前回記事では、演劇のキホン構造である「conflict(コンフリクト)」についてお話ししました。
conflict とは「対立、葛藤、ぶつかり合い」のこと。
役が持っている「達成したい目的」に対し、さまざまな「問題」が「ぶつかり合う」ことでドラマが生まれる。
このキホン構造自体はとってもシンプルなんですけれども、作品の中ではそれが何度も繰り返され、幾重にも折り重なっているために、物語は結果的に「複雑」に見えています。
さて。
ここまでお話ししてきたことは、主に「劇中でのドラマ」についてです。
2時間の映画であれば、その2時間で役はどんな目的を持ち、2時間の中でどんな問題とぶつかり合うのか、ということですね。
でも、よく考えてみると。
人が何らかの目的を持つのには、理由がありますよね。
つまり、その人の人生は、この2時間のドラマが始まる「前」からあり、その「過去」の経験が、現在の「目的」を持つきっかけになっているはずです。
こうして、役の造形は、2時間という上演時間を超えて「もっと過去」まで遡っていくことになります……。
役は、はじめから問題を抱えている
20世紀からの、スタニスラフスキー・システムを源流としたリアリズム演劇の世界では、こうした役の「もっと過去」がとても重要な位置付けとなります。
役は、過去にどんな経験をしたのか?
それによって、心の中にどんな傷を負ったのか?
そうしたトラウマ的な発想のもとで、「だから役はこういう目的を持っている」と考えます。
つまり。
役は、劇が始まる「前」からすでに、心の中に問題を抱えており。
その問題と、ずっと密かにぶつかり合っている……つまり「conflict」を抱えているということになります。
「目的と問題のぶつかり合い」というキホン構造を考えた時、どうしても「劇中」のことだけを見てしまいがちですが。
実は、役は「劇が始まる前から、すでに問題とぶつかり合っている」のです。
潜在意識の存在
……え??
劇が始まる前から??
主人公は、最初の事件(問題)が起きるまで、何事もなくフツーに日常を生きてますけど??
そんな疑問を持たれたかもしれません。
さて、ここで登場するのが、人間の「潜在意識」というものの存在です。
結論から言いますと。
劇中で最初の事件(問題)が発生するまでの、何事もなく日常を生きる主人公は、「問題を抱えていない」のではなく、「潜在意識(無意識)の中に問題を抱えているので、自分でも気づいていない」だけであり。
それが、劇中の最初の事件(問題)で表面化する=気づく、意識する、ということなんですね。
そこではじめて、自分が抱えている問題に意識レベル(顕在意識といいます)で気づき、いよいよ主人公は「ハッ!」として、何らかの行動を始めるのです。
さぁ、この段階で、conflict がちょっと複雑になってきましたね……。
でも、この「劇が始まる前段階」に注目することが、リアリズム演劇の場合はめちゃくちゃ大事なんです。
たとえば、主人公が誰かに恋をして、その人と結ばれるまでのストーリー。
もちろん、その劇中ではさまざまな問題が起こるわけですが。
その前段階として、主人公が「過去に両親から捨てられていて、『自分は誰からも愛されない』という思いを抱いている」としたら、どうでしょう?
主人公の心の中には「人に愛されたいけれど、自分は誰からも愛されない人間なんだ」という深い傷……つまり「愛されたい」という目的・欲求と、「自分は愛されていない」という過去の経験・問題が対立を起こしていて。
すでに、深い「conflict(葛藤)」の状態のまま、日常を過ごしていることになります。
そんな主人公が、ある日。
どうしても一緒になりたいと思う人と出会ったら?
きっと、過去の辛い経験を持っていない人物とは、心の中で感じることも、行動も、大きく変わってくると思います。
劇中で直面する問題に対し、「どう」感じ、「どう」行動してその問題を乗り越えるか?
この「どう」の違いこそが、リアリズム演劇における「キャラクターの違い」と言えます。
このように。
劇中の主人公の生き方もキャラクターも、劇が始まる前の「過去」によって決定づけられるため、その「過去」をしっかり把握することが重要になってくるのですね。
ところが。
役の過去は、必ずしも台本に書かれているとは限らない。
いえ、むしろ「書かれていない」役の方が圧倒的に多いんです……。
さぁ、それをどう見つけ出したら良いのでしょうか??
「どう(How)」を知ると、読解が進む!!
台本には、役がぶつかる問題と、それを「どう(How)」乗り越えるかという過程が描かれています。
台本読解が苦手だと悩んでいる方は、まず、「劇中で起こる問題をきちんと把握できていない」場合が多いように思います。
問題をクリアに把握し切れていないのに、先に役の感情や、どう演じるかということを考えてしまうケースです。
まずは、劇中で起こっている出来事の「事実」をしっかり掴んでください。
ここが拾いきれていない、見逃している、誤った捉え方をしていると、役がぶつかる問題も正しく手に入れることができません。
そして、さらに台本を読み込んで役を作っていこうとすると。
役がその問題を「どう」乗り越えているか? ということの分析も重要になってきますね。
問題と、解決の方法。
これを台本からクリアに把握することが、まず第一段階として大切なことです。
そして、それらを順々に並べていくと、劇中で役が辿る「conflict の軌跡」が見えてきます。
点と点が繋がって線になっていくような感じですね。
すると、次第に「役の造形」が見えてくる。
役は問題に対して「どう」悩み、それを「どう」解決することで、「どう」成長していくのか? という道順が分かってくるのです。
これが見えてくると、いよいよ、「その役にはどんな過去があったのか?」ということが、たとえ台本に書かれていなくとも想像できるようになってきます。
台本読解が苦手だったり、演出家や講師に「演技がおかしい」と指摘される場合……。
上に書いたような台本の分解・分析がクリアにできていないまま、あれこれ役の想像を広げてしまっているのかもしれません。
それでは、台本に書かれた役の本質に迫ることはできませんから、演技もチグハグでおかしなものになってしまいますね。
台本読解や役作りの腕を上げるには、やはり、こうした「構造」を知る必要があります。
構造を知ることで、台本に書かれた「役の地図」が読み解けてきます!!
フロイト心理学との関係
さてさて、あらためて。
リアリズム演劇でとても重要なのは、役が「過去に経験した事件」によって植え付けられた思い込みや、心の傷です。
そして、それらはすべて役の「内面」に潜む問題、内的な「conflict」だということがお分かりいただけたと思います。
心の傷。
トラウマ。
日常では気づかない、潜在意識の中にすでに抱えている問題。
20世紀以降のリアリズム演劇が、劇中で起こる conflict だけでなく、役の過去に遡ってその「構造」を形成するようになった背景には、フロイト心理学が関係していると思われます。
オーストリアの心理学者、ジークムント・フロイトの名前は、一度は聞いたことがあると思います。
彼は「潜在意識(無意識)」を発見した人物で、活動期間もちょうどスタニスラフスキーの年代と重なるんですね(フロイトは1856年生まれ、スタニスラフスキーは1863年生まれ)。
フロイトの有名な著書『夢判断』は1900年に出版された一方、スタニスラフスキー・システムの開発が本格的に始まったのは20世紀初頭です(システムに沿って初めて舞台上演がなされたのが1909年)。
そして何より、スタニスラフスキー・システムとはまさに「潜在意識」を利用した演技理論なんです。
このように、20世紀という分岐点で、人類が「潜在意識」の探究に向けて大航海をスタートさせたという歴史的背景があるので。
今日の演技の世界では、決して「カタチ」や「フリ」ではなく、役の「内面」を重視し、そこに向かって俳優が本当に「内面、潜在意識」を使って演じることが求められているのです。
▲ジークムント・フロイトさん。
まとめ
……今回は、前回記事でお伝えした内容をさらに掘り進め、現代の「リアリズム演技」で重要なことをお伝えしました。
こうした構造を理解しておくことは、道を間違えずに学ぶための指針にもなるでしょう。
キホン構造は、目的、問題(障害)、ぶつかり合い(conflict)。
それを、さらに役の「過去の事件」にまで求めていくと、いよいよキャラクターの深い内的な人生が描かれていく。
これがリアリズム演劇の土台の考え方です。
ぜひ、参考にしてみてくださいね!!
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