俺様シネマ -3ページ目

Star Wars ep3

ユアン・マクレガー
ナタリー・ポートマン
ヘイデン・クリステンセン
ジョージ・ルーカス監督・脚本
クローン戦争が勃発し、ますます苛烈になる戦況の中、共和国に対する分離主義者ドゥークー伯爵とグリーヴァス将軍は、共和国のパルパティーン議長を誘拐、その救出に向かう“選ばれし者”アナキン・スカイウォーカーとその師オビ=ワン・ケノービ。
アナキンにとって議長は父親のような存在。
その彼を無事救出し、また、愛する妻で議員のパドメとの間に子供も出来、幸せいっぱい…が、パドメの死という予知夢を見たことで、静かに歯車が狂い始める…
ダース・ヴェイダーの誕生を描く、スターウォーズ最終章。

悲しい。哀しい。かなしい。
だたもうひたすら哀しいです。大嫌いです、この映画。
すごい嫌だ。
ジェダイも、シスも、共和国も、帝国も、ライトセーバーも、フォースも、あの黒い鎧も、全部が全部すごく嫌だ。
なんでそうなっちゃうの、全部亡くして、20年後に救われたって、それが一体何だと言うの。
哀しくて、エンドロールを見ながらひたすら泣いた。
大嫌いです、この映画。

オビ=ワン=ユアン・マクレガーがところどころでお茶目で笑える。天然か?天然なの?
なんでそこでチョキなの、なんでこの大事な場面の背景で超仁王立ちしてるの?だいたいそもそもなんでそんな派手なトカゲに乗ってるの?
ただの良い人で終わりかねないオビ=ワンを、持ち前の愛嬌で妙に可愛いキャラクターにしてしまったところは流石だと思った。
これからEP4までの20年を思うと切ないけれど、表面的にはあくまで飄々としていて、ちゃんとアレック・ギネスのオビ=ワンにつながっているのだと納得出来た。
彼は全然悪くないけれど、この人がもっと不真面目で奔放でヤクザなおっちゃんだったら、アナキンは堕ちなかったのに、とか、しょーもないこと思っちゃう。ごめんね、オビ=ワン。

アナキン=ヘイデン・クリステンセンは、ただただ本当に、ひたすらに綺麗でした。
世の中こーも綺麗な顔が存在するもんかねえ、とか思うような完全無欠の美形で、独特な気品も色気もあるのに、それ以上に妙にダークなオーラがあって、何故かアイドルっぽさが全然ないという、不思議な人だなあとは思っていたのだけど、怖いくらいダークサイドが似合ってました。
堕ちて、抱える闇のようなものが深くなればなるほど綺麗なんですよ。
大虐殺の後の涙の美しさなど背筋が寒くなる程の美しさで、それだけでもこの映画を見る価値があると思う。
それだけに、その美貌が<ネタバレ>大火傷で崩れ落ちる</ネタバレ>のは思いのほかショックで、席を立ちたくなってしまいました。
あの御馴染みの黒い鎧、まるで棺おけみたいだった。
あの黒いマスクみたいなの被る瞬間、カッと目を見開くじゃないですか。あの棺おけが呼吸を始めた瞬間の絶望感ったらない。
姿も声も全然違うものになっちゃって、それでも御馴染みの姿になったダース・ヴェイダーの最初の一言が<ネタバレ>「パドメは無事ですか?」</ネタバレ>で、そのパドメの最期の言葉が<ネタバレ>「アナキンは無事ですか?」</ネタバレ>で対になっていて、なんでこうなってしまったのだろうと思う。

なんで堕ちなくちゃいけなかったのかなあ、と思う。
仕方がないのだけど、全部が全部、奴隷だったことも、見出されたことも、クワイ=ガン・ジンが死んだのも、お母さんが殺されたのも、オビ=ワンが師だったのも、パドメに出会ったことも、良いことも悪いことも、堕ちるためのプロセスみたいで、なんだかとても嫌でした。
良かれと思ったことが全部裏目で、オビ=ワンの善良な部分までもが裏目。アナキンが堕ちるだけならまだしも、みんながみんな一斉に不幸になってしまう。
旧三部作の主人公ルークって一体なんなんだろう。
君は偉いよ。救うことを勝手に押し付けられたのに、ちゃんとみんなを救ったのね、みたいな。
ルークがいて、ルークでよかったと、ちゃんとそう思えるけれども。

哀しくてどうにもならないけれど、映画として素晴らしいと思います。でも嫌い。
大嫌いだけど、ノベライズとかサントラとかうっかり買ってしまった…なんなんだよ、もう。

スターウォーズ旧三部作


ジョージ・ルーカス作
マーク・ハミル
キャリー・フィッシャー
ハリソン・フォード
アレック・ギネス
説明不要の伝説の三部作。
はるか遠い未来の銀河系を舞台に、銀河を支配する帝国を敵に回し、伝説的な「ジェダイの騎士」アナキン・スカイウォーカーの血をひく、辺境育ちのルーク・スカイウォーカーの戦いを描く。
とか、粗筋書いてみたけどいるのですかね、激しく今更じゃないですかね…

EP3の前売りとか買ったので、復習を兼ねて見てみました。趣味には時間も労力も惜しみません。金はない分その辺でカバー。
実はちゃんと見てなかったものですから。
この後EP1とEP2を見るんです(見てないんだよね…これが…)
今見ると、ああ、なるほど、とか思うのですが、これ、私が生まれる前の作品なんだよな、とか思うと心の底からすごいなあ、と思います。
CGとかまだないですよね?
あれってどうやったんだろう?どうやって作ったの?ライトセーバーとか!!
ヨーダは人形ですか?すげえ!すげえよ、ルーカス!!と、間違った感想をまずしたためまくることにしました。
この作品って、すごく健康で、正しい少年漫画(ってどんなだ)の良いところをぎゅっと凝縮したような展開で、本来ひねくれモノであるはずの私も、悔しいくらい素直に楽しく見れてしまう。
ところどころに散りばめられた、思わせぶりな神話的モティーフが、本当にただの思わせぶり?みたいなこともあったりして、すっごく楽しい。
この、ちょっとした「粗さ」も魅力のひとつだと思います。
皇帝お供はつけないの?とか、やたらフットワークの軽い皇帝に首をかしげてみたり、あっさりデススター二号がちょっぱやで出来かけてたり、ヴェイダーってエライっぽいけど、本当はただのつかいっぱなんじゃ…てか、もしかして君たちけっこうあほ?とか、帝国を倒したのは要するにあのかわゆいくまちゃんたちなのか…とか、レイア腕っ節強すぎとか、細かい(?)ところをいちいちつっこんでたらキリはないけれど、それをこそ楽しむのが、正しいスターウォーズの楽しみ方と確信。
シリアスとコメディのバランスが絶妙だよ!
そのコメディ部分削らないところが漢だよ!

絶妙と言えば、キャラクター配置もなかなか絶妙です。
あくまでヒーロー、素直で正義感溢れる、ナイスガイでラストジェダイであり、出生の秘密を背負うルーク
姫で政治家結構つよい(「ニャホニャホタマクローの歌」に乗せて)レイア
密輸業者でアウトロー、こう見えて本当は結構義に篤いハン=ソロと相棒チューバッカ
デコボコドロイドコンビ、やかましい金色の3P2Oと、SW作中多分一番頭がいいR2D2
帝国軍代表、影と秘密と過去を仮面の中に隠すダース・ヴェイダー
緑の仙人ヨーダ、謎の世捨て人オビ=ワン・ケノービ…ってキリがないですよ、挙げてくと。
ちなみに好きなのはハン=ソロですよ。
カッコ良さとカッコ悪さのバランスが良い。
あれは絶対ハリソン・フォードにしか出来ない味で、陽気そうで、悪そうで、でもものすごくフツーで、ちょっと馬鹿で、セクシーで、ずるいんだけどいざって時には頼りになって、理想の兄貴像だと思うのですよ。
チューバッカと秘密の会話(?)とかしてるの見ると、たまらなく萌えます。
レイアからの「I love you.」「 I know.」とかって答えてしまうあの辺の男前っぷりは、本気で惚れてしまう。
少年漫画の中に大人の色気をちょこっと持ち込んだ功績はでかい!

ルークの出生の秘密辺りは、知らずに見たかったですね。
観る前からなぜか誰でも知ってるあの衝撃の<ネタバレ>「私がパパよ」</ネタバレ>(今更隠す意味があるのだろうか…と思いつつも一応…)なんて、どうやって撮影したのかとかそんな裏ネタまで知ってる始末。
それがこのシリーズの巨大さの成せる技でしょうか。
リアルタイムで体験したかったなあと思いつつ、30年(くらいかな?)待つほど辛抱強くないので、全部一気にまとめて見られる幸運に感謝しようかな、と思います。
さーー次は新三部作だぞーーー!

Sex and the City

 
Sex & City: Comp First Five Seasons & Season 6 Pt1
サラ・ジェシカ・パーカーほか
マンハッタンで生きる、コラムニストのキャリー、弁護士のミランダ、PR会社の宣伝ウーマンサマンサ、ギャラリー勤務のシャーロットの四人の金あり、キャリアあり、家あり、服あり、靴もあり、でもオトコなしのシングルウーマンたちが繰り広げるレンアイのエトセトラ。

全6シーズンようやく完走!
そんなにハマっていたつもりはないのだけど、全部が全部終わってしまったその時、いつもより長いエンドロールを見つめながらぼんやりしてしまいました。
これで終わりなんだな…
私は、思ったよりずっとハマっていたようです。
主要メンバーみんなが幸せになって、本当に良かったと思ってます。絵空事のハズなのに、自分の友達が幸せになったような感じ。
なんか、自分の友達がその彼氏にとられちゃったような感覚。

この作品、何がすごいって言えば、密度だと思う。
一話だいたい30分なのだけど、30分の中に信じられないくらいいろんなエピソードが詰め込まれている。
たった30分でこんなこともあんなことまでも!と、見終わった後で思うのですよ。
これだけ推敲に推敲を重ねたであろう脚本を、毎週、常にハイクオリティで作っていたのか、と思うと、とてもじゃないが人間技とは思えない。
キャリーたちの服から、彼女たちの出没スポット、お部屋、さらに台詞のひとつひとつまで、文句のつけようのない完璧さ具合。
このドラマ自体が生き物みたいだ。

何より大好きなのは矢張り四人組。
女の友情のサラっとした書き方がすごくステキだ。
好きなシーンを挙げると女の友情はアツイエピソードが中心になってしまう。
ミランダのお母さんのお葬式で、泣き出しそうなミランダを見て、パッと駆け寄るキャリーとか、三ヶ月(だったと思った)待った大人気美容院の予約をさくっと譲るサマンサ、元カレの嫁サンを見て打ちひしがれるキャリーをおっかけてくれるミランダ、マンションの部屋代にしてと結婚指輪を差し出すシャーロットと、挙げてくとキリがないくらい。
特に大好きなのは、産後太りのミランダが「太ってる」とカジノで馬鹿にされた時、三人すごい剣幕で怒るところだ。
「三つ子でも産んだ?」は最高だ。;
ちなみに、私、妊婦でもないのに妊婦みたいな腹なので、急遽ダイエットしなくては。
何故彼女らダイエット悩みしねえのよ、いいなあ、ハタチ過ぎた辺りから、全然ウェイトコントロールが思うようにいかないのよ、くそう…そんな苦労してるように見えないのに。

恋愛描写もお見事で、手をかえ品をかえ、恋愛にはあまり興味のないハズの私でさえ、全然飽きたりしなかった。
好きなのはシャーロットの旦那さんのハリー。
決してハンサムではないのだけど、シャーロットの気持ちを慮って、それでありながらなんか上手に手の平の上に乗せて、守ってくれるような、そういう感じで、本当のイイ男って感じがします。
生まれつきいい男って感じで、遺伝子配列とかどうなってるのか気になる。ハリーは絶対イイオトコDNA持ってる。
また、サマンサのコイビトで俳優のスミスもステキだ。
てゆーか、いるのか、あんな男が!!と、思うほど女の夢を詰め込んだような男である。
アイドルになれるほどのルックスと、一途で純情、浮気の心配いっさいなしで、素直で健気ときたもんだ。
彼女がガンになれば、彼女を支えるために一人セミナーに通ってくれるような男だ。いない、絶対いない、こんな男!!いるわけないって!!!
ミランダの旦那さんのスティーブも良いのだが、ミランダのが男前なのであのソフトさがいい。
でも矢張り、スティーブのお母さんがちょっとボケちゃって、その面倒を親身になって看る彼を見て惚れ直したりするミランダがカッコイイと思った。
キャリーのMr.ビッグに関しては、正直、私は好きじゃないのだけど、何故キャリーが惹かれるのかすごくよく分かる、イイ男。
ビッグって、9割方ヒドイのに、1割がすっごく優しいんですよね~~好きじゃないのに、その一割にマジ騙されそうになるんだもの。ずるいったらない。絶対関わりたくない。泣くの分かってるし、キャリーほど一途でも魅力的でもない私だから、絶対無駄に泣くだけだもの。

んでもって、是非ともNYに行きたいと思った。
今はお金ないので、もうちょいお金持ちになったら、是非行こうと思う。
マロノの靴はまだまだ買えそうにないけれど、ワンランク上の服と靴と完璧なメイクで、マンハッタンを颯爽と闊歩してやる!
それが目下のところの夢であります。

俺たちは天使じゃない

ロバート・デ・ニーロ
ショーン・ペン
デミ・ムーア
ニール・ジョーダン監督。
ネッドとジミーは服役中の囚人。運命のイタズラで脱獄に成功、さらに地元教会に神父として紛れ込むことまで大成功。
とは言え、追っ手に追いつかれるまでに、なんとか国境を越え、カナダまで逃げ切りたい。
そのために作戦を練りつつ教会に潜伏する間、地元の人や教会の聖職者たちと交流し、さらに信頼されていく二人だが…

とりあえず、デ・ニーロでも見とくか、とまたも思った私です。
しかも共演はかのショーン・ペン。
演技の巧さは折り紙付の二人がゴージャスに顔を合わせる、ゴージャスなコメディ。「とりあえず」で見るにはあまりに失礼な振る舞いではありませんか。
と、言うか、今まで見なかったのが不思議です。なんでだろ。
それにしても、最近のペンの仕事ぶりというか、私が見た出演作と言うのは、往々にしてシリアスなものばかりで、どっちかって言うと暗いイメージなものだから、この作品の陽気で若干へたれ気味なペンは調子が狂う。
何しろ、私が一番最初に見たペンの出演作ときたら「デットマン・ウォーキング」。無理もないと思いませんか?だもんで、ショーン・ペンに可愛さを感じる時が来るなんて、自分でもびっくりです。
尚、デ・ニーロの出演作はこういう、ちょっと軽い作品を好んで見ます。楽に演技してるデ・ニーロが好きなので。

あっさり彼らを信じてしまう町の人々がなんとも素敵だ。
彼らを騙しているネッドとジミーなんだけど、結果として、決して町の人の信頼は裏切ることのない、この二人もとっても素敵だ。
一体何の悪さして捕まったんだろうね、この二人は、とか思ってしまう。悪い人には見えないんだもの。
特にジミーはすっかりなじんでしまって、なんだか将来とんでもなくエライ司祭様になっちゃいそうだと思いさえした。実は天職だったんだろうな。
早く安全なカナダに行きたいネッドには悪いけど、ずっとこの町にいればいいのにな、と思わずにはいられない。
この二人を追ってくる看守軍団辺りは、間違ったことしてないってか、脱獄犯追いかけるのは当然なんだけど、まあ、許してやってよ、多分もう悪さしないから、とか、軽い気持ちで肩とか叩きたくなりますよね。
そして何より、多少ギクシャクしながらも、とりあえず神父役を立派にこなしている二人と、そんな二人を信じてる教会の人や町の人なので、どうか正体がバレませんように、と、神に祈りながら見てしまう。
その、軽いスリルが見所だと思います。

さらに、終盤近く、次々に彼らが起こす奇跡の数々を目にも見よ!
奇跡は起こるものではない、自分で起こすものなのだ!とワケ分からない快哉をあげたくなる。
通りかかったワル二人、なんとなーく周囲の人を救ったり救われたりする作品のタイトルが「俺たちは天使じゃない」ときたもんだ。出来すぎじゃないですかね?
そうして、別々に歩き出したりするラストシーン。
爽快な切なさが心地よく、時々、どこかで彼らは会ったりするのかな、とか、「これから」を想像するのもまた楽しい一本です。若いデミ・ムーアも可愛いし。

ブルースブラザーズ


ジョージ・ベルーシ
ダン・エイクロイド
キャリー・フィッシャー
出所して、恐々ごあいさつに赴いた、彼らが育った孤児院は税金を払うことが出来ず、なくなってしまうことを知った、「ブルース・ブラザーズ」。
そこで、バンドを再結成して金を稼ぐことを思い立つ。
行く先々で警察やネオナチやバーのマスターとカントリーバンドや、謎のアブナイ女などを敵に回しながら、彼らは孤児院を救うことが出来るのか!?
お馬鹿さんなノリにも関わらず、ブルース・ブラザーズバンドは勿論、レイ・チャールズ、ジェームズ・ブラウン、アレサ・フランクリンなどなどの、最強パフォーマンスもじっくり拝めてしまうお得な一本。

これ、好きです。
楽しく笑えて、歌に聞き惚れて。
サントラだけでも絶対楽しい一本なのですが、幕間のコントみたいな小ネタも楽しい。オマエらなんで死なないんだよ(笑)
そのカーチェイスは必要なのか?と問いたくなるような派手なカーチェイスは、そもそも彼らを逮捕するために、あんな大部隊が必要なのか、とか考えてしまっては負け組。
なんでもありだもの。

とは言え、矢張り楽しいのは歌、歌、歌!!
音楽的素養など私には全くないのだけど、なんでアンタが出てるんだよとか、首を傾げてしまうくらいゴージャスなミュージシャンが、ゴージャスに歌う!!
きゃーきゃー!なんて太っ腹!!と、嬉しくなってしまう。
ジェームズ・ブラウンの胡散臭い牧師っぷり(でもあんな牧師さんだったら教会通う)といい、レイ・チャールズのぼったくり~な楽器屋ぶりといい、ありがとう、ありがとう!!と、世界に向けて感謝を捧げたくなってしまうのです。
レイ・チャールズが徐にボロ電子ピアノ(?)の前に立つと、来た!と前のめり。
それから、彼らは歌うだけじゃなくて、ちゃんとギャグ(しかも比較的しょーもない)の一端も担っているところが素晴らしい。
最後の最後の「監獄ロック」とか、だ~いすき!
これといい、「クライベイビー」といい、「監獄ロック」の流れる監獄は、なんだってこんなに楽しそうなんでしょうね。(元祖プレスリーのは見てないです…)

それにしても、あのキャリー・フィッシャーはなんだったんだ…(笑…うのか、俺)
それを言ったらオシマイなのだが、それにしたってなんだったんだ…。
すげえ武器で、警察やネオナチよりすげえ攻撃をする彼女。絶対死なない不死身のブルース・ブラザーズ。
なんだったんだ、これは…は多分きっと褒め言葉。
それから、あれくらい歌えたら気持ちいいだろうな、と、目下音痴の私は思うのです。

SAW


ふと目覚めると、そこは小汚いバスルーム。
足には鎖。
部屋の対角線上には同じく足を鎖でつながれた男。
その二人の間には頭をぶっ飛ばした自殺体。
ポケットにはテープ。
そんな異様な状況に追い込まれた、アダムとローレンス。
彼らは最近頻発する異常な殺人事件に巻き込まれてしまったのだと気付く。
テープが言うことには、「相手を殺すか自分が死ぬか。」タイムリミットは6時間
このゲームをクリアしないと、待っているのは死。二人は「犯人」に勝つことが出来るのか?

夏らしく、見たら涼しくなる作品をチョイス。
これ、本当に怖いです。ガクガクブルブルです。なんでこんなこと思いつくんだよ…と、こんな話を考えてしまった、ケアリー・エルウェズ、ジェームズ・ワンの正気を疑いたくなります。(ひでえ)
人間が思いついてはいけないアイデアです。ちょっとそこに座りなさい。
ひっ、と、思わず目を逸らしてしまうようなシーンも満載。

お話は、このアダムとローレンスの密室での攻防と、一連の連続殺人を追う刑事たちのお話と、ほぼ平行に続く。
一連の殺人事件が、これまた心身ともにダメージ大の残虐さで、アダムとローレンスがいかに窮地にいるか浮き彫りにしてくれます。
少しずつアダムとローレンスの正体が分かってくるに従って、助かってほしいなあと思い始めた辺りからハラハラドキドキ。
基本的に、二人とも良い人間のようで、いつでも、徹頭徹尾二人一緒に助かろうとしていて、相手を犠牲にして自分だけでも助かろうとか、そういうことをしない。
物足りないポイントかもしれないのですが、私にはそれが救いでした。
せめて「人間らしく」していて欲しいもの。

犯人が誰かと言うそもそもの核心もあいまって、私の脳みそは大忙しでした。
とは言え、犯人はけっこうすぐ分かると思います。「誰が」犯人なのかは。
すっごく不自然と言うか、無理矢理登場している人がいるので、あ、コイツだ、となんとなく分かる。
ただ、事件の時、ソイツがどこにいたのか、がミソだと思います。
犯人の居場所が分かる瞬間が一番怖いです。
「GAME OVER」
の瞬間、「NOOOOOOOOOOOOOOOO!」と登場人物と一緒に叫んでしまう。
重いドアが閉められる絶望感ったら、もー後味サイアクですよ、なんてことしてくれやがりましたか。

よくよく考えるとつっこみどころもあり、犯人が何したかったのかもよく分からなくて、そういう説得力はないのですが、とにかく怖いのでございます。
話もだけども、キーアイテムのヘンな人形とか、そういう雰囲気作り映像作りは巧いと思う…と言うか、あの人形チョー気持ち悪いんですけど。
私はそもそも怖がりなのですが、近年でも1,2を争う怖さでした。
なんだかんだ言っても結局、一番おっかないのは人間なんでしょうね…

エクソシスト~ビギニング


ステラン・スカルスゲールド
ジェームズ・ダーシー
伝説のカルトホラー「エクソシスト」の前日譚。
大戦の時の過酷な体験から信仰を捨て、考古学者になった元・神父メリルの元に、アフリカで発見された5世紀の教会を調査するよう依頼が来る。
その時代には、アフリカにはまだキリスト教は布教されていない筈だった。
その遺跡を発見した軍に帯同し、バチカンから派遣されたフランシス神父とともに現地に赴いたメリルは、次々と不可解な出来事に遭遇するが…

正直、期待はしてなかったです。
前作も見てないんです。ホラー苦手でして…幽霊なんて信じないけれど、怖いの駄目なの。怖いの嫌いなの。いや、信じてないですけどね、幽霊なんて。幽霊がいないんだから、悪霊もいませんよ。ええ、いませんとも。いないつってるだろーが
なのですが、ジェームズ・ダーシーの神父服を見なくちゃならなかったものですから。
いいですよねえ、神父服(フェチズム)
頭小さくて手足が長く、スラリとした長身のダーシーは、有り得ないほど神父服が似合います。いつでも神父になれると思います。
キリスト教は正直大嫌いなのですが、布教に来たのが彼だったら、二秒で敬虔な信者になれると思う。動機が不純でも良かったら。
いいですよねえ、服が似合うと理由だけで、十分な出家理由ですよ、彼の場合。
「何故神父を志しましたか?」
「服が似合うから。」
OK!

そういう意味ではまあそこそこ満足でしたし、お話の方も思っていたより悪くなかったですよ。
映画館で見ていたら怖かったかもしれないですが、家のテレビで、怖いところをちょっと早送り(だって怖いんだもん)しながら見たので、お子様でも安心。
建てられてすぐに地中に埋められた教会、根元から折られ、天井から逆さまに吊り下げられた十字架、あちこちにちりばめられた悪魔のモティーフ…と、なかなか雰囲気ある作りです。
多分テーマは、メリル神父がいかにして信仰を捨て、再び取り戻したのかということだと思われ、悪魔払い自体はそんなに大事なモティーフではないと思う。
信仰を取り戻すきっかけが悪魔との出会いであったという、そういう皮肉に満ちたメリルの宿命みたいなものを描きたかったのではないかと。

そうして、悪魔を追い続けるという、ペリノア王みたいな宿命を負うことになったメリル神父。
再び彼が悪魔と出会う時、一体何が起こるのか!?
なのですが、とりあえず「エクソシスト」を見る予定はありません。
神父服のダーシーも出てないし、怖いのは苦手なものですから。いや、幽霊なんて信じてないですけどね

ヴィレッジ


ホアキン・フェニックス
エイドリアン・ブロディ
ウィリアム・ハート
シガニー・ウィーバー
ナイト・シャマラン監督・脚本
周辺の町や村との交流を断ち、時間の止まったような村。
その村の周りの森には、恐ろしい怪物が住むと言う。
その怪物との契約で、村に住む人々は、この村から出ることが出来ない。
ところが、村で重傷者が出て、村の外の助けがなくては彼を救えない事態が発生、彼を救うため、彼の恋人の盲目のアイヴィーは町に向かう決心をする。
この村の秘密とは?
怪物の正体とは?

シャマランものです。
つまり、見る側はどうしたってサプライズを期待してしまう。
ものっすごく構えて見てしまう。
騙されるものか、騙されるものか、騙されるものか、騙されるものか………
そういう姿勢で見るのもだから、映画のストーリーに全然集中出来ず、そして何もかもが犯行の証拠のように見えてくる。
映画鑑賞としては正しい姿勢とは言いがたいが、シャマラン作品の鑑賞としては、至極正しい(偏見)
んでもって、見終わった後、「ほら、やっぱりね。」と勝ち誇ったように呟く。
それがシャマランを見る楽しみである。誰にも文句は言わせない。じっちゃんの名にかけて!(だったかな…古過ぎて忘れた)

とは言え、無理して驚かせなくてもいいと思う。
今回は結構無茶したな、シャマラン、とか、ちょっと冷静に考えてしまったよ。怪物の正体はあんまりじゃないだろうか。
村の所在地も結構あんまりじゃないだろうか。
なんつーか、それ故に、ヒロインは盲目でなくてはならなかったわけで…
そろそろ、サプライズじゃないシャマランを模索した方がいいかもしれない気配がするんですが、どうでしょう。
シャマランも、そうしたかったんじゃないだろうか、とか、この作品を見て思ったりしたのです。
何故この村が必要なのか、何故怪物が必要なのか、何故村を出てはいけないのか、その理由をこそ描きたかったのではないかと思うのです。
怪物とかどうでもよくて。
もしも、自分が彼らと同じ立場になったら、きっとこの村を必要だと思ったに違いないからです。
確かに、この村の周りには恐ろしい怪物がいる。<ネタバレ>それは決して着ぐるみのことではなく、それは人間そのもので、彼らはそれを具象化してあの着ぐるみを作り出したに過ぎない。
シャマランは身近で、誰か大切なものを突然亡くしたことがあるのかなあ。

役者陣もさりげに豪華ですよね。
その豪華な面々が、あくまで地味に地味に、特殊な村の特殊な雰囲気を醸し出す一翼を担う。
これってすごく贅沢なんじゃ。
シャマランものって、どんなにビッグスターが主演してても、あくまで「シャマランもの」なんですけどね、いつも。
とは言え、ブロディなど伊達にアカデミー賞獲ってないんだぜ、という存在感で、ある意味怪物より怖かった…ってか、君こそ怪物だ。
別に悪気はないし、そういうつもりも意志もなく、他人を傷つける存在っていうのが、多分一番おっかないのだ。
それから、「外」の世界も決して捨てたものじゃないんだよ、と、かの村の人には伝えたい。無責任だと自覚した上で。
んでもって、そう言っていられる自分の幸運だと思った。

ホワイトライズ


ジョシュ・ハートネット
ローズ・バーン
ダイアン・クルーガー
二年前に消えた恋人のサラを偶然見かけたマシューは、いてもたってもいられず彼女を追う。
そうして辿り着いた彼女のアパートにいた女性はまったくの別人。
混乱するマシューに彼女は言うのだった。
「自分こそがリサ」だと。

ジョシュ・ハートネットはアレですよ、なんつーかもう、可愛いですよね~~
あんなに巨体で、25も過ぎた男の人を指す言葉としては、甚だ大きく間違ってる気はするのですが、何度見てもやっぱり可愛いですよね~~
私が知る限り、時の古今を問わず、洋の東西を問わず、その実在架空さえを問わず、清楚という言葉で表現された唯一の男性、それがジョシュ・ハートネットです。私が言ったんじゃないですよ、FILXかCUTかプレミアあたりのレビューですよ、確か。
その清楚さで、なんだか、なんでも許せそうなのが、ジョシュ・ハートネットの魅力でございます。
まあ、許せんようなことをしないから「清楚」なワケですが。

よくよく考えれば、やってることはストーカーです。
周りも見えなくなっちゃって、周囲は結構迷惑ですよね。
そのハズなんですが、何しろ彼は「清楚」ですからね、許すしかないんですよ。
ホラ、あれですよ、捨て犬(しかも子犬)が、なんか懐いてちょこちょこついてきちゃって、あーもーウチでは飼えないの、駄目だよついてきちゃーみたいな感じ。怖くないんですよ、デカイのに。
んで、家に着く頃には情が移ってるんですよ、そんな感じ。
なのに、本人は隠れてるつもりで、「尾けてたでしょ?」とか言われれば大慌て、ああ、この子にはとことん悪気はないんだわ、と思ってしまうわけで、結構あっさり堕ちてしまうサラの気持ちは痛いほど分かるわけです。
可愛いもんねえ。
また、ダイアン・クルーガー演じるリサがまたまた綺麗なのですよ!
なかなか見目麗しいカップルですよ。こんなの歩いてたら目立つだろうなあ。デカイし(なんかこればっかりだ)

しかし最大の見所は、この世の春を謳歌していた二人がえっらい遠回りするハメになる、その原因たるアレックス。
マシューに負けず劣らずそこまでやるかーーなのですが、彼女は彼と違って周りがしっかり見えており、立場を利用するしたたかさを持っている点で、全然上手であります。
マシューが天然ならば、こちらアレックスは確信犯。
やりたくてやってるのではないと思うので、きっと彼女は辛かっただろうと思う。
マシューと違って、手に入らないことを分かっていただろうから、本当に彼女は辛かったと思う。
好きだったら何をしてもいいわけではないのだけど、マシュー、君が悪いよ、と女の私は思うのだ。

私は、はっきり言って恋愛には淡白で、辛い思いしてまで恋愛しようとは思わない人間なので、実は、彼や彼女の気持ちは分からなかったりするのだけど、そうまで駆り立てられる相手に会った、そういうことなら素直に羨ましい。
何もかもと秤にかけて、それでも重い相手がいる、それは、きっと辛くても幸せなことなんだろうと思う。
今のところ、文庫本一冊より重い相手にも出会ったことがない私なんですが、いつか、何を犠牲にしても追いかけて、頭がおかしくなるくらい好きな人が出来る………ことはないだろうなあ、私、そっち方面すごく冷静な性質だから。

無茶苦茶乱暴な言い方をすると、一途なモテる男は辛いねえってことかもしれない。
愛しているのは彼女だけ、だけど、君は包囲されている。君の隣が空くのを待ってる、気付けよ、そんな感じ。
んでもって、そーゆー事に鈍感なモテるヤツって迷惑ですよね。なんか、そんな気がする。

ブレードランナー


ハリソン・フォード
リドリー・スコット監督
フィリップ・K・ディックの「アンドロイドは電気羊の夢を見るか」が原作
人類が地球を捨て始めた未来、人間に限りなく近く、人間より高い能力を持ったレクサス型といわれるアンドロイド=レプリカントが生まれた。
レプリカントたちは奴隷的な扱いを受けていて、人間に反抗するようになり、そんなレプリカントたちを「狩る」のがブレードランナーの仕事だ。
ある日、レプリカントが四人地球に紛れ込み、ブレードランナーの一人を殺害して姿を消した。
そんな四人を「狩る」ように依頼を受けた腕効きのデッカードだが…

All those moments will be lost in time.like tears in the rain. Time to die.
沢山ある映画の台詞の中で、私が一番溺愛する一節が、この作品のこの一節でございます。
このスクリプトが耳に入ったその瞬間、背中からぞくっと鳥肌がたち、目はナイアガラの滝になったものです。
どんな大雨でも、きっと隠すことは出来なかっただろう。
そんなワケで、気を強く持っていないと、私はこの作品を何度でも借りてきてしまう。
何度も何度も見返して、いつも同じシーンで鳥肌立てて泣いているのだ。
私は一生それを繰り返し、いつか私が死ぬ時は、是非、こう囁こうと思う。All those moment…

あと、もう一つ思い入れがあって、大学の視聴覚論の論文を書かされたのだ、この作品で。
「ブレードランナー」は、映画公開時には実は大したヒットにならず、セルビデオが発売されて爆発的なブームになったのだが、その理由を考察せよ…みたいな。
担当教授がこの作品がいかに好きだったか分かる、微笑ましいエピソードでございましょう?
論文は、緻密なイメハンがどうとか、哲学的な台詞がどうとか、もっともらしいことを書いて、ギリギリ締切りに間に合わせたのだが、当時は正直よく分からなかった。
今ならもうちょっとマシなことが書けると思う。
何故なら、気がつくと何度だって見てしまうからだ。

とにかく画が美しい。
モノクロに近い暗い画面、近未来の直線的な都市の情景に反して、妙にレトロなその内観、その都市に静かに降る酸性雨が、さらに画面を灰色に染めるのです。
静かで、いかにも死にかけたような雑踏を、暗い無表情でハリソン・フォードが横切っていく。
最初はそれだけだったのに、何度を見た今、それだけで泣きそうになってしまう。
リドリー・スコットがそこに込めた意味みたいなものが、分かる気がするのだ。
「ブレードランナー」は、そんな暗喩に満ちている。
景色が俳優以上に語るのです。そして景色たちは狩られる宿命のレプリカントの言葉を代弁している…と思う…(自信はない)
私は、それが一度見ただけでは分からなかった。
何度も見て、分かったような気分になった時、もう、二度とは戻れない場所にやってきたと気がついたのです。

何度も見れば見るほど、色々な発見があって、受け手のその日の精神状態によって、全然違う印象を持ったりする作りになっていると思います。
見終わってしばらくして、あれ?もしかして、と思って、もう一度見る。それを繰り返すには、手元に作品が必要です。
即効性はないけれど、持続性のある薬みたいな作品です。
原作と合わせて、じっくり味わうべき、リドリー・スコット最高傑作(私的に。でも画が美しいと言う意味では最高峰だと私は確信している)
…とか、あれこれ書いたけれど、もしもこれを読んで下さってる方の中で、この課題を与えられた私の後輩の方、間違っても参考になどなさいませんように…。
こんなん書いたら間違いなく「不可」よ。