たまに会う友人が元気でいると確認できるとうれしい。

 一病息災なのである。

 何と、友人の今の仕事は農業なのである。

 真っ黒に日焼けし、まさに農民の顔つき、体つきになっているのである。

 居酒屋に入ると、手にぶら下げていた紙袋の中身を取出し、「おれが作ったんだよ」と言いながら、プチトマト、ナス、おくら、茹でピーナッツ、梅干ときれいに小分けした作物を差し出してくれた。

 付き合い始めて40年ぶりのことである。

 絶句。

 昨年からある事情があり、お姉さんの畑を引き継ぎ、朝は4時起きして雑草を抜き、農業に従事しているとのことだった。

 つまり、友人しか働き手がいないのである。

 友人には農民さえいてくれれば、何とか生きて行けるだろう。

 わたしは引っ越し先は神奈川県新座市に決めた。

 お互いの共通の友人、知人の近況を話し合ったりして時間はあっという間に立ってしまった。

 今年はお互いのよく知っている後輩の誕生祝いをしようとか、近々旅行をしようとか取り留めのない話をして別れた。

 今日は1か月前に約束した神奈川の友人と登戸で飲み会をする。

 前回は新宿で午後2時に会い、居酒屋に行った。

 新宿は昼間から居酒屋は営業し、シルバーが屯できるようになっていた。

 登戸は昼間から営業している飲み屋がないので、午後5時半集合にした。

 都心から離れると、仕事をしていた時と全く同じ時間にしないと飲めない。

 ところが天気が悪い。

 午後12時から午後9時までは雨の予報である。

 いずれにしろ傘は持っていかなければならない。

 登戸の人気店に行くので、雨になれば人が少なくて済む。

 余計なことが頭に浮かぶが、友人との出会いは双方の無事を確認するためである。

 おおいに近況を確認し、次回の約束をしてこようと思う。

 午後3時を過ぎても陽は高く、雲は少ない。

 10冊読み終えたので、今日は図書館に行く日である。

 いま、わが街の公共施設は耐震工事が真っ盛りである。

 わたしが働いていた当時から市役所は耐震工事に着手していたが、まだやっている。つまり、市役所を閉鎖しないで工事を進めるため時間がかかるのだろう。

 そして、7月からわたしの自宅から歩いて5分の中央図書館が耐震工事を始めた。外壁を白いビニールで覆っているため、わたしの目にはそのビニールの白さしかとらえられない。

 そこで、12月までわたしは分館に本を借りに行かなければならないわけだ。

 北は自転車で行くと片道20分かかる。

 行って思わず思ったのだが蔵書が中央図書館の30分の1ぐらいであり、とても足らない。

 図書は申し込めば取り寄せてもらえるが、面倒なのでわたしは利用しない。配列も中央図書館の位置が頭に刷り込まれているのでどうも勝手が違う。

 今日借りてきたのはイカの0冊である。

 1.井上紀子『父でもなく、城山三郎でもなく』

 2.小島信夫『アメリカン・スクール』

 3.衿野未矢『十年不倫の男たち』

 4.浅田次郎『月下の恋人』

 5.三浦しおん『まほろ駅前多田便利軒』

 6.堀田善衛『路上の人』

 7.永井荷風『ふらんす物語』

 8.東直子『千年ごはん』

 9.杉浦日向子『もっとソバ屋で憩う きっと満足123店』

10.地球の歩き方『ミラノ ヴェネツィアと湖水地方』

 純文学、食べ物、旅の本である。

 永井荷風の文庫を借りてきたのは、唯一永井荷風の全集をわたしは買い置きしてあるため、これを読まずに死ねないと思っているためわたしに刺激を与えるため借りてきたのである。

 四国や三重県、和歌山県の映像を見ると、大雨、大風のすごさに目が点になる。

 ここ東京は風がケヤキをゆすり、雑草の野を疾走している。

 つまり、映像と実像との間にはものすごい落差があるのである。

 こんな台風が何個も来たら大地を壊すのだろう。

 台風は、いま金沢市の西南西100キロにいる。

 それにしても水をわれわれに恵んでくれるとはいえ、民族大移動のお盆台風は勘弁してもらいたい。

 なぜか、天気は移ろうて候。

 夏目漱石を読み過ぎてしまったからか。

 すぐに影響をそのまま自分に映じてしまうのである。

 今日ようやく、江藤淳『決定版 夏目漱石』を読み終えた。

 漱石の像を、ことごとく砕いて、人間漱石の実像に迫った好著である。

 わたしは大学時代に『漱石とその時代』を歯切れよく読んだ記憶があり、その心地よさで漱石の作品を耽溺した。

 いまは、漱石の重さをそのまま受け止めて、よろよろとしているのである。

 わたしにとっては漱石は大衆文学であったのに、生きているうちにいつのまにか純文学になってしまった。

 そこには時代を負った人間が痛ましく描かれているのである。

 漱石を江藤は好きなだけ追い込む。

 死んでしまった人間をああでもない、こうでもないと言うのはわたしは好まないが、文芸評論家はとことんやる。

 その切れ味が鋭いほど、漱石にしたらいい加減にしろと言いたいであろう。

 ただ、漱石人脈に連なる小宮や内田から離れて漱石像を描き出した江藤淳は天才であったのだろう。

 第六段は暑苦しさが増す。

 子孫を残すなと過去の高貴な人々の言を用いて残すな残すなと言っているのである。

 醍醐天皇の皇子、兼明親王、九条太政大臣、藤原信長、花園左大臣、源有仁、摂政太政大臣、藤原良房らが子孫不要を言っているが、

それは高位高官を務めた自分らに比べて末裔の子どもたちの身分が劣っていたらよくないの理由からである。

 まして、聖徳太子の言葉でこの段をしめる。

 「わたしの墓のここを切れ、あそこを断て。子孫は残すまいと思うのだ」

 つまり、墓は小さく目立たないように建てるものなのだ、子孫を残すまいと思っているのだから。

 少子化が進む、いまの世を見たら兼好はどう言うのだろうか。

 この少子化の原因がいまの若者たちが現在の生活を考え、将来を考えると、自分の子孫が自分よりいい暮らしができるだろうかと結論を出しているのだろうか。

 とすると、兼好の意見は的を射ているとも言える。

 暑いというしかない8月7日である。

 まだ、一歩も外へ踏み出していない。

 これはまずいと、外との接点を『徒然草』の中に見出した。

 第五段は在家の好ましい在り方である。

 よく知った人間に先立たれると悲しい。すぐに髪を下ろして出家などすることを実行するなどは好ましくない。門を閉ざして目立たないように日々過ごす事こそ望ましい。

 源顕基中納言が言っているように、無実の罪で流された配所で月を愛でることこそ風流の極みだ。

 短い文脈を濃厚に兼好は自分の好みを主張する。

 在家で生きるには悲しいこと、不幸なことがあっても、じっとそれを受け入れひっそり暮らさなければならない、と言っているのであろう。

 これは、瞬間的なことで出家などしてはだめ、と言っているわけである。

 仏の道に入るには深く考えなければいけないと諭しているのであろう。

 兼好は難しい人間である。

 午後4時を回った。少ししのぎやすくなってきた。

 みなさま、ご自愛ください。

 生命を焼き尽くすような炎を太陽は放っている。

 そのせいか、地上に異変が生じているようだ。

 歩道に数百というミミズクの亡骸が散乱している。

 炎がミミズクを焼き尽くすと塩梅になっているのである。

 わたしは、今日は起き抜けにコップ2杯麦茶を飲んだ。

 昨日は銀座に日傘を持参した。

 強烈な昼の日差しが容赦なく降り注いでいた。

 東京駅の構内を出たところで日傘をさす。

 風が強いので傘が揺れる。

 しばらくさしていたので馴れる。

 昼休みなので、日傘をさす女性は少ない。

 男はもちろん傘などさしていない。

 銀座四丁目まで出たが、日傘の男とはすれ違わない。

 日傘は陽を遮ってくれる。

 これはたまらないご祝儀である。

 1時間の銀座散歩を終えたが、日傘の男はわたし一人だった。

 男性ももっと日傘をさすべきである。

 しかしビジネスマンは上着を腕に掛け、手にはバッグ。

 どうも日傘が立ち入る場所がないのだ。

 本書は平成21年10月1日に新潮文庫として刊行された。

 父の死後10年の執筆である。

 父をそれだけ強い気持で愛し続けた、つまり父が全力で娘を愛した相思相愛の結果があったのだろう。

 娘は人見知りし、わがままですぐ泣く。

 物わかりが悪く手におえない。そんな娘像を正直に書く。

 周平さんは、

 「普通が一番」「挨拶が一番」「感謝の気持ちと謙虚な心を忘れない」ようにと、娘に語りかけた。

 その娘さんが書いたこの作品は胸を打つ。

 周平さんの娘さんと奥さんと鶴岡を愛する素朴さが胸を打つ。

 つまらないテレビから出来るだけ背を向け、時代小説の執筆に全力を尽くした。

 それだけに、娘さんが読者の反応や図書館での父親の著書の借りられている点数報告に微笑みで答えたり、何とも本物の人間像が明らかになる。

 わたしは、なぜか山本周五郎より、池波正太郎より藤沢周平が好きである。彼が虚構の世界を描いたとしても、そこには必死に自己を貫こうとする人間が存在する。

 娘が父との思い出を語れる、余裕ができなければできない。

 平成21年にこの書ができたことに感謝する。

 わたしが生きているかどうかわからないが、平成31年に展子さんが父の死後20年の書を出してもらいたいものだ。

 それにしても暑い。

 風が少し吹いているが、暑い。

 この暑さの中、お仕事をしている人々は偉いと思うが、日本人も夏は長期バカンスを楽しむべきだろう。

 この夏の暑さはバカンスが一番ふさわしい。

 働くことを止めて、バカンスにお金を使うことである。

 それにしても日本人は勤勉である。

 わたしの散歩道に中学、高校生の塾が5月に営業を開始ている。

 5、6、7月は生徒が2、3人であった。

 これで商売が成り立つのか少々心配した。

 そこには以前、おいしいお弁当屋さんが営業していた。

 いつもお客さんがいて、わたしも何回かは購入していた。

 それが突然閉店。商売は難しいと思っていた。

 ところが、夏休みのさなかにさしかかると、なんと毎日10人以上の大盛況である。

 どんな学習法なのか外から見る限りわからない。先生は一橋学生。

 生徒はひたすらドリルを解き続けているようである。

 親も勤勉なら、子も勤勉な日本の夏の親子である。

 わたしも高校、大学の受験期の夏だけは勉強した。

 わたしの時以来の勤勉さが日本人にはあるのかと塾の盛況を見てためいきをついだ。