過日、渋谷のBunkamura ザ・ミュージアムで開催中
(会期:~4月9日)の
「マリー・ローランサンとモード」展に行った。
この展覧会が同館の長期休館前最後の展示となるから、
もうここへはしばらく来られないんだ、と思うと灌漑深かった。
いわく「マリー・ローランサンの母親はお針子をしており、
その仕事で使用する綺麗な布というのは彼女の美意識の始まりにあった。
さらに、ローランサンと同じ1883年に生まれで、
ともに自由な時代を生きる女性の代表的存在だった
ココ・シャネルに関する資料も多数展示があった。
(展示構成)
第1章「レザネ・フォルのパリ」
第2章「越境するアート」
第3章「モダンガールの登場」
エピローグ「蘇るモード」。
冒頭にあったマリー・ローランサンの写真
会場にあるのは、オランジュリー美術館やマリー・ローランサン美術館
から集められた約90点が並ぶ。
第1章のタイトルにある「Les Années Folles(レザネ・フォル)」
は、仏語で「狂乱の時代」という意味。
この章でスポットを当てる1920年代は、
混乱を極めた戦間期であり、第一次大戦を乗り越えた人々が
自由を取り戻すように芸術とファッションが大きく変化した時代でもあった。
マリー・ローランサン《わたしの肖像》 1924年 油彩/キャンヴァス
マリー・ローランサン美術館
マリー・ローランサン《マドモワゼル・シャネルの肖像》
オランジュリー美術館
シャネルも、ローランサンに肖像画を描いてもらっていた。
ただし、その出来栄えに納得がいかず、
ローランサンに描き直しを要求した。
それを、ローランサンはまったく譲歩しなかったため、
最終的には、シャネルはその肖像画を受け取らなかった、
といういわくつきの肖像画。
マリーローランサンの描く肖像画は
威信や威厳のある写実的な像ではない。
淡い色彩やかたちが画面の上でモチーフと合わさって生まれる、
伝統的な肖像画とは違う「新しさ」を備えた肖像画であった。
。
第2章「越境するアート」
絵画以外の分野におけるローランサンの表現を紹介されていた。
ローランサンが舞台芸術や衣装を手がけたバレエ作品の資料が展示されていた。
「ローランサンとバレエ・リュス『牝鹿』」
ローランサンの装飾芸術を堪能。
鳩や花といったモチーフの絵画や、
モードの先駆者ポール・ポワレの妹で
ローランサンの生涯の親友のアンドレー・グルーを描いた肖像画も展示されており、1910~1930年代の雰囲気や時代の流れを伝える空間になっていた。
第3章は「モダンガールの登場」では、
シャネルに先駆けて女性をコルセットから解放した
ポール・ポワレの仕事から始まる。
展示は、歴史と同じくポワレからシャネルへと接続していく。
第3部の「ローランサンと帽子の女たち」
シャネルが生み出した帽子を、ローランサンが愛用し、
キャンバスにも落とし込んで行ったというところに、
同年に生まれ、共に時代を切り拓いた
二人の関係性を強く感じられた。
男爵夫人や伯爵夫人、舞台女優の肖像が並ぶ。
花や女性を柔らかく描いた作品が飾られて、
豊かな淡い色彩や筆致にうっとりした。
今もあるデザインのシャネルスーツ。
このタイプが好き。
同時代に生きたマリー・ローランサンとシャネルを鑑賞できて
快感だった。
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