強みを活かしてチームビルディング★管理職ママの日常

強みを活かしてチームビルディング★管理職ママの日常

人生折り返し地点、今までの経験の中から自分の強みを発掘して、これからの毎日をしなやかに過ごせる女性をサポートできるよう、講師資格取得に向けて勉強中。
ここでは、学びの過程で気づいたことを、ざっくばらんにアウトプットしていきます。

最近、ネット界隈では産休クッキーが話題になっていましたが…


特に働く女性にとって、

妊娠、出産はやっぱり大きなテーマだと思います。



 

 

夏路_なつ@jiです。

教育業界管理職・小学生2児の母。

ウェルスダイナミクス、ウェルビーイングの学びを活かし、職場・家族のチーム力向上を実現。

そこでの気づきを発信していきます。

パラレルキャリアを目指して、講師資格取得に挑戦中!

 

 

 

迷惑って思わせないチームに

 

妊娠ってすごい奇跡だし、おめでたいことなのに、

「職場が大変な時にすみません。」

「できるだけみなさんにご迷惑をかけないようにします。」


って、お詫びモードになっちゃうんですよね。



ダメダメー!!

病気とかメンタル不調の療養と違って、産育休はお休みに入るまでの時間もしっかり確保できるし、復帰のタイミングもある程度目処が立つから計画的に代替スタッフも入れやすくて、迷惑かけることなんて少ないんだよ。


産休入るんであとはよろしく〜と丸投げされるのはさすがに…ですけど、


迷惑かけるという意識は誰得でもない!




手放せないなら周りが取り除く!

 

それはそうなんだけど…


わかってはいるんだけど…



そうですよね。

わたしも周りに迷惑かけたくなくて一人で抱え込むタイプなので、自分のことになったら難しいというのはよくわかります。



でも、

「わかっているのにできない。」

それって、できない自分をよりフォーカスして追い詰めることだと思うから。


できないことを自覚させたいんじゃない、

こうしたい。こうなったら幸せ。そんな理想を現実にするきっかけを掴んで欲しい。



だからこそ、



手放したいのに手放せないのなら、

わたしが横から取り除くね!


と声をかけるようにしています。



「これからはメールの宛先、わたしもccに入れといて!」

「何がネックになってるの?」


仕事を引き取る、ということではなくて、

声かけをしたり、少しずつでも関わりを持つようにして、否が応でも一人で抱えてられないような環境に持っていく感じ。

そうすると、
こうしたら?とアドバイスをくれる人が出てきたり、
ちょっと今のアイデア、ドラフトにまとめてくれる?なんて指示が出せるようになったり。

自分が手放すことで、支えてくれる仲間や新たな視点のアイデアなど、「ある」に気付けるようになってくるのです。



一人で抱えて握りしめていた手を解いたら、
力が抜けて軽くなって、欲しいものがどんどん開いた手のひらの上に乗ってくる。

そんなイメージで、自分の思い込みをどんどん手放していきませんか?




 

夫がわたしの自転車を勝手に使った。



駐輪場に停める時の微妙なクセで、

違和感を覚えた時の、

腹の底から湧き上がるような不快感。嫌悪感。


これがわたしの地雷です。

みなさんは、どんなところに地雷がありますか?

 

 

 

夏路_なつ@jiです。

教育業界管理職・小学生2児の母。

ウェルスダイナミクス、ウェルビーイングの学びを活かし、職場・家族のチーム力向上を実現。

そこでの気づきを発信していきます。

パラレルキャリアを目指して、講師資格取得に挑戦中!

 

 

 

どうしたって自分基準で見てしまう


自分の気持ちを表明する機会を与えられずに何かをされることは、自分を蔑ろにされる行為で、

個人の尊厳を奪われる、人権侵害のように感じてしまう。


一人の人として、等しく誰もが尊重されるべき!

という思いが根底に根ざしているのだと思います。




GWに帰省した時、我が子のきょうだい喧嘩が勃発しました。


姉が怒り出すと手をつけられないのを知っている息子は、スッと居間からいなくなって誰もいない2階へ。


心配して様子を見に行くと、襖の押入れに入っている布団の上で、ドラえもん気分でゲームしてるやん…


怒ってないの?

「それより押入れが居心地良くて楽しかった!」


あなたにだってあなたの気持ちはあるんだから、

姉に言い返されるかも知れなくても、ちゃんと伝えたら良いと思うよ?

あなただけが我慢しなくていいよ?


「我慢?

そんなに大袈裟に考えなくても良いんじゃない?



そうかー。

わたしは、自分の意見を押し殺して可哀想な息子という像を作り出していたんだ!と気づかされた出来事でした。



 

よそはよそ

 

周りに屈せず自分の意見を言うことも、

それよりも気持ちを楽しいところに置くことも、

どちらも間違いではないはず。

人それぞれに、自分にとっての「大切」の基準があるだけのこと。


それを自分の基準だけで切り取って、

「間違えてる」だ、「可哀想」だなんだと言うのはほんとナンセンスだったなと反省しました。



よそはよそ、うちはうち


往々にして親子関係の場面で、

他人と比較して羨む時に言われるお決まりのセリフのような印象ですが。


わたしの感情や価値観は、わたしの中にあって、わたしの行動を決めるものであって、

 

他者に当てはめたり、縛るものではない。



自分の心の中にこの言葉を持っていると、

気持ちの置きどころが安定する気がします。





 

 

子どもたちもある程度大きくなり、鍵っ子もすっかり板につきました。


引っ越しをしたので保育園に入れず、近くに頼れる親族がいない中、幼稚園に通っていた子どもたち。


毎日お預かりでかわいそう〜という、幼稚園ママのわかりやすいマウントを経験したのも良い思い出です。



 

 

夏路_なつ@jiです。

教育業界管理職・小学生2児の母。

ウェルスダイナミクス、ウェルビーイングの学びを活かし、職場・家族のチーム力向上を実現。

そこでの気づきを発信していきます。

パラレルキャリアを目指して、講師資格取得に挑戦中!

 

 

 

幼稚園のお迎え

 

預かり料金は、降園からおおよそ1時間区切りで3段階に設定されていて、最終19時まで預かってもらえる園でした。


19時までの最後の段階は非常用と自分の中で決めて、2段階目の区切りのMAXギリギリをめがけて、職場を飛び出す毎日。


いつもヒリヒリでギリギリ、余裕なんて一つもない日常の中にいました。



その時は、

ギリギリまで仕事をすることが、子育てを理由に仕事の手を抜かない表明でもあったし、

せめてもの責任を果たすような気持ちでいました。



 

ドーパミン的幸せとセロトニン的幸せ


幸福の形を学んでいる今、

これは、申し訳なさだけじゃなくて、自分をギリギリに追い込むことでドーパミンを放出して、

「頑張ってるわたし」を味わっていたことでもあったんだなと気づきました。



このドーパミン的幸せは、報酬系ホルモンなんて表現することもあるようで、成果!結果!達成感!みたいな、目に見えやすい成功の時に感じるものです。



季節感に合わない喩えだけど、

今がすっごく寒い冬だと想像して。


外から帰ってきた時には、ファンヒーターですぐに暖を取れると幸せですよね!

でも、ずっと付けっぱなしにしてたら、エネルギーをすごく消費する。


ファンヒーターはドーパミン的幸せだなと思うのです。



即効性はないけど、じんわりとさり気なく暖かくて、ほっこり幸せを感じられる。

まるで床暖のようなものが、セロトニン的幸せ


どっちが良いとか優れてるとか正解とかじゃなくて。

それぞれに効能が違うということ。



以前のわたしのように、終業時間を過ぎてもお迎えのギリギリまで頑張っている仲間たち。


早く仕事を切り上げて、

迎えに行く道をいつもよりゆっくり歩いてみたり、

子どもを早く迎えていつもよりちょっと遠いスーパーに寄り道してみたり…


そんなほっこり温もりを感じるセロトニン的幸せを、

毎日全力疾走な生活の中に、意識的に取り入れてみませんか?





 

子どもの頃「今日のご飯なに〜?」と聞いたら、

「そんな毎回、料理名なんてない。」

と言われて、

確かにそんなもんか。と思った記憶があります。



今日はチキンを「焼く」つもりだったのに、

「衣がガリガリのチキンじゃないと食べない」

と娘に言われ、とりあえず厚めの衣で唐揚げにしたら、

「正解!」


…なんなん、上から目線 笑



 

 

夏路_なつ@jiです。

教育業界管理職・小学生2児の母。

ウェルスダイナミクス、ウェルビーイングの学びを活かし、職場・家族のチーム力向上を実現。

そこでの気づきを発信していきます。

パラレルキャリアを目指して、講師資格取得に挑戦中!

 

 

 

事実か妄想か…決めるのは自分


家庭科の学習が始まると、各家庭の食事事情も明らかに…。


「お母さんは料理しないよね」

いつも偉“そう”な態度の娘がジャッジする“ように”言ってきました。


前の投稿の、周りから良いお母さんと思われなければと凝り固まっている時なら、

“料理をしていないダメなわたし”を晒されたような気がして、

「あなた達が残すから作っても無駄なのよ!!」

とかなんとか言って子どもに責任転嫁して、自分の傷を守っていたかも知れません。




料理は頑張らないと決めている今なので、

「うん!そうだよ!その代わり、唐揚げは美味しいよね!」

(揚げたてはなんだって美味しい笑)


責められたと思って傷つく必要も、頑張ってるもん!アピールをする必要もないので、会話を楽しむつもりで応えたら、


「確かにね〜!」

と娘も乗ってきました。


娘はわたしを責めたわけではない。

ただ、事実を口にしただけのこと。



こういう場面、みなさんも経験ありませんか?




同意なしに、誰も自分を傷つけることはできない

 

相手の言葉に傷つく時

自分の中にそれを認める気持ちがあるから

なのだそうです。



あの人にあんなこと言われた。

こんなこと言うなんてあの人が悪い。


…でもそれは、

自分で自分のことをそう定義していて、

相手の言葉の行間を勝手に読んで、過剰に反応しているだけだとしたら。


自分を傷つけているのは、自分。



そんな自虐はもう、やめやめー!


わたしの中にそんな気持ちがあったんだね。

頑張りたかったんだね、認められたかったんだね。


そうやって、自分に寄り添ってあげるだけで十分なんです。




だから、

こうすべきだ。ああしなければ。

そうやって自分を追い込む癖に気づいたら、

セルフハグして一息つきましょ!




 

仕事と子育ての両立。

書き出してみて、ほんま なんもできてへんな!と思いましたが。


 

 

 

夏路_なつ@jiです。

教育業界管理職・小学生2児の母。

ウェルスダイナミクス、ウェルビーイングの学びを活かし、職場・家族のチーム力向上を実現。

そこでの気づきを発信していきます。

パラレルキャリアを目指して、講師資格取得に挑戦中!

 

 

 

その頑張り、誰のため?


わたしは、料理が好きではありません。

子どもの頃は偏食で食事の時間が大嫌いだったし、大人になれば好んで食べるようになったものも多く、無理矢理食べさせる努力に価値を見出せないわたしの主観も邪魔をします。



それに、子どもは素直で、好みに合わないと食べてくれない。

子ども2人は好き・嫌いの食材が真逆なので、常にどちらかの文句を聞かされることがストレスにもなっていました。



「仕事から疲れて帰ってきて、そのまま立ちっぱなしで作ったご飯を残されたら、やってられんわ!!」

と愚痴った時、キョトンとした子どもたちを見て、悟りました。



これは、

いいお母さんに見られたいわたしのエゴでしかない。

 


 

頑張るのはまずはひとつ


それからは、料理を頑張ることを手放しました。


子どもが満たされるのは、自分の願いを聞き入れてもらえたと感じた時。


子どもは、一緒に寝て欲しいのだそうです。



布団でスマホを触りたくても、抱っこちゃん人形のように腕にしがみついてくるので強制終了です。



これは、子どもの犠牲になっているのではなく、

子どもがわたしのストッパーになってくれていて、忙しい中でも睡眠時間を確保して元気でいられる秘訣になっています。



お互いに、

相手に歩み寄る。

でも無理はしない。

親だから、大人だからと我慢はしない。


親だって、子どもからも大切にされる存在であっていいんです!


一つずつひとつずつ、お互いにとってのベストを見つけていきましょうね。




 

 事務職だからということもあると思いますが、わたしの組織には女性が多い。

それでも「女性の管理職のもとで働くのは初めて」と言われることも多く、

確かに、わたしより上の世代となると、女性でも未婚だったり、子育てがひと段落してからの昇進だったりで、

仕事と子育てを両立しながら働くロールモデルが少ないというのが現状かもしれません。

 

 

 

 

夏路_なつ@jiです。

教育業界管理職・小学生2児の母。

ウェルスダイナミクス、ウェルビーイングの学びを活かし、職場・家族のチーム力向上を実現。

そこでの気づきを発信していきます。

パラレルキャリアを目指して、講師資格取得に挑戦中!

 

 

 

仕事との両立で整えるべきは?

 

「今度、仕事との両立の仕方を教えて欲しいです」と言われて、

「仕事はみんなが助けてくれるけど、子どもはそういうわけにもいかないし。

どーしたって、できないことはできないよね。」

と、とりつく島のない答えをしてしまい、ビミョーな空気に。。

 

仕事との両立というテーマだと、

・仕事の効率化

・仕事で成果を出す方法

・家が散らからない仕組み作り

・家事の分担や家族の協力体制

・利用できるサービス

 

・・・あたりのジャンルが多いでしょうか?(どうかな?)

 

 

わたしの場合。

夫はみんなが寝てから帰ってくるのがスタンダードだし、

夫・わたしの実家ともに遠方で頼れない。

友達付き合いが苦手だし車の運転できないし汚部屋だしで、ママ友と子育てを助け合うような交流もほぼなし。

学童も方針が合わず、早々に退会。

小学校受験で地区以外の学校に通っているので親子共に近所に友達がいない。

と、

なかなか孤立した子育てを経験してきました。

 

仕事も、異動のたびに

「あそこは忙しいけど大丈夫?」と周りから心配されるような場所に行かされ、

行った先でもアテにしてない感をバンバンに出されて、、、

一般的に参考になるような答えを持ち合わせていないような気がします・・・

 


そんな行き当たりばったりな両立生活をしてきたわたしが、

渦中である【今】にフォーカスしてお伝えできるとしたらなんだろう?と考えました。

 

 

 

マインドから組み立てる両立生活

 

わたしの転機は、大変な生活の時に直撃したコロナ禍にあった気がします。

 

在宅勤務を好意的に認めてもらえるような職場じゃなくて、

就業時間中は何もなくてもzoomを繋ぎっぱなしにして、自宅でピリピリ働いていた時、

まだ小さかった子どもたちが、他人の家族団欒のYouTubeチャンネルをヘラヘラ笑いながら観ている姿をみて、絶望したんですよね。



いつも上司の顔色を見ながら仕事をしていて、

そのイライラを家族に言いがかりをつけるような形で振り撒いて、

他人の家族を羨むような子どもたちになっちゃったーーーって。

 

なんで上司の顔色に振り回されるんだろう?

こいつ仕事ができないって思われて嫌だったけど、そんなわけのわからない基準になんで必死に答えようとしてるんだろう?

わたしは誰の期待に応えようとしているんだろう?

わたしはどうしたいんだろう??

 

 

そこから、

自分のあり方について探究して、

それを一つ一つ、職場や家庭で実践した中で、

ただただ、わたしはわたしの気持ちに素直にいたら、みんなも居心地がよくて、自然とベクトルがあっていくんだなという経験をしました。

 

だから。

わたしが両立のために伝えられることがあるとしたら、

あなた自身の心を縛るものを緩めることなのかなと思っています。

 

後輩さんとは、まずはお茶でも飲みながら、ゆっくりお話聞かせてもらうね。

 

 

 

 

 

新学期。

子どもたちは新しいクラスを満喫している様子。

この空気感を作ってくださっている先生方の心配りに頭が下がります。


わたしも新しい部署で、わからないながらもアウェーを感じずにいられるのは、

ウェルカムな雰囲気を作ってくれているメンバーのおかげ。


優しい空気に包まれた4月です。



 

 

 

夏路_なつ@jiです。

教育業界管理職・小学生2児の母。

ウェルスダイナミクス、ウェルビーイングの学びを活かし、職場・家族のチーム力向上を実現。

そこでの気づきを発信していきます。

パラレルキャリアを目指して、講師資格取得に挑戦中!

 

 

 

がっかり予防線

 

 ◯◯代表とか、◯◯長のような、前に立つことが好きな娘。


生徒会のようなものに立候補することにしたと、宣言されました。

もうすでに演説は書いてあると…



一番によぎったのは、

「選ばれなかった時にショックを受けないといいな」

という感情でした。


去年もいろいろやらせてもらっていたし、みんなにも活躍の場を譲った方が良いんじゃない?



調和が優位なわたしの特性もあると思います。

でも、それ以上に、


選ばれなくても、それは譲っただけだよ。


という予防線の言葉だなと気づいたので、

口に出さずに飲み込みました。




 

後ろ歩きで前に進む?!

 

娘がもし、傷ついたと思う時が来たら、その言葉を絆創膏にしたら良いんじゃないかと思う。

でも、先回りし過ぎるのは、子どもの感情を鈍くさせてしまうような気がしました。


悔しい時に、

別にやりたかったわけちゃうし。

みたいにスカすより、

悔しい〜!ショックー!!という感情をさらけ出せるのも、若さの特権なのかしらと思ったり。



翻って、十分にオトナなわたし。

いやぁ、やっぱり挑戦には恐れが付きまとうね!

ということを改めて感じる瞬間でした。



子どもの頃、

登り坂を後ろ歩きしたら楽!

っていうトリビア的な?話ってありませんでしたか?


知恵も痛みも知っているわたしたちは、

向かい風の中を進むのはやっぱり怖い。


挑戦をする時に、自分で恐れのハードルを下げる工夫があっても良いですよね。



どうせ無理。

結局何も変わらない。

と恐れを感じて挑戦する前に諦めるよりも、


後ろ歩きって、

クセが抜けたり、新しい気づきがあったり、自分自身を誤魔化せたり…

なんかラクかも〜!なんて、バカバカしく笑いながら、

恐れを乗り越えていけばいいのかも!






 



 

見ているだけで心が震える。


推しの人たちから、わたしはどう生きたいのか?を考えさせられています。




 

 

 

夏路_なつ@jiです。

教育業界管理職・小学生2児の母。

ウェルスダイナミクス、ウェルビーイングの学びを活かし、職場・家族のチーム力向上を実現。

そこでの気づきを発信していきます。

パラレルキャリアを目指して、講師資格取得に挑戦中!

 

 

 

愛してやまない人生とは?

 

 『愛してやまない人生を本気で生きるには?』

というお題のYouTubeを観ていました。




それは「好きなことをして生きる」とはイコールではないよね、とお話しされていて、

好きなこと・やりたいことは手段=doingで、過去の経験から選び取っていること。

愛してやまないことは、目的=beingだよと。



愛してやまないことがきっと、わたしが心を震わせていることで、

それは、


未来は自分たちの手で変えられると信じて、行動すること

 

なんだろうなーと思いました。



算数の【平行】の単元を参観した時、

「ちょっっとでも角度が違ったら、絶対平行にはならないんだぞ。」と先生が言ってはって、

なんか無駄に深いなぁと泣きそうになったのですが、

過去の踏襲とかルールとか正解とか、そういう枠組みの中で、平衡を守って進むだけの人生かぃ?と、もがいている自分がいたのだと思います。



仕事のマニュアルもそうで、

わたしは絶対、マニュアルが欲しい派ではあるのだけど、

だけど、

何も考えずに書かれた通りに繰り返すだけなら、それこそAIの方が正確で。


それをわたし達がやる意味は、

より良くするとか、繰り返しの中に疑問を持つとか、むしろそっちの方が大切なんですよね。


マニュアル・ルール・枠組みって、

守るためのものではなく、

変えていくことを浮き彫りにするためのフレームでしかないんじゃない?

って思うのです。





失敗する姿も見せていく

 

じゃあなぜ、枠組みに縛られてしまうのか?


動画で話されていた、

愛してやまない人生を生きようとする行動を止めているのは【恐れ】があるから。


それが全ての答えだと感じました。



言われたとおりにしていたら間違いないという安定への執着とか、

失敗した時の虚しさとか恥ずかしさとか。



特に今は、失敗が許されない時代と言われていて、

検索すれば誰かが教えてくれる“答え”が手に入る中で、独自性とか自分の意見とか、どんどん持ちにくくなっているのだと思います。



そんな中、

枠組みの中で、できることもできないこともわかって、

震えながら泣きながら、大きな一歩を踏み出して、

「失敗する姿も見せていきたい」と、

果敢に世界を目指して、本当にチャンスを掴んでいく姿を見せてくれる人たちがいる。



こんな物語のような現実を見ていたら、

自分の恐れなんて取るに足らないことだと思わせてくれる。



せめて広げた腕の範囲だけでも、

わたしはわたしの世界を変えていこう。



あなたにとって、

愛してやまない人生とは何ですか?





 

4月に入って1週間。

1日が月曜スタートだった今年は、新しい環境に飛び込んだ人にとっては特に、長い1週間だったと思います。

お疲れ様!!

乗り切った自分にエールを送りましょうね。


 

 

 

夏路_なつ@jiです。

教育業界管理職・小学生2児の母。

ウェルスダイナミクス、ウェルビーイングの学びを活かし、職場・家族のチーム力向上を実現。

そこでの気づきを発信していきます。

パラレルキャリアを目指して、講師資格取得に挑戦中!

 

 

 

沼からの脱却?

 

そんなわたしも、長い1週間でした。

転職並みの異動と言われるほど業務内容が変わるわたしの会社で、4月に異動をしたからです。



異動前に花束と寄せ書きでセレモニーをしていただきました。

2つの勤務地に分かれる組織なので、zoomで繋いでみんなの顔を見れるようにしてくれた。

細やかな配慮に泣けました。



そもそも、わたしがこの部署に管理職として配属になったのは、

法令に基づく判断基準があって、ルーティンをこなす仕事ならできるだろうという、人事部の判断(わたしに対する低い評価)があったから。


でも、つまりは、

同じ判断で配置されているメンバーを抱えるということで、

端的に言えば、

変化をしないチームでした。


なんでこんなことになってるの?!と尋ねても、

「ルールだから。」

「今までこうやってきたから。」


よくよく話を聞けば、おかしいと思っている、やりにくいと思っている。

でも、自分たちでは変えようとしない。



沼に落ちた時、

動くと逆に足を取られてはまっていくし、

体力も体温も奪われていく。

だから、そこでじっとしている。

私の目には、そんな集団に映りました。



それは間違ってる!なんて言うつもりもないけど、

わたしは沼にはいたくないと思ったし、

みんなにも、我慢するんじゃなくて変えていく方法はあるよ!と伝えたかった。


そんなスタートだった気がします。




もっと一緒に働きたかった

 

最初は、

波風の立たない沼を、掻き回す厄介な人のように見られていたと思います。



でも、

乾いた安全な場所から指図をしたいわけでも、

だからこの組織はダメなんだよと批判したいわけでもないとわかってもらえたのは、一緒に泥に入ったからかなと思います。



あぁ確かに動きにくいねと共感したら「でもこれなら…」と見直しのヒントを差し出してくれる人がいました。

アイデアはあっても行動の移し方を知らないだけだったり、スモールステップの刻み方を知らないこともあるんだなとわかりました。


こんな組織にしたいとイメージを伝えたら「じゃあこれやりましょう!」と具体的な企画を描いてくれる人がいました。

目的がなくて力を発揮する場面がなかっただけなんだなとわかりました。



誰がどこで才能を発揮するかなんてわからないし、管理職がコントロールしようとするなんておこがましいわ!!


一人ひとりが自分と仲間の力【強み】を信じて、自分たちならできる!と誇りに思えさえすればいい。

主語がWeのチーム作り


この経験がわたしのマネジメントの原点になりました。




やりたいことを全力で後押ししてくれた

方針を明確に示してくれた

いつもポジティブな言葉をかけてくれた

自分の役割に自信を持たせてくれた

メンバーが一丸になれた

本音をぶつけられた

自分もオープンマインドでいようと思えた

将来の自分の姿をイメージできるようになった


だから、もっと一緒に働きたかった!

一緒に描いた夢の完成を、一緒に迎えたかった!



みんなからそんな言葉をかけてもらえて、本当に幸せでした。


だから、新しい環境で迎えたこの1週間は、寂しいのが正直な気持ちですが、これをちゃんと自分の自信にして、

チーム“We”の輪を広げていこうと思います。





推し

という言葉で語られるようになって、

初めてのわたしの推し活。


推し活をする人って、なんでこうも愛に溢れ、言葉にパワーが宿るのでしょう。

格言的な?


職場にいる推し活の先輩達の名言に、心震えっぱなしの今日この頃です。




 

 

 

夏路_なつ@jiです。

教育業界管理職・小学生2児の母。

ウェルスダイナミクス、ウェルビーイングの学びを活かし、職場・家族のチーム力向上を実現。

そこでの気づきを発信していきます。

パラレルキャリアを目指して、講師資格取得に挑戦中!

 

 

 

過去には行けない

 

アイドル

とか、

ファンサ

とかは、よくわからないのですが、


自分の進む道を信じて、

不安でも、辛くても、

窮屈な世界を飛び出して、

仲間とともに獣道を進む若者が尊くて仕方がない。


ただ世界に行くだけなら、一人で飛び出しても十分通用するだけの素質があって、

でも、自分一人の成功よりももっとずっと大きなものを背負って、

信じたものを引き連れていくために足腰鍛えてやってやると言ってくれる。


不器用にも思えるほど愚直に、思いを貫く姿は、

たくさんのことをみんなに見せてくれていると思います。



自分はできないし、誰でもできることじゃないし、

それなら応援という形で、リスペクトを伝えたいだけなのです。




次のライブは、平日のみと発表があって、

関西在住で仕事の異動もあって、先が見えずにちょっとしょんぼりだった時に、かけてもらった言葉。



「東京だろうが世界の裏側だろうが行くことはできる。

でも、過去には行けないから、

行けるところには行くべきだ。」



深すぎる!!

生き様まで教えてくれる推し活ってすごくないですか??



 

折り返し地点からの進む道

 

推しは推せる時に推せ!


っていうのも、なんかもう合言葉?

って感じですけど、すごい真理だなと思うのです。


過去には行けない。

いや、ほんとそう。



でも、自分事になると、

タイミングを図ってしまったり、

過ぎた過去を悔やんだり。



うまくやらなきゃ。

ちゃんと先まで考えて、計画しなきゃ。

計画通りに実行しなきゃ。


なんだか、ずっとずっと、うんと小さい時から、

そう唱え続けていたような気がするのです。


うまくいかない時は、原因を考えて、軌道修正して、

薄皮一枚でも繋がって、築いてきたものが途切れないように踏ん張って耐えて。



そうやってきたから、掴んだ幸せもあるし、成長もできたし、

生まれ変わってもまた同じことを選び取るのだとは思う。

これが、プロファイルに沿った「わたしらしさ」だとも。



でも、ある時からだんだん大きくなる違和感も拭えなくて、

あぁ、そう言えば、子どもの時もこの違和感を持っていたなぁとも思ったりして、

それを感じる今が、人生の折り返し地点なのだなという感覚があります。


折り返した時に、また同じ道を戻るのか?

たぶん、わたしの何かが、NO!という答えを出しているから、彼らが目に留まったのでしょうね。



桐朋高校の卒業式答辞が話題になっていますが、

そこで語られた言葉


逆風を味わうことができるのは、前に進む者だけだ



さぁ、何歳からでもどこからでも、

前に進もう!