46万年後(2)
「アド、ハラツ…、どういう意味だ!?」「え?あれ?なんで自動翻訳されないの!? なんで?なんで?すみません!すぐに翻訳します!」 ネットワークロストの影響は、些細なところに現れる。便利の反対語は、不便ではなく「混乱」なのかも知れない、と翻訳ごときに慌てふためく部下達を見て、オキタは恐怖を感じた。これが危機的状況下だったなら、全滅もあり得る。「お待たせしました! えーと…、『もうお腹いっぱいで食べられません』…どういうこと?」「お前が言うな! …って、おい!青い奴はどこ行った!?」 メインビューには、不思議そうに首を傾げる大きな赤い獣が1体。小さな青い人は、大勢が監視する中、気づかれることなく姿を消した。しかし、何事にも例外はあるもの。その例外とは、もちろん優秀な首席オペレーターのタニキァである。「どうやら仲間のところへ向かったみたい。すごい物理速度よ。来た時よりも断然速い。マーキングしてなければ見失ってたわ。」「嫌な方が残ったか…。まさか護衛艦とやり合うつもりじゃねえよな?」 相手は吠えただけで、艦体を震わすほどのエネルギーを放出する化け物。オペレーターは拡散型と言っていたが、オキタは経験からあるものを感じていた。それは「手加減」だ。このオキタの直感は正しい。 エネルギーは赤い獣を起点としたラッパのように広がる螺旋状に放出されており、中心直線上、つまり護衛艦アダモレアルの在るポジションは「空白地帯」だった。オキタのアバターを吹き飛ばし、艦体をも震わしたのは、エネルギーそのものではなく、周囲を通り抜ける膨大なエネルギーが起こした、単なる「巻き込み流」。非常に珍しいケースであるから、オペレーターが近似波形の「拡散型エネルギー」とカテゴライズしたのも無理はない。 もし本気で攻撃に転じてきたら、ガーリア級の護衛艦アダモレアルなど大河に落ちたネズミと同じ。赤い獣の戦闘力は、船団を半壊した下級神族のそれを遥かに凌駕する。しかも直接的ではないにしろ、獣の手綱を引いていた青い人は行ってしまった。 赤い獣が再び長い首をもたげた。オキタの胸中で「全滅」の2文字がざわつく。「あ!赤い獣が!」「向きを変えた…。」 赤い獣が、来た道を少し進んで、こちらへ振り返る。メインビュー越しのその視線に、オキタは脳を刺されたような錯覚を抱き、反射的に防御姿勢を取っていた。歴戦を生き抜いたオキタだけが抱いた感覚だったのだろう。タニキァやオペレーター達は、英雄の不可解な行動に目をパチクリさせるばかり。そんな状況を知るはずのない赤い獣が、メインビューの中で不敵に笑う。 それからの赤い獣は、少し進んで、振り返り、たまに笑う、または吠える、を繰り返し、繰り返し、少しずつ地球へ引き返していく。「…ついて来い、ってことだよな?」「そう思うわ。来たときと物理速度が違うもの。」 デヴァイスの仮説通り、赤い獣がオリジナルのエクスゲノム種ならば、オキタ達を「同族」だと認識しているだろう。地球が目的地であることも、訪れた目的も簡単に察しがつくはずだ。 先んじて地球に到達できた彼らが、資源の競争勢力になりうる相手をわざわざ招き入れるのか。もし赤い獣が投棄された生き残りだったら、果たして友好的なのか。 艦長席へ歩を進める間に、様々な思考がオキタの脳内を回る。しかしついて行く他に具体的な策があるわけもなく、船団との通信確保、という「最優先事項」だけが派手なマークアップを誇示し続けている。地球上陸は避けて通れない。「よし、赤い奴に続け! 装甲デザインをアップロード。強行突入形態。 エアリフレクター起動、レベル3。大気組成は任せる。 ビットボット射出。ユニット数12000。タスクは着陸ベースの設置。 あ、あぶね。忘れるところだった。 くれぐれも、赤い奴に近づきすぎるなよ。慎重に、シンチョーに!」 地球はもう、くすりと笑ったタニキァよりも大きく見える。オキタたちが夢にまで見た母なる地球はもう、近傍の点。「あかいの、ほんとはなんていったの?」「うふふ。知ってるけど、内緒。」「ずるいー。」 チャコはどんな子なのだろう。不貞腐れる彼を近くに感じて、ふと、そう思った。 私は彼の人生よりも長く、ここにいる。だから、彼の顔も、髪も、肌も、瞳が何色に輝くのかも、知らない。本人は「お姉ちゃん似」と言っていたけれど、そもそもあの2人が両親なのだから、世の美的感覚がひっくり返らない限り「美少年」に決まっている。「おふね、ちきゅうにきたの?」「うん。来たよ。」「タイキーケーン、どーんて、なたー?」「あ、私はそこにいなかったの。」「なんだー。」「聞いた話だけど、大きい音はしなかったって。 なんて言えばのかな…。空気をどかしながら進む?…かな。どかしてしまうから、音がしなかったんだと思う。」「へー。すげー!」 飛行物体は、微少な機械音だけを伴って静かに現れたという。 熱を帯びることなく、ただただ静かに、空を覆い尽くす巨躯が降りてきた、と。全体を鈍色に光らせたそれは、人のようであり、海老のようであり、鳥のようであった、と。観た者達は皆、とても興奮した様子で語った。ーーーーー オキタは困惑していた。 果てしない雲海。太陽はその雲海すらも照らし尽くす。雲を遮ってそびえる山脈。舞い上がる雪は小さな太陽のよう。軽やかに木々を揺らす風。深い草花の香りが色とりどりに流れる。煙たい街。喧騒を湯気たつ人々の営みが覆う。そして、燃えるように青い海。煌びやかな地球、その全てを横目に、赤い獣に先導されるまま辿り着いたのは、これといって何もない海上のど真ん中。彼らの船と思しき物体が、ポツンと1つ浮かんでいる。デヴァイスのガイドマップは、旧大西洋を示す。それだけでも困惑するに十分だが、一番の困惑は赤い獣のデヴァイスが検出できないことだった。山脈を抜けた辺りで合流してきた、別のエクスゲノム種と思われる「金色の鳥」からも、やはりデヴァイスは検出できなかった。 彼らは、例え2人きりであってもデヴァイスを使わず、オキタ達の知らない言語で身振り手振り、騒がしい音声交換のコミュニケーションを行う。あたかもデヴァイスなど持っていないかのように。移民船団の代表者としてタニキァと2人、正装で地球代表者の前に立つオキタは、彼らに対する新しいイメージをアダモレアルの全員と共有していた。「彼らは未知の人類種。」 このイメージにはスキャンデータも加味されている。スキャン結果は、リビルド系ベース体D型とほぼ一致。しかしデヴァイスは非搭載。加えて不明言語を「話し」、デヴァイスの機能であるはずのアバターを扱う。まさに未知の生命体である。 アダモレアルは強行突入形態のまま、上空のドッキングベースで待つ。オキタとタニキァに万が一のことがあったら、すぐ脱出するよう、クルー全員のデヴァイスに「強制指令」をセットしてある。 ドッキングベースは、艦を収容できるドックのない惑星において設置する、いわば臨時ドックである。多くの場合、小型の有機多用途マシン「ビットボット」を基材に作られ、不足分は周辺で最も豊富な素材で補う。今回のケースでは基材に「ビットボット」、補助材に「海水」が使用された。海水が細くたち上がり、水柱が幾重にも螺旋交差するドッキングベースを形作るさまは、さぞかし荘厳だっただろう。 話を代表者同士の対峙に戻そう。地球側の代表者は4名。うち3名が女性。「元赤い獣」だった男性と「元金色の鳥」だった女性も含まれる。残り2名のアバターは不明。女性が多いとは言え、やけに小さい、とオキタは感じていた。唯一の男性はオキタと同じくらいの背格好だが、女性は大柄な者でも男性の半分ほどしかなく、小柄な者など、もはや子供だ。身体的特徴がこうも異なると、スキャンデータがどうあれ男女別種にしか思えない。「オキタ…。あの人たちの言葉、どこかで聞いた覚えがない?」 唐突なタニキァの問いに、デヴァイスが過去の会話ログを検索し始める。だがどれだけ過去を漁っても、生後の人生内において言語が近似する会話はヒットせず。生まれる前の試験管内、つまりはデヴァイスを埋め込まれた時まで遡ってもヒットしなかった。言い出したタニキァも同じ結果だったらしく、首を傾げている。「絶対どこかで聞いたことがある!どこだったかしら…。」 一方で地球側も困惑していた。 宇宙空間で遭遇した謎の飛行物体。中から出てきたのは、異形なれど侵略者と呼ぶにはあまりにも痩せこけた生命体だった。漂流者だと思い、補給にと連れてきたものの、降りてきたのは別の生命体が2体。それだけでも十分困惑に値するのだが、地球側を驚かせたのは彼らの外見だった。サイズこそ異なるが、2体のうち1体、男性の方は驚くほど自分達と似ている。しかも2体は、一言も喋らず、時折お互い顔を見合わせる以外に目立った動きもなく、じっとこちらの様子を窺っているだけ。「おい、白モヤシ。話が違うじゃないか。」 山のような大男を「白モヤシ」と呼んだ女性、年の頃は40くらいだろうか。細かくウェーブする豊かな金髪に、ところどころ白髪が混じる。目つきは戦士のように鋭いが、全体の印象は至極女性らしい。十中八九、美人に分類される。若かりし頃は引く手数多だっただろう。 一方のモヤシと呼ばれた男、言わずもがな彼が「元赤い獣」である。モヤシと形容するには些か逞しすぎる印象だ。肌色もどちらかと言えば、健康的に日焼けしており、決して白くはない。この場にはいない女性と、その女性によく似た子供の顔がプリントされた服を着ている点を除けば、歴戦の雄、あるいは、覇王の風格さえ漂う。服のプリントは、彼の家族だろうか。もちろん服の丈は足りていない。 真後ろに立つ男を見上げて言った女性に対し、当のモヤシ男は腰を直角に曲げてこう返す。「我が謀ったと申すのか!? 奸計、謀略は『大鼠』、そなたの専売特許であろう?」「てんめー。めちゃくちゃ不吉な予言すんぞ!」「おー、やれば良い。結果の変わる予言など、誰が恐れるか。」 大鼠。モヤシ同様、女性に「鼠らしさ」は微塵も見られないが、酷いニックネームで呼び合うくらい気心の知れた仲なのだろう。喧嘩するほど、なんとやら、である。「まあまあ、2人とも落ち着いて。ほら、お客さんが呆れてるよ。」 一番小柄な女性が止めに入るも、2人から「突っ立ってるだけだろ!」と仲良く怒鳴られ、彼女も馬鹿らしいバトルに参戦してしまう。この小柄な女性、身体の一部が残念なほど「平ら」なため一見すると少女のようであるが、か細い身体に不釣あいなほど大きく育つ腹部は、彼女が母である証。実際の年齢は見た目より上なのだろう。左薬指のシンプルな指輪が太陽を反射して、動くたびにタニキァの顔をチラチラと照らした。「今すぐやめないと封印するからね!」「なんで我だけ!? 元は、と言えば大鼠の素行不良が原因であろう?」「でた!すぐ人のせいにする!ほんと男らしくない!おばあちゃんからも言ってやってよ!」 小柄な女性が、少し離れたところでコクリコクリと舟を漕ぐ少女を「おばあちゃん」と呼んだ。 どの角度から見ても、おばあちゃんは「少女」である。独特なドレスからのぞく手足は、すらりと細く、肌も髪も艶々しい。おそらく4人の中で一番若い。まだ20歳にも満たないだろう。少女の着衣が、キンナラ星系人の子供専用の民族衣装「フォリチョデ」に似ていることから、オキタとタニキァも彼女に対しては同様の印象を抱いている。 眠たげな少女は、切れ長の眼を擦りながら大あくびを1つ。それから数拍遅れて、のんびりと口を開いた。「みどもはうつけ者に関わりとうない。 それより、あちらの『まれびと』じゃ。変化して見合おうたらどうじゃ?」「ねえ、オキタ。アバターでコミュニケーションした方が良いんじゃない?」 少女とタニキァの言葉は、奇しくも同時だった。しかし各自の耳に届いたのは、少女の言葉のみ。オキタ達は「本当の会話」をしたことがない。デヴァイスを経由した会話が一般化して数千年。もはや声帯は呼吸の補助器官と化す。 少女は翼のような袖を振り振り、人形のような笑みを「客人」に向ける。皆の視線が集中する中、少女がキラリと陽光を反射したかに見えた。瞬く間に少女の姿がひと回り大きくなる。軽やかに揺れていた袖は本物の翼へと変わり、足の甲がみるみる伸び上がる。膝を折りたたむと、脚はまるで膝関節が逆向きになったようである。 やがて少女は、上半身に人間の特徴を色濃く残す、半人半鳥の生物へと姿を変えた。動くたびに柔らかな羽毛が金色の輝きを放つ。現代の感覚ならば、息を飲むほどに美しい。しかしながら眼差しは、飢えた猛禽類を思わせる。「うおっ!なんだ!? アバターが勝手にっ!」 オキタの黒いアバターがぬるりと現れ、余裕綽々で大あくび中の金色の鳥と対峙した。本体であるオキタは、まだ発動を意図していない。アバターが勝手に呼応した、などという超自然現象ではなく、この場合はオキタ自身の無意識の反応と考える方が自然だろう。アバターはデヴァイスの創った擬似生命体。極論を言えば「データ」である。「でた!黒いヌメヌメ! いたではないか!我は嘘ついてないっ!」「ほんとにいた!」「けど気色悪い!」 必死に自分を肯定する男の声は、海が割れるほど大きかった。ただの音波が、ビリビリとオキタの顔を刺した。その感覚がまだ残っている気がして、オキタは思わず袖で頬を拭う。オキタの明確な「恐怖」は、アバターにも伝わっているだろう。男から放たれるプレッシャーは、いちいち自分の至らなさを痛感させる。 大騒ぎの地球代表御一行様の中にあって、ただ1人、終始マイペースな少女は、その他3名のことなどまるで気にした様子もなく、半人半鳥のまま言葉を続ける。「ほほぅ。見慣れぬ姿じゃ。 かかさまの鎖はとうの昔に千切れておる。そなたは『みゅぅたんと』かえ?」 猛禽類の眼光が鋭さを増した。少女からの音波に、アバターの動きがピタリと止まる。このあり得ない現象に、本体のオキタは心臓が止まる思いだった。オキタのアバターは頭部の環状突起で情報を取得する。そのため平常時は、動かせる状況なら常に頭部を忙しなく動かす。消滅前を除き、動きが止まるのは戦闘中くらいである。 アバターの戦闘行為は、本体の意思、または指示が絶対条件。オキタの意思を度外視して臨戦の様相を示すことなどあってはならない。安全装置がオンであることを再確認しつつ、「絶対に攻撃しない意思」をより一層強した。「どうしたえ?口を縫うていても頭は動かせようて。」 あたかも袖のように、翼で口を隠して笑う仕草が妙に色っぽい。不覚にも、かなりの年少者であろう少女にドキリとさせられたオキタは、ハッとして恐る恐るデヴァイスを確認する。しかし時すでに遅し。デヴァイスには「リコメンド」を表す一番小さなアイコンが煌々と灯る。しかも、すでにタニキァから「ロリコン提督」とのコメントが。「うおおおおおおあああああああっ!」 これはオキタの心の叫びではない。突如響き渡った何者かの「声」だ。 次の瞬間、オキタのデヴァイスがアクションモードに切り替わる。アクションモード特有の超感覚が発動し、一瞬を何倍にも感じられる世界で、最初に動いたのはアバターだった。床を蹴り、低い姿勢のまま、声を追い越し猛禽類へ迫る。追い抜いた声はアバター自身のもの。アバターが声を発したこと自体、驚愕する出来事であるが、それ以上に緊急停止も解除も「無効」の現状は、先の驚愕をかき消してあまりある。ふと、「アバター/エス」が頭をよぎった。 アバター/エスとは、アバターが軍に正式採用された初期に見られたバグで、亜空間通信を用いたデヴァイス統合ネットワーク「PINOギャラクシー」に依存しない新型知能が原因とされた。名称の由来は、バグが起こると、まるで「本能のままに暴走」しているように見えることから。繰り返すが、アバターは「データ」である。数回のバージョンアップと、PINOギャラクシーとの知能統合を経て、完全に解決された。 アクションモードとそれに伴う超感覚は現行デヴァイスの標準機能だが、超感覚の密度は本人の資質に左右される。オキタの超感覚は最高ランクの「XR」。超高密度の世界を体験できる、1/1億人の選ばれし者だ。発動すればオキタの独壇場。現に当の少女も、あの男を含むその他3名さえも、アバターが迫りつつあることに気づいていない。つまりオキタの意思に反して、アバターの攻撃は間違いなくヒットする。オキタのアバターは、最高速こそ平凡未満だが瞬間最大出力に優れる。実に単純な物理攻撃で神族の身体をも貫いた。はたして少女がエクスゲノム種のプロトタイプだったとしても、当たれば無事では済むまい。 駆けるアバターの両腕の出力が上がった。内部のエネルギーを衝突させ、次元反応させるつもりか。もはやアバターの思考はオキタに届いていない。一方で少女には、さすが、と言わざるを得ない。間際にあって、音波よりも速い攻撃に反射を示した。空気圧の変化、もしくは、アバターの帯るエネルギーを感じ取ったのだろう。最初は跳躍の兆しを見せたが、愁眉と共に、すぐ隣りの小柄な女性へ翼を伸ばす。アバターの到達よりもわずかに早く、小柄な女性が大きな男の方へ弾け飛ぶ。アバターの頭がさらに低く下がった。再び頭が正面を向いたとき、必殺の攻撃が超至近距離で放たれる。女性を庇う選択をしていなければ、少女は躱せていただろう。しかしその選択は、犠牲となる命を2つに増やすこと。 いずれにしろ、この意図しない奇襲は成功する。それは宣戦布告と同意。まだ交渉すら始まっていない地球との「今後」を憂いたオキタは、視界からの情報を遮断した…。 目蓋の作る暗闇の向こう側で、巨大な和太鼓を思いっきり叩いたような音が鳴った。重低音がオキタの腹へズシリと響く。人が消滅する音の、なんとシンプルなことか。断末魔の叫びすらなく、少女は消えた。「なっ…、なんじゃあ!?」 超感覚が終わった通常時間の始まりは、捻れ果て、収縮消滅したはずの少女の声だった。 リブートした視界が目の前の出来事をズームアップする。視界を占めるほどんどが、棘の生える黒いアバターの背中。アバターの肩下からわずかに見えるのは翼の先だろう。どうやら少女は、アバターの下敷きになっているようだ。 なるほど、アバターを透過処理してみれば状況は一目瞭然。アバターは自分の身長の半分にも満たない少女をギュッと抱きしめて…、いや、少女のサイズに収まろうと身体を縮めるさまは、抱きついて、が正しい。「スケスケでヌメヌメ! いやじゃ!いね!離れよ!」 少女の元気そうな叫び声に、オキタが安堵したのと時を同じくして、視界を遮断していた間の、アウトサイダーヴィジョンのリプレイが始まった。今回のヴィジョン提供者は、タニキァ。彼女の視界が意図せず捉えていたヴィジョンを、平均的な超感覚相当に変換しなおしたものである。ところどころ捕捉し切れていないが仕方あるまい。 結論を言えば、アバターは少女に「体当たり」をした。頭を下げたのは、少女の身体に合わせるため。両腕に力を込めたのは…、オキタの認知する感覚に該当していないが、デヴァイス曰く、抱擁のための初動反応、ということらしい。「お、お、おおお… お、おオ…、ティ…。」 再び、実に珍しいアバターの声が大西洋のど真ん中を突き抜ける。声の出し方が分からないのだろう。かなりの声量だ。加えて、例の男のものとはまた違った意味で、顔をしかめたくなる音質である。それ以前に、アバターを通じてオキタの額と頬に伝わる、この気恥ずかしいような、むず痒いような感覚は…。アバターが少女の懐に、嫌というほど環状突起を擦り付けていることなど、当のオキタはつゆ知らず。 一連の出来事に、この場にいる全員が口をあんぐりと開けて静観する中、相当長い沈黙を経て、年増の女性がポツリと呟いた。「もしかして、ヌメヌメのやつ…。 いま、ばばあを『ママ』って呼ばなかったかい…?」つづく…今回の『46万年後』シリーズは、旧小説『Who Gets Something Out of This UGLY Vampire?』から直接続いているため、わかりにくい部分もあると思います。旧小説をお読みいただけましたなら幸いです。ちなみに、少し前に書いた『風のいたずら』も、『35万年前』ってタイトルで話に組み込まれる予定だったんすけど、つなげると私の頭の中がクソミソになりそうだったので、やめました。