欠格条項あれこれ(2)通底する黒い流れ
前回の(1)は5月に投稿してあります。さて、欠格条項を有する法律として代表的なものである医師法の絶対的欠格条項には次のような変遷があります。
1906年 第2条 左ニ掲クル者ハ免許ヲ受クルコトヲ得ス
3 未成年者、禁治産者、準禁治産者、聾者、唖者及盲者(旧医師法)
1948年 第3条 未成年者、禁治産者、準禁治産者、つんぼ、おし又は盲の者には、免許を与えない(新医師法)
1981年 第3条 未成年者、禁治産者、目が見えない者、耳が聞こえない者又は口がきけない者には、免許を与えない(「障害に関する用語の整理のための医師法等の一部を改正する法律」による改正。なおこれについての厚生省医務局長通知によれば、「今回の改正は、表現方法にとどまるものであり、内容にわたるものではない」。)
2001年6月 絶対的欠格条項廃止
話が固くなりましたが、この中で1948~1981年に用いられた「つんぼ、おし又は盲の者」というのが、法律の文章としてはそぐわない感じを与えています。改正前のものは当用漢字外の漢字を使っているから改めたというのはわかるのですが、何故こういう面と向かっては口にしにくいような言葉を使うようになったのか? かつて調べたことがあったのですが、結局理由らしいものはわかりませんでした。特段の理由もなしに、平易な言葉を使えばこうなるというのでしょうか。欠格条項のある法律には医事法が多く、つまり厚生省が関与するものが多いのですが、この期間にはすべて同様な表現でした。ところが一方で警察庁が主管の道路交通法は1960年に成立しましたが、当初から次のようになっていました。
(免許の欠格事由)
第88 条 次の各号のいずれかに該当する者に対しては、免許を与えない。
2 精神病者、精神薄弱者、てんかん病者、目が見えない者、耳が聞こえない者又は口がきけない者
つまりより妥当な表現を用いる法律ができたにもかかわらず、厚生省主管の医事関係法は21年間蔑視的な用語をそのままにしていたことになります。どうしてこうなるのかその理由はわかりませんでしたが、調べる過程で『簡明医療法・医師解法』(鈴村信吾・松下廉蔵共著、1948年刊)という本を見つけました。これも件の用語については触れていませんが、普通新しい法律ができた時にこういうものを書くのはその原案を書いた者ですから、ここでは鈴村信吾と松下廉蔵の2名がそれだと推定されます。調べると鈴村氏は後に援護局長、松下氏はそれより後に薬務局長をつとめた人物だとわかりました。より若手であったであろう後者が事実上の筆者と思われます。
松下廉蔵という名前に記憶がありました。この調査をしたときはまだインターネットで何でも調べるという時代ではありませんでしたが、雑誌記事の索引とか新聞の縮刷版ですぐわかったのです。つまり薬務局長をつとめた後製薬会社ミドリ十字の社長となり、薬害エイズ事件で安全な加熱血液製剤が承認されたあと、危険な非加熱製剤を回収しなかったとして業務上過失致死で逮捕され、有罪となったその人です。
このミドリ十字はあの731事件の責任者たちが設立した会社で、その後厚生省からの天下りを多数受け入れたのですが、この辺についてはブログ上でお付き合いをしているなにわのおっさん様の「『薬害C型肝炎問題の渦中の企業』についての、余談」 をお読み願いたいのですが、欠格条項における無神経な用語も、731事件-エイズーC型肝炎という日本の医事行政の黒い流れの、一つの支流であったということが、悲しいことですがはっきりとしてくると思います。なおこの流れの人脈的な側面については広瀬隆氏の書いたもの がWEBで読め、文化勲章を貰いたてという学者の名前も登場しています。
☆先輩の DNA継ぎ 偉くなり
人気blogランキングへ
↑↑<クリックお願いします>↑↑
敗軍の将の説明責任
安倍前首相が官房長官就任以来停止していた全日本アーチェリー連盟の会長の職務に復帰したそうです(スポーツ報知 2007.10.28)。あれだけ世を騒がしたわりには退院の報道を覚えていませんが、ともかく元気になったようで結構なことです。しかしまだ国会に登院はしてないようですね。アーチェリーは大学時代からやっているとのことですが、その会長というのは無役の議員ならこなせるような仕事なのでしょうか。
「敗軍の将は兵を語らず」という言葉があります。負けた戦いについて責任者は後からあれこれ言わないという意味に解するのが一般的なようで、最近亡くなった旧日本軍の参謀瀬島龍三氏などはその態度をとることをもって任じていたようです。この言葉は前漢成立期の韓信にまつわる逸話 が起源だとされています。韓信が趙軍を破ったとき敵の軍師広武君に今後の兵略を相談したところ、広武君は「『敗軍の将は以て勇を言うべからず、亡国の大夫は以て存(国を保つ道)を図るべからず』と聞いております」。そして捕虜となった身にはそういう大事なことにあずかる資格はないと言ったというのです。これで見ると将軍が敗軍について語るべきではないというのは誤った解釈で、実は敗将は以後国の舵取りなどには口を出すべきでないというのが正しい理解のようです。政界の黒幕などと言われて暗躍し、一方で戦時中などのことには口をつむいだ瀬島氏の生き方は二重に誤りだったわけです。
敗軍の将であっても沈黙する権利はなく、一時とは言え責任あるポストについた以上、説明責任はいつまでも残るのです。安倍前首相にも、名誉職とは言え活動を開始するだけの元気があれば、ぜひともあの国際的に日本の声望を低下せしめた、唐突な辞任について詳しく語ってもらわなければなりません。会見を2回行なってはいますが、あれでは最初に病気を理由としなかったのは何故か? 小沢民主党代表から会談を拒否されたという、信憑性のはっきりしないことを理由にしたのは何故か? 施政方針演説の後野党の質問も聞かないで辞任した場合、内外の反響がどうなるのか考えなかったのか? こういった疑問が残っているからです。
もっとも退院後の安倍氏が平然としているには、やはり周辺の人々の言動も影響しているでしょう。安倍前首相を支持した人々は、突然の辞任についてはさすがに弁護しかねていて触れるところは少ないのですが、一方で首相であった短い期間に業績をあげたと称揚することを忘れていません。その業績というのはどうやら、改正教育基本法、国民投票法案、教育三法、社保庁改革法案などを成立させたことのようですが、これらはすべて強行採決であったことを忘れてはなりません。あるブログでは安倍内閣が強行採決で成立させた法案は11件 あるそうですが、衆議院で絶対多数を握り、参議院でも多数であった一年足らずの期間に、これだけの強行採決が必要だったのかは改めて考えてもらわねばなりません。それを称揚するのは、おそらくは敗軍の将には語る必要はないと思っている人々ですが、安倍氏は今になってもこれらの人々に毒されているのでしょう。
例えば国民投票法です。これは与野党の議員が入念に討議していたにもかかわらず、強行採決によってもはや近い将来の憲法改正はかえって不可能になったと言われます。他にも与野党の歩み寄りが可能だったものもあり、未成年者に銃を持たせたがごとき強行採決の乱発が政治をいかに荒廃させたかを、正視しようとしない人が残っているのは悲しむべきでしょう。一方で怪訝に思われるのはテロ特措法で、これはどうやら期限切れになるようですが、間際になって見苦しく動くより、もっと事前に打つ手はなかったのでしょうか。参院選の大敗北に続く自らの辞任で時間を空費した結果であることは歴然としていますが、それにしてもあまりに手をつかねていました。取り巻きの人々もそれはわかっていても安倍批判になるのではっきり言えず、いたずらに自衛隊の参加が国際的に重視されていると言うばかりです。重視されているなら、そもそもが無責任なタイミングでの辞任をすべきでなかった。この辺についての見解も聞きたいところです。
☆老将が 消え去るのみでは 無責任
人気blogランキングへ
↑↑<クリックお願いします>↑↑
障害者雇用の考え方
原材料のごまかしや消費期日の表示の偽造など、食品製造業の信用が地に堕ちています。新興企業が無理をしていたからかと思っていたら、老舗でも選ぶところはありません。この分ではいわゆる「宮内庁御用達」の食品にも不祥事はあるのではと思わせられます。その場合はもちろんと言うか、事実は公表されないでしょう。ただ大事な供給先である宮内庁への納品だけは、一貫して真実の表示で行なわれていることでしょうが。
閑話休題。
製造日等の偽造で営業停止となった「老舗」の製菓業者が、自社のサイトで出した文章があります。「ニュースリリース」というページがあって、社内の調査報告や官庁に提出した報告書などを掲載しているのですが、そのうちに2007年10月18日の【お詫び:農林水産省東海農政局に対する回答書】 というところがあります。5部に分かれた報告書の3番目に<「むきもち」「むきあん」について>というのがあり、(事実認否)(作業の目的)(実施期間)と続いて最後に次のような記載があります。
(作業従事者)
同作業には第2製品課の従業員(在籍者36名)が従事していましたが、その中には聴覚障害者が2名含まれていました。なお製造現場には身体障害者がこの2名を含めて3名就業しております。
何故ここに唐突に「聴覚障害者」「身体障害者」が登場したのでしょうか? この書き方では偽造事件を障害者のせいにするのではさすがになさそうです。それを考えるなら現場では障害者の作業は丹念で律儀と言われるところから、「それにもかかわらず」不祥事が起こったと言いたいのかとも一瞬思えました。だがそれでもなさそうです。
考えられるのは赤福という企業が障害者雇用に熱心である企業であるということでイメージアップし、情状を訴えるためということです。36名に3名だと8%ですから、民間企業に課せられた1.8%の雇用率をこの現場でははるかに凌駕しているわけで、なるほど誇るに足るものではありましょう。しかしそれと今回の不正とは何の関係があるのでしょうか?
やはり多くの企業においては、障害者雇用に対する認識は「慈善」というものであるということがわかるケースではないかというのが私の考えです。その裏返しとして、障害者雇用に熱心であることを主張して、好意的な扱いを期待したものでしょう。障害者雇用については具体的場面については問題山積であることは認めねばなりませんが、根本には雇用差別をなくすことは人権問題であり、様々な条件を持つ人々の共生につながる社会的責任であることがもっと認識されねばなりません。
「障害者の雇用の促進等に関する法律」 の目的(第1条)では、「(前略)職業生活において自立することを促進するための措置を総合的に講じ、もつて障害者の職業の安定を図ることを目的とする。」とありますが、これでは今一つ理念に欠けます。いずれ障害者の権利条約の発効でこの表現も改正されると思いますが、厚生労働省には今のうちから雇用率のアップを目指す以外にも、障害者雇用の持つ意味の啓発を行なってほしいものです。それでこそ厚生と労働が合併したことが生きることでしょう。
☆せっかくの 雇用に餡の 泥を塗り
人気blogランキングへ
↑↑<クリックお願いします>↑↑
書評の書き方
多くの分野に関して発言しテレビにも再三登場する人気評論家が、ある週刊誌の「文庫本を狙え」というタイトルの連載書評に『私の履歴書--反骨の言論人』 という本を取り上げています。長谷川如是閑、石橋湛山、小汀利得、小林勇がそれぞれ日本経済新聞の定番コラムに執筆したものを再編成して文庫化したものですが、なんでも文庫にする時代にあっても、こういうものは歓迎すべきでしょう。なおこの記事を「書評」としましたが、これはこの評論家に敬意を表したので、広告を除くと1頁に満たないものなので「紹介」に近いものかもしれません。
私が気になったのはその記事を書くにあたっての引用ぶりが、いかにも魂胆ありげであることです。「戦前・戦中の言論弾圧は酷いものだと歴史の授業で学んだが、彼らの体験談を聞くと実は人間的交流があった」と初めの方に書いてあるのですが、それがどういうものであるかを以下に抄記します。
まず長谷川如是閑。『我等』というリベラルな雑誌を発行していたが、ある時発行停止になり私服警官が没収しに来た。しかしその私服は上の方の雑誌だけ取って、下の方は「お手許にとっておきなさい」と言って引きあげた。
次に石橋湛山。明治42年に軍隊に入営したとき、「非常な好遇を受けた」。「数ヵ月後にわかったのだが、私はてっきり社会主義者に違いないときめられ、それとなく監視するための好遇」だった。
小汀利得。曰く、「ある人から『東条〔英機〕は小汀という男は言論界の一方の雄であるから、つまらぬことでうるさく言うな』といっていたということを聞かされた」。
小林勇は戦争に非協力的で軍部からにらまれていた岩波書店の幹部だったが、ある陸軍将校から岩波刊行の雑誌に載った和辻哲郎の論文を強く批判された。そこで「和辻氏の息子が特攻隊に志願したいといったとき和辻氏が自分が若かったらおそらく息子と同じように考えただろう、といったことを話した」。すると「軍人はたちまち感激して、もう攻撃はしなくなった」。そして岩波に対する報道部の攻撃を緩和させるために動くようになった。
ある人のある著書の書評を書くときに、ことさらにある部分に注目して、一般とは違う評価をしてみせることはあります。しかしこのようなアンソロジー様の本で、「権力と対峙した」人たちが、それぞれ権力といわばソフトな交流をしたという部分だけを取り上げて紹介するのは、どういう意味を持つのかと思います。戦前・戦中の言論弾圧は言われるほど酷くはなかったと言いたいのでしょうか? そうとははっきり書いていないだけに、かえってこの評論家の姿勢に疑問を感じます。
☆黄身だけを 出して玉子の 色とする
人気blogランキングへ
↑↑<クリックお願いします>↑↑
金は天下の
戦闘ないし戦争の終了後も不発のままどこかに残っていて、うかつに触れる者を殺傷するという兵器はまず地雷ですが、あの中曽根大勲位も協力したという運動もあって、地雷が非人道的だということはまず一致した認識になってきました。しかしもう一つ類似のクラスター弾というのがあって、これは結果としての不発弾というより、あらかじめ計画的に不発の部分を作っておいて、いつの日かきっかけがあれば爆発させようという点で、はっきり言えばより悪質なものです。これは日本の自衛隊も持っていて、地雷とは別物だと主張 しているそうです。
このクラスター弾について、どういうところで製造しているかと検索してみたことがあります。英語版のWikipedia にcluster bombという項目があり、製造者(Manufacturers)という事項に二つの企業名がありました。一つは誘導システムが専門らしいですが、もう一つはロッキード・マーティン社の一部になったらしく、生粋の軍需産業と言えましょう。これらの資本関係はどんなものであり、またどういう人が経営しているのかが知りたいところです。マスコミもお金を使って海外に特派員を常駐させるならば、こういうことをこそ調査して報道すべきだと思うのですが、そういうものは目にしたことはありません。
こういうことを書いてみる気になったのは、たまたま『きつこのブログ』中の「『国際貢献』という大ウソ」 を読んだからで、そこにはインド洋における給油で使われてる膨大な量の燃料は、実は、アメリカから買って、アメリカの船に給油しているのだが、その単価は、日本国内の通常単価の3倍にも上ると書いてあったことです。加えてその過程には日本の商社が2社介在するが、その名前は公表されていないともあり、さらにはその石油はバーレーン産のものをアメリカの会社を通じて買っているのだが、この会社はアメリカのライス国務長官が役員をしていたところであるそうです。
どこまで裏づけのある話かはわかりませんが、給油用の石油の調達先や価格は、真っ先に問題にすべきことですね。野党が質問するのはこれからかもしれませんが、まずマスコミが調べてみて、不明なら不明と報道すべきことでしょう。
そう言えば日本政府が米国債を買い続けており、古い数字 ですが1997年にその総額が約144兆円になっているそうです。2004年の別の数字では月に7兆円買ったこともあるそうで、まさか毎月ではないでしょうが、現在の総額は200兆を突破しているのではないでしょうか。何しろ日本の都合では勝手に売れないそうですし。この辺についてもあまり報道がないような気がしますね。経済面を詳しく見るわけでないから断言はできませんが、政治あるいは社会面にも時々は登場してもよい数字だと思います。いわゆる財政赤字の額との比較など、興味のあるところではないでしょうか?
こう見てくると、金は天下の回りものと言いますが、実は同じ方向に流れ落ちるものであって、日本政府は、とくに小泉内閣以降は、その流れを加速しつつあるようです。ただこのことを考えるには情報が不足です。大マスコミの記者たちというのは社会的なプレステージが高い割には問題意識が足りないというか、それ以前にそもそも思考力が不足しているのか、十分な情報を提供しようという意志が少ないようです。
☆紙くずに なることはない めでたさよ
人気blogランキングへ
↑↑<クリックお願いします>↑↑
獅子身中の虫
10月17日の参院予算委で福田首相は、キャリア制度の存廃について「決めていません。決めかねる問題だ。民間の場合は業績評価をしやすいが、公務員はできないという根本的な違いがある」と述べ、キャリア制度廃止に慎重な立場をみせたということです(産経新聞 )。何かというと「守旧派」的な言辞の目立つ首相ですが、これなどその中でも本質的なものの一つでしょう。
「民間の場合は業績評価をしやすいが、公務員はできない」というのが根本的な違いであるのは事実であるかもしれませんが、それがキャリア制度廃止に対して慎重な立場を見せることにつながるというのには、いささか論理の飛躍が感じられます。業績評価ができないことが採用時の試験の格をずっと引きずることにどうしてなるのでしょうか。「民間の場合は転職が多いので常に業績評価を行わなければならないが、公務員は原則として長期にわたって在職するので、一度や二度の試験だけではなく長い目で評価する」と、こういう言い方は何故できないのでしょうか? 福田氏が父親同様に東大出のキャリア官僚出身であれば、キャリア制度に未練をもっていて否定できないのももっともですが、早稲田出のサラリーマンから首相である父親の秘書に転じたという経歴を考えると、父祖の能力と経歴に憧憬とコンプレックスを持っている点で、実は前首相に負けず劣らずなのだという見方も可能でしょう。
キャリア制度には一方で、同期生のうちから勝ち残ることにより出世し、その結果としてゴールとなる次官が、何代も先まで決まってくるというシステムがあります。「評価はできない」のに何故勝ち残りがあり、先々のポストまで決まってくるのか? 福田首相の答弁を素直に解すると、これはまことに不思議なこととしか言えません。在職中の評価ができないとなると、同期生のうちから選ばれる基準は、大学の成績、公務員試験の成績、閨閥と人脈といったものなのでしょうか? とすると、これらはほとんど採用された時点で決定済みのことであり、「勝ち残り」などということがあるというのも、実は外向けの擬制であると言ってもいいのでしょうか?
ちょっと話がそれますが、キリスト教の一部には「予定説」というものがあり、簡単に言えば救われる人救われない人は決まっているというものです。神が全知全能であるというテーゼを信じるならば、先行きも知られているわけですから論理的な帰結だとも言えますが、首相なり各省庁のトップなりは全知全能ではありませんし、勿論神でもありません。それでも「評価はできない」のに人事が行なわれているのは、奇観とでも言えばいいのでしょうか。
このようなシステムの結果の一つが、防衛省の前次官が20年近くの長きに渡って職務上密接な関係のある業者と、ゴルフによる交際を繰り返していたというスキャンダルです(毎日新聞 )。多くの場合前次官は夫人を同行し、費用の一部した支払わず、また行く先のゴルフ場では偽名で通したというのですから、救いようがありません。業者というのは軍用機のエンジンの輸入を扱う商社で、知り合ったのは元次官が航空機課長を務めた頃と言いますから、法に触れるかどうかは別としても、常識的には真っ黒なケースとしか言いようがないでしょう。
こういうことは噂としては知られていたようで、元次官と人事上のトラブルを起こした元防衛相も耳にはしていた様子です。この元次官が業者とゴルフ交際を行なったのは課長から次官にいたる期間ですが、これが「出世」にさわらなかったのは、すでに次官のポストが予約済みだったので人事部門もそれに触れなかったのか。あるいはこれこそ「評価はできない」ことの生々しい証拠なのか? 福田首相にはもう一度答弁して欲しいものです。
この事件が明るみに出たのでさすがに防衛省サイドも慌てているようで、石破茂防衛相も「〔新テロ対策特別措置法案の国会審議に及ぼす影響について〕直接影響を与える話ではないかもしれないが、(防衛省)全体の信用という点において全く影響なしとはしない」と懸念を表明して直接事情を聴取すると言わざるを得なくなっています(産経新聞 )。出世すればするほど自律の必要は増すという当たり前のことが、少なくとも最近の幹部官僚には徹底していないようです。キャリア制度に守られていると、この元次官のように、自己の行動が国益どころか省益をも台無しにすることが、だんだんわからなくなるのでしょうか? 某元防衛庁長官に言わせると、「テロ対策特別措置法に反対するのはテロリスト」だそうですが、同様の効果を、それも確実にもたらしている旧部下の行いを、どう思っているか聞いてみたいものです。
☆本隊を 後から撃つ テロリスト
人気blogランキングへ
↑↑<クリックお願いします>↑↑
聞くのはタブーか?
前にも触れたと思いますが、テレビ東京に『カンブリア宮殿』という番組があって、作家の村上龍がタレントの小池栄子と組んで勝ち組の経営者にインタビューしています。「成功した」経営者のご託宣というのは好きではありませんが、この番組はその種のものの中では珍しい字幕付きだし、村上氏の姿勢もよくある御用評論家のそれとは違いますから、時々見ています。
昨日は「吉野家」のトップが出ていたのを途中から見たのですが(「トップ」としないと、最近では社長やら会長やらはてはCEOやら、間違う恐れが少なくありません)、このトップは高卒のアルバイトからのし上がったのだそうです。他に20人ほど出ていた社員も、その多くがアルバイト出身でした。
一方、見始めたときにはアメリカのBSEで吉野家が危機に陥った時の話だったのですが、何故このときに牛肉の輸入先を変えなかったのかという質問に、「うちの牛丼のタレはアメリカ産の牛肉に合わせたもので、よその牛にするとそれをすっかり変えなければ」と答えていたのに、なるほどこれがトップの決断というものだなと思いました。トップとか管理職とかいうものは、実は部下のおかげで成り立っている部分がすごく大きいと思っている私にとっては、トップの決断を感じるのはよほどのことです。
そしてその危機を乗り越えられた理由はという質問に、「社員が一丸になってくれたから」という意味のことを答えるのを見て、この手のものを見るときにいつも考える、タブー的な質問をしてくれないかなと思いました。それは「全社員とおっしゃるけれど、それはいわゆる正社員ですか? それともアルバイト、パート、派遣といった人々のすべて、あるいは一部も含めるのですか」というものです。
この『カンブリア宮殿』もそうですが、勝ち組の経営者への質問は多くがほとんどが技術や組織の開発問題で、労務問題についてはほとんど例がありません。しかし例えばキャノンは日本の代表的な精密機器メーカーで、会長の御手洗冨士夫氏は日本財界の総本山と言われる日本経団連の会長ですが、キャノンは違法な労働形態である「偽装請負」を行ったということで行政指導を受けています。御手洗氏は一部で経営者として褒め称えられていますが、この偽装請負についての発言は求められていないようです。ところが一方、経団連会長としてでしょうが、偽装請負を可能ならしめるような法の改定を求め、また企業の法人税率を下げることも要求しています。そういったことを口にする資格のない者を経営者団体の会長としている日本の経営者も嘆かわしいのですが、この人を国会の委員会で格差問題について証言させようとする民主党を、自民党の幹部が牽制しているようではどうにもなりません。日本の企業が労働者の搾取によって成り立っているのが明らかになるのは、自民党にとってもタブーなのでしょうか?
ちょっと話がそれましたが、吉野家に限らず、「成功した」企業では労務問題がどうなっているのか聞いてみたくなるのはおわかりでしょう。トップが高卒のアルバイト出身であり、社員の多くもアルバイト出身である吉野家の、現在の人員構成がどうなっているのか。分野によっては派遣社員も用いているのかどうか。こういった質問を切望したのですが、結局その方には触れなかったのは、やはり勝ち組に対して労務問題はタブーということだったのでしょうか。
☆社員とは 働く人か 資格者か
人気blogランキングへ
↑↑<クリックお願いします>↑↑
キャンペーンの視野
急に涼しくなったのに薄着でウロウロしていたせいか、風邪気味になってもう十日たちます。退職後のおかげで家にいますからたいした実害はありませんが、風邪薬を飲んで眠くなり、そのせいで夜は眠れず喉のいがらっぽさが気になってなおさら眠れない、ということを繰り返して体調を落としています。
そういう中でたまたま昼間にNHKを見ていると、各地の放送局がやっているキャンペーンをまとめたものでした。再放送だったかも知れず、私も身を入れて見ていたわけではありませんが、まず名古屋の局が交通安全のキャンペーンをやっているというのが注意を引きました。愛知県は交通事故死者数が日本一ですが、NHKのキャンペーンも功を奏したのか、昨年の死者数は一昨年より四百人以上減ったということです(うろ覚えですが、6~7%の減少)。
キャンペーンのためには俳優の奥田瑛二氏が主演する1分の啓発ビデオを何種類か作って放送したということですが、世界一の自動車メーカーの本拠地は愛知県であるという条件はどうなっているのかと思いました。車社会を題材にしようとしても、避けなければならない切り口もあったであろうと。
ある地域で交通事故をテーマとするには、単に事故数や死者数のみでなく、人口当たりや面積当たりの車の台数も重要な条件でしょう。そして愛知県でのこれらの現状はどうであり、一方で公共交通はこうなっているというようなことを度外視して死者数だけを取り上げても始まりません。車の利用を規制するという方向からの事故減も当然考えられます。しかしそれが愛知県で容易に提起できるかどうか。
というようなことを考えていましたら、画面は徳島県に移っていて、何でもこの県は糖尿病の人が他より段違いに多いそうです。徳島と言えばおいしいサツマイモをいつも人にいただくけど、まさかそのせいじゃないだろうなと思っていましたら、一日の歩行数が他の県では平均6000歩。徳島県のそれは5000歩という数字が出て、「500メートル行くにも車を使っちゃう」と女性が話すシーンが挿入されました。
この話が何のキャンペーンにつながるのかどうかは見ていませんでしたが、この話の持っていき方は正論でしょう。愛知県の場合は故意か偶然か、テーマへの取り組み方が視野狭窄的であったのは残念です。
☆大きすぎ 見えない条件 見せて報道
人気blogランキングへ
↑↑<クリックお願いします>↑↑
世襲
カルガモ
北の大地の贈り物 Photo by (C) RARURU
小泉氏は三代目、安倍氏も三代目、麻生氏もこれまた三代目。かろうじて福田氏は二代目で、一代違うせいかそれを言われることは安倍氏よりも少ないようです。ないというわけではありませんが。安倍氏について語られることは血筋と周辺人物についてが多かったのに対し、福田氏については官房長官時代の仕事ぶりと性格についてが多くなっているように私は思います。
ここで以前からの懸案であった政治における世襲について書いてみたいのですが、その契機となったのは9月28日にスポーツ報知 が配信した「英国の女子高生、総選挙出る」という記事です。見出しはなんだか舌足らずですが原文のママで、英労働党は27日までに、17歳の女子高生エミリー・ベンさんを、次期総選挙でウエストサセックス州の公認候補者とすることを決めた、というものです。
そしてエミリーさんの家系は、祖父は1951年に労働党史上最年少の下院議員として初当選して以来、同党史上最長となる約50年間の議員歴を誇り、閣僚経験もあるトニー・ベン氏。叔父は、ヒラリー・ベン環境・食糧・農村相。トニー氏の祖父、父も国会議員で、これまで4代にわたり国会議員を輩出し、英国で最も知られる政治家一族でエミリーさんが当選すれば「5世議員」となる、ということです。
ああやっぱり議会政治の祖国といわれるイギリスにも世襲議員はいるじゃないか、しかも労働党に、と思う方もいるでしょう。しかしニュースがここまでなら私が引用するわけもないので、眼目は次の部分です。記事はこう書かれています。「しかし、日本とは違い、地盤の継承はない。エミリーさんは、候補者が未定の党地方支部に履歴書を送り、選考を受けて候補者の座を勝ち取った。党のホームページでは『2歳の時から党のために選挙活動をしてきた』と記しており、『家柄で候補者に選ばれたわけではない』とアピールしている。」そして、「エミリーさんが出馬するウエストサセックス州の選挙区は野党、保守党の強固な地盤。労働党は過去3回の総選挙で、いずれも大差で敗れている。」
私は世襲一般にどういう場合でも反対しているのではありません。分野によっては家業と言われるものはたしかにあるし、その故に伝統を守るという効果もあります。歌舞伎のようなものは典型と言えます。ただ名門の出でないと実力があっても大名題になりにくいという、世襲の裏につきまといがちな現象は好きではありませんが。一方で政治の分野での世襲は、公の分野のことであるので「私物化」という要素を切り離すことは困難です。しかし日本では選挙に出るにはジバン、カバン、カンバンの三つが必須と言われていますが、私有財産制の下ではカバンとカンバンを親から受け継ぐことがあるのはやむをえないとも言えます。何らかの意味でそれのおかげをこうむっている人も少なくないでしょう。
政治家に特有で、問題となるのは残る一つのジバンであるわけです。イギリスの例のように親や親族とは関係のない選挙区から立候補するならば、多くの人が感じる「不公平」という感情から免れるのではないでしょうか。現在の小選挙区制がこのまま続くなら、遠からず何割かの議席が固定化し、殿様を戴く藩のようになると言われたことがあります。自民党の天下が怪しくなるとこの説もどうなるかわかりませんが、それでも議員の血統の者が候補になりやすい構造はなかなか消えないでしょう。
戦前に小選挙区制を行なっていた期間の世襲状況はどうであったのかと考えてしまいますが、1889~1900年及び1919~25年という短期間のことであったので、世襲との関係が明白に出たとは思えません。またイギリスにしても、法制化されているわけではないようですから、常にこのように地盤の継承は避けられるのか。避けるのが普通ならば、そうなったのはいつからなのか。こういったことはまだ調べていませんが、小選挙区という「地盤」を親子または親族でそっくり継承するということが認容されていいかは、今後熟考の必要があると思います。
☆お国替え してこそわかる その資質
人気blogランキングへ
↑↑<クリックお願いします>↑↑
しんがり内閣
an engine pushing the train from behind
福田新内閣にはぴったりの異名がまだできないようですが、福田首相自身が「背水の陣内閣」というのなら、「しんがり内閣」はどうでしょうか? 「しんがり」は漢字で書くと「殿」ですが、これを使うと余計なイメージが入りそうなのでかな書きにします。もちろん自民党主体の内閣のしんがりとなる可能性が大きいからこう名づけるので、同時にしんがりの役をつとめるにはある程度の力と確実性も必要だからでもあります。閣僚のほとんどを「身体検査」済みの人々の再任にしたのも、「しんがり」にふさわしいと感じました。
「親子二代は初めてなんだそうだ」と福田氏が言っていましたが、「初めてだとは思ってなかった」という意味なら同感です。永田町では石を投げれば二代目、三代目に当たりますし、一代おいてのケースはすでに実現しているので、百人近いこれまでの首相には親子の二組や三組はいるだろうと、こう錯覚していた人は少なくないでしょう。一般に世襲だから駄目だと言う気はないのですが、日本の政界についての海外の見方には、「しんぶん赤旗」 の引用した次のようなものがあります。「名門の出であることは、自民党の最高位に上り詰めるのを容易にするようだが、福田氏が日本の深刻な経済課題や人口問題を解決するには役立ちそうにない」。これは「ワシントン・ポスト」の23日付電子版の記事だそうですが、こういう見方がグローバルだとは言いませんが、例外的なものとも言えないでしょう。もっとも、ブッシュの二代目を迎えた時の「ワシントン・ポスト」の論調は知りません。結果的には引用部分の後半は当たっているようで、こっちの方はおまけとして深刻な戦争問題まで引き起こしましたが。
しかし小泉・安倍の二代でかき回した日本の政治状況を、すこしでも鎮める役割には福田氏は他の人より向いていると思います。「改革」の継続は言っていますが、これは状況を見て口先で言っているので、実際は目立たぬながらも改革の被害を少しでも弱める方に力を入れるのではないかと思います。これは楽観的かもしれません。しかし現実問題として他にできることは少ないでしょう。そして実質的選挙管理内閣として総選挙につなげるとしたら、日本の首相としてお約束の手ひどい悪評はこうむらないで終わる可能性もあると思います。もちろん総選挙で自民党を減らしても、その後で変な悪あがきはしない場合ですが。
蛇足ですが、福田氏がキャッチフレーズに「自立と共存」をあげたのに対して、民主党の小沢氏がそれは自分が20年前から使っている言葉だと注意を喚起していたそうです。このことを共産党の書記局長も話題にしていたようですが、せっかくだから、「だったらわが党のを使ったらどうですか」と言えば面白かったでしょう。つまり、「たしかな野党が必要です」。
☆負けいくさ しんがり勢が 命なり
人気blogランキングへ
↑↑<クリックお願いします>↑↑
drug
ニクソンのホワイトハウス退去
クッキー
本
canon
Marinated beef
救急車