jdeafのインフレカバー研究 -2ページ目

jdeafのインフレカバー研究

世界の超インフレーションの郵便物研究

いよいよ、ボストンも最終日、ひたすら、日本に向かって帰国するのみ。

午前5時前に目覚め、シャワーで頭を洗ってから、バスに湯を張ってゆっくりと漬かる。毎日入浴できたのは、日本人として有難い。昨日、朝食用に購入したパンを食す。$7程を2個。1個で1100円ほど。日本では信じられない価格。フライトは13時なので、10時には空港に着きたい。ホテルのチェックアウトを済ませ、Uberで空港へ向かう。珍しく早く着いたので、搭乗手続きも4人目。搭乗ゲート前で待機し、後25分くらいで、搭乗手続きが始まるかなと思ったら、起こされた。搭乗手続きに並んでいる人がいなくなって、危なかった。機転を機転を利かせてくれた職員さんに感謝。搭乗した後は、半分ウトウトしながら、気付いた時はもう成田空港に到着。日本での6月1日夕方無事に帰宅。

世界切手展もついに最終日。出品者にとっては、クリティーク(審査員からのフィードバック)という重要なイベントがある。審査結果に対して、審査員に確認できる唯一の機会。時間が予約制で、コミッショナーが予約を取ってくれた。順番が来たので、パソコンの音声認識機能を使ってみたら、まずまずなので、そのまま進めた。質問の時、こちらがキー入力するので少し時間かかったが、スムーズに進んだ。やり取りの中で、そうか、あそこ改善しないとなと思う部分もあり、収穫があった。音声認識機能のお陰で、いつもより多い情報を聞き出せた感触があった。

クリティーク後、グランプリ作品を見て回る。ナショナルグランプリとインターナショナルグランプリをまだ見てない気がしたが、やはりきちんと見てなかった所だった。会場の中央部分のオープンスペースに、アメリカ国内展優秀作品集といった感の120フレーム程の展示があり、非競争展示だと思い、ちらっとしかみてなかった。実際、前半の作品は賞が貼りだされてなかった。後半の6作品に、メダルが貼りだされ、大金銀賞1,金賞1、大金賞4だった。その6作品の中からグランプリが2作品。語学力の問題かもしれないが、分かり難く、想定外が続くボストン展らしき終結。

気付いたら、閉場の時間が近づいたので、ルームへ戻る。午前は強い風雨が降っていたので、夕食はどうしょうかと思ったら、夕方は雨大丈夫そうなので、クインシーマーケット方面へ出向くことに。3日連続だ。適当に食べて、ボストン茶会事件の場所を通ってホテルに戻った。

世界切手展も残り2日。クライマックスのパルマレス(授賞式パーティ)がある日です。

 

ハンガリー切手収集家グループのブースで、パソコンを操作していたら、ネットに繋がらなくなった。Wifiの電源切れ。昨夜一晩中、コンセントに差し込んで充電したはず。ルームに戻ったら、ちょうどルームメイクが終わった所。何か話しかけてきたが、聴こえないので全然わからず、はいはいしてしまった。あとになって、指差した場所が机のあたりで、机の下に2つのゴミ箱があり、よく見ると、片方の箱の内側に”Recycle only”のシールが貼ってあった。分別してゴミを捨てて、ということなのか。ホテルでゴミを分別したことって記憶にないんだが…。朝食なしで8万円も取られて、ゴミ分別してくれというのかなぁ。充電したはずのコンセントの他にもう一つのコンセントに差し込んでも通電しないことが判明。高いホテルなのに、残念だ。正午になっていて、13時からの授賞セレモニーに充電が間に合わない。そのまま会場の部屋に行った、幸いにコンセントがあった。夜のパルマレスで、授賞が行われるが、95点以上が対象で、94点以下は対象外。好ましくない、せめて、授賞の写真を残したいという意図で設けられたのが、授賞セレモニー。出席すれば、全員が写真を撮ってもらえる。ワンフレームは、得点のみで、メダルはつかないのだが、セレモニーに出れば、写真を撮ってもらえるようだ。早く行ったので、スピーカの近くの席を取り、Google翻訳で音声認識&翻訳を試すと、いい塩梅に、最初の挨拶を音声認識&翻訳してくれ、セレモニーの目的、授賞の順序がアメリカが最初で、次は、国名アルファベット順にまとめて舞台脇にきてもらい、一人一人ずつ撮影するというのが分かった。こういうのは聴こえる人は認識しなくでもわかるだろうだが、聴こえないとそれ自体分からないので、分かるのは有難い。ところが、授賞が始まると、マイク無しで名前を呼ぶので、音声が拾えなくなり、当惑。撮影が終わった人々はさっさと退場していき、少しずつ空いてきた。国別に行くことが分かっていたので、空いてきたのを利用して他の日本勢がいる席へ移動。そして、有難く、授賞の撮影をしてもらい、退場。

ハンガリー切手収集家グループのブースに戻ったら、ブースにいた二人が歓声の様子。かっこいいということで、授賞セレモニーのためのスーツを着たままであることに気付く。

マウスが見当たらないことに気付く。Wifi電源切れ対応の最中にどっかに行ってしまったのか。2回マウスが行方不明になったが、2回とも戻ってきた。しかし、3回目は書いている時点でも戻らず。

スマホで画像が一杯と読み取れる表記が出たので、スマホの画像を削除し、撮影に回ろうとしたら、日本人だが、アメリカ在住のため、アメリカから出品という方がいることに気付き、声をかけてみる。初対面だが、お互いに知っていたようで、筆談が進む。FIP展は初めてだそうだが、今回のやり方は、従来のFIP展とは全く違いますよ、と伝えたり…。ちょうど拙作を探していた所で、通常のFIP展ではやらない、ヨーロッパエリアにありますと、拙作のところにご案内し、簡単な解説し、再び筆談を始めて別れる。慌てて、日本勢のメダルが貼られている所を撮影し、パルマレス会場へ。スマホにチケットを表示して、受付を済ませる方式だが、スマホにチケットを表示できず悪戦苦闘。諦めて、エラー画面のまま受付へ。時間掛かるかと思ったが、首に掛けていた出品者のネームプレートを見て、名簿に名前があることを確認してくれて、スムーズに済んだ。

ほっとして、会場の入り口前に行く。人たがりが出来ていた。主な参加者・関係者が一堂に集まるので、挨拶したりするのに絶好の場。実際、お世話になった審査員に声を掛けられたり、世界切手展初参加時からの知り合いに会ったりとせわしい時間。パソコンの音声認識を使おうと思ったら、ネットに繋がらない。今度は、ルームにWifiの充電をしたまま。そのままにしようかと思ったが、会場至近のホテルなので、取りに行く。入場できる時間になり中に入る。スピーカに一番近いテーブルをコミッショナーが確保してくれて、有難い。しかし、何故か、音声を拾うことができず、拾えても単語レベルで流れが分からず残念。同じテーブルに日本人が7人、韓国人が2人だった。隣席の方も2カ月前に退職したばかりだそうだ。同年代の方が多い。
パーティもどんどん進み、クライマックスは、グランプリの決定。グランプリは、ナショナル部門(開催国関連)、インターナショナル部門(ナショナル部門を除いた全世界)、チャンピオンクラス(3回[年]以上95点以上を3回獲得)の3つがあり、ナショナル部門は慣例につき候補作品が1作品のため、無投票で決定。インターナショナルとチャンピオンクラスは複数の候補作品があり、審査員の投票数で決まるのだが、インターナショナルがカナダ初期の郵便の作品。チャンピオンクラスはプロセイン。プロセインは、IBRA2023で、ナショナルグランプリを獲得しており、また別の世界切手展で、インターナショナルグランプリを獲得しており、ナショナル、インターナショナル、チャンピオンクラスグランプリ(2回目だったかも)の3冠という物凄い評価を受けたことになる。グランプリが決まって、ほどなくして、散会。

明日、金賞以下の受賞セレモニー、夜にパルマレス(受賞者は大金賞、グランプリ候補など一部)があり、着替えのためにホテルをUberで行き来するのは大変なので、1週間世話になったホテルをチェックアウトし、ハンガリー切手収集家グループメンバーと一緒にUberで会場へ。昨夜のうちに、ネットで審査結果が公開されていたが、会場に着いたら、既に賞が貼りだされていた。珍しく手早い対応。

昨夜のうちに、日本の友人が、聾唖の歴史に詳しく、郵趣もやっているアメリカの有名な聾唖者を知っていて、彼との連絡方法を調べてくれたので、彼にコンタクトを取ったら、突然のコンタクトにも関わらず、反応があって、ボストンにいる、今日、世界切手展に行くということで、ハンガリー切手収集家グループのブースに来てくれることになった。ブースで待ってたら、開場後、しばらくして本当にやってきてくれた。相手はアメリカ手話でこちらはアメリカ手話が使えないのだが、何とか通じるもので、ノートパソコンに入っていた、昔の有名な聾唖者や関係者の郵便物・手紙を見せる。グラハムベルは電話の発明者であまりにも著名だが、電話を発明する前は、聾唖者に教育をしていて、電話を発明した後も、口話法を強力に推し進めてたことは知る人ぞ知ることである。

彼が去った後、隣りのロシアの隣りがポーランド。ポーランドのインフレ作品があって、なかなか良い内容であったが、出品者が数年前、ポーランドインフレに関して問い合わせて来た方だった。それで、作品を見たとメールしたら、何と、ポーランドのブースにいるということで、伺いに行った。ブースに二人いたが、聴こえないことは伝えてあり、先ほどの頓珍漢なやりとりを見てたのか、片方が立ち上がってきた。初対面であったが、戸惑うことなく、Google翻訳の力を借りながらではあるが、スムーズにやり取りができた。数年前は確かに私が先行してたが、今は、完全に追い越されてしまった。金賞おめでとうございます!と伝えると、とんでもない、私がネットで作品を公開してくれたので、非常に助かりましたと逆に感謝された。中断していたが、時間がたっぷりと使えるようになったので、研究を再開し、ポーランドインフレだけの複雑な現象を詳しく調べたいと伝えた。それに関するマイナーな話も共通知識があって、成り立ち、うれしかった。同じ仲間がいることは大変に有難い。日本に戻った後、やり取りが再開しそうだ。隣りの隣りのブースだったのは、驚き。

アメリカの聾唖者を私に教えてくれた方が、話したいということで、彼が再びやってくることに備えて、おっかなびっくりで、Zoomを設定し、お互いに手話でやりとりできるようにし、二人で話してたら、彼が再びやってきたので、Zoomの相手が彼を私に教えてくれた方と伝えたら、興味を示し、手話でやりとり。日本はボストンとは昼夜逆転なのだが…。何故、彼を知っていたのかなどを説明してくれ、そのアメリカの聾唖者も納得した模様。彼は手話通訳を連れていた。

再び、静かになったと思ったら、見知らず方が突然やってきて話しかけてきた。慌てて、グーグル翻訳を入れてみると、「何か訊きたいことがあるそうだね。訊きたいことは何かね」という内容。やってきた瞬間に、前日お願いしていたウクライナインフレに詳しい方と直感し、ウクライナの方ですか?と確認すると、ウクライナではないカナダとのこと。カナダでは移民の関係か、ウクライナに関する収集が盛んでホームページもあったので、すぐに納得し、ウクライナの1992~1996年のことで、と伝えかけた所、突然、来いというので、ついていくと、まさにウクライナインフレ期の作品。後で確認した作品名も「Ukrainian Provisional Postage Stamps and Usage, 1992-1996」で大金銀賞だった。一応、全作品を見て回ったはずだが伝統郵趣の作品だったのか、気付かなかった。メールアドレスを教えてくれば、作品を画像を送ってくれるというので、名刺を渡す。大変有難いことだ。ウォントリスト代わりに使っている料金表をを示し、抜けが多いが、なかなか埋まらない、メールを頂ければ、リストを送りますと伝えると、ないかもしれないが、調べてくれるとのこと。本当は、ロシア侵攻後、連絡が取れなくなった師匠に関しても知りたいのだが、後で連絡が取れるようになったら訊いてみよう…。

ハンガリー切手収集家グループのブースに戻ってしばらくしたら、アメリカの聾唖者が突然やってきて、来い来いと再び引っ張りだされた。訳が分からないまま、ついていくと、ある切手商のブース。そして、1つの商品を見せられる。1801年のパリ聾学校から差し出された手紙で、結構な金額。困惑して、思案していると、件の聾唖者がアメリカの郵趣協会の会員なんかで、二割割引してくれるとのこと。高いのだが、件の聾唖者が私の収集対象を理解してくれたのも有難いし、今後の付き合いも考えると、これは買うしかない。店の方があからさまにニコニコしているのを見て手話通訳者が面白がってた…。1点だけかと思ったら、最初より半額もしないのだが、これまたアメリカ聾教育初期に関する手紙で、筆記体を解読した文書もついていて調べる手間が大幅に省けるもの。これも二割引きということで、購入。店の方のニコニコが更に強まった。
なお、開会セレモニーで手話通訳がついたり、イベントだけでなく、買い物にも手話通訳がついていたが、日本だとなかなかそうはいかない。

午後4時になったので、ハンガリー切手収集家グループのブースを閉めた。メンバーの一人が帰国するというので、ハグして惜しむ。ハンガリーのコミッショナーが、グーグル翻訳に色々話しかけていたが、これハンガー語でできないかというので、ハンガー語に切り替えたら、今までにない勢いで色々と話し込んでくれた。やはり、母国語なので、話しやすい訳だ。

散会し、会場すぐのホテルへチェックイン。2ベッドの部屋しかないが良いかと訊かれたのでOKと伝え、部屋に入る。少し狭くなったがバスもあり充分だ。荷解きし、メールをチェックすると、早くもチェックインで決済で引かれた金額通知のメールが入っていた。24万円強。3泊なので、1泊8万円…。朝食抜きなんですよ。ボストンが高いのは承知してたつもりだが、こういうのは慣れたくない。インフレは収集だけで良い。

気付いたらもう折り返し点。ウクライナの方が来ないので、ウクライナのブースに行って、訊いたら、会場には来ているみたいで、ブースに来たら、ハンガリーのブースに行くように伝えるとのこと。
隣のロシアのブースは人がいつもたくさんで、話しかけにくかった。5日目もなると、人が来ず、担当が一人ぽっちみたいな時間が増えてきたようで、話しかけてみる。そしたら、気さくな方で、色々と協力してくれそう。名刺交換をし、メールでやりとりすることに。日本に来たこともあり、新宿の切手センターにも行ったことがあるそうだ。驚いた。親日家のようだ。

ずっと、会場とホテルだけで過ごしてたのだが、ボストン中心地に位置するので、ちょいと散策することに。会場から歩いて10分くらいのところが、歴史で学ぶ、ボストン茶会事件があった場所で、当時を再現した船があって、実際に茶を海に投げ入れていた(当然だが、紐がついていて引き揚げていた)のを見れたのは面白かった。橋を渡った所が、ボストンの中心地で、赤レンガの建物が並び、歴史を感じた。事前に友人が教えてくれたクインシーマーケットというのを探したら、少々遠回り(それでも赤レンガの街並みを楽しめた)になったが、すぐに分かった。200年前に建てられた古い建物だが、色々なショップが並ぶ。目当てのクラムチャウダーを見つけ、クラムチャウダーの鍋を指差し、店頭に置かれたサイズの見本のLを指差したら、すぐ伝わった。クラムチャウダーは、色々なものが詰まっていて旨かった。もっと散策したいところだが、世界切手展がメインなので、ささっと会場に戻る。展示を見て回ると、審査員が最後の詰めをしている雰囲気。そろそろ審査結果が出るだろう。

ブースに戻ると、何時までいるか?と同じホテルのメンバーに訊かれ、いつでもと回答したら、疲れていたみたいで、じゃ今行こうということで、早くも3時半頃、Uberでホテルに戻った。ウクライナのブースに行って、ホテルに戻りますと伝えると、じゃ明日とのこと。明日会えるだろうか…。


※早くも審査結果が公開されたのでリンクを貼ります。

最近の世界切手展は、会場代やホテル代などの出費対策のためか、短期間の傾向だが、BOSTN2026は8日間と長いのは出費が少々痛いがじっくりと出来るのは有難い。但し、コミッショナー(特に出品数が少ない所)への補助が少ない模様。
IBRA2023は4日間で、4日目はもう最終日でクリティーク(審査員のフィードバック)の後は、もう作品撤去という慌ただしさだったのを覚えている。

4日目となると、慣れてきた。ハンガリー切手収集家グループのブースは、ヨーロッパエリアの中にあるので、ようやく、他のブースが気になってきた。見て回ると、隣のブースがなんとロシア。1920年代インフレの料金が分からず、難儀しているので、文献を紹介してもらえると有難いだが…。それより、ドイツ切手収集家グループの隣がウクライナ!! 少々時間をかけて、自己紹介やウクライナインフレの師匠のことなどの文を作成し、ノートPCの画面を見せる。すぐ、ノートPCの下の本を取り出す。白い表紙で、師匠の初版のものだ。私が使っているのは、大幅改善された改版で水色の表紙。詳しい人が今いないが、明日来るということで、明日にも話しができるのが楽しみだ。
午後1時から、別室で、ハンガリー切手収集家グループの総会。総会に参加するのは初めて。スピーカーの下に、Google翻訳を開いたノートPCを置いてみたら、見事に、実用に近いレベルで、会話内容を音声認識してくれた。寄付に関しても活発に会話がなされていた。総会を1時間で終えた後は、Zoomで参加していた方が1時間講演。1800年代のハンガリーの一人の偉人に関するもので、知らないことばかりで、参考になった。
会議室は1階にあり、会議室が並ぶ廊下の先が遥か先で、会場の広大さを実感。会場に戻る途上に、絵葉書の展示があり、入ってみる。さほど多くないフレーム数なので、会場をちょっと調整すれば、簡単にできそうで、わざわざ、別室で開催する意味が分からない。もっとも結構広い部屋で、たくさんのテーブルが置かれていたので、バザールとかの企画や交流会をやっていたのかもしれない。作品の方は、展示方法が似てきて、どの作品も3通/リーフのパターンで葉書をリーフの片側に寄せて、空いた空白にみっしりと書き込んでいた。展示数が少ないので、10フレーム(5フレーム2作品)分の未展示があり、空白が目立ち、少々、残念。

会場を、うろついていたら、壁の切手は、囲んでいるエリアに関する切手だということに、今更ながら気づいた。日本切手は、アジア・オセアニア・アフリカのエリアといった感じ。当然だが、無意味な羅列ではなかった。

夜は、ハンガリー切手収集家グループのディナー。古いボストンの2階建ての家という雰囲気の良い店で、25人程が集まった。前日、訪れたばかりのスペルマン博物館の司書さんもお越しくださった。Google翻訳を開いたノートPCが大活躍で、司書さんの挨拶が数m先だというのに、皆が静かにして、司書さんの声が通ってたのか、見事に音声認識してくれ、また、皆さんに音声認識のことが知られ渡ったようで、自己紹介を兼ねた挨拶文をまず見せてから音声認識に切り替えて話しかけて頂くパターンで参加者の皆さんと交流。中には、「何を話せばいいのかしら。えっ、やだ、声拾っている。やめてやめて、削除!削除!」というのも正確に拾って、旦那さんの爆笑を買う一幕も。横田空港に長い間いて、新宿のアメリカ切手研究会と交流してたという方もおられてびっくり。目白に移ったことを知らなかった。というのは、30年以上前まで日本に住んでいたんだ。ワイワイとした中、閉会し、ホテルへ戻り、折り返し点終了。

 

※数時間、音声認識機能を使ったりしたためか、データ通信量が契約量を超え、アップ出来なかった。データ通信量がクリアされる0時過ぎにアップ出来ました

入場時、フレームの配置が気になって、適当に彷徨ったら、フレーム配置を示したA4大の紙が目立たない場所に貼られていることに気付く。エリアの壁の外側ではなく、中に入ってから外へ出る時に見える場所で、なかなか気付かない。基本的に、ヨーロッパ、アジア・アフリカ、アメリカの3エリアがあって、関連作品と共に、関連収集グループのブースが配されている形だった。実際、ハンガリー切手収集家グループ、ドイツ切手収集家グループのブースはヨーロッパエリアに並んでいる。そして、同じエリア内は、ヨーロッパの作品が展示されるのだが、展示部門が錯綜して、かつ、非競争作品も混ざっていた。そして、更にややこしいのは、入口から左手側の一番奥まった場所がオープンエリアとなっていて、出品の半分近くが、部門順に展示されていたことである。オープンエリアには、チャンピオンクラスは全作品あるが、伝統郵趣部門は無く(全部、各エリアに展示されたか)、郵便史などの作品が並んでいた。作品名だけでは、各エリアか、オープンエリアかが、分かり難い。

マップでは高額寄付者用の休憩所の下に、絵葉書があり、確かにまだ絵葉書は見てないと気付き、行ってみるが見当たらない。休憩所のスタッフに訊いたら、扉に同じマップが貼られていて、よく見ると、見難いが、151Bという会議室で展示されていると判明。会議室がどこにあるのかも分からないのもあり行く気が失せ、まだやってなかった切手商を巡る。比較的新しいカバーを国別の箱に整理し、@5$で売ってた切手商があって、物色しアルゼンチン・ウクライナインフレのカバーを購入。$5は1通800円強で、100円~200円程で購入できた時から見れば安くないが、今となっては、郵送代などを考えると、まだ安い方。
展示入口は2か所あり、3日目にしてようやく気付いたのだが、入る時の左側のエスカレーターを降りてすぐの一等地を、複数の大手オークションの華やかなブースがあり、手嶋コレクションのオークション誌をショーケースの中や上に平積みで置いていた。また、著名なコレクター、ハッカメイの伝記風のA5サイズ273ページの立派な本を無料で配布してた。見ると、現チャールズ3世との写真もあった。
 

会場の比較的近い場所に、Spellman Museum of Stamps and Postal History(スペルマン切手・郵便史博物館)というのがあり、14:30のバスに遅れてガイドさんを待たせてしまった。博物館は、日本でいうと東京・目白の切手の博物館に相当するだろうか。自由に中に入れ、目玉のマドンナ(Madonna)5,000K切手逆刷をすぐ観ることが出来た。たった1枚の切手なので、じっくり見てもさほど時間は掛からない。展示スペースは、切手の博物館1階よりやや広め。廊下に出ると、色々な展示があった。1室は、逓信通信博物館で見かけた(現在は郵政博物館にある)取っ手を引き出すと、所蔵品が見れるようになっていた。最初の方は当然だが一番切手(個人が持つのは大変)。最後の方にドイツ国旗の印があったので、引き出してみると、インフレ期のカバーが時系列で並べられていたのは意外だった。開架式の図書室があり、テーブルの上に、「ようこそ、ハンガリー切手収集家グループ」の紙と共に、ハンガリー切手関連の書籍が配されていた。入口の1つ下に降りたら、本を割引販売していて、日専1989もあった。4フレームの展示があり見ると、1930年のフルシートのシールに各有名人のサインが入っていた。ベーブルースのサインもあった。もう100年近くの昔。なお、博物館で、ハンガリー切手収集家グループから寄付のセレモニーがあると思ったが、それらしき動きがない。訊いたら、明晩のディナーで行うとのこと。些か拍子抜け。16:45のバスに乗って会場に戻った。ホテルに同行して戻る方がいないので、初めてUberを試みる。スマホでやろうと思ったが、電池が切れそうになってたので、ノートPCで試す。おっかなびっくりで、操作し、クレジットカード情報を入力したら、すんなりと完了。あと6分、残り1マイルといった視覚的にわかりやすい表示で、すんなりと乗車できた。
2日連続で雨だったが、ようやく晴れてきたので、会場近くで夕食を食してから、ホテルに戻れば良かったかとも思ったが、Uberに慣れることを優先。ホテルに戻ってから、近くのDunkinで、ハンバーガーを夕食代わりに食す。$6セットでもっとも安いセットなのだが、ほぼ1000円。日本の方がかなり安そう。カウンターではなく、大型縦パネル操作で注文の形式。現金は使えず、クレジットカードで支払おうとしたが、進まず、ちょうど退出する店員さんに手伝ってもらった。日本でもだが、どんどんキャッシュレスが進んでいる。適応しなくでは。
昨日よりは、歩いてないが、慣れないことが続いたこともあってか、爆睡。

入場して、すぐコート・オブ・オナーに向かう。ロ状に壁が建てかけられ、出入口は普通のドア1つだけで、一人しか通れない。夜間はドアに鍵をかけ、更に厳重になる仕組み。入口すぐのエスカレーターからは丸見えで、中に人がいるかどうかすぐ判る。コート・オブ・オナーは、龍500文逆刷などの珍品が目玉。100フレーム以上あるので、カタログで展示フレームを確認し探すと、龍500文とは無関係な別の作品。入口のスタッフと話し合っていた品の良さそうな老人に、カタログのアイテムがないと示すと、来いの合図と共に確認してくれた。他にもいくつかのアイテムがないことを確認すると、コーナーの外へ向かって、スタッフと話し合って、展示はしてないとのこと。龍500文逆刷だけでなく、ハワイの宣教師カバー、そして、有名な宙返り24c田型もない。ちょっとお粗末ではないか…。それでも、展示は珍品だらけなので、見て回る。しれっと、単片だが、宙返り24cもあったのは流石。
想定より時間が掛かったコート・オブ・オナーの次に、昨日、観れなかった残り全作品を観ることに。フレーム番号順に見たいがなかなかそうならない。一応、アジア、アメリカのようにエリア毎にまとまっているようだが、必ずしもそうでもない。ハンガリー切手収集家グループのブースに午後4時までに戻りたいので、最後の南アメリカエリアでは、早歩きになってしまった。作品を横目に見ながら、メキシコより南は、収集自体が困難(ヨーロッパからみて)である一方、最初の切手の発行が結構古いので、一番切手や初期の切手、スタンプレスの作品は高評価になりやすく、LGがたくさん出そうな感じ。
作品で印象に残ったのは、印紙だが、南北戦争時の作品で、書き込み場所もないほど、みっしりと貼り詰めされた作品があり、圧倒された。それと5フレーム作品の中に、1フレームを1枚のリーフで印刷したものがあった。5フレームを5リーフだけで作ったもの。IBRA2023で、ワンフレームの中に、1リーフの作品があったが、複数フレームでみるのは初めて。プリンターもかなりやすくなっているので、A0サイズの印刷も可能になっているのだろうか。
ホテルへの戻り方、夕食は、1日目と同じでスムーズ。ルームに戻ったら、1日目より歩いたので、これまた爆睡。

ハンガリー切手収集家グループの会長はホテルでなく、また、ハンガリーインフレの師匠は100才の高齢なので、切手展には来ない。ということで、ホテルの宿泊者に顔見知りはいないので、まず一人で朝食を食す。それらしき3人グループに訊いたら、ビンゴ。朝食後すぐ、Uberで会場へ。3人のうち一人は、ハンガリーのコミッショナー。
広々とした天井の高いホール。たくさん並んでいる受付の中に、Exhibitor(出品者)を見つけ、受付を済ませようとするが、担当が不在(隣のプレスに人手取られた模様)で、暫し待たされる。名前を示すと、出品者の名札とカタログをもらう。3階の特設ルームで開会式があるというので行ってみる。手話通訳がついていてびっくり。障害者の差別を排し、社会参加を促すADA法のお陰であろう。厚かましく前から2列目に陣取り、手話通訳を眺める。というのもアメリカ手話で部分的にしか読み取れない。それでも、切手とかは一目瞭然。結果的に、聴覚障害者らしきのは見当たらず。10時から開場。カフェでウォーターボトルを購入。$4。入口を通るとすぐエスカレーターで下に降りる。その途中で会場が一堂に見渡せる設計なのだが、エレベーターを降りてすぐにブースが並んでいる以外は、あっちこっちに壁が建っていて全体が見渡せない。
通常なら、一気に歩き回って全作品を眺め、じっくり観たい作品の目星をつけるのだが、展示部門別に展示されているのではなく、また、あっちこっちにある壁が邪魔で、どう回れば良いのか判らない。探ってみて、どうやら、基本的に入口の左側からフレーム番号が始まり、中央の切手商ブースを囲むように時計回りで展示されている模様。だが、整然と展示されるのではなく、フレーム番号を追うと、突然、番号が飛んだり、あっちこっちに、収集家グループのブースや休憩所などが配され、分かり難い。また、知り合いと一緒にインフレの作品を観たり、ハンガリー切手収集家グループのブースに寄ったり、そのブースの隣の隣がドイツ切手収集クループでちょいと寄ってみたりなどしてたら、あっという間に、午後4時近くに。会場は午後6時までなのだが、午後4時にブースを閉めるので、それに合わせて、ホテルに戻った。半分ほどしかみてないが、会期が8日間と長いのと、事前に全作品をExcelにまとめ、フレーム番号順に整理したのをプリントして持っていて、どの作品をまた見てないかなどが分かるので、問題ないだろう。午後2時ごろ、ウォーターボトルを追加購入しようとしたら、カフェが既に閉まっていた。適当に奥へ進んだら、無人店らしきのを見つける。しばらく眺めていると、入口用に扉の前に立って、スマホなどを翳すと扉が開き中に入れる。クレジットカードを差し込んでみたら、扉が開いて中に入れた。ウォーターボトルとキットカットを取り出し、さて、レジはと見渡すとレジが見当たらない。試しに出口の扉の前に進むと勝手に扉が開き、外へ出れた。きちんと会計されたかどうか、クレジットカードの請求をチェックしなくでは…。無人店は初めてで面食らった。アナウンスあるだろうだが、聴こえないから、不気味。
ホテルに戻った後、すぐ近くのバーで夕食を食す。他の3人は既に昨日食べたみたいで、これはボリュームがあり過ぎると教えてもらい、ピザを注文。だが、それでもボリュームあって腹いっぱい。基本料金が9.5$で、オニオンなど3品セレクトで+$3、クランベリージュースクランベリージュース$1.94×2の合わせて$16.38、チップ代込みで$18渡す。空港でのサンドイッチと同額で腹いっぱいになったのは安い。更に、となりの酒屋で、ウォーター700mlが$1.99。これならそんなに高く感じない。セットで安く買いたいが500ml40本しかなく断念。ノートPCを持ち込んで、夕食中、Google翻訳の音声認識を入れたら、会話も拾ってくれて、それもはっきりと内容が分かってびっくり。コレクションが失われているのを嘆く話が色々出てきた。コレクションの喪失が話題に。同じハンガリー切手収集家グループメンバーで近いのに、コレクションが失われた(おそらく捨てられた?)とか、。1ヶ月以内に奥さんにアポとらないといけないとか、そんな話しが続く。日本の我々と同様だ。正確に会話を拾って、きちんと日本語に訳してくれて、これは凄過ぎる。英語が理論的な構成で翻訳しやいのだろうだが…。色々な言語を試してみたいものだ。
夕食後は、久々に半日歩き回ったためか、爆睡。

ボストンは、日本より13時間遅い時差というのもあり、1日遅れのアップになりますが、承知置き願います。

 

無事にボストンに着きました。ボストン中心部のホテルは高額というのもあり、会期前半は、ボストン郊外のホテルに滞在し、タクシーで会場へ通う予定です。

日本からボストンへの直行便は、成田空港から1日1便のみ。購入時、直行便が高く、乗継を考えていたら、安くなったので、直行便を確保。予定時刻通り、ボストン・ローガン国際空港に着くも、入国手続きに1時間程。割り当てられた担当官が丁寧に質問などで確認していたので、時間がかかるのも当然。持ち込みドル金額なども訊かれた。手荷物受け取りのターンテーブルにはもう人がいなく、すぐ手荷物を受け取れた。エコノミークラスだが、タクシーにスムーズに乗れるようにと、荷物の優先権を支払ったのだが…。夕食代わりに、売店で、サンドイッチと水を購入したが、サンドイッチ$14.8は約2,400円で、承知していたが、やはり高い。空港からホテルまでのタクシー代は、$74.8。チップ代込みで$80支払い。これまた12000円強…。最初から、高くでもオフィシャルホテルにすればよかったかと思ったが、広めのスペースにバス付なのが有難い。