真夏日に上のタイトルは似合わないと思った。
額に汗しながら、つれづれなるままにはとは季節が合わないのである。どう考えても秋から冬にかけてこのテーマを書くべきであった。
まして、大阪の友人から唯一の暑中見舞いまで舞い込み夏はこれから本番である。
台風12号の余波で九州、四国は記録的な大雨である。
高知の友人のことも思いやられる。
第四段である。
来世のことをしっかりと考え、仏の道を考えることこそ優れた人間が心掛けなければならないことである、と兼好は言っている。
現在のほとんどの若者が思いもつかないことが鎌倉時代には知識人の必須事項であったのだ。
あの世にこそ極楽がある、と鎌倉の人びとは思っていた。
その極楽に行くためには念仏を唱え、質素を心掛けなければならない。
鎌倉時代は生産力は上がったが、武士、貴族、寺家にほとんどの利益がいき、庶民には利益が行き渡らなかった。
ということは貧富の差から考えると、いまの世の中に近い状況なのであろう。
あの世の極楽を強く意識するほど仏教には説得力はない。
鎌倉時代と比べると、いまは不幸なのかもしれない。