AM7、羽田空港着。バンドンではAM5ということもあってか少々寝ぼけた感じ。電車で帰るが、出勤ラッシュと重なる。乗り換えて最後の電車は通勤の方向とは逆で空いていた。無事帰宅して、ホッとしながら荷を解く。
夕方になって、更なる細かい荷の整理をしようとして、パスポートが見当たらないと気付く。羽田空港への問い合わせチャットで、細かい情報を書こうとして、念のため、手荷物の中を確認するとあった。ちと焦りました。
バンドンも最終日。まったりと朝食を食して、昨夜ほぼ終わっていた荷造りを済ませ、ロビーに降りる。ジャカルタのスハルト空港へのバスでロビーに10時集合と訊いてたが、9時半には、もう殆どの人が集まっていた。ほぼ時間通りにやってきた人が乗ると、10時ちょうどに発車。3時間ほど、ウトウトしていたら、スハルト空港に到着。フライトは21時半頃で、8時間程、空港内で時間を潰すことに。コミッショナーが税 関手続きを済ませた後、カートを丸ごと店内に置ける店で昼食。フライト受付までそこで時間を潰し、ブログも記す。受付を済ませたら、いよいよ帰国です。
早くも最終日。目玉は、審査員からのフィードバック。作品の評価に関して、審査員からのアドバイスを受けられる貴重な機会。有益なアドバイスもあったが、審査員によって違うなという印象も感じた。説明役ではない審査員からの、ここをこうすればいいという簡単なサインは、ちょっとした変更だが、審査員への訴求度がアップしそうで、有益で、次回是非とも反映させよう。
フィードバック後、手が回ってなかった葉書を書いて差し出す。そして、昨夜、pdf形式のパルマレスのチェックなどもあって書けなかったブログを書く。コミッショナーと合流して、作品撤去を手伝う。作品撤去完了後、本部で撤去完了報告とともに日本勢の資料を受取っていたが、中に印刷されたパルマレスがあった。一日早ければ、より有用だったのに勿体ない。受 取っていた特別賞の副賞に、嵩張るものがあり、コミッショナーは大変そうです。
いつもながら、あっという間に終わりました。次の国際展は、11月中旬の世界切手展PHILATAIPEI 2026です。また、来年以降は、国際切手展が目白押しで、どこに何を出品するのか悩みそうです。
完全フリー日。まったりと起床し、会場へ向かいます。最初に見た時の印象と貼り出された賞を比較しながら見て回ります。中国インフレが2作品あって、1作品は85点行きそうかなと思ったが、2作品とも85点に届かず。普通の書状以外の特殊な料金を増やしたりできれば、85点届くのかなと思案。
日本からは、南方占領切手愛好グループを中心に3名が、日本のコミッショナーを経由せずに、直接、インドネシアからの出品していました(日本人でインドネシアからの出品作品の審査結果)。フレーム6作品中、大金賞1作品、金賞3作品、金銀賞2作品という素晴らしい結果でした。インドネシアは、2024年7月に、ジャカルタでアジア切手展JAKARTA 2024を開催していました。わずか2年で、アジア切手展BANDUNG 2026の開催であり、日本の10年毎(西暦下が1の年、次回は2031年?)の開催などに比べて、非常に短期間です。その背景に、インドネシアが国際郵趣連盟/アジア郵趣連盟への上納金を出せなく、除名されたのがありそう。伝聞ですが、除名当時のインドネシアは、切手商中心の連盟で、除名後、収集家を中心にグループを結成し、アジア郵趣連盟は、アジアの仲間という情けもあってか、再加盟を認めました。ただし、未納の上納金を納めなければならないはずなので、アジア切手展JAKARTA 2024だけでは、足りず、資金を作るために、わずか2年で、アジア切手展BANDUNG 2026を開催の運びになった模様です。たくさんの出品を集める必要があり、日本の南方占領切手愛好グループに出品を要請していたようです。早い時期に未納金を完納し、国際郵趣連盟にも復帰できればと思います。
夕方になったので、ホテルに戻り、パルマレス(受賞パーティ)用の服に着替え、ロビーに降りたり、既に相当人が集まっていました。バスに乗って、博物館へ移動。入場前に写真を撮影し、作成したオリジナルフレーム切手を受取るのは、JAKARTA 2024と同様でした。しかし、JAKARTA 2024では複数人数で撮影した場合、人数分のオリジナルフレーム切手を作成してたのですが、今回は何人でも1枚だけで少々残念。また、受賞パーティでは、パルマレス(作品の結果のリスト)をもらうのが恒例ですが、今回は、2次元バーコードを読み取ってダウンロードという形式でした。小冊子に見落とした作品などに印をつけて、最終日、見落とした作品を見るというのが、pdf形式では、拙者のスキルではできていません。やはり、小冊子を配布して欲しいです。
正午過ぎ、エキスパートチームが持ち出したのを示す紙が貼り出されていた。20リーフほど確認。午後4時頃には、リーフが戻ってきて、確認すると、消印がタイしてない(カバーと切手の両方に掛かっていない)類が数点あった。切手に消印がそもそも押されてないものもあった。原画の類が2点。現物が二重印刷だが説明文が合わない(ように見える)のが1点。消印はきちんとタイしており、カバー自体には問題なさそうだが、稀少であることの説明があったものが数点。殆どは要鑑定書となるでしょう。エキスパートチームには本物かどうかは判らないが、偽物であれば、鑑定書が出ない。要鑑定書というふるいで、偽物を除外という仕組みです。
また、午後4時頃には既に、賞が貼り出されていた。(一社)全日本郵趣連合のブログに早くも日本勢の結果「Bandung2026入賞結果速報」が載りました。フレーム作品で金賞は1作品とちと寂しい結果ですが、文献は5つの中、3つが金賞と好成績です。
ジンバブエは、金銀賞と85点にあと一歩でした。全体的に大型カバーの使用が多く、展示に適した小型カバーは難しい、珍しい宛先を揃えたとかのプレゼン上での工夫の余地はありそうだが、厳しい。中国インフレの2作品も金銀賞で85点に届かず。1作品はそれなりに面白かったので、85点に行くかと思ったのだが…。アジア切手展は採点が厳しいが、世界切手展では、8フレーム作品での展開が見たいというニュアンスで85点を与えてくれる印象があるので、世界切手展で出品されば、また違うかもしれない。
昨日、見なかった8階の展示を一通り見て回る。これで、出品作品全てを一通り見て回ったことになる。ジンバブエインフレの作品があったのでじっくりと拝見。ジンバブエインフレの作品はアジア切手展に何度か出品されていたが、100点満点での85点になかなか達していなかった。今回はかなり改善され、すっきりしてきたので、85点に達する可能性はありそう。85点に達すると、5フレーム(A4用紙80枚分)から8フレーム(A4用紙128枚分)に拡張しての出品が可能になるので、多彩な展開が可能になり、より上の得点が期待できます。69料金期間あるため、外国航空書状ばかりとなって変化が乏しいのが今回の作品。珍しい宛先が大半で良く集めた、こちらには無理だと思うほどのレベルなので、85点を期待してしまうのです。
空調ですが、やっぱし8階は天井からのエアコンが強力で涼しい。7階もよく見れば、天井にもエアコンはあった。しかし、弱く風のみの印象でした。
明日は、偽造ア イテムがないかどうかをチェックするエキスパートチームが動くらしいので、どんなアイテムが目を付けられるか、確認できるなら確認してみようかと思う。まずは、カバーと切手と両方に消印が掛かってないカバーが目を付けられやすいが、その他は、その時によってかなり変わるので、確認してみたくなります。
今日から、8月31日まで、アジア切手展BANDUNG 2026。開会式の受付を終えると、竹の製品を渡された。あとで、ネットで確認すると、アンクルンという名前の楽器だそうだ。インドネシアの民族舞踊で開会式が始まった。しばらく見なかったティ前アジア郵趣連盟会長・国際郵趣連盟会長が見えた。会場のグラハ・ポス・インドネシア (Graha Pos Indonesia) は、インドネシアの国有郵便事業者であるPT Pos Indonesia(ペルセロ)の本社ビルです。8階建てで、周辺は高い建物がなく、最上階の8階から周囲を見渡せます。
開会式終了後、参観。前日の作品展示で大まかな会場間取りが頭に入っていたので、会場を探し回ることなく参観できた。切手展の大半の作品が7階に、一部が最上階に展示されていました。この日は、7階を一通り見て回ったのですが、冷房を急遽設置した感じで、配管が無人の部屋に繋がったりしていました。天井からでなく、据置のため、フレームが邪魔になり、見ながら移動すると、冷えた空気とボワーッとした暖かい空気が交差。ちなみに、8階は、来賓とかの対応のためか、天井かそれに近い位置で設置されているため、充分に冷えていました。
夜は、バスで移動して歓迎パーティに参加。ずっと歌で、ティ前アジア郵趣連盟会長が長時間盛り上げていました。また、日本からの参加者の一人が、煽てられて、舞台に登場。全く聴こえないが、かなり巧そうに歌って、すっかり主役になってました。バスでホテルの自ルームに戻ったら、昨日歩き回った疲れもあってか、電気をつけたまま爆睡。
朝食は、バイキング形式で腹いっぱいになる。地元インドネシアの人はやってきてはすぐ食べて出ていて大変そう。9時に、コミッショナーとロビーで待ち合わせし、実行委員会のルームで、やり方を教えてもらった後、居合わせたUAEのグループと一緒に会場へ。8階建てで周囲より突出して高いため、すぐそれと気付く。数分歩いただけで、入口に到着。警備員がいて、次の警備員まで案内してくれ、次の警備員もエレベーターホールまで案内してくれ、エレベーターに乗る。最上階に本部があって、そこで、少々待った後、書類を受け取って、案内人に導かれて、展示会場に入り、展示作業を開始。すぐに汗だくになる。コミッショナーは、前回の反省を活かして、ファン付き上着を着て、快適そう。こちらも東南アジアで暑い時期に行くときは、同じものを用意しようかな。展示作業を終えてホテルに戻ったのは、確か午後1時。フリーになったので、モールへ向かう。目標のモールの手前にもモールがあることにコミッショナーが気付き、そこで昼食を食すことに。フードコートへ行くも、キャッシュレスの模様で、ちょっと慌てる。確認の結果、まず注文し、そこで2次元バーコードの紙を受け取り、中央にあるレジで現金を支払い、また2次元バーコードの紙を受け取る。その2次元バーコードの紙は料理と引き換えに渡すという仕組みだった。冷たい水が欲しくなったので、レジで、適当にミネラルウォーターを依頼したら、600mlで冷えたのが、5,000ルピア(50円弱)でびっくり。ようやく、インドネシアらしい安さに触れた感じ。そして、バンドン駅に近い、オランダ植民地時代の面影を残すブラガ通りへ足を延ばす。足を延ばし過ぎて、帰りは、暗くなり、道も遠回りになって、ホテルに戻った時はヘトヘト。
現地時間5時、まだ真っ暗な中、スハルト空港に到着。機内で眠れたのは4時間ほど。ボケたのか手荷物受取所で、手荷物待ちの間、ATMと思い、機器にクレジットカードを入れたが、ATMではなかった。指では取り出せず、早朝のため、スタッフもいない。スーツケースが回ってくるのを待ち、ピンセットで試したら、あっさりと取り出せ、一安心。日本のコミッショナーと二人で出口すぐのカフェで朝食を食す。エアコンはないが、風通しが良く心地よい。空港ビルに戻って、迎えなどをコミッショナーが打診。各地からやってくる人々を、正午過ぎに大型バスで、オフィシャルホテルまで送るという手筈になっていたらしいが、昼食を空港ビル周辺で食してからということで、バスの出発を遅らして、昼食を食することに。タイのグループと一緒に食す。タイのグループは、アジア郵趣連盟会長やグランプリ受賞経験者など大物揃い。昼食後、バスに乗り、バンドンまで移動。寝不足もあって、バスの中ではぐっすり。 午後6時前に、オフィシャルホテルに着き、宿泊代を支払って、ルームに入る。1泊$40と、5月に行ったボストンのオフィシャルホテルの10分の1ほどという安さ。ハンドタオルがなくバスタオルのみとか、蚊がいるとか、冷蔵庫がないとかは、ちと閉口。
3日後の8月27日より、インドネシアのバンドンでアジア切手展BANDUNG 2026(8/27-31)が開催されます。
日本のコミッショナーに帯同して、バンドンに行き、9月2日に帰国予定です。
今日の深夜、羽田空港より、ジャカルタへの直行便の乗り、明日の早朝、ジャカルタのスハルト空港に着く予定です。