パスの天才と呼ばれ、サッカーボールと会話する男は不完全燃焼にうなだれていた。ゴールは遠く日本チームに振り向いてくれなかった。俺の試合ではない、チームを勝利へと導く為にはこのドリブルだけで勝てるものではない事を彼は解っていた。世界の壁は途方もなく厚い。俺はこの足で栄光を掴み頂点を極めてきた。しかし、その前に立ちはだかる体力の衰えは隠せない。野球と違いサッカー選手が現役でいられる時間は短い。サッカーボールに自分の青春をぶつけゴールを目指し走り続けた日々。何れ燃え尽きる時が来る事を知っていた孤高のキッカーは、最後のゴールに背を向けながら、日の丸が沈んで行くのを黙って見詰めていた。
季節も少しずつ夏を迎える準備に入っている。だが最も恐怖を感じる季節はこの湿った空気が重く空を覆う梅雨時である。ホラー映画には必ず必要な要素がある。それは水分、何故かと言えば死者は水を欲しがるもので、墓参りなどに行くと必ず墓石に水をかけるだろう。仏壇にも必ず供え物をする。ご先祖様は誰にでもあるし、供養を怠っていると必ず何らかのサインが現れるものである。年に一度のお盆には迎え火を焚いて足元を明るく照らしてお迎えするのである。私は入院生活が長いのでその間には想像を超えるような話や霊体と呼べるような物を幾つか目撃した経験がある。病院の夜は実に恐い。子どもが入院している時、付き添いで一日泊まったが眠れず玄関のホールで休んでいると握り拳ほどの大きさをした発光体が2階の階段の方から宙を泳ぐようにやって来て玄関のガラスドアを素通りして行った。次の朝2階の入院患者が死亡したらしい。科学や論理では説明出来ない事は沢山起こっている。それが一体なんだったか結論は出ていないにしても、人が死に魂が抜けると体重が僅かに減るという。私には時々不思議なものを感じる時があってその時は体中に鳥肌が立ち、生き物?の気配を感じ取る。危険なものは今のところ現れていない。藤枝の従兄が(家族中)がまた霊感が強くて困っている。同じ場所で何度も骨折したり。私には今もうひとり誰かが憑いているような気がする。夜中に何らかの気配がするし、ギターが勝手に鳴ったりする。やはりあの黒い出所不明のギターの持ち主なのか?心霊写真を撮ってみようかな。
インコを飼う以前、日本野鳥の会に入会しバードウォッチングを楽しんでいた時期があった。東京近郊であれば千葉方面にある「谷津干潟」が有名。水鳥や渡り鳥が羽根を休めにシベリアの方から飛んで来る。ネットオークションで双眼鏡を二つ購入。ポケットサイズと大型の物。野鳥の会の人達は鳥に詳しい方ばかりなので初心者の私に色々と鳥の名前や生息地などを教えてくれる。7年ぶりに飛来したシギ科の鳥を発見すると数十人の団体が一斉にそちらへ移動する。双眼鏡で必死に探してもどれがその鳥なのか分からない。私には皆同じに見えてしまう(^o^)。隣のおじさんが「ほらこれ覗いてみな」と固定された大型双眼鏡を覗かしてくれた。「くちばしが杓文字みたいになっている鳥だよ」なるほど、やっと発見。干潟を2時間近くかけて一周し野鳥観察ツアーを終了、全員で公園の広場で昼食。その日見つけた野鳥の名前を発表する。一人で10種類見つけた人もいる。家に帰り早速鳥の図鑑を広げ、子ども達と確認しあった。野鳥の会に参加して思ったが、殆どの方が年配である。若い人達の興味は鳥なんかより人間に関心があるんだろう。年々このような野鳥の生息出来る場所が減少している。人間は地球を自分たちの住み易いように環境を変えて来た。己の大地だとばかりに足場を作る。そこに生息している生物の事などおかまいなしだ。海亀の産卵場所が消えて行くと過去の記事でもアップしたが、地球は誰の所有物でもない。全ての生命体と共存してこそ生き延びる事が出来る。自分の身体から菌を追い出し、除菌スプレーを撒き散らし、免疫不全に陥る人類は「宇宙戦争」の侵略者と同じ運命を辿るのかも知れない。
日本の精密機材は優秀で、アメリカを始め世界各国に輸出或いは買い付けにやって来る国も多い。電気街の秋葉原に行けば一体何に使用するのか目的も定かでない基盤やらチップが売られている。スパイ用にぴったりな盗聴機材は007に登場する物と何ら変わらない形の物が安く店頭に並び、誰でも簡単に一夜にして探偵に変身。個人情報保護などと叫んでいる場合ではない。監視カメラにぴったりマークされて情報漏れチェック?矛盾した世の中である。北の最新型長距離弾道ミサイル「テポドン2号」ウルトラQに登場する怪物みたいな名前だが、破壊と言う意味ではどちらも怪物である。北朝鮮の一団が日本で買い物を済ませ何処で手に入れたか知らないが日本製のミサイルを作ってしまった。そのミサイルが発射準備OKだそうであるが、このミサイルの恐さは着弾地点が定まらないと言う部分。日本の精密機器を使っているならばせめてパトリオットくらいの性能はあるだろう?と思ったりする。ソニーが開発したTVゲーム機「プレステ2」これもアメリカでは軍事用に使われている。日本はどの国よりも平和を愛し、守る国であったが、経済成長と科学や技術が進歩すればするほど、日本人が開発した芸術的とも言える知識と器用な手先が別の国で兵器へと生まれ変わっているこの現実。もし貴方が生まれ変わるとしたら何処の国がいい?
世界的大ヒットとなった作品、原作は1千万部という驚異的ベストセラーではあるが、このように売れている本が全て良作とは限らない。本を読まずに前評判だけで映画館に足を運ぶ人は多い。映画のCMもTVで盛んに行われ、観客動員数を増やすてこにもなっている。CMでは当然の事ながら褒めちぎりシーンのみがオンエアー。原作を読まずにこの映画を観ると頭は混乱するだけで複雑な迷路に迷い込んだスクリーンの旅人気分に陥るから気をつけろ。中国に続きエジプトでも上映禁止。更に本そのものが販売中止に追い込まれている。宗教を扱った(主にキリスト教)作品は数多くあり、名作と呼ばれる映画も過去に遡れば数え切れないほどある。イエス・キリスト・スーパースターはロック音楽をふんだんに盛り込んだミュージカルだったし、最近ではメル・ギブソン監督の「パッション」がキリストの処刑シーンが残酷過ぎると話題を呼んだ。日本は仏教の国であるが、宗教心の希薄な国でもあり、良くも悪くも内容を問わずに受け入れるお国柄となったが、鎖国をし、キリシタンを追いやり踏み絵までした国も今では信仰の自由が広がり、意味不明な新興宗教の勧誘が後を絶たない。キリスト教信者或いはイスラム教の国から見ればこのダ・ヴィンチ・コードの内容に当然ながら不快感を抱くのも納得が出来る。ストーリーとしては確かに面白い。キリストも人の子、今で言うならば隠し子の一人や二人いそうなちょい悪オヤジ風か。何れにしろ宗教が絡んでくる作品は反発を招く恐れが充分にあり、それが原因で宗教戦争に発展する可能性も捨てきれない。このまま発禁本程度で治まってくれる事を願うばかりだ。
演奏が終わり観客が引き上げたステージで、男が一人譜面を見詰めていた。自分の歌を確かめるように、音符を一つずつ拾い集めギターの弦を震わせた。人が喜び楽しめる曲を作りたいと彼はいつも思っていたが、独りよがりの歌声は人の心には響かない事は分かっていた。譜面は嘘をつかないから、自分の音魂の鏡でもあると思う。今日のステージを振り返りながら、曲の構成を確かめてみる。スタンドバイミーの様な誰もが知っている名曲は受けが良い。客の反応は既にイントロで分かるもの。俺がビートルズのメンバーだったらこんな風に歌うだろうと、ヘイ・ジュードを演奏する。譜面をめくりながら曲の余韻を確かめる。「○○君、そろそろ帰るよ」ミュージシャン仲間が声を掛けて来た。腕時計を指で確認しながら、愛用のギターをケースに仕舞い込む。慣れた手付きが白い杖に伸びる。「足元気をつけて」と仲間がホールの電源を切った。彼に暗闇は関係ない。心に刻まれた譜面を閉じて、盲目のライブが終わりを告げた。
大金の動く所に犯罪の影あり。ここに又しても巨悪の欲に眩んだ男が誕生した。先ごろ、インサイダー取引容疑で逮捕された村上ファンド前代表の村上世彰(よしあき)容疑者。元通産省官僚の役人だけあって口だけは達者のようである。金儲けの話には大抵ある程度のリスクがある。日銀の福井総裁が1千万円の投資をしていた問題も政府を始め小泉総理も問題なしと不問の構えを見せた。村上ファンドの手口が暴力団の総会屋とそれほど大差がないにも関わらず、国の金を預かる日本銀行のトップが頭を下げうわべだけの陳謝で済むと思っているのだろうか?総会屋は自分たちの利益が目的だからまだかわいいと言えるが、村上ファンドは利益プラス企業への圧力。大株主の発言力は政治家や企業を牛耳る権力の象徴とも言える。さてこの大罪をどう始末するのか、投資家諸君の冷静な判断を期待したい。
職場復帰が適わず、今後の仕事や収入源をどうするかなど現実的な問題が重なり、それらがストレスとなって眠りを妨げたり体調を崩す要因になっているのは確かである。疲れが溜まってくると身体は素直に反応する。健常者と違い、一個の爆弾を抱えている身にとってはストレス耐性が人より若干劣る。身体の一番弱っている部分に必ず負担がかかるので、これは身体からの休憩サインとして機能する。だから私は無理をしないで済み、生き長らえて来たのかも知れない。病気を持っていない人、或いは身体に自信がある人であれば少々の事は我慢して無理を押し通す。だが、それが幾度も続けば身体はやがて重い病の引き金に手を掛けてしまう事になる。場合によっては突然死を招く恐れもあり得る。私の身体は防御バリアによって守られているのだろう。病気を抱える事によって生きる術を学ぶと言ったところか。ブログを2日休み、開けてみてビックリ。沢山の励ましのコメント、それに混じってアダルトなトラックバックまで。こんなに優しい皆さんがいる。だからブログは好きだし止められない。
ジーコ監督率いる日本は初戦を逆転負けというカウンターパンチを食らったような敗れ方をしてしまい、選手や多くのファンもショックを受けてしまった。勝負は時の運が左右するもので、実力だけで勝てるものではない。この敗戦を生かすも殺すも今後の選手たちの士気にかかっている。この試合から得た教訓は必ずあるし、次の試合に向けて選手そしてファンが一丸となってゴールを目指すとよい。私の故郷はサッカーの街、静岡県藤枝市。小学校が名門藤枝東高校に隣接していた為、授業が終わるとサッカーの練習風景を見に行ったものである。グラウンド狭しとボールを転がし、走り回る選手達を羨望の眼差しで見詰めていた。心臓が弱く、スポーツが苦手な私は参加するよりも観戦する立場だった。その代わり従兄がサッカーをこよなく愛し、ずば抜けた才能をいかんなく発揮しサッカーボールを玩具のように自由自在に操っていた。高校へ進学する時県内のサッカーが盛んな学校からスカウトが殺到した。その中にはもちろん藤枝東も含まれており、従兄の実力を思い知らされたものである。スカウトの際は監督と校長?が手土産を持って家に訪れるのだが、その土産が部屋に高く積まれていた。従兄は結局藤枝北高に入学したが、これは本人の希望ではなく父親が勝手に決めてしまったらしい。北高を優勝に導き、その後はジュビロ磐田の前身であるヤマハ発動機でFWの神戸としてスポーツ新聞を賑わせた。そんな従兄は昨年脳内出血で倒れ現在もリハビリ中である。サッカーで鍛えた筈の黄金の足は自分の意志で動かすことすら出来ない。従兄の過去の栄光が車椅子とリハビリの影で涙を堪えているようだった。

