欠格条項あれこれ(2)通底する黒い流れ
前回の(1)は5月に投稿してあります。さて、欠格条項を有する法律として代表的なものである医師法の絶対的欠格条項には次のような変遷があります。
1906年 第2条 左ニ掲クル者ハ免許ヲ受クルコトヲ得ス
3 未成年者、禁治産者、準禁治産者、聾者、唖者及盲者(旧医師法)
1948年 第3条 未成年者、禁治産者、準禁治産者、つんぼ、おし又は盲の者には、免許を与えない(新医師法)
1981年 第3条 未成年者、禁治産者、目が見えない者、耳が聞こえない者又は口がきけない者には、免許を与えない(「障害に関する用語の整理のための医師法等の一部を改正する法律」による改正。なおこれについての厚生省医務局長通知によれば、「今回の改正は、表現方法にとどまるものであり、内容にわたるものではない」。)
2001年6月 絶対的欠格条項廃止
話が固くなりましたが、この中で1948~1981年に用いられた「つんぼ、おし又は盲の者」というのが、法律の文章としてはそぐわない感じを与えています。改正前のものは当用漢字外の漢字を使っているから改めたというのはわかるのですが、何故こういう面と向かっては口にしにくいような言葉を使うようになったのか? かつて調べたことがあったのですが、結局理由らしいものはわかりませんでした。特段の理由もなしに、平易な言葉を使えばこうなるというのでしょうか。欠格条項のある法律には医事法が多く、つまり厚生省が関与するものが多いのですが、この期間にはすべて同様な表現でした。ところが一方で警察庁が主管の道路交通法は1960年に成立しましたが、当初から次のようになっていました。
(免許の欠格事由)
第88 条 次の各号のいずれかに該当する者に対しては、免許を与えない。
2 精神病者、精神薄弱者、てんかん病者、目が見えない者、耳が聞こえない者又は口がきけない者
つまりより妥当な表現を用いる法律ができたにもかかわらず、厚生省主管の医事関係法は21年間蔑視的な用語をそのままにしていたことになります。どうしてこうなるのかその理由はわかりませんでしたが、調べる過程で『簡明医療法・医師解法』(鈴村信吾・松下廉蔵共著、1948年刊)という本を見つけました。これも件の用語については触れていませんが、普通新しい法律ができた時にこういうものを書くのはその原案を書いた者ですから、ここでは鈴村信吾と松下廉蔵の2名がそれだと推定されます。調べると鈴村氏は後に援護局長、松下氏はそれより後に薬務局長をつとめた人物だとわかりました。より若手であったであろう後者が事実上の筆者と思われます。
松下廉蔵という名前に記憶がありました。この調査をしたときはまだインターネットで何でも調べるという時代ではありませんでしたが、雑誌記事の索引とか新聞の縮刷版ですぐわかったのです。つまり薬務局長をつとめた後製薬会社ミドリ十字の社長となり、薬害エイズ事件で安全な加熱血液製剤が承認されたあと、危険な非加熱製剤を回収しなかったとして業務上過失致死で逮捕され、有罪となったその人です。
このミドリ十字はあの731事件の責任者たちが設立した会社で、その後厚生省からの天下りを多数受け入れたのですが、この辺についてはブログ上でお付き合いをしているなにわのおっさん様の「『薬害C型肝炎問題の渦中の企業』についての、余談」 をお読み願いたいのですが、欠格条項における無神経な用語も、731事件-エイズーC型肝炎という日本の医事行政の黒い流れの、一つの支流であったということが、悲しいことですがはっきりとしてくると思います。なおこの流れの人脈的な側面については広瀬隆氏の書いたもの がWEBで読め、文化勲章を貰いたてという学者の名前も登場しています。
☆先輩の DNA継ぎ 偉くなり
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