皆さんは、「スター・システム」という言葉をご存知ですか?

 

 

無料ウェブ百科事典 "コトバンク" によれば、

 

「映画、演劇などで、スター俳優を中心に制作・演出し、そのスターの人気で観客動員をはかる興行方法」

 

と解説されています。

 

 

さて。

演技を知る際、あるいは演劇や映画、芸能の世界で生きていこうとする際には、この「スターシステム」を理解しておくと、いろんなことが透けて見えてきます。

ある時には演技のスタイルの違いだったり、ある時には業界の仕組みだったり……。

 

今回の記事では、スター・システムについて触れながら、演技についてさらに知見を深めていただければと思います。

 

 

 

 スターシステムとは

 

スターシステムについて、先ほどの "コトバンク" からの解説を、もう一度見ておきましょう。

 

「映画、演劇などで、スター俳優を中心に制作・演出し、そのスターの人気で観客動員をはかる興行方法。」

 

"ウィキペディア" では、

 

「多くは演劇・映画・プロスポーツなどの興行分野において、高い人気を持つ人物を起用し、その花形的人物がいることを大前提として作品制作やチーム編成、宣伝計画、さらには集客プランの立案などを総合的に行っていく方式の呼称。」

 

と解説。

その対比として、プロデューサー・システム(企画・資金重視)やディレクター・システム(演出重視)があるとされています。

 

 

……こうやって見てみると。

正直、スターの人気にあやかって作品作りが行われていて、中身の質は後回しのように感じますけれど。

実際には、スター・システムのもとでも非常に質の高い作品はたくさん生み出されています。

 

世界的には、かつてのハリウッド映画がスターシステムの代表。

1930〜50年代の、いわゆる「ハリウッド黄金期」がまさにそうで、現在ではだいぶ様子は変わってきたものの、いまなおスター中心の映画は作られ続けています。

そして、それらの作品は芸術的にも非常に質の高いものです。

 

日本で言えば、歌舞伎宝塚歌劇団がそうですし、商業演劇も主にこのシステムを導入しています。

 

実際、スター・システムによって、映画業界や演劇業界は大きな成功を収めてきました。

その結果、さらに大きな予算を動かせることが可能になるので、そこに関わる人材も超一流のスペシャリストたちを揃えることができるようになります。

こうして、芸術的にも娯楽的にも質の高い作品を生み出すことが可能になっています。

 

 

 

 

 ロシア演劇と、リアリズム演劇の発展

 

とはいえ。

一方では、スター・システムの弊害も存在します。

 

そして、

その弊害こそが、スタニスラフスキー・システムを皮切りに「近代のリアリズム演劇」を育ててきたといっても過言ではありません……。

 

 

時は、近代リアリズム演劇が誕生する前夜、19世紀末。

ところは、かのスタニスラフスキーの故郷、ロシア。

 

当時のロシア演劇もまた、当時世界の主流となっていた「スター俳優の人気で観客を動員する舞台作り」が行われていました。

 

 

ちなみに当時は、まだ「スター・システム」という呼称は使われていませんでした。

花形俳優中心の演劇上演というスタイル、つまり「スター・システムの原型」が誕生したのは、18世紀。

その頃は、イギリスをはじめ、世界各国の演劇がそうした潮流にありました。

 

そんな中で、ロシアもまたそうした演劇上演の方式が採用されていたのですが。

その舞台は、現代のリアリズム重視の演劇からはちょっと考えられないようなスタイルだったみたいです……。

 

 

たとえば。

舞台面が、手前から奥に向けて3つのエリアに分かれており。

俳優の人気の順に、その3分割の「立てるエリア」が決められていたのだそう。

このうち「一番手間(客席に一番近いエリア)」は、人気スターしか立つことができず、他の俳優たちはそのエリアよりも後ろに立たなくちゃいけなかったらしいんですね。

 

他にも、俳優たちは共演者ではなく「客席に向いて」演じており、相手のセリフなんてちゃんと聞いていなかったという話もあります。

 

スターの人気重視で舞台興行が行われていた結果、俳優たちの演技にはリアリティーがなく不自然、ただ大袈裟に自分の存在をアピールするような、悪い意味での「スター芝居」が蔓延していたと聞きます。

スター・システムが、弊害となってしまっていたのでしょうね……。

 

そんな状況に対し。

スタニスラフスキーら率いるモスクワ芸術座は「こんなんじゃ、人間の心の中なんて表現できない!!」と考え、演劇に改革を起こすため、リアリズム演技の手法の開発(体系化)に乗り出します。

 

つまり、スタニスラフスキー・システムの開発は、既存の「スター芝居」に反旗を翻すような形で行われたのです。

実はここに、今日のリアリズム演技をより深く理解するためのヒントが隠されています……。

 

 

 

 「スターが手前」のステージ

 

この、スタニスラフスキー以前のロシア演劇の「形式」。

ステージが3分割されて、一番手間のエリアはスターしか立てない。

 

これ、考えてみたら、現在でも同じようなステージ構成はよく見かけるんですよね。

 

人気歌手のコンサートが、コレだと思います。

基本的には、メインとなるスター歌手だけがステージの一番手前のエリアに立つことができます。

そして、ひとつ奥のエリアに行くと、ダンサーがいたり、バンドコーラスがいたりします。

主役のスター歌手だけが手前に立てて、脇役は奥。

当たり前といえば当たり前ですが、人気歌手のコンサートでは普通にこの「エリア分割」の構図が見られますよね。

 

 

ちょっと話が逸れますが。

スターの人気がモノを言う業界の様子や、ステージの「主役と脇役」についてご興味がある方は、2013年にアメリカで制作されたドキュメンタリー映画『バックコーラスの歌姫(ディーバ)たち』をご覧になってみてください。

 

この作品の原題は「20 Feet from Stardom」

ダブルミーニングが含まれるタイトルですが、一つには「スターが立つ位置よりも、バックコーラスは20フィート下がったエリアに立たなくてはいけない」ということがその意味になっています。

 

もちろん、これは人気歌手の話ですから、演劇と一緒にはできないですけども。

でもなんだか、スター・システムのような人気商売の現実というか、厳しさみたいなものを垣間見れるような映画です……。

 

 

 

 ハリウッド映画のスター・システム

 

実際に「スター・システム」という呼称が使われるようになったのは、ハリウッド映画で大スターを中心にした映画制作の手法が確立してからのこと。

 

ハリウッド草創期の1920年代には、代表的なところでは皆さんご存知、チャールズ・チャップリンの映画でこの方式が採られるようになり。

1930〜50年代のハリウッド黄金期にそのピークを迎えました。

 

戦後、俳優の契約の方式などが大きく変わったことにより、スター・システムも衰退しましたが、やはり現在でもスター中心の映画は作られ続けています。

 

 

 

 日本の演劇シーンにおける、スター・システム

 

さてさて。

日本の演劇でのスター・システムの代表は、歌舞伎

それから、宝塚歌劇団もそうですね。

 

 

たとえば、歌舞伎が「花形俳優」をウリにしているということに関連して、ちょっと面白い話があります。

 

皆さん、カッコいい男性のことを「二枚目」、ひょうきん者の男性を「三枚目」なんて呼んだりしますよね?

これらの言葉は、歌舞伎のスター・システムが関係していると考えられるんです。

 

江戸時代。

歌舞伎の世界では、通常8枚から成っていました。

1枚目は、主役の役者さんが書かれていました。

続く2枚目には、若い「色男」の役者さん、そして3枚目には「道化」役の役者さんの名が書かれていたそうです。

こうしたことから、現在ぼくらが一般的に使用する「二枚目」「三枚目」という言葉が誕生したのだとか。

 

歌舞伎が、花形役者によって人気を集める「スター・システム」だったからこそのエピソードですね。

 

 

 

 

そしてもう一つ、宝塚歌劇団がスター・システムであることに由来するお話。

 

宝塚歌劇団の劇場には、「銀橋(ぎんきょう)」と呼ばれる場所があります。

オーケストラ・ピットと客席の間にある、通路のような出っ張った舞台(エプロンステージ)のことです。

 

ここは元々、スターしか立つことが許されておらず。

今でこそ群舞では若手たちも銀橋の上に立つことはあるものの、単独でそこに立てるのは、現在でもやはり、基本的にはトップスターに限られています。

 


 

 

 スターシステムとリアリズム演劇

 

ここでちょっと、スタニスラフスキーに話を戻してみましょう。

 

彼が、当時の主流だったスター中心の演劇作りと、それによって蔓延していた "スター芝居" に反旗を翻し「スタニスラフスキー・システム」を開発したことから、近代のリアリズム演劇の時代が本格的に訪れたというのは、先述した通り。

 

このリアリズム演劇における俳優の演技では、人間のリアリティーの表現に重点を置くため、俳優同士の「リアルな交流」が求められます。

 

 

ここで重要になるのは、俳優と観客との関係です。

 

 

リアリズム演劇においては、舞台上と客席との間には「第四の壁」が存在し、俳優と観客との関係はその "空想上の壁" によって遮断されています。

したがって俳優は、観客との直接的な関係を結ぶことはできず、相手役との関係に没頭することが求められます。

 

そうして濃密に繋がりあった俳優同士の関係を、観客は客席から「覗き見」している。

これが、リアリズム演劇の考え方です。

 

 

一方、花形スター俳優を観ることに価値の中心がある舞台や映画では。

観客にとっては、舞台上の俳優同士のリアルな関係より、観客にスターの顔がよく見えること(俳優と観客との関係)の方が大事だというふうに考えることもできます。

つまり、場合によっては、相手役よりも客席の方に顔を向けた「正面向き」の演技が要求される度合いが高まる可能性もあるということです。

 

その結果。

観客との間には壁があり、俳優は相手役との関係だけに没頭すればいいというリアリズム重視の演技に比べ、観客からのカタチ的な見え方、つまり「様式」的な演技が重視され、発展することになります。

 

 

 

 

……いかがでしたでしょうか?

 

「リアリズムの演技」と「スター・システム」は、本来、対義語ではありませんが、その成り立ちなどを比較しながら演技について考察してみると、またいろんなことが見えてきますね。

 

あくまでも、リアリズム演技とは俳優の「演技の方式」のこと、スター・システムは「興行の方式」についてのことです。

スター・システムで制作された作品の中で、俳優がとてもリアルな演技をすることだって、もちろんあり得ます。

むしろ、これからの時代、花形俳優でもリアリティーのある演技が超絶スゴい、ということが本格的に必要になってくると思うんです。(すでにそういう時代は到来しています)

 

一方で、興行の方式によっては、そうした俳優のリアリティーがあまり求められない時もあるのは確かです。

それが良い、悪いの話ではなく、「その時に必要な演技」というのがあるものなのです。

そうした際に、俳優のエゴでリアリズムに固執したり、あるいは逆に、俳優同士のリアルな関係が求められているのに正面に向いて演じるクセが抜けなかったりと、そこでの要求にそぐわないことをしていてはいけません。

その場で必要とされていることを俳優がきちんと理解し、柔軟に対応していくことが大切です。

 

今回の記事が、その場その場でどんなことが俳優に求められているのかを切り分けるためのヒントになったら幸いです。

 

 

 

 

「俳優と観客との関係」については、先日アップしたYouTube動画でも解説しています👇

 

 

 

 

こちらの記事でもそのテーマに触れているので、ぜひ読んでみてくださいね👇

 

 

 

 

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