涙と夕日に染まる金曜ロードショー。 | プールサイドの人魚姫

プールサイドの人魚姫

うつ病回復のきっかけとなった詩集出版、うつ病、不登校、いじめ、引きこもり、虐待などを経験した著者が
迷える人達に心のメッセージを贈る、言葉のかけらを拾い集めてください。


夕日

昭和20年~30年代に生まれた人たちにとっては涙と感動、そして幼かった自分、或いは苦労の影に人々の暖かいふれあいと思いやりがぎっしり詰まった映画ではなかっただろうか。劇場で見逃した人は金曜の夜に懐かしい自分に会えただろうし、映画館で涙を流した人もまた夕日に染まる事が出来ただろう。この映画の原作はビッグコミックオリジナルに連載されていた西岸良平作の漫画『夕焼けの詩』である。映画版はALWAYS 三丁目の夕日とタイトルが変わっているが、内容は実に鮮やかで見事なまでにその頃の東京を再現している。
私の30年代は幼少期であった。過去の記事でも触れているので既にご存知の方も多いと思う。私が生まれてまもなく母は家を出た。その数年後には服毒自殺、28歳という若さであった。学校へ行けばいじめに合い、不登校になり問題児とされていた。家に帰れば酒に溺れた父の暴力が待っている。仕事もせず一年間も家に戻らない時は祖母と二人で生活をした。その祖母も病気で倒れ、私が面倒を見ていた時期もあった。祖母が亡くなり、一人になった時親戚の家を行ったり来たりして過ごす。一番私を苦しめたのは飢えだった。米びつを漁り僅かに残った米を一握りそのまま口に放り込む。栄養状態の悪い環境で風邪をこじらせた私に待っていたのは心臓弁膜症だった。今思えば私の小学校時代はいじめと飢えと暴力、そして病気との闘いであった。しかしながら現在も病気を抱えながらもこうして生きていられる自分。三丁目の夕日を見て再認識した事は自分の生きた30年代が決して無駄な時間ではなかったと言う事。家族はなくとも暖かい人たちに囲まれて育った事も事実。過去に感謝しなければならない事が沢山ある事を教えてくれた映画ではなかっただろうか。