということを、

十七条憲法は示しているんですね。

 

い〜んだよう〜♪

い〜んだよう〜♪

十七条は(和)♪

陰だ陽〜♪

 

今日語りたかったのは、それだけです。

憲法の内容には触れないよー(笑)。

 

十七条憲法が制定されたのは、推古天皇12年(604年)とされています。

今年で1414年が経ったということですね。

 

いよいよ(1414)、和の時代に突入♪

 

さあ、「十七条憲法」と「陰だ陽〜」で、

「和」を世界に発信していくとしますか。

 

 


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昨年度は、最後の最後(3/31)にお恥ずかしいネタを書いてしまいました。

 

「年度末に粘土松」って・・・(恥笑)

 

そのまんまやん!*\(^o^)/*

とか、

タイトルだけで予想できただけに、素晴らしいです(≧∇≦)

とか、

あら〜〜😅

とか、

そうきましたかー(笑)たまには、直球ストレートも、アリですね!

とか、

えーーーー(笑)😆

といった、

あたたかいご指導をいただいたのですが、

 

和尚がtwoのお正月

でなく年度末

(≧∇≦)bですね🎵

 

という素晴らしいコメントをいただき、

ぼくの心に火が点きました。

 

ツイてる♪

ツイてる♪

 

火がツイたというよりは、

もう〜い〜くつ寝〜る〜と〜♪

お〜正〜月〜♪

という歌が頭の中に流れるとともに、

寝たが、

いえ、こんなネタが降ってきたんです。

 

カドマツ

カラマツ

ネンドマツ

 

門松

から待つ

年度末(^-^)/

 

(待つこと約3カ月ですね)

 

ダメ?(^^;)

前回とあまり変わらない?(恥笑)

 

粘土松をスギて新年度になったのに、

マツを引っぱりスギ?

 

それとも、気にしスギか?

フン!

 

と鼻で笑えば(祓えば)、

杉花粉も気にならなくなりますよ。

 

合言葉は、「花粉症やめた!」。

 

「花粉症やめた!」とまず言うんです。

ただ言うだけでいい。

 

鼻水を垂らしながらでもい〜んだよう〜。

目がかゆくてもい〜んだよう〜。

くしゃみをしながらでもい〜んだよう〜。

 

「花粉症やめた!」と言っちゃうんです。

何度も。

何度も。

 

繰り返し言っていくうちに、

それがあたりまえに、

それが信念に、

なるかもしんねんど(笑)。

 

信念を固めるには、

信念を形にするには、

新しい粘土でつくるといいかもしれません(また粘土かー!)。

 

新年度に、

新しい粘土でつくる信念。

どう?

 

 


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先日、出雲で、

亭田歩(ていだあゆむ)さんから突然言われました。

 

「りょうさんは、世界に出っていったほうがいいと思います」

 

宿の温泉に入っているときに言われたので、

お風呂から上がって世界に出ていけということなのか?

とは思いませんでしたが、

ビックリしました。

 

「世界の人は、日本や日本人の感性を求めています。

日本人のおだやかなところとか、争わないところとか、

あいまいなところとか、あらゆるものを受け入れてしまうところとか。

りょうさんは、そういうことを伝えられる人だと思うんです。

りょうさんの『陰でも陽でもいんだよう』とかダジャレは、まさにピッタリですよ。

笑いとゆるさで。

だから、ぜひ世界に出ていって伝えてください」

 

亭田さんは、世界中の先住民を訪ね、ともに暮らしたりもしながら、

『響き』という映画を作っている映像作家さん。

 

世界のどこに行ってもネイティブの人たちに受け入れられてしまう、

魅力あふれるワールドネイティブとも言うべき方です。

 

どこに行ってもネイティブ。

だけど、ご出身はどうも宇宙みたいですが。

 

そんな、世界を知る亭田さんに、

思いがけないことを思いがけず言われ、

驚きながらもうれしかったのですが、

一度ならず二度までも、

二度ならず三度までも、

温泉でのぼせてしまうかもーというくらいまで、

亭田さんは何度も何度も繰り返し、

世界に出て行くことを勧めてくれたのでした。

 

世界。

 

そんなこと、できるのか?

そんなふうに思っていいの?

はたして、いいのか?

 

「せかい、せかい、せかい・・・」

 

心の中で自問していると、

心の声が。

 

「せーかい!」

 

と、聞こえたような気がしました(笑)。

 

せかいはせーかい、

って、そこかーい!

 

「出るんだー」

 

また聞こえた気がしました。

 

お湯でのぼせそうだったので、

お風呂から出るんだーという心の声でした(汗)。

 

世界にじゃなくて、

洗い場にでしたね。

 

あら、いいばねぇ。

 

いや、

洗い場じゃなくて、

脱衣場にでしたね。

 

That's いいじょー。

 

そういえば、

亭田さんにもう1つ言われたんです。

 

「りょうさんには、ぜひ英語で伝えてほしいんです。

できれば、ダジャレも交えて(笑)」

 

えー!

ご?

英語!?

 

とてもすぐには、

えーよん♪

と言えず、

 

That's いいじょー♪

とも言えず、

 

白状しました。

 

「亭田さん、これはトップシークレットなんですが、

ぼく、実は英文科出なんです」

 

「ええーっ!

Goじゃないですかー!

りょうさん、じゃあ英語で大丈夫ですね」

 

あのー。

大丈夫じゃないから、トップシークレットなんですが・・・

 

(しかも、こんなところに書いちゃったら、シークレットでもなんでもなくなってしまう・・・)

 

亭田さんは、ご自身が世界の各地で講演してきた経験から、

通訳を介するとどうしても自分の感覚と違う感じになってしまうこと、

少しでも自分で英語で話すと聴衆の反応がスゴイことから、

英語で伝えることの重要性を感じたんだそうです。

 

というわけで、

いづもはまったく考えもしないことを、

出雲で言われたのでした。

 

それにしても、

陰でも陽でもい〜んだよう〜♪

って、

英語で何て言うんだろう?

 

陰と陽は、yinとyangと言うそうですが、

い〜んだよう〜はどう言えばいいんだ?

 

日本語のダジャレを英語にって、

難しいングリッシュ!

 

こーなったら、

陰グリッシュと陽グリッシュでいくしかない!

って、わけわからんですね(笑)。

 

わけわからんから、

 

い〜んだよう〜♪

い〜んだよう〜♪

陰でも陽でも♪

い〜んだよう〜♪

 

ってニコニコ歌いながら、

ゆらゆらゆれていたら、

一緒にゆれてくれるかもしれない。

 

一緒にゆれてくれたら、

なんとなく伝わって、

ゆるんでなんか楽しくなって、

ニコニコ笑ってくれるかもしれません。

 

もちろん言葉でも伝わったらいいけど、

言葉を超えて伝わるものは必ずあるし、

伝わる・つながるの本質はたぶん言葉を超えたところにあるから、

それでも充分なのかもしれません。

 

お互いにゆらゆらゆれたら、

きっと和が生まれます。

 

ゆれるとゆるむので、

いろんなことをゆるす(受け入れる)ことができる。

 

ゆるす(受け入れる)と、

違いを認めることができるので、

和が生まれるんです。

 

同じ(でなければいけない)を前提にすると、

和は生まれません(続きません)。

 

違いを認めて足し合わせることが、「和合」です。

 

陰でも陽でもい〜んだよう〜♪

というのは、

陰も陽も認めて足し合わせることなので、

つまり和合のことなんです。

 

陰だ陽〜♪ダンスは、

和合ダンスなんだんす。

 

「0=∞」ということでもあります。

 

「0=(ー)+(+)=∞」

ということなんですけどね。

 

こんなこと(陰と陽、陰も陽も、和、和合、0=∞など)を、

世界で伝えられたらいいなぁ。

 

ニコニコゆらゆらですが、

一球入魂で伝えますよ。

 

One Ball New Soul♪

って、そうじゃないですね(やっぱり、トップシークレットであることがバレてしまった)。

 

Soulといえば、

よくソウルメイトって言ったりしますけど、

あれは四文字熟語で言うと、

「多球友魂」という感じ(漢字)でしょうか。

 

クラスメイトみたいなものだから、

「一級友魂」かな?

 

さらに、ツインソウルというのもありますが、これはさしずめ、

「一求二魂」でしょうかね。

 

成り立ちからすると、

「二球一魂」ということになるのかもしれませんが。

 

これもまた、和合ですね〜。

 

世界に広がる前に、

話があちこちに広がってしまいましたが(笑)、

こんなようなことを世界のみなさんに、

みなさんと共にゆれながら伝えられたら、

楽しいだろうなぁ。

 

亭田さんの思いがけない言葉から、

世界への扉がひらいた、

かもしれません。

 

いきなりドアーっとはひらかなくても、

魂に響いたのできっと、

ソーゥルっとひらいたと思います。

 

風呂ー状態での言葉は、

きっとメッセージ。

 

亭田さん、ありがとうございます。

 

そして、出雲の神さまにも言ってもらえたような気がします。

 

世界に出づも、いいんじゃない?

って(笑)。

 

もう一度。

今度はちゃんとお答えしますよ。

 

「世界に出づ?」

 

「うん(雲)」

 

新たな出雲神話、

じゃなくて、

出雲での親和から生まれた心話でした。

 


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今日は3月15日。

 

サイコー(315)の日ですね。

 

ちなみに、昨日は、

採用(314)の日、さーいいよー(314)の日でした。

 

3月9日は、サンキュー(39)の日、

2月23日は、富士山(223)の日、

2月10日は、ニットを着てニッと笑うにっと(210)の日、

1月17日は、いいな(117)の日、

11月17日は、いい〜なぁ〜(1117)の日、

というように、

毎日が何かの日になるので、

毎日が楽しめますね。

 

こんなことでも楽しめるんだから、

楽しむってカンタン♪

 

というわけで、

本日3月15日は、

サイコー♪最幸♪さーいこー(^-^)/

とまいりましょう。

 

午後の予定が急きょキャンセルになった(催行されなかった)ので、

どこに行こうかな〜?

 

しばし再考。

 

天気もよさそうなので、

天気持ちもよく出かけますか。

 

気持ちよ〜く光を浴びてきましょうかね。

採光〜✨

 

サイコー♪最幸♪さーいこー(^-^)/

 

 


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久しぶりの記事になりました。

書こう!とピン!ときたときに、

書こうかなぁとフッと思ったときに、

のみ書くものですから、

今回みたいに1カ月も空くこともあります。

 

不安定きわまりないですねー。

 

飽くなき投稿といきたいところですが、

空くなき投稿とはいかないものですね。

 

悪なき投稿にはなっているかもしれませんが。

いや、悪あり投稿があったとしても、

それもピース(またよし)。

 

悪とは悪いもののことを言うわけですが、

悪に見えるからといってゼッタイに悪いものだとは、

必ずしも言えないと思うんですよねー。

 

言えるのは、

自分が悪(悪い)と思ったら、それは(そのときの)自分にとっては悪(悪い)となる、

ということだけです。

 

逆に言えば、

悪と思わなければ、それは自分(や悪と思わない人)にとっては悪にはならない、

ということ。

 

そして、

悪と思うことが悪いというわけでもなく、

悪と思わないことが悪いわけでもなく、

悪と思うもピース(またよし)、

悪と思わないもピース(またよし)、

ということです。

 

そうやって見てくると、

つくづく気づかされることがあります。

 

ピース又吉って、うまくできているなー(そこか!)。

 

だって、

それもまたよし、これもまたよし、と言っていると、

ピース(平和)になるよー、

っていうことですから(笑)。

 

又吉さんは、それがわかっていたのかなー?

 

わかっていたのかわかっていなかったのかはわかりませんが(笑)、

わかっていてもいなくてもスゴイですよね。

 

ちゃーんとうまくできているわけですから。

 

わからないといえば、

不安ですね。

 

いきなり不安って、どういうこと?

と、それこそわけがわからないかもしれませんね。

 

こういうことです。

 

人間、生きていると、

不安になることってありますよね。

 

この先どうなるんだろう?

将来が不安だ

といった、漠然とした不安もあれば、

 

仕事はうまくいくだろうか?

ちゃんと収入を得られるだろうか?

お客さんは集まるだろうか?

彼(彼女)は振り向いてくれるだろうか?

といった、少し具体的な不安もあるでしょう。

 

ぼくも不安になることはよくありますよ。

 

このダジャレはウケるだろうか?

このダジャレは気づいてもらえるだろうか?

このダジャレはじょうだん者向きだったろうか?

 

って、ダジャレの不安(ばっかり)かい!(笑)

 

不安はどこから出てくるのでしょう?

 

不安のネコを探っていくと、

ニャー、

じゃなかった、

不安の根っこを探っていくと、

「わからない」に当たります。

 

「わからない」ことから不安は生まれるんですね。

 

どうなるかわからない。

うまくいくかどうかわからない。

得られるかどうかわからない。

集まるかどうかわからない。

振り向いてもらえるかどうかわからない。

ウケるかどうかわからない。

気づいてもらえるかどうかわからない。

じょうだん(上段・冗談)かどうかわからない(わかったかなー?笑)。

 

人は、わからないと不安を感じるものなんです。

 

わからないと、

不安や心配や恐れを感じるようにできてもいるんです。

 

幽霊の正体見たり枯れ尾花

 

正体がわからないと、幽霊に見えて怖くなったり不安になったりします。

不安は不安を呼んで、

恐れは恐れを呼んで、

妄想が妄想を呼びながら、

不安はふくらむばかり。

 

でも、正体がわかったら、

なーんだ、枯れ尾花かー、となって、

不安は消えます。

 

あんなに怖がっていたなんて、

彼オーバーな!

と思えるくらい。

 

わからないときは暗雲垂れ込めていたものが、

わかってクリアになると雲も消えてパーッと晴れ渡る。

 

雲なくなると、

苦もなくなる。

 

空も気分も晴れ晴れです。

安心です。

 

そうやって見ると、

わからないというのは悪いことに見えますね。

 

だって、不安を生み出してしまうんですから。

 

でも、細かく見ていくと、

不安は「わからない」から生まれるのではないんですねー。

 

「わからないことは悪いこと」と受け取ると、

不安になるんです。

 

「わからないままではダメだ」と思うと、

不安という形で感じるんです。

 

ということは、

「わからないことは悪いこと」と受け取らなければ、

「わからないままではダメだ」と思わなければ、

不安にはならないということ。

 

「わからないことは悪いことではない」と受け取れれば、

「わからないままでもダメじゃない」と思えれば、

不安は生まれないんです。

 

不安がないということは、

安心につながります。

 

さらに、

もしこんなふうに思えたら・・・

 

「わからないことはいいことだ」

「わからないままでいい」

 

そんなふうに受け取ることができたとしたら、

そこには不安は生まれず、

安心を通り越して、

楽しみやおもしろさが生まれるんです。

 

だって、

どうなるかわからないって、

いろんな可能性があるということだから、

ワクワクするでしょ?

 

わからないことって、

思いも(想像も)しないようなことになるかもしれないということだから、

おもしろいでしょ?

 

逆に、わかるということは良いことに見えるけど、

もちろん、わかることで良いこともたくさんあるけれど、

もし、すべてのことがわかってしまったら、

きっと、つまんないですよー。

 

何から何までわかってしまうと、

不安はなくなり安心するかもしれないけど、

驚きもワンダーもワンダフルもなくなってしまうので、

つまんないと思います。

 

だから、

「わからない」をいいと受け取れれば、

「不安」じゃなくて「ファン(fun=楽しみ)」になるんです。

 

不安とファンは1セット。

不安とファンは裏表。

 

「わからない」は不安も生み出す。

「わからない」はファンも生み出す。

 

「わからない」を通じて、

不安とファンはつながっているんです。

 

違いは、

「わからない」を悪い・ダメと思う(否定する)か、

「わからない」を良い・OKと思う(肯定する)か、

だけ。

 

たぶん、それだけなんです。

 

じゃあ、不安をなくすにはどうしたらいいでしょう?

 

不安をなくしてファンだけになったら、

よさそうですよね。

 

ファンは楽しいもん。

不安は楽しくないもん。

楽しくないどころか、辛いもん。

 

そう、不安とファンは逆なんです。

不安とファンは、音は似ている(ダジャレチャーンス!)けど、

反対であり対極なんです。

 

不安はマイナスで、ファンはプラスに見える(感じる)。

 

だから、マイナス(陰)をなくして、プラス(陽)にしたくなる。

陰がなくなって陽(だけ)になったら、よさそうに見える。

 

その気持ちはよーくわかります。

ぼくもそう感じるときはあります。

 

でも、不安はなくそうとしてもなくなりません。

 

「わからない」ことはなくならないから。

人生に「わからない」は付きものだから。

 

そして、「わからないことは悪いこと」と思ってしまった心を、

無理やりなくすことはできないから。

「わかならいとダメだ」と感じてしまう心を、

無理やり消してしまうことはできないから。

 

不安を感じてしまうのは、仕方ないんです。

そして、不安を感じること自体は、悪いことではないんです。

 

むしろ、不安を感じるからこそ、

じゃあどうすればいいか?を考えることもできるし、

打つべき手を打つことができるという利点もあります。

 

だから、不安を無理になくそうとする(感じないようにする)必要はありません。

 

不安はそのままにしておいていいから、

ファンをプラスしていけばいいんです。

 

わからないからこそのいいところを見るようにしたり、

わからないことを(逆手にとって)おもしろがったり、

単に楽しいこと(ファン)を増やしていったりするといいと思います。

 

Have fuan (不安になる)のままでもいいから、

Have fun (楽しむ)をプラスしていく。

 

「不安」と「ファン」は、陰と陽。

 

「わからない」が陰に出たものが、不安。

「わからない」が陽に出たものが、ファン。

 

元は同じもので、

出方だけの違いなんです。

 

だから、

なくそう、否定しようとするよりも、

認めよう、肯定しようとすればいいんです。

 

あの歌が聞こえてきます。

 

い〜んだよう〜♪

い〜んだよう〜♪

不安でもファンでも♪

い〜んだよう〜♪

 

そんなふうにしていけば、

歌いながら揺れていけば、

不安があっても気にならなくなるし、

気にならなくなると不安はなくなったりもする(かも)。

 

長文すぎて、

どこまで続くのか、

俄然不安になってきましたが(笑)、

もうちょっと続けます(続けるんかい!)。

 

不安と似ているものに、

不安定というものがあります。

 

不安は悪いこと、安心は良いこと、

という見方が一般的なように、

不安定は悪いこと、安定は良いこと、

という見方をされがちです。

 

でも、そうばかりとは限りません。

 

安定は安心にもつながり、良い面ももちろんありますが、

安定は変化を生まないので、新たなものが生まれない(生まれにくい)とも言えます。

 

そのまま固まってしまうと、骨董品になってしまうかもしれません。

安定ィーク。

 

不安定は不安につながり、辛く感じることにもなり得ますが、

不安定は変化を生むので、新たなものが生まれ(やすくな)るとも言えます。

 

それをおもしろがれると、楽しい日になるかもしれません。

不安定はファンデー(fun day)。

 

安定ィークもいいけど、

ファンデーもいいでしょ?

 

またあの歌が聞こえてきます。

 

い〜んだよう〜♪

い〜んだよう〜♪

安定ィークもファンデーも♪

い〜んだよう〜♪

 

何が何だかわからなくなってきました(笑)。

 

フッと思ったときに書く、

不安定きわまりないブログですが、

今日もファンデーとなりますように♪

 

ファンデーションをベースにすれば、

きっとファンデーでしょん(笑)。

 

(このダジャレはウケるのだろうか?)

(このダジャレは気づいてもらえるのだろうか?)

(このダジャレはじょうだん者向きだっただろうか?)

 

 


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DJ レインボー RYO こと、かたりましょうのたかしまりょうです。

 

豊かって、何でしょう?

 

ということで、

その1に続いて、

あれ?前にもゆ(言)ったかなー?という角度から書くど。

 

 

ゆたかといえば、

やっぱり武豊でしょう。

 

言わずと知れた、武豊(たけゆたか)さんですね。

これ、ゆったっけ?

ゆったか?

 
でも、もう1つの武豊があるんです。
 
愛知県の武豊(たけとよ)というところです。
これも、ゆったっけ?
ゆったとよ(なぜか博多弁)。
 
なぜこの2つの武豊のことを語ることにしたかというと、
そこに豊かがあるからなんですねー。
 
あれは忘れもしない、
4年前か5年前か、4年半前・・・(忘れとるやんけ!)
 
いや、4年8カ月と10日くらい前かな?(実は忘れてない!?)
 
ベストセラー作家・ひすいこたろうさんと、
天使の歌声・弓削田健介さん(ゆげちゃん)と、
魂のシンガー・森源太さん(げんちゃん)の、
講演会&コンサートが開催されました。
 

ぼくはその司会(兼出演)を仰せつかりまして、

ご一緒させていただいたんですが、

その開催地が、愛知県は知多半島にある武豊(たけとよのほうですよ)だったんです。

 
『しあわせの詰め合わせ』というタイトルにふさわしく、
幸せがいっぱいの素敵なイベント。
 
しかも、参加費も、武豊だから高ぇーとよーということもなく、
とっても良心的で知多。
 
ゆげちゃんとげんちゃんそれぞれのライブと、
ひすいさんの講演(イメージワークもあり)とで、
みなさん大感動。
 
その司会をしながら、
合間にぼくもちょっとお話させていただいたんですが、
たしかこんな話をしました。
 
 
武豊って、ぼくは今日はじめて来させてもらったんですが、
「わー、たけゆたかに来ちゃったー」
って思いました。
 
(会場笑)
 
先ほどのゆげちゃんとげんちゃんの歌は本当に素晴らしかったですね。
ぼくは来る前にげんちゃんのCDを聴いたんですが、
『絆』っていうとてもいい曲があって、
今日のライブでも『絆』が聴けるといいなぁと思っていたら、
なんと!げんちゃんが『絆』を歌ってくれましたねー!
 
もー、感激でした。
 
聴きたい曲が聴けただけでも感激なんですが、
さらに感激のワケがあったんです。
 
それはどういうことかというと、
武豊(たけゆたかのほうです)さんです。
 
武豊さんといえば、ナンバー1ジョッキー(騎手)ですけど、

実は、今日は、競馬の日本ダービーの日で、

武豊さんも出ているみたいなんですね。

 
そういう日に武豊さんと同じ字の武豊にはじめて来たって、
おもしろいなーと思うんですが、
さらにおもしろいのは、

その乗る馬の名前が、

なんと!「キズナ」っていうんですよ!
 
武豊さんがキズナに乗るダービーの日に、
武豊に初めて来て、
聴きたかったげんちゃんの『絆』が聴けた、
って、おもしろすぎませんか?
 
そうでもない?(笑)
 
(会場どよめきと拍手)
 
これでもし、武豊さんがキズナでダービーに勝っちゃったりしたら、
おもしろいを通り越して、スゴイですよね〜(笑)。
 
 
とまあ、こんなふうに、
競馬ファンでも何でもないのに、
ダジャレというか言葉(の音)のつながりで、
武豊とキズナ(絆)ネタで話したのでした。
 
すると、
ステージ前に座っていたお客さんがスマホを見て、
教えてくれたんです。
 
「ちょうど今、ダービーでキズナが(武豊さんが)勝ったそうですよ!」
 
ええーーーっ!
おおおーー!!
わーーー!!!

(会場大歓声)

 
ナヌー!?
ダービーン!
じゃなくて、
ガビーン!!
 
こんなことって、あるのー!?
こんなに見事につながる(タイミングも含めて)ことって、あるのかー!?
 
驚きました。
テキトーに、
いえいえ、
ただの言葉遊びみたいなつもりで、
おもしろいつながりだなーと思って話しただけだったのに、
本当にそのようになってしまったんですから。
 
驚きながら、うれしかったですね。
ゆったっけ?
ゆったか?
豊かだなー☆
 
豊かって、
つながりなんです。
 
人と人とがつながる(認め合う)ときに、
豊かが生まれ、

人と人との絆(縁)の中で、

豊かになる。
 
物事と物事(出来事と出来事)の中につながりを見ることができると、
豊かと感じることができる。
 
そして、豊かと感じることで、
人や物事とさらにつながることができ、
絆が深まるんだなぁ。
 
そんなことを強烈に感じさせてもらい、
みなさんとのつながりや絆もきっとできた、
武豊の豊かな日。
 
ぼくにとっては忘れられない日になりました。
 
あれは忘れもしない、4年前か5年前か、4年半前・・・
 
ちなみに、

言葉と言葉の間につながりを発見しても、

豊かになれます。

それを人は「ダジャレ」と呼びます(笑)。

 
豊かって、いいですね〜。
 

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DJ レインボー RYO こと、かたりましょうのたかしまりょうです。

 

今日は立春。

新たな年の幕開きですね。

 

あけましておめでとうございます(^-^)/

 

毎年、新年元旦の朝、

天皇陛下は、東西南北の4方向に向かって、

祈りをささげるのだそうです。

 

「四方拝(しほうはい)」と言うそうです。

 

今年(新たな年)も、日本の国と国民が健やかでありますように。

 

とおっしゃっているかどうかはわかりませんが、

四方を排しながら、

日本と国民の安寧を祈っていらっしゃるのだそうです。

 

今の天皇陛下は125代とされていますが、

天皇は代々そうしてこられたということです。

 

天皇は、祈る人なんですね。

天皇陛下は神主のトップ(最高神官)という存在でもあるのだそうです。

 

2年前に、天皇陛下(と皇后陛下)を間近で拝する機会がありました。

 

お2人のお姿を見た途端、

じわじわ〜グオーっとこみ上げてくるものが。

 

うわーっ!

涙がで、出るー!?

オレ、こんなことないのに!

なんでー!?

 

と、自分でもビックリしながら、

涙があふれ、

 

ると思ったその瞬間、

 

グス、グス、

ズル、ズル、

 

隣にいた友人(名前は言えませんが、某おざりんといいます)が、

もう泣いてる!

 

おざりん、また泣いてるー(^^)

 

それを見た途端、

あふれかかった涙はピタッと止まったんですが、

こみ上げる感動というか感激というか感銘は、満ちるばかり。

 

それくらいすごいオーラ、

 

だったわけではありません。

 

オーラじゃないんです。

そこにあったのは、「存在」だったんです。

 

人って、ここまでなれるものなのか。

ここまでの「存在」になれるものなのか〜。

 

祈り続けると人は、

ここまでの「存在」になれるのかもしれません。

 

それを目の当たりにして、

それまでに感じたことのない衝撃を受け、

それまでに感じたことのない感銘を受けたのでした。

 

「存在」

 

これからは、これがキーワードになると思います。

これまでも、いつもキーワードだったとは思いますが。

 

天皇陛下はもちろん特別な存在ですが、

存在は天皇陛下ただ1人ではありません。

 

誰もが「存在」です。

 

だから、誰もが特別。

誰もが特別ということは、

特別な人はいないということでもありますけどね。

 

以前の記事で、こんなことを書きました。

 

愛とは、存在なんですねー。

 

見るものと見られるもの、

あなたと私、

すべてがセット。

 

そこに、存在が生まれます。

存在が存在として存在できます。

 

相対するものがセットとなって、

相通じ合って(つながって、関係して、縁を結んで、共に)、

相手をぞんざいに(無視、無関心)せず大事にすることで、

存在が存在として存在できます。

 

相は存在。

存在は愛。

 

ただあるだけ。

ただいるだけでいい。

 

「愛とは」という大それたテーマで、

こんなことを書かせてもらったんですが、

 

誰もが「存在」で(すよね?)、

誰もがまずは「ただいるだけでいい」はずだと思うんです。

 

だから、

「私は存在」

「あなたも存在」

「誰もが存在」

と認めるだけでいいんじゃないかなー。

 

「祈り」の語源は、

「(神の)意を宣(の)る(=褒め讃える)」

「(神の)意に乗る」

だそうですが、

これはまさに「存在を認める」ということじゃないでしょうか。

 

ちなみに、

聖書の中にも「祈る」という言葉がたくさん出てくるそうですが、

その言葉の本来の意味として最も多いのは、

「聞く」という意味なのだそうです。

 

「聞く」とは、起きる出来事や現象に耳を傾けること。

そして、耳を傾けるとはたぶん、

(あらゆる)存在を(そのまま)認めるということ。

 

だから、日本語でも聖書でも、

「祈る(祈り)」とはおそらく、

「存在を認める」ことなんだろうと思います。

 

というわけで、

新たな年の幕開きは、

「私は存在」

「あなたも存在」

「誰もが存在」

という祈りでスタートしてみました。

 

在りましておめでとうございます(^o^)/

 


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DJ レインボー RYO こと、かたりましょうのたかしまりょうです。

 

今夜の月は、特別でしたねー。

 

今年2回目、今月2回目の満月でしたが、

スーパームーンで、

ブルームーンで、

レッドムーンだったのだそうです。

 

む〜ん、特別だ。

 

しかも、月食でしたから、

なおさら、ゲッ!ショック!でしたね。

 

月食というと、

地球と月の間に太陽が入って、月が隠れちゃう現象、

 

なわけないですね(笑)。

 

太陽、近すぎ!

それじゃ、熱すぎ!

燃えてまうわー!

 

月食は、太陽と地球と月が直線に並んで、

月が地球の陰に入ると起きる現象ですね。

 

今夜はその中でも、

月がスッポリと陰に入る皆既月食。

 

東京はちょうど空が晴れていたので、

きれいに見えましたよ。

 

特別な月は、

都区別なく見えたんじゃないかなー?

 

ちなみにぼくは、

お宅は大田区。

ですが、オタクではありません。

 

話は変わるようで変わりませんが、

昨日から1泊で、

いいお水に会える場所、

You got water の湯河原に行ってきました。

 

「とまりでかたりましょう」

 

「かたりましょう」(という会)のお泊り版で、

時間を気にせずゆっくりゆったりゆるゆると語り合う2日間だったんですが、

語り合いが止まらず、なんと睡眠2時間!

 

でも、日の出ツアーまでちゃーんと行って、

素晴らしいご来光を拝み(いんだよう〜ダンスもしたけど)、

4000本の梅の木がある梅林にも行って、

2本だけ咲いていた梅を超効率よく鑑賞してきて、

宿でさらに語り、

帰りの電車まで語り合うというハードさ(なぜにここまで?笑)。

 

ゆるさをゆるさない、合宿のような2日間でした。

 

それぞれにたっぷりと語り合って、

原点に返る時間にもなったように思います。

 

まさに皆既月食に向かっての、

原点回帰合宿となりましたー。

 

スーパームーンで、

ブルームーンで、

レッドムーン。

 

特別な満月だけど、

皆既月食だから、

光は一時的になくなるけど、

いつも月はあって、

ツキもいつもあって、

やがて光も戻る。

 

本当にスペシャルで、

極めツキの夜でした。

 

おやすむーんなさい。

 

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