6月は父の日もあった。



父の日ってことを相方がブランチのスパゲッティーを作ってる時に思い出した。


しまった。何も買ってないや。

一応、相方の必須アイテムのTシャツとか見たんだけど、

なんかデザインとか値段とかで折り合うのがなくて買ってない。


母の日にスーパーで定価で刺身を買ってきて、「母の日だから」と言ってたから、

無視するのもなんだしな。


最近、週刊の雑誌を買ってるから、後で図書カードをあげとこう。


ブランチが終わった。


相方は「トイレに先に行くか、皿を先に洗うか」と言いながら、結局トイレへ。

戻って来て、

「皿洗ってくれてありがとう! お母さん」と言いやがった。


洗ってませんよ。

それが何か?



夕方、夕食の支度をしながら相方が言った。

「今日はどんなおいしい料理を作ってくれるのかな? お母さんは」


今、あなたがすでに準備してるじゃないの。



夕食後、私が皿を洗っていたら、

「何でお母さんがお皿を洗ってるのかな? どうしたの?」


いちいちうるさいやつだ。



その後、フライパンが洗ってない事に気付いた相方、

「お母さんは優しいからな。わざわざ洗い物をとっておいてくれたんだね、優しいから」と言いながら洗っていた。


あぁ、うるさい。



なんか、あーだこーだ言われるとやる気なくす。

優しくしようって気にならない。


1,000円の図書カード1枚じゃ足らんだろうが、

いつも半額で買う刺身を定価で買ってきた母の日よりは、

ちゃんとしてるじゃねーか。


ちぇっ。



えー、昼夜とご飯を用意してくれる相方に感謝しなさいとか、

そーいう忠告系はとりあえず聞かないから! 今は。

妊娠初期、つわりでほとんど食べられないながらも、

なんとか毎日何かを口にできていた。


でも飲み込んだものがすぐにリバースしてきそうになるので、

食後は懸命に水を飲んだ。

水じゃないと、吐いた時にその飲み物の味がしてすごいキツイから、

水しか飲めなくなる。


で、その最後に懸命に飲んでいたのが、葉酸のサプリ。

妊娠初期には葉酸の摂取が必要だって、前回の妊娠の時に雑誌で読んだので、

今回も摂取しないといけないって使命感で飲んでいた。


母子手帳にも書いてあるわけですよ、

 ~神経管閉鎖障害の発症リスク低減のために~

  二分脊椎などの神経管閉鎖障害の発症を減らすためには、

  葉酸の摂取が重要であることが知られています。

  葉酸は、ほうれんそう、ブロッコリーなどの緑黄色野菜や、

  いちご、納豆など身近な食品に多く含まれています。


しかし、今回はつわりで寝込むのが早かったので、

サプリ購入を相方に頼むことになり、

飲みやすさとかを考えたとは思えない、フツーのサプリを買ってきた。


私は元々錠剤がのどに引っかかる感じがして苦手。

やず○の香醋もねサンプルで飲んでみたけど、

カプセルになっちゃうと逆につらくて飲みにくくて仕方なかったし。

前回の妊娠時も葉酸のサプリを買ったものの、

飲みやすいオレンジ味で、個数の少ない小さいボトルを試しに買ってみてから飲んでいた。


そんな私にはつわりでリバースしそうな時に、

フツーのサイズの錠剤のサプリは飲み込むのがきつくて、

飲み込むために水を飲み込むのもツライ。

結局、つわりの悪化で飲むのを断念した。


妊娠悪阻で入院した時に、

整腸剤を処方され、同時に吐き気止めも処方された。

吐き気止めが同時に処方されるって事は、

薬と水を飲むこと自体が吐き気を誘発するってことなのかなぁと思いながら飲んでいた。

薬を飲むのに水を飲むのが本当につらかったし。



そしたら最近はこんな商品があるようで。


葉酸たまご    ←葉酸たまごのサイトへ飛びます


サプリじゃなくて摂取できるっていいなぁって、しみじみしてしまう。

普段の食事で取れるっていいよね。

私の場合つわりがひどくて、ほうれんそうもわずか、イチゴは1個だけとか、

食べ物すらまともに取れないでいたから、

葉酸たまごがあってもきちんと摂取できたかは微妙だけど、

この先の授乳期も必要な栄養素なんだよね。


でも特に1ヵ月とか2ヵ月とか妊娠初期に有効で、

1ヵ月なんて妊娠自体に気付いてない時期だし、

普段から摂取に努めるにこしたことないんだから、

でもこれから妊娠しようとか、

この妊娠に力をおもいっきりお金と力をかけます、

って人にはいいかもだねぇ。



神経管閉鎖障害の説明なんか読んじゃうと、

9ヵ月の妊婦の精神的には心穏やかじゃない。

今さらだけど・・・。


心配はつきないから、やれることはやりたいよね、やっぱり・・・。


6月は幼稚園で父親参観があった。


相方は前夜外泊で朝帰り。


酒臭いんですけど!!


そういうのをね、君のよく使う言葉で表現すると“最低”って言うんだよ。


年がら年中私のことを最低呼ばわりするけどね、

父親参観の日に朝帰りして酒臭いまま幼稚園に行く方が、よっぽど最低だってば。


ったく。



去年は登園したものの下駄箱から子供が逃走して、子供と共に帰宅してしまい不参加だったけど、

今年は無事終了。


が、最後の親子工作の時に決められた時間内に工作が終わらなかった、よその親子がいたらしく、

「終わりの時間過ぎてもやってるバッカがいてさ~、(参観が)終わんないんだよ」と、

文句をたれていた。


子供と楽しく工作してるんだからさ、

子供がもう飽きて工作してなくても、子供の幼稚園での姿が見られてるんだからさ、

多少時間が延びたっていいと思うんだけど。


なんで他人様をバカ呼ばわりするかな。


ったく。

前回のつわりはとにかく吐いた。


初めの10日間くらいは食べづわりで、

空腹になると気持ち悪いから深夜だろうがおかまいなしにパンをかじったりしていた。

その後はずっと吐き続けた。


フルタイムで働いていたので、

朝起きて、何か口に入れなきゃとカロリ○メイトをかじるものの、数分後に吐いて、

会社に着いて、何か飲み物を口にして吐いて、

昼休みに、何か口に入れなきゃと食べて吐いて、

帰宅して、何か食べなきゃと食べて吐いて、

最低でも4回は吐いていた。


もう普通の食事は受け付けず、

せめてカロリ○メイトやウィダ○インとか機能系食品でどうにか栄養を、って思うんだけど、

固形だろうが、ゼリー状だろうが、水だろうが、

飲み込んだものは全て吐くようになり、

吐くと体力を消耗するもんだから、

ますます何も食べられなくなり飲めなくなり、日に日に動けなくなっていった。


職場で動きの悪くなった私にムカついた同僚男が、

嫌がらせにわざわざ仕事を私に運んできて、さらにぐったりした。


つわりをどうにかしてほしくて、公休の日にやっとの思いで産婦人科へ行ったら、

医者に「体重が3kgしか減ってないから」と軽く言われ、点滴に回され、

看護師には「点滴は時間がかかるからもっと早い時間に来て下さい」と注意気味に言われ、

点滴後、這うように帰宅した。


点滴1本では何も変わらず、

翌日這うように出社したものの、

その翌日からはついに会社へ行けなくなった。

会社へ行かないのなら無理に食べることもない。

病院へ行ってもまた点滴だけで帰らされるだろうし、

動くのがしんどくて寝てるだけになった。


その後の2,3日は日に日に衰弱していくのが自分でもよくわかった。

水分さえろくに取れないもんだから、トイレも行かないし、

ふとんに寝たまま衰弱してしていく感覚、

感覚っていうか、力が遠のいていく。


金曜日から休んで土日に衰弱して、

それでも日曜の夜には気力を振り絞ってお風呂へ入り、

月曜日に這うように病院へ行った。

ちょうど検診の週だったのだ。


しかし水分の取れてない体からは尿検査のための尿がとれず、

トイレから真っ青な顔で出てきた私は検診に回され、

強制的に尿を採取され、医者に入院を宣告された。

看護師には家に荷物を取りに帰る事を止められた。

家に入院の準備に帰るのを止められるほど衰弱してるんならさ、

先週の水曜日に受診した時にもっと何とかしてくれればよかったじゃんか・・・。

子供が冬休みで、

朝、相方が子供を連れて実家へ仕事へ出かけ、

夜、子連れで帰宅するという日が続いていた。


子連れで買い物に行けば“アレ買って”“コレ買って”で遅くなるし、

“ばあちゃん家から帰らない”とか“レストランで食べる”とかで、夕飯を家で食べない日もあった。


ある日“おすしやさんに行きたい”というので、実家からそのまま回転寿司へ行くと電話があった。


「お寿司買って帰る?」


「食べられないからいらない」



気持ち悪くて食べられない。そして気持ち悪くて動く気になれない。

でも空腹になるとさらに気持ち悪くなる。

夕方以降、空腹感が増し、さらに気持ち悪くなり、

ふとんで涙を流しながら寝ていた。

あまりに気持ち悪くて、起き上がって食べ物を探す気力もなかった。


午後8時半頃、2人が帰宅した。

相方は手ぶらだった。


「何もないの?」


「寿司食べないって言っただろ?」


「食べないんじゃなくて、食べられないんだよ。

でも実家から何か食べられそうな物持って来てくれてもいいじゃない」


何かが相方の気に障ったらしい。


「じゃあ今から買い物行って来るから、食べられる物言えよ」


「気持ち悪くて食べられないんだよ」


「買って来るって言ってんだから、早く言えよ!」


「食べられる物があれば苦労しないんだよ」


「何食うんだよ。早く言えよ!」


「だから食べられる物ないって言ってるじゃない」


「早く言えって、言ってんだろ!」


完全に平行線。

同じ事を繰り返すのに疲れたので、泣くことにした。


「ごめんなさい! もう何も言わないから、お願いだからそれ以上言わないで。ごめんなさい」


相方が舌打ちした。

「おめえのそういうとこがむかつくんだよっ」


それを聞いて、さらに私の泣き声が大きくなったところで、

子供が泣き出した。

それまで親の会話を黙って見ていたのだ。


激しく泣き出した子供を抱き寄せた。

「ごめんごめん。びっくりしたね。もう泣かないから、ごめんね」


私と相方の会話は打ち切りになった。



私がつわりで寝込んでから約10日間、今までと同じように外食をしたがっていた子供だったけど、

この出来事がショックだったらしく、

その後は外食に行きたいと言う回数がかなり減った。


母親が寝込んでただでさえ心労を与えてるだろうに、

さらにショックを与えてしまった。ごめんね。

クリスマスイブの夜、私はお風呂に入った。

この頃はまだ4日に1回くらいは入浴できていた。

でも気持ち悪くて入浴するのはひと仕事で、

やっとのことでお風呂から上がったものの、

髪の毛を乾かすだけの気力はなかった。


コタツでゲームをしていた相方に近づいた。

コタツの上には充電中の相方の携帯電話があった。


コタツの所に座り、相方に髪を拭いてくれるように頼んだ。

髪を拭き終わった相方が「次はドライヤーかければいい?」と言いながら立ち上がり、

充電器のプラグをコンセントから抜き、充電器から携帯をはずし、

自分のポケットに携帯をしまうと、ドライヤーを取りに洗面所へ向かった。



・・・。


まだ充電中の赤いランプがついていたのに・・・、

ドライヤーを取りに行くだけの短時間でさえ、私の目の前に携帯は放置できないのね。


私が妊娠してるって事態になっても、隠し続けないといけない何が携帯に入ってるわけ?



気持ち悪さで身動きできないまま、ぼんやりと座っていた。


“あぁ、これが今年のクリスマスプレゼントだ。去年に続き楽しくないクリスマスのプレゼント”


相方はトイレに入ったらしく、すぐに戻ってこなかった。


私は何で妊娠してるんだろう?



相方がドライヤーを手に戻って来た。

私は気持ち悪くて、しゃべる気力も、泣く気力もない。

ただぼんやりと座っていた。


相方が携帯を私に見られたくないと思って隠してる事は前からわかってる。

だけど、つわりでここまで弱ってる私の前でさえ、短時間すら放置できないって、どうよ・・・。


きっと相方に聞いたら“意識しないでやってるだけ”とか言い訳しそうだけど、

無意識の行動ってのもね・・・。

幼稚園が冬休みに入り、朝のドタバタはなくなった。

子供は相方が実家へ連れて行ったり、嫌がる日は家に置いていったりしていた。

突然寝込んだ母親に、子供はまだ慣れず、

今までの生活パターンを押し通そうとしていたので難儀だった。

相方が仕事を早めに切り上げ(相方母にも帰宅を早めてもらって)、

ジャス○とかの遊び場に連れて行ったりしていた。


私はついに吐き始め、ずっと横になっていた。

お腹がすくと気持ち悪さが増し、

でも食べものは自分で探さなければならないし、

1人で過ごすのはつらいことだった。


気持ち悪さを紛らわすためにテレビをつけても、

昼間の番組と言えば、グルメだの旅だの食べ物ネタが圧倒的で、

CMもクリスマスの食べ物の宣伝にあふれていて、

とにかく気持ち悪くて食べられない人間にはきつかった。

これからクリスマスとか正月とか、

ハレのイベントが続く時だっていうのに、

私は何も食べられないのだ。


食べ物の事だけじゃなかった。

去年2005年のクリスマスは、相方が不倫相手に会うのを兼ねて飲み会に行くために、

無断欠勤もどきまでして東京に2泊3日で行ってしまい、

新年も別々の場所で迎え、

1月2日に新年早々に不倫相手が遠距離を会いに来て、

外泊に出かけようとする相方が捨てぜりふを吐き、離婚するという話になり、

離婚するなら、きちんと理由を話せと言ってまたもめて、

2年近く黙秘し続けた不倫をやっと白状した、

という、散々な年末年始だったのだ。


今度の年末年始はやっと普通に過ごせると思ったのに。

あくまでも“普通”であって、“幸せ”ではないとはいえ、

それでも“普通”に過ごしたかったのだ。



クリスマスイブの日は相方は留守番で、子供を連れて実家へ行っていた。

夕方帰宅。


取引先に買わされたクリスマスケーキの他に、

半額になった丸ごとのローストチキン、子供用にシャンメリー、自分用にシャンパンをスーパーで買っていた。


で、食卓はそれだけ。


え?

ケーキにローストチキンに飲み物だけ?


ある意味、豪快。


私が同じものを出したら非難されるよな・・・。

っていうか私に何を食えと・・・。


でもなぜか、この日私は吐かなかった。

ローストチキンとシャンメリーとケーキを食べて飲んだ。

まだ毎日は吐いていなかったし。

少しだけ“普通”に過ごせたのかもしれない。

私がつわりで寝込み始めたので、私と子供の洗濯物も相方が実家で洗うことになった。

実家で妻のパンツを干している息子を見て相方母が「あんた、変わってるわね」と言ったらしい。


そもそも結婚してる息子が実家で自分の洗濯物を洗濯してるところからして、

変わってると思いますけど。

そもそも結婚してよそに住んでる息子が実家で母や祖母、

結婚してよそに住んでるけど実家で風呂に入る弟の洗濯物を洗濯してるところも、

変わってると思いますけど。


つわりで寝込んだ妻の下着を洗濯して“変わってるわね”って言うわけ?

と言いたいのだが、この時点ではまだ相方母には私が妊娠した事を告げていなかった。


“夫の実家で夫に妻の下着を洗濯させる嫁”と義母に思われるのはマズイので、

相方に早く話してもらうことにした。



その後、相方母の反応を聞いてみた。


「お母さん、何て言ってた?」


「40歳で大変ね。今度はちゃんとした育て方しなさいよ、だって」



え?


何?


“40歳で大変ね”は仕方ない。でもその後の“今度はちゃんとした育て方しなさい”って・・・。



うちの第一子は育て方が失敗してるって事ですか?


私の育て方はそんなにちゃんとしてませんか?


初孫の成長にそんなに気に入らないところがあったんですか?


妊娠の報告を受けたばかりでそんなセリフ言うなんて、よほど気に入らないのか。

嫁に直接言ったんじゃなく、息子に対して言ったセリフとはいえ、

予想外の反応にビックリした。

ビックリって言うか、ショック。


そんな風に思ってたんだ・・・。


まだつわりは軽かったけど、気分がひどく滅入った。



自分の親に電話したら「あら、おめでとう。にぎやかになるね」と母が言った。

妊娠の報告に対して、ごく普通の反応だ。

でも、その普通の反応が嬉しかった。

月曜日、子供は幼稚園だ。

気持ち悪いのを我慢して起きた。

でもやっぱり気持ち悪い。

おえっと何度もなって、吐きはしないものの、つらい。

子供に「どうしたの?」と聞かれ、涙声で返答。

あぁ。

誰か助けて。

私の代わりに子供を幼稚園に送り出して。

誰かって言っても、相方しかいないのが悲しいところ。

睡眠優先の相方を起こして頼んだりしたら、即、嫌な顔されるに違いない。

仕事をさぼる口実ができるから、結局はやるとは思うけど、

今の気持ち悪い状態で、相方を起こして、朝から軽くもめる気力はなかった。

あぁ、つらい。

トイレに入っていると相方が起きた気配がした。

相方母から電話でもあって、早めに実家に仕事か留守番に行く事になったんだろう。

早く起きれるなら、私も助けて。

トイレから出てくると着替えの最中の相方と目が合った。

「何? 早く行く事になったの?」

「いや。君が具合悪そうだから、私がやろうかと思って」

え・・・。

言葉より先に涙が出てきた。

ボロボロと涙を流す私に驚く相方。

だって、相方が自分から言い出してやってくれるなんて、全然思ってなかった。

こっちから頼んで、文句たらたらでしかやってくれないと思っていた。

結局、その日から終業式までの3日間、相方が幼稚園へ送り出した。

休めて本当に助かった。

ただ、一から十まで私に聞いたり確かめたりしないと事が進まないので、

意外に休めない・・・。

でも、ホント助かった。


終業式の日のお迎えは相方の都合がつかなかったので、私がやった。

もう、気持ち悪くて立っていられず、

近くにもたれて座り込んで待った。


もうダメだ。

吐くのは時間の問題だ。

そして、


月曜日 歯科(個人医院)

火曜日 外科(総合病院)

水曜日 産婦人科(個人医院)

木曜日 消化器科(総合病院)&産婦人科(個人医院)

金曜日 消化器科(総合病院)


という、病院だらけの1週間が終わろうとしていた。

再検査は保険内にもかかわらず、1週間の医療費が1万円超えた。

出産と別の年では医療費控除の請求にまわせない、ブツブツ。


まあ、ともかく、これでただの高齢妊婦になったわけで。



土曜日、児童館みたいな所であるクリスマスイベントに子供を連れて行った。

バスだったし、まだなんとか行けそうだったのだ。

んが、気持ち悪くて座ってるのさえつらくなって、横になって休んでいた。


それでもまだ歩き回れるので、

終了後は子供の言う通りにドーナツを食べたり、本屋へ行ったりした。


でも、さすがにバスで帰る気力はなくなったので、

また相方に迎えに来てもらった。


その夜、ファミレスへ家族で行った。

私が頼んだのは軽めの物だけど、まだピザも食べられた。


そして、

10日に1回は子供に行かされていたそのファミレスに、

次に行けたのは翌年の3月末。

その間、長い長いつわり生活を送ることになる。


翌日はついに寝込んで、1日中ふとんの上だった。

前回の妊娠ではこんなに早く寝込まなかったんだけど、

胃カメラ突っ込まれたことで刺激されて早まったのか?


まだ吐かないからマシだけど、吐き始めるとホントきつくなる。

憂鬱どころか地獄って言いたくなる。

つわり生活の始まりだ。


幼稚園が冬休みに入ったらTDRへ行こうと思っていたのに、

それも相方と子供と3人で行くのが実現するはずだったのに、

もうダメだ。

つわりで無理だ。


あぁ。