プールサイドの人魚姫 -102ページ目

プールサイドの人魚姫

うつ病回復のきっかけとなった詩集出版、うつ病、不登校、いじめ、引きこもり、虐待などを経験した著者が
迷える人達に心のメッセージを贈る、言葉のかけらを拾い集めてください。


手鏡 女性が手鏡を携帯するのは化粧を直したりする為の必需品でもあるが、男性に手鏡は必要だろうか?芸能人ならば持っている男性は少なからずいると思われるが。女子高生のスカートの中身を手鏡で覗いたとして、東京都迷惑防止条例違反(粗暴行為)に問われた元早稲田大大学院教授の植草一秀被告。往生際の悪い男で、いまだに一貫して無実を主張しているようだ。過去に「神童」と呼ばれ輝かしい経歴を持ちながらそれを裏切るような行為、それも破廉恥極まりない痴漢行為で女性の敵となってしまった。だが、そんな彼に同情する人はおそらくいないであろう。変質者、不審人物が時と場所を選ばず出没する現代。子どもや女性たちの被害は相次ぎ、何処で誰が狙っているか予想も付かない不安な毎日。一歩間違えれば命まで奪われてしまうほど街中には危険が溢れかえっている。美しく魅力的な女性が目の前にいれば当然の如く男性はその魅力に負けてしまうが、それは本能だから仕方がない。しかし理性というブレーキがあり、その一線を越えてしまえば犯罪者となってしまう。教育者、警察官、有名人などが盗撮、痴漢、下着泥棒などに走り自分の一生を台無しにしてしまう例は多い。自分ひとりの問題で済めば良いが、家族や友人などにも迷惑をかけることになる。ストイックな人間はおそらく神と握手した者だけがなれるのではないだろうか。欲の塊、それが人間の姿なのである。手鏡で自分の顔をチェックするべきだ。


エッシャー ダリ回顧展が上野の森美術館で開催されている中、ほぼ同時に渋谷Bunkamuraザ・ミュージアムで催されているスーパーエッシャー展。もうご覧になった人も多いだろう。美術館で本物を見なくとも別の機会に一度は見た事のある有名な作品「滝」と題されたリトグラフ。彼の創造した作品の前に立つと、首を傾げ頭の中は疑問符だらけになるのではないだろうか。トリック或いはだまし絵として紹介されてきたエッシャーの世界であるが、その作品群からはひとつのメッセージが込められているのも確かである。人間の住む世の中は混沌としていてどれ一つとっても確かな物は存在しない。見た目では分からないまさにトリックが仕掛けられており、その巧妙な手口につい騙されてしまうのである。一昨年辺りから流行出した振り込め詐欺、その手口は次々と変化し、被害額は数億円にも上るという。気の毒なのはお年よりがターゲットになる事。騙され易いご老人は疑う事を知らない子どものような優しい素直な心を持っているので、電話一本でころりと騙されるのである。エッシャーの作品と振り込め詐欺を比較するのは多少無理はあるが、エッシャーが我々に送るメッセージは自分の五感を信じろと訴えているのではないだろうか。


ヘビー
先頃、俳優の仲谷昇さんが肺気腫による慢性閉塞性肺疾患のため亡くなった。彼は一日100本を吸うほどのヘビースモーカーだった。肺が痛むのも頷ける。今年7月に煙草が値上がりし、それを機会に禁煙した人は一体どれだけいるのだろう。300円という金額が小遣いの少ないサラリーマンの財布を直撃したのは言うまでもないが、禁煙するほどではなくとも本数を減らした人は多いかもしれない。一日一箱を半分に減らすなど煙草一本を大切に噛み締めて吸うようになったのではないだろうか。煙草のパッケージには薬のような注意書きが並んでいるが、それに目を通す人は禁煙すればおそらく成功するだろう。睡眠薬は一度に多量飲めば命を落とす危険もあるが、煙草は一気に数本吸ったとしても、死に至る事はない。数十年の歳月が自分の目に触れないところで寿命を縮めているだけだ。一本吸うと一日寿命が縮まるなんて言われた時もあった。しかし、吸いすぎが原因で亡くなった人はいない。周りに気を使いながら携帯灰皿を持ち歩き、くわえ煙草は止めにして、指定された場所で煙をふかす。害があると分かっていてもやはり止められない、それが煙草というもの。禁煙者が増えれば増えるほど困るのは税金を当てにする国なのだから…。

紀香
11月22日がいい夫婦という語呂合わせで縁起が良く、この日に結婚式或いは入籍したカップルが多かった。どこの国でもそうだが、数字にこだわる人は多い。特に日本はジンクスを気にする人が多い。13日の金曜日等は日本には関係ない話であるが、それでも嫌う人がいるほどだ。芸能界に目を向けて見るとやはり11月に結婚、婚約発表したカップルが多かった。中でも注目を浴びたのは藤原紀香と人気お笑い芸人の陣内智則のカップル。意外に思った人も多く、紀香ファンからはブーイングまで聞こえたようだ。紀香本人にして見れば、誰と結婚しようが文句を言われる筋合いはなく、自分がこの人と決めたからには世界で一番頼れる人物であり、愛し愛される理想の相手を見つけた事になる。好きで一緒になるのだから、ここはファンも応援してあげてほしいと思う。芸能界の中でのお笑い芸人の立場はその仕事柄つい、軽く見られるところが多少なりともある。しかし、芸の中で人を笑わせる事が一番難しく、毎回新しいネタを考えるには相当の努力と頭の回転が要求される。つまり頭がよくなければ務まらない職業でもある。話が画像とは別の方向に進んでしまったようだが、天地真理は私と同年代の人であれば、彼女に夢中になった人も多くいるだろう。1970年代を代表するNo.1アイドルでもあり一世風靡した。顔を整形した等と噂が囁かれたが真意は不明。私は彼女自身より麻丘めぐみや浅田美代子のファンであり、部屋にポスターなど貼っていた。麻丘めぐみの曲「芽生え」「悲しみよこんにちは」が大好きでレコード盤が擦り切れるまで聴いたものである。浅田美代子は「赤い風船」もうこれ一曲のみ。ところで私の結婚式は4月9日…この数字誰もが避けて通るだろう。4と9なんてこんなに縁起の悪い数字の組み合わせもないだろう。だが敢えてこの日にしたのにはちょっとした訳があり、苦難にめげず二人で努力して頑張ろうと言うことでこの日を選んだ。たまたまこの日は正午だけが大安であった。


イナバウアー トリノオリンピックで日本に金メダルをもたらした、フィギュアスケート界の女王荒川静香選手。彼女の決めポーズ「イナバウアー」が今年の流行語大賞に選ばれた。毎年話題になり流行語言葉としてこれまで数々の新語・流行語があり、それらはその年の象徴でもある。同時に選ばれた「品格」は数学者藤原正彦氏の著書「国家の品格」ベストセラー本。大賞以外で上位を占めたのは「格差社会」「エロカッコイイ」「シンジラレナーイ」「たらこ・たらこ・たらこ」「脳トレ」「メタボリックシンドローム」「ハンカチ王子」「Mixi(ミクシィ)」などである。
流行語大賞の始まりは1984年。『現代用語の基礎知識』からの読者アンケートよりノミネートされ、新語・流行語大賞選考委員会により選定された。2004年からは『ユーキャン流行語大賞』に改称されている。それにしても流行とは非常に短命で、その年を過ぎれば忘れさられてしまうものばかりだ。昨年は確か「萌え」だったかな?殆ど覚えておらず、ネットで調べなければ知ることもない。言葉や物を大切に扱わない現代の風潮がこのような流行語大賞を作ったのではないだろうか。



夕日

昭和20年~30年代に生まれた人たちにとっては涙と感動、そして幼かった自分、或いは苦労の影に人々の暖かいふれあいと思いやりがぎっしり詰まった映画ではなかっただろうか。劇場で見逃した人は金曜の夜に懐かしい自分に会えただろうし、映画館で涙を流した人もまた夕日に染まる事が出来ただろう。この映画の原作はビッグコミックオリジナルに連載されていた西岸良平作の漫画『夕焼けの詩』である。映画版はALWAYS 三丁目の夕日とタイトルが変わっているが、内容は実に鮮やかで見事なまでにその頃の東京を再現している。
私の30年代は幼少期であった。過去の記事でも触れているので既にご存知の方も多いと思う。私が生まれてまもなく母は家を出た。その数年後には服毒自殺、28歳という若さであった。学校へ行けばいじめに合い、不登校になり問題児とされていた。家に帰れば酒に溺れた父の暴力が待っている。仕事もせず一年間も家に戻らない時は祖母と二人で生活をした。その祖母も病気で倒れ、私が面倒を見ていた時期もあった。祖母が亡くなり、一人になった時親戚の家を行ったり来たりして過ごす。一番私を苦しめたのは飢えだった。米びつを漁り僅かに残った米を一握りそのまま口に放り込む。栄養状態の悪い環境で風邪をこじらせた私に待っていたのは心臓弁膜症だった。今思えば私の小学校時代はいじめと飢えと暴力、そして病気との闘いであった。しかしながら現在も病気を抱えながらもこうして生きていられる自分。三丁目の夕日を見て再認識した事は自分の生きた30年代が決して無駄な時間ではなかったと言う事。家族はなくとも暖かい人たちに囲まれて育った事も事実。過去に感謝しなければならない事が沢山ある事を教えてくれた映画ではなかっただろうか。


デスノート 巷で話題となり大ヒットしている映画「デスノート」奇抜なアイデアと予想もつかないストーリーの展開に引き込まれ、実に面白く大変楽しめる映画としては評価が高い作品でもある。法律は場合によって加害者に有利な判定が下され、納得のいかない裁判に落胆する被害者は後を絶たないのが現状。人の命を奪って起きながら不完全な法律の抜け道に多くの被害者が涙を飲む結果に終わる裁判も多い。例えば飲酒運転で多数の子供の命を奪いながらも下された罪は危険運転致死傷罪には認定出来ず、たった5年という信じられない軽すぎる罪で被害者の心を踏みにじるような判決が言い渡される。法律は加害者を擁護する為に存在するのであろうか?身内を納得のいかない事故・事件で命を奪われたのでは亡くなった被害者の魂も浮かばれる事はない。人は長い人生の内で殺意を抱く事は少なからずあるのではないだろうか。実際にデスノートが存在したとすれば、この世は恐怖に怯える人達で溢れかえるだろう。映画の設定としては名前を正しく書き込む事と死に追いやる人物の顔を確認しなければならない。日本人は名前が殆ど漢字である。つい最近、大学生の漢字読み書きの能力がどれだけあるかテストしたらしいが、結果はなんと小学生低学年レベルだと言う。何とも情けない話である。正確な名前が書けなければデスノートは単なるメモ帳でしかない。偽名を使う人、外国人であれば英語のスペルが間違える事もある。漢字知識の乏しくなった現代人には使い切れないノートであるだろう。

 

データ


先日起きた自衛隊の文書ネット流出。又も私物PCからの情報漏れである。ファイル交換ソフトのウィニーは便利さゆえ、使用している人も多いと思われる。しかし、使用方法を間違えれば取り返しのつかない事故に発展する恐さも兼ね備えているのも事実。文書の中には機密情報も含まれているらしいが自衛隊は一切公表しておらず、その中身は漏らした本人と自衛隊幹部にしか分かっていないだろう。我々庶民にしてみれば自衛隊の情報がどれほど重要な情報かは判断出来ないが、一国を守る安全管理と海外派遣など自衛隊の活動は湾岸戦争を機に大きく舞台を広げて来た。もし、今回漏れた情報が北朝鮮などに悪用されたとしたら被害は無限に広がって行くだろう。金正日の笑顔に注意した方が良さそうである。私物PCは会社に持ち込まない、或いは大切な情報はPC内に保存しない方が良い。個人情報保護法が施行されてから二年以上経つが、この法律が役に立っているのかまるで分からない。法律自体が企業向けに作られた物でもあり、個人に対しての効力は無い。PCの便利さを過信して保護や保守などの点検を怠っていると思わぬトラブルに巻き込まれる可能性は大きい。ネット空間には悪意を持った輩が多数存在し、無法地帯でもある。ネット警察もあるが殆ど役立たずであり、自分の情報は自分で守るしかない。

 


PC破壊 ハードディスクはその名前とは裏腹に実に繊細で尚且つ脆い。いじめに合い悩み苦しんでいる子供のように傷つき易く、その処置を間違えると傷は更に深くなり広がって行く。そしていつの間にか手遅れ状態になり、やがて死を迎える事になる。ハードディスクの中身は消滅し、二度と元には戻らない。人の命とまるでよく似ている。瀕死の重傷を負った人間の身体を再生させる為に、外科的処置をとるがハードディスクにも同じような業者がいて、損傷の激しいデータは無理だが、生き残っているデータを復活させてくれる。ただ非常に金額が高い。大事なデータは常にバックアップを取るように心がけていた積もりだったが、つい文明の利器を過信してしまい心に隙が出来てしまった。その代償は非常に大きく、詩、小説など書きかけの作品まで消えてしまったと思われる。しかし、手書きの原稿は残っているはずなのでそれらを探し出してみるしかないと思う。PCにはトラブルが付き物であるが、一番致命的なのがやはりHDのクラッシュだろう。11月12日の朝、ベッドから起きてパソコンのスイッチを入れた。Windowsのロゴマークが表示された後に、行き成りブルーの画面に英文字がずらりと並んだ。英語は読めないが、所々の単語は理解が出来る。このような画面が出てしまった場合はPCをいじらずに直ぐサポートセンターに問い合わせるのが無難。当然私もそうしたが、なんと日曜祭日はサポート不可だった。PCを購入した時の契約内容を見ると確かに無償修理1年、サポート時間は平日9時~17時までだった。これが原因で私はトラブルの泥沼に落ち込んだ分けである。多少のパソコン知識があるとそれを過信してあちこちいじり回してしまう癖があり、最終的にパソコンは全く動かなくなってしまった。自業自得である。とりあえず強制終了をし、セーフモードで立ち上げ、システムの復元を試す。ここまではよかったのだがその内、セーフモードも動かなくなり、Cドライブが認識出来なくなった。PCを起動するとDドライブをチェックし始めてしまう。160ギガをパーテーションで区切って二つに分けて、作ったデータはDドライブに入れて置いた。何度も強制終了を続けて行く内にHDは傷だらけになってしまったのだろう。HDだけでなく更にシステムメモリまで破損しているようだ。とにかく新しいHDを購入し、OSの再インストールを始めたのだがこれがまた厄介で数十回も繰り返してみたが途中でエラーが出てしまいインストール出来ない。サポートに数回電話しあれこれ試したが、最終的にはマザーボードが壊れている可能性があるので、修理しないと直らないと言う。私には納得が出来なかった。おそらくCD媒体が汚れて傷が付いてしまって読み取る事が出来ないのだと思っていたが、友人に電話して深夜2時頃まで付き合って貰い強制的にインストールを行った。エラーの出るファイルはスキップしてのインストールなので当然まともに動くはずもない。しかし、考えてみればここまで出来ると言う事はやはりマザーボードは正常だと確信を持った。そして次の日秋葉原のソフマップに出掛け、CDを研磨器でクリーニングしてもらった。一枚400円と非常に安くしかもその綺麗になったCDの表面は見事なまでに光輝いていた。これでもし駄目なら本体だけ買い換える方が良いと思っていた。家に帰りインストール開始。何の問題もなくインストールは終了したのである。これは自分が撒いてしまった種だから仕方がない。これを教訓としてバックアップは頻繁に取ることと、強制終了は出きる限り避けようと思う。反省材料が沢山ありよい経験になったと前向きに捉えよう。さて、これからシステムメモリを購入しなくてはならない。最後に皆さんにご心配お掛けした事をお詫び致します。
ラーメン インスタントラーメン(即席ラーメン)の元祖と言えば1958年に登場した日清食品の「チキンラーメン」であるが、そのルーツは中国・清代(1644年)にまで遡るというから驚きである。私が住んでいた静岡県藤枝市ではチキンラーメンは販売されていなかったが、その代わり東洋水産の「マルちゃんのハイラーメン」が出回っていた。家が貧乏だったため、米が無くなると私の主食は即席ラーメンになった。1個15円は当時の卵と同じ値段。どんぶりに熱湯をかけ蓋をして3分待てば出来上がり。これは今でも同じだが、私は鍋に麺を入れ味噌汁を作る時と同じ要領で作って食べた。今考えて見るとその頃の食品としては贅沢品だったのかも知れない。家にお金が一銭もない時は頭を下げ、泣く泣くお願いして後払いでラーメンを手にしていた。何故こんな状況になるかと言えば、話が長くなるので割愛して頂くとして、両親がいなかったと言う事に尽きる。たかがインスタントラーメン1個であっても私にはとっては幼い涙のスープで出来た即席命がけラーメンとでも言った方がお似合いかも知れない。チキンラーメンを食べたのは東京へ出てきてからで、特に美味いとは思わなかった。スープが付いてないので、あれ?不良品などと思ってしまった。味付け麺だとは知らなかったのである。現在では様々な即席ラーメンが存在し、その人気の高さを物語っているが、私の一番のお気に入りは、なんと言っても明星食品の「チャルメラしょうゆ味」である。ラーメンを食べる時必ずと言ってよいほど、幼かった頃の記憶が麺の中から蘇る。たまたま父が家にいた時、私が作ったラーメンを食べながら「とし坊の作ったラーメン美味いな」と言った父の声を思い出し、湯気の向こうに見える幼い自分の姿を褒めてやったりする。