マザー・テレサ -あふれる愛- / 沖 守弘
マザー・テレサがノベール平和賞を受賞する以前から写真を撮りつづけていた写真家の記録。
発行されたのはマザーがまだ健在だった1985年、約20年前の本である。
1974年、カルカッタの人口増加の状況を撮影に言った日本人の写真家は偶然マザー・テレサのことを知る。
紹介状を手にマザーの元に訪れると、マザーはパスポートを作ってあげるからノートを出せと言う。
そしてそのノートにサインを始める。
" Please allow him to take photos, M.Teresa"
こうして著者はマザー・テレサの施設にどこへでも入って撮影が可能になった。
文庫本ながら、マザーの活動を撮影した写真が多数収められており、生前のマザーの活動をうかがうことができる。
Poor is beautiful
マザー・テレサが好んで使った言葉。
なぜ貧しさは美しさなのか、この本を読むと理解できる。
マザー・テレサという名は永遠に忘れられることはないだろうと確信する。
発行されたのはマザーがまだ健在だった1985年、約20年前の本である。
1974年、カルカッタの人口増加の状況を撮影に言った日本人の写真家は偶然マザー・テレサのことを知る。
紹介状を手にマザーの元に訪れると、マザーはパスポートを作ってあげるからノートを出せと言う。
そしてそのノートにサインを始める。
" Please allow him to take photos, M.Teresa"
こうして著者はマザー・テレサの施設にどこへでも入って撮影が可能になった。
文庫本ながら、マザーの活動を撮影した写真が多数収められており、生前のマザーの活動をうかがうことができる。
Poor is beautiful
マザー・テレサが好んで使った言葉。
なぜ貧しさは美しさなのか、この本を読むと理解できる。
マザー・テレサという名は永遠に忘れられることはないだろうと確信する。
- 沖 守弘
- マザー・テレサ―あふれる愛
平田牧場
山形で食べた平田牧場の豚肉はメチャウマだったよな、などと思い出していたら、コレドに平田牧場の直営店があることを思い出し、たまらず会社帰りに行ってしまった。
せっかくだから桃園豚の特厚ロースを注文。
「特厚」だから揚げるのに20分かかるとのことで、その間ビールと「やわらかげんこつ煮」を頼む。
これがその「げんこつ煮」
豚の角煮なわけだが、脂が苦手な私でさえこの平田牧場の豚肉の脂は「ウマイ!」と思う。
臭みが全くなく、とろけるような脂の食感は絶品だ。
本を読みつつ、桃園豚の特厚ロースを待っていると、
やっと出てきた。
ものずごい厚み。
まずは塩をつけていただく。
と、その柔らかさに驚く。
こんなに厚いのに、柔らかい、そして豚肉のうまみがジュワーッと口の中に広がる。
普段からとんかつを好んで食べないため、うまく他との比較ができないが、こんなにおいしいとんかつを今まで食べたことないかもしれない。
平田牧場は特に豚肉(とんかつ)が苦手な人に食べていただきたい。
豚肉への偏見がすっかり変わってしまうこと請け合い。
しかし、ひとりでとんかつ食べて3,700円だといつも食べに行くのはむつかしい。
せっかくだから桃園豚の特厚ロースを注文。
「特厚」だから揚げるのに20分かかるとのことで、その間ビールと「やわらかげんこつ煮」を頼む。
これがその「げんこつ煮」
豚の角煮なわけだが、脂が苦手な私でさえこの平田牧場の豚肉の脂は「ウマイ!」と思う。
臭みが全くなく、とろけるような脂の食感は絶品だ。
本を読みつつ、桃園豚の特厚ロースを待っていると、
やっと出てきた。
ものずごい厚み。
まずは塩をつけていただく。
と、その柔らかさに驚く。
こんなに厚いのに、柔らかい、そして豚肉のうまみがジュワーッと口の中に広がる。
普段からとんかつを好んで食べないため、うまく他との比較ができないが、こんなにおいしいとんかつを今まで食べたことないかもしれない。
平田牧場は特に豚肉(とんかつ)が苦手な人に食べていただきたい。
豚肉への偏見がすっかり変わってしまうこと請け合い。
しかし、ひとりでとんかつ食べて3,700円だといつも食べに行くのはむつかしい。
青い空とおいしい空気と
お盆にしか夏休みをとれないなんて、大半のサラリーマンは可哀相だな。
などと思っていたのだが、そのお盆期間に夏休みを取るようになって今年で2年目。
会社として休暇がないため長期休暇は年中いつとっても良いのだが、子供が学校に通うようになると、オフシーズンに長期休暇を取るわけにもいかず。
高速で首都圏を抜けるのに3時間もかかりつつ、この夏は東北に車で旅行に行ってきた。
山形2泊、岩手2泊、宮城2泊。
毎日違う温泉旅館を泊まり歩き、おいしいものを食べ、おいしい空気を吸ってきた。
本当においしかったな、米沢牛、庄内の岩ガキ、平田牧場の豚肉、前沢牛、鮎の塩焼き、三陸のウニ、仙台の牛タン。
水がおいしいから酒もうまいし、米もうまい。
羽黒山の五重塔は法隆寺や薬師寺の五重塔とは違った荘厳さがあり、飽きずにしばらく眺めていた。
こちらに戻ってきて仕事が始まって3日が過ぎた。
毎日東北の青空を思い出している。
もうちょっと頑張ってみるか。
などと思っていたのだが、そのお盆期間に夏休みを取るようになって今年で2年目。
会社として休暇がないため長期休暇は年中いつとっても良いのだが、子供が学校に通うようになると、オフシーズンに長期休暇を取るわけにもいかず。
高速で首都圏を抜けるのに3時間もかかりつつ、この夏は東北に車で旅行に行ってきた。
山形2泊、岩手2泊、宮城2泊。
毎日違う温泉旅館を泊まり歩き、おいしいものを食べ、おいしい空気を吸ってきた。
本当においしかったな、米沢牛、庄内の岩ガキ、平田牧場の豚肉、前沢牛、鮎の塩焼き、三陸のウニ、仙台の牛タン。
水がおいしいから酒もうまいし、米もうまい。
羽黒山の五重塔は法隆寺や薬師寺の五重塔とは違った荘厳さがあり、飽きずにしばらく眺めていた。
こちらに戻ってきて仕事が始まって3日が過ぎた。
毎日東北の青空を思い出している。
もうちょっと頑張ってみるか。
修身教授録 / 森信三
「国民教育の父」森信三先生が昭和十二年、大阪天王寺師範(現大阪教育大学)本科一部生へ行った「修身」授業の記録。
「修身」といいつつ、授業の中身は一般的な徳目ではなく、人生の意義、生き方の本質に迫る素晴らしいものだ。
二年間にわたる授業の記録。
授業の底に一貫して流れる感覚は、静かであるものの厳しさを感じる。
授業の臨場感が読む側に伝わってくる。
戦前の日本では、これほど素晴らしい教育が行われていたのかと感動する。
現在の先生たちが、森先生の授業の一割でも吸収することができれば未来の日本は違ってくるだろう。
かくして傲慢は、外見上いかにも偉そうなにもかかわらず、実は人間がお目出たい証拠であり、また卑屈とは、その外見のしおらしさにもかかわらず、実は人間のずるさの現れと言ってもよいでしょう。そうしてこのお目出たさとずるさとは、それが真実でない点では一つであります。実際事実においても、目上の人に向かって卑屈な人間は、目下のものに対しては、多くは傲慢な態度をとるということは、すでに申した通りであります。(謙遜と卑屈より)
ですから時には、相手の人物が自分より劣っていると考えられ、また周囲の人々も、内心それを認めているような場合でも、とにかく相手が地位の上で上位者である限り、それ相応の敬意を欠いてはならぬと言うことであります。(中略)また妙なもので、かような態度で仕えていますと、それほどでもないと思っていた相手の中にも、しだいに長所が見えてくるものであります。否、人間の知恵と言うものは、そうした態度によって初めて磨かれるものであり、また人間の知恵というものも、そうした態度になることによって、これまで気づかなかった多くの事柄がしだいに見えてくると言うわけです。(上位者に対する心得より)
せめて書物だけは、毎日多少でも読むように努めねばならぬと思うのです。ところが食物ですと、一食食べなくてもすぐに体にこたえます。否、一食どころか、一時間遅れても大不平でしょう。(中略)ところが肝心の心の食物となると、何日抜けようと、一向に平気な人が多いようです。しかし、人間も、読書をしなくなったら、それは死に瀕した病人がもはや食欲がなくなったのと同じで、なるほど肉体は生きていても、精神は既に死んでいる証拠です。(中略)心が生きているか死んでいるかは、何よりも心の食物としての読書を欲するか否かによって、知ることができるのです。これこそ自分の心の死活をはかる、何よりのバロメーターと言ってよいでしょう。(伝記を読む時期より)
昔は剣術とか柔術とか言いながら、武の道を体していましたが、現在では剣道とか柔道とか言いながら、かえって技の末節にかかわって、道を忘れる傾向があるようです。思うにそれは、昔の人は真に道を貴んだが故に、みだりに剣道だの柔道だのとは言わないで、剣術・柔術と言ったのでしょう。ところが今の人は、道の貴さと厳しさが分からなくなったのです。それゆえ平気で剣道だの柔道だのと言うのでしょう。そのためにかえって道を逸する結果ともなるわけです。
ところで、以上申したことを、われわれ教師について申してみれば、教室ではいかにも先生ぶって、しかつめらしい顔をしていても、それだけでは駄目だというわけです。つまり、教師は教室よりも、むしろ廊下や、さらには学校への往復の道に気をつけねばならないのです。(平常心是道より)
かつて日本はこれほど質の高い修身教育を行っていた。
このような教育が戦後の高度成長の日本を支えたのだろう。
翻って現在の日本の教育はどうだ。
森先生は天で苦渋の表情を浮かべておられるに違いない。
現代に生きる全ての人に読んでもらいたい素晴らしい内容の本だ。
これからの人生、座右の書になるかもしれない。
「修身」といいつつ、授業の中身は一般的な徳目ではなく、人生の意義、生き方の本質に迫る素晴らしいものだ。
二年間にわたる授業の記録。
授業の底に一貫して流れる感覚は、静かであるものの厳しさを感じる。
授業の臨場感が読む側に伝わってくる。
戦前の日本では、これほど素晴らしい教育が行われていたのかと感動する。
現在の先生たちが、森先生の授業の一割でも吸収することができれば未来の日本は違ってくるだろう。
かくして傲慢は、外見上いかにも偉そうなにもかかわらず、実は人間がお目出たい証拠であり、また卑屈とは、その外見のしおらしさにもかかわらず、実は人間のずるさの現れと言ってもよいでしょう。そうしてこのお目出たさとずるさとは、それが真実でない点では一つであります。実際事実においても、目上の人に向かって卑屈な人間は、目下のものに対しては、多くは傲慢な態度をとるということは、すでに申した通りであります。(謙遜と卑屈より)
ですから時には、相手の人物が自分より劣っていると考えられ、また周囲の人々も、内心それを認めているような場合でも、とにかく相手が地位の上で上位者である限り、それ相応の敬意を欠いてはならぬと言うことであります。(中略)また妙なもので、かような態度で仕えていますと、それほどでもないと思っていた相手の中にも、しだいに長所が見えてくるものであります。否、人間の知恵と言うものは、そうした態度によって初めて磨かれるものであり、また人間の知恵というものも、そうした態度になることによって、これまで気づかなかった多くの事柄がしだいに見えてくると言うわけです。(上位者に対する心得より)
せめて書物だけは、毎日多少でも読むように努めねばならぬと思うのです。ところが食物ですと、一食食べなくてもすぐに体にこたえます。否、一食どころか、一時間遅れても大不平でしょう。(中略)ところが肝心の心の食物となると、何日抜けようと、一向に平気な人が多いようです。しかし、人間も、読書をしなくなったら、それは死に瀕した病人がもはや食欲がなくなったのと同じで、なるほど肉体は生きていても、精神は既に死んでいる証拠です。(中略)心が生きているか死んでいるかは、何よりも心の食物としての読書を欲するか否かによって、知ることができるのです。これこそ自分の心の死活をはかる、何よりのバロメーターと言ってよいでしょう。(伝記を読む時期より)
昔は剣術とか柔術とか言いながら、武の道を体していましたが、現在では剣道とか柔道とか言いながら、かえって技の末節にかかわって、道を忘れる傾向があるようです。思うにそれは、昔の人は真に道を貴んだが故に、みだりに剣道だの柔道だのとは言わないで、剣術・柔術と言ったのでしょう。ところが今の人は、道の貴さと厳しさが分からなくなったのです。それゆえ平気で剣道だの柔道だのと言うのでしょう。そのためにかえって道を逸する結果ともなるわけです。
ところで、以上申したことを、われわれ教師について申してみれば、教室ではいかにも先生ぶって、しかつめらしい顔をしていても、それだけでは駄目だというわけです。つまり、教師は教室よりも、むしろ廊下や、さらには学校への往復の道に気をつけねばならないのです。(平常心是道より)
かつて日本はこれほど質の高い修身教育を行っていた。
このような教育が戦後の高度成長の日本を支えたのだろう。
翻って現在の日本の教育はどうだ。
森先生は天で苦渋の表情を浮かべておられるに違いない。
現代に生きる全ての人に読んでもらいたい素晴らしい内容の本だ。
これからの人生、座右の書になるかもしれない。
- 森 信三
- 修身教授録―現代に甦る人間学の要諦
成熟化
本日の日経一面。
住民基本台帳ベースでは、日本の人口は減少し始めたという。
教科書的には労働力人口が減少し始めると、一人一人が今まで以上に働かなければ経済は衰退する。
しかも高齢化が進むために、若年層の社会保障負担は否応なく増大する。
これまでは収入に占める公的負担割合が高くても、収入自体が増えていったため負担感は高くなかったが、収入増のカーブが緩やかになる、あるいは横ばいになる中で、負担感は増大していく。
おまけに所得税の累進性を緩和しているために、低所得者層ほど負担感を感じる時代がやってくる。
やはり、無駄な部分に税金をつぎ込んでいる場合ではない、という意味での改革は必要だ。
そういった意味で、小泉改革は今後の方向性をつけるためにも重要だった。
これからも、私たちが死んでからも日本は続いていく。
米国のように、自己責任を徹底し格差社会への道を進むのか。
しかし、格差社会は一旗揚げた者は大きな利益を獲得するが、底辺に位置する層の安定性に欠けることから社会の安定性、治安が悪化することは避けられない。
重税感に不平を漏らしながらも、弱者や老後に手厚い社会を目指すのか。
この場合には、国民の格差は広がらない代わりに、労働者の生産性が損なわれる恐れがある。
世界に先駆ける第三の道はないのか。
小泉後の総裁には、我々が目指すべき日本の姿を率直に語ってもらいたい。
靖国を報道するヒマがあれば、責任ある報道機関として少しは政策の内容でも解説しろ。
いまある素晴らしい日本の礎になった方々に哀悼の意をささげることに何ら異を唱えるつもりはないが、その前に今生きている日本人を大切にしなければならないのではないか。
住民基本台帳ベースでは、日本の人口は減少し始めたという。
教科書的には労働力人口が減少し始めると、一人一人が今まで以上に働かなければ経済は衰退する。
しかも高齢化が進むために、若年層の社会保障負担は否応なく増大する。
これまでは収入に占める公的負担割合が高くても、収入自体が増えていったため負担感は高くなかったが、収入増のカーブが緩やかになる、あるいは横ばいになる中で、負担感は増大していく。
おまけに所得税の累進性を緩和しているために、低所得者層ほど負担感を感じる時代がやってくる。
やはり、無駄な部分に税金をつぎ込んでいる場合ではない、という意味での改革は必要だ。
そういった意味で、小泉改革は今後の方向性をつけるためにも重要だった。
これからも、私たちが死んでからも日本は続いていく。
米国のように、自己責任を徹底し格差社会への道を進むのか。
しかし、格差社会は一旗揚げた者は大きな利益を獲得するが、底辺に位置する層の安定性に欠けることから社会の安定性、治安が悪化することは避けられない。
重税感に不平を漏らしながらも、弱者や老後に手厚い社会を目指すのか。
この場合には、国民の格差は広がらない代わりに、労働者の生産性が損なわれる恐れがある。
世界に先駆ける第三の道はないのか。
小泉後の総裁には、我々が目指すべき日本の姿を率直に語ってもらいたい。
靖国を報道するヒマがあれば、責任ある報道機関として少しは政策の内容でも解説しろ。
いまある素晴らしい日本の礎になった方々に哀悼の意をささげることに何ら異を唱えるつもりはないが、その前に今生きている日本人を大切にしなければならないのではないか。
集中力 / 谷川浩司
実力、人気共に羽生さんと並ぶ人気棋士谷川浩司。
「集中力」という本のタイトルが目にとまり手にとった。
棋士が書いた本といえば、升田名人の「勝負」を読んだが、今回谷川さんの本を読み、当たり前のことだが棋士も普通の人間なのだと感銘。
好きなことをやっているから集中力があるのだと。
子どもが勉強している際に「もっと集中しなさい」と注意するのはナンセンスなのだ。それが証拠に好きなマンガ、ゲームをやっている際には頼まれなくても集中し、こちらの声が聞こえないほどの集中力。なんとか勉強を楽しむ方法を考えるほうが先決である。
「どうすれば、将棋が強くなれますか?」とはもっともよく聞かれる質問である。
実はこの質問には肝心な言葉が隠されている。それは「努力しないで」という言葉である。つまり、「どうすれば努力しないで強くなれますか」と聞きたいのだ。
プロ棋士が、どんなに負けてもチャレンジできる強さを持っているのは、スタート時から一つ一つをやり遂げたという自信が、次の段階の集中力の下地になって積み重なっているからである。
・・・・棋士というのは世の中で絶対に必要な職業ではないのだ。たとえば、戦争が起こったり、大震災が起こった時には、困っている人を直接助けることはできない。阪神淡路大震災を経験して、私自身、自分が役に立たない、無用な人間であることを思い知らされたのである。将棋を指すことで、間接的に人々に勇気を与えたり、楽しんでもらうことはできても、同じ場所にいて被災した人々には直接何もできなかったのだ。社会に対して、人間に対して、棋士は謙虚な姿勢を持ち、育んでいくことで勝負に対する考え方、思いも変わり、責任を自覚することから勝負への気力も充実してくるのである。
名棋士は人格も備わっていると言うことがよくわかる。
「集中力」という本のタイトルが目にとまり手にとった。
棋士が書いた本といえば、升田名人の「勝負」を読んだが、今回谷川さんの本を読み、当たり前のことだが棋士も普通の人間なのだと感銘。
好きなことをやっているから集中力があるのだと。
子どもが勉強している際に「もっと集中しなさい」と注意するのはナンセンスなのだ。それが証拠に好きなマンガ、ゲームをやっている際には頼まれなくても集中し、こちらの声が聞こえないほどの集中力。なんとか勉強を楽しむ方法を考えるほうが先決である。
「どうすれば、将棋が強くなれますか?」とはもっともよく聞かれる質問である。
実はこの質問には肝心な言葉が隠されている。それは「努力しないで」という言葉である。つまり、「どうすれば努力しないで強くなれますか」と聞きたいのだ。
プロ棋士が、どんなに負けてもチャレンジできる強さを持っているのは、スタート時から一つ一つをやり遂げたという自信が、次の段階の集中力の下地になって積み重なっているからである。
・・・・棋士というのは世の中で絶対に必要な職業ではないのだ。たとえば、戦争が起こったり、大震災が起こった時には、困っている人を直接助けることはできない。阪神淡路大震災を経験して、私自身、自分が役に立たない、無用な人間であることを思い知らされたのである。将棋を指すことで、間接的に人々に勇気を与えたり、楽しんでもらうことはできても、同じ場所にいて被災した人々には直接何もできなかったのだ。社会に対して、人間に対して、棋士は謙虚な姿勢を持ち、育んでいくことで勝負に対する考え方、思いも変わり、責任を自覚することから勝負への気力も充実してくるのである。
名棋士は人格も備わっていると言うことがよくわかる。
- 谷川 浩司
- 集中力
スウェーデン式 アイデア・ブック / フレドリック・ヘレーン
アイデアとセンスの国、スウェーデンからやってきた創造性をはぐくむ小さな本。
アイデアを生み出すコツ、アイデアを磨くタネが30章に詰まっている。
じっくり読むよりも、「傍らに置いておき、ふと手にとって開いたページを読む」という読み方が合っている本かもしれない。
たとえば第3章「世界初の創造性テスト」
第二次大戦中、アメリカ空軍は爆撃機のパイロットを選ぶために、心理学者が作成したテストの結果が優秀な者を選ぶと同時にと、退役司令官にも同じ任務を与えた。しばらくして、2人の任務の査定をしたところ、テストの結果が優秀だったパイロットはことごとく敵機に撃墜されていたことが判明する。
退役軍人が採用したパイロットは、面接で質問した際に「マニュアルどおりに答えない」者を採用していた。テストが優秀だったパイロットは、実践では意外性に欠けるため敵機に行動が予測されやすかったのだ。
テストを作成した心理学者は、研究の末、創造性や独創性をテストに盛り込んだ。
その心理学者が空軍用に作成した最初のテストは
「レンガ1個の使いみちをできるかぎりたくさん考える」というものだった。
ちょっとした時間に創造性を刺激することができる良い本だ。
アイデアを生み出すコツ、アイデアを磨くタネが30章に詰まっている。
じっくり読むよりも、「傍らに置いておき、ふと手にとって開いたページを読む」という読み方が合っている本かもしれない。
たとえば第3章「世界初の創造性テスト」
第二次大戦中、アメリカ空軍は爆撃機のパイロットを選ぶために、心理学者が作成したテストの結果が優秀な者を選ぶと同時にと、退役司令官にも同じ任務を与えた。しばらくして、2人の任務の査定をしたところ、テストの結果が優秀だったパイロットはことごとく敵機に撃墜されていたことが判明する。
退役軍人が採用したパイロットは、面接で質問した際に「マニュアルどおりに答えない」者を採用していた。テストが優秀だったパイロットは、実践では意外性に欠けるため敵機に行動が予測されやすかったのだ。
テストを作成した心理学者は、研究の末、創造性や独創性をテストに盛り込んだ。
その心理学者が空軍用に作成した最初のテストは
「レンガ1個の使いみちをできるかぎりたくさん考える」というものだった。
ちょっとした時間に創造性を刺激することができる良い本だ。
- フレドリック・ヘレーン
- アイデア・ブック スウェーデン式
愛に生きる / 鈴木鎮一
「愛に生きる」だけだと、なにやら怪しい雰囲気を放つが、この本の副題は
「才能は生まれつきではない」。
以前「現代の覚者たち」 を読んで感銘を受けたが、ヴァイオリンを通じた教育学で世界的に著名な鈴木鎮一先生が書かれた本である。
スズキ・メソッドとは音楽を通じて心豊かな人間を育てることを目的とした教育法の一つで、現在生徒数は世界に40万人、日本国内では1万人を数える。
私はクラシックをあまり聞かないので鈴木先生を存じ上げなかったが、世界では教育学・理論の権威として日本国内よりも海外で著名な方である。
先生は1998年に亡くなったが、その理念は現在も受け継がれており、映画「ミュージック・オブ・ハート」はスズキ・メソッドを取り入れた教育法だった。
その鈴木先生が教育の理念について、ご自身の背景を含めて書かれている。
どの子もみんな、苦もなく日本語をしゃべるすぐれた能力を身につけていくのはどうしてか。人間の能力を育てる秘訣はこの中にあるのです。教えよう、やらせようと一生懸命やっておりながら、どうもうまくいかない、ということには、なにか見当ちがいなことをやっている事実があるにちがいない。
(中略)みんな、教えることだけに夢中になって、育つという子どもの生命の実体を忘れている。
(中略)つまり、教育の教ばかりを行って、目的であるところの育の方を忘れてしまった。
教育の本質のみならず、人間の本質をも深く理解されていたからこそ作り上げられた鈴木先生独自の教育法の片鱗を覗くことができる。
教育とは教え育てることである。
いつからこの社会は「育てる」という意識が希薄になってきたのだろう。
「才能は生まれつきではない」。
以前「現代の覚者たち」 を読んで感銘を受けたが、ヴァイオリンを通じた教育学で世界的に著名な鈴木鎮一先生が書かれた本である。
スズキ・メソッドとは音楽を通じて心豊かな人間を育てることを目的とした教育法の一つで、現在生徒数は世界に40万人、日本国内では1万人を数える。
私はクラシックをあまり聞かないので鈴木先生を存じ上げなかったが、世界では教育学・理論の権威として日本国内よりも海外で著名な方である。
先生は1998年に亡くなったが、その理念は現在も受け継がれており、映画「ミュージック・オブ・ハート」はスズキ・メソッドを取り入れた教育法だった。
その鈴木先生が教育の理念について、ご自身の背景を含めて書かれている。
どの子もみんな、苦もなく日本語をしゃべるすぐれた能力を身につけていくのはどうしてか。人間の能力を育てる秘訣はこの中にあるのです。教えよう、やらせようと一生懸命やっておりながら、どうもうまくいかない、ということには、なにか見当ちがいなことをやっている事実があるにちがいない。
(中略)みんな、教えることだけに夢中になって、育つという子どもの生命の実体を忘れている。
(中略)つまり、教育の教ばかりを行って、目的であるところの育の方を忘れてしまった。
教育の本質のみならず、人間の本質をも深く理解されていたからこそ作り上げられた鈴木先生独自の教育法の片鱗を覗くことができる。
教育とは教え育てることである。
いつからこの社会は「育てる」という意識が希薄になってきたのだろう。
- 鈴木 鎮一
- 愛に生きる―才能は生まれつきではない
妙な感覚
本屋とCD屋をブラつくのが好きだ。
2時間くらいなら余裕で暇をつぶせる。
最近は週末でも鬱々することが多く、外に出かけるのだが、やはり行き先は本屋かCD屋。
そして行くたびに読みきれない本、聞ききれないCD、観きれないDVDが溜まっていくのだ。
今日もCD屋に出かけるが、聞いてないCD群を思い起こして買うのを思いとどまり店を出る。
そしてふとこの満たされない気持ちを食欲に向けてみようか、と思い立つ。
かといって昼食後でもあり、甘いものが嫌いな私は選択肢が狭まる。
どうしても食べたいわけではないが、久しぶりに津田沼の「必勝軒」でラーメンでも食べてみよう。
思い立って行ってみたのが2時過ぎ。
こんなに暑い日でもみんな屋外に並んで待っている。
そんなにして食いたいか?とみんなに聞いてみたい気もするが所詮自分も同じ穴の狢。
しばし待って中に案内されると、
「今日はもりそば(つけめん)終わっちゃたんですよ。ラーメンしかありません」
と矢崎滋似の店主。
汗だくの私に熱々ラーメンを食えと・・・
でももりそばしか食べたことがなかったので、普通にラーメンを食す。
ここのスープは曜日によって風味が違い、土曜日は家族が楽しめる「オールマイティ」。
ほかに曜日によってバランス、魚介類、動物系と分かれているが、土曜にしか来たことがないのでオールマイティしかわからない。魚介類系のだしがやや強目で、味も濃すぎず好みの味だ。相変わらずうまい。
麺も自家製で細い中にもコシがある。ややパスタっぽい食感は、食べ始めはやや堅め。食べ終わる頃でものびないという配慮か。
私のあとに来た5人で今日は麺が終了。閉店となった。
うまいけど汗だく。お腹もかなり一杯。
明らかに食べすぎだ。
最近痩せすぎなのでたまには良いか、とは思いつつ、この食後の妙な感覚はなんだろう。
と、朝まで飲んで家に帰ってきたときの、飲んだ満足感と「やや」後悔気味の微妙な感覚に似ていることに気が付いた。
2時間くらいなら余裕で暇をつぶせる。
最近は週末でも鬱々することが多く、外に出かけるのだが、やはり行き先は本屋かCD屋。
そして行くたびに読みきれない本、聞ききれないCD、観きれないDVDが溜まっていくのだ。
今日もCD屋に出かけるが、聞いてないCD群を思い起こして買うのを思いとどまり店を出る。
そしてふとこの満たされない気持ちを食欲に向けてみようか、と思い立つ。
かといって昼食後でもあり、甘いものが嫌いな私は選択肢が狭まる。
どうしても食べたいわけではないが、久しぶりに津田沼の「必勝軒」でラーメンでも食べてみよう。
思い立って行ってみたのが2時過ぎ。
こんなに暑い日でもみんな屋外に並んで待っている。
そんなにして食いたいか?とみんなに聞いてみたい気もするが所詮自分も同じ穴の狢。
しばし待って中に案内されると、
「今日はもりそば(つけめん)終わっちゃたんですよ。ラーメンしかありません」
と矢崎滋似の店主。
汗だくの私に熱々ラーメンを食えと・・・
でももりそばしか食べたことがなかったので、普通にラーメンを食す。
ここのスープは曜日によって風味が違い、土曜日は家族が楽しめる「オールマイティ」。
ほかに曜日によってバランス、魚介類、動物系と分かれているが、土曜にしか来たことがないのでオールマイティしかわからない。魚介類系のだしがやや強目で、味も濃すぎず好みの味だ。相変わらずうまい。
麺も自家製で細い中にもコシがある。ややパスタっぽい食感は、食べ始めはやや堅め。食べ終わる頃でものびないという配慮か。
私のあとに来た5人で今日は麺が終了。閉店となった。
うまいけど汗だく。お腹もかなり一杯。
明らかに食べすぎだ。
最近痩せすぎなのでたまには良いか、とは思いつつ、この食後の妙な感覚はなんだろう。
と、朝まで飲んで家に帰ってきたときの、飲んだ満足感と「やや」後悔気味の微妙な感覚に似ていることに気が付いた。
生きがいの創造 / 飯田史彦
ベストセラーとなっている「生きがい」シリーズの第一弾。
経営学者である著者が、人間の「生きがい」という観点から「死後の世界」や「生まれ変わり」について学会の冊子に論文を書いたことから評判を呼び、出版されたのがこの本。
世界中の論文、実験、体験を拾い集めて、「証拠」をたくさん挙げている。
もちろん以前読んだ、キューブラー・ロス も何度も登場する。
魂と肉体、現世と中間生、前生。
この世に起こる事象は中間生ですべて自分が選択している。
だから、今おかれている自分の状況はすべて必然的に起こっている「試練」であり、次に生まれ変わったときに新たなステージで生きることができる。
そうやって考えると、仕事上のトラブルでも気持ちが軽くなる。(?)
大切な人を失ったときでも、自分が死を迎えればまた会えるのだから辛くない。(?)
(?)というのは飽くまで私の現在の心情であり、私が今後置かれる状況によってはこういった話が「ストン」と心に落ちるように理解できることもあるわけである。かくいう私も輪廻転生を全く信じていないわけでもない。きっとどこかでご先祖様は私をご覧になっている、とさえ感じている。
本書には著者の論文を読んで「励まされた」、「感動した」といった読者からの感想が溢れている。きっと感動し、力が湧いてきた人も多いのだろう。
このような本は読むタイミングにより捉え方が変わり、読むときの精神状態によっても読む者の立場を左右する。
生きがいの本質
生きがいのマネジメント
と著作は続くが、キューブラー・ロス、立花隆のこのジャンルの著作も同時に読んでいただきたい。
より良く生きる、ということはより良く死ぬことを考えずして成り立たないことを考えると、こういった本を通じて「死」を身近に感じる人が多くなれば社会も規律を取り戻すことができるかもしれない、と思う。
経営学者である著者が、人間の「生きがい」という観点から「死後の世界」や「生まれ変わり」について学会の冊子に論文を書いたことから評判を呼び、出版されたのがこの本。
世界中の論文、実験、体験を拾い集めて、「証拠」をたくさん挙げている。
もちろん以前読んだ、キューブラー・ロス も何度も登場する。
魂と肉体、現世と中間生、前生。
この世に起こる事象は中間生ですべて自分が選択している。
だから、今おかれている自分の状況はすべて必然的に起こっている「試練」であり、次に生まれ変わったときに新たなステージで生きることができる。
そうやって考えると、仕事上のトラブルでも気持ちが軽くなる。(?)
大切な人を失ったときでも、自分が死を迎えればまた会えるのだから辛くない。(?)
(?)というのは飽くまで私の現在の心情であり、私が今後置かれる状況によってはこういった話が「ストン」と心に落ちるように理解できることもあるわけである。かくいう私も輪廻転生を全く信じていないわけでもない。きっとどこかでご先祖様は私をご覧になっている、とさえ感じている。
本書には著者の論文を読んで「励まされた」、「感動した」といった読者からの感想が溢れている。きっと感動し、力が湧いてきた人も多いのだろう。
このような本は読むタイミングにより捉え方が変わり、読むときの精神状態によっても読む者の立場を左右する。
生きがいの本質
生きがいのマネジメント
と著作は続くが、キューブラー・ロス、立花隆のこのジャンルの著作も同時に読んでいただきたい。
より良く生きる、ということはより良く死ぬことを考えずして成り立たないことを考えると、こういった本を通じて「死」を身近に感じる人が多くなれば社会も規律を取り戻すことができるかもしれない、と思う。
