暑いというしかない8月7日である。
まだ、一歩も外へ踏み出していない。
これはまずいと、外との接点を『徒然草』の中に見出した。
第五段は在家の好ましい在り方である。
よく知った人間に先立たれると悲しい。すぐに髪を下ろして出家などすることを実行するなどは好ましくない。門を閉ざして目立たないように日々過ごす事こそ望ましい。
源顕基中納言が言っているように、無実の罪で流された配所で月を愛でることこそ風流の極みだ。
短い文脈を濃厚に兼好は自分の好みを主張する。
在家で生きるには悲しいこと、不幸なことがあっても、じっとそれを受け入れひっそり暮らさなければならない、と言っているのであろう。
これは、瞬間的なことで出家などしてはだめ、と言っているわけである。
仏の道に入るには深く考えなければいけないと諭しているのであろう。
兼好は難しい人間である。
午後4時を回った。少ししのぎやすくなってきた。
みなさま、ご自愛ください。