[A] Across The Universe -36ページ目

私の生活流儀 /  本多静六

日本の成功哲学の元祖、本多静六。
学者にして投資家、そして億万長者。
最近になり再び脚光を浴びているため著書を読んでみたが、内容は基本的。
成功哲学本を多数読んでいる人にとっては改めて得るものは少ない。
しかし、本多氏が亡くなったのは昭和27年。
戦後の混乱期には既に巨万の富を手に入れていた、それも正当な方法でである。
そしてその富を寄付に回している。
欧米の富豪の日本での先駆けが本多静六だ。
日本ではもっと評価されてしかるべき対象だと思う。

私はこのままならぬ世の中を処して、
これをままにする
ただひとつの秘法を知っている。
それは、この世の中を、
ままならぬまま、あるがままに観じて、
避けず、おそれず、自らの努力を、
これに適応させていくことである。







本多 静六
私の生活流儀

輝いて生きる知恵 / 松原泰道

明治40年生まれ。龍源寺住職の後、現在「南無の会」会長。

やはり真摯に生きてこられた方の語りは心に響くものがあり、かつその優しい語り口に心を打たれるものがある。ひとつの道、それも仏教の道を歩まれてきた方だけに、両手を合わせながら読みたくなる内容である。

般若心経についても理解のきっかけを与えてくださる。
しかし、特に感銘を覚えたのが食事訓である。

一には、功の多少を計り、彼の来所を量る。
二には、己が徳行の全缺(ぜんけつ)をはかって、供に應ず。
三には、心を防ぎ過(とが)を離るるは、貧等(とんとう)を宗とす。
四には、正に良薬を事とするは、形枯を療ぜんが為なり。
五には、成道(じょうどう)の為の故に、今、此の食(じき)を受く。

二番目では、人の役に立つことをどれだけやっているかを確かめて、それが満たされていれば、初めて食事をとることができるのだ、ということを意味している。
これに関してこんなエピソードを紹介されている。

今は亡き歴史学者の樋口清之先生が大正時代、小学生の頃の話。
家業が「木こり」の友達が、間違えて父親の弁当を学校に持ってきた。貧しい時代、その友達は父親の弁当にはご飯がたくさん入っているだろうと期待して弁当箱のふた開ける。
しかし、その友達は「あっ」と叫ぶ。
お父さんのご飯の量は、いつもの自分の弁当よりも少なかったのだ。
友達は、いつもより念を入れて一粒の米も残すまいと弁当を綺麗に食べた。
その夜、お父さんが帰ってきた。
「お前、俺の弁当間違えて持っていっただろう。おなか空いたんじゃないか」
お父さんはご飯のとき、自分のお茶碗から彼のお茶碗にご飯を分けてくれた。

親としてかくあるべし、と思いを新たにした。






松原 泰道
輝いて生きる知恵―95歳「生き方名人」が贈るあなたへのメッセージ

LOVE

毎週のようにamazonやレコード屋でCDを仕入れつつも、なかなかレビューする時間もなく、聞き込む時間もないが、これだけはさすがに書いておかなければ。

The Beatlesのニューアルバム。
LOVE

まだ一度しか聞いていないが、ビートルズの「Remix」以上でも以下でもない。
「ビートルズのRemix」である。
だから、ニューアルバムというのは言い過ぎだろう。
ジョージマーティンがプロデュースでなければ、ボロクソに言いたいところではあるが、オリジナルを最大限尊重したRemixであると評価したい。

特に音質は素晴らしい。
「I Wanna Hold Your Hands」の音質の良さには驚く。
後ろに歓声がオーバーダビングされているものの、これほどまでにクリアにできるのであれば、通常版もリマスター出来るのではないか?と勘ぐってしまう。
そして、「While My Guitar...」のコーラスも素晴らしい。
これほど綺麗に重厚に聞こえるのであれば、通常版でも...以下略。

ファンであれば、至る所に出没する他の曲の切れ端を探しながら、暇をつぶすのには好都合。
今回新たに収録したのは「While My Guitar...」のストリングスのみとのこと。
Remixするにしてもこれが限度なのだろう。
それより、これを機にリマスターしたオリジナル版の発売を強く要望する。





ザ・ビートルズ
LOVE (通常盤)

夜と霧 / ヴィクトール・E・フランクル

原題 : 心理学者、強制収容所を体験する

出来事として知識はあっても、体験談を読んだことがあっても、この心理学者が書いた客観的かつ主観的な収容所の手記ほど衝撃を受けたホロコーストの著書を読んだことがない。
あまりに客観的であるが故に浮かび上がる極限状態のおぞましさ。
不運が瞬時に幸運へと転換する神のいたずら。
これは、安易に言葉にできる類いの内容ではない。

ナチスとユダヤというわかりやすい対比構造のみではなく、極限状態に置かれた際の人間の状態、感情、対応を非常に良く観察しており、全体を通して冷たさが際立っている。


収容所で著者は「生きる意味」を問い続け、答えを得る。

ここで必要なのは、生きる意味についての問いを百八十度転換することだ。わたしたちが生きることからなにを期待するかではなく、むしろひたすら、生きることがわたしたちからなにを期待しているかが問題なのだ、ということを学び、絶望している人間に伝えねばならない。哲学用語を使えば、コペルニクス的転回が必要なのであり、もういいかげん、生きることの意味を問うことをやめ、わたしたち自身の前に立っていることを思い知るべきなのだ。生きることは日々、そして時々刻々、問いかけてくる。わたしたちはその問いに答えを迫られている。考え込んだり言辞を弄することによってではなく、ひとえに行動によって、適切な態度によって、正しい答えは出される。生きるとはつまり、生きることの問いに正しく答える義務、生きることが各人に課す課題を果たす義務、時々刻々の要請を充たす義務を引き受けることにほかならい。




ヴィクトール・E・フランクル, 池田 香代子
夜と霧 新版

ツキを呼ぶ魔法の言葉

「ありがとう」
「感謝します」
の魔法の言葉といえば、五日市剛さん。

OAZO丸善の入り口に山積みになっているのを見つけて、疲れていたせいもあり、なぜか即買い。
五日市さんの話はよく知ってるのに。
何かにすがりたいような、そんな気分だったからだろうか。

五日市さんの有名なエピソードをマンガにしたり、魔法の言葉を唱えていると幸せになった、という読者の報告(雑誌「壮快」のムック本なので)多数。
特に新しい内容は何もないが、このような内容はひたすら繰り返すことに意味があり、マンガだと子どもにも読ませやすいので重宝。
この本を読む前から、毎日「感謝します」、「ツイてる」、「ありがとう」を心の中で何度も繰り返しつぶやいているが、特に何も変わらない。
けれど、こうして無事に生きていることに「ありがとうございます」

先日、娘のクラスの席替えがあったらしく、そのときに苦手な子と同じ班にならないようにひたすら「ツイてる、ツイてる」と心の中で呟いていたのだそうだ。結果的に、仲良しの子ばかりで班を組めたそうで、その日は「ツイてる」の効果を絶賛していた。

ただし、娘の「ツイてる」の師匠は斉藤一人さんである。





五日市 剛, 矢山 利彦
ツキを呼ぶ「魔法の言葉」―幸せになる!お金が舞い込む!病気も治ると大評判

原因と結果の法則 / ジェームズ・アレン

ナポレオン・ヒル、デール・カーネギー、オグ・マンディーノが影響を受け、聖書に次いで一世紀以上も売れ続けているという本書。
なるほど、成功哲学のエッセンスが凝縮されている。ただし、やや読みにくい。
この読みにくさを優しく解釈し、さらに噛み砕いて具体的なものにしたのが後の成功哲学分野の著者たちなのだろう。


あなたの環境は、あなたの心を映す万華鏡です。

私たちは、自分の環境を直接はコントロールできないかもしれません。でも自分の思いは完璧にコントロールできます。よって、私たちは間接的に、しかし、明らかに、自分の環境をコントロールできます。
宇宙は、私たちがめぐらす思いの具現化を、つねに援助してくれています。私たちが良い思いをめぐらそうと、悪い思いをめぐらそうと、それをもっとも速やかに具現化させるための好機の数々が、私たちの前に休みなく現れ続けています。


成功を手にできないのは、どんな人?

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
成功を手にできないでいる人たちは、自分の欲望をまったく犠牲にしていない人たちです。人間は、もし成功を願うならば、それ相当の自己犠牲を払わなくてはなりません。大きな成功を願うならば、大きな自己犠牲を、この上なく大きな成功を願うならば、この上なく大きな自己犠牲を払わなくてはならないのです。


不安にかられていろいろな成功哲学の本を読んできたが、この本を繰り返し読めば、ほかの本を読む必要はないかもしれない。
でも繰り返し読んでも、また不安になりまたほかの本を読むことになるんだろう。
そしていつまでたっても成功できない私がそこにいるのだろう。

心の持ち方だけはいつも明るく、穏やかにいるように心がけている。





ジェームズ アレン, James Allen, 坂本 貢一
「原因」と「結果」の法則

いじめの根を絶ち子どもを守るガイド / バーバラ・コロローソ

参考のために読んでおこうと思い購入したのが半年以上前。
最近のあまりに多いいじめの報道で思い出し、本棚の奥の方から取り出して読み始める。
アメリカ、カナダの事例が多いが、日本人が読んでも非常に参考になる内容であった。
教師、親であればぜひとも読むべき本である。

「いじめっ子」への対応。
「いじめられっ子」への対応。
そして見ているだけの「傍観者」への対応。

単なる「からかい」といじめの元凶となる「あざけり」の相違。

いじめられている子どもがそのことを大人に話そうとしない理由。

いじめの存在を示す兆候。

いじめられている子の親が「してはならない」5つのこと。


いじめが存在する場合、いじめる側にも、いじめられる側にも必ずサインが存在している。
そのサインを教師も、親も見抜けない場合に事態は悪い方向へと展開していく。

日本の社会では銃規制がしっかりされているために、海外のような事件が起きていないだけだ。
コロンバインの例を挙げるまでもなく、最近海外、特にアメリカの学校で頻繁に起きている学校での銃撃事件の背景には「いじめ」がある。それも「いじめられっ子」が犯罪を起こすのである。

振り返って日本。
銃撃事件こそないが、最近の理解に苦しむ犯罪。
この背景に「いじめ」があったと仮定したら。
「自殺」だけではなく、時間がたって「いじめられっ子」が全く異なる形で社会に復讐をしているのであったなら。
見方は大きく変わってくる。

何度も何度も読み返して、参考にしなければならない内容だ。


我が子がいじめられている場合に
親として「してはならないこと」を5つあげておく。

・いじめっ子の行動を軽く見たり、理屈をつけて正当化したり釈明したりしてはならない。
・子どもの代わりに問題を解決しようとして、慌ててしゃしゃり出てはならない。
・我が子に、いじめっ子を避けろと言ってはならない。
・子どもに向かって、やり返せと言ってはならない。
・親として、単独でいじめっ子やいじめっ子の親と対決してはならない。





バーバラ コロローソ, Barbara Coloroso, 冨永 星
いじめの根を絶ち子どもを守るガイド―親と教師は暴力のサイクルをいかに断ち切るか

人の一生は重荷を負うて遠き道を行くがごとし

2週間ほど前になるが、初めて日光に行ってきた。
北海道出身の私は修学旅行での縁もなく、これまで一度も訪れたことがなかった日光。
東照宮にも興味はなく、紅葉にも今ひとつ興味がわかず。しかし、年を重ねるにつれて詫び寂びが理解できるようになってきたのか、綺麗な紅葉が見たくなった。そして、それほど好きではなかった家康のことを理解できるようになり、東照宮にお参りもしたくなったのだ。信長や秀吉のようなカリスマ性ではなく、60年も天下を取るためにひたすら我慢し耐えた男。そんな姿がサラリーマンにはお手本に見えてくる。

3週間前の日光はまだ紅葉には早く、冬の前の穏やかな暖かさが残る良い気候だった。
一日目は東照宮を訪れる。
想像以上の豪華絢爛さに言葉を失う。
ひとつひとつ、隅々まで心をこめて彫られた彫刻の数々。
徳川時代がどれほどのものであったのか、想像することが出来る。

日光

300年間もの間、争いなく続いた江戸時代。
その礎を築いた方に相応しい墓所が東照宮である。
外国の方の観光客が非常に多く、まさに日本文化を感じるに最適な場所でもある。

二日目は早めに宿を出ていろは坂を上る。
途中までは快調だったが、5合目あたり渋滞にハマる。
このあたりから紅葉が美しくなる。
天気は曇り気味ながら、渋滞のおかげでゆっくり紅葉を楽しむことが出来る。
渋滞にハマりながらも、中禅寺湖にはお昼に到着。

一通り紅葉を楽しみ、帰りは渋滞を避けて金精峠、関越経由で都内を目指す。
が、関越が4カ所も事故のため渋滞。
4時間の予定が倍の8時間。

家康公のお言葉を思い出す。

「人の一生は重き荷を負うて遠き道を行くがごとし」
天下を獲り、その後300年も安泰だった時代を築いたお方の言葉。

我々も重き荷を負うて遠き道を行くがごとく、耐えなければならぬということだ。

ハゲない、ナエない、デブらない 30代男のメシの食べ方 / 海老久美子

食事に気を遣っているというほどでもないのだが、最近体型が妙に気になる。
というのも、食べる量を減らしても体重が減らなくなってきたのだ。
グルメでもなく、基本的に和食好き、味も薄めが好み。
基礎代謝が悪いのだろうから、運動するしかないんだろうな。
でも、軽めに昼飯を済ませても2時過ぎに異常に眠くなる。
寝る前に必ず酒を飲むので、眠りが浅いかそれとも無呼吸症候群か・・・
などと考えつつ、この本の題名に惹かれて即購入。

30代男をターゲットにしているが、著者は栄養士、それもプロスポーツマンも顧客にしているだけあり、内容は至極まっとう。
栄養面での食べ合わせ、会議に備えるメニューは、等確かにサラリーマンにはうれしいアドバイス満載だが、誰が読んでもためになる。
ただし、ハゲない、ナエない、デブらない秘訣が載っているわけではないのでそのつもりで読むべし。





海老 久美子
ハゲない、ナエない、デブらない 30代男のメシの食べ方

小さな人生論 / 藤尾秀昭

私が愛読する月刊誌、「致知」。
月刊「致知」は特集主体が編集方針だが、その記事の前には社長であり編集長である藤尾氏の短いながらも深い総リードが書かれている。
私はいつもその総リードを読むたびに背筋が伸びる。
その総リードを集めて出版したのがこの「小さな人生論」。

「魅力」という項目。

明治初期の話。
山岡鉄舟が清水の侠客次郎長親分に、
「お前にはたくさん子分がいるが、お前のために死ぬ子分は何人いるか」と聞いた。
「私のために死ぬ子分など一人もおりません。だが、子分のためなら私は死ねます」
これが次郎長の答えであった。



「涙を流す」という項目。

荒崎良徳さん(雲竜寺住職)には登校拒否の経験がある。
・・・・・・・
養護施設、林鐘園の園長を務めたとき、登校拒否の子供を預かることになった。荒崎さんはその子と二人だけで話をした。
「学校に行かないで、どこにいたんだ?」
子供はポツリと答えた。
「町外れの土管の中にいた。」

途端に荒崎さんの胸に、学校に行けなかった日の侘しさ、寂しさが切なくこみ上げてきた。
荒崎さんは思わず言った。
「そうか。つらかったなあ。」

子供は一瞬、驚いたように荒崎さんの目を見た。と、にわかに荒崎さんの手をつかみ、大声で泣き出した。堰を切ったような、張り裂けるような泣き声だった。



ちゃんと生きよう、これからも。
そんなことを改めて思い返させてくれる素晴らしい本だ。





藤尾 秀昭
小さな人生論―「致知」の言葉