Back to the 80's パッケージの写真と商品は多少異なります
ちょっと間があきました。
前回の記事、結構反響があり、色々と御声をかけていただいたり、御指摘を受けたりしてます。
ありがとうございます!
では2回目。
83年、バンダイよりされました「リアルホビーシリーズ」。
リアルホビーシリーズは、怪獣トイだけでなく、玩具の歴史の中でもある種のエポックとなった商品だと思います。まぁその辺の位置づけの話は今回は置いておいて。
僕、実はこのリアルホビーのゴジラを発売時期には買ってません。
てかね。いわゆる都市部に住居を構える方は、「おもちゃ屋」を頻繁にのぞけるわけですよ。買える、買えないは別として、どのような商品が、その時期に棚に並んでいたかは把握できると思います。
しかし僕のように、市外に住んでた子供には、おもちゃ屋は日常の中にはなかった。つまり週末に家族で出かけた先のデパートのなかの「玩具コーナー」しか知らないわけでして。
てことは、そのデパートが仕入れなかったり、あるいは週末までに売り切れていたりしたら、発売されていることすら知らないという状況になるわけです。
あるいは、コロコロコミックや、ボンボンを「定期購読」していれば情報は入ってきていたかもしれませんが、そんな習慣もありませんでした。
で。発売時期に買っていなかった癖に、なんでそんなに思い入れがあるのか。
前回も少し内容を紹介した、この本のせいです。
↑右側は当時購入したモノ。見ての通り、ボロボロになるまで読み込んだ。ケイブンシャの大百科は(に関わらず、当時の製本は)割れやすかった。
ケイブンシャ「怪獣プラモ大百科」
怪獣ガレキを趣味としている多くの方の、その根底には宇宙船別冊「3D怪獣全集」があるように思います。
僕にとってはこの大百科こそがその役割を果たしてくれました。
つまり、この本に「リアルホビー」が載っていたんですよ。
この写真が。
↑わかりやすいように大判の、「宇宙船別冊3DSFワールド2」より転載。
僕はとにかくモスゴジ、初ゴジ、84ゴジが好きな人間なんですが、
モスゴジに関しては リアルホビーのモスゴジが格好良かったから 好きになった。そんな気もします。
というより、正確にはパッケージ、広告写真に多用された、軟質素材の試作タイプなんですけどね。
まぁ、とにかく格好良かった。この本に載ってる、どのゴジラの立体物よりも。それまでみたどのゴジラよりも。
もしかすると、絵本で見た本編の写真より格好良かった。
裂けた「ピンク」の口。踊るような足首。
そして
「すぼめた」指!
「ねじれた」尻尾!!
この写真、背景をショッキングピンクで撮影してるんです。その色が本体にも反射して、また絶妙なんだ、これが。おかげでピンクはいまだに大好きな色です。
もう欲しくて欲しくて、たまらなかった。しかし、どこに行っても売っていない。
アンティークトイショップなんて知りませんよ。保育園児は。
で買ってもらった本を、それこそ割れるまで毎日眺めてたわけです。
とにかく、僕にとっては「手に入らない」「最高の」「幻の」ゴジラでした。
そして時代は平成に。
小学校5年の夏。東京見物の際に「空想雑貨」なるアンティークトイショップで購入。発売から実に7年後の入手でした。今までの人生でも指折りに嬉しかった出来事です。
実物の第一印象は
…「あれ?」
なんか違うくね?と、ヒジョーに強く感じたのを記憶しています。
↑全然違うじゃねーかYO!しかし小田氏による丁重な作例の為、これはこれで非常に格好良い。寧ろ映像作品中のモスゴジのイメージはこちらであろう。
つまるところ、宣伝に多用され、パッケージ横にさえも使用されたあの写真のゴジラは、先ほど述べた「試作モデル」だったんです。
しかも、リアルホビーシリーズのそれは、プラモデルの1次原型などとは違い、本来の趣旨であるところの「骨格を仕込んだ可動モデル」としての試作、なんです。
そもそもリアルホビーシリーズの出発点は、高山良策氏のラテックス製怪獣人形(一品モノ)に発想の根幹があります。まぁ、この辺りは宇宙船別冊3D怪獣全集等で皆様御存じの経緯ですので割愛します。
とにかく「リアルホビーシリーズ」の原型は可動用に造られていました。
当然、ゴジラの尻尾は直線に近くなり、手足もできる限りに表情を抑えています。指の表情もなく、「パー」に近い状態に開かれています。
同じシリーズのバルタンや大魔神と比べ、尻尾の動きで全体の印象が大きく変わるゴジラは、広告媒体で発表された写真との違いが非常に顕著でした。
リアルホビー、というとこの「試作モデル」の方を思い浮かべる方も多いのではないでしょうか。それほどに、多くの広告、新製品レビューの写真はコチラが使われていました。
発売時に宇宙船誌に掲載された広告写真でようやく「商品版」が使われ、更にHJ84 1月号では小田氏による作例が発表され、試作モデルとの差異を多くの方に広めたのではないかと思います。
ところで、このシリーズの大魔神、並びにバルタンの広告によく使われた写真は、小沢氏による「原型」を用いています。その流れから、僕はこの試作モデルこそ井上氏による「原型」なのではないか、そしてその複製品なんかもあるんじゃないか、などと勝手に推察していた時期がありました。それに関して、トリアーデの小松さんとも議論を交わしたり。
以後10余年考え(笑)、やはりあれは「原型」ではないという結論に達しています。
以下、その根拠を列挙します。
1.原型発注時期は正確には不明ですが、「可動モデル」であるリアルホビーのコンセプト的に直線の尻尾で製作しているのではないか。
2.三大怪獣DVDの映像特典の中で、中島春雄氏が入るアトラクゴジラが手にしているのが、まさにこの試作モデルである。“質感”がどうみてもムクではない可動モデル。非常に柔らかい印象も受けるし、おそらくラテックス製ではないかと。
3.以前、井上氏とお会いした際に質問しました(笑)。「アレ、どないなんですか」と。御本人はうろ覚えでしたが、「直線で造った」と言っておられました。
4.怪獣ガレージ20年やってりゃ、あれが原型ならどっかで複製品眼にしたハズ(笑)
よって、リアルホビーは、ゴジラに関してのみ製品版のほうが原型に(少なくとも全体のポーズは)近い。そのように考察いたします。
で、何故に子供心にもわかるほど違って見えたのか。
ざっと簡単に相違点を考えると、
1.重心の位置が完全に違う。極端に言うなら、商品版は前傾、試作版の写真は腰タメって感じ。
2.指先の表情が直線的
3.下顎パーツの取り付け角度により、製品版は口が閉じ気味。というより、上顎と下顎のラインが並行になる。
試作モデルは言わば“ラッパ状”の為、表情が非常に異なって映る。
4.眼の周囲は、商品版のクリアーパーツとは明らかに違う(おそらく眼の周辺に関してはこの試作モデルが原型に近い)。
5.口内の牙は完全に別物。これは“抜き”を考慮したバンダイ側の対応であろう。
↑指の表情、牙の形状に注目。共に非常に直線的である。
可動化に伴うものだと思うが、重心の位置が後退していることが判る。ラッパ状に広がる口も印象的だ。ぶん回されされている尻尾が非常にかっこいい。尻尾の向きから、もしかしたらどちらかの写真は裏焼きの可能性もある。
写真は本商品を塗装したものです。って嘘つけ(笑)!
以上でリアルホビーゴジラの考察は終わりますが、僕はどうしてもこの尻尾と指を再現したく、穴をあけて針金を通そうとしたり(挫折)、包丁で切断したり(挫折)、子供ながらにいろいろとチャレンジしたのでした。最終的に「夢工房宝島」に電話して、改造の見積もりをしてもらったりもしたなぁ…。
蛇足になるが、僕とこのモスゴジ試作モデルの因縁は2000年代にも続いていたのである…。
2001年、大学生。梅田の古書クラブ籠目舎の店内で眼にしたものは…!
な、なんと、
試作モデル風に改造した完成品!!!!!!!
これを目にしたときの衝撃たるや。
勿論、即日貯金おろして購入しましたよ。
尻尾の曲がりはもちろんのこと、口の角度も製品版と大きく変えられていることが判ると思います。
残念ながら指の「すぼみ」は再現されていないが、非常に丁重な工作により、パーティングラインはすべて消されている。一番上の背ビレの向きもちゃんと修正してある(笑)
勿論、いまだに大事にして飾ってるのですが、購入から9年経過した今でも、この尻尾をどうやって曲げたのかが謎。
塩ビのムクという凶悪な素材ですよ。しかも微妙にカーブしてるから長いドリルがあったとしても、かなり難しいと思う。ハンダで地道に溶かしたのか?まったく解らない。レントゲンでも取らない限り判明しないだろうなぁ。
もし作者さんがこのブログ御覧になってたら、良ければ連絡ください…。
ちなみに、日本橋ボークスのレンタルショーケースには、怪獣の滅茶苦茶上手い完成品出されてる方がいる…。
大阪って、なんてワンダー!
あぁぁまた長くなってしまった…。
この項、“その3”は何にしようかな。
では!
最終更新8月16日 8時42分
Back to the 80's 83年のビッグバン
うあのように!
あのようだ!
猫族です。
猛暑いかがお過ごしでしょうか。今日は思い出話でも。
え?次回作?やってます。
今回から数回、キャットタワー1510さんの 資料協力による、84以前のゴジラ話。
そう、あの熱かった時代です。
写真提供:キャットタワー1510さん
我が家のゴジラ第1号。我が家における初代ゴジラですね。
勿論、マルブル世代ではないもんで、必然的にポピーだのバンダイだのになります。
多分に一生でイチバン触りまくり、眺めまくったゴジラ。買ってもらったシチュエーションまで覚えてるわ。
モスゴジモデルではありますが、最大公約数的「昭和ゴジラ」でもあります。
まぁ商品名も、STゴジラだし(この名称、本来は、若干大きいサイズで発売されたゴジラDXことキンゴジとの差異ですが)。
写真提供:キャットタワー1510さん
無駄なく、美しく流れるボディライン。真横からの写真が無いので若干説明しにくいのですが、非常に重心も安定してます。まさに、ゴジラofゴジラ。この頃のバンダイのソフビの造型はホント良かった。
まぁこのブログをご覧いただいてる皆さんなら、最大のポイントはこの”手”ですよね(笑)
そう、井上工房のバンザイゴジラと同じポーズ…。
写真提供:キャットタワー1510さん
当時、バンダイはガレージキットを非常に意識していたようで、井上氏、速水氏等、当時のGK最前線におられた方々とも接触しています。
ただ、”接触時期”がイマイチ明確じゃないんですよ。あたりまえですけど。
たしか83年の雑誌にバンダイ(ポピーだったかも。あるいは合同。ポピーとバンダイの関係について、それほど詳しく知らないのでわかりません。すみません。)の見本市の写真があり、その際に展示されていたのは“バンザイゴジラそのもの”でした。
その見本市の写真を見る限り、多分、当初は、あれをそのままビッグソフビ化する予定だったのではないかと思います(あるいは広告塔的に使用したのか?)。この案は結局、ほぼ同じサイズ、同じ原型師、同じモスゴジの2号である某キットが原型になりましたね。
ただ、この写真が、僕にとって衝撃だったのは、ガレージキット先行の企画であることが強く伺える、という点です。
要するに、企画があって、井上、速水氏に白羽の矢が立った。
というのと、
井上、速水氏の造型物の影響がマスにも届いた。
では、多少意味合いが異なってくるのではないかと思うんです。
そもそもビッグソフビゴジラがあのサイズになったのだって、あのサイズのゴジラが“あった”からということになるのじゃないでしょうか。
勿論、同人誌、宇宙船誌の存在や、投稿、各種上映会に参加された多くのファンの熱気がメーカーを動かしたのでしょうが、両氏は当時既に、ガレージキット界の偉人であって、これはいわば、「立体物という分野」に関しましては、当時のアマチュア代表ともとれます。
同じ83年の「ファンロード」誌に、これまた見本市の写真が掲載されています。the特撮collectionの名称は決まっていなかったと思いますが、プラモシリーズの1次原型として、速水氏のGSVではないモスゴジとか、他GSVモデルが並んでいる写真もあったように思います。
この流れからいくと、「参考展示用」としては、GSVのモスゴジをそのまま用いても良いように思いますが、気合の入った造り起こしです。そして、それはボディラインだけはあのキット化されたモスゴジのモノでした。
よってこの見本市バージョンのモスゴジは1次原型と仮定します。
↑これは講談社の「怪獣プラモ大百科」からの転載だが、あのキットの特徴的な尻尾の“曲がり”がこの1次原型の段階で表現されていたことが解る。付属のモスラ幼虫の1次原型は完全に別モノだった。身体が横方向に大きく湾曲していたと記憶している。
バンダイ、ポピーと共に、わずか1年で、このSTソフビ、速水氏の手がけたDXゴジラ(キンゴジ)、リアルホビーシリーズ、the特撮collectionと、大展開していくのですが、しかし、この最初期、つまり「商品展開の開始時期」、ここがもう、不明なことが多すぎる。今日のこのブログ、“仮定”やら“?”が多すぎでしょ?(笑)
各原型師の起用、そのタイミング、どれほどの原型が造り起こされ、あるいは流用され、そして実際に商品化されたのか、そして各原型師の意向、監修はどの程度であったのか。これらは完全なるブラックボックスであり、それゆえに非常に魅力的であります。完全解析、聞き取り調査などを行ってるとムック本一冊くらい書けそうですな。
同号ファンロードの表紙には海洋堂速水氏の成虫モスラがこれはそのまま載ってました。
もしかしてバンザイの載ってた雑誌は玩具系見本市、速水氏のモデルを用いた見本市は、プラモデル見本市、なのかも(このバンザイゴジラの載ってた雑誌、並びに「ファンロード」、今手元にないもんで、バックナンバーが確認できません。よって、モチロン参考写真も、時系列もはっきりしない。多分バンザイゴジラの載った雑誌の方が若干古かった記憶があるのですが…。しかし、発行時期、写真が無いとまったく意味を成さない記述ですよね。よって、この項、資料的な記述の癖に資料性がないという、格好だけは資料的な、思い出話です。なんて適当なんだ。僕の性格そのままだな。ただ、この雑誌並びに、ファンロード誌、捨ててはいないので、確認でき次第修正するかもしれません。例えば、僕の記憶違いで84年に入ってからの号だと、井上氏もリアルホビーの原型を手掛けた後ということにもなりますし)。
ちなみに当時買ってたような書き方ですが、すべて後年古書店で発掘した雑誌です。当時保育園。HJも宇宙船も勿論ファンロードも知らんです。
冒頭でも触れたSTサイズに関しては写真が残っておらず、どのルートの企画であったのかはわかりません。DXの速水キンゴジもどのタイミングで決定されたのかはわからない。
上記記事写真もキャットタワーさんの御厚意で貸していただいたのですが、ST2種(モスゴジ、メカゴジラ)が井上氏“監修”程度としかわからない。
この見本市の後の企画か、前の企画なのかもわからない。
↑同大百科より、既に各キットとも発売されている時期の本ではあるが、1次原型や、発表段階のイメージモデルの写真などが混合している。子供心に、各キットとの差異に、混乱した。
この画像を見ると、ガメラは原氏のそれになっています。サイズ的にイメージモデルとしてちょうど良かったのか?
そして、いまだ解決されない、最大の疑問。
このメカゴジラ。海洋堂にメカゴジラはないし、リアルホビーの原型とも違うようだ。良く判らん。勿論、実際のキットとも全然、違う。
↑手の感じなんかは実際のキットのそれに近い印象も受ける。このメカゴジラの立体物で確認しているのは、このカットのみ。それもこの大百科にしか載っていない。井上氏のリアルホビー用原型とは明らかに違う為、リアルホビー用写真の流用でもない。謎~。ホラ~。
ちょっと整理します。多分こういう感じになるのかな。
あくまで、僕の勝手な予想ですよ!
★予定★
ビッグソフビ
モスゴジ →井上氏
STソフビ
モスゴジ
メカゴジラ →井上氏
リアルホビー
モスゴジ
メカゴジラ
ガメラ →井上氏
(キングギドラは少し後か?)
プラモシリーズ
モスゴジ
成虫モスラ
キングギドラ等 →速水氏
メカゴジラ→不明
ガメラ→原氏
(ゴモラ他、ウルトラ怪獣は不明。ガイガン、初代ゴジラの企画はこの時期より若干後か?)
★実際★
ビッグソフビ
モスゴジ→井上氏原型(ただし別原型)
軟質素材モスラ幼虫→海洋堂原型
キングギドラ→(リアルホビー用原型使用。川村千秋氏原型)
STソフビ
モスゴジ→井上氏監修
メカゴジラ→井上氏監修
DXキンゴジ→速水氏原型
リアルホビー
モスゴジ→井上氏原型
メカゴジラ→発売されず(原型は井上氏により製作済み。後にパラダイスよりキット化)
ガメラ→井上氏原型
バルタン→小沢氏原型
大魔神→小沢氏原型
ウルトラマン→小沢氏原型
プラモシリーズ(the特撮collection)
モスゴジ→速水氏原型(このモスゴジ、大幅にモールド等に手が入っている。以下、各キットともそう考えるのが妥当か)
成虫モスラ→発売されず
キングギドラ→不明(速水氏のGSVを参考にした造り起こし)
メカゴジラ→不明
ガメラ→不明(リアルホビーのボディラインが参考にされているようにも見えるが…)
ガイガン→発売されず
初代ゴジラ→速水氏原型
サイズ的に大きいものは井上氏、小サイズが海洋堂、と当時のガレージキット界の縮図的で少々笑えますが、
恐るべきはこのカオス、そして僅か1年くらいの間にこれだけのラインナップを発売してしまったバンダイ、ポピーの底力である。
MG誌93年のゴジラ特集号に「メーカーとユーザーの蜜月時代」と題されていた記憶があるが、まさに的を射た名コピーであると言えるでしょう。こうやって振り返ると、僕はバンダイとポピーに育てられたようなもんだな。
この項の発端となったのは、キャットタワー1510さんとの思い出話、その中での「あのモスゴジ、どこまで井上さんが関わってたんだろう?」という素朴な疑問でした。
蜜月時代であり、カオス時代、プレ84とも言えるこの時代。そして俺は5歳!
非常に思い入れが強すぎ、話があっちこっちしますが、多分長くなります。
とりあえず眠たいので
つづく(笑)!!
…キャットタワー1510さんスンマセン。今日だけでは、纏めきれませんでした…。書き始めたときに聴いてたTLCの「3D」3周したし…。眠い…。てか、纏めきれるのかな~?不明なこと多すぎ~!
今回の項には、更新日時の記録も付けます。
最終更新:2010年8月9日 10:17
ワンフェス紀行 おまけ
と、帰り道物思いにふける。
行きは緊張していたこともあり、ほとんど道中の風景は眼に入らなかったが、帰り道は存分に堪能できた。
こんな遠出をしたのは初めてだ。あまりの長時間ドライブに脳がハイになっていたのか、イベントが終わった安心感からか、晴れた空が脳に沁み渡った。
東名高速って良いね。
エスコンに「空が狭い」という名言があるが、その反対。東名は「空が広い」
視界の大半を空が覆う高速道路なんて初めてだ。
由比の辺りで少し曇るが、それがまた海岸線の風景を引き立てる。
車内でかかっているBGMは「ビュースティーボーイズ」なのに、何故だかマッチしている。そして、何故だかわからないが、無性に懐かしい気持ちがこみ上げてきた。初めて来た場所なのに、凄く懐かしい。こんな気持ちは初めてだ。
あ、そうか。
関西近辺は走りつくしたせいか、もはや遠出ではない。しかし、このドライブは久々の「独りの遠出」なのだ。
小学校時代、ちょっと遠くの町まで行ってしまったときの、少しのドキドキと、新鮮さと、寂しさが入り混じった感覚。それがこの懐かしさの正体だ。掛川の茶畑を抜けている時、そのことに気付いた。
まるで半パンの小学生に戻って畑を走り抜けている気分になったが、考えてみれば、俺はワンフェス会場でも半パンだったじゃないか。何言ってんだ。
浜名湖のSAに入る。湖にヨットがプカプカ浮いていた。なんだか絵本の挿絵見たいだった。




しかし男子トイレの窓からの景色が一番イイというのは如何なものかと思うんだ。
名古屋を抜け、後はもう関西…と思いきや。
立ち並ぶ巨塔!!



実は巨大建築物が3度の飯より好きなのだ。しかもそれが、夕日に霞んで立ち並んでいる!
思わず眩暈がした。
なんだこの道。最高じゃないか。そういえばこの道は最近(といっても数年前)開通したんだっけ。こんな素晴らしい景観が拝めるのか。
それをぬけると今度は…。

長島スパーランド。保育園の時に一度来たことはあったが…
これまた霞がかって、最高に神秘的な空間を作り上げている!ここ本当に日本か?
実はこれ、パノラマ島じゃない?イカレた形のホテルが更に気分を盛り上げる。
ちなみに長島スパーランドの直前に、遥か彼方まで草原が続く空地があった。草原の地平線なんて久しぶりでこれまた感動した。
この景観も、伊勢湾を横断する新しい道のお陰だ。しかし、これ程のものとは…。
などといちいち感動したり、感傷に浸りながらの10時間運転。思わぬ懐古感覚にも浸ることが出来(まさか地元を遠く離れた土地で感じることになるとは…!)、大満足なドライブでした。人間、いろんな土地に行ってみるものだなぁ…。
あ、31歳になっちゃったよ!
ワンフェス紀行 その2
はじまり~。
初のワンフェス。
しかもディーラー側…。
嬉々としてゴートさんのバキシムを買いに行ってました(^^;)
ゴートさんのバキシムは凄かった。凄すぎました。
次回作バキシムで~なんて書いてましたが、悩んでます。
だって、これがあればもういいだろ(笑)
これの後に出すとなれば、その方法論とか色々考えることが多すぎます。でも、自分なりの表現方法で出してみたい、とも思います。それこそが造型の原点ですし、それこそがガレージキットですからね。
勿論、バキシムは購入(ちなみに一番乗りでした・笑 ラッキーなことにブースが凄く近かったのよね…)、感動と、胸の内をゴートさんに伝え、帰ってきました。

ちなみに、今回の展示したのが、オマケ首パーツを用いた開口verでした。
通常verはネットでさんざ出したので、完成品はナシ(ホントは時間が無かった・笑)
浅井塗装塾に入門したことにより※、造型力の稚拙さをある程度はカバーできたのではないかと。
コレ、ホントに僕が塗ったとは信じられないんですけど(笑)
浅井師匠、本当にありがとうございます!!!!
で、当日、ついに鮫順さんとお会いできました。どうしてもお会いしたかったんです。
鮫順さんから頂いた激励のメールにどれだけ助けられたか。
しかし
僕、実はメチャクチャ緊張してまして、どんな会話をしたのか、どうやってお別れたしたのか、断片的にしか…記憶がございません。
そしてあのデスザウラーの創造者、リュカイナさんともお会いできました!またしても緊張しており、失礼が無かったか不安です。
ダイモス村上さんが励ましてくださったときや、10代からお世話になっている「ウルトラやホビー」の店長さんが来てくださったときには、涙が出そうでした。
また、心配して何度も見に来てくださった丹羽先輩、浅井師匠、ありがとうございます!
そして大戸島サミットでお会いした方々が、ワンフェスにまで!!!なんとありがたい結束力!
お買い上げいただきました皆様、最期になりましたが、本当にありがとうございました。
「サイボット買いに来ました」と言っていただいた瞬間の感動は一生忘れられません。
本当に大勢の皆様の真心に助けられ、ワンフェスを終えることが出来ました。
ありがとうございました!!
つづく
※以前の塗りが「いくらなんでも酷すぎる」からと、御厚意で、塗装の“基本”を教えて下さったということです。
当然のことながら、浅井さん御自身の塗装の“センス”と“技術”には、このサイボットの塗りは到底及んでいません。
僕の塗りで浅井さんの御名前を汚さぬ様、注記しておきます。