自らの健康は自分で管理しなければならない。

 そこでしていることは、朝起きると血圧を測る。

 いまのところ、上下の血圧は正常値なので毎朝、ホッとしている。

 食事は野菜を毎日350グラム食卓に乗せる。

 1年前は生野菜中心で食べることができたが、最近は煮物、みそ汁に入れて食べている。

 肉はステーキにするが、焼き魚をよく食べる。

 この夏は冷麦、そばが多かった。

 最近は、災害時非常食用に買い込んでいたスパゲティーの具が賞味期限切れに近づいてきたためカルボナーレ、ミートをよく食べている。

 三食きちんと食べているわけである。

 夕食後は4キルの散歩。


 だいたい、こんなところだが、自己管理も習慣になればストレスは感じない。

 昨日、利用料支払請求書が届いた。

 ゆうちょ銀行で、支払わなければならない。

 わたしは、仕事で付き合いのある銀行で某大手銀行が嫌いで、行くと必ずストレスを生じる。

 その点、ゆうちょ銀行はロビーの係員、窓口係員とわたしはストレスを感じたことはない。

 たぶん、相性がいいのであろう。

 今日も、何のストレスを味わうことなしに、無事終えることができた。

 ゆうちょさん、今日もありがとうございます、である。

 仕事はストレスを抱えて遂行しなければならないものである。

 わたしは、公的な仕事を昨年終えた。

 翌月から、ストレスは見事に無くなっていた。

 健康、生きるためにとてもいいことであると思った。

 そこで、できるだけ自分との相性のいいゆうちょ銀行で仕事をすることにしたのだ。

 ストレスは人間には必要な要素である。

 しかし、わたしはできるだけ避けて通りたいと思う。

 ストレスの基は人間である。

 その人間を快適にするが、わたしの当面の課題である。

 だけれども快晴となった。

 とても気持ちのいい日である。

 そこで、奥多摩に行ってみた。

 多摩川の渓流沿いを歩いた。

 ここしばらくは、雨がちであった。

 多摩川の上流にあたるのだが水量は豊かである。

 水が豊かである。

 その風景は心を落ち着かせ、気分を高揚させてくれる。

 わたしの貧しい心に潤いをもたらしてくれているのだろう。

 昼は行きつけのお蕎麦屋さんへ、

 奥多摩蕎麦は知る人ぞ知る名品。

 少し贅沢をしてざる蕎麦を頼んだ。

 潤った心があると、舌まで潤う。

 久しぶりにおいしい蕎麦に出会った。

 いつもは、島田屋の蕎麦である。


 また、多摩川沿いの渓流歩きを楽しんで帰って来た。

 今日は午前中から姉の家を訪問した。

 姉の家は実家なので、訪問直後にわたしの小学生時代の学級委員の任命証を5年分渡された、

 その塊の中に「奨学賞」があった。奨学三年生の時にもらったようである。

 「本学年間常に学習にはげみっ健康に注意して精勤し優秀な成績をおさめました ここに小学館奨学賞を贈ってこれを賞します 小学館社長 相賀徹夫」

 わたしは25歳から40歳まで、小学館の出版物の編集制作に携わった。

 まったく覚えがないが、この時に小学館とは縁があったのだと驚いている。

 こんなものまで出てきたのは姉がいま住んでいる家を解体し、新築の家を建てるためである。

 ということは、思い出は跡形なくなくなると言うことである。


 さて、久しぶりに最新の設計図を見せてもらった。

 玄関アプローチはスロープにすることになっていたが、何と言ったらいいのか、バリアフリーになっていないのである。

 わたしは、お客様の要望は聞くが。小手先で処理したとしか思えなかった。

 担当者から電話があったが、話してみて何ら専門家としてのお客様の要望を吸収消化する力がないと判定した。

 切れたのである。担当者を変えろと言って電話を切った。

 もう、世間とは付き合う気持ちも機会もないと思っていたが、不愉快な人間との付き合いは姉の新築が終わるまで続きそうである。

 今日は講師が二人。

 参加者は受講者を含めた市民。45人が集まった。

 本日のプログラムは、課題の短い詩を講師がよいと思った受講者の詩を、作品を作った人が朗読し、中味を話し合う。

 次は公民館車にクルマでに出会ったことを擬音語、擬態語を創作して詩を作る。

 最後に、本日の30代前半の女性詩人の作品朗読であった。

 わたしは、他人の感性、言葉、表現を理解できない。

 詩はとくにわからない。

 今日もわからない表現、言葉、内容展開を味わったが、受講者に詩人が多いいなあと、感心した。

 今日は、宮崎駿監督がマスコミ600人を前に長編アニメ創りの引退を公表した。

 しかし、ジブリ美術館の館長は継続し、やりたいことはあると表明した。

 クリエイターとしての引退ではなく、長い年月をかけなければ創りあげることができない長編アニメの制作だけの引退だと思う。


 で、本書は2001年11月20日に初版を刊行している。

 明治になってから半七と親しくなった新聞記者の聞き書きの形で物語は進行する。

 なんと、本書一冊に14の話が収録されている。

 半七の生い立ち、岡っ引きになった話なども挿入されており、半七を人間の視点から理解できるようになっている。


 本書の半七は、鮮やかな推理で事件を解決する。

 今まで読んできた時代小説とは一味もふた味も違い、愉しいシリーズ本に巡り合えたと思っている。

 今日は詩のワークショップの課題提出の締切日。

 1週間前からこの課題に取り組んでいたが、感動する心が無くなっているため、1行もできなかった。

 恋愛を書きたいと思っていたが、ちょっと照れくさいと思うとこのテーマは却下。

 それではほかにあるのかと自問自答した。

 京都をテーマにしたらどうかと、京都の恋、京都慕情を聞いた。

 京都は物語の舞台になると輝きを増すが、京都のことをろくに知らない人間が京都を書くことができるのだろうかと思ったが、時間がないので京都にした。

 何とか、書きあげて提出した。


 自分のことなら、書くことが大変であるが、アメリカ議会がシリアへの軍事行動を容認するは複雑な思いを抱いた。

 化学兵器の使用は断固してはいけないことである。しかし、戦争で使うミサイル、大砲、空爆などはいいのかという議論が残る。

 兵器の種類によって、使用できるできないの判断をしていいのだろうか。

 国連は、常任理事国の承認なしに自衛権に基づいた戦闘以外はすべきではないとの見解を示した。

 大国アメリカ、とんでもない行動をしているシリア、常任理事国ロシア、中国の国際関係がどうなるのか、見守らなければならないと考えている。

 大気の乱れが、竜巻を発生させた。

 10年以上住んでいた越谷の映像が、ニュースで目に入った。

 最初は、起こっていることが理解できなかった。

 基礎部分だけ残して全壊した家、屋根を吹き飛ばされた家、折れた電柱、横倒しになった車、その原因がスーパーセルの発生だったとは。

 越谷は東京のベッドタウンとして発達途上の地域であり、まだまだ耕地が残る平坦地を有している。

 竜巻が起こりやすい地形であるとは、テレビ解説で知った。

 わたしのようにほんの少ししか住んでいない人間でも、しばらく呆然とした。

 東日本大震災の津波被害、九州・中国地方の豪雨被害など地元を自然に破壊された方々の無念に思い至った。

 自然は人間に多くのものをもたらしてくれるが、自然の作用は人間の生活。生命すら奪うことがある。

 地震、集中豪雨、竜巻と怖い自然作用が増えてきている。、

 夏にはとバスに乗りたいと思った。

 いつも東京駅南口にあるはとバス乗り場を通るのだが、いつも人だかりができている。

 コースを終えたバスから満ち足りた人たちが、観光ガイドのにこやかな声と笑顔に送られて東京駅に向かう。

 楽しそうな風景を見慣れてしまったので、わたしも友人を誘い、はとバス観光を試みようとした。

 観察の結果、はとバスは一人で乗っても仕方がない、と考えたが誘う相手がいない。ようやく見つけたが、相手にも予定がある。その見つけた相手から連絡があった。

 9月と10月の都合のよい日を知らせてきた。

 そこで、はとバス、東京・横浜の観光パンフレットを見てみた。

 これがおもしろいのである。

 東京観光決定版と称して、江戸味覚食い倒れツアー、懐かしの昭和浪漫紀行、帝国ホテルバイキングと東京湾クルーズ、東京タワーと浅草隅田川下り、ヒルトン東京ベイとお江戸花魁道中、とさまざまなコースが用意されている。

 わたしが乗りたいと思っている、東京スカイツリー天望デッキ入場付コースは15コース用意されている。東京スカイツリーの天望を中心にいろいろなバリエーションと組み合わせているのである。

 選ぶのが大変であるが、2,3回は行きたいと思う。

 シンフォニーに乗船し、フランス料理も味わいたいしと至れり尽くせりなのである。

 面白いのは英語、中国語といった外国語バスツアーまで用意されている。

 東京の歴史、料理、建物を紹介するはとバスは時代の先端を走っているのである。

 この暑さ、なんと言うべきか。

 冷房のない部屋で、やたら汗が噴き出る。

 勝手にである。

 止めようがない。

 今日は9月1日であるにもかかわらずである。

 暑い。暑中見舞いはいまだ生きているのである。

 こんな日に仕事で外出である。

 仕事であると、短パン、Tシャツは許されない。

 サラリーマン時代の哀しい性である。

 世の中と付き合う時、この最低限の常識はわたしにある。

 というわけで、それなりの服装に身を包み、出発。

 5分歩くと、目に汗が注ぎ込む。

 持ってきた新しい白いタオルで拭く。

 もう、この繰り返しである。


 今日は、仕事の家族会出席である。

 わたしの仕事は支援をしている人間の家族の仕事である。

 家族のまねはできないと思うが、家族以上のことをしなければならない。

 ただし、仕事以上の感情がある。支援をしている人間を愛しているからである。とことん愛し続けたいとの思いがある。


 しかし、暑かった。

 いつも、暑中見舞いをくれる友人から残暑見舞いも届かなかった。

 この暑さは人生を規則正しくしない。

 しかし、暑い。