敗軍の将の説明責任
安倍前首相が官房長官就任以来停止していた全日本アーチェリー連盟の会長の職務に復帰したそうです(スポーツ報知 2007.10.28)。あれだけ世を騒がしたわりには退院の報道を覚えていませんが、ともかく元気になったようで結構なことです。しかしまだ国会に登院はしてないようですね。アーチェリーは大学時代からやっているとのことですが、その会長というのは無役の議員ならこなせるような仕事なのでしょうか。
「敗軍の将は兵を語らず」という言葉があります。負けた戦いについて責任者は後からあれこれ言わないという意味に解するのが一般的なようで、最近亡くなった旧日本軍の参謀瀬島龍三氏などはその態度をとることをもって任じていたようです。この言葉は前漢成立期の韓信にまつわる逸話 が起源だとされています。韓信が趙軍を破ったとき敵の軍師広武君に今後の兵略を相談したところ、広武君は「『敗軍の将は以て勇を言うべからず、亡国の大夫は以て存(国を保つ道)を図るべからず』と聞いております」。そして捕虜となった身にはそういう大事なことにあずかる資格はないと言ったというのです。これで見ると将軍が敗軍について語るべきではないというのは誤った解釈で、実は敗将は以後国の舵取りなどには口を出すべきでないというのが正しい理解のようです。政界の黒幕などと言われて暗躍し、一方で戦時中などのことには口をつむいだ瀬島氏の生き方は二重に誤りだったわけです。
敗軍の将であっても沈黙する権利はなく、一時とは言え責任あるポストについた以上、説明責任はいつまでも残るのです。安倍前首相にも、名誉職とは言え活動を開始するだけの元気があれば、ぜひともあの国際的に日本の声望を低下せしめた、唐突な辞任について詳しく語ってもらわなければなりません。会見を2回行なってはいますが、あれでは最初に病気を理由としなかったのは何故か? 小沢民主党代表から会談を拒否されたという、信憑性のはっきりしないことを理由にしたのは何故か? 施政方針演説の後野党の質問も聞かないで辞任した場合、内外の反響がどうなるのか考えなかったのか? こういった疑問が残っているからです。
もっとも退院後の安倍氏が平然としているには、やはり周辺の人々の言動も影響しているでしょう。安倍前首相を支持した人々は、突然の辞任についてはさすがに弁護しかねていて触れるところは少ないのですが、一方で首相であった短い期間に業績をあげたと称揚することを忘れていません。その業績というのはどうやら、改正教育基本法、国民投票法案、教育三法、社保庁改革法案などを成立させたことのようですが、これらはすべて強行採決であったことを忘れてはなりません。あるブログでは安倍内閣が強行採決で成立させた法案は11件 あるそうですが、衆議院で絶対多数を握り、参議院でも多数であった一年足らずの期間に、これだけの強行採決が必要だったのかは改めて考えてもらわねばなりません。それを称揚するのは、おそらくは敗軍の将には語る必要はないと思っている人々ですが、安倍氏は今になってもこれらの人々に毒されているのでしょう。
例えば国民投票法です。これは与野党の議員が入念に討議していたにもかかわらず、強行採決によってもはや近い将来の憲法改正はかえって不可能になったと言われます。他にも与野党の歩み寄りが可能だったものもあり、未成年者に銃を持たせたがごとき強行採決の乱発が政治をいかに荒廃させたかを、正視しようとしない人が残っているのは悲しむべきでしょう。一方で怪訝に思われるのはテロ特措法で、これはどうやら期限切れになるようですが、間際になって見苦しく動くより、もっと事前に打つ手はなかったのでしょうか。参院選の大敗北に続く自らの辞任で時間を空費した結果であることは歴然としていますが、それにしてもあまりに手をつかねていました。取り巻きの人々もそれはわかっていても安倍批判になるのではっきり言えず、いたずらに自衛隊の参加が国際的に重視されていると言うばかりです。重視されているなら、そもそもが無責任なタイミングでの辞任をすべきでなかった。この辺についての見解も聞きたいところです。
☆老将が 消え去るのみでは 無責任
人気blogランキングへ
↑↑<クリックお願いします>↑↑
ニクソンのホワイトハウス退去