jdeafのインフレカバー研究

jdeafのインフレカバー研究

世界の超インフレーションの郵便物研究

(書込み予約)[インドネシアは日本より2時間遅れていて書込みもその分遅れます]
 

朝食は、バイキング形式で腹いっぱいになる。地元インドネシアの人はやってきてはすぐ食べて出ていて大変そう。9時に、コミッショナーとロビーで待ち合わせし、実行委員会のルームで、やり方を教えてもらった後、居合わせたUAEのグループと一緒に会場へ。8階建てで周囲より突出して高いため、すぐそれと気付く。数分歩いただけで、入口に到着。警備員がいて、次の警備員まで案内してくれ、次の警備員もエレベーターホールまで案内してくれ、エレベーターに乗る。最上階に本部があって、そこで、少々待った後、書類を受け取って、案内人に導かれて、展示会場に入り、展示作業を開始。すぐに汗だくになる。コミッショナーは、前回の反省を活かして、ファン付き上着を着て、快適そう。こちらも東南アジアで暑い時期に行くときは、同じものを用意しようかな。展示作業を終えてホテルに戻ったのは、確か午後1時。フリーになったので、モールへ向かう。目標のモールの手前にもモールがあることにコミッショナーが気付き、そこで昼食を食すことに。フードコートへ行くも、キャッシュレスの模様で、ちょっと慌てる。確認の結果、まず注文し、そこで2次元バーコードの紙を受け取り、中央にあるレジで現金を支払い、また2次元バーコードの紙を受け取る。その2次元バーコードの紙は料理と引き換えに渡すという仕組みだった。冷たい水が欲しくなったので、レジで、適当にミネラルウォーターを依頼したら、600mlで冷えたのが、5,000ルピア(50円弱)でびっくり。ようやく、インドネシアらしい安さに触れた感じ。そして、バンドン駅に近い、オランダ植民地時代の面影を残すブラガ通りへ足を延ばす。足を延ばし過ぎて、帰りは、暗くなり、道も遠回りになって、ホテルに戻った時はヘトヘト。

現地時間5時、まだ真っ暗な中、スハルト空港に到着。機内で眠れたのは4時間ほど。ボケたのか手荷物受取所で、手荷物待ちの間、ATMと思い、機器にクレジットカードを入れたが、ATMではなかった。指では取り出せず、早朝のため、スタッフもいない。スーツケースが回ってくるのを待ち、ピンセットで試したら、あっさりと取り出せ、一安心。日本のコミッショナーと二人で出口すぐのカフェで朝食を食す。エアコンはないが、風通しが良く心地よい。空港ビルに戻って、迎えなどをコミッショナーが打診。各地からやってくる人々を、正午過ぎに大型バスで、オフィシャルホテルまで送るという手筈になっていたらしいが、昼食を空港ビル周辺で食してからということで、バスの出発を遅らして、昼食を食することに。タイのグループと一緒に食す。タイのグループは、アジア郵趣連盟会長やグランプリ受賞経験者など大物揃い。昼食後、バスに乗り、バンドンまで移動。寝不足もあって、バスの中ではぐっすり。午後6時前に、オフィシャルホテルに着き、宿泊代を支払って、ルームに入る。1泊$40と、5月に行ったボストンのオフィシャルホテルの10分の1ほどという安さ。ハンドタオルがなくバスタオルのみとか、蚊がいるとか、冷蔵庫がないとかは、ちと閉口。

3日後の8月27日より、インドネシアのバンドンでアジア切手展BANDUNG 2026(8/27-31)が開催されます。
日本のコミッショナーに帯同して、バンドンに行き、9月2日に帰国予定です。
今日の深夜、羽田空港より、ジャカルタへの直行便の乗り、明日の早朝、ジャカルタのスハルト空港に着く予定です。

 

早いもので、マカオ最終日。帰国し、自宅に戻るのみ。

現地2時頃、目覚め、バスにゆったりと浸かる。日本人なので、バスがあるのは有難い。ゆったりとしていたら、出発時間が近づいて、あたふたと荷造り。忘れ物ないかとチェックし、日本コミッショナーと合流。難なくチェックアウトを済ませ、タクシーに乗って空港へ。香港ドルがそのままマカオで使えるのに対して、マカオの通貨パタカは、香港ですら使えず、日本では両替できないので、余ったパタカを、空港の免税店で菓子を購入でほぼゼロにする。飛行機に乗り、食事した後はぐっすり。成田空港到着ちょうど目が覚める。到着ロビーを出ると、慣れ親しんだ日本で、気が楽になる。帰宅ラッシュと重なったが、慣れ親しんだ光景で、無事に帰宅。

早いもので、世界切手展MACAO2026も最終日。昨夜は就眠が遅く、ブログ書けなかったので、ブログを書いてから会場へ行く。インターナショナルグランプリに選ばれた作品を見る。グランプリ候補の中で、インターナショナルグランプリに選ばれた作品だけ、見てなかった。オーストラリア北東部クイーンズランドの初期を扱った作品で、選ばれてみれば、なるほどグランプリに選ばれるだけあると納得。あとは、適当に会場内を周回。国際郵趣連盟の総会などの会議が続いているので、一人で、巨大モールのフードコートへ行き、パインアップルを切り抜いたパインチャーハンなど色々目移りしたが、いわゆる酢豚を食す。

午後4時に閉場。作品撤去で日本は午後5時とのことで、午後5時ちょうど、会場に入り、暫し待機後、立会人一人が案内。フレームに鍵が掛かっているが、立会人が持っていた鍵では上側は開くも下側は開かないというパターンで、応援を頼んで鍵を開けるというのが全作品で繰り返された。それでも今回は作品数が少な目ということと他に二人の応援もあって、午後6時過ぎに終了。自ルームに荷物を置いた後、中華料理店へ。ホテル内の通路から入ったのだが、通路の反対側はカジノで、席からカジノ中が見える。大勝して、店で、大判振る舞いとかありそうだ。日本コミッショナーの奢りで、小籠包などを食す。明日は、早いので、早めに解散。

審査員からのフィードバックで、始まる。パルマレス(受賞パーティ)の翌朝の最終日に行われるのが慣例なのだが、最終日は、国際郵趣連盟の総会など一日中会議が予定され、パルマレスの前に、フィードバックという変則スケジュールになっていた。フィードバックでの焦点は、何故、賞が下がったのか、元に戻すにはどうすれば良いかである。ところが、残念ながら、語学力の問題なのか、こちらの頭が固いのか、議論がすれ違う。終わりには、外国の友人が見兼ねて筆談してくれたが、そもそもの前提がすれ違っているようで、混乱。最後には、以前から感じていたタイトルの変更を確認したら、それもあるでしょうと、否定しなかったので、それでよしとした。

昼食は、前日見つけたフードコートで日本人4名で食す。どうらや、審査員からのフィードバックが話題になったらしく、日本コミッショナーが審査員の意図が判った、あとで伝えますとのこと。これは有難い。昼食後は、後からやってきた方に目玉となる作品を紹介する。ティータイムに、ルームに戻って、報告の葉書を作成。スマホをチェックすると、日本から、ボストンから葉書届いた、ありがとうの連絡が複数。ボストンからちょうど1カ月、しかも、ちょうど、マカオ展の葉書を書いている最中なので、奇妙な気持ちに。作成し終え、会場に戻ってFIP100周年を祝う消印のポストに投函。複数の方からの情報によると、似たような作品が並んでいて、審査員の勉強不足もあって、適当に賞を付けたのを認めたそうな。賞はもう訂正できないので、それはそれで、肝心の意図を把握したい…。

頃合をみて、再び、ルームに戻り、パルマレス用の服に着替え、メインホールへ行く。そして、バスで会場へなのだが、何故かクルクルと巡回している感じで方向が判らなくなる。外を見ると、ホテルのシンボル、エッフェル塔もどきが見え、安心する。ドーム状の建物にバスが入り、パルマレス会場へ。恙なくパーティが進み、インターナショナルグランプリはシンガポールの方に。ホテルに戻り、日本コミッショナーの部屋へ。そして、審査員からのフィードバックでの審査員の意図を、スマホのチャットを利用して丁寧に教示戴く。フィードバック時、確認したタイトルの変更も、その意図であれば、充分あり得るのだが、本当の意図であれば、タイトルは変更でも、当初考えていた変更ではなく、サブタイトルみたいなのを付ける形が良かろうとのこと。これは、滅多なことでは得られない濃密な教示。今後の出品計画が大きく変わりそうだ。そのあとは、様々な話題に移り、気付いたら日付変更線を超えていた。

早くも切手展の折り返し点。前日、各国とも自国の結果が判明したが、全体の結果を合わせたリストは、明日の夜のパルマレスでないともらえない。そこまで待ったら、結果を知った上で参観は最終日の一日しかできない。会場についたら、既に、賞が貼り出されていたので、一気に賞をメモして回る。規模があまり大きくない専門展である影響があるかは不明だが、近年、勢いのある絵葉書と現代郵趣で、両方とも最高が大金銀賞で、金賞以上が一つもなかった。逆に、テーマテイクが全体的に高評価で、28作品中、5作品が大金賞、6作品が金賞だった。一通り、賞を確認した後は、専門外の、テーマテイクを中心に見て回った。
本日は雷雨のはずが、晴天のようだということもあり、宿泊ホテルとは反対側に出てみる。2日目に行ってみたが、喫茶店がスタバ程度しか見つけられなかった所。高級そうな化粧品の壁を抜けてみると、土産向きの菓子が並び、更に歩くと、カジノへの入口があり、それを無視してUターンする形で、エスカレーターを上がると、巨大モールが広がって、水路にゴンドラ船が動いてたり、ユニクロや無印良品もあった。そして、ようやく、目当てのフードコートを見つける。ホテルより数倍も広く、マカオでも随一ではないか。実際、ルームに戻って確認すると、ザ・ヴェネチアン・マカオ(The Venetian Macao)で、アジア最大級の統合型リゾート。フードコートで一人だけで食すのは勿体ないと思い、展示会場へ戻ったが、知り合いの数名は、ディナーへ行くことに決めていて、そのディナーに行かない方と一緒に、フードコートへ向かう。そして、筆談で色々とやりとりで、この日は終了。明日は、いよいよ、世界切手展のハイライト、パルマレスとクリティーク(審査員からのフィードバック)。

起きるのが遅れ、参観グッスを用意して、フードコードで朝食を済ませた後、会場へ。まず、エキスパートチームが持ち去ったリーフを確認。真っ先に目を付けられやすい切手とカバーの両方に消印が掛かってない類は3リーフのみ。他の8リーフは、ダブルリーフにデンと1点貼られた何も印刷されてないエンボス紙以外は、多数のマテリアルが貼られているため、推測するしかないが、切手自体(ブラジル初期の牛の目など)が怪しそうとか、原画類とか、そんな感じだった。

11時から、若者の郵趣への関心を高める(Sparking Youth Interest in Philately)というテーマのセミナーがあるということで出てみる。講師はマカオ郵趣協会のメンバーで、ユースにマカオから20人超の作品が出品されるという実績があるので、興味が出て、この手のセミナーには初めて出てみた。前方にスピーカーがあって、その真下に陣取り、ノートバソコンで音声認識によるテキスト化を試みたが、なかなかうまくできず、広東語でやっと少しテキスト化できる程度で、テキストだけでは内容理解が出来なかった。スライドの内容から、ビデオ(ユーチューブなど)に引き寄せることは、頑張れば出来る(試さないといけないということなのか)、郵便局や博物館への案内は容易(国土が狭いマカオだからできるのか)、講師は教師のようで、自分の生徒15人程と一緒に作品を作り、皆奇麗なワンフレーム作品を仕上げていた、という感じだった。奇麗なワンフレームが作れるのは、パソコンやプリンターなどが劇的に向上した結果、きれいなリーフ造りが可能だからだろうか。また、切手展会場には何グループもの子供集団が訪れていた。すぐ収集には結びつかないかもしれないが、色々な切手を見るという原体験は侮れない。日本では、児童グループが切手展にやってくるというのを見た記憶がないのが残念。

日本のコミッショナーがパルマレスのチケット購入に動いてくれたが、夕方の会議で、関係者以外の人が購入できるチケットは残り7枚だけと知って少々驚く。日本勢の結果が判明したが、前回よりメダルが1ランク下がってがっかり。あさっての審査員のフィードバックで、メダルを戻すにはどうすれば良いかを確認しなくでは。

夕方、知り合いのコミッショナーと、その連れの夫妻と夕食を食す。中華料理店で、料理の選定を頼まれたので、適当に選んだら、奢ってもらうことに。2031年の日本に来るというので、その時は寿司でも奢らなくでは…。

参観2日目。前日、目星をつけた作品を中心に見て回る。軽いカタログがあり、前日のうちに印をつけたのと、展示順が通常のFIP展なので、ボストンと違って迷うこともなく、スムーズに参観できるのは有難い。びっくりするような凄い作品がないこともあって、気付いたら、ユースクラスを結構じっくり眺めてた。例えば、ネパールの2012~2025年のエラー切手で5フレームなんかは印刷局のレベルがどうなのかと思いたくなるほどで、観ていて結構楽しめた。午後に、日本コミッショナーから、お白州なしの連絡が入る。要するに、日本からの作品に、真偽が疑わしいマテリアルだと、指摘されたのがないという意味。連絡が来てから、しばらくしたら、それらしきグループが展示会場にやってきた。疑わしいマテリアルを含むリーフを取り出すと、「取り出し中」(お白州で取り調べ中)の旨の紙が置かれる。グループが去った後、取り出し中の紙を見て回って見つかったのは12リーフ。少な目かも。北朝鮮の奇妙なアーカイブは対象となってなかった。今回は見逃されたのかもしれないが、もし本当に怪しければ、そのうちに対象となるかもしれない。人と会って、色々とやりとりしたりしたら、そのまま、参観そっちのけになり、参観2日目は終了。