プロ棋士が目指すタイトルは複数あるが、徐々に縮小・廃止の波が押し寄せてきている。
女流プロの棋戦が続けて二つ無くなってしまった。
立葵杯については創設年数の浅い棋戦で、会津中央病院さんの何らかのご厚意かと思うと致し方ない気はするけど、名人戦が休止とはインパクトを感じる。名人戦とは将棋にもあるがやはり同じタイトル戦としても名前の重みはある。
最近は囲碁においては男子の棋戦に女性も普通に参加していることを考えると、別に男女分ける意味が無いともいえる。
女流プロのレベルが上がってきたということ。喜ばしいことと考えてもよいのかもしれない。
ただ、一般的には印象は良くないと思う。
更に通常の棋戦においても縮小の傾向が見られる。
「本因坊戦」
2023年の第78期から大幅に縮小され、七番勝負から五番勝負へ、リーグ戦が廃止されトーナメント制へ変更、賞金も約3分の1に減少。二日制から一日制にもなっている。相当な変更と言える。
以前も指摘したが、囲碁は旧態依然としている面がある。
将棋との比較だ。
どうしても囲碁将棋といわれるように二つを並べて考えられてしまう。全く違う競技であるのに。
囲碁・将棋のタイトル戦のスポンサーは基本的には新聞社だった。
将棋の冠スポンサーはどんどん替わっている(新聞社がゼロとは言わない。まだ残ってはいるが3社共同だったりもある)が、囲碁は未だに新聞社がメインスポンサーとなっている。なぜこんなことになってしまったのか。
ネットでABEMA TVが登場したとき、番組の中に将棋はあり、囲碁は無かった。
囲碁も将棋もAIの普及でプロ棋士 VS AI という構図は同じで、AIにプロ棋士が勝てない事も全く同じ。
なのに囲碁だけが取り残された。
将棋は年齢制限や成績不振でプロでは無くなるルールがある。
一方、囲碁は無い。基本的に永久にプロでいられる。つまり増え続ける構図。人はいつか死ぬわけだけど、それでも寿命が延びている昨今では尚更増える一方と言える。組織としても微妙な点がある。
東京・名古屋・大阪、とそれぞれ組織が別になっている。
詳細は分からないが所属がそれぞれ分かれる。運営母体が違うという事のようだ。
日本棋院は近い将来資金が枯渇することを発表している。囲碁のプロは経営のプロでは無い。人によっては中卒で弟子入りして学校には行かずに囲碁に没頭していた人もいるはず。高校大学で別の事を学ぶ人は少ない。囲碁一本に勝負をかけているから当然と言える。であれば、餅は餅屋に任せるべきだと思う。
プライドが邪魔をしているのかもしれないが、そんなことは言っていられない。
賞金だけで生活ができてきる棋士は一握りのはず。
どうすれば生き残れるのか真剣に考える必要がある。
囲碁を華々しいものとする。皆からうらやましがられる
囲碁でトップになると沢山お金がもらえる
囲碁をすると頭がよくなる->受験に有利など
囲碁をすると集中力が高まる
などなど
兎に角囲碁の競技人口を増やす活動は必要なのではないだろうか。
囲碁という競技が魅力あるもので意義深いものとするべきだろう。
将棋は基本的に日本だけだが、囲碁は中国韓国日本が多数の競技者を抱えている。
その点を逆手に取って何か出来ることはないだろうか。
最近はAIの普及で師匠に弟子入りせずとも良いとも聞く。
個人的には囲碁は好き。
大変奥深い魅力を感じる。自分で打つよりプロの戦いをみるほうが好きだけど。
解説をしてくれることで奥深さがより分かる(解説してくれないと全く伝わらない)。
その点は将棋も同じだろうと思う。
だが、圧倒的に差が付いてしまった現状をどうにかしたい。
張栩棋士は囲碁の発展のためとは違うのかもしれないが、囲碁を様々なゲームとして考えてくれている。
4路の碁など囲碁がとても時間がかかる競技という概念を払拭してくれた。
9路や13路盤などの魅力をもっと伝えることでも面白いかもしれない。
囲碁の衰退をなんとかとめて欲しい。
大学の先生に頼んで囲碁をすることが児童生徒の脳の発達に良いとか何でもよいので前向きな論文を出せるような研究をお願い出来ないものか。そうすれば、それを元に文科省などから囲碁の授業化など働きかける事も夢では無い。
勿論将棋と共に進めることになるだろうけど、それでも良いと思う。
自分も微力ながら考えたい。
会津中央病院・女流立葵杯 終了 のお知らせ
女流名人戦 博多・カマチ杯 休止 のお知らせ