アメリカ中間選挙の直前に報道された元イラク大統領サダムフセインの死刑判決。何故この時期にと疑問を持ったが、これは当然ながらブッシュ大統領率いる共和党への追い風を狙ったものだ。しかし、選挙の結果は民主党に軍配が上がった。中でも元ファーストレディのヒラリー女史は圧倒的な国民の支持を受け、大差の勝利。アメリカ国民もさすがにブッシュのイラク政策に嫌気が差し始め、やっとお目覚めのご様子。私から言えば遅すぎるくらいである。フセイン元大統領の裁判は24年前に起こった、イスラム教シーア派の住民虐殺事件である。何ゆえ今頃この事件が裁かれ死刑判決を受けるのか、現在イラクの主導権を握っているのはシーア派。宗教対立による治安悪化に手を焼くシーア派の幹部達はスンニ派の士気を挫こうとする思惑が見えなくもない。虐殺の裁判は当然としても、それ以外にフセインの大きな罪は幾らでもあるだろう。イラン戦争、クウェート侵攻、イラク戦争などである。大量破壊兵器の開発は北朝鮮と同じく近隣諸国にとってみれば、恐怖の見えない侵攻と弾圧に他ならない。20年を越えるフセインの独裁政権には米国を主とした国際的な政治が微妙に絡んでおり、イランを封じ込める為にアメリカが湾岸戦争直前までイラクを支援していた事は記憶に新しい。軍事的、経済的にもイラクはアメリカの手足となりイランに対し圧力をかけていた。もちろん、中東におけるアメリカの大儀は火薬庫アラブの平和維持であるが、その背景には石油という代償がついている事は言うまでもない。イラク戦争は長引きテロの収まる気配が一向に見えず、不透明なイラク問題は帰らぬ兵士の数だけが増え続け、泥沼の中に引き摺りこまれていく。アメリカの言う「正義」と「大儀」は既にその容さえ見えない状況である。9.11米同時多発テロ以降ブッシュが掲げた対テロ戦争は混沌とした国際社会に大きな不安だけ残し、夜明けのない戦争と化している。
選挙速報が耳に飛び込んでくる中、唇を噛み締め、肩を震わせているブッシュ大統領が呟いた。「俺が始めた戦争じゃない、仕掛けたのは向こうだ」苦し紛れに吐く言葉が共和党敗北の声と共に闇の中に消えて行った。
平成14年9月、身体に変調をきたし、心療内科の門を叩いてから既に4年の月日が流れて行った。初めて手にした抗うつ薬と睡眠剤。そして私の心臓病より厄介な心の病(うつ病)との闘いが始まった。二週間に一回の通院、その度に薬の種類が変わって行った。最初に処方された薬の名前が何だったか思い出せない。デパスやアモキサン、ドグマチールだったか?通院半年ほど経っても症状は改善されず、意欲減退、思考力の低下、不眠、不安などの感情に襲われる毎日。夜明けの辛さに心臓も狂った拍動の繰り返し。薬の副作用が現れ、便秘、体重の増加。眩暈など。そして一ヶ月の休職を取ったものの、仕事への不安などに悩まされ、落ち着いて休める状態ではなかった。平成15年7月慶応義塾病院へ転院、しかし余りの混み具合に気分が悪くなる。3時間も待っただろうか…。処方された薬は以前と殆ど同じだった。それから間もなくして再度転院。やっと落ち着ける病院が見つかった。ここまで来られたのは家族の愛情や周囲が支えてくれたからだと思う。自分以上に家族は辛い思いをしているのだ。平成17年4月、詩集出版と共に職場復帰を果たした。私の心と身体は180度変わっていた。一番驚いたのは家族と主治医、そして会社の社員たちだった。自分自身も自分のあまりの変わり様に驚きを隠せず、困惑していた。劇的な体重の減少、まるで別の病気(癌)にでも冒されたかたと心配になるほどだった。ブログを始めたのは去年の7月。復職に失敗し(躁鬱病)、今年5月に退職した事はみなさん既にご存知の通りです。






