これは驚いた。

卒業証書自体、どうやって入手したのかどんなものなのか疑問はあったが、自作だったとは。

もっと組織だっていて誰かの指示でやっていたのかと思っていたが、本当に個人プレーだったのか???

 

こんなつじつま合わせのような姑息な事をしていても、彼女に再度投票したり応援していた人達はあの時と同様、

「学歴なんてどうだっていい」と言うのだろうか。

 

仮に学歴がどうだってよくても、卒業証書を自作してそれを世に出してしまう事は世間を混乱させた。

嘘を本当にする為の作業そのものが犯罪となってしまったわけだ。

 

最後に、自分の強みは「強いメンタル」と言っていたことを思い出した。

流石だわ。

 

 

 

 

 

学校がないと子供の見守りも無いので新聞を読む時間が多くなる。

 

私の履歴書:村木さんが終了。

 他の人とは違う書きっぷりで面白かったが、真面目さが故に詳細まで記載しなくても良いことまで書いてあった印象。

 正確を期すためには仕方ないのだろうが、役人さんであると再認識。兎に角、いわれの無い罪を着せられた悔しさは同情しかない。かといって検察の闇を暴く人も今後現れないと思う。沢山のえん罪事件があるが、結局間違ったことを無理矢理やった人達は罪に問われない。監視する組織を作るとかではなく、定期的に人を循環させることが本質ではないか。

 

若者のテレビ離れ:20代単身は4割がテレビを持たず

 高齢層とますます分断がおきそう。そもそもの情報ソースが全く異なってしまって、折り合う気のないバラバラな人種が同居しているかのような印象。メディアも情報操作していると考えると一体どうすれば真実が分かるのか。

 自分が特に興味が無くても目に入るという点では新聞はまだ一定程度意味があると思ってしまう。

 

 そんなこと知ってどうするの?という説もあるが。

仕事だけは我慢し、自分の好きな人とだけ付き合い、自分の言うことを聞く人とだけ付き合う人。

残念。

 

町内会活動や御神輿の会を単なる遊びの団体と勘違いしている人。

残念。

 

ボランティア団体だとしても、自分の好きなことだけで完結するはずがない。

自分一人で代表になったとしても不可能。

そんなことも分からない人は本当に残念。

でも実際、そんな人は結構いる。

 

却ってボランティア団体なんか参加しなければ良いのに、と思う。

自分にとって好きでは無い人が居るならとっとと辞めて、また次に行くのだろうか。

最終的にけんか別れとなるのだろうか。

 

町内に実際に住んでいるとトラブルの後、一切誰とも顔を合わせないことはかなり難しい。

最悪、引っ越すしかない。

それでも絶対に会わないとは言い切れない。

 

様々な人が住んでいる街で、共存共生してゆく必要がある。

皆で少しでも暮らしやすい、住みやすい街にしたほうがよい。

少しでも気分良く生活出来るような町。それでいて、地震・津波・火事など災害が発生した場合に助け合える関係性を作る事は必要。トラブルの前に普段からの良好な関係を作る努力が必要。

 

仕事以外でも生活している以上、うまくやって行けるような努力は必要。

仲間を増やし、理解し合う事が必要。

 

その努力をしないのに、都合の良いときだけつまみ食いをするような態度は器が小さい。

普段から挨拶をし、声を掛ける事が大事。

 

 

だと思うんだけど。

ま、とはいえ、お金が潤沢にある人は適当なバランスで付き合っているように思える。

頭がよいということだ。

 

付き合ってゆくって本当に難しい。

ちょっとしたことで綻んでしまう。それは結局深く対話していないし、一所懸命になる事を共にしていない上っ面の関係だから。

相手の事がよく分かる時は結局トラブルがあったとき。残念だけど人の本性はそういう時しか見えない。

 

うまく出来ないものだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

殺人犯は殺害した人が一人の場合、殆ど死刑にはならない、と大学時代に言われたことがある。

30年以上前だ。

二人以上で死刑、完全に人に重さがあるではないか、と思っていた。

 

 

 

親子3名を殺害し、更に放火までした。

本人は無罪を主張しているのでまだ分からないが、仮に犯人だったとしても、これでも無期懲役。

 

3名の殺害に加えて、放火まであっても無期懲役。

死刑制度反対とうたう団体があるが、もはや無期懲役は殆ど無いといえそうだ。

 

世の中を揺るがすような信じられない凶悪犯罪や大量殺人で初めて死刑となるのだろうか。

通常、懲役となり刑務所にいる場合、罪を償うというよりは決められた期間塀の中にいて役務をするというだけと言われている。

実際のところ、罪を償う為のプログラムなどは特になく、単なる刑務作業を淡々とこなし、刑期満了になった後、社会で生活が出来る為の技術などを身につけるようなものと聞く。

手に職を付けることは大切だとは思うが、心の底から過ちを犯したことを認め、反省し一生罪を償う覚悟を持つまで塀の中から出てきてはいけないと思うが、多分に精神論が入る為定量的な判断が出来ない。

 

世の中の人達の考えも変えないといけないと思う。

過ちにも程度があるので、その辺をきっちりと分ける事は必要だが、反省して社会でやり直したいと思ったときにやり直せす社会を作る事もまた再犯を防いだり治安を良くする事につながる。結果、自分が住みやすい町になる、と思う。

 

安きに流れない精神を作るにはどうすればよいのだろうか。

 

 

 

 

 

僅差でも負けてしまった事は大きい。一方で保守の分裂なのでいずれにしても自民であるという考えもある。

 

しかし、現役の首長は基本的に強いはずだが負けてしまうということは何か問題があったのかもしれない。

または新知事が金沢市長だったこともあり、金沢での強固な地盤がものを言ったということになるのかも。

石川県内最大の都市圏において票を固めることが出来れば分散した地方票を集めても勝てないということか。

 

前回の衆院選で自民が想像以上に勝ってしまったことが逆に反動となって、自民党が多すぎるのは問題と感じている人も一定程度居たのかも。

 

様々な分析はあるだろうがいずれにしても中道の体力は極端に落ちてしまっているのですぐに復活することは難しく感じる。

参院・地方においても中道に合流する動きが見られないのは分裂状態の証。

緩やかに公明党になってゆくような印象がある。

結局、選挙においてはしっかりとした支持基盤があることは強いということになる。

 

統一教会が解散命令が出され、これまで強く追求し続けてきた立憲は本来なら更に追求したいのだろうが、公明と組んだが故にトーンが少し落ち着いている印象。安全保障も方針が確定していない状態で、結局公明と組んだ理由は選挙目当てと思われても仕方が無い。

 

地方議会においては自民公明は難しい距離感になっているように感じる。

そもそも大選挙区であるため同じ党内でも選挙時には戦わないといけないわけだから複雑だ。

同じ党では一応活動エリアを限定しているが、他党ともエリア調整をすることなど出来ない。

 

高市任期が来年の統一地方選挙でどう影響を与えるのか不透明な気もする。

安定まではほど遠いのか。

 

プロ棋士が目指すタイトルは複数あるが、徐々に縮小・廃止の波が押し寄せてきている。

女流プロの棋戦が続けて二つ無くなってしまった。

立葵杯については創設年数の浅い棋戦で、会津中央病院さんの何らかのご厚意かと思うと致し方ない気はするけど、名人戦が休止とはインパクトを感じる。名人戦とは将棋にもあるがやはり同じタイトル戦としても名前の重みはある。

最近は囲碁においては男子の棋戦に女性も普通に参加していることを考えると、別に男女分ける意味が無いともいえる。

女流プロのレベルが上がってきたということ。喜ばしいことと考えてもよいのかもしれない。

ただ、一般的には印象は良くないと思う。

 

更に通常の棋戦においても縮小の傾向が見られる。

「本因坊戦」

2023年の第78期から大幅に縮小され、七番勝負から五番勝負へ、リーグ戦が廃止されトーナメント制へ変更、賞金も約3分の1に減少。二日制から一日制にもなっている。相当な変更と言える。

 

以前も指摘したが、囲碁は旧態依然としている面がある。

将棋との比較だ。

どうしても囲碁将棋といわれるように二つを並べて考えられてしまう。全く違う競技であるのに。

囲碁・将棋のタイトル戦のスポンサーは基本的には新聞社だった。

将棋の冠スポンサーはどんどん替わっている(新聞社がゼロとは言わない。まだ残ってはいるが3社共同だったりもある)が、囲碁は未だに新聞社がメインスポンサーとなっている。なぜこんなことになってしまったのか。

 

ネットでABEMA TVが登場したとき、番組の中に将棋はあり、囲碁は無かった。

囲碁も将棋もAIの普及でプロ棋士 VS AI という構図は同じで、AIにプロ棋士が勝てない事も全く同じ。

なのに囲碁だけが取り残された。

将棋は年齢制限や成績不振でプロでは無くなるルールがある。

一方、囲碁は無い。基本的に永久にプロでいられる。つまり増え続ける構図。人はいつか死ぬわけだけど、それでも寿命が延びている昨今では尚更増える一方と言える。組織としても微妙な点がある。

東京・名古屋・大阪、とそれぞれ組織が別になっている。

詳細は分からないが所属がそれぞれ分かれる。運営母体が違うという事のようだ。

日本棋院は近い将来資金が枯渇することを発表している。囲碁のプロは経営のプロでは無い。人によっては中卒で弟子入りして学校には行かずに囲碁に没頭していた人もいるはず。高校大学で別の事を学ぶ人は少ない。囲碁一本に勝負をかけているから当然と言える。であれば、餅は餅屋に任せるべきだと思う。

プライドが邪魔をしているのかもしれないが、そんなことは言っていられない。

賞金だけで生活ができてきる棋士は一握りのはず。

 

どうすれば生き残れるのか真剣に考える必要がある。

囲碁を華々しいものとする。皆からうらやましがられる

囲碁でトップになると沢山お金がもらえる

囲碁をすると頭がよくなる->受験に有利など

囲碁をすると集中力が高まる

などなど

 

兎に角囲碁の競技人口を増やす活動は必要なのではないだろうか。

囲碁という競技が魅力あるもので意義深いものとするべきだろう。

 

将棋は基本的に日本だけだが、囲碁は中国韓国日本が多数の競技者を抱えている。

その点を逆手に取って何か出来ることはないだろうか。

 

最近はAIの普及で師匠に弟子入りせずとも良いとも聞く。

 

個人的には囲碁は好き。

大変奥深い魅力を感じる。自分で打つよりプロの戦いをみるほうが好きだけど。

解説をしてくれることで奥深さがより分かる(解説してくれないと全く伝わらない)。

その点は将棋も同じだろうと思う。

だが、圧倒的に差が付いてしまった現状をどうにかしたい。

 

張栩棋士は囲碁の発展のためとは違うのかもしれないが、囲碁を様々なゲームとして考えてくれている。

4路の碁など囲碁がとても時間がかかる競技という概念を払拭してくれた。

9路や13路盤などの魅力をもっと伝えることでも面白いかもしれない。

 

囲碁の衰退をなんとかとめて欲しい。

大学の先生に頼んで囲碁をすることが児童生徒の脳の発達に良いとか何でもよいので前向きな論文を出せるような研究をお願い出来ないものか。そうすれば、それを元に文科省などから囲碁の授業化など働きかける事も夢では無い。

勿論将棋と共に進めることになるだろうけど、それでも良いと思う。

 

自分も微力ながら考えたい。

 

 

 

 

 

 

会津中央病院・女流立葵杯 終了 のお知らせ

 

 

 

女流名人戦 博多・カマチ杯 休止 のお知らせ

 

 

 

 

 

 

イランが攻撃された。

やったのはイスラエル。イスラエルを操っているのはアメリカ。

イランは報復として周辺諸国の基地や空港などミサイル攻撃をしている模様。

 

この影響が今後どの程度波及するのだろうか。

直感的には原油。

 

経済の不安定さから株価の下落。

既に連日1000円以上の日経平均下落が見られる。

 

これは戦争と言えると思うけど、メディアでは戦争という言葉は使っていないように思う。

単にイランを攻撃した、と。

今も攻撃を続けているのか不明だけどこのまま終わるはずはないだろうと思ってしまう。

 

アメリカがイランに気が行っている間に、ロシアはウクライナへの攻撃を強くするかもしれない。

中国は手薄とみてどこかに攻撃をしはじめるかもしれない。

 

ベネズエラは今どうなっているのだろうか。

ニュースは本当に旬なものだけを取り上げ、定点観測的な共有を一切しない。恐らくつまらないからだろう。

色が無くとも味がなくとも、一つの事象がうまれ、継続しているものについては追い続けてほしいものだ。

 

実際そんなことをし続けていては膨れ上がる一方だが、そういうものなのだろう。

今年はどうなってしまうのだろう。自分に何が出来るのか、考えねば。

 

 

自分が本当に何をしたくて何をなすべきかずっと考え続けて最良の選択と考えながら判断し続けている人は一体どのぐらいいるだろう。

 

自分では自分の適格性を見抜けず、身近な人に見いだしてもらうのが一番適格な可能性はあると考えていた。

ある人から助けてほしいと依頼された。

 

よくよく考えた。

途中、言い出しっぺのある人から連絡があり、よくよく考えたらそこまでしてくれなくてもよい、と。

ある人を助けるためとはいえ、自分の人生があまりにも大きく動いてしまうことに少し言い過ぎたと感じたのかもしれない。

 

自分の器は何のためにあるのだろうか。

誰のためにどのように使われることが最適なのだろうか。

 

誰かの為というより、自分が最良と思う事をするべきなのだろうか。

自分がやりたいことと自分がするべきこと。

悩ましい。

 

一番そばにいてくれる大切な人はどう思うのか。

悩ましい。

まだ月半ばではあるが、今回は大当たりだ。

大石芳野さん

私は存じ上げなかった。写真家。

初めは自分にあまり刺さらないかと思って斜め読みをしていた。

だが、回を重ねる毎に深みを増した。

 

男性社会の中で立ち向かっている力強い活動

海外に飛び実生活に溶け込み本当の生き様を撮影する力

実際、庶民生活に溶け込むには女性の方が入りやすい点はあったかもしれない

 

写真について語ることが多いのかと思ったらとんでもなかった。

むしろずっと政治的だった。そして庶民のやるせなさのようなものをよく捉えていた。

問題のある場所に行く以上、政治的な事を無視出来ないのは当然だが、紛争地域や過去戦争に巻き込まれた場所などには行くだけでも困難があったと思う。

女がやる仕事はこれ、と勝手に決めつけられていた時代。

 

写真集は写真のみならず、文章も添えられているようだが、それ自体も反対されたようだ。

写真のみで相手が受け取るべきだ、と。それも一理ある。だが、それは風景などに限られるような気がする。

子供や庶民の生活の写真の切り取りはその人達の背景が分からないと誤解されやすい。

 

既に絶版ではあるが、図書館で数冊借りる事が出来た。

自分の蔵書にしたいぐらい重みがあった。

 

返却期限まで、可能な限りじっくり読もうと思う。

衆議院議員選挙、大分三区から無所属で出馬した平野さん

残念ながら落選してしまった

岩屋氏を狙い撃ちしての参戦はあっぱれだった

 

だがしかし、今回の高市旋風は風の力が強すぎた

それでも戦ったことは潔かった

 

どことも選挙協力など政治的な駆け引きなしで真っ向勝負

もし、高市旋風が無ければもう少し票は獲得出来ていたと思う

だが、当選は難しかったのかもしれない

 

今回、保守党も参政党も人を出してきていた

明らかに岩屋氏の対抗馬として

みな同じ意識だったはず

 

以下、たられば

なんと、その2人を含めた合計票数は58983票

岩屋氏は57996

単なる数字の数合わせでは上回っている!

ということは、逆にいえば、中道の候補者が50681票を取っているので

特段何もしなければ岩屋氏を逆転していた????

実際は平野さんや保守党・参政党に入れた人が、全員自民憎しでそれぞれの候補者に入れたわけでも無いから、必ずしも当てはまらないし、ましてや中道なんて訳分からないのでむしろ自民憎しのひとより中道憎しの人が多いのかもしれず。

つまり、中道が候補者を出さなかったら野党が集結してうまくいったのかもしれなかった、という空想

 

 

ただ、保守党はYouTubeで大分3区に候補者を立てることについてかなり悩んだと発言している。

つまり、平野さんの応援に回るということを検討していたということ。

いずれにしろ保守党と参政党が一緒になることはなさそうなのでうまく行かないわけだけど。

 

しかし、こんな逆風のなかでも接戦だったということは岩屋氏はもう相当評判が悪いといえる。

新人ならいざしらず、ベテランで中道に8000票程度しか差が無いなんて。

 

しかし、ネットでは荒れ狂うほど岩屋氏の悪評がはびこり、実際の行動や発言で問題であると指摘がされているにも関わらず当選してしまう。地元では強いということなのだろうか。

 

国会での動きと地元での評判や活動って全く分からないので不思議。

それでも親中過ぎる動きは少し考えてほしいものだ。

 

さて、平野さんはこれからどうするのか。

やはり、都議会議員ならまだぎりぎりあり得るかもと儚い希望がわいたけど、いきなり国会議員は厳しい気がする。

だけど、自分のやりたいことを実現させるために国会議員になりたいならこのまま大分に残って全力で地域の声を聞いて地域をよくすることが日本をよくする一つと考えて活動を続けてほしい。その一方でやはりもう少し仲間を増やす活動も必要な気がする。

自分が努力していれば仲間は増えると思うが、それは所謂支援者であって共に選挙に出るという意識の人はまた別ではないだろうか。

 

維新のような地域政党でもはじめは良いと思う。

とにかく力を貯めてから発言をしないと、せっかくの正論が意味を成さない。

 

今、選挙制度に異を唱えても何の意味も無い。変えられる立場にないからだ。

今後の活動を見守りたい。