A Day In The Boy's Life -120ページ目

A Day In The Boy's Life

とあるエンジニアのとある1日のつぶやき。

アクセス数が多くなってくると、いろんな人が見に来てそのエントリを読んで批判的なコメントを寄せたりすることがあります。

これは、人それぞれ考え方や置かれてる立場、環境が違ったりするので致し方ないところもあったりします。

そういった中で、批判を浴びないためのブログの書き方ってあるのかな?って考えたりしてみました。



批判を生み出す情報


このブログでは、こんなエントリのように個人的な意見をツラツラと書いてたりします。

なので、私情がかなり含まれていますし、自分の経験や立ち位置からの意見となるため、異なった経験や立場からみれば別の意見が出てくることもあるな、と思います。


であれば、そういった私情を取り除いた最小限の情報だけを書いていたら、そのエントリは批判を受けないのでしょうか?

単に事実だけを列挙したり、他のサイトの紹介だけをするだけで、一切個人的な意見を述べず、最小限の情報だけをブログに書いていったら、そのブログに批判を浴びせるという人は出てこなくなるかもしれません。

そういったブログの書き方が楽しいかどうかは置いといて。


事実関係に虚偽があるなんて場合は問題になるかもしれませんが、きちんとソースを示し、自らも検証をしているといった場合や、自分にとって関心があったブログを紹介するだけということであれば、そこに批判を生む要素は極力少なくなるのではないかと思います。

批判を生み出すには批判の元となる情報があるはずなので、それを極力少なくすれば批判を生み出す可能性も少なくなるのかなと。


また、批判を受けやすい話題や受けにくい話題というものもあると思います。

多くの人が共感できること、関心を持つことであれば好意的な意見も多くなるでしょうし、人それぞれ立場が異なる点を話題にすると、意見が割れるということは想像に難くありません。

たとえ、自分の贔屓のスポーツチームの話題であっても一方的なものであれば、他のチームのファンから批判を浴びることになるでしょうし、政治や宗教、性別といった話になるとより大きな議論になります。



批判を受け流す


さっき書いたように、ニュースサイトのような他のブログの記事を淡々と紹介するだけで、そこに私情を挟まない場合、そのブログ自身が批判を受ける要素は少なくなると思います。

テレビでくだらない番組やっていると「くだらない番組流しやがって」と苦情を言う人は出るかもしれませんが、ネットだとあまりそういったことを聞きません。

ネットは代替が利く(ニュースソースが無限にある)のに対して、テレビはチャンネルの数だけしか選択肢がないからかもしれません。


あと、その先にあるニュースソースというものにある程度の矛先が向けられるため、元となる紹介をしただけのサイトでは、批判を浴びにくいということもあるのかもしれません。

批判の元となる感情は、そのブログを読んだことによって生まれたものであって、それを紹介したサイトのせいではない、という感情の働きがあるのかもしれませんし、そもそもネットはつながっていても「このサイト」と「あのサイト」はまったく別物だということが強く認識されているせいなのかもしれません。


他のブログを紹介するにしても、「これはすごい」と紹介する場合もあれば、「これはひどい」と紹介する場合もあります。

ですので、一概にその紹介が悪いといえなくなるところもあるのかなと思います。

例えば、凄くひどいニュースを取り扱ったブログであっても、そのニュースを伝えるブログがその事実だけを書いているのであれば、批判はそのブログではなく、ニュースの元ネタへ(犯人とか関係者とか)向かうでしょう。


テレビだとコメンテータがコメントも止められて、ポロリと本音を言ってしまって批判を浴びるなんてこともあるかもしれませんが、そういった情報を極力少なくし、矛先を単にニュースそのものへ受け流せば批判を浴びることも少なくなるかもしれません。



まとめ


何れにせよ多くの人が集まると人それぞれ意見が異なるため、ある程度自分の意見とは対立的な意見や、もっとこういう意見の方が有効だとする高圧的な意見をもらうことはいた仕方ないと思います。

ただ、そういった意見の中にも有効な情報が含まれていることもありますので、全てをマイナスに捉えることをせずに、一人の意見と捉えた方が健全かもしれません。


批判を受けない書き方というのは、ある意味自分を押し殺すことにもなりえますし、無味乾燥な情報だけを掲載することが自分のブログの趣旨に合うかどうかということにもなります。

人それぞれの意見が異なるという認識のものとで、それぞれの主張を言い合った方が別の角度から物事を考えられたりもします。


ある程度、ネットとがっぷり四つに向き合っていくには、忍耐と空気読まない加減は必要になってくるのかもね、と感じたりします。

長い期間ネットと付き合って、ネットの付き合い方というものも鍛えられていくのかもしれませんね。




EeePC 1008HAを買ってみた 」で書いたように、ネットブックのEeePCを買ってみて約1ヶ月ほどが経過しました。

やっぱり普通のデスクトップやノートPCと違い、使いにくい点や便利なシーンというものがあるなという印象を受けたので、少しまとめてみたいと思います。



使いにくい点、使いづらい状況


なんといってもネットブックはそのコンパクトさがウリで、非常にい軽い故に持ち運びに適しています。

ただ、それ故に画面も一般的なノートPCと比べて随分と小さいですし、マシンパワーも非力なところがありますから、その名の通りネット専用端末としてなら十分使えますが、その他の用途に用いることを考えていると少し勝手が違うという状況になるかもしれません。

ですので、家庭用PCとしてではなく、モバイル用途として考えていた方が良いでしょう。


家のPCが古くなって、ほとんどネットしかしないから安いネットブックにしようという場合、ネットを見る以外の多くの用途を排除することを考えなくてはならないかもしれません。

例えば、オフィス系のソフトがインストールされているモデルなんかもありますが、マシンパワーが非力なせいで少しストレスがたまるかもしれませんし、画面が小さい故に編集に手間取ることも多いと思います。


編集に手間取るというのは、自分が実際にネットブックでブログを書いてみたときに思ったことですが、見る専用のPCとしてなら最適かもしれませんが、書くといった状況では結構使い辛いと感じました。

画面が小さいので、書くスペースが見える範囲に限りがありますし、持ち運ぶ故にマウスを持ってなく、タッチパッドで操作する場合は、余計にストレスがたまります。


また、画面が小さい故にブラウザをカスタマイズして画面を広くしたり、マウスを使わずにタッチパッドを中心に使うところから、ショートカットキーを覚えるなどの工夫も出てくるでしょう。

普段からそのようなことをしている人にとっては、全然苦にならないでしょうが、そういった使い方に慣れていない人にとっては、手間取るところが多いかもしれません。


その他に、持ち運ぶ故にイーモバイルなどの、モバイルブロードバンドサービスと同時に加入するケースが多いですが、通信速度が一般的なADSL回線と比べて遅いせいでストレスになるかもしれません。

これは、ネットブックそのものの不満ではないですが、ネットブックを使うシーンを考えると、そのような不満も出てきたりします。

旅行にも持っていってみましたが、イーモバイルの圏外のところでネットにつながらない状況だとほとんど役に立たない代物になってしまいます。


ネットブックを買う際には、こういったブロードバンドサービスと同時に加入すると安くなる、という販売の形態をとっている家電量販店も多いので、2代目のPCとして買う場合は、一般的なPCに比べ割安なものの、使いづらい点を考えたら、思ってたほどの価値が無かったとなるかもしれません。



使いやすい点、便利な状況


やはりなんといっても、普通のノートPCに比べ軽くコンパクトで持ち運びがしやすいので、いろんなお出かけのシーンに気軽に持ち運べます。

圏外のところだと意味を失うことはありますが、都心であれば差ほど問題にもならないかと思います。

実際に、東京から大阪の新幹線の中で使ったりもしましたが、トンネルが多いところでは圏外になり、使えない箇所も多かったりしますが、2時間半の序者時間の暇つぶしに十分使えたりしました。


個人的な意見としては、PCの2代目としてよりは携帯のパワーアップ版として使ってみる、という利用形態のほうが多いかもしれません。

電車の中でも座っている状況だと、膝の上に乗せて使う分には特に問題ないですし、携帯より画面が広く普通にサイトが見れますので、出かけている先で調べ物をしたいという場合にはやはり便利に使えます。


2代目のPCとしてでも、モバイルブロードバンドサービスと同時に加入した場合、別々の回線を家庭内でも使えるので、メインPCに重い処理をさせている間にネットブックと使うなどといった用途もあるかもしれません。

実際自分の場合は、メインPCがかなり古いので起動の間、ネットブックでざっとサイトを巡回するというような使い方もしてたりします。

(これだけでは価値に見合わないかもしれませんが)



やはり、ネットブックは家庭内で使うよりも、出かけた先で使うというシーンの方がメリットがあります。

先に書いたような使いづらい点も多いので、実際に自分が外でPCを使うようなシーンが多くあるか、ということを考えて購入するかどうか決めてみては、と感じます。




数日前にワールドビジネスサテライト (WBS)にて紹介され、それをきっかけにTwitterを始めた人も多いようですね。

そんな、徐々に浸透しだしているTwitterですが、マイクロブログという言葉の響きだけから連想されるものとしてTwitterをやってみると、少し印象が異なってきてしまうかもしれません。

そして、ブログの感覚でやりだすとその面白さに気付く前にTwitterの残酷さの方が目立ってきてしまうような気がします。

私が思うTwitterの残酷なところは、下記の3点であるかなと思います。


1. Twitterの反応は見えにくい

2. 反応を求めるために必要になる能動的な行動

3. Twitterには共有できるつながりが必要



1. Twitterの反応は見えにくい


Twitterの反応というのは、ブログに比べて見えにくいところがあります。

アクセス数なんてものはありませんから、なかなか自分の発言がどこまで見られているのかわかりませんし、フォロワーの数はあくまでその人のタイムラインに流れる可能性であって、「Twitterで大事なのってタイミングだよね 」に書いたように膨大に流れるつぶやきの中で、自分の発言が目に入るのはある種、偶然だったりもします。


一番単純な反応の見方としては、replyを見てみるのがありますけど、これは何かつぶやいたことに対する反応であって、逆にそれ以外のつぶやきの多くはスルーされている、というのがわかったりもします。

この反応というものは、そのつぶやきの内容に左右されたり、Twitter上で築き上げた関係によったりもします。

面白かったり他の人にとって興味をそそる発言であった場合に反応が得られたり、くだらないことでも仲の良い関係にある人なら気軽な突込みが得られるかもしれません。

その他にも、ふぁぼったー 、発言に対してはてブする人も多かったりしますが、その存在を知らなければなかなか反応というものはつかめません。

ブログの場合は、とりあえずエントリを書いてみれば少なからずのアクセス数を得られて、そしてアクセスログ解析機能(または外部サービス)を通して、その反応を目にすることができます。

しかし、Twitterはその反応自体が気軽に見えず、自分の発言した内容による反応が全てであり、それが変動要素となるなど、ブログほど書いていくことのメリットやモチベーションを見つけにくいという可能性もあるのかな、と思ったりします。



2. 反応を求めるために必要な能動的な行動


1人でつぶやき続けても、ライフログのような活用方法があるかもしれません。
(この場合、普通のブログよりもTwitterの方がより気軽で向いているかも)

しかし、Twitterの最大の魅力は、その上で生まれるゆるいつながりだったりもしますので、Twitter上での他の人との気軽に交流することが面白かったりします。


ブログのように淡々と自分のためだけに書くなんて使い方は、あまり一般的でもなかったりしますので、つながりありきなところで毛嫌いする人も出てくるかもしれません。

また、先に書いた反応を知るためには、そのつながりによる要素が大きかったりもしますので、Twitter上で交流を深めていくことが必要になってきたりもします。


そのつながりというのも、誰かから声をかけてもらうのを待つというやり方では、非常に時間がかかるため、フォローするという行動だけでなく、その中でつながりを求めていくための能動的な行動というものが必要になってきたりもします。


ブログは書くことで直接的にそのエントリにコメントが無くても、反応を見ることができるサービスですが、Twitterは先に書いたように自分が発したことに対するreplyをもってしか、反応を知ることができません

挨拶など気軽なところでも声を掛け合うと自然に反応が得られるようになったりしますが、やはり交流を深めていくためには、自らの積極的な返答など、行動が必要になってくるサービスかなと感じます。



3. Twitterには共有できるつながりが必要


挨拶程度から気軽にコミュニケーションをとることはできるものの、もう一歩進んだつながりというものも必要になってきます。

WBSの中のシーンでもありましたが、例えば主婦の人が子育ての苦悩をPOSTしてみて、その反応に慰められるといった、フォロワーとの共有できる内容が必要になったりします。


あまりにも反応を意識的に行って発言することは、ある意味Twitter疲れのようなものを起こすかもしれません。

どちらかというと、自分の何気ない発言に誰かが食いついてくれるのを待つという釣りのようなところがあったりもします。

ですが、その発言というのはわかる人にはわかる、という共有できそうな話題というものが必要になってくるでしょう。


これは、あまり難しく考える必要も無かったりします。

趣味のことでも仕事のことでも日常のことでも、何かしら人と話題を共有できることはあると思います。

そういうものを発言していくことが反応を得られたり、新たなつながりが生まれたりする要素となったりしますが、少なからずその共有できるネタというものが必要になってきたりします。



まとめ


Twitterはそのリアルタイム性からその裏にいる個をいうものが表に出てきやすいサービスなのかな、と感じます。

それ故にブログと違った観点で使わないと、「思ったものと違う」というような印象を受けるのではないでしょうか。

まぁ、難しく考えるよりあれこれとつぶやいたりタイムラインに流れている他の人のつぶやきを見てたら、こういうことをやり取りすればいいのかとわかってくるかと思います。


反応がもらえるのは確かにうれしいですが、そればっかり考えていると疲れてくるでしょう。

どちらかというと何気ないにつぶやきに誰かが反応してくれることによる、偶然のつながりというものを楽しんだ方が面白いと思います。

フォロー数をある程度増やしていけば、自分と共通の話題を持つ人というものも現れるでしょう。

仕事のことや趣味のことなどなど、共通の話題を通しTwitterの気軽なコミュニケーションの流れに身を任せてつぶやいてみるのが一番いいのだろうと思ったりしています。