〜〜おわび〜〜

 ブログ終了の都合上、ほぼ全編ダイジェスト化しています。

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「さくらぁぁ!いい加減にぃ…、目を覚ませぇぇ!」

 

 神河リオンの咆哮が大地を揺らした。幾度跳ね返されようとリオンは立ち上がる。人を、星を、護るため。そして友を救うため。

 

 

 女神の歌声が響き渡ったあと、人々は死人のように黙々と「約束の地」を目指した。約束の地、それはかつて多くの命と文明を育んだアフリカの地、リビア。今は荒れ果て砂漠と化す。歌の洗脳を免れたのは、ヴァンパイアと巫女、そして適性者たち。

 

 事の真相は、マルセーラの死と共に騎士団へ伝えられた。騎士団は、ただちにレジスタンスへの協力を表明する。これまでの関係からは考えられない迅速さだったのだが、その裏には、元帥を始めとする超上層部の洗脳があった。騎士団は「ただの人」が支配していたのだ。

 騎士団員達は、死人を彷彿させる人の波が約束の地に到達してしまわぬよう、瀬戸際で食い止める。波となって押し寄せるおびただしい数の人々を食い止めるのは、超常的な力を持つヴァンパイアたちにとっても命がけである。歌によって超能力の源とも言える「命の鎖」に亀裂が生じ、ヴァンパイアたちは治癒能力を失った。今は人と同じく儚い。そして、現宿主の死はVマイクロムの消滅を意味する。Vが新たな宿主を探すことは、もうない。風の噂によると、消滅したVは女神の元に戻るのだという。

 

 マルセーラを失ったモリノ組は、先代のボス、レメディオスに再び指揮を託す。娘の死を、彼女は瞼を閉じたまま静かに聞いた。深く息を吐いてから仲間をじっくりと見渡した彼女は、零れた一粒の涙を拭い、気丈にこう言った。

 

「予言のときはきた!我々は神を討つ!」

 

 今のレメディオスに以前みられた「恐怖」はない。部下を愛し、慈しみ、讃え、時に叱る。そう、まるでマルセーラのように。もっとも部下の多くは死人と化してしまったが…。

 

 海底施設にあった未知のゲートは、ドラキュラの手によって回収され今は船の甲板に在る。ドラキュラは言った。

 

「我と巫女らで約束の地へ赴き、神を退けてこよう!」

 

 胸を張るドラキュラに対し、レメディオスがあっけらかんと応える。

 

「退けたって大半が死人同然なら意味ないさ。それに白もやし。悔しいけど、あんたは人類の、いいや、この星の最後の砦。万が一にも死なれちゃ困るんだよ。まだ他の可能性がある。

 女神ちゃんに全部キャンセルして貰えばいいのさ。」

 

「キキキ、キヤンセル?」

 

「きっとできる!ババアの話だと女神ちゃんは、ババアの呼びかけに反応したらしい。なのに、近くのララには反応しなかった。こんなに可愛いのに!

 たぶん神のプロトコルってやつで、神に操作されてるだけじゃなく、頭の中が昔に戻ってるのさ。」

 

「なるほど…、我がプロトコルを破壊すれば良いのだな!」

 

「相変わらずバカな銀河最強だな、お前は。まあ聞きな、白もやし。ババアから聞いた情報によるとね…」

 

 海底施設でゲートをくぐった女神は、片翼を失っていたものの身体は元通りになっていた。コレオス曰く、歌でヴァンパイアたちを繋ぐ命の鎖から力を奪い瞬時に再生したのだという。1つ1つの鎖から奪ったのは、小さなヒビ程度のごく僅かな力。あのとき、全ての鎖を解き放ち、本来の力を取り戻すこともできたのに、女神はそうしなかった。

 

「可愛いコレオスが死ぬからさ。母性は残ってる…。」

 

「なるほど…、我が母性を破壊すれば良いのだな!」

 

「バカもやし!」

 

 コレオスはこうも言った。全ての鎖が解き放たれると、女神は堕ちる前の姿に戻る、と。これは南の巫女の血族に伝わる予言とも一致する。予言では「ケツァルコアトル」と濁されているが、黄金の翼を取り戻し、テスカトリポカを追い返す。黄金の翼は、女神が堕ちる前に手に入れ、奪われたもの。余談だが、予言でケツァルコアトルに翼を返すのは「人の子」である。

 このままだとヴァンパイアが死ぬたびに、かか様はどんどん強くなる、のだとか。

 

 結局のところ、神の思惑は母娘の絆によって防がれた。

 女神はプロトコルにより操られた状態で完全体に戻るはずだった。歌で全ヴァンパイアを滅し、人類も操る。そして完全体に戻った女神を、最大障壁であるドラキュラに向かわせる。これが神の描いたストーリーだ。

 仮に成功していたとしたら…、不死と銀河最強の戦い。永久不滅の戦いは、用済みとなった地球をそう遠くない未来に消していただろう。

 

 

「いいかい?女神ちゃんを"さくらちゃん"に戻すのさ。

 さくらちゃんなら全てをキャンセルできる。」

 

「我は?」

 

「白もやしにはキャンセル後に活躍してもらう。今回はお留守番。」

 

「この大鼠め!我に留守番を言いつけるか!この大事に我ぬきで…」

「マリナもお留守番♪」

 

「うぐ…っ!ぐぬぬぬぬ…。い、致しかたあるまい…。」

 

「はい、決定。…私とコレオスも一緖だけどねー。」

 

「大鼠め、謀ったな!」

 

 

 こうして「約束の地」へと向かう少数精鋭が決まった。主なメンバーは、知子、レイナ、そしてララだ。

 出発に際し、レイナはマリナからボルシチを受け取る。マリナ風に言うと、ソユーズした、らしい。ソユーズ、つまりはヴィースト同士の「合体」である。レイナ曰く、双子だからできる一度きりの究極技、とのこと。これによりレイナのピロシキは、ドラキュラがペットにしたい、と思うレベルにまでパワーアップを果たした。

 それともう1人…

 

「ララちゃん!」

 

 3人を見送る中から飛び出したのは琴美だ。ララをぎゅっと抱きしめ、額に何度もキスをした。

 

「さくらに…、ママに会ったら、これを渡して。私が作ったお守り。」

 

 そう言って、幼子の首に不思議な紋様の描かれた首飾りを掛ける。この紋様は「カエルちゃん」だろうか?こくん、と頷いたララをもう一度抱きしめた琴美は、笑顔で見送った。

 独特の眼差しが大人びた印象を与えるものの、今のララは誰が見ても「5歳児」である。手足も、リアライズするハルバートも全てが小さい。以前と1つだけ変わったことがある。それは、着衣がライトブルーのドレスから真紅の船長服になったこと。ララがリアライズしたコピーなのだが、船長服の背中には、本物と同じく9つの穴がある。

 

 

 ゲートをくぐり無事に「約束の地」へと降り立った3人だったが、暗闇を支配する、と言われるトラップ型Vマイクロム、レヴェナントを操るヤノーシュの妨害により、予想外の苦戦を強いられた。ララを先に進ませるため足止めを買って出たレイナと知子は、自らの命と引き換えに激闘の末ヤノーシュを討ち破る。

 

「レイナ…?」

 

「生きてる…。でも…、ヤバイかも…うしし…。目が…。」

 

「わたしも…。目…が…見えない。」

 

「アゴのさ…、能力…、あれ…なに?」

 

「しらねぇし…どうでも…いい…」

 

「うしし…たしかに…どうでもいい…」

 

「私たちのが…強かった…」

 

「わたしが…でしょ?」

 

「言ってろ…」

 

「…うしし。」

 

「ララちゃん…、さくらに…会えたかなぁ…?」

 

「大丈夫…親娘だし…。ララにゃんなら…大丈夫…」

 

「…そっか…、疲れた…」

 

「うん………疲れ…た……」

 

「……レイナ?……」

 

「……」

 

「……また……来世…で……」

 

「……」

 

 知子の伸ばした右手が、レイナのゴールドアクセサリーをしゃらんと鳴らした。

 

 そして、1人先を急ぐララの元に黒い女神が舞い降りる。

 

 

「ママ!ママーー!」

 

 再会に歓喜し、駆け寄る幼い我が子に、黒い女神は無表情のまま鋭いランスを突き立てた。

 

 

「…い、いたい…。ママ、やめて。」

 

 絶命するはずの一撃を平然と受けた幼子を、不思議そうに見つめる女神。それから不気味な笑みを浮かべると、両手を空に掲げ謎の旋律を歌った。

 

 

「ママ?

 よんじゃダメだよ!カミはわるい人!ママ!おねがい!うたわないで!」

 

 

 数秒の間をおいて、巨大な矢印型の物体が轟音を伴い空から現れた!

 人類から見れば呆れるほど巨大。しかし神の尺度で言うならば軽装の高速戦闘機、つまり「偵察機」である。しばらくは2人の上で静止していたが、突如発光すると唸る閃光を前方に発射した。ドンッという地鳴りに続いて、女神の背後で爆音と悲鳴が起こる。

 

 その後も閃光は止まず、次々と発射された。遠くから爆音と悲鳴が聞こえるたび、女神はより美しく輝く。

 

 

「マ、ママ…やめて…。みんな、しんじゃう!いなくなっちゃう!」

 

 何度目だっただろうか。ひときわ大きな白い閃光が放たれたとき、黒い閃光が交錯し白を上へと跳ね除けた。白い閃光はそのまま天を昇る。

 

 

「地球人を舐めるなぁぁぁ!!」

 

 銀河最強…、ではなく、地上最強のヴァンパイア、神河リオンだ。リオンは放たれる閃光をことごとく跳ね除けて猪突猛進、ララの元に駆けつけた。

 

 

「さくら!お前は何をしている!敵に操られるほど弱い奴を、ライバルと認めた覚えはない!目を覚ませ!」

 

 高く跳び上がったベルセルクの比類なき爪は、巨大な偵察機を一撃のもとに両断!

 一転、空中でくるりと身を翻し、爆風と共に急降下。ベルセルクは親娘を隔てる壁となる。

 

 ベルセルクが大地を震わす咆哮を上げた。漆黒の闇夜のごとき輝きが、荒れ果てた地と鈍色の女神を照らす。

 

 吹きすさぶ風が凪いだ一瞬、黒と鈍が光速でぶつかる。交わる度に空気が弾け、巻き上がった砂塵が幼子を激しく撃つ。

 黒い一閃がついに女神を捉えた。しかし打撃に似た鈍い音を立てただけで女神を断つには至らず、返しの一撃を受けた比類なき爪の1つが甲高い音を鳴らして砕け散った。

 

 それでもベルセルクの心は折れない。何度も何度も、大地と幼子の身体を震わす。

 

 やがてベルセルクは人の姿に戻った。

 たとえ両腕を失おうともリオンは立つ。護るべきものが後ろに、救うべきものが前にある限り。

 

 リオンが駆け出したちょうどそのとき、澄んだ歌声が響き渡った。

 

 

 絶望の淵で幼子が歌う、命の讃歌。

 

 その歌は、その声は、消えゆくものをも奮い立たせた。

 失ったはずのベルセルクがリオンの元へ再び集い、煙のようにゆらゆらと、しかし力強くリオンを包み、ともに駆ける。

 

 

 声は、想いは、何よりも強い。

 

 このときリオンが纏った輝きは、それまで誰も見たことのない色だった。

 

 

 穢れのない、雪のような白…

 

 

 

 

 

ーーーーー

 歌が聞こえた。

 

 とても綺麗な声。

 

 

 私は…。

 ここは…。

 

 ここには何もない。

 だけど私はこの場所を知っている。

 

 遠くで懐かしい人達が私を呼ぶ。

 

 あっちに行かなきゃ。

 そう思っただけで、私は彼らの側にいた。

 

 

「准尉、帰ろう!」

 

 美しい黒髪が、CMみたいに揺れた。

 

 

「さくにゃん、帰ろ♪」

 

 ゴールドアクセが、うししと笑う口元で輝いた。

 

 

「さくら、あっちだよ☆」

 

 はち切れる寸前らしい2つのピンク色が、さらに遠くを指差した。

 

 

「さくら!走れ!」

 

 眩しいほどに輝く長身の女性が、翼のない私の背中を押した。

 

 

 遥か彼方に立つ、海賊の船長服を羽織った大きな人。

 

 行かなきゃ!

 そう思っただけで、私は…。

 

 

「准尉!帰りましょう!

 准尉の…、俺たちの娘が待ってる!

 

 私は、この人を知ってる。

 

 この人は…

 

 

 この人は…

 

 

 

『マ…ルセ……』

 

 

 

 

 

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「…ロ……さん…。」

 

 娘を抱きしめる私は、純白の女神。