名古屋市美術館
『山種美術館名品展 日本画 うつくしきものの系譜』(2001年)



山種美術館って、東京にあるとは知らんかった…タラー
でも、感激~!
速水御舟の《炎舞》、福田平八郎の《筍》、村上華岳の《裸婦図》などなど、記念切手の図柄になった作品にもお目にかかれたのだものキラキラ
(全29作家、展示総数70点)


なかでもお気に入りは、
竹内栖鳳の《班猫》(はんびょう)にゃー


竹内栖鳳
《班猫》(重要文化財)
絹本彩色 1924年 81.9×101.6
山種美術館

「班」は「斑(まだら)」とゆー意味だそうな。
「見返り美人」ならぬ「見返り美猫」(毛づくろい中)ピンクハート
毛のフワフワ感、身体の柔らかさ・しなやかさが巧みに描かれております。

古今東西、いろんな画家さんの猫の絵を見てきたけれど、
「この子、飼いた~いラブ」と感じさせてくれた一枚っすね。

【班猫】



そのほかの展示作品は、こちらキラキラ


横山大観
《喜撰山》
1919年
山種美術館


村上華岳
《裸婦図》
1920年 163.6×109.1
山種美術館


速水御舟
《柿》
1923年
山種美術館


速水御舟
《炎舞》(重要文化財)
1925年 120.3×53.8
山種美術館


上村松園
《砧》
1938年 217×113
山種美術館


東山魁夷
《月出づ》
1965年 74.5×91.4
山種美術館


東山魁夷
《春静》
1968年
山種美術館


前田青邨
《異装行列の信長》
1969年
山種美術館


山口華楊
《木精》
1976年 136.3×185
山種美術館


『山種美術館名品展 日本画 うつくしきものの系譜』
◆2001年10月20日(土)-11月25日(日)
 名古屋市美術館


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(名古屋市中区栄2-17-25 白川公園内)

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(東京都渋谷区広尾3-12-36)

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名古屋ボストン美術館
『ボストン美術館 浮世絵名品展 北斎』(2013-14年)

風景写真 カメラ1


クマ太郎ですくま
名古屋ボストン美術館に『北斎』を観に行って来ました。

浮世絵というと、ボストン美術館を始め、好事家の蔵に入るとなかなか目にする機会がなく、喧伝の割に展覧会の中身が薄かったりで「あらら…」なものが少なくないです。
そんなこともあって、期待はしない方がいいや、というのが観に行く時の姿勢になっています。
でも、今回は楽しめました。

とても判りやすい丁寧な展示だなと思いました。
北斎の変遷がすっと入ってくると同時に、浮世絵という美術史上類いまれなプリント技法についても丁寧な解説がされています。
そうした事を踏まえて眺めてみると、浮世絵師と刷り師と版元という関係は、現代の漫画家と印刷会社と出版社の関係なんですね。
現代で起きている漫画業界の出来事も、この時代にあったことと同じようなもので、そう、以前「週刊少年ジャンプ」で連載された『バクマン。』で描かれたリアルなマンガ業界の内情も、北斎が生きた江戸の時代と大して変わりないのでしょう。


風景写真 レンズ1


北斎の作品も当時はマンガと同じで、時事ネタや風俗をもとにした、まさに「漫画」でした。
その中でも売れっ子の「漫画家」北斎は、今で言う『ONE PIECE』の尾田栄一郎みたいなものでしょうか。
そう考えると美術というよりも、北斎のみならず浮世絵師というものが私達の目の前に生き生きと現れて来るようです。
私たちは、海外からの逆輸入という形で浮世絵を知り、その延長でアート、美術として捉えて来た傾向があります。
でも、本当に日本人に判りやすい北斎像というのは「売れっ子漫画家・北斎」なのでは?
どうでしょうか。

海外で言う「コミック」「カートゥーン」というものとはまた違った発展をしてきた日本の漫画の文化は、なんと数百年もの間絶えず続いて来た事になりますね。
そう考えると、60年代の日本映画や現代の日本アニメが海外で受けるというのは納得いく気がします。
「まぁ、年季が違わぁな!」という声もどこからか聞こえて来そうな感がして、ついニヤニヤしてしまった北斎展でした。


葛飾北斎
《百物語 お岩さん》
中判錦絵
1831-32年(天保2-3年)頃 25.8×18.9
ボストン美術館
風景写真 レンズ2


葛飾北斎
《百物語 笑ひはんにや》
中判錦絵
1831-32年(天保2-3年)頃 26.9×19.3
ボストン美術館
風景写真 レンズ3


葛飾北斎
《百物語 こはだ小平二》
中判錦絵
1831-32年(天保2-3年)頃 26.5×19
ボストン美術館
風景写真 レンズ4


葛飾北斎
《百物語 さらやしき》
中判錦絵
1831-32年(天保2-3年)頃 27.3×19.3
ボストン美術館
風景写真 レンズ5


葛飾北斎
《百物語 しうねん》
中判錦絵
1831-32年(天保2-3年)頃 26.4×19
ボストン美術館
風景写真 レンズ6


葛飾北斎
《浅草浅草寺雷門》(組上絵)
横大判錦絵
1808-13年(文化中期) 24.4×36.6
ボストン美術館
風景写真 レンズ7


風景写真 レンズ8


葛飾北斎
《柳に烏図》
絹本彩色・軸
1841年(天保12年) 84.7×42.5
ボストン美術館
風景写真 レンズ1


作品に関してはコメントしませんが、北斎の変わり方や試みを楽しく観られてよかったです。
それと、なんとなくイギリスの画家ウィリアム・ターナーを思い起こして、彼の変遷と北斎の変遷を重ねてもみました。

ターナーも変わった人だなぁ…という印象があります。
画風がコロコロ変わる人でしたしね。
この人もイタリアに旅行に行ってから何かにハマっちゃって(笑)、「大気と光を描くのだ!」と、批評家やパトロンからは狂人扱いされちゃうわけです。

北斎も描くのが大好きで、せっかく人気浮世絵師の勝川春章に入門したのに、向上心と好奇心に富むあまり、師匠に内緒で狩野派の画法や司馬江漢の洋画も学んじゃって、結局これが発覚して師匠から「他派の絵なんか真似やがって!」と破門されたらしいんですよね。


ジョゼフ・マロード・ウィリアム・ターナー
《吹雪―港の沖合の浅瀬で信号を発しながら、測鉛で水深を測りつつ進む蒸気船。作者はエアリアル号がハリッジを出港した夜、この嵐のただ中にあった》(参考作品)
1842年発表 91.4×121.9
テート美術館
風景写真 レンズ10


ターナーはスゴい技法を考え出して描いちゃうんですが、ちっともパトロンには受けない(笑)。
自分としては不本意ながら「いわゆる」ってのを描くと「さすが、ターナーさんだ!」と大絶賛。
悔しくて、またスゴい技法を考え出して「どやねん!」とやると、また受けない(笑)。
豊かな人生の前半と裏腹に、後年は苦労したのも北斎と似てるかな?
北斎は破門されてから死ぬまで貧乏でしたけどね。
その恐ろしいまでのバラエティー豊かな作品群と、常に高みを目指す向上心は、北斎もターナーも非常に良く似ていると思うのですが、いかがでしょうかくま


『ボストン美術館 浮世絵名品展 北斎』
◆2013年12月21日(土)-2014年3月23日(日)
 名古屋ボストン美術館
神戸市立博物館北九州市立美術館分館上野の森美術館(東京)に回ります)
【名古屋ボストン美術館は2018年10月8日にて閉館しました】


ボストン美術館 →

【北斎@神戸市立博物館】


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キャッ!ト出ました、第2弾~音符
「今度はニャンと浮世絵!」
(本の帯より)


『歌川猫重 猫街道三拾三次』(2013年)
シュー・ヤマモト著
求龍堂


シュー・ヤマモトさんの画集、
第2弾は『猫街道三拾三次』!!
昨年の夏に出版されたのを
ようやくゲットしましたグッキラキラ

個人的に楽しみにしていた
日本の名画の猫バージョン。
日本猫が世界に誇る浮世絵猫師、
歌川猫重(本名 : タマ)による肉筆浮世絵でございますよ。
描かれているのは、猫街道の風景とニャンコたち。
表紙は、めでたく世界遺産になった富士のお山が
一番近~く見える「原」の場面。
プラス、「平塚」の飛脚猫とのコラボです。

全部で33の宿場に
起点の江戸と終点の京都を加え、
掲載作品は35点。
その中から、まずはお約束のこちらピンクハート


歌川猫重/シュー・ヤマモト
「日本橋 朝之景」

江戸から国元へ
猫街道を下ろうとしている大名猫御一行様と
魚を売り買いするビジネスネコ衆、だそうで。
橋のたもとにいるのは歌川広重画では犬。
ですが、こっちはネズミなのだ。


歌川猫重/シュー・ヤマモト
「蒲原 夜乃雪」

広重の『東海道五拾三次』では一番のお気に入り「蒲原」。
その「蒲原」とほとんど区別がつかない、猫重の「蒲原」。
シッポと笠から出ている耳とで、
かろうじて彼らが猫だとわかりますな。


歌川猫重/シュー・ヤマモト
「四日市 三重川」

旅の途中のハプニングを描いた一枚。
突風に飛ばされた笠はどこまで転がっていったやら。
四足、ではなく二足走行じゃ追いつくのも大変じゃ~。
シッポの毛が逆立っている→パニクっている、
の細かい描写に注目です。


裏表紙より


ほかに、橋のない川の渡しの方法や、
旅籠の客引き猫による旅猫争奪戦の模様、
本陣・問屋場・茶店の様子など、
当時の風俗がよーくわかります。
猫たちのコミカルな表情にも、ほっこりしますよニコニコ

各作品の解説は、
歌川猫重(本名 : タマ)がみずから担当。
巻末には浮世絵版画を制作する過程の図解と、
元になった歌川広重『東海道五拾三次』の
モノクロ図版35点付き。


失礼ながら、これまでオリジナルのほうを
じっくり見てこなかったワタシタラー
猫重の絵を見て
「ん? この部分はどうなってたっけ?」と広重画を確認、
そのあと再び猫重画を見て、にんまり…です。

ちなみに、
広重画で荷物や旅人を運んでる「馬」は
猫重画では「犬」になり、
荷車を引いている「牛」は
「ブルドッグ」になっとりますニヤリ

第3弾にも期待!ですピンクハート


・シュー・ヤマモトさんのサイト →
・Twitter →
・Instagram →


【CAT ART美術館@西武渋谷店】



【2014年3月・追記】
シュー・ヤマモトさんより、
ブログにメッセージをいただきました。

私の本(キャット・アートと猫街道)の楽しい書評をありがとうございます。絵もたくさん、そしてビデオまで貼付けてくださり丁寧にページが作られていることに脱帽です。
これからもよろしく!
シュー・ヤマモト


いえ、こちらこそ感激かつ恐縮しております。。。
どうもありがとうございます。
シューさんの更なるご活躍をお祈りしています!


【東海道五拾三次 : 現在の景色と比較 ①(京都~桑名)】


【東海道五拾三次 : 現在の景色と比較 ②(宮~岡部)】


【東海道五拾三次 : 現在の景色と比較 ③(丸子~大磯)】


【東海道五拾三次 : 現在の景色と比較 ④(平塚~日本橋)】


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名古屋市美術館
『ルノワール展 異端児から巨匠への道 1870-1892』(2001年)



ルノワールの作品は印象派の展覧会でかなりの数見てきたけれど、個人展はこれが初めて音符

いや〜、やはりウワサの通り、
暗い感じ・悲しい感じの絵は一枚もありませんねぇ!
(展示総数62点)


ピエール=オーギュスト・ルノワール
《ルグラン嬢の肖像》
キャンバスに油彩 1875年 81.3×59.7
フィラデルフィア美術館

今回のイチ押しは、
展覧会のポスターになっているこちらキラキラ

これまでに見たルノワールの少女像の中で、一番好きかも。
清楚で可憐な、素敵なお嬢さんです。
この年齢にして すでにレディーとしての気品があり、
礼儀正しさや教養も備わってるという感じ。
それに何より美人だピンクハート
成長したあかつきが楽しみ~~じゃあーりませんか!


『ルノワール展』、そのほかの展示作品音符


ピエール=オーギュスト・ルノワール
《アルジャントゥイユの庭で絵筆をとるクロード・モネ》
キャンバスに油彩 1873年 50×61
ワズワース・アテネウム美術館


ピエール=オーギュスト・ルノワール
《モネ夫人の肖像(読書するクロード・モネ夫人)》
キャンバスに油彩 1874年頃 61.6×50.3
クラーク美術館


ピエール=オーギュスト・ルノワール
《ぶらんこ》
キャンバスに油彩 1876年 92×73
オルセー美術館


ピエール=オーギュスト・ルノワール
《すわるジョルジェット・シャルパンティエ嬢》
キャンバスに油彩 1876年 97.8×70.8
アーティゾン美術館


ピエール=オーギュスト・ルノワール
《シャトゥーのセーヌ河》
キャンバスに油彩 1881年頃 73.3×92.4
ボストン美術館


ピエール=オーギュスト・ルノワール
《桃のある静物》
キャンバスに油彩 1881年 53.3×64.8
メトロポリタン美術館


ピエール=オーギュスト・ルノワール
《ヴァルジュモンの子どもたちの午後》
キャンバスに油彩 1884年 130×170
ベルリン国立美術館


ピエール=オーギュスト・ルノワール
《アリーヌ・シャリゴの肖像(ルノワール夫人の肖像)》
キャンバスに油彩 1885年頃 65.4×54
フィラデルフィア美術館


ピエール=オーギュスト・ルノワール
《水浴する女》
キャンバスに油彩 1891年 80.9×65.6
川村記念美術館


ピエール=オーギュスト・ルノワール
《ピアノを弾く少女たち》
キャンバスに油彩 1892年 116×90
オルセー美術館


『ルノワール展 異端児から巨匠への道 1870-1892』
◆2001年4月21日(土)-6月24日(日)
 名古屋市美術館
・Twitter →


名古屋市美術館 →
(名古屋市中区栄2-17-25 白川公園内)


【2013年・追記】
《ルグラン嬢の肖像》のモデルの少女の名前は
マリー・アデルフィーヌ・ルグラン。1867年生まれ。
この肖像画は8歳当時のものですね。
彼女は25歳で詩人の男性と結婚したそうですが、
ルノワールはその結婚式に参列し、結婚の証人にもなったとか。


【ピエール=オーギュスト・ルノワール作品集】


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明けましておめでとうございます。
クマ太郎でございますくま
おくればせながら昨年の10月に出かけた分の記事です。

名古屋の中心から東へ向かった小高い丘の上、この街では誰もが尊厳の眼差しで見る日泰寺のお膝元、衰退したとは言え今でも広大な土地の中に揚輝荘(ようきそう : 名古屋市千種区)はあります。
現在、敷地は南北に分断されて、北園と南園として公開されています。
「特定非営利活動法人 揚輝荘の会」の所有物として管理されています。


『揚輝荘は、大正から昭和初期にかけて(株)松坂屋の初代社長15代伊藤次郎左衛門祐民(いとうじろざえもんすけたみ)によって構築された別荘です。
かつては迎賓館、社交場として華やぎ、国際的なコミュニティを形成した場所でもありました。
その後、世の移ろいを経て、5棟の文化財と庭園が残されています』

揚輝荘 Web Siteより抜粋)


あまりに広大で一つ一つを紹介していくのは困難ですが、気に入ったものをご紹介します。
まずは北園(約6,500㎡)です。
北園の入口にはボランティアガイドさんがいて、パンフレットを手渡してくれます。
庭内の坂を下りて行くと最初の建物が目に入ります。


■伴華楼(ばんがろう)
1929年(昭和4年)、鈴木禎次の設計により、尾張徳川家ゆかりの座敷に洋室等を加えて建築されたそうです。
隣のお稲荷様に面した煙突の壁の模様がヴィトンのダミエそっくりで、何となくにやり、です。



2


1階応接室
3

外からの見学しか出来ませんでしたが、事前に申し込むとガイド付きで建物の内部も見学出来ます。


■豊彦稲荷(とよひこいなり)
見事なお稲荷様です。
私邸の中にこれほど立派な神社があることに驚きますが、不思議と景色に溶け込んでいます。
鳥居の朱が初秋の景色の中で鮮やかに輝いていました。








この鳥居をくぐり、下りて行くと北庭園の池の正面に出ます。




北庭園


■白雲橋(はくうんきょう)
その池の東側に白雲橋があります。
修学院離宮の千歳橋を模したといわれる廊橋で、北庭園のシンボルということです。


ここには龍の天井絵がありまして、その絵には「冠をかぶった女性の横顔」が隠し絵として描かれていると話題になったことがあります。


■三賞亭(さんしょうてい)
この池の南東側に三賞亭という茶室があります。
煎茶の茶室ですから一般的な茶室とは違い、行事のたびにある程度の人数、そう、10人ほどの方々を招いてのお茶会用に用いられたのではないでしょうか。






長押(なげし)のありさまなど、この作りにはちょっとした遊び心が感じられて個人的に好きになりました。


白雲橋と三賞亭


北園はまさに四季の景観を映した箱庭風で、持ち主の美的センスが反映されています。
ここから南園までは高級マンションの間を縫った細い道を歩きます。
北園と南園を分断するこれらマンションの建つ敷地も、元々は揚輝荘の敷地でした。
南園にあるジオラマを見ると驚くのですが、この一帯は丘丸ごとが私邸だったのですね。
衰退により敷地を売却してゆき、今の形になった訳ですが、それにしてもすごい…
ため息が出ます。
南園の記事に続きます。


ちなみに。
内田康夫の小説『不等辺三角形』に登場する「陽奇荘」は、この揚輝荘がモデルだそうですが、
2014年1月17日(金)夜9時~の "金曜プレステージ"(フジテレビ系列)でドラマ『不等辺三角形』が放送される予定です。
昨年、揚輝荘でロケを行ったそうなので、興味のある方はどうぞご覧下さいくま

金曜プレステージ
『浅見光彦シリーズ49 不等辺三角形』
http://mysterytuusinn.seesaa.net/article/385084564.html
(「ミステリ通信 創刊号」より あらすじ)


揚輝荘 →
・Instagram →
(北園 : 名古屋市千種区法王町2-5-21)

「ワタシのイチ押し」 関連記事
・愛知 揚輝荘 ②【南園】


【揚輝荘 : 北園】


・テーマ「揚輝荘」の記事一覧 →
・テーマ「庭園」の記事一覧 →
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クマ太郎ですくま
揚輝荘(ようきそう : 名古屋市千種区)の紹介の続きです。


『揚輝荘は、大正から昭和初期にかけて(株)松坂屋の初代社長15代伊藤次郎左衛門祐民(いとうじろざえもんすけたみ)によって構築された別荘です。
かつては迎賓館、社交場として華やぎ、国際的なコミュニティを形成した場所でもありました。
その後、世の移ろいを経て、5棟の文化財と庭園が残されています。』

揚輝荘 Web Siteより抜粋)


北園からの通路を通って南園(約2,700㎡)の入口まで来ると、こんなものが。


松坂屋の前身「いとう呉服店」(1611年創業)からの商標である「いとうまる」入り。こりゃ動かすのも大変そうです。

後日調べたところ、この物体は名古屋初の私立銀行「伊藤銀行」(1881年に14代伊藤次郎左衛門祐昌により設立。現・三菱UFJ銀行)の本店ビル正面入口の上にあった壁の一部のようです。
こちらの写真↓の黄色い丸印の部分ではないかと。

風景写真 レンズ2
昭和初期の伊藤銀行本店
(参照サイト : 松坂屋「ひと・こと・もの」語り)
https://www.matsuzakaya.co.jp/corporate/history/meiji/02.shtml

近くの塀には揚輝荘の敷地見取り図や建物の案内図が出ています。
これらを前もって見ておくと見学するのに役立ちますよ。


■聴松閣(ちょうしょうかく)
ハーフティンバー様式の外壁など山荘風の外観をした迎賓館で、1937年(昭和12年)に建てられました。
地上三階の各室は各国様式がミックスされており、地階は全体がインド様式です。
ハーフティンバー様式というのは英国式の建造物に多く、半木骨造とも呼ばれます。
アルプス以北の北方ヨーロッパ(英、独、仏)の木造建築に多く見られ、特に15世紀から17世紀に流行ったそうですね。
材木も外観として出して、柱、梁、斜材(筋違)、間柱、窓台等の軸組は隠されず装飾材としての役目を兼ねています。

聴松閣についてはこちらを参照下さい。
https://yokiso.com/choshokaku/



車寄せの天井部分


現在、見学できるのは一階、二階と地下一階です。
一階は、元々は食堂と居間だったところを改装しています。
食堂は今は喫茶室になっていて、庭園を眺めながらお茶を楽しむことが出来ます。
旧サンルームには全盛期(昭和14年頃)の揚輝荘を再現したジオラマがあり、いかに広大な敷地だったのか、更に驚かされます。




果樹園や畑、展望台や休憩用の茶室、テニスコートなどもあったことが判ります。
約一万坪(約35,000㎡)の敷地に三十数棟の建物が建っていたそうです。
この施設を維持するのに、一体どれだけの使用人とお金が要り用だったのでしょうか?
目が回ります。

そして二階。
北側には車寄せの屋根として張り出した旧書斎があり、こちらはモダンな洋間の佇まいです。



旧応接室は、旧書斎の様式を継承しながら木材を上手く使って、洋式ですが技術は和装の、非常に高度な職人美意識で構築されているのが特徴です。



旧寝室Bにはビクター社の蓄音機「ビクトローラ」が展示されていて、オイラのような者には垂涎物のお宝であります。





旧寝室Bの天井


さて、地階がこの持ち主の美的センスを最もよく表しているのではないでしょうか。
ここは旧サロンで、舞踏場とステージがあり、舞踏場にはバーカウンターまであります。



地階へ降りた正面のホールには、戦前にインドから迎え入れた留学生が描いた壁画があります。
また、舞踏場の各所に配されたインド風のレリーフなどが和洋の趣きと相まって、不思議な美意識漂う空間になっています。






まさに現代アートと同じ感覚です。
ここはホールレンタルも出来ます。
ステージは小さなドーム形式になっていて、音響的にも面白いのではないでしょうか。
マイクを使わない、今で言うアコースティックな原音ライブをしてみたくなる場所です。






謎の地下トンネル「聴泉窟」
(ちょうせんくつ : 非公開)入口


北園も南園も、細かいところを挙げればきりがないくらい、不思議さと面白さに溢れています。
名古屋を訪れた際にはぜひ訪ねていただきたい場所の一つとして紹介させてもらいました。


ところで。
内田康夫の小説『不等辺三角形』に登場する「陽奇荘」は、この揚輝荘がモデルだそうですが、
2014年1月17日(金)夜9時~の "金曜プレステージ"(フジテレビ系列)でドラマ『不等辺三角形』が放送される予定です。
昨年、揚輝荘でロケを行ったそうなので、興味のある方はどうぞご覧下さいくま

金曜プレステージ
『浅見光彦シリーズ49 不等辺三角形』
http://mysterytuusinn.seesaa.net/article/385084564.html
(「ミステリ通信 創刊号」より あらすじ)


揚輝荘 →
・Instagram →
(南園 : 名古屋市千種区法王町2-5-17)

「ワタシのイチ押し」 関連記事
・愛知 揚輝荘 ①【北園】


【揚輝荘 : 南園・聴松閣】


・テーマ「揚輝荘」の記事一覧 →
・テーマ「建築物」の記事一覧 →
本日はクリスマス~音符ということで、
これまでに掲載した
「聖母」「聖母子」「聖家族」の作品をまとめてみましたキラキラ


チョコ『イタリア美術とナポレオン』(2008年)
ジョヴァンニ・ベッリーニ
《聖母子》
1460-80年頃 65×46.5
フェッシュ美術館
風景写真 レンズ3


サンドロ・ボッティチェリ
《聖母子と天使》
1467-70年 115.2×70
フェッシュ美術館
風景写真 レンズ1


グレゴーリオ・デ・フェッラーリ
《帰還途上の休息》
1700年頃 142×220
フェッシュ美術館
風景写真 レンズ4


チョコ『世界遺産 ヴェネツィア展』(2011-12年)
ジョヴァンニ・ベッリーニ
《聖母子》
1470年頃 52.5×43.2
コッレール美術館


ヴィットーレ・カルパッチョ
《聖母子と洗礼者聖ヨハネ》
1485-90年頃 67×52.5
コッレール美術館


チョコ『大エルミタージュ美術館展』(2007年)
ボニファーツィオ・ヴェロネーゼ
《エジプトへの逃避途上の休息》
1530年代 98×85.5
エルミタージュ美術館


チョコ『大エルミタージュ美術館展』(2012年)
バルトロメオ・スケドーニ
《聖家族と洗礼者ヨハネ》
16世紀末-17世紀初め 65.7×50
エルミタージュ美術館
風景写真 レンズ2


チョコ『マウリッツハイス美術館展』(2012-13年)
ペーテル・パウル・ルーベンス
《聖母被昇天》(下絵)
1622-25年頃 87.8×59.1
マウリッツハイス美術館


レンブラント・ファン・レイン
《シメオンの賛歌》
1631年 60.9×47.9
マウリッツハイス美術館


チョコ『ゴッホ展』(2005年)
フィンセント・ファン・ゴッホ
《ピエタ》(ドラクロワの模写)
1889年 73×60.5
ファン・ゴッホ美術館


チョコ『ムンク展』(2008年)
エドヴァルド・ムンク
《マドンナ》
1895年
オスロ市立ムンク美術館
風景写真 レンズ8


チョコ『サルバドール・ダリの世界』(2010年)
サルバドール・ダリ
《反プロトン的聖母被昇天》
1956年 71.1×62.2
諸橋近代美術館


それでは みなさま、メリー・クリスマス!サンタ
And、よいお年を~!おせち


「ワタシのイチ押し」 関連記事
・「聖母」「聖母子」「聖家族」①
・「聖母」「聖母子」「聖家族」③

・テーマ「特集」の記事一覧 →
名古屋ボストン美術館
『紅茶とヨーロッパ陶磁の流れ マイセン、セーヴルから現代のティー・セットまで』(2001年)



飲みものの中ではミルクティーとココアが大好きなワタシは、西洋のカップを観賞するのも好きピンクハート
見ているだけで満足で、実際に欲しいとまでは思わないし、
詳しいことは何もわかりませんが~タラー

マイセン、セーヴル、ウェッジウッドの名品に、
アール・ヌーヴォー、アール・デコ様式の作品……
17世紀から現代までのティー・ウェアを堪能しましたキラキラ
(全6章、展示総数196点)


カップ&ソーサー
エティエンヌ=ジャン・シャブリ画 セーヴル(フランス)
軟質磁器 1768年
ボストン美術館


カップ&ソーサー
ジャン=ルイ・モラン画 セーヴル(フランス)
軟質磁器 1768年
ボストン美術館


カップ&ソーサー
セーヴル(フランス)
硬質磁器 1884年
ボストン美術館


ティー・セット
セーヴル(フランス)
軟質磁器 1761年
ボストン美術館


カップ&ソーサー
ダービー(イギリス)
軟質磁器 1785-95年頃
ボストン美術館


カップ&ソーサー
ダービー(イギリス)
軟質磁器 1785-95年頃
ボストン美術館


茶入れ
マイセン(ドイツ)
硬質磁器 1725-30年頃
ボストン美術館


ティーポット
ウェッジウッド(イギリス)
有色炻器(ジャスパーウェア) 1785-90年
ボストン美術館


18世紀のドレスやテーブル・セッティングで
当時のお茶会の模様を再現したコーナーもありましたよキラキラ
(そして、帰りにミュージアムショップで
ミルクティー味のクッキーを買ってしまったのでした…)


『紅茶とヨーロッパ陶磁の流れ マイセン、セーヴルから現代のティー・セットまで』
◆2001年3月31日(土)-7月22日(日)
 名古屋ボストン美術館
(2018年10月8日にて閉館しました)


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雨の中、お出掛けしてきました車


晴れてたら、本当に美しい風景が見られただろうなぁ~とは思うのだけど、また次回への楽しみが増えたという事で(^◇^;)

雨のお寺も風情があっていいもんですし。

今回は瀬戸大橋を渡って行って、しまなみ海道を通って帰って来ました(^_^;)


しまなみ海道
多々羅大橋


雨に煙ってなんにも見えませんでした(T . T)

昔は四国から出るのに、必ず船に乗らなくては行けなかったの船

いつも船酔いする私には辛い事でしたが、今は橋が出来たおかげで、本当に簡単に行けるようになりましたわ音譜

日帰りしか出来ないので、本当に走り走りでしたが、唯一ゆっくり観光したのが、尾道の耕三寺(こうさんじ)という所。

「西日光」と言われてるらしい。

正面はこんな感じ。


山門(手前)
京都御所紫宸殿の門がモデル)
中門(奥)
(奈良・法隆寺中門がモデル)


とにかく広い敷地にあらゆる建物が並んでました。


中門


しかも、このお寺は親孝行のために、個人が建立したというものだから凄いわΣ(゚д゚lll)

ハスが有名なようですが、この時期は咲いてないので、きれいとは言えなかった(^_^;)


五重塔
(奈良・室生寺五重塔がモデル)


法宝蔵
(大阪・四天王寺金堂がモデル)




このガーゴイルみたいな像ね、向いてる方向がみんな違うの(・_・;

あちこち向いてて面白かったわ音譜

全ての方向を見守っているのかしらね?


孝養門
日光東照宮陽明門がモデル)


孝養門


孝養門の回廊(手前)
至心殿(右奥)
(京都・法界寺阿弥陀堂がモデル)


派手な雰囲気は個人的には苦手なのだけど、写真では映えるねカメラキラキラ


本堂
(京都・平等院鳳凰堂がモデル)


救世観音大尊像
(奈良・法隆寺夢殿 救世観音像がモデル)


観音様もございましたΣ( ̄。 ̄ノ)ノ

なんでもありやね(^◇^;)

このお寺は、昭和11年(1936年)から30年以上かけて建立されたそう。




今の時代でも、こういう彫り物をする人がいるのね(・・?)

ちょっとびっくり(ノ゚ο゚)ノ


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(広島県尾道市瀬戸田町瀬戸田553-2)

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