ニュースの字幕(2)組閣情報など
⑥NHK
(1)の図像にも通し番号をつけましたが、今回のは8月28日のニュースからで、⑤は上に字幕が、下にテロップが出ているもの。⑥は映っている人の発言がテロップで出ていますが、その前半1/3くらいが字幕で見えなくなっているものです。①から⑥まで、汚い写真ですが、ニュースについた字幕というもののイメージはわかっていただけたと思います。
27日は安倍内閣の改造で、夕方からテレビを見ていました。興味があるという以外に、NTVが組閣の実況みたいなのを字幕つきでやっていたからです。政治家の発言というのはテロップでの要約が多く、NTVの字幕はわりと丹念にフォローしてくれるという期待もありました。記憶に残ったのは石原新調査会長の「模索していきたい」という言葉で、今頃それじゃ困るよと思いましたが、そのうちに舛添新厚労相が登場したので、あれだけの安倍批判をやっていた当人が入閣受け入れについてどう理由付けるかと座りなおしたのですが、あいにくなところでCMの時間。映像が切れたので字幕もあるはずもなく、残念でしたがこれは生中継だったのでやむをえないと言うべきでしょう。
以上は17~18時台でしたが、次に見たのは21時のNHKニュース。安倍首相の記者会見をわりと丹念にフォローする字幕でした。ところがどうもおかしい。家人に聞くと、Q&AのQの部分が音声だけなのです。Aは字幕なのですが、こういうことが情報バリアフリーなのでしょうか。安倍首相が「・・・というお尋ねですが」と言うことがあり、このときばかりは安倍さんがありがたく見えました。Aの内容からQの見当もつくことも多かったのですが、考えてみるとQは内閣記者団か何かが協議して決めるものであるはず。事前に個条書きででも入手できないものかと思います。研究会や講演会の際、要約筆記者や手話通訳はあらゆる手段で語られる内容の情報を事前に入手しようとするのですが、ニュースの場合そこまでやれとはいうのは要求しすぎでしょうか?
これとは別に、ニュース一般に「要人」の発言となると、念を入れるつもりかテロップでまとめが出されることがあります。そして、とくにNHKですが、字幕との連係プレーのつもりかテロップの部分は字幕に出さないことがあります。「次のように述べています」と字幕が出て、その後にテロップが続く・・・はずですが、結果としては「次のように・・・」がテロップの最初の部分を隠し、タイミング次第ではそこは読めないままに終わることがあるのです(⑥参照)。
ニュースにつく字幕について概論と各論を書きましたが、相手が生のニュースですので、情報保障の要求にも限度があることは理解しています。タイミングにしても字幕が遅れるのは宿命です。また、いつぞや触れた総務省の統計ではニュースや実況中継は字幕付与率の分母から外されているので、ニュースの字幕は言葉は悪いですが恩恵的なもので、いろいろ不十分な点が残されているとも考えられます。字幕の見にくさ、ニュースの中でも字幕がついたりつかなかったりがある点、CMを優先させること、こういったことはニュースが正規の字幕付与番組でないことからきている可能性があります。
それを前提として放送局に望みたいことを列挙してみます。(1)せっかくの字幕なのでテロップを相殺にならないような表示法を。(2)字幕放送を行っているときは、隅に何らかのマークを。NHKのBS放送では右肩にいつも「BS」とありますが、あのようなものです。字幕が出るのを待っていて空振りということもあるので。(3)CMについてはスポンサーと協議して、CMによって字幕が中断することにより悪印象をもたれる可能性を説明する。こういったものです。
もう一つ考えるのは、一頃まではNHKにあった「週刊ニュース」のようなニュースのまとめを放送することです。編集の余裕があれば当然字幕もつけられるわけで、毎日のニュースにもある程度テロップがついているのですから、一貫して字幕のつくニュースが時にはあってもいいでしょう。またNHKに「クローズアップ現代」という優れた解説番組がありますが、関係者とのインタビューがあるせいか字幕はついていません。こういうのは再放送で字幕をつけるか(ドラマなどでは民放でもNHKでも多くの例があります)、あるいはかなりの部分を占める編集部分には字幕をつけ、インタビュー部分にはニュースのようなリアルタイムの字幕とするといった方法も望まれます。討論部分のみリアルタイムの字幕というのには福祉番組の例があります。また「クローズアップ現代」でも必ずしもカレントでないテーマのものがありますから、そういうものから字幕化を試みてほしいものです。一度この番組に字幕をつけた再放送がありましたが、事前に知らなかったので大部分を見逃しました。
常々考えていることを長々書きました。健聴者には縁のない話ですが、老齢による聴力の低下や、あるいは救急や災害の時のコミュニケーションともつながっており、情報保障という見地からは無視できない問題であることを強調しておきたいと思います。多言語国家である諸外国では、どう名づけているかは知りませんが、この情報保障についての関心はもっと一般的です。中国では香港のテレビは字幕つきの番組が多いのですが、これは北京官話の発音では通じないからです。イギリスの障害者法では、英語のできないことも障害としているようです。
☆字幕から 見える社会の 一断面
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ニュースの字幕(1)
上図は順にNHK、TBS、NTV、フジのニュースについている字幕のサンプルです。時間は大体NHKが7、12、19、21時。TBSとNTVが共に11:30と17~18時台。フジが11:30。その他民放では4分くらいのニュースにつくこともあります(申し訳ありませんが、局名は東京のものです)。
ご覧の通り民放3局は下部に出るテロップや見出しとダブらぬよう、上部や中央部に字幕を出します。テロップというのはTBSのものの右上に出ているののもう少し小さいもので、字幕用の装置なしで見えるものです。ニュース特報の本文などのイメージです。NTVの下部の字のようなのもヴァラエティなどでテロップといっていますが、これは見出しというか、タイトルというのが正確でしょう。
ご覧になればおわかりでしょうが、NHKのニュースにはテロップがあると、字幕がそれを消してしまうことがあります。字幕が見やすいように、字の背景を黒くするせいもあります。字幕の位置などは一度決まるとなかなか変更しないもので、内容の違うテロップと字幕があると、前者のせいで後者が読み取れないことがあります。情報資源の無駄遣いというべきですが、NHKに改める意志はなさそうです。ニュース特報だとたいてい上部に出していますが。
民放の字幕で問題なのは、どうしても画面に比べて字幕は遅れるので、最後の方になるとCM優先で字幕の結論部が出ないままになるということです。スポンサーからのクレームを恐れるのはよくわかりますが、アメリカではCMに字幕を入れないスポンサーが槍玉に上がったこともあり、日本でも字幕を消してしまう結果になったスポンサーに対して、抗議メールでも出してみるかと考えています。
ニュースの字幕は前にも書いたと思いますが、ドラマのように脚本に従って字幕を作っておくのではなく、入力者が耳で聞いたものを打ち込んでいるのです。従って画面より遅れがちですし、変換ミスがあるのもやむをえないと思っています。もともとこれらの理由でニュースにはなかなか字幕がつかなかったのですが、その辺を思い切るようになって、聴覚障害者の情報量は大いに増加しています。変換ミスなどでクレームが殺到ということを、局側は危惧していたようですが、これは杞憂だったようです。
ついては字幕の位置の是正と、CMとのせめぎあいが問題として残るわけですが、内閣改造のニュースに題材をとって、次に前者について書いてみたいと思います。今回は予備知識編というわけです。
☆限られた ことばで適う 絵解きかな
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外交
防衛省の人事のごたごたにこだわるつもりはないのですが、その後の小池氏の言動についてあまり論評が見られないので書いておきます。小池氏は防衛相としてパキスタンとインドを訪問し、大統領や国防相と会見し、テロ対策特別措置法やシーレーンの防衛について会談したというのですが、帰国前にインドで行った記者会見で防衛相を続けるつもりはないと言ったというのは、外交上の非礼にはならないのでしょうか。
アメリカの大統領のように任期のはっきりしている者が花道的に外遊し、相手もそれなりに歓待するとか、あるいは自国での基盤が怪しい首相などが、人気てこ入れのために外遊し、相手もそれを承知で、損得関係も考えて受け入れるというのならまだ例もありますが、防衛相になったばかりの相手に来られると一応実務的用件で来訪したと思うでしょうし、その上で懸案なども話し合ったはずですが、その口も渇かぬうちに自国の記者に「わたし、辞めるのよ」では今後に日本との付き合い方を考えて見ないわけにはいかないでしょう。
もっともこういった疑問は私が物知らずだから感じることで、大臣が外国に行っての交渉など、すべて役人がお膳立て済みなので、大臣本人がその直後に辞めようが失踪しようが、あるいは逮捕されようが、外交関係に影響はないということになっているのかもしれません。実際、政情不安定な国だと、常にそういった考慮は相手方も怠ってはいないでしょう。日本もその中に入るようになったのだと考えると、納得もいきます。しかし一般人の目からすると、やはり失礼だなと思うのも、是非の無い事には違いありません。
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面子の格差
小池防衛相と守屋事務次官の内訌は、登場人物の格からいって茶番に近く、「内訌」という言葉を使うにも値しないかもしれません。このいさかいはマスコミによれば「痛み分け」という形で決着がつきましたが、8月20日の森田実氏のブログ
では「内閣改造まで時間がありすぎるので、無理矢理話題づくりのドタバタ劇をやっているとしか見えない」と片付けられています。一方で『週刊文春』の最新号の「小池百合子防衛大臣かく敗れたり」では、宣戦布告した小池防衛相の完敗とされ、その理由は新しい次官を決めた案は守屋氏だったから、ということです。
真相はどうなのでしょうか? こういう事案に『藪の中』などを持ち出すのは、それこそ鶏をさばくのに牛刀をもちだすようなもので、決着がついたという報道に散見した「面子」という言葉がキーワードだと私は思います。つまり、防衛相は4年以上居座った事務次官のクビを取ったが、後任を意中の警察庁出身者にできなかった。一方事務次官は辞めさされ、意中の防衛省生え抜きを後任にできなかったが、同じ生え抜きの若い世代を次の次官にできた。「痛み分け」というより、「面子の立て合い」の方がふさわしいでしょう。
その意味では事務次官のほうがより面子を失ったような気もします。「省」生え抜きのものを後継にはできたけれど、その人物は「次の次の次」くらいの次官と目されていたのですから。エリート官僚にとって、そういう仲間で決めてきた序列を崩されるのは我々が思うよりダメージなんじゃないでしょうか。守屋次官自身が4年も居座って序列に不確定要素を入れてしまったのですが、あの手合いはそういう自己責任は考えないものですから。でも、最終的に面子を救われたのは安倍首相ですね。省庁の幹部人事に一つちゃんとできないというのを、「痛み分け」でおさめたのですから。我々ごときの面子が立てられることはまずありませんが、小池・守屋クラスだとそれなりに立ててもらえる。安倍首相の場合は実質失うものなしに面子を立てられました。考えてみると政治家の二代目、三代目というのは、物心ついてから面子を立てられっぱなしなのではないでしょうか。「坊ちゃん」的な性格になるわけです。
ここまで書いて置いておいたら、小池防衛相が次の内閣改造では降りると言明したというニュースが入りました。改造時に再任されなかったときのためと言われています。つまりは自作自演で自分の面子を救う布石を打ったということになります。いかにも頭脳優秀な人が考えそうなことですが、策士策におぼれるとやら、ここまでやると日本では人望は得られません。裏工作するよりはマスコミを利用して公然とやった点は、さすがと評価はしたいのですが。
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飛行機事故の「調査」
8月20日の那覇空港における中華航空機の炎上で、乗客乗員の全員が助かったというのは、テレビで見ていても本当に奇跡だったとしか言えません。2分以内に乗客全員が脱出したのは早いと思っていたら、あれでも規定の1分30秒よりは遅いのですね。幸運以外の何ものでもなかったことがますますわかります。
その事故の調査のために、航空会社や日本の国土交通省の担当者が急行しましたが、今日22日のニュース(毎日新聞8月22日 ) によるとアメリカの調査団も到着したそうです。そのメンバーは米国家運輸安全委員会の2人と航空機メーカーのボーイング社1人、エンジンメーカーのゼネラルエレクトリック社1人、それに米連邦航空局1人の計5人だそうです。
自分の国が関係した事故でもないのにさすがに対応が早い、と考えかけて待てよと思い出しました。航空会社と航空機メーカー、それにエンジンメーカーは、今後の調査の進展如何ではいわば被告とならねばならない立場です。直接の当事者である中華航空が人を派遣したのは当然でしょうが、航空機メーカーとエンジンメーカーが事故機の残骸などを直接手にとって調べるにはまだ早いのではないでしょうか? この両メーカーが事故機の原データを有しているのですから、いずれ関係資料としてそれらを提供し、また事故機プロパーのデータについても調査して所見を明らかにする義務があるのは当然ですが、それは事故の起こった日本の当局が十分に調査し、記録を作った後でのことではないでしょうか?
ここで思い出すのは1985年の日本航空ジャンボ機墜落事故です。520名の犠牲者を出したこの事故の原因としては垂直尾翼の崩壊と、与圧隔壁の崩壊があげられています。後者については事故機が過去に尻もち事故を起こし、その際に行われた修復作業に欠陥があったと言われるのですが、その修復はボーイングの工場で行われたものでした。そして私の記憶では、その修復作業の詳細を明らかにすることをボーイング社は拒否しています。このことは事故を振り返る節目節目で取り上げられるべきことと思うのですが、マスコミの多くはそれに触れることもないのに、遺族の中には釈然としない思いの方もおられるでしょう。
このことはある産業が寡占状態になることの恐ろしさを示していると思います。その分野の技術や情報をほぼすべて握っているのが寡占企業ですから、その企業の製品についての疑問は、寡占企業自身がその気にならない限り完全に解明されることはないのです。今回の場合日米の政府の密着状態から言っても、調査結果の発表というものはあっても、あまりすっきりしたものにはなるまいと、今から言っておきます。
☆江戸時代 博徒にあった 十手持ち
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アダルト放送に字幕番組助成金
詳しい仕組みは知りませんが、少なくとも民放が番組に字幕を賦与する際はある程度の助成金が総務省から出るようです。これについては今年1月26日の『番組の品位と字幕』
で、『特命係長只野仁
』(夜11時15分~)というややきわどいシーンもあるドラマに、第二シリーズから字幕が付くようになったこと。アメリカでは副大統領にもなった道徳家の上院議員が同様の助成金にクレームをつけたが、関係官庁である教育省の長官が「内容を審査して助成しているのではない」と抗議を拒否し、「障害者でもカウチ・ポテトで下らない番組を見る権利がある」と言われたことを書いています。私はそれを「ともあれ今後は字幕付与の優先順位に、番組の内容の評価などは関係しないように望みたいと思います。」と結んでいますが、いずれ似たようなことは起こると思っていました。
それが現実になったようで、WEBでは8月13日付の朝日
によれば、「女性キャスターが少しずつ服を脱いでゆく、CS放送のアダルト専門放送局の番組に、障害者向け放送の支援のために国費から出される「字幕番組等制作促進助成金」が交付されていたことが分かった。問題視する声を受け、助成元の独立行政法人と総務省は、今月になって年齢制限のある番組を交付対象から除くよう基準を見直した。今後、成人向け番組は排除される」ということです。総務省は全日本ろうあ連盟に意見を聞いた上で機構と協議し、今月7日、交付要綱に「視聴年齢制限付き番組を(対象から)除く」と加えた。同省情報通信利用促進課は「予算も限られており、公益性・有益性の高い番組を優先すべきだとの結論になった」と述べているということです。 このCS放送局は「パラダイステレビ」で、助成を受けた番組は毎週金曜日夜の1時間番組「裸のニュースステーション」の5分ほどのコーナー「裸の手話ニュース」、女性キャスターが手話を交えニュースを読みながら服を脱ぎ、最後は裸になる、というものだそうです。
あいにく設定していないのでパラダイステレビはおろか、CS放送というものは見たことがないのでそのアダルト度が「排除」しなければならない程度のものであるかどうかはわかりません。正確には夜の何時の放送であるかもわからないのですが、排除の理由は年少者が見ると困るということでしょうか? だとすれば健聴の年少者は、テレビを見られるならば見放題。聴力障害の年少者は見られても字幕なしで腑に落ちない画面を見るしかないということでしょうか? 私が道徳家の大人であれば、言語情報抜きでそのような画面があれば、むしろより深い(?)想像をして危険だ、と言いそうです。もっと皮肉に考えれば、字幕は排除されても裸になる女性は手話を交えるそうですで、監視役が健聴者とすると手話を解さないので、反発して言いたい放題(手話で)となってもなかなか規制はできないでしょう。
記事によると総務省は全日本ろうあ連盟にも意見を聞いているのでしょうが、「問題視する声」が字幕放送のユーザである聴覚障害者から発せられたのか? それとも健聴者から発せられたのかは不明ですが、ろうあ連盟としては「予算も限られており、公益性・有益性の高い番組を優先すべき」と正面から出られると、今後はデジタル化に伴う機器購入費用の問題(現在使っている字幕化装置は使えなくなる)なども懸案となっていることもあり、ちょっと抵抗しにくかったのは想像できます。なお、聴覚障害者の中央団体としては、財団法人全日本ろうあ連盟の他に社団法人全日本難聴者・中途失聴者団体連合会があり、規模としては前者の方がはるかに大きいのですが、テレビの字幕については後者のほうが積極的に動くことが多いということは注意すべきです。この組織との協議もあったのかを知りたいところです。
私としてはアメリカの道徳家の上院議員の真似はしたくありません。助成に当たってアダルト番組を優先すべきとはもちろん言いませんが、さりとて一度助成をつけた以上は、それを取り消すのは総務省のいう理由ではいささか弱いと思います。つまりお役所が行う場合ですが、障害者施策の根本にはノーマライゼーション、つまり「完全参加と平等」をめざすものでなければならないと思うからです。そこで社会の道義観念は、無視せよとはもちろん言いませんが、サービスの低下や予算の引き締めに当たって理由として持ち出すべきではないと考えられるからです。
☆衛星も お役所からめば 衛生化
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救急で入院
長い間休んでしまいました。例年夏には2,3週間茅野市の山にこもるので、7月28日にこちらに来て、月極めのLANも設置したところだったのですが、気が緩んだのか、窓が開いているのに昼寝して見事に寝冷えし、1日の朝にひどい腹下しをして、その晩は何回もトイレに行き、早朝にはまた大々的な腹下しというわけで救急車に来てもらいました。
車の通れる道から玄関まで30メートルくらいのアプローチがあり、私はボンベもあるので歩いていけそうになく、うちの車も止めてあり通れるところは狭いのでどう運ぶかと思っていたら、山の遭難者が乗せられるようなプラスチックの板に毛布をかけたものに乗せてはこばれ、正直怖かったです。病院までも長かったのですが、着いたのは諏訪中央病院 (所在は茅野市)。車中でははじめ自分のボンベから酸素を吸っていたのですが、酸素飽和度が寝た姿勢でも80くらいでなかなか上がらず、それでも意識は鮮明だったので救急隊員は少々驚いていたようです。普段が95くらいと聞いて納得したようですが。救急車のボンベに変えて、一時は2リットル/分にもしたので、何とか90にはなって到着。茅野市の救急車でしたが家内が行き先の希望を聞かれて諏訪中央を言ったようです。
病院では下痢のことよりも動脈血を採ったり、レントゲンをかけたりで、その結果案の定驚かせてしまったようです。肺や胃、それに背骨なども小学生の頃から初見の医師だといつも大騒ぎになるようほど変形しているのですが、今ではその上飽和度も低いので、病院側としてははじめは「東京に帰ったら」とか、相当逃げ腰でした。入院もまず一泊ということからスタート。山荘には前にも書いた鼻マスクによる呼吸補助装置であるNIPPV を毎晩使っていたのですが、その病院にはなく、一泊くらいいいか、と言ってたのがやっぱりあったほうがということで家内がタクシー(30分)で戻って持ってきてくれました。以降はちゃんとやってくれ、今日昼過ぎに4泊5日で出てきました。今日は退院後5日目で、もうすっかり回復です。ただ、胃腸炎の通例か、胃のほうの薬はまだ飲んでいます。
前にも触れたことのある鎌田實氏が名誉院長である諏訪中央病院は、大きく言って社会医療の面で著名なわけです。鎌田氏は聴覚障害者の社会進出についても犀利な意見をおっしゃっていましたが、とくにバリアフリーのみに力を入れているということはないようです。中を歩き回る余裕はありませんでしたので何とも言えませんが、ただ、私から見ると、情報保障に配慮があるとは思えませんでした。もっともこの配慮は、レントゲンで後ろから声をかける代わりにランプが点滅するといった、まだほとんどの病院では導入されていない装置などを想定しているので、ないものねだりに近いでしょう。私に関しては、一人の看護師さんが始めのうちに「ゆっくりしゃべりますから。話すときにはマスクも取ります」と言ってくれたのはうれしかったです。まもなく家内がメモ用の紙を持ってきてくれたので、少し話が通じないとそれに書いてもらいました。それにしても、いつもこのような場面では思うことですが、配慮はあってもその表現は人によって実にさまざまですね。メモに始めから目もくれない人。口で言えば通じるごく簡単なことでも書いてくれる人。話出してわからなくなったので促すと、「そうだった」と書いてくれる人。「書いて」と頼む暇もなく引っ込む人・・・さまざまです。それが狭義の看護自体とは別物であることもまたたしかです。いろいろ注文の多い患者である私に皆さんよくしてくださり、おかげさまですっかり元気になれました。ここで御礼を言っておきたいと思います。毎日山荘から来てくれた家内に感謝するのももちろんです。
なお、これまでの何回かの入院経験で、ある看護師さんに「模範患者だ」と言われたと以前家内が言っていましたが、今回その話をすると、相手の看護師さんは「さぁ~?」と、賛同してくれませんでした。もう少し、どうすればよかったのかな?と、考えています。
最後に、やはり呼吸不全のような慢性病があると、普段の状態環境にも細心の注意が要るということを痛感しました。それにしても、寝冷えでお腹に受けたダメージと同程度のダメージを呼吸器に受けたらマジにあぶなかったかもしれません。また、行った病院が酸素療法自体をやっていないところだったら、どうなったことかと思います。
☆不幸中の 幸い連ねて 人であり
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障害受容と障害適応
最近は以前に比べてずいぶん元気になったと家人に言われるのですが、主観的には一年ほど前に退院してきた頃に比べると気分のよいときが少なく、いろいろな場面で苦しいことが増えたと思っていますので、どういうことかなと思っていました。で、定期健診でどう報告するかを考えているうちに気がついたのは、内的につらい、苦しいというのと外から見て元気かどうかとはまた別のことだということです。これは障害には見てそれとわかるのとわからないのとがあるというのとは次元が違うようです。
たとえば、私はシャワーを浴びるときも酸素吸入のカニューレを鼻から離せないのですが、そうしなければならなくなった時はいろいろと不安でした。まず水が入ってこないか。次に立ったりしゃがんだりができるか。途中で苦しくならないか? そのために家人に付き合ってもらったり、一人で済むようになってもすぐそこにいてもらったり。シャワーを浴びるという行動そのものがエネルギーを消耗するものでしたが、それも加わって大ごとでした。
今ではほとんどはいくらかでも元気のある午前中ですが、それでも一人でさっさと済ませます。家人がいないときであることも少なくありません。これはシャワーに関する一連の行為に慣れ、合理的な身体の動かし方を覚えたということもありますが、必ずしも気分の優れないときに必要に迫られてシャワーを浴びても、それでどうこうということはまずないのを何回も体験していることが大きいと思います。つまり、自分の今の状態でどこまでできるかがわかってきたのです。そしてその限界内でできることをなるべくやるようになりましたから、主観的な気分とは別に、家人をして「元気になった」と思わせるようになったのでしょう。
これは「障害適応」というべき現象でしょうが、障害に関しては「障害受容」という言葉もあります。こちらの方は私が脳手術で水頭症から回復した過程で達した段階で、それ以降障害をもつことを隠さないようになったわけですが、考えてみると「障害受容」と「障害適応」は似ているようで別物であり、しかし別物のようでいてつながるところもあると思うようになりました。
「障害受容」は私の場合自分で達した、いわば境地ですので、積極的なものとばかり思っていました。ところが障害学の研究会である人の発表を聞くと、「障害受容」をネガティヴなニュアンスで語っている。どういうことかというと、リハビリテーションの与え手の側の人が、クライアントである障害者のリハビリの進捗について、「今一つなのは本人の『障害受容』が足りないからだ」というようにこの言葉を使うためのようです。つまり、予期したレベルに達しないクライアントに対する苛立ちを、精神主義的に表現しているとでもいうような役割を持つ言葉だというのです。
ふと思いついて発表者に「障害受容」に対応する英語を聞いてみました。予想通りdisability acceptionという答だったのですが、後日見た同じ人の論文のタイトルではdisability adjustmentになっていたので、どちらが正しいかと改めて聞いてみました。すると海外論文では、adjustmentがほとんどだそうです。adaptationということもあるそうです。思わず日本語の語感からacceptanceがでてしまうが、最初に日本語訳をした人が「受容」を用い変なことになってしまったという話もあって、「障害適応」とか、そんな意味合いのことから始まった話だったと記憶しているとのことでした。
日本人使用者としてはacceptは「受け入れる」、adjustは「調節させる」、そしてadaptは「適応させる」といった辞書的イメージしか浮かばず、現実にどのように使い分けられているかはわかりません。実はこの研究発表と英語の件は半年以上前の話ですが、今回の私自身の「障害受容」か「障害適応」か、似ているような違うようなという感慨は、無意識に半年前のこのやりとりを下地にして、当事者としてその不分明さをある意味で「証明」したということになるかと思います。
今回は何の結論もありませんが、障害や疾病についての研究では常に当事者の報告や発言を得て裏打ちしないと、一応の結論を出しているようでも浅いものでしかないのではないかと考えてしまいます。
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「目利き」の消失
世田谷美術館で開催中の「青山二郎の眼」展を見てきました。青山二郎というのは昭和の戦前期に陶磁器を中心とする骨董の目利きとして有名な存在ですが、素封家の生まれで、生涯に行った仕事は2000冊に及ぶ本の装丁くらいだと言われています。ある実業家による中国の陶磁器コレクションの整理から始まった「目利き」ぶりは、洋画家の梅原龍三郎、陶芸家の浜田庄司、北大路魯山人、加藤唐九郎らに及び、人脈としては柳宗悦の民芸から小林秀雄や白洲正子をつなぎ、大岡昇平、川上徹太郎、永井龍雄、中原中也らを包含するなど、昭和前期の日本の美意識の中心であったような感を与えます。
焼き物の評価などは素人にはとても不可能で、我々には利休から始まった「目利き」たちの美意識に感化されるか否かの選択肢しか与えられていないようなもので、青山二郎の美意識も一つの規範となるわけですが、見ていて思ったのはこの「目利き」という存在が、最近はなくなったなということです。テレビを見ていると骨董類の鑑定家というものが登場し、これもある種の規範とはいえぬまでも基準を提供しており、これまで評価されなかったものの「値打ち」を知らせるなど一定の功績はありますが、所詮は商売であり、やはり恒産が裏打ちした青山二郎のような存在にはなりえないなということです。
そう言えば、昔は政治家についての「目利き」のようなものもいたなと、さらに連想しました。「政界の黒幕」などと称せられた人々で、中には社会の暗黒部とつながりをもつ人もおり、そうでなくても収入源不明で贅沢な生活を営んでいた者も多いのですが、彼らが政界に発言力を持つについては、必ずしも本人が利益を得るためではないことがうかがわれました。よってきたるところが旧弊なイデオロギーであったのは確かですが、でもそういった「目利き」たちの一貫性が、中曽根氏あたりまでの首相が、少なくとも「首相らしくない」「器でない」とは言われなかった原因の一つかと思います。一方で現在の「黒幕」もどきには、自分の名声欲、金銭欲、権勢欲が透けて見える者が多いとしか言えません。
以上は保守系の政治家について言えることであるのは勿論ですが、「目利き」が消失したことによって、政治家の評価基準もまちまちとなり、官僚をはじめ他の分野における実績とか、それだけでは不足で、とどのつまりは「血筋」を基準にするしかないような状態にまで堕落しているのが現状です。「旧レジーム」の復活は真っ平ですが、政治家についての「目利き」の存在にだけは郷愁を感じます。
☆国民が 目利きになるのは 夢の国
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選挙雑感
参議院選挙まであと1週間。与党の退潮という予想が圧倒的ですが、以前もそういう予想だったのが与党の圧勝に終わったことがありました。今回はそれに懲りてか予想もいろいろな角度から行われており、また一般から見ても内閣の弱体化は歴然としているのですが、それでも何が起こるかわかりません。
投票日前に北朝鮮から拉致された方々が戻ってきて、これすなわち首相の功績と盛り上がらせるという情報もありますが、仮にそれが実現しても反応はどうでしょうか。どう考えても全員が同時に戻るのは無理でしょうし、同時に何人かの死去が確認されると逆効果ということも考えられます。それにそうなれば、北朝鮮に対してどのような反対給付があるのだろうかとも、国民は考えてしまうでしょう。
閣僚の失言は後を絶たず、ひょっとして彼らは、トランプのトゥー・テン・ジャックのように-X-=+になると錯覚してるんじゃないかとも思えます。掛け算は成立せずあるのは足し算で、累積して政局にもなりかねないんですがね。失言の多いのは小泉前首相が言葉というものを軽くした遺産ですが、何か昔の失言の方が、けしからんけどわからんでもないというものが多かったと感じませんか? 理由にもならない理由でひたすら隠すのも失言の一変種ですが、「アルツハイマー」というのも比喩の対象を間違えてふだんの意識が露呈したというだけで、共に政治思想といった高尚(?)なものとは無関係。知能教養配慮、いずれの点でも貧しい人々を閣僚として仰がねばならない国民であることを恥じるばかりです。もちろん、これはそういう人を選んだ者としての恥でもあります。今度こそ、「国民のレベルに応じた政治家しか持てない」という言葉のニュアンスを、「選良」の顔ぶれで変えてみましょう。
ところで総務省は20日に参院選投票所約3割の終了時間繰上げを 発表したそうです。「平成の大合併」で自治体の面積が広がり、開票所への投票箱の運搬に時間がかかることから、開票開始時刻に間に合わせるよう終了時刻を早める規定の午後8時から最大4時間繰り上げることができるそうです。遅く投票に行くのは若年層が多いと他の報道にありましたが、そうでなくても投票率が低いと与党に有利なのは多くの意見が一致しているところで、これは投票啓発運動が一頃ほど盛んでないこととあいまって、官庁による投票率低下への誘導ではないでしょうか? この3割が有権者数に対して何%となるものか、追いかけ報道が望まれます。ところで、まさかこのために総務省は大合併を促進したのではないでしょうね。いろいろ指令が行き届きやすくなるというところまではわかるのですが。
というわけで予想もどうなるかわかりません。住民登録をさぼって最近棄権を続けていた女性が立候補しているなどというのは論外ですが、そんな手合いと同類にされてはたまりませんから、期間前投票でも何でもいいから、とにかく投票はしたいものです。
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