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友達に誘われて、テルメ(温泉)太陽に行ってきた。ヨーロッパのテルメというのは水着着用で屋外の温水プールというイメージなので日本の温泉とは全く別物だけれど、それにしてもこの猛暑に温泉??と、誘われた時にはかなりびっくりした。

ちなみに日本人は夏に温泉に行くんだろうか?基本的に館内だから夏だろうと冬だろうと関係なく楽しめるのかな・・・

でも、今回の予定は週末に一泊のプチ旅行車で、まずは土曜日のお昼過ぎにゆっくり出発。うちから車で2時間弱の温泉場のホテルにチェックインした後そこから徒歩で10分くらいの温泉施設に行き、18時以降の割引料金で(営業は25時まで)屋外プール温泉を楽しもうというものだった。


Antica Terme querciolaia という施設。

最近は18時といっても相当に暑いけど、この日はなんともタイミングよくその地域がお昼過ぎに突然の豪雨に見舞われたため気温は一気に25度くらいになり、まさに温泉プールにもってこいだった。なんなら、一つのプールから上がって外を歩くのがちょっと寒いくらい!びっくり

当然ながら夏に温泉に行こうと考える人は少ないとみて、施設はガラガラ。更衣室もほぼ独占状態で本当に快適だった。施設内にレストランもあるからそこで食べるもよし、と思っていたのだけど思いの外ショボかったので私たちは2時間で引き上げてホテル近くの素敵なレストランで食事をすることに。しかし中にはピクニックみたいにお弁当持参で来ている人もいて、これならかなりリラックスして楽しめるなあという感じ。飲食物持ち込みも全然オッケーみたいだった。

19時過ぎると音楽もかかって照明も綺麗だし、バーも開店してドリンクも飲める!赤ワインカクテル

この楽しみ方は冬だと厳しいので、ある意味穴場で良いかもね。

トスカーナ在住の方はお試しあれです。

宿泊はラポラーノテルメという温泉しか取り柄のない街の小さなホテルにしたんだけど、ここがまた新感覚でよかった。爆  笑本当に簡易なB&Bの部屋と、共同のキッチンが開放されていて(無人)そこに食べ物が24時間置いてあるので朝食はお好きにどうぞというスタイルである。そして置いてあるものが基本的にビオだったりソーシャル的な製品(障害のある方の活動をバックアップしている)だったりとテーマがあるの。





お部屋が綺麗だったり内装が良かったりするのはもちろんだけど、こういった何かしらの志があるサービスや商品というのは、新時代を感じさせて私はとても好きである。

24時間無人のキッチンで食料開放(料理はできない)ということは客を信用していなければ成り立たないわけだけれども、その辺はまあ今後どういう客が来るかによって変わっていくのかもしれない。

いろいろと面白い週末ででした。



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毎日危険なほどの暑さのフィレンツェですが、世界の皆様いかがお過ごしでしょうか。

暦の上ではまだ7月がやっと終わるところですが、私としては今年の夏は早くも終了した感覚なんですよね・・この猛暑にやられてるというのもあるんですが、(夏というのは暑さx日数だとすると、暑さが最高潮なため日数が短くても夏終了な感じ)何とも波乱な1ヶ月だったからなんです。

7月頭の2週間は私のキモ入り、ティーンエイジャー向けの日本語夏期講習があり、満員御礼で充実感と達成感に包まれたのも束の間、7月22日からのシチリア旅行に向けて色々と準備を始めていました。

ところが連れ合いがまさかの発熱。

出発から5日前のことです。えーん



楽しみにしていた友達宅のゲーム大会にも私だけで参加し、養生していたのですが、それどころじゃないことが起きました。



なんと私たちの出発日前日の朝、義母が亡くなったのです。ショボーン





実は連れ合いの発熱はどうも義実家から拾ってきたらしく、このところあまり義母の調子が良くないからと見舞いに行っていた彼もまんまとやられ、熱と喉の痛みが発症しました。義母は元々完全看護で生活していた人なので死因は特定できないでしょうが、最後の発熱を伴う何か(コロナ??)が一撃になったのはほぼ間違いないと思います。

月曜日に出発予定だったのが、日曜の早朝に訃報を受けそこからすぐに駆けつけ葬儀の手配だの何だのとあたふたして数日が過ぎました。

といっても、日本の仏教式の葬儀やそれに伴うあれこれに比べるとイタリアのそれは非常にシンプルで、火葬にも立ち会わないし(後で遺灰が返ってくるだけ)あっけなく終わりました。日本では49日までは家に骨壷を置いたり、その間に友人知人が訪ねてきたり、その後も法事が色々あったりで段階的にお別れをしていくシステムなのに比べてこちらでは遺体を安置するのが2日程度あってそのあとは簡単なミサ(簡単すぎるくらい!)があって遺体のみ火葬場に行き、あとは遺灰の壺が返ってくるだけ。いっちゃあナンですがそれが本物の故人なのかというのも分からないわけで・・真顔

あとは壺を家に置いておいてもいいし、お墓に入れてもいいし。お好きにどうぞという感じなんですよね。

友達の親戚なんかは、旦那さんの遺灰を家のベッドの、彼がいつも寝ていた場所の横のサイドテーブルに置いているとか。なんかそれもどうかと思いますが。

イタリアの人たちは死に対して私たち日本人が想像するよりももっとずっと暗く忌まわしいイメージを持っているようです。ある意味ちょっとそれは残念というか勿体無いなあと思うんですが、文化風俗の違いというのはそんなもんですかね。


はあ・・・あと1ヶ月夏が残っていると思うと何だか得したような長過ぎて嫌になるような変な気持ちですが、休暇を再編できればどこかへ行くかもしれません。いや絶対に行きたいぞ!

暑いなか、皆様もどうぞご自愛ください。











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イタリアに外国人がある一定の期間を超えて滞在するには”滞在許可証”というものが必要です。ちょっとややこしいんですがこれはビザではありません。日本でもイタリアでも外国人を滞在させるための工程は2段階方式で、ザックリいうと1つは外国人自身の国で”渡航先への入国許可”もう一つは滞在地での”滞在許可”です。

日本に住みたいという外国人の場合、まずは書類を揃えてそれを統括する組織(就学ビザなら語学学校、労働ビザなら会社)が入国管理局に提出します。そしてそこでまず審査が行われて(数ヶ月かかる)OK! となったら外国人に”自国でビザ(入国許可)”取ってね、ってことになります。日本に入国した際にはもうやることはありません。グッ

さすが日本。これは道理に適った順番であり方式であると私は思うんですね。

そんでもってイタリアは、順序が逆。
まずは外国人のホームでビザ(入国許可)を取らせ、(数ヶ月かかる)その後でイタリアに入国してから”滞在許可証”を申請するんです。

ビザだけだと、”入国していいとは言ったが滞在していいことにはならん”という、よくわからない中途半端な状況なわけです。えー

そんでもってこの滞在許可証の申請から受け取りまで、今現在なんと!
1年半もかかってるーガーン

実は私自身も有効期限なしの滞在許可証だったはずが2021年からEUがカードの有効性を10年と決めやがったせいでむかつき更新が必要になり、申請を手助けしてもらおうと思って行った近くの外国人サポートセンタ(?)みたいなところで聞いた話です。

そして私自身の1回目呼び出し(写真の提出)はなんと、2025年の11月・・・目を疑っちゃいました。私の場合はただのデータのアップデートだけなんですが???

サポートセンターで大変よくしてくださった係員の方の話によると、私と同じようなケースのアルバニア人の女性がいたそうで、その方も初めての呼び出しが1年以上先だった、と。
でそれを受けて彼のところにやってきて、「私はある警察官の家でお掃除の仕事をしているのでその警察官の名前を書いて警察にメールを送ってくれればすぐに対応してくれると言われた」口笛と言ってきたそうな。そんでメールしたら本当に、呼び出しが7月1日(来週じゃん!)になったらしいです。

イタリアはコネ社会。

こんなところで思い知らされるイタリアのどーしよーもない国民性、の話でした。もやもや

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日本語教師をしていて、それから私自身がイタリア語や英語を学んできた経験からして、外国語を身につけるのに必要な時間は?という永遠のテーマに回答してみたい。

もちろん”人による”というのが大前提であり、中には本当に苦労するという人もいる(全体の半分以上はこのタイプなんじゃないかな)。これはその人の持っている特性によるものだと思うので、苦労してもいいから突き進むのか、それとも適当なところでよしとするのかを選択してもいいと思う。

さて、どんなに優秀な、わかりの早い人であっても、自分の母語と対照言語がかけはなれている場合には(日本人の場合はほぼ全ての言語でかけ離れている)B1レベル(普通の日常生活で問題なく会話ができる)くらいになるまでには年単位の時間が必要だ。なぜなら、母語の思考パターンではないものをハラオチさせるには熟成期間が必要だから。にっこり

でも、その下のA2レベルくらいならもっとストレスなく短時間で到達可能であり、実際にこのレベルで十分”〇〇語が話せる”と言っていいと思う。だから、自分の到達目標と照らし合わせてこの辺でやめとこう、というのも良いんじゃないかと思う。

と、そんな前振りをしてみたが、今回はイタリアンミーのブログのご案内。元はイタリア語を訳したものなので気になる方はイタリア語の方も合わせて読んでみてください。
私と同じ、語学教師歴二十年以上の同僚ナディアによる、このテーマへの回答です。的を得ていると思うし、新たな気づきもあるのではないかと思います。

下矢印

イタリア語を学ぶのに必要な時間は?

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昨日の日曜日、久しぶりに”どこか行こう”ということになって、ボローニャへ行ってきた。ここスカンディッチに引っ越してからというもの、日常が非日常な日々が続いてなかなかそれ以外に気が向かなかったのだが、ようやく2ヶ月半(うち1ヶ月は私は不在だったけど)を過ぎて慣れてきたのかも知れない。

ボローニャの特徴をいくつかあげてみよう。
1 町中に広がるアーケード。雨でも濡れずに歩けるのが自慢だけど、日差しが強い夏の日でも
 その威力は素晴らしいことが証明された。アーケードの下は本当に快適!
2 仕事がきちんとしている。対応が良い。
 (まあもちろん人によるんだろうけど、一般的に親切というイメージ)
3 手打ちパスタをはじめとしたイタリア料理が絶品。
  パスタ好きには持ってこいヨ。
4 フィレンツェほど観光客が多くないので街中でも快適。
 もちろん観光スポットもフィレンツェよりは少ないから1日あれば十分。

結果、観光よりも住むのに適している街というイメージがある。

私たちの目的はおいしいレストランだったのでいくつかピックアップしていたのだけど、行き当たりばったりで予約はしなかった。どのレストランもネットで予約しようと思ったら一番近い可能な日が3日先とかで、ゲンナリしてしまったので突撃チャレンジをすることに。

そうしたらここ、一番めあてのレストランが「14時15分にテーブルを空けてくれれば大丈夫」とのことですぐに入れた!ニコニコ(着いたのは12時45分だったからちょうど良いタイミング!)

イタリア料理ってシンプルなものが多いからレストランでなければ食べられないほどの美味しさの店を見つけるのは(星つきとかじゃなくてね)難しいんだけどここは大正解。日曜しかやらないというラザニアと、メニュー名が ”じいちゃんが好きだった細麺爆  笑” というパスタをチョイスした。


ラザニア


じいちゃんの細麺パスタ


お店の雰囲気は、フランスの田舎って感じ。なんと1937年からの老舗だとメニューに書いてあった。びっくり
レストランの名前は ”Da Me" ( ダメ、じゃなくて爆  笑 私んちみたいな意味)

このプリモ2つに連れ合いがびっくりするくらい巨大でアントニオ猪木の足くらいありそうな”ボローニャ風カツレツ”を頼み、付け合わせ、食後酒などなどで二人で81ユーロ。

まあ安くはないと思う。真顔
ただ、このくらいの金額は特に美味しくないレストランでも払うことがあるのでここは満足して支払えたという点で二重丸。二重丸

その後はひたすら街中を歩き回り(15万歩歩いたようだ)ボローニャ半日旅は終了。

再び、移動することの大切さを実感した日曜日になりました。








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以前も何回か私のブログで扱ったタイトル”Pitti” ピッティ。これはフィレンツェが会場となって年に2回行われる紳士服の見本市で、見本市としての機能よりも最近は男性ファッションの祭典のような位置付けになっているらしいが、それでもやっぱりヨーロッパでは名の知れた盛大なフェアである。


入り口に今回のテーマの”レモン”・・


ブースの一コマ

私はファッション関係の人間でも通訳の仕事でもないのだけど、ここに出展を希望しているデザイナーの友達が日本からやってきて、市場調査というか出展のための探りを入れに行くのでお付き合いをすることに。

とはいえ、誰でも入れるわけじゃなく、受付でバイヤー、メディア、などの役割をはっきりさせせた上で、バイヤーであればその店舗を証明するものを提示しなければならない。
つまり、私のような部外者がちらっと興味本位で行っても入れてくれないのである。(まあ入場料35ユーロなんてただの興味本位じゃあ払いたくもないだろう) そういった訳で入れる人にお誘いを受けたとあって、ホイホイとついていった。ウインク

今回の友達の目的は、日本人で出展している人(嬉しいことに結構いた!)に突撃インタビューをして、出展料とか経緯とかを探りたいというものだった。彼曰く、普通はそういうことって教えてくれないんだそうだ。一人でも過去に聞いてみたことがあるらしいが、「なんでそんなことあなたに教えなきゃいけないんですか真顔」と、結構な塩対応だったとか。
(そう言われると心が折れるから付き合ってほしい、と懇願されて同行した)


ファッション業界って結構同業者に冷たいんだね・・と残念に思っていたが、今回は心優しい出展者さんに会えて、彼も色々質問できた。来てよかったね、ってことでめでたしめでたし。

私は・・・ファッションは好きだけど紳士服だとやっぱり興味ないかな。

見本市というのはどの分野でも出展することに意義があるのであって、ここに投資したお金をすぐさま新しい取引先で回収しようという目的ではいけない。だからそのコストがウンビャク万円という単位になるとちょっと尻込みしちゃう・・よね、やっぱり。

まあ逆に、会社にそれくらいの”体力”があるという証明になり、それはブランドの信用性にもつながるのだろう。今回お話が聞けたブランドさんは二つで、どちらも創業まもない若い人たちだったが、縁あって割と偶然みたいな形で出展することになったらしい。

それとは別に、ある有名なイタリアブランドの日本人社員さんもいらしていて、この方はやっぱり大木の下にいるという安心感なのか個人ブランドのオーナーさんとはまったく違う雰囲気だった。

メンズファッションには興味はないけど、そういった意味での人間模様を色々と見聞きする機会があって大変面白い経験だった。ニコニコ











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昨日久しぶりに私のフィレンツェのママとも言える人に会って昼食を共にした。この人は初めて私がフィレンツェに来た時のホームステイ先の大家さんでその時も今もサンタクローチェ広場の横の素敵なお家で一人暮らしをしている。

彼女には60歳に近い息子がいる。実はもう一人息子がいたのだが、若い時に亡くしている。この息子さんと最愛のご主人を結構若くして(今思うと50代の初めで)見送ったという経験については、私は事実のみ知っているだけで詳しくは聞いたことがない。それほど、彼らのことを話すのはタブーといった感じだったから。

そんなハードな経験をしたにもかかわらず、彼女は80代となる今でも無茶苦茶元気だ。元から早口でよく喋り、記憶力が素晴らしくいいのだが、それは今も全く変わっていない。会うのは一年に数回といったところなので会うたびに新しく起こった不幸な出来事(車に引かれた、手術をした、どこそこが痛いなど)を報告してくれるのだが、それがほとんど信じられないくらい元気で矍鑠としていておしゃれで可愛い。

昨日は彼女の息子Sも昼食に同行した、(というか彼がおすすめの食堂に行くことにして、彼の奢りだった)。想像して欲しい、60近いイタリア人男性。職業は大工的な手仕事全般。移動は使い古された自転車で身なりは穴が空いているペンギン柄の色褪せた青いTシャツとクタクタのバミューダパンツ、そしてサンダル。

かつてはモデルもしたという、薄茶色の巻毛は今も健在でよく見ればまあ魅力的な風貌なんだが彼の人柄と言うことと全体の雰囲気が相まってなんだか独特怪奇な感じである。私は昔からこの人のことが全く理解できたことがないのだが、昨日会って思った。

彼は本当の自由人なんだなと。

私自身も日本の親族からは自由人と言われているらしいがそれは日本とイタリアと好きなように行き来したり会社勤めじゃない仕事をしてたりと、そこそこの自由を謳歌しているからだろう。自覺もしてるし、それで満足している。

しかし彼はもう存在自体が、自由な人。わたしたちと食事するために自転車でフラっときて、その場で折り紙の花を作って私にプレゼントしてくれた。彼は手先が器用で折り紙が大得意だという。持ち歩き用の折り紙の紙束を懐からすっと出す。


これはうちに帰ってからちょうどいい”花瓶”があったので挿してみた図。

なぜか茎となる楊枝も持参しているところがさすが。

「イズミ、すごく可愛いねー。可愛い君にはお花を作ってあげるよ。」

すごいイケメンとかが言っているんじゃなくてこの見た目の(写真が出せないのが残念すぎる)おっさんが言う不思議さよ。まるでルパン3世のようにつかみどころのないことばかり言う。

食堂での食事が終わると、店を出てそのすぐわきの石段に腰掛けて手巻きタバコを吸う。ここが彼のお気に入りの定位置なんだそうだ。

「あーーたばこって美味しい」照れ
「これから帰ってお昼寝しよっと」

彼曰く、仕事では引っ張りだこで「彼ら(客)が僕を必要としてるんだ、僕が客を必要としているんじゃない。今あの金持ちアメリカ人の家に行くのは気が乗らないから今日は遅くに行こうっと」とのこと。

ワークライフバランスっていう言葉はこの人には無用だ。
自分の好きなように生きている本当の自由人。そしてなんだかすごーく豊かに見えた。

こういう人がどんどん増えて当たり前になればいいのになーと思った。ラブ



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またもやお久しぶりです。

ここ数ヶ月私が何をしてたかっていうと・・

4月に連れ合いと二人で彼の実家を出て新居に引っ越しました。チョキ
そして、4月後半から5月後半まで一人で日本にいました。



訪れた仙台の瑞鳳殿・・・神秘的な光が・・


4月に引っ越したのは結構急な展開で決めたことだったのでバタバタでした。今振り返ってみると2月19日のブログに家探しと書いているので、そこから動いて、思ったよりスムーズに今の家が決まりました。引っ越したのは4月ですが実際3月の半ばには決まっていたので、正直ものすごく幸運だったと言えます。しかも同日に内見した3軒のうち、あきらかにここだけが気に入ったし、その時点から何故か不動産屋にえらく気に入られ・・ラブラブ
大家との面会をしてみたらなんと連れ合いの元同僚だったという・・・
不思議なご縁にも導かれました。


新しい家はScandicciという、フィレンツェからトラムで20分ほど離れたところにあります。フィレンツェとは別の市になるとはいえ、まあ実質フィレンツェ”郊外”というくくりで良いかと。

私はイタリア(フィレンツェだけだけど)にすみ始めてから初めの3年間は引っ越しを繰り返しましたが、その後2003年くらいからはずーっとフィレンツェチェントロで暮らしていたので、この郊外感がなんとも新鮮です。何がいいって、やっぱり郊外って暮らしやすくなっているんですよ。特に大型スーパーがあるところが素晴らしいですね。初めの1か月はスーパーが楽しすぎて娯楽となっていました。フィレンツェチェントロに比べて品数がすごく多いし、値段も安い。
それに野菜が新鮮です。これが本当の”生活”なんだなあという気がします。

どこの観光地もそうかもしれませんが、やはり観光と日常というのは違うものなのですね。
フィレンツェチェントロは観光地であって日常という目線でみると決して暮らしやすくはない。
それを嘆くフィレンツェ人も多いようですが(特に今週末の市長選では注目の話題になっている)民主主義の国では人の流れは自由ですから、観光地と住宅地という区分けは自然の流れとして起こってくることなんですよね。

フィレンツェには職人が住んでいて・・・とか、小さい伝統ある店があって・・・みたいなのはね、残念ながら90%幻想、もしくは”日のなごり”なんです。ディズニーランドには本当にミッキーが住んでないのと一緒です。でもいいじゃないか、それで。ここに住人を戻したいならまず交通規制(市内は車禁止)を解除すべきだし、景観重視で自分の家の外観でもいじれないとかをやめるべきだし、大型のスーパーを作るべきだし・・・そんなん無理なんですわ。

あ、でもこれから観光でこようと思っている方はもちろんとっても楽しめると思うし、小さい工房だのお店だのは、ありますよ。ただ、それは結構”作られた現実”だというだけです。
ベネチアも然り。あっちはもっと酷いですが。

私の日本での住まいは千葉県の住宅地なので、日本にいてもイタリアにいてもなんか感覚が似かよってきました。

2020年に父が亡くなり、その後数ヶ月で母が亡くなり、その後家のリノベーション、法事、親族のいろいろなことを片づけ、今回の日本滞在ではやっと新しくなった私の生家に1か月滞在し、普通の暮らしをしてきました。

そしてこれからもイタリアと日本のハイブリット生活を続けるため、いろいろと企画・模索中です。

いや、何はともあれ体力がいりますね。(笑)狭いエコノミーで14時間(北極周り・・・)というのは本当に疲れるし、日本への移動はその後の時差ボケは結構きつい。

でもやりたいことがあるから。
ブログも更新しまーす!またみにきてください。唇


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先日住民票登録をしているアパート(そこには住んでいない)に書留の不在通知が入っていました。イタリアでは郵便物って滅多に来なくて、来るとしたら嬉しくないもの(請求書のたぐいとか、保健のスクリーニング検査とか)ばかりだし、書留って言ったらもう不穏要素100%。真顔

郵便受けにこの不在通知が貼ってあった時真っ先に連れ合いは、「あーーーーついに来た。あの時の罰金が・・・」ガーンと覚悟したようなのですが、


ん?これイズミのだよ。口笛と私に手渡してきました。


その日は土曜日だったので郵便局は閉まっており、なんだかすごーく気になるもののそのまま週末をやり過ごしました。

それにしても私は車もバイクも持ってないので罰金は取られるわけないし・・・・とすれば何、税金関係?!?!ガーンきちんと言われた通り払ってるけどなー・・・



何にも心当たりがないところが逆にまた不安でしたが、今朝はやる気持ちを抑えて郵便局に行ってきました。そしたら、なんと。




42ユーロちょっとの小切手が入っていました。びっくり



なんて?

郵便局に行ってお金を払うのではなくもらうのってなんかすごいびっくりです。ただ、今思い出すと数年前にも同じように小切手が届いてお金をもらったことがあるんです。当然、「なんでもらうの?」と思うでしょう?まあ、少額なのでどうでもいいっちゃーいいんですけど、やっぱり気になるじゃないですか。

それが、小切手には”伝達事項なし” とのことで、誰が何の理由でお金をくれたのか全くわからないんです。真顔


郵便局員さんと少し話して、ゆうちょ銀行の私の口座で何らかの調整金額が発生したのではないか
という結論に達したわけですが。


イタリアではガス代とか電気代とか、そういうのも”みなし請求”というのがあって、今までの使用量から”来月もこれくらいでしょ”という料金を請求されたりするんですが、それが割と多めにみなされているので結局何処かで調整が入るんですね。で急に請求書がマイナス請求になったり。
私はこれが嫌だったので口座引き落としとかには絶対にしなかったんですが、最近は少し改善してきて電気メータで誤差なしに請求される仕組みになったりで少しは良くなってきました。

ただそういうのも含めてなんか、テキトー。いや、律儀に返金してくるくらいだからきっちりしてる、と言った方がいいのかなあ?笑

よく分からないけど、まあちょっと得した気分でした。ニコニコ



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日本で生活していた26年間、私はディスレクシアという言葉を聞いたことさえなかった。小学校から大学までそのような障害を持つ人を見かけたこともなかったし、学生につきものの試験においても、”障害があるから特別に対応する”ということもあまりなかったように思う。

ところがイタリアに住み始めてちょくちょく、読字障害(ディスレクシア)だというイタリア人に直接会うことがあった。日本語の生徒としては(なぜか)出会う確率が高く、今までに最低でも5人以上はいたように思う。ネットでディスレクシアとは何かと調べてみると、”文字が曲がったりかすんだりして判別ができないように見える” らしい。参考画像として健常者にもわかるように実際に歪んだ文字の文章が書いてあったりして、「なるほど、このように見えるなら確かに勉強は難しいだろう」と思わせられるのである。

ディスレクシアにも程度があるだろうし、またリハビリによって矯正できるともある。ご本人は色々と難しいだろうけれども、見た目にわかりやすいハンディキャップと違って難易度は本人にしかわからないため周りの人間は(特に教師は)対応に困る。真顔

というのも、グループレッスンの中に一人ディスレクシアの生徒がいて、その生徒のペースに合わせていると全く前に進めないような場合。みんなを平等に扱わなければならないとはいえ、やはり無理がある。単語を覚えられないのも、聞いた通りに発音できないのも、”私はディスレクシアだから・・・”と言われてしまえば仕方がない。


教師はどうしたらいいのだろうか・・・


そしてこの生徒が日本語の試験、JLPTを受けたいらしく、ディスレクシアのための優遇措置はあるのかとの問い合わせがあった。本部に問い合わせるとその措置はあるようだ。ただ、実際にどんなふうに補助があるのかはそれぞれのハンディの種類やレベルによって異なるのだとか。

義務教育のテストでディスレクシアに補助があるのは分かる。

ただJLPTのような全くもって個人的な試験、しかもN5という基礎の基礎の試験に、例えば”ディスレクシアの人はものを覚えるのが苦手だから単語リストを見てもいい”といったような補助を許可したとして、それって果たして試験に合格する意味がどれだけあるというのかはてなマーク、私は甚だ疑問なんである。

JLPTはその人の日本語のレベル、つまりN5だったらこれくらいのコミュニケーションはできるよね、っていうのを世に知らしめるためのものである。(まあ個人的な満足を得るという意味もあるのでその点では補助があってもいいのかもしれないが)その証明を単語帳を見てパスしたとしても、実際の会話などでは全くその単語を覚えていなかったらコミュニケーションは成り立たない。
実際の生活ではディスレクシアだからという理由で辛抱強く話を聞いてくれる人の方が(残念ながら)少ないわけで、ましてや証明書を必要とするような場面ではなおさら補助付きで得た資格がどれほど意味をなすのか。

ポリティカルコレクトネス、にも通じるのかもしれないけど、ちょっとこれは違うかなあという気持ちになった一件であった。