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jdeafのインフレカバー研究

世界の超インフレーションの郵便物研究

いよいよ開幕。開会式は、10時からだが関係者しか入れない模様。一般入場は11時からなので、それまでに、朝食を済ませ、爆睡で、書けなかったブログをアップ。

11時に会場に向かう。出品カタログがあれば、参観の手助けになるのだが、未入手。インフォメーションセンターを覗いてみたら、カタログがあり、かつ無料なので、幸便と頂く。B5サイズ56ページで扱いやすい。まずは、2時間半ほどかけて全作品をざっと見て回る。見て回る最中に、じっくり見たい作品の目星をつけておく。いつもの世界切手展と変わらない配置で、気が楽だった。先日のボストン展では、配置の意図が分からなかったこともあり、一気に全作品を見て回ることができなかった。もっとも専門世界切手展であるマカオ展1,500フレームに対して、ボストンは総合世界切手展で3,500フレームと倍以上の規模で、単純計算では、ざっと見て回るだけでも、6時間程かかる。

ざっと見て回って、いくつかの作品に目隠しされているのが目についた。前回のマカオ展(アジア展だが)でも、孫文切手に目隠しがされ、それもフレーム丸ごと目隠しされ、参観だけでなく、審査できないでは…と伺っていたのを思い出した。その反省からなのか、フレーム丸ごと目隠しはなく、該当マテリアルの上から白いシールを貼り付けるという方法だった。今回、孫文切手は目隠しされず、日本の乃木、東郷切手、軍事郵便、ナチスの鉤十字などが対象のようだった。テーマティクが最も多く10作品強、伝統郵趣、現代郵趣、ユースにも目隠しがされた作品があった。

あと、これ凄いという作品に出合うのが世界切手展の愉しみの一つだが、今回は見当たらず。目を引いた作品としては、まず、8フレーム作品だが、中国の赤猿切手だけで4フレームというのがあった。バスツアーが行われているようで、グループが続々とやってきて、入口からのレイアウトの関係もありそうだが、案内人が、まず、マオ切手を紹介し、続いて赤猿切手を紹介していた。あと、アーカイブ関連で気になったのが2作品あった。1つは、北朝鮮を対象にした作品で、多数のアーカイブ。北朝鮮で、トップクラスのはずの日本人の作品でも観た記憶がなく、ちょっと不可解。もしかしたら、エキスパートチームに運ばれて、要鑑定になるかもしれない。もう一つは、フランスのマリアンヌ切手を対象とした作品で、8フレームなのに殆どアーカイブだけという作品。フランスは、プルーフを代表にアーカイブが多いので、全部本物かもしれないが、ちょっと大雑把な印象。あと、ユースのレベルの高さに驚いた。15才以下で、1フレームだが、きちんとマテリアルを配置し、フレーム全体でみっしりと書き込みをしていた。親などの援助もあっただろうだが、技術の発展で、パソコンでの作品作りが容易になっているのが大きいだろう。19~21才となると、絵葉書などで、シニアクラスにも遜色ない作品が多数見られた。レベルだけでなく、50作品を超えて多い。日本でも、ユース育成に力を入れて欲しいものです。スタンペディアは「30年後の郵趣(切手収集)人口の確保」を指針としていたはずで、参考に実施頂ければ…と思った。

インフレをメインに集めているので、ロシアインフレ期と中国インフレを取り上げた作品が複数あり、明日以降じっくりと観よう。

明日から、世界切手展MACAO 2026が始まります。それに備えて、作品を展示するのが、本日最大の作業です。

 

ホテル内のフードコートが9時から開始なので、9時直前に、フードコートに行き、チャーハンを食す。まずまずの旨さ。フードコードは客室の直下の5階にあり、なかなか便利。大会関係者にとって、9時からの朝食は遅過ぎるので別室なのかと納得。朝食後、日本コミッショナーと示し合わせて、作品を持参して、会場へ向かう。フードコートと同じ5階から会場への直結通路があり、一度も暑い外へ出ずに会場に着く。

一人の立会人の元に、コミッショナーと二人で黙々と作品を展示する。拙作のリーフは、A4と同じ高さを利用していたが、保護ラップに入れるとA4より高くなってしまうので、2mm短くしたリーフを試し、最初はうまい具合に納まって、良々と思ってたが、後半で、2段(4リーフ1列×2)で間隔が狭いのがあり、納めると少しだが湾曲してしまうので、8リーフ分、セロハンテープを裏に貼り付けてとめた。もう1mm短くした方が良さそうなのか…。

展示作業を終えた後は、フードコートで昼食後、コミッショナー関係の細々とした作業が終わった後、会場からホテルとは反対側の通路に出てみる。エスカレーターで3階から1階に降りる途中で、前面一面、広大なカジノが見えた。スロットがずらりと並んだりしてた。エスカレーターで降りて、そのまままっすぐ歩くとカジノの入口で、ついフラッと入って散財してしまいそう。あとは、高級な化粧品などが多く、目当てのスーパーやデザート類は見当たらず。カジノがメインなので、雰囲気的に合わないので無いのだろうか。喫茶店もスターバックスのみで、そのスターバックスで休憩。日本コミッショナーと色々と筆雑談。

夕方、知り合いのコミッショナーと会い、23時(日本時間24時)頃まで英語でやりとり。楽しかったが、相手はノートバソコンに現地語で話しかけてもらい、Google翻訳で英語にテキスト化し、それを私が読み取り、私からは、日本語をキー入力し、Google翻訳で英語に変えたのを相手が読み取る形式。従来の筆談より、情報量が膨大になり、楽しかったが、自ルームに戻ったら、流石に疲れてブログを書けないまま、爆睡。

成田空港から、マカオ直行便で現地入り。30℃超えていて、また海の近くで湿度が高くベトベトします。夜になっていたので、ホテル周りのネオンが奇麗でした。また、部屋が広くて満足。

(日本より時差が1時間遅れで、日本の日付変更線を過ぎたあたりに、アップが続きそうです)

 

世界切手展で現地入りする上での楽しみは、色々な国の方々との交流です。色々な国のインフレを集めて展示すると、その国の郵趣家に喜ばれ、意外な形での交流がしばしばです。先日のボストン展でのアメリカのハンガリー切手収集家グループと交流が、その例です。コミッショナーや審査員でもない一出品者が、一堂に多くの顔見知りと会える、最大機会がバイキング形式の朝食です。ところが、フロントで、朝食希望を出したら、コミッショナーら、切手展関係者は別室になるとのこと。それで、朝食希望を取り消すことに。どうなるやらと思ったら、ホテルの中にフードコートがあることが判明。帯同した日本コミッショナーと一緒に夜食を食す。

 

明日、作品を展示し、明後日から切手展が始まります。

3日後の6月26日より、マカオで世界切手展MACAO 2026(6/26-7/1)が開催されます。明日、日本コミッショナーに帯同してマカオへ行き、7月2日帰国予定です。

 

ボストンが終わったばかりで、1カ月と開けずに、2つの世界切手展が行われ、両方に参加は過去でも最短です。

いよいよ、ボストンも最終日、ひたすら、日本に向かって帰国するのみ。

午前5時前に目覚め、シャワーで頭を洗ってから、バスに湯を張ってゆっくりと漬かる。毎日入浴できたのは、日本人として有難い。昨日、朝食用に購入したパンを食す。$7程を2個。1個で1100円ほど。日本では信じられない価格。フライトは13時なので、10時には空港に着きたい。ホテルのチェックアウトを済ませ、Uberで空港へ向かう。珍しく早く着いたので、搭乗手続きも4人目。搭乗ゲート前で待機し、後25分くらいで、搭乗手続きが始まるかなと思ったら、起こされた。搭乗手続きに並んでいる人がいなくなって、危なかった。機転を機転を利かせてくれた職員さんに感謝。搭乗した後は、半分ウトウトしながら、気付いた時はもう成田空港に到着。日本での6月1日夕方無事に帰宅。

世界切手展もついに最終日。出品者にとっては、クリティーク(審査員からのフィードバック)という重要なイベントがある。審査結果に対して、審査員に確認できる唯一の機会。時間が予約制で、コミッショナーが予約を取ってくれた。順番が来たので、パソコンの音声認識機能を使ってみたら、まずまずなので、そのまま進めた。質問の時、こちらがキー入力するので少し時間かかったが、スムーズに進んだ。やり取りの中で、そうか、あそこ改善しないとなと思う部分もあり、収穫があった。音声認識機能のお陰で、いつもより多い情報を聞き出せた感触があった。

クリティーク後、グランプリ作品を見て回る。ナショナルグランプリとインターナショナルグランプリをまだ見てない気がしたが、やはりきちんと見てなかった所だった。会場の中央部分のオープンスペースに、アメリカ国内展優秀作品集といった感の120フレーム程の展示があり、非競争展示だと思い、ちらっとしかみてなかった。実際、前半の作品は賞が貼りだされてなかった。後半の6作品に、メダルが貼りだされ、大金銀賞1,金賞1、大金賞4だった。その6作品の中からグランプリが2作品。語学力の問題かもしれないが、分かり難く、想定外が続くボストン展らしき終結。

気付いたら、閉場の時間が近づいたので、ルームへ戻る。午前は強い風雨が降っていたので、夕食はどうしょうかと思ったら、夕方は雨大丈夫そうなので、クインシーマーケット方面へ出向くことに。3日連続だ。適当に食べて、ボストン茶会事件の場所を通ってホテルに戻った。

世界切手展も残り2日。クライマックスのパルマレス(授賞式パーティ)がある日です。

 

ハンガリー切手収集家グループのブースで、パソコンを操作していたら、ネットに繋がらなくなった。Wifiの電源切れ。昨夜一晩中、コンセントに差し込んで充電したはず。ルームに戻ったら、ちょうどルームメイクが終わった所。何か話しかけてきたが、聴こえないので全然わからず、はいはいしてしまった。あとになって、指差した場所が机のあたりで、机の下に2つのゴミ箱があり、よく見ると、片方の箱の内側に”Recycle only”のシールが貼ってあった。分別してゴミを捨てて、ということなのか。ホテルでゴミを分別したことって記憶にないんだが…。朝食なしで8万円も取られて、ゴミ分別してくれというのかなぁ。充電したはずのコンセントの他にもう一つのコンセントに差し込んでも通電しないことが判明。高いホテルなのに、残念だ。正午になっていて、13時からの授賞セレモニーに充電が間に合わない。そのまま会場の部屋に行った、幸いにコンセントがあった。夜のパルマレスで、授賞が行われるが、95点以上が対象で、94点以下は対象外。好ましくない、せめて、授賞の写真を残したいという意図で設けられたのが、授賞セレモニー。出席すれば、全員が写真を撮ってもらえる。ワンフレームは、得点のみで、メダルはつかないのだが、セレモニーに出れば、写真を撮ってもらえるようだ。早く行ったので、スピーカの近くの席を取り、Google翻訳で音声認識&翻訳を試すと、いい塩梅に、最初の挨拶を音声認識&翻訳してくれ、セレモニーの目的、授賞の順序がアメリカが最初で、次は、国名アルファベット順にまとめて舞台脇にきてもらい、一人一人ずつ撮影するというのが分かった。こういうのは聴こえる人は認識しなくでもわかるだろうだが、聴こえないとそれ自体分からないので、分かるのは有難い。ところが、授賞が始まると、マイク無しで名前を呼ぶので、音声が拾えなくなり、当惑。撮影が終わった人々はさっさと退場していき、少しずつ空いてきた。国別に行くことが分かっていたので、空いてきたのを利用して他の日本勢がいる席へ移動。そして、有難く、授賞の撮影をしてもらい、退場。

ハンガリー切手収集家グループのブースに戻ったら、ブースにいた二人が歓声の様子。かっこいいということで、授賞セレモニーのためのスーツを着たままであることに気付く。

マウスが見当たらないことに気付く。Wifi電源切れ対応の最中にどっかに行ってしまったのか。2回マウスが行方不明になったが、2回とも戻ってきた。しかし、3回目は書いている時点でも戻らず。

スマホで画像が一杯と読み取れる表記が出たので、スマホの画像を削除し、撮影に回ろうとしたら、日本人だが、アメリカ在住のため、アメリカから出品という方がいることに気付き、声をかけてみる。初対面だが、お互いに知っていたようで、筆談が進む。FIP展は初めてだそうだが、今回のやり方は、従来のFIP展とは全く違いますよ、と伝えたり…。ちょうど拙作を探していた所で、通常のFIP展ではやらない、ヨーロッパエリアにありますと、拙作のところにご案内し、簡単な解説し、再び筆談を始めて別れる。慌てて、日本勢のメダルが貼られている所を撮影し、パルマレス会場へ。スマホにチケットを表示して、受付を済ませる方式だが、スマホにチケットを表示できず悪戦苦闘。諦めて、エラー画面のまま受付へ。時間掛かるかと思ったが、首に掛けていた出品者のネームプレートを見て、名簿に名前があることを確認してくれて、スムーズに済んだ。

ほっとして、会場の入り口前に行く。人たがりが出来ていた。主な参加者・関係者が一堂に集まるので、挨拶したりするのに絶好の場。実際、お世話になった審査員に声を掛けられたり、世界切手展初参加時からの知り合いに会ったりとせわしい時間。パソコンの音声認識を使おうと思ったら、ネットに繋がらない。今度は、ルームにWifiの充電をしたまま。そのままにしようかと思ったが、会場至近のホテルなので、取りに行く。入場できる時間になり中に入る。スピーカに一番近いテーブルをコミッショナーが確保してくれて、有難い。しかし、何故か、音声を拾うことができず、拾えても単語レベルで流れが分からず残念。同じテーブルに日本人が7人、韓国人が2人だった。隣席の方も2カ月前に退職したばかりだそうだ。同年代の方が多い。
パーティもどんどん進み、クライマックスは、グランプリの決定。グランプリは、ナショナル部門(開催国関連)、インターナショナル部門(ナショナル部門を除いた全世界)、チャンピオンクラス(3回[年]以上95点以上を3回獲得)の3つがあり、ナショナル部門は慣例につき候補作品が1作品のため、無投票で決定。インターナショナルとチャンピオンクラスは複数の候補作品があり、審査員の投票数で決まるのだが、インターナショナルがカナダ初期の郵便の作品。チャンピオンクラスはプロセイン。プロセインは、IBRA2023で、ナショナルグランプリを獲得しており、また別の世界切手展で、インターナショナルグランプリを獲得しており、ナショナル、インターナショナル、チャンピオンクラスグランプリ(2回目だったかも)の3冠という物凄い評価を受けたことになる。グランプリが決まって、ほどなくして、散会。

明日、金賞以下の受賞セレモニー、夜にパルマレス(受賞者は大金賞、グランプリ候補など一部)があり、着替えのためにホテルをUberで行き来するのは大変なので、1週間世話になったホテルをチェックアウトし、ハンガリー切手収集家グループメンバーと一緒にUberで会場へ。昨夜のうちに、ネットで審査結果が公開されていたが、会場に着いたら、既に賞が貼りだされていた。珍しく手早い対応。

昨夜のうちに、日本の友人が、聾唖の歴史に詳しく、郵趣もやっているアメリカの有名な聾唖者を知っていて、彼との連絡方法を調べてくれたので、彼にコンタクトを取ったら、突然のコンタクトにも関わらず、反応があって、ボストンにいる、今日、世界切手展に行くということで、ハンガリー切手収集家グループのブースに来てくれることになった。ブースで待ってたら、開場後、しばらくして本当にやってきてくれた。相手はアメリカ手話でこちらはアメリカ手話が使えないのだが、何とか通じるもので、ノートパソコンに入っていた、昔の有名な聾唖者や関係者の郵便物・手紙を見せる。グラハムベルは電話の発明者であまりにも著名だが、電話を発明する前は、聾唖者に教育をしていて、電話を発明した後も、口話法を強力に推し進めてたことは知る人ぞ知ることである。

彼が去った後、隣りのロシアの隣りがポーランド。ポーランドのインフレ作品があって、なかなか良い内容であったが、出品者が数年前、ポーランドインフレに関して問い合わせて来た方だった。それで、作品を見たとメールしたら、何と、ポーランドのブースにいるということで、伺いに行った。ブースに二人いたが、聴こえないことは伝えてあり、先ほどの頓珍漢なやりとりを見てたのか、片方が立ち上がってきた。初対面であったが、戸惑うことなく、Google翻訳の力を借りながらではあるが、スムーズにやり取りができた。数年前は確かに私が先行してたが、今は、完全に追い越されてしまった。金賞おめでとうございます!と伝えると、とんでもない、私がネットで作品を公開してくれたので、非常に助かりましたと逆に感謝された。中断していたが、時間がたっぷりと使えるようになったので、研究を再開し、ポーランドインフレだけの複雑な現象を詳しく調べたいと伝えた。それに関するマイナーな話も共通知識があって、成り立ち、うれしかった。同じ仲間がいることは大変に有難い。日本に戻った後、やり取りが再開しそうだ。隣りの隣りのブースだったのは、驚き。

アメリカの聾唖者を私に教えてくれた方が、話したいということで、彼が再びやってくることに備えて、おっかなびっくりで、Zoomを設定し、お互いに手話でやりとりできるようにし、二人で話してたら、彼が再びやってきたので、Zoomの相手が彼を私に教えてくれた方と伝えたら、興味を示し、手話でやりとり。日本はボストンとは昼夜逆転なのだが…。何故、彼を知っていたのかなどを説明してくれ、そのアメリカの聾唖者も納得した模様。彼は手話通訳を連れていた。

再び、静かになったと思ったら、見知らず方が突然やってきて話しかけてきた。慌てて、グーグル翻訳を入れてみると、「何か訊きたいことがあるそうだね。訊きたいことは何かね」という内容。やってきた瞬間に、前日お願いしていたウクライナインフレに詳しい方と直感し、ウクライナの方ですか?と確認すると、ウクライナではないカナダとのこと。カナダでは移民の関係か、ウクライナに関する収集が盛んでホームページもあったので、すぐに納得し、ウクライナの1992~1996年のことで、と伝えかけた所、突然、来いというので、ついていくと、まさにウクライナインフレ期の作品。後で確認した作品名も「Ukrainian Provisional Postage Stamps and Usage, 1992-1996」で大金銀賞だった。一応、全作品を見て回ったはずだが伝統郵趣の作品だったのか、気付かなかった。メールアドレスを教えてくれば、作品を画像を送ってくれるというので、名刺を渡す。大変有難いことだ。ウォントリスト代わりに使っている料金表をを示し、抜けが多いが、なかなか埋まらない、メールを頂ければ、リストを送りますと伝えると、ないかもしれないが、調べてくれるとのこと。本当は、ロシア侵攻後、連絡が取れなくなった師匠に関しても知りたいのだが、後で連絡が取れるようになったら訊いてみよう…。

ハンガリー切手収集家グループのブースに戻ってしばらくしたら、アメリカの聾唖者が突然やってきて、来い来いと再び引っ張りだされた。訳が分からないまま、ついていくと、ある切手商のブース。そして、1つの商品を見せられる。1801年のパリ聾学校から差し出された手紙で、結構な金額。困惑して、思案していると、件の聾唖者がアメリカの郵趣協会の会員なんかで、二割割引してくれるとのこと。高いのだが、件の聾唖者が私の収集対象を理解してくれたのも有難いし、今後の付き合いも考えると、これは買うしかない。店の方があからさまにニコニコしているのを見て手話通訳者が面白がってた…。1点だけかと思ったら、最初より半額もしないのだが、これまたアメリカ聾教育初期に関する手紙で、筆記体を解読した文書もついていて調べる手間が大幅に省けるもの。これも二割引きということで、購入。店の方のニコニコが更に強まった。
なお、開会セレモニーで手話通訳がついたり、イベントだけでなく、買い物にも手話通訳がついていたが、日本だとなかなかそうはいかない。

午後4時になったので、ハンガリー切手収集家グループのブースを閉めた。メンバーの一人が帰国するというので、ハグして惜しむ。ハンガリーのコミッショナーが、グーグル翻訳に色々話しかけていたが、これハンガー語でできないかというので、ハンガー語に切り替えたら、今までにない勢いで色々と話し込んでくれた。やはり、母国語なので、話しやすい訳だ。

散会し、会場すぐのホテルへチェックイン。2ベッドの部屋しかないが良いかと訊かれたのでOKと伝え、部屋に入る。少し狭くなったがバスもあり充分だ。荷解きし、メールをチェックすると、早くもチェックインで決済で引かれた金額通知のメールが入っていた。24万円強。3泊なので、1泊8万円…。朝食抜きなんですよ。ボストンが高いのは承知してたつもりだが、こういうのは慣れたくない。インフレは収集だけで良い。

気付いたらもう折り返し点。ウクライナの方が来ないので、ウクライナのブースに行って、訊いたら、会場には来ているみたいで、ブースに来たら、ハンガリーのブースに行くように伝えるとのこと。
隣のロシアのブースは人がいつもたくさんで、話しかけにくかった。5日目もなると、人が来ず、担当が一人ぽっちみたいな時間が増えてきたようで、話しかけてみる。そしたら、気さくな方で、色々と協力してくれそう。名刺交換をし、メールでやりとりすることに。日本に来たこともあり、新宿の切手センターにも行ったことがあるそうだ。驚いた。親日家のようだ。

ずっと、会場とホテルだけで過ごしてたのだが、ボストン中心地に位置するので、ちょいと散策することに。会場から歩いて10分くらいのところが、歴史で学ぶ、ボストン茶会事件があった場所で、当時を再現した船があって、実際に茶を海に投げ入れていた(当然だが、紐がついていて引き揚げていた)のを見れたのは面白かった。橋を渡った所が、ボストンの中心地で、赤レンガの建物が並び、歴史を感じた。事前に友人が教えてくれたクインシーマーケットというのを探したら、少々遠回り(それでも赤レンガの街並みを楽しめた)になったが、すぐに分かった。200年前に建てられた古い建物だが、色々なショップが並ぶ。目当てのクラムチャウダーを見つけ、クラムチャウダーの鍋を指差し、店頭に置かれたサイズの見本のLを指差したら、すぐ伝わった。クラムチャウダーは、色々なものが詰まっていて旨かった。もっと散策したいところだが、世界切手展がメインなので、ささっと会場に戻る。展示を見て回ると、審査員が最後の詰めをしている雰囲気。そろそろ審査結果が出るだろう。

ブースに戻ると、何時までいるか?と同じホテルのメンバーに訊かれ、いつでもと回答したら、疲れていたみたいで、じゃ今行こうということで、早くも3時半頃、Uberでホテルに戻った。ウクライナのブースに行って、ホテルに戻りますと伝えると、じゃ明日とのこと。明日会えるだろうか…。


※早くも審査結果が公開されたのでリンクを貼ります。

最近の世界切手展は、会場代やホテル代などの出費対策のためか、短期間の傾向だが、BOSTN2026は8日間と長いのは出費が少々痛いがじっくりと出来るのは有難い。但し、コミッショナー(特に出品数が少ない所)への補助が少ない模様。
IBRA2023は4日間で、4日目はもう最終日でクリティーク(審査員のフィードバック)の後は、もう作品撤去という慌ただしさだったのを覚えている。

4日目となると、慣れてきた。ハンガリー切手収集家グループのブースは、ヨーロッパエリアの中にあるので、ようやく、他のブースが気になってきた。見て回ると、隣のブースがなんとロシア。1920年代インフレの料金が分からず、難儀しているので、文献を紹介してもらえると有難いだが…。それより、ドイツ切手収集家グループの隣がウクライナ!! 少々時間をかけて、自己紹介やウクライナインフレの師匠のことなどの文を作成し、ノートPCの画面を見せる。すぐ、ノートPCの下の本を取り出す。白い表紙で、師匠の初版のものだ。私が使っているのは、大幅改善された改版で水色の表紙。詳しい人が今いないが、明日来るということで、明日にも話しができるのが楽しみだ。
午後1時から、別室で、ハンガリー切手収集家グループの総会。総会に参加するのは初めて。スピーカーの下に、Google翻訳を開いたノートPCを置いてみたら、見事に、実用に近いレベルで、会話内容を音声認識してくれた。寄付に関しても活発に会話がなされていた。総会を1時間で終えた後は、Zoomで参加していた方が1時間講演。1800年代のハンガリーの一人の偉人に関するもので、知らないことばかりで、参考になった。
会議室は1階にあり、会議室が並ぶ廊下の先が遥か先で、会場の広大さを実感。会場に戻る途上に、絵葉書の展示があり、入ってみる。さほど多くないフレーム数なので、会場をちょっと調整すれば、簡単にできそうで、わざわざ、別室で開催する意味が分からない。もっとも結構広い部屋で、たくさんのテーブルが置かれていたので、バザールとかの企画や交流会をやっていたのかもしれない。作品の方は、展示方法が似てきて、どの作品も3通/リーフのパターンで葉書をリーフの片側に寄せて、空いた空白にみっしりと書き込んでいた。展示数が少ないので、10フレーム(5フレーム2作品)分の未展示があり、空白が目立ち、少々、残念。

会場を、うろついていたら、壁の切手は、囲んでいるエリアに関する切手だということに、今更ながら気づいた。日本切手は、アジア・オセアニア・アフリカのエリアといった感じ。当然だが、無意味な羅列ではなかった。

夜は、ハンガリー切手収集家グループのディナー。古いボストンの2階建ての家という雰囲気の良い店で、25人程が集まった。前日、訪れたばかりのスペルマン博物館の司書さんもお越しくださった。Google翻訳を開いたノートPCが大活躍で、司書さんの挨拶が数m先だというのに、皆が静かにして、司書さんの声が通ってたのか、見事に音声認識してくれ、また、皆さんに音声認識のことが知られ渡ったようで、自己紹介を兼ねた挨拶文をまず見せてから音声認識に切り替えて話しかけて頂くパターンで参加者の皆さんと交流。中には、「何を話せばいいのかしら。えっ、やだ、声拾っている。やめてやめて、削除!削除!」というのも正確に拾って、旦那さんの爆笑を買う一幕も。横田空港に長い間いて、新宿のアメリカ切手研究会と交流してたという方もおられてびっくり。目白に移ったことを知らなかった。というのは、30年以上前まで日本に住んでいたんだ。ワイワイとした中、閉会し、ホテルへ戻り、折り返し点終了。

 

※数時間、音声認識機能を使ったりしたためか、データ通信量が契約量を超え、アップ出来なかった。データ通信量がクリアされる0時過ぎにアップ出来ました