なぜ私が、この白いチビスケの相手しなきゃならないのか、まず説明して欲しい。

 私は「ピノスケスの幼体に似ている」だけ。正確には別種だ。間違ってもピノスケスじゃあない。

 私の素性はバラしてあるんだから、リンタロもそのことを知ってるはずなのに!

 

「おい、あっちいけ。私にまとわりつくニャ!」

「ニャア。」

「ニャアじゃない。ボールを持ってきたって遊んでやらニャいぞ。

 おい、聞いてるか?まさかお前、テレパシーが通じニャいのか?

 くそう…。リンタロのやつはどこだニャ?」

「ンニャア。」

「うっさい。お前も自分の主人を探すのを手伝え…って、ボールは要らないからニャ!」

「ゥミャア?」

「だから!ボールは要らニャいの!」

 

 なぜ私まで語尾がニャになるんだ!

 この白い幼ピノスケスは、リンタロのお友達が連れてきた「ラブリチャン」。名前がラブリなのか、ラブリチャンなのか、なんてことはどうでもいい!エントランスで私を見るなり嬉しそうに鳴いてたし、私のこと、完全に仲間だと思ってやがる。しかもこいつは噂に聞く、純ペット用に遺伝子操作された「クローン種」だ。

 アリタリアが教えてくれたピノスケスの歴史は、涙無くして語れない。

 ピノスケスが銀河連邦に初めて持ち込まれたのは、千数百年前。最初の個体「イヴ」は、惑星調査隊がたまたま通り掛かった集落跡でミィミィ鳴いているところを発見された。部族間の争いでイヴの集落が壊滅してしまったのだろう。この時は、成体とあまりにも外見が違うため、イヴは家畜の一種だと思われていた。

 さらに不幸は続く。イヴは連れてこられて間もなく、環境に適応できず亡くなってしまう。ピノスケスは元来環境変化に過敏な種。当然の結果だった。現在でも生粋のピノスケス達は、母星以外だと呼吸器を付けて生活する。

 調査隊が悲しみに暮れる中、どうしてもイヴを忘れられない研究者がいた。彼は何度もイヴの再生を繰り返し、飼育を試みる。しかしどのイヴも十日と生きられなかった。辛抱できなくなった彼は、最悪の策を選択する。再生時に遺伝子操作を施し、最長で十五年まで制御可能な寿命を与えてしまったのだ。幼体のまま成長しない副作用と生殖機能を代償に。

 長寿命化された再生イヴを根源に持つセカンドクローン達は、愛らしいペットとして爆発的な人気を得て、今に至る。ピノスケスが人類種と判明し、銀河連邦に属したのはつい最近のこと。クローンとはいえ、それまでずっと同族を人身売買されてきたわけだから、ピノスケス達の怒りは相当なものだっただろう。現在はピノスケスに関わる「いかなる取引」も厳罰対象となっているが、すでに扶養されている場合は、扶養者に対し、寿命を全うするまで「幸せな生活」が義務付けられている。

 ちなみに、自然界で生き残り、成長を遂げたピノスケスの成体はかなり野性味溢れる。女性でも男性でも、身体的特徴はほぼ同じ。体格はリビルド種よりやや小さく、筋肉質で毛深い。特に首周りから背中にかけての毛深さは凄まじい。なのになぜか頭髪は残念なレベルで薄い。そして、長い腕。第二次成長期で急激に伸び始め、最終的には常に爪先立ちする俊敏な脚よりも逞しくなる。拳は、握ると拳骨部分から牙のような骨が五センチほど飛び出す、デンジャラスウェポン。野生個体は一般的に着衣していない。

 
 ああ、白いチビスケが遠慮なしに戯れてくる。ボールを転がしてくる。ボールを返さないと手を噛んでくる。と思ったら、今度は私の尻尾に夢中だ。本気で叩いたら泣きそうだし、もういいや。このまま尻尾相手に遊ばせておこう。
 ああ、面倒くさい。こんなことなら、リンタロのお願いなんて、安請け合いするんじゃなかった…。

 

 

ーーーーー

「ピノ!頼む!

 何も聞かず、俺に協力してくれ!」

 

 しまった!リビングでうとうとしてせいで、リンタロの帰宅に気づかなかった!こら、リンタロ。私のお腹に頬ずりするな、脂がつく。

 

「協力って、なに?」

 

 成長が早いリンタロは、今年から防衛学校へ通い始めた。成長速度はアリタリア譲りのようで、もう背はビョルドより高いし、体格は私が見ても立派だと思う。生後七年で入学許可が出るのは、全人類種の中でも超早いらしい。原種に近いリビルド種のビョルドは、十八年かかったとか。

 

「だから聞かないで!」

「やだよ。」

 

 こっち無視で押し切る感じ、だんだんビョルドに似てきたな。

 

「お願い!」

「見返りは?」

 

 仕方ない。協力とやらの面倒臭さレベルは、攻め方を変えて測るとしよう。聞き方を少し変えるだけで途端に緩くなるのも、ビョルドっぽい。

 ビョルドが同僚といかがわしいお店に行ったときも、何かを察したアリタリアに「チップはいくら払ったの?」と聞かれてすぐにバレていた。

 

「見返りは…、カリーバふわとろスペシャル、一年分!」

「……き、却下。」

 

 危険!魔法の言葉「カリーバ」にヤられる寸前だった!

 あえて言わせて貰うが、私はピノスケスじゃない。

 

「カリーバだぜ!?あんなに好きだったじゃん!」

「リンタロ?あれはピノスケスの食べ物だけど?

 リンタロに秘密を話す前は、ピノスケスのフリをしてただけなんだってば!」

 

 もう一度言おう。私はピノスケスじゃない。

 

「…とか言って、悩んだべ?」

「本当はちょっとだけ。でも、却下!」

 

 空腹だったら負けてたかもね。

 

「それなら…

 レイ・アンダルスのライブ!これでどうだ!」

 

 これは悩む!

 奥の手が大銀河のスーパーディーバ、レイ・アンダルスのライブとは。リンタロごときがプレミアチケットを入手できるのか、怪しいところだけど、話に乗れば可能性はゼロじゃなくなる。この世界に住民登録のない私が自力ゲットできる確率は、ゼロだ。

 

「………リンタロ、君の用件を言いたまえ。」

 

 レイのライブはカリーバに勝る。例えホロライブだったとしても、カリーバなぞ百年分貰っても足りない。

 

「協力してくれんの!?」

「早くしないと気が変わるよ。」

 

 すでに気が変わりつつあるけど、今回だけは多目に見てやる。

 

「明日さ、友達が家に来るんだけどさ…。」

「そのお友達は家に入れるサイズ?」

「リビルドだからゲートなしで大丈夫。

 …じゃなくて、友達と一緒に遊んでくれ!」

 

 ちっ!騙されなかったか。

 

「それだけ?」

 

 リンタロのことだから、絶対、まだ何かある。

 

「…ピノスケスのフリして。」

「あとは?」

 

 報酬がレイのライブなのに、それだけな訳ないだろ。

 

「…もうない。」

 

 リンタロの目が泳いだ。とてつもなく怪しい。

 

「ほんとに?」

 

 念には念を入れて、もう一度。

 

「…ない。」

 

 信じられないけど、今回だけは信じてやろう…。

 

 

ーーーーー

 やっぱり信じなきゃ良かった!

 「まだ」あったじゃねぇかよ!しかも特大のやつが!

 ピノスケスを連れてくるなんて聞いてねえぞ!しかも遊ぶ友達ってこの白いチビスケのことかよ!確かにお前のお友達も来たけど女性だし!

 全て理解したぞ、リンタロ!ガールフレンドを呼ぶ口実に私を使ったな!「ウチにもピノいるぜ」とか言って、その娘に近づいたんだろう!不純だ!不潔だ!

 何度でも言おう。私はピノスケスじゃあない!そんなことより、リンタロはどこだ!?

 やけに天井が高く、巨大な銀河球儀が浮いているこの部屋は、ビョルドの書斎だったはず。ちなみにこの銀河球儀は、拡大縮小できて、最大まで拡大すると対象エリアをライブモニターできる優れもの。

 

「なんてこった!

 この部屋、私用のピノスルードアがないじゃニャいか!」

 

 ハメられた…。今ごろリンタロは、無意味なヘアピンをつけたあの娘とフレア燦々のテラスルームで「勉強」ならぬ、「フレアぼっこ」をしてるはず。私もテラスに行ってフレアゴロゴロしたいニャ。

 

「ンニャア?」

「ダメ!お前はテラスに連れて行ってあげニャい!」

 

 こいつの近くにいると、考えていることまで語尾が「ニャ」になってしまう。

 

「ただいまー。」

 

 しめた!アリタリアが帰ってきた!

 

「アリタリア!私はここだっ!開けてくれっ!」


 テレパシーの出力を最大にすれば、届く……

 

「あら?この靴…、お友達かしら?

 リンタロー?どこー?」

 

 セ、セーフ!

 最大にしてたら、あの娘にまでテレパシってたかも知れない。リンタロを探しているなら、この部屋の前を通るはず。奴らはきっと奥のテラスルームだ。そのチャンスを逃すな、私!

 

「リンタロー?どこー?

 お友達もいるのー?」

 

 よしよし。二階に上がってきた。

 

「ニャアー♪」

「痛っ!ニャんで尻尾に噛みつくニャ!」

 

 あ、なるほど、何かに集中すると意識しなくても尻尾がパタパタ揺れるのか。自分の身体なのに知らなかった!

 とりあえずチビスケがうざいから、尻尾はおしりの下に入れておこう。

 

「リンタロー?部屋ー?」

 

 キタッ!もう少し!

 あと六歩…、五歩…。

 

「母さん。おかえり。」

 

 ニャ!ニャにぃいいい!

 あいつら、手前の部屋にいたぁぁぁぁあ!

 ちょっと待て!その部屋は私も入ったことがない、ビョルドとアリタリアが二人で「共同作業」する禁断の間……。

 

「そこにいたの!

 あら、いらっしゃい。お友達?」

 

 え?それだけ?

 

「ああ、同じクラスのタチバナ。」

 

 リンタロ、気持ちハァハァ言ってないか?

 

「タチバナ・ユーカです。はじめまして。お邪魔してます。

 色々と使わせていただいて、すみません。」

 

 ヘアピン!お前もハァハァ言ってんじゃん!
 それ以前に、リンタロとヘアピンはどんな状態で自己紹介してんの?

 くそう。言葉と音だけじゃイマイチ状況を把握できん!

 

「リンタロの母です。リンタロは少し乱暴な子だけど、根は良い子だから仲良くしてね。

 それと、道具のことは気にしなくて良いのよ。せっかくだから色んなのを試してみて。あれとか、あれも、すごく良いわよお。」

 

 どえらいタイミングで立ち話を仕掛けるアリタリアもだいぶ乱暴だけどな!
 そんなことより、おすすめとか紹介しなくて良いから!そもそもさ、そういうのって共用するもの!?

 

「ありがとうございます。」

 

 うん。常軌を逸していても、お礼は大事。そこは評価する。

 

「ところで…」

 

 やれやれ。アリタリアのやつ、やっと状況を理解したか。そうだ。ガツンと言ってやれ!

 

「タチバナさんって、ファミリーネーム?珍しいわね。」

 

 そっちー?ファミリーネームとか、今さらどうでもいい!すでに私の中では「ヘア・ピン子」だわ。

 

「父方が第一世代の直系なので。

 …あふぅ。」

 

 ピン子、急に変な声を出してどうした!?

 

「ユーカ、やっぱゴム外した方が良くねぇ?しっくりくると思うぜ?」

 

 リンタロ、お前はそうだろうな。

 そうじゃない!外しちゃダメだ!しっくりとか、そういう問題じゃない!

 お前らは母親の前で何をしてるか、分かってんのか!?

 

「そうねえ。私も外した方が思う。

 私とビョルドはゴムなんて使ったことないし。」

 

 アリタリアーッ!

 それは親として言っちゃダメなやつぅ!つーか、お前とビョルドは女同士なんだから、使う必要ないじゃん!

 

「そうなんですか?

 じゃあ、リンタロくん、外して…。」

「オッケー!」

 

 あかーんっ!!同意したら、あかーん!

 リンタロもオッケーしたら、あかーん!

 無知なのか?ピン子よ、お前は無知なのか!?

 

「やっぱりリンタロくん、すごいです。」

「そうか?ユーカもメリハリがあっていい身体してると思うぜ!」

「えへへ。なんか恥ずかしいな。ありがと。」

 

 なに?この、少しの間も無駄にしない感じ。そういうの要らないから。

 

「ねえ、ゴムもなんだけど、私は体勢の問題だと思うの。

 もっとこうしたら、奥までガツンとくるわよ?」

 

 ガツンじゃねぇよ。なに言ってんだよ、アリタリア。親が手取り足取り指南するなんて、どんな企画物だよ、これ。

 

「こうですか?」

「そうそう。リンタロも、ユーカちゃんがもっと自由に動けるように、ポジショニングを意識して。」

「こ、こうか?」

「いい感じ!二人とも上手よー。」

 

 ここは『実録!彼の母に教えられて…』の収録現場ですか?

 

「ああああぁぁあ!す、すごい!

 奥までガツンガツン!来てます!

 すごくイィっ!」

「すげぇ!

 すげぇよ、母さん!奥の方がハッキリと波打ってる!」

「えへん!伊達に軍医はやってないわよ。

 分からないことがあったら、なんでも聞いて!」

 

 医学の無駄遣いにもほどがある!

 この親にして、この子あり。加えて恋人まで同類なんて…。

 居候して数年経つけど、実はとんでもない家庭に住んでいたのかも知れない。

 

「少し蒸れてるから、ドア開けとくわね。

 じゃあ、あとは二人で楽しんで!ごゆっくりー。」

 

 閉めてやれよお!

 なんなの!?オープンに、がこの世界の普通なの?

 

「ピノはどこに行ったのかしら?

 せっかくお土産買ってきたのに。」

 

 そうだ!衝撃展開すぎて忘れてた!

 

「アリタリア、ドアを開けてくれ!」

 

 強めにテレパシると、ピン子に素性がバレるかも知れないから、必死にドアをカリカリ。

 

「ん?ビョルドの書斎から音が…?」

「そう!閉じ込められた!開けてくれ!」

 

 ドアをカリカリする手に一層の熱が篭る。どうでもいいけど、お腹空いたニャ。

 

「あ!母さん!

 母ちゃんの書斎、開けないで!」

 

 リンタロの叫びはタッチの差で遅かった。認証音を鳴らして開いたドアの額縁に、貧相なシルエットが浮かぶ。

 まさか貧相なアリタリアを「頼もしい」と思う日が来るなんて…。

 

「あんた、こんなところで何してんの?」

 

 悪い。話はあとだ。

 親が変態で頼りにならないのなら、私が正しい知識を教えてやらねば!

 

「母さん!早く閉めて!」
「ニャッ!」

「えぇ?なに!?」

 

 もう遅い!私はこう見えて俊敏性に自信がある。

 お、チビスケもついてきたか。お前もなかなか素早いな。あとでデカい奴らを驚かすテクニックを直々に教えてやろう。

 だがしかし!まずはリンタロ達へのお説教だ!

 床のせいでグリップが効かないが、お構いなし。滑り込むように隣室のドアをくぐり、ピンポイントテレパシーをリンタロへ送る!

 

「おい!リンタロ!

 お前は一体なにを考え……へえぇえ?

 え?なに?どういうこと?」

「ほらー!もー!ラブリちゃんまで来ちゃったじゃーん!」

「ごめん。もう一人いるなんて知らなかったから。」

「ゥミャア!フゥー!」

 

 え?あれ?なんか想像してたのと違う…。ど、どういうこと?

 つーか、チビスケ。リンタロへの威嚇は後にして、少し黙ってろ。気が散る。

 

「すみません。ラブリがいること、先にお話ししておくべきでした。

 ウチは古い家なのでまともなトレーニングマシンが置けなくて。それにトレーニングしてるとラブリがすぐ邪魔しにくるし、もうすぐ体力評価試験だから困ってたんです。そしたらリンタロくんが、ビョルド中佐のトレーニングルームを貸してくれるって言ってくれて…。」

「ユーカの家は共働きなんだよ。『幸せな生活』義務で学校が終わったらラブリを一人にできないじゃん?だけど、ウチならピノにラブリの相手して貰えるからさ。」

 

 荷重用のグラビィティラバーをブンブンと振り回しながら、リンタロが補足した。

 そ、そういうことだったのか。つまり禁断の間は…。

 

「あら、かわいいー。ラブリちゃんていうのー。美人しゃんねー。

 トレーニングルームは、危ないから下に行こうねー。」

「ンミャア。」

 

 だから私に入るな、と…。

 やばい。変な勘違いしていた自分がめちゃくちゃ恥ずかしい。

 

「ピノも下においで。

 カリーバの『バリふわ』スペシャル買ってきたよ!」

 

 カリーバ!しかも、バリふわ!?

 やったー。食べる、食べるー!

 チビスケ、覚悟するんだな。その歳で「バリふわ」を食べてしまったら、一生忘れられなくなるぜ?お値段だって「ふわとろ」の三倍だ。

 

「すごい。ピノちゃんて、まだ小さいのに言葉が分かってるみたい。」

「ははは、まさか。あいつは勘が良いだけだよ。」

 

 去り際に横目で見た若い二人の横顔が、フレアの差し込む逆光の中で少し重なって見えた。…たぶん気のせいだろう。

 

 

 

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