いやあ秋晴れでした。

 今日は、久しぶりに高校の編集部の同僚と都立殿ヶ谷公園の秋の七草探訪に参加した。

 現地に午前9時半集合である。

 すでに、10人前後の初老の婦人が集まっていた。

 10時から出発なので、わたしたち3人は70になったら奈良旅行を目標にしているので、しばし盛り上がる。

 さて、10時。なんと40人ほど集まっていた。男性はわたしを含め6人ほどであった。

 何でも、高山植物を観る目的で女性は登山するそうである。

 わたしは小学生のころから植物の名前はまともに覚えられなかった。

 ガイドは男性。楽しい語り口に引き込まれ、愉しい見学会になった。

わたしは最後尾からついて行ったので、話が分からないことがたびたびあったが、わたしの近くにいた熟女と若い女性が、いろいろと説明してくれた。

 このお二人もガイドだったのである。

 知的で物静かな女性であった。


 さて、ようやく、秋の七草が植えられているポイントに来た。

 萩、桔梗、撫子、葛、薄、藤袴、女郎花。

 7月から10月までの花なので、展示には苦労していると言ったこぼれ話に興味がいくわたしであった。


 さて、午前11時20分。わたしの連れは、湯葉懐石のお店を予約してあった。

 中央線を真下に見ることができる素晴らしいロケーションとおいしい湯葉懐石のお店だったのでお酒も進んだ。湯葉引き上げはおいしかったなあ。

 

 こうして、知識と美味を習得する人間関係の半日は終わった。

 本日は久しぶりにグレイのブレザーを着て出かけた。

 姉とデートなのである。

 大手の建築会社に苦情を言いに行ったのである。

 姉の後見人を自認しているわたしは、これまで営業の不埒な人間と話をしてきた。

 最終段階は、よく話し合ったし、こちらの要望したことを実現する設計をしてきているであろう、と思っていた。

 ところが、バリアフリーの外構設計が、ノンバリアフリーになっていた。

 営業はわかっているような顔をしていただけがったのである。

 わたしが介入しなければ姉は要は騙されるところであったのである。

 会社の応接で向かい合ったのは支店長であった。

 わたしは、人の悪口を本人のいないところで言うのは好きではない。

 しかし、その営業はわたしに自己のあった日以来、わたしに謝罪の連絡すらなかった。

 姉は蒙古の建築会社に依頼したいとは思っていなかったが、わたしはサラリーマン人生が長かったので、せっかく作った人間関係なのでそれを生かすべきだと思っていた。

 延々7時間に及ぶ話し合いは続き、次に進むことになったが、わたしは支店長に姉に誠意を見せるように要望した。

 つまり、値引きを要求したのである。

 姉はわたしの要求をあの支店長は受け止めてないと言っているが、

わたしは受け止めていないならば、真に反省していないのだから関係を切ろうと姉に言った、

 いい天気だったのだが、姉には気の毒な一日であった。

 それでも姉はホテルでランチをごちそうしてくれた。

 姉の手前、ノンアルコールビールとシラスと長ネギのスパゲティー。久しぶりにおいしいスパゲティーを食べた。

 文春文庫から2013年2月10日に刊行された、切り絵図屋清七の第三作目である。

1作目の『ふたり静』、2作目の『紅染の雨』は読んでいた。

 なにせ、わたしは隠れ藤原ファンなのである。

 藤原さんがフィクションの中で創りあげる人物には、完璧ではないが魅力的な人間が描かれている。

 中でも、物語のかなめとなる男性は優しさと剣術の卓抜さがもたされている。

 行動では勇敢で、人間には優しい。

 女性も優しくて、社会に向き合える力を持っている。

 物語は、この優しさに包まれて、心地よく進行する。

 安心して読める作品が藤原さんの人柄から生み出されていると、わたしは考えているのである。

 さて、本作品では、切り絵地図で商売の基礎を作った清七がさらにその道にまい進するわけだが、事件に遭遇する。

 思いがけず、父親の助力をするようになり、武士に戻るわけだが、物語はさらに進行するようになり、とりあえず終わる。

 楽しみである。 

 今日は、朝から裁判所に提出しなければいけない報告書を書いていた。

 最近は手紙はパソコンで書くため、肉筆はこの報告書のみとなってしまった。

 一向に作業が進まない。電子辞書を引く時間が長いのである。

 そんなこんなで、まだ終わらない。

 下手な字でも、1年前はもっと効率よく書けていた気がする。

 手書きの手紙を書かなければいけない、と痛切に思った。


 作業中断は、お誘いメールが来たからである。

 持つべきものは友人である。

 年を取ると、自分のための時間が結構必要だし、友人のことを気にする余裕すらなくなる。

 そこに、韓国のテコンドーパフォーマンス『タル』のお誘いである。

 芸術の秋に、隣国の新しい文化に触れられる。

 いい友を持ったおかげである。

 9月29日の午後3時から新宿文化センターで公演される。

 こういう未来ができると、しばらくは心が浮き立つ。

 太陽の代わりにくっきり出ている満月に近い月は、秋を告げているような趣があった。

 気持ちの良い風が吹き、穏やかにわれわれを見つめている月は寂しげでもあった。

 真夏日が続き、台風一過の翌日に、見事な月が現れ、秋を告げる、

 この季節を告げる月は、秋のはかなさ、寂しさ、清々しさの象徴であるような気がする。

 春は桜、秋は月とはよく言ったものだ。

 これからは、毎晩秋を感じながら散歩できるかと思うとうれしい。

 通過した時は寝ていた。

 起きたのは3時半ごろ。

 青空が見えた。

 天気予報は午後6時から曇りであった。

 4時前に散歩した。

 気持ちがよかった。

 公園に行くと、通路に落ちた多くの枝を片付けているわたしより年上の男性がいた。

 なんだ、この人はと思った。

 わたしは社会的活動に疎い人間である。

 ところが、散歩を続けていて気がついた。

 3センチから60センチの枝が数多く道に散らばっているのである。

 葉っぱも多い。

 誰かが片づけたほうがいい、台風の置き土産である。

 わたしも、通行に邪魔になる眺めの枝を拾っていた。

 20本ぐらい持ったところでわたしの散歩は終わった。

 渡月橋の橋げたに水がかかっているのを見たときは信じられなかった。

 まだ、台風は日本を訪れる。

 地震よりは備えられるが、伊勢湾台風のような凶暴なものが来ないことを望む。


 わたしのころの怖いことは、地震、雷、火事、親父だった。

 地震は、阪神大震災、東北日本大震災で、その破壊力のすさまじさをはっきり確認できた、

 東北日本大震災では、地震により引き起こされた大津波の恐怖を味わった。

 さらに、地震と大津波により破壊された福島第一原子力発電所からの放射能汚染も大きな脅威となっており、いまも廃炉に向けての作業が進まず、放射能汚染水の増加に打つ手すらない状況である。

 まして、放射能汚染水の漏えいは起こすわ、汚染水の抜本的処理すらできない状態が延々と続いている。 

 日本の首相だった人間が、福島原発の終息宣言をしたのにかかわらずにでもある。

 さらに、山陰地方を襲った集中豪雨も、その破壊力に慄いた。

 がけ崩れ、地滑りを引き起こし、河川の氾濫をもたらす。

 そのうえ、埼玉、千葉で起こった竜巻である。

 9,10月に一番発生しやすク、発生件数が増えていると言われる竜巻は外にいる人間にとっては危険極まりないものである。

 地震と雷は自然現象、火事と親父は人間にかかわるもの。

 親父の怖さは過去の遺物となった。

 わたしは平成の怖いものは数を増やしてもいいのではないかと思う。

 「地震(津波)、雷(竜巻)、火事、放射能汚染」

 昔の人の語呂合わせのうまさには、舌を巻く。

 土曜日は昼酒の習慣をつけてしまった。

 もう10年は続いている。

 昼にお酒が飲めるのは、働いている人にとってはお休みの日だけであろう。

 わたしは、運のいいことに22歳で働き始めてから数度の転職を経たが、週休2日の会社ばかりであった。

 しかし、若いころは昼に酒を飲むのはどうかと思っていた。

 ところが50代後半に早期退職をしてからやれなかったことをすると決めてからは、あっさり昼酒を楽しむことにしたのである。

 楽しみ方は、スパゲティとの組み合わせである。

 本日はミートスパゲティであるので、チリの赤ワインとの組み合わせである。

 ワインは安いモノから高いものまである。

 わたしは、商社でワインを専門に商売をしていた人とテニスをきっかけに友達になった。その友人が、

 「アンクルさん、ワインは安いモノでもおいしいワインはたくさんありますよ。チリ、南アフリカ、オーストラリアなんかはいいですよ」

 わたしは産地で選ぶようになったのである。

 明るいときに酔うは至福の瞬間である。

 ようやくいま酔いは醒めてしまった。

 本書は祥伝社文庫から平成24年9月10日に発行された。

 『取次屋栄三』シリーズの7弾目にあたる。

 筆致が益々冴え、取次屋栄三が活躍する。

 本書には、

 第一話 鬼瓦

 第二話 女難剣難

 第三話 おっ母さん

 第四話 浮かぶ瀬

 が収録されている。

 鬼瓦は、商人夫婦の再生、女難剣難と浮かぶ瀬は社会の嫌われ者の再生、おっ母さんは孤児だった人間が母を感じるストーリーである。

 どれを読んでも、自分には出来ないことであるが、筆者はためらうことなく話を納めてしまう。

 それが、心に落ちるのだが、主人公と主人公の剣友は向かい合うと相手より強い。

 強ければ、向かい合えば相手を物理力で押さえつけることができる。

 最後は無法者が物理力に屈するわけだが、この構図はやはり古いのかとも思う。

 ただ、社会は、無法者であっても自分の心がまっとうなことを望みさえすれば、社会は受け止めると、作者は信念を持っている。

 秋晴れと言っていいのか、真夏日が正しいのか悩ましい一日であった。

 ここ四、五日は、窓を閉めていた。

 そろそろ長袖を用意しなければならないのでないかと思わせる天気が続いた。

 しかし、今日のテレビは薄着でお出かけを推奨していた。

 久しぶりに。今日は上野動物園に出かけた。

 夏休みが終わったというのも外出理由である。

 パンダさんを観に行ったのである。

 この暑さを快適に過ごしたのであろう。

 パンダさんは竹をわしづかみにして元気であった。

 平日の動物園はいい。

 入場客が少ないから、動物と向き合える。

 5時間たっぷり動物観賞ができた。


 美術観賞もしようと考えていたが、真夏日なので止めた。