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プールサイドの人魚姫

うつ病回復のきっかけとなった詩集出版、うつ病、不登校、いじめ、引きこもり、虐待などを経験した著者が
迷える人達に心のメッセージを贈る、言葉のかけらを拾い集めてください。


プールサイドの人魚姫-イラ菅

 日本ほど政治の安定しない国も珍しい。別次元から視点を変えて見れば、北朝鮮の方が遥かに安定しているだろう。総理の名前や顔を覚える暇もないほど、国のトップが入れ替わる。不安定極まりない政局と政治家たち。

 相手の顔がはっきりしないから、本気モードになれない諸外国にとっても悩みの種の一つと言える。ジェットコースター並みの急降下を見せる民主党の支持率は今が底ではないだろう。長きに亘った自民党からの脱却を国民が突きつけた政権交代。あれは陽炎か夢か幻だったのか。

 威勢の良かった野党時代の民主党が妙に懐かしい。吼えまくる自民党も漸く野党らしくなって来たが、与党たる民主党の具合が実に良くないのだ。一国を背負う事の厳しさに喘いでいるようにも見える。尖閣諸島を巡る一連のビデオ流出問題から始まった危機管理意識の低さを露呈し、更にはロシアの北方領土問題でもメドベージェフ露大統領の土足でズカズカと遠慮なしの意表を突く訪問に手も足も口も出なかった。

 「元気な日本を復活させる」がキャッチフレーズだった民主党、日本が元気になる前に自分たちの支持率回復が急務。しかしながら、菅内閣の足を引っ張る閣僚たちの問題発言が連発し、職務を放り出して逃げ切りたい菅さんも頭を痛めている。

 問責決議、辞任、罷免などの言葉が飛び交う国会を混乱させている二人の閣僚、柳田法務大臣の「個別の事案についてはお答えを差し控えます」「法と証拠に基づいて適切にやっております」発言。国会答弁軽視どころか国民をバカにした配慮の欠片もない、そして自分の立場を何も理解していな軽率な言葉を笑顔の解説付きで「国会=国稽」を暴露。

 気の緩みが本音トークに繋がったとしても、自分の放った言葉が日本中を伝播して、自分自身が窮地に立たされる事を思い浮かべなかったのだろうか。

 本音を言いたい政治家は他にも大勢いるだろうが、皆さんそれをじっと堪えて胸の内に押さえ込んでいる。それを吐き出すのは家族の前だけにして頂きたいものだ。

 そして仙谷氏の自衛隊「暴力装置」。仙谷さん自身が「暴力発言」で国会を怒号飛び交う「暴力国会」に塗り替えてしまった。

 国民の眼から見れば「目糞鼻糞を笑う」で纏まりのない国会運営にうんざり。民主党に政権を委ねたことが裏目に出ている今日この頃…溜息しか出ない。

プールサイドの人魚姫-バレー

2010世界バレー、32年振りのメダルを手中にした全日本女子バレーチームが世界と肩を並べた瞬間だった。

世界の頂点に立つブラジルとの一戦で、フルセットまでブラジルを追い込みながらも、決勝戦への夢は費えてしまったが、3位決定戦の対アメリカ戦ではその悔しさをボールとネットにぶつけた執念の勝利だったが、世界ランク2位のアメリカにも意地があり、追いつき追い越す連続は、アメリカの根負けを象徴するような試合内容だった。

全日本の選手たちは先日のブラジル戦で精魂果てるほどの激闘を演じている。連続2セットを奪取し、勢い付く日本に大金星が現実となる予感がコートを駆け巡った。ブラジルの選手たちに焦りの色が濃くなり始めたのは、3セット辺りからだろう。

ブラジルチームも王者のプライドをかなぐり捨ててボールに喰らい付く執念を見せた。足でレシーブするほど、彼女たちも追い込まれていたのである。

王者ブラジルとフルセットを闘い抜くことは、全日本が大きく成長していることを物語っていた。試合の行方を最も左右するのがミスである。ミスの連続だけは避けなくてならないし、選手自身もそれは充分心得ている。しかし百戦錬磨の選手であってもミスを犯す。

 先のプロ野球日本シリーズで、ペナントレースでは3位のロッテに中日が激闘の末敗れたのも、やはりミスがきっかけだった。ベテランの和田が送球したボールがコースを大きく外れてしまい、ランナー進塁を許してしまう。

 緊張の糸が張り詰めていたピッチャーのリズムが狂い始めたのは、その直後の事だった。今日負けても明日がある、という余裕のない短期決戦では、土壇場での力が大きく影響し、試合を決めてしまう事は多々ある。

 しかし、全日本のチームはミスをフォローする抜群のコンビネーションと、ミスを引き摺らない精神力、そしてミスの次にはチャンスを得点へと確実に活かすチームワーク。選手個々が自分自身の役割を確実に果たして行く責任感。

 これらがバランス良く保たれて完成されたバレーボールを生み出して行くのであろう。厭世観が蔓延する日本に元気をもたらしてくれるもの、これこそがスポーツの力であり、役に立たたず、当てにならない政治家などより頼もしいアスリートの活躍が、日本の栄養源になることは間違い。

 さあ、世界の頂点が見えて来たではないか、次は世界一を目指す。ロシア、ブラジルの選手たちが最も恐れる東洋の魔女がここに復活したのである。銅メダルが金に変わる日、それが現実となる日も近いことだろう。

 

プールサイドの人魚姫-お月さま

 

 

お月さま お月さま

わたしとおんなじ一人の

お月さま

わたしマフラー編んでるの

今年の冬まで

間に合うように

母さん お風邪を引かぬよう

一生懸命編んでるの

お月さま お月さま

見ててもよいけど

完成するまで内緒だよ

だあれに言ってもいけません

お月さま お月さま

学校行くより楽しいの

お家でひとり

マフラー編んでる方が楽しいの

でもでも わたし

完成まえに

自分の首に巻いちゃった

細い細い首に巻いちゃった

そしたら手編みのマフラーが

わたしをお空に連れてった

遠い遠い空に連れてった

お月さま お月さま

わたし 今

あなたの隣にいるんです

 

 


プールサイドの人魚姫-尖閣

 尖閣諸島を巡って中国と日本の間に亀裂が生じ始めてから数週間が経ち、両者とも歩み寄る姿勢は一行に見えず、結果的に中国漁船衝突事件のビデオ映像が何者かによってネット上に垂れ流しとなり、日本政府にとっては最低最悪の状態を生じ、情報危機管理の未熟さを内外に露呈する結果となった。

 こんな事ならさっさと情報公開して、駄々をこねる中国に釘を刺しておけばよかったものを、今となっては審議に費やした時間が水の泡。

 ビデオの情報公開に対し慎重になるのは理解出来るものの、それも度を越すと公開のタイミングを見失い、マイナス要因となってしまう。石橋を叩き過ぎて割ってしまい、向う岸に渡れなくなってしまったと言う事だ。

 尖閣諸島問題について政府の対応が後手後手になる背景には、お人よしな日本政府の弱腰外交と同時期に起こった検察の不祥事であるフロッピーディスクの改ざんや、手の平を返したような沖縄地検の船長保釈、警視庁の公安文書流出問題などこれ等が大きく影響しているものと思われる。

 ビデオ映像公開で結果的に窮地に追い込まれているのは中国ではなく、日本であるという現実に国民の落胆する姿が目に浮かぶだろうか?そうでないとすれば、尖閣諸島は諦めた方がよい。

 中国ではこの映像を見て衝突の真意を歪曲するようなコメントを流し、映像を逆手に取り日本への攻勢を強めるなど、狡猾で図太い神経を併せ持つ国民性に日本は打つ手なしの状態である。

 世界最大の動画サイトYou Tube(ようつべ)には日々星の数ほどの動画がアップロードされているが、その中には明らかに違法と思われる動画も数多く存在する。

 仮に違法動画が削除されたとしても、ネット検索すれば削除された筈の動画が別の動画サイトにアップされており、違法アップロードやダウンロードに歯止めを掛ける事は不可能に近い。

 現在ネット上で話題になっているのは、映像をアップロードした「sengoku38」というハンドルネームを持つ人物の謎解きだが、私的見解とすれば、仙谷官房長官への当て付けも含まれているのではないだろうか。

 この人物の痕跡を追求して行けば何れ辿り着けることとは思うが、その時果たして真実を公開するだろうか。世の中には公開出来ない真実も数多くあり、隠蔽或いは改ざんと言うモラルから外れた処置を取らざるを得ない場合もあるだろう。

 国民の知る権利などは、機密情報に付されてしまえば藻屑と消えてしまう。それにしても映像を保管していた石垣海上保安部のずさんな管理体制には閉口。重要資料をパソコンに保存したら、パスワードなどのアクセス制限をかけるのは常識で、小学生でも知っているのだが…。



 NHKが主催する中高年バンドの祭典「熱血!オヤジバトル」も今回で14回目を向かえる。回を重ねるごとに多彩なオヤジバンド、ミュージシャンたちがステージ上で熱演を繰り広げて来たが、今年はわたしの友人である「江戸川レノン」こと石井ひろあきさんが、オリジナル曲「僕が生まれて来たのは」でエントリー。
 一台のパソコンで一票投票可能。第一次投票は11月7日の23:59分締め切り、第二次投票は一次の上位10バンドに絞って11月10日の夕方から17日の23時59分締め切りで1バンドがネット選抜枠で決定。NHKが別途選ぶ数バンドと地区大会出場となります。
 石井さんの動画・投票アドレスを下記に記して置きますので、皆さんからの応援、投票をお待ちしております。ブログにアップしている映像は今年4月25日、瑞江駅近くの「ハックルベリィ」にて収録したものです。

http://cgi2.nhk.or.jp/oyaji/selection/vote_east/band.cgi?pid=109

プールサイドの人魚姫-渦

 大型で非常に強い勢力を持った台風14号Chaba(チャバ)が北上している。この週末は東海・関東地方も大荒れの天気が予想される。

 つい先日豪雨被害に見舞われた奄美大島は、台風の接近で雨に対する不安の陰が再びよぎり始めているようだが、それもその筈で3人の死亡者を出した大雨は、数時間の間に何百ミリという記録的な単位であり、海が空から降って来たという表現が当てはまるほどだった。

 現地では漸く復興作業が始まり、自衛隊などの本格的救助活動で島民の間にも安堵の色が拡がり始めた矢先の台風接近。忍耐力が持ち味の島民であっても、さすがに未曾有の雨力に対し成す術もなしと言った状態だろう。

 今年の日本列島は異常気象の連続。夏は酷暑で熱中症患者が続出、その夏も終わり秋の味覚がやって来たと思いきや昨日・今日の低気温。10月に木枯らしが吹き、北海道では30cmもの積雪。秋を飛び越え一気に冬になってしまったのかとさえ思えてくる。

 地球温暖化がこのまま進むとすれば、そう遠くない未来の日本から四季が消え、夏と冬だけの気候になるだろう。地球が病に罹っているとするならば、それは南からやって来る。奄美大島の記録的豪雨がそれを物語っているようだ。


プールサイドの人魚姫-クマの子

 このGifアニメを見て、この歌を思い出した人はどれだけいただろうか。「日本昔話」のエンディングテーマである。

 「いいな、いいな、人間っていいな…」この歌詞が実に皮肉である。噛みつき猿は生け捕りにしても、熊の場合は射殺される。

 今年の秋は列島各地でクマに襲われる被害が相次いでいる。先日のニュースでは小熊を引き連れた親クマが街中に現れ、パニックに陥る人とクマの姿が映し出されていた。幸いこの親子は射殺されることなく山に帰って行ったようだ。

 狩猟民族のアイヌ或いはユーラシア大陸に住む人たちの間には「熊送り(熊祭り)」という文化(儀礼)がある。狩猟で殺した熊の魂を天に還す儀式のことであるが、人間が自然と絶妙のバランスを保っていた頃、山は神であり、そこに棲む動物たちもまた神の子であった。

 山を育む人間への恵みは「豊穣の森」であり、人間もまた山を畏れ敬っていた。専門家の話に寄れば、今年は熊の餌である「どんぐり」が不作だという。冬篭りをする動物たちは、秋の内にその空腹を満たし、春が芽吹くまでは光も届かぬ穴の中で越冬しなければならない。

 山に餌がないから仕方なく人里に下りなくてはならず、生きるために必死なのであろう。クマ自身が人間を恐れなくなったという意見もあるが、クマにとって人間が天敵であることに変わりはない。

 ハンターたちの銃で射殺された熊の黒い姿を見ると、戦場で敵兵に撃たれ死んだ兵士のように見えてしまう。

 クマが人間に近づき過ぎたのか、それとも人間がクマに近づき過ぎたのか…あなたはどちらだと思いますか?

 

プールサイドの人魚姫-雨

 

 
 

あなたと二人なら

どこまでも濡れて行きましょう

二人を遮る傘を捨て

互いの背中は見せっこなし

前だけ見つめて行きましょう

優しい雨の神田川

流れ続けてどこまでも

手と手を取り合いいつまでも

同じ夢みて眠りましょう

流れを止めない神田川

二人も止まらず行きましょう

どこまでもいつまでも

変わらぬ愛を抱きましょう

 


プールサイドの人魚姫-モグラ

 チリ鉱山で起きた落盤事故で、地下700mに閉じ込められていた作業員33人の救出作業が無事終了した。

 前回の記事でも書いた通り、事故発生当初は救出に2ヶ月以上かかるのではないかと言われており、現地では作業員たちの身体と精神面での耐久力等が懸念されていた。彼らをあらゆる面からフォローする為に、地上では作業員たちの家族や友人、関係者などが集まり夜を明かしての掘削作業を祈る思いで見つめていた。

 この落盤事故をドキュメンタリー映画とするために、多くの映像機器まで持ち込まれたが、ラストシーンが歓喜と喝采のハッピーエンドで終わったことで監督も胸を撫で下ろしていることだろう。

 しかし、喜びでかき消されてしまいがちな落盤事故そのもの(真実)を忘れてはならない。この事故の背景に隠されているチリの経済事情、貧困問題などがある。

 チリの経済はその殆どが日本とは正反対に輸出で賄われている。事故の起きたチリ北部の主要産業は鉱山である。地下資源に恵まれ、金属鉱物が最も豊富であり採掘量は世界トップクラス。

 そのような中にありながらも、現場で働く作業員たちを取り巻く労働環境は決して恵まれているとは言い難い。

 地下深く穴を掘って行く作業には当然ながら危険が伴う。落盤事故がいつ起こっても不思議ではないような環境下で、最も重視しなければならない作業員たちの「安全」は果たして充分なのだろうか。

表面に現れる彼ら作業員たちの口からは不満そのものは伝わっては来ない。家族を養うためには選択肢が他にはないこの国の労働者たちの悲鳴にも似た叫びが、わたしには聞こえて来てしまうのだが。


プールサイドの人魚姫-中国

 中国に閉塞感が漂っている。「劉暁波氏にノーベル平和賞」が伝わり、中国にとっては初のノーベル賞だっただけに、国民は歓喜の叫びを心の中で上げたことだろう。

 ところが肝心の中国政府は事実上ノーベル平和賞を拒否するような態度を見せ始めた。劉暁波氏関連のニュースや記事はテレビやインターネット上から忽然と姿を消した。 

 尖閣諸島問題もそうであるが、北の将軍様と同様に中国という国は嫉妬心の塊に思えてならない。嫉妬心はある意味で人間を向上させる面を持っているが、そこまで辿り着かない或いは気付かない者にとっては、歪曲した現実そのものである。

 現実を素直に受け入れられない中国が過去に固執するのは、ノーベル平和賞受け入れが「天安門事件」を肯定することに繋がる、つまり国家の敗北を意味するからだろう。

 今回の中国政府の行動もお決まりのパフォーマンスと捉える事も出来るが、子どもじみた幼稚な態度は発展途上大国の恥を晒すだけである。

 ノーベル賞は個人に与えられるものであるが、平和賞のみが団体にも与えられる。わたし個人からみれば「己のみで事は成されない」という意味で、賞そのものは、それに関わった人々全てが受賞者であると思っている。

 そして地球上の全ての人々に受賞資格があるのだから、それを目指して精進するのもまた一考ではないだろうか。