平成14年9月、身体に変調をきたし、心療内科の門を叩いてから既に4年の月日が流れて行った。初めて手にした抗うつ薬と睡眠剤。そして私の心臓病より厄介な心の病(うつ病)との闘いが始まった。二週間に一回の通院、その度に薬の種類が変わって行った。最初に処方された薬の名前が何だったか思い出せない。デパスやアモキサン、ドグマチールだったか?通院半年ほど経っても症状は改善されず、意欲減退、思考力の低下、不眠、不安などの感情に襲われる毎日。夜明けの辛さに心臓も狂った拍動の繰り返し。薬の副作用が現れ、便秘、体重の増加。眩暈など。そして一ヶ月の休職を取ったものの、仕事への不安などに悩まされ、落ち着いて休める状態ではなかった。平成15年7月慶応義塾病院へ転院、しかし余りの混み具合に気分が悪くなる。3時間も待っただろうか…。処方された薬は以前と殆ど同じだった。それから間もなくして再度転院。やっと落ち着ける病院が見つかった。ここまで来られたのは家族の愛情や周囲が支えてくれたからだと思う。自分以上に家族は辛い思いをしているのだ。平成17年4月、詩集出版と共に職場復帰を果たした。私の心と身体は180度変わっていた。一番驚いたのは家族と主治医、そして会社の社員たちだった。自分自身も自分のあまりの変わり様に驚きを隠せず、困惑していた。劇的な体重の減少、まるで別の病気(癌)にでも冒されたかたと心配になるほどだった。ブログを始めたのは去年の7月。復職に失敗し(躁鬱病)、今年5月に退職した事はみなさん既にご存知の通りです。社会から距離を置いてから約4年、それに終わりの鐘を叩く時が訪れようとしているのだ。面接である、私は面接の達人(^-^)と言われているので自信があった。第一印象が良いらしい。これは非常に大切な事でもある。人はまず見た目から入るし、良い印象を相手に与えるのは一時面接成功の秘訣だ。張りのある切れ味の良い返事。姿勢も重要で堂々と胸を張り、自分を出来るだけ大きく見せること。この大きいは身体の大小ではない。余裕を持たせることである。目線は常に相手の顔の中心に置く。話す時は相手の目を見る。そしてほどほどの緊張感を保つ事。久しぶりに日比谷公園を歩いた。何処までも高い蒼空と公園の木々が手を振っている様に見えた。私の社会復帰が始まる、病気が治ったとは思わないが一歩前進した事だけは事実である。ブログの皆さんに吉報を届ける日も近いだろう。しかし大事な時にあせり過ぎて失敗しているので、何とも言えないのが本音です。ただ、この様に思えるようになったのは多少進歩しているのではと前向きに考えているところです。