夕暮れ近く
うす青色の霞みかかった空に
白い月が浮かぶ
コンパスで描いたような
円をくっきり際立たせている
遥か昔
地球の一部だった月
兎を一匹連れて行き
地球を優しく見詰めている
白く輝く月
地球には毎日数多くの隕石が飛来して来るが、その殆どは大気圏内で燃え尽き、地上に落下する隕石は稀である。その隕石は火星と木星の軌道の間にある小惑星帯からやって来ると、皆さんも学校で学習したと思う。
今の会社に就職して8ヶ月余り、その間に二通の診断書を提出。7月には「弁置換術後三尖弁閉鎖不全」、そして今日「うつ病」の診断書を提出して来た。9月に入ってから一度も出勤しておらず、結局「休職」扱いとなり今月一杯休み。
わたしには祖父も祖母ももうこの世にはいない。しかし、小学校低学年までは父方の祖母が面倒を見てくれた。その後祖母は病気で床に伏せた切りだった。歩く事すら難儀だったようで、殆ど寝たきりの生活を送っていた。
神戸家の祖父をわたしは写真でしか見たことがない。西郷隆盛に良く似た恰幅のよい人物に見えた。わたしが生まれる5年前に他界。祖母の生活を支えるのは息子たちなのだが、誰もよりつかなかった。
唯一父がそれでも看病をしていたが、その父も突然行くへを晦ましてしまい、家に帰ってくることはなかった。孫である小学2年生のわたしが大人の面倒を看ることが可能だろうか?学校から帰って来ると昨日作った残り物が散乱し、食べた形成ももなかった。「ばあば、ちゃんと食べないと病気は良くならないよ」励ますように語りながら、夕食の支度をする。
父は鉄砲玉だからいつ帰ってくるか約束などで出来ない。とりあえず、米びつを覗いたが一粒の米も残っていなかった。当方に暮れたわたしだったが、それでも諦めず、台所を隅々まで探し回りやっと子どもの片手で一杯の麦を見つけたのだ。見よう見まねで飯盒に麦と水を入れ、ガスコンロのスイッチを入れた。学校へ上がる前に父からご飯の炊き方を教えてもらっていたので、それほど苦労せず炊き上がる事が出来た。
しかし、米のない麦飯の不味さは経験者にしか分からない。味見をして顔が歪んでしまった。こんな不味い物を祖母に食べさせる訳には行かないと思い、かなり広い台所や棚、引き出しを片っ端から探しまわった。既に味の素さえ底を付いていた。
こんな事になったのも定職に付かないやくざな父の性だと恨んだ事もあった。台所の置くに大きな壷があった。それは毎年取れる家の庭に咲いている梅ノ木の実だった。それを壷に入れて蓄えておいた。腐っているかはわたし自身が味して漸く麦飯と梅干の食事が出来上がった。
それを祖母は「俊が作ったのか、そうかそうか」と言いながら美味しそうに平らげてしまった。
それから数ヶ月もしない打ちに祖母は他界した。祖父から受け継いだ神戸家を守る事ができずに、後は出来の悪い息子3人に任せることしかないと、無念の表情をこの世に残しながら天国で静かに暮らしていてくれていればばよいのだが。どんなに歳を重ねてもお互いを労わる気持ちを忘れずに、出来れば精神面でも豊かに暮らして行けるのが老後の理想ではないかと思う。
強い勢力を保ったまま北上を続け、東海から関東にかけて各地に大きな被害を齎したた台風9号別名FITOW(フィートウ)。首都圏を暴風圏内に巻き込んだ台風としては2年ぶりとなる。台風が及ぼす自然災害は土砂崩れ、河川の増水と氾濫、停電、交通網の麻痺など。
年金問題が表面化する以前、社会保険庁は必至にになって年金に加入するのは国民の義務と訴えていた。もちろんその頃、国民は自分たちの払った年金が正常に扱われている事に疑問を持つなど到底及びもしなかった。
ブログの記事を少し休んでいると、いつの間にかブログに見慣れぬ機能が追加されていたりする。最近のものに「アメンバー」が出現。誰もが見られるものでなく、アメンバーにならないとその記事を読むことが出来ない限定付き。
参議院選大敗の教訓もそれ程活かされぬまま発足した安倍改造内閣。顔ぶれを見ても際立った特色もなく、即席内閣といったところか。唯一救いなのが与謝野、舛添両氏の入閣。しかし目の前に大臣の椅子がちらつけば政治家ならば断る理由もない。