Coxeter『幾何学入門 上・下』 | 宇宙とブラックホールのQ&A

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2019年6月6日にYahoo!ブログから引っ越してきました。よろしくお願いします。

数学書上下2冊の書評です。
H.S.M.コクセター 著、銀林 浩 訳 『幾何学入門 上』 筑摩書房 ちくま学芸文庫27-1 480頁 2009年9月発行 本体価格¥1,600(税込¥1,680)
http://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480092410/

H.S.M.コクセター 著、銀林 浩 訳 『幾何学入門 下』 筑摩書房 ちくま学芸文庫27-2 432頁 2009年9月発行 本体価格¥1,500(税込¥1,575)
http://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480092427/

コクセター(Coxeter)は、1907年生2003年没。(外国の故人なので敬称略)
愛称は Donald Coxeter。ミドル・ネームの M. が MacDonald だからでしょう。
イギリスのロンドン生まれですが、生涯のほとんどをカナダで過ごしています。
版元の紹介にあるように、「現代のユークリッド」「20世紀最大の幾何学者」と称えられる人物です。
偉大さはこれだけでお分かりかと思いますが、その背景を少し説明しておきます。

数学を二分すれば代数と幾何に分けられるというのが、中学レベルの常識です。
古代ギリシアの数学は幾何学の形で研究されました。
その集大成であるユークリッド(Euclid,英語読み、ギリシア名はカタカナでエウクレイデス)の『原論』は、史上最大の数学書としてだけでなく、学問の理想型として二千年以上にわたり西洋思想界に君臨してきました。
この点は、ニュートンの『プリンキピア』やスピノザの『エチカ』を見れば明らかです。
しかし、その幾何学も、20世紀に入ると、ヒルベルトの形式主義やブルバキ(フランスの数学者集団)の構造主義(哲学上の構造主義とは一応無関係)などの影響もあり、どんどん抽象化していきました。
書名に幾何学と入った本でも中身は数式ばっかりで、図の一つも含まれていないものも珍しくはないという状況でした。
これでは、専門の数学者にとってはよくても、幾何学の面白さがなくなってしまいますよね(^_^

コクセターは、抽象化の流れに抗して幾何学の視覚的直感的要素を重視し、古典的な意味での幾何学を再興した人物です。
騙し絵のエッシャーや建築家のバックミンスター・フラーとも親交がありました。
なお、彼の伝記も翻訳されて日経BP社から出ています。
シュボーン・ロバーツ 著、糸川 洋 訳 『多面体と宇宙の謎に迫った幾何学者』 日経BP社
http://ec.nikkeibp.co.jp/item/books/P83820.html
ちくまの文庫本でコクセターに興味をもったら、伝記を手に取るのもよいかと思います。
私は、伝記を先に読んで、『幾何学入門』が読みたくなりました。

訳者の銀林浩(こう)さんは、1927年生まれの数学者。
明治大学名誉教授で、数学教育協議会の元委員長。
私は銀林さんの書いた数学関連の英語学習書ももっています。

本書は、コクセターが大学生など一般の学習者向けに書いたものです。
翻訳は、初版の訳が1965年、改訂版が1982年に明治図書から出版されています。
その後長らく絶版となっていたのが、復刊ドットコムで復刊が決定され、上下に分けてちくま学芸文庫に収録されたものです。
ちくま学芸文庫には、他にも和算を含め数学関係の本が多数収録されています。
これは他の文庫・新書にはない特色で、筑摩書房と関係編集者の方々のご努力を多としたいと思います。

本書の内容は、「入門」とは銘打っていても幾何学のあらゆる分野にまたがるもので、某所の書評の言葉を借りれば「幾何学の百科全書」です。
事典としても使えると思います。

上巻の冒頭には、訳者による「再版に際しての覚え書」(2ページ)、「訳者前書き」(3ページ)があり、ついで原著者の「序文」が4ページあります。
店頭で買うかどうか迷ったときは、この部分にさっと目を通すことをお勧めします。

目次は次の通り。
 (上巻)
第1部
 第1章 3角形
 第2章 正多角形
 第3章 ユークリッド平面の等長変換
 第4章 2次元結晶学
 第5章 ユークリッド平面上の相似変換
 第6章 円と球
 第7章 ユークリッド空間の等長変換と相似変換
第2部
 第8章 座標
 第9章 複素数
 第10章 5つの多面体
 第11章 黄金分割と葉序
第3部
 第12章 順序の幾何学
 第13章 アフィン幾何学
 (下巻)
 第14章 射影幾何学
 第15章 絶対幾何学
 第16章 双曲的幾何学
第4部
 第17章 曲線の微分幾何学
 第18章 テンソル記法
 第19章 曲面の微分幾何学
 第20章 測地線
 第21章 曲面のトポロジー
 第22章 4次元の幾何学

数学書らしく各章の最後にそれぞれ数題の演習問題が載っていますが、問題の程度はさまざまです。
それらの解答は上下各巻の末尾に47ページと41ページ割いて掲載されているので、問題が解けなくても解答と対照しながら目を通しておくのがお徳です。
なお、原書に解答がないものについても、ほとんど銀林さんが解答してくれていて、大変ありがたいです。

下巻末には、問題の解答の後に、まず8ページの「参考文献」表があり、ついで3ページの「文庫版改版に際しての訳者あとがき」があります。
その後に、用語索引が8ページ、人名索引が同じく8ページあり、目次とこれらで本書を事典として活用できます。

各部はおおむね大学の1~4学年に対応しているということです。
ということは、本書を完全に理解すれば、大学理学部数学科卒の知識の何割かが身につくということです。
ただ、必ずしも順番どおりに読まなければならないわけではありません。

本書には、同じ幾何学といっても雰囲気のかなり異なるいくつかの流れあるいは視点が含まれていると思います。
第1は、補助線を使って証明を行なう昔ながらの古典幾何学。
第1章は主にこれです。
それ以降の章でも随所に見られます。
第2は、座標やベクトル、テンソルを使う解析幾何学と微分幾何学で、第8・9章、第17~20章が該当します。
第20章「測地線」までしっかり理解すれば、一般相対論も難しくないでしょう。
第3は、図形の対称性を変換群により解明していくもので、第2~4章、第10章、第22章、付属の表がそうです。
この視点は、著者自身がもっとも強調しているものです。
第2の視点と第3の視点は、いずれも数式を使うという点で共通するのですが、数式の種類が違うので印象もだいぶ違います。
第4は、ユークリッド幾何学で成り立つ命題をできるだけ一般的な形で(できるだけ弱い公理系に基づいて)証明し、徐々に(公理を追加して)特殊な幾何学を導入していくもので、主に第3部の各章が該当します。
第1の現代版といえるかもしれません。
第3部各章の章題が示しているように、いくつもの幾何学が存在するのです。

以上4つの流れがあるといっても、扱っている対象は同じですから、これらが相互に絡み合っているのはもちろんです。
また、以上を縦の糸とすると、横の糸として、平面(2次元) → 空間(3次元) → 4次元 と次元が高まっている流れもあります。

先に言ったとおり順番どおりに通読しなくてもいいのですが、後の章は前の章を参照するので、最終的にはやはり全部読むことが望ましいと思います。
私自身は、対称性を重視する第3の視点や最後の章の4次元幾何学に興味をもっていたので、最後の章を最初に読み、その後で遡って他の章にも一通り目を通しました。
良い子の皆さんは決して真似をしないでくださいね(^^;
そのせいか、残念ながら十分に咀嚼できなかった部分も結構あります。
4年分の教科書なので、時間を掛けて一歩ずつ理解していくのが本来の読み方でしょう。

ま、編み物と紙細工で双曲幾何学を分かった気にさせようという『体験する幾何学』(言い過ぎか(^^)とは違って、全世界の幾何学を学ぶ人のバイブルですから、甘くはないということだけは断っておきましょう。
え、ナメてかかっているのはお前だけだろうって?

さて、恒例であれば内容の紹介に移る順番ですが、今回は特に長くなりそうなので、タイトルを改めることにします。

★ 結局12回の連載になりました。
テーマ「数学」に収めてあります。

初回:平面ユークリッド幾何学の等長変換:

https://ameblo.jp/karaokegurui/entry-12471780785.html

第2回:無限「1次元」対称変換群:

https://ameblo.jp/karaokegurui/entry-12471780809.html

第3回:空間ユークリッド幾何学の等長変換:

https://ameblo.jp/karaokegurui/entry-12471780859.html

第4回:平面ユークリッド幾何学の相似変換:

https://ameblo.jp/karaokegurui/entry-12471780965.html

第5回:空間ユークリッド幾何学の相似変換:

https://ameblo.jp/karaokegurui/entry-12471781349.html

第6回:反転幾何学:

https://ameblo.jp/karaokegurui/entry-12471781060.html

第7回:複素数と共形変換:

https://ameblo.jp/karaokegurui/entry-12471781144.html

第8回:射影平面:

https://ameblo.jp/karaokegurui/entry-12471781186.html

第9回:複数の幾何学:

https://ameblo.jp/karaokegurui/entry-12471781279.html

第10回:双曲幾何学:

https://ameblo.jp/karaokegurui/entry-12471781306.html

第11回:地図とオイラー数:

https://ameblo.jp/karaokegurui/entry-12471781403.html

第12回:4色問題とヒーウッドの定理:

https://ameblo.jp/karaokegurui/entry-12471781439.html