A Day In The Boy's Life -45ページ目

A Day In The Boy's Life

とあるエンジニアのとある1日のつぶやき。

僕たちはガンダムのジムである/ヴィレッジブックス
¥1,000
Amazon.co.jp


冬休み中に読んだ2013年最初の本。

内容としては、ガンダムの世界観を通して、私たちごく普通の人がこの厳しい社会の中でどう生き抜けばいいのかを、ガンダムの中で平凡(いや、アニメの中ではそれ以下の存在のように扱われているかもしれませんけど)な存在のジムに例えてそのヒントを解説しています。


「君は生き延びることができるか?」
まさに本書では、この問いの答えを考える。
(略)
本書は「機動戦士ガンダム」という作品を通して、僕たち普通のサラリーマンのこれからの生き方について考える、キャリア論の本である。

私自身も「自分は特別な存在」と思ってた時期はありました。

漫画の主人公のように、そしてその主人公が持っている特殊な能力があるかのように。 

このアイデアは自分しか思いつかないだろうとか、就職の面接ではその特別感を前面に出して伝えようとか、まぁ社会人になればそんな特別感など何も無く、どれも平凡なアイデアであるということには否応無く気づかされるわけですが。


ある意味、そういった特別感というのは漫画によって植えつけられたりもしますし、「君たちはやればできる」とか「夢をあきらめなければきっとかなう」といった周りや先輩から見聞きする言葉に見事に乗せられるところもあるのですが、それを諦めさせる「僕たちはガンダムにはなれない。僕たちはジムなのだ。」という言葉は潔く、その中で考える次のステップと戦略というものを考えさせられます。


ジムは量産型であり戦力としてはごく普通の兵器にはなっていますが、その戦力があるからこそ一年戦争の中で戦略が担えたわけです。

悪く言えば捨石のような存在なのかもしれませんが、その数が要るからこそ戦力というのが生まれるわけです。

そして、多くいるのは私も含めてその普通の人だと。

普通をまず普通と認めるところから始めるのは自己分析として必要なことではないかと思うわけです。

普通を特別と思い込むのは一番危険で、突っ込んでいったらやられるのは当たり前のことですから。


凄い人にならなければ、凄いスキルを身につけなければ、そんな堅苦しく自分を追い込む観念からフッと開放させてくれるそんな本かもしれません。

まぁ、ガンダムの世界観を基にして書いているわけなので、それを知らない人は少し読みづらいかもしれませんが、ただそこまでものすごく色濃く描かれているわけでもないのであまりそっちの突っ込んだ話を期待しても残念かもしれませんが。

私はガンダム好きではあるのでさくっと読める本でした。



目次


第1章 僕たちの「戦場」は今、どうなっているのか?
 劣化する会社という名の「戦場」
 やりたいことができない会社
 「躁鬱」が激しい会社員の日々
 「親父にもぶたれたことない」人が結構殴られている日本の職場
 リーダー不在の僕たちの職場
 ジム型人材を襲う「曖昧な不安」の正体

第2章 僕たちはこうしてジムになる
 会社はジムで動いている
 僕たちがジムになる理由1 - 学校教育と受験戦争
 僕たちがジムになる理由2 - 就活
 僕たちがジムになる理由3 - 会社員という日々
 「すごい人」にならなければいけない病
 世の中は普通の人で動いている

第3章 僕たちジムのための人生戦略
 自分の存在価値を再確認する
 期待されていること、できることで仕事をする
 職場にいるジム型人材に学べ
 戦記を書く
 自分の人生戦略を考える
 騙されないための知識・情報武装法
 「幸せ」を客観視する
 「帰れるところ」を作る

おわりに 僕たちはガンダムのジムである



あけましておめでとうございます。

昨年の12月はこのブログ始まって以来、初めての更新なしという結果を出してしまったわけですが、まだまだ終わったというわけではなく、今年もゆるい感じで続けていきたいと思っています。

こんなブログですが、本年もお付き合いいただけたら幸いです。


さて、新年一発目の記事ではありますが、本当のところは昨年の12月の最後にまとめとともに何か書こうかと思ってたネタではあるのですが、ブログ論何ぞで始めてみたいと思います。



長くブログを続けるよさ


このブログも早いもので7年目に突入していて徐々にですがPVも伸びてきています。

爆発的に読まれたという記事は無く、どちらかというと検索エンジンに引っかかってアクセス数が流入するというパターンで伸びてきたわけですが、その理由の一つは何よりも長く続けていることだと思っています。


長くその場にいるというのは認知度をあげることに貢献しますし、その期間でコミュニケーションが醸成されて信頼関係も築けるでしょうし、ちりも積もればそれなりの月間PV数をたたき出せたりもします(ちなみにこのブログは大体月間で4万PVほどです)。

昔は必死に毎日エントリを書いていましたが、たいした内容や文章をかけるわけでもないので、身の程を知ってか徐々に数よりも1エントリの内容を濃くしていこうという方向性を自分の中で持ち始め、ネタとして書きたいなぁと思うことがあっても、大して内容を広げられないと感じたら私も読む人も時間の無駄にはなるので、速攻で諦めるようにしました。

そんな状態でも、7年も続けていれば月にたいした記事数を書かなくてもそれなりのアクセス数が出てきたりします。


ブログ自体をしている人や始める人はSNSの勃興によってそんなに増えてはいないような気はしますが、自分の意見を体系的にまとめるのはやっぱりブログが一番かな、と個人的に思ってたりします。

Twitterのような、より発言しやすい環境であったとしてもタイムラインの面子は時とともに変わっていっています。

Twitterでさえ続けることが難しいのであれば、長文を書くブログを3年、5年と続けるのはなお更難しい状況にあると思うわけです。

もちろん、FacebookやG+やTumblrなどその他のサービスに移行していったというのもあると思いますが、一つのサービスと場所にい続けるのはその難しさから一つのメリットも生み出すのではないかなと感じます。



ゆるく続け気負わないブログ書き


ブログやサイトのPV数を上げる方法というのは、毎年毎年人気を集めていたりもしますし、私自身も気になってチラ見したりもするのですが、何かそこまでがんばろうという気が起きません。

いや、がんばりたいのは山々なのですが仕事をしていたらそこまでの時間も取れませんし(業務中にブログを更新したいって思いはありますよ。はい。)、結婚してからなお更ブログを書く時間を確保するのが難しくなってきています。


ネタはあちこちから集めてはEvernoteなどに詰め込んで、そこで概要を書いてみては書ききれない、自分で読んでも面白みがないと消してみたりしては、数少ないエントリを築き上げているわけですが、何かそんなに気負わずにブログを書いていても全然良いと思うわけです。

ブログというプラットホームは、自分の中では結構大きなウェイトを占めていますし、常に何かネタになるものは無いか探していたりもします。

でもそれをきつく縛ることで自分の生活に制約ができることは嫌ですし、技術系ブログと銘打ってはいても定期的に情報を出していくことを握っているわけでもないので、あまり変に自分を縛り付ける必要は無いのかなと思っています。


元々、そんなゆるい感じで続けていれば、読む人も過度な期待もしないでしょうから、自分も周りも制約せずに済むと思います。

所詮は凡庸な人が書いたブログであり特別なことは何も無い、ただ読み手の日常となんらかリンクしたり感じるものがあれば狭い範囲でも満たせる領域というものは生まれるのではないかと考えています。

このブログでは、それはエンジニアとしての日常や考えであったり、その中で用いている技術のネタだったりもするのだと思いますが。


よくブログ書きやサイト運営において、それだけで飯が食っていけるようになりたい、またはその方法を論じるエントリがあったりして、私自身もいつかそうなれればいいなぁなんて思ってた時期がありましたが、かなり著名でアクセス数の多いサイトであってもその内訳を見てみると結構厳しいんだなと感じます。

ましてや片手間でこのブログをやっている自分ではそれはなお更難しいと痛感しますし、アフィリエイトなどやっていても、年収の数パーセントを稼ぎ出す!どころかお小遣いの足しになればいいなぁレベルまで落ちていたりもします(それさえも難しいわけですが)。

あまり、ブログを収入源にと変に気負いすぎるとろくなエントリが増えそうにもありませんし、自分本来が書きたいものをかけないというような状況は作りたくないですし、こうやって真面目にエントリを書くよりも適当なことを自動で書いてくれるツールでバンバンとコンテンツを作り出すという方向性にした方が楽なわけですが、何よりも長く続けるというのは好きでないとできないわけで、そんな適当なことをするぐらいならこんなに長くは続けないよ、という考えも持っています。



まとめ


1ヶ月ぶりのエントリで自分でもあまり考えがまとまっているわけではないのですが、結局のところ長く続けるメリットというのはあるんだよという点と、長く続けるにはあまり気負わずに自分のペースで自分の書きたいことを書いていくというのがコツなんじゃないかなということが言いたかっただけです。


今年はもう少し力を入れてみるかとか、新年早々に意思表明しようかと思ってたりもしたのですが、何よりも当の本人がもう少しうまい文章やためになるネタの作り方を学んだ方が手っ取り早いでしょうかね。

そんなわけで、今年も気負わず自分のペースを守りつつ、7年目をクリアしていきたいと思います。


読んでいただいた方、このブログへたどり着いた方の何らかの助け、インプットになれば幸いです。




自分としては、エンジニアとしての現場を続けたいという思いもあるものの、「こういうものを作りたい」ということに対してどうそれをどう描いていくのかという事の楽しさというのをここ最近、実感したりしています。


考えるのが好きになったというか、エンジニアとしてももちろん考えることは多いのですが、そのレイヤーが変わったというのか、なんせ自分でどうやろうかというところから今あるリソースを使ってどう動かしていこうかとか、やはり自分ができることより大きなスケールを描けるので、自分ひとりでやるには億劫になってたことも大風呂敷を広げて考えることができるというか、そんなところで面白みを感じたりするわけです。



考える仕事への抵抗


昔はエンジニアらしく何を作るのか、どうやって実装するのかということに集中していました。

何よりもプログラミングすることが好きでしたし、なんかエンジニアのよく描かれるキャリアパスのように、経験を積めば上流工程みたいなのに抵抗を持ってたりもしました。

考える仕事が良しとされるような風潮もありましたし、何時までもプログラミングなんてしててはいけないというようなところへの反発心もあったんでしょう。


あと、コンサルタントの仕事があまり好きになれなかったんですね。個人的に。

システム部門としては、たたき上げの人が多かったこともあり、頭の中で絵空事のように描いた資料を見せてこうやったら論理的にうまくいくはずだという話しを鵜呑みにできませんでした。

まぁ、今はどうやったら納得させられるかとか数字とか見せ方とか資料にこだわったりもするので、わからなくもないんですけどね。


そんなこんなで作ったシステムへの愛着というのもありましたし、やっぱり開発の現場に固執をしていました。

こういった状況だとなかなか描く仕事いうのもやるよしも無く、今思えばもったいなくもあり食わず嫌いなところもあったのかもしれません。

当然、描く仕事いうのはそれなりのポジションと時間を持たないとうまくいかないと思いますので、片手間でやっていてもあまり好きになれてなかったと思います。


描く仕事って、それを最終的に結び付けようとしたら一人では難しいですのでチームが必要になりますし、それを実現するための予算というのも要るでしょうし、長期的なスパンで計画するのでそれなりの時間を確保する必要があります

ある程度のポジションになって体制や予算がついて、計画を発表できる立場であればそれを動かしていく面白さというのも感じられるのでしょうけど、早くに現場から離れて考える仕事をしろっていっても定型化された上流工程だけを任せるようなことであれば、エンジニアへの執着ってもっと長く持っていたような気がします。



エンジニアだから描けること


考える仕事が増えてきたのは、悲しいかな自分が抵抗を持っていた上流工程へ突き上げをくらって追いやられた故にというところもあるのですが、やはり現場に若い子達が入ってくると、なかなかそこにしがみついていてもというところもあったりしました。


開発という業務でも、ある程度の経験を積めばルーチン的なものになってきたりもしますし、そういったことを惰性で繰り返すよりも、それさえも目新しく感じる若い人たちに譲った方がお互いのためだろうという考えもありました。

その空いた時間で必然的に考える時間が多くなったところからスタートしているわけですが、やってみたら結構新鮮だったりもします。


エンジニアとして何を作るかに集中していたところから、描くという仕事はその何かを定めないといけないわけですから、何が足りないのかというところを考える必要性が出てくるわけです。

何が足りないのかというのは何で足りないのかということをわかる必要性がでてきますし、そうすれば制約というのもみえてきます。

そうなれば、できることとできないことの領域がはっきり見えてきたりするわけですね。


こうなってきたときに、できることとできないことというのはエンジニア視点では結構見分けやすくなるわけです。

技術的な敷居であったり、膨大な工数であったり、予算であったり。

何ができるのかというのが見えるのは結構力になったりします。

非エンジニアの人だったら、これがわからないというのもよく聞きます。

こういうのを作りたいって思ってても、どうやって実現したらいいのかわからないって言う。


そういったものをどうやってカバーできるのかというのはエンジニアの知恵として有効に働くことが多かったりしますし、エンジニアだから描けることなんじゃないかなと思うわけです。

何が作れるかというのが見えるのは、何に当てはめられるのかというのが見えやすいですし、何に当てはめればいいのかという気付きは難しいんですけど、はまったときは突き進みやすいんじゃないかなと。

何ができるのかを知っていたらそこにかける労力も不要なわけですし、考えることに注力できる強みはあるんだろうなと思います。



まとめ


とはいっても、このブログで書いているようにエンジニアとしての興味は引き続きありますし、作る楽しさというのもまだまだ自分の中では色あせてはいません。

結局はお前も型にはまったんだな、見たいな事を言われても言い返せない気もするんですが、エンジニアとして食ってくぞ、見たいな所からは随分変わってしまったのは確かです。

でも、描く対象はやはりITインフラを基盤としてどんなサービスを作っていくかというころにはあるので、その仕組みがわかるエンジニアからスタートできたことはよかったと思っています。


なんかの記事で、Twitterのコンセプトを書き記したメモがあったというのを読んだんですが、そうったサービスを作るうえでの描き方ってもっとラフで自由なんだなって思った記憶があります。

考えるという仕事が随分と堅苦しく思えていた時よりは今は抵抗が無くなっていっていますし、もっと好きに実現したいものを考える事をしていいんだな、と思うと結構ワクワクする今日この頃です。