なぜか、天気は移ろうて候。

 夏目漱石を読み過ぎてしまったからか。

 すぐに影響をそのまま自分に映じてしまうのである。

 今日ようやく、江藤淳『決定版 夏目漱石』を読み終えた。

 漱石の像を、ことごとく砕いて、人間漱石の実像に迫った好著である。

 わたしは大学時代に『漱石とその時代』を歯切れよく読んだ記憶があり、その心地よさで漱石の作品を耽溺した。

 いまは、漱石の重さをそのまま受け止めて、よろよろとしているのである。

 わたしにとっては漱石は大衆文学であったのに、生きているうちにいつのまにか純文学になってしまった。

 そこには時代を負った人間が痛ましく描かれているのである。

 漱石を江藤は好きなだけ追い込む。

 死んでしまった人間をああでもない、こうでもないと言うのはわたしは好まないが、文芸評論家はとことんやる。

 その切れ味が鋭いほど、漱石にしたらいい加減にしろと言いたいであろう。

 ただ、漱石人脈に連なる小宮や内田から離れて漱石像を描き出した江藤淳は天才であったのだろう。