今日は東京都心が零下になった。

 そこから30キロは離れている郊外のわが街は都心からさらに1、2度低くなる。

 昨日の電車の遅れで二つの駅で合計30分扉の近くで立ちっぱなしであった。

 寒気を感じてはいたが、今日の明け方咳で目が覚めた。

 やばいと思ったが、今日は銀行に行くことにしていたので、自転車に乗って出かけた。

 ほほが風にうたれて痛い、手袋をした指先が痛い。

 寒波が日本を覆い、北国では降雪量の多さに四苦八苦している。

 凍てる日本なのである。

 冬に日本は閉じ込められているのである。

 春夏秋にはしみじみとした日本の情感を感じさせてくれる風景、花、葉を用意してくれる。

 冬は、人間の心を縛り、余裕の気持ちが現れることはない。

 季節は寒いと思わせるのだが、副産物が何もない。

 あるのは人間の体と心までを凍てさせる零下である。

 今週末には風邪を治したいので、これから寝ることにする。

 わたしは、今日は地下鉄新宿線に乗って森下まで出かけるため、国立から中央線に乗った。

 午前10時42分発に乗ったとき、2分遅れていた。

 そのときはしかたがないなあ、と思っていた。

 ところが、次の西国分寺に着いたら発車しない。

 「通勤快速が武蔵境駅で緊急停車し、ただいまお客様を緊急看護をしております」

 つまり、本来通過駅の武蔵境駅に通勤快速が停車し、お客様を緊急看護しているというのだ。

 15分後ようやく発車した。

 次の国分寺駅に着いた。

 乗客が降り、乗客が乗り込む。

 車内はほぼ満員であり、「1両目は婦人専用車です」と案内があった。

 ホームに流れる放送が聞こえた。

 「ただ今、通勤快速が武蔵小金井駅で緊急停車し、急病人を看護するため停車しました」

 周囲がざわめき、国分寺駅で降りたり、車内から携帯をかける人が数人でてきた。

 ほとんどの人はわたしと同じように平然としている。

 待つしかないのである。

 乗客が原因になった停車である。遅れである。

 それにしても、ほとんど二人同時にである。

 ふつう、電車の遅れは車両事故、踏切事故、人身事故である。

 乗客の急病は、遅れの多い中央線でもわたしは初めて遭遇した。

 結局30分遅れで新宿駅に着き、「明治の日本語、漱石の日本語」にまにあった。

 人間が弱くなっていると感じている。

 吉田兼好の徒然草を読むと、兼好の知識の広さ深さが伝わってくる。情報社会とは言えない平安、鎌倉時代で、あれほど中国、平安、鎌倉の書を理解し知識化していた兼好の能力に絶句するのみ。

 兼好には独自の情報ルートがあり、自ら情報を取得能力にたけ、当時の出版物に触れる能力があったのであろう。

 兼好は歌人として優れた能力を発揮していた。その能力を生かして漢詩にも触れ、自らが目で見、感じたことが、徒然草に豊富に書かれている。

 わたしは、色の道に疎い男は男とは言えない、と断じたところで納得した。

 ところが、兼好は老死は、いつくるかわからない、、名利にうつつを抜かせていると、とんでもはいことになる。

 40歳で死ぬがいい、とまで言い切っている。

 さらに、仏の道に入れと。

 どうも現代に合っていない。

 まして、今年成人式を迎えた若者は、

 「両親に感謝したい」

 「一生懸命頑張ります」

 「大人になった自覚を持ち責任を果たしたい」と。

 わたしは、成人式を迎えたとき、そのような考えは想いもしなかった。

 自分はこの先どう生きていくのはの不安ばかりに包まれていた。

 こんどは、兼好の言いっぷりである。

 現代に徒然草は生きているとしたら、わたしには少し違和感がある。

 仏教、漢詩、和歌、宮廷の様々なことにすら知識がないし、兼好がいいと言ったことにも知識が及ばない。

 凡人も生きることを悩んでいるのであるが、老死はすぐそこまで来ている。

 兼好は医者を友達に持つことがよしと言ったが、労病死とは言わなかった。

 老と病はしをもたらす要因であろう。

 仏の道とは、人に迷惑をかけないで生きることなのか。

 よくわからない。

 知識とは実に恐ろしきものである。

 あの世があるならばあの世に行きたいと思うのだろうが、わたしはあるとは思えない。

 いまを精一杯生きることこそ人間の生命力であろうと思う。

 わたしの祖母は葬式代を残して亡くなった。


アメーバをお休みしていたころをまとめて掲載しておきたい。


1月6日

パソコンのデータカードが壊れた。

インターネットが使えない。

アメーバが使えない。

マイページの更新ができない。

やることができないのである。

しかし、まだインターネットの契約は残っている。

やんなるなあ。


1月7日

有楽町に行ったので、イーモバイルのデータカードを買うためにビックカメラに行った。

ビックカメラでは売っていなかった。当たり前。

そこで、イーモバイルに電話した。

1月8日にヤマトの宅配便がデータカードを引き取りに来ることになった。


1月8日

森下まで出かける。「明治の日本語と漱石の日本語」講座の第1回。

早く着いたのでドトールでコーヒー。

12時終わる。

午後7時過ぎヤマト来る。

データカードを渡す。


1月9日

姉家の地鎮祭。

関係者列席。

内藤神社の神主は川口の氷川(ひかわ)神社の神主。話を聞くと谷保天満宮の神主でもあり、内藤神社は吉宗の時代の新田開発時から現在で7代目。国分寺には10社あるそうだが、神主は5社にしかいない。

無事終わる。いい地鎮祭であった。


1月10

岡田さんからテル。気が付かなかった。

連絡を取ったが、研修中なので12時に電話することにする。

ところが七福神の西尾さんからメール。

23日研修が入り、9時に変更を言ってきた。OK。

岡田さんに12時を過ぎたところで5分おきに電話。


1月11日

午後2時、公民館に行く。第1回の「徒然草を読む」講座の始まりである。38人の受講者があった。

この公民館は受講者の自己紹介から始まる。

「わたしは杉本秀太郎さんの『徒然草を読む』を読んで、第三段の色好みに徒然草の特長があると知り、これなら自分にも理解できるかもしれないと考え受講しました」

と、受講理由を話した。

講師は、

「色好みは今回中心にするつもりはなかったが、前回は近松の『曾根崎心中』を読んだので、その延長で色好み読んでもいいねえ」

と、言ってくれた。





 書きたいことが山ほどあった先週、わたしのインターネット環境が壊れてしまった。データカードでインターネットにつなぎ、アメーバに入ることができなくなったのが1月6日。どうしたかというと、ビックカメラに行けばデータカードが打っているだろうとアナログ人間は考えた。

 しかし、売っていない。ビックカメラの担当者の説明を聞いて納得。

 データカードの担当者と話し合ってようやく修理となった。8日に宅配便でデータカードを送り、本日午前11時に修理されたデータカードを受け取った。つながった。修理されたチップの挿入には不器用なわたしは手間取ったが、サービスで直してくれたことに答えねばならないの気持ちで無事挿入し、復旧を確認した。

 それにしても、老人の愉しみを機器が奪う。

 危機の安定性を願うのみである。

 ネットで創りあげた人間関係はネットがなければ維持は難しい。

 それが1週間にわたり返答なしになると関係断絶である。

 危うく、仕事仲間からも、メールしたけれども何も返答がない。どうなっていると電話をもらった。

 そういう時に限って仕事のメールが来るんですよ。


 わたしは、ネットの人間関係、仕事の人間関係を最優先にしている。

しかし、ネットが断絶するなど考えたことがなかった。危機管理を考えなければならないと、少し考えているところである。

 機械は壊れる。壊れたときのことを考えなければならない。

 平安、鎌倉時代にはなかった課題である。

 本書は1928年12月25日に第1刷、わたしの手元にある本には2013年1月15日第121刷となっている。岩波文庫のロングセラーなのであろう。

 この文庫が今週末から行われる講座のテキストである。

 申し込んだとき、1回は通読しておいてくださいと言われた。

 本書は原文と校注から成っているだけで、難渋している。

 原文は複雑な言い回しがあり、そこがポイントなのであることがわかるのだが、読み取ろうとしてもわからない。

 そこで、「をかし」が入る文章を中心に読み解くことにした。

 をかしは、

 1.おもしろい、趣がある、風情がある

 2.賞すべきである、すばらしい、すぐれている

 3.かわいらしい、愛らしい

 4.滑稽だ、おかしい

 と古語辞典には出ている。

 兼好がをかしと言うのは、上記の1、2の意味であろうと見当をつけて読んでいったのである。

 それにしても、この本は深く広い意味を内包している。

 こんな奥ゆかしと思った本には久しぶりにであった。

 ここのところ、霜柱がたつほど寒気が強い。

 暖かいところに行きたくなった。

 公的機関はいまだ正月休みである。

 やはり民間施設である。

 正月を感じるところは、神社のほかには繁華街である。

 デパートが二つある立川に出かけた。

 正月休みと週末が重なっているので、うれしいぐらい人の出が多い。

 デパートは、初売り、福袋のせいか、特に人出が多い。

 しかも暖かい。

 わたしの行き場所は、文具売り場と食品売り場である。

 ボールペンを買い、神戸コロッケを買い、赤ワインを買い、4時間を楽しんだ。

 デパートの福袋を持っている人が多いなと思いながら、暗くなる前に引き上げてきた。

 布団を干して出かけると、どうしても気になる。

 いただいた年賀状の中には出さなかった方がいる。

 今日まででだいたい出さなかった方がわかる。

 4人の入力して、プリント。やはり紙詰まりする。

 原因がわからない。

 何とか1枚ずつプリントを終える。

 すると、グループホームから電話。

 用件を話し終えたところで、わたしの希望を説明し、了解を得る。

 

 さて、いま郵便ポストに年賀状を投函し、いつも混んでいる天満宮に初詣をしてきた。

 元旦から2日目になり、ついに3日目になってしまった。

 3日目とはいえ30分並んで、お参りを済ませた。

 

 これから、夕ご飯の準備をする。

 父親が生きている時の風習をわたしは受け継いでいる。

 とろろごはんである。

 お餅を食べすぎる2日間、3日目は胃にスムーズに入るとろろごはん。

 いつもそれをわたしは手伝っていたので、作り方はわかっている。

 さあ、作ろう。

 正月は退屈しない。

 元旦には、全日本実業団対抗駅伝大会が行われたし、2日からは東京箱根間往復大学駅伝競走が行われている。

 「EKIDEN」は国際陸上連盟にも認められている。

 ただし、国際競技としてのEKIDENは、男女別で、距離は42.195キロと決められている。これを6区間で競うわけである。

 したがって、世界記録も日本記録もある。

 昨年12月に行われた全国高等学校駅伝競走大会は国際ルールに則った大会といえるのである。

 さて、元旦はコニカミノルタが2連覇をなしとげた。

 今日の箱根には、東洋大学が一番で到着した。

 復路にどんなドラマが待っているのか。

 楽しみは明日まで続く。

 それが終わっても、EKIDENを創造実現した我が国のEKIDENスタイルは進化を遂げている。

 都道府県対抗駅伝では年齢別の区間を設けたりして、参加機会を増やす試みをしている。

 駅伝が終われば、つぎはマラソンである。

 退屈しない時間はまだまだ続く。

 みなさま、あけましておめどうございます。

 1年前から年賀状には「慶春」を使うようにしている。

 年を越せば、春をみんなと慶べる意味だと解釈したので、自分の前向きの姿勢が出るから気に入っている。

 今年の年賀状を手にした。

 「お元気ですか」「お会いしたい」と、添え書きをしてくれた友人は9割を超えていた。

 元気でいれば、シャバで会えるわけである。

 労病死は、いつわたしを襲うかわからない。

 日々の健康管理をしなければいけないと思った。

 去年、早めに年賀状をこしらえた。毎年使ってきた年賀名簿に則って投函した。

 しかし、30日にそのうちの1通が「配達準備中に調査しましたがあて所に該当者がおりません」と朱印され戻ってきた。

 わたしの初めての体験である。

 着いていたはずの年賀状だったはずだが、これから住所を正しくして出さなければならない。

 

 さて、1年の計である。

1.健康に留意し、会える人に会う

2.徒然草、方丈記の意味を理解する

3.3回目の高校のクラス会を開催する

4.スペインかイタリアに行く

 意気込んでみたが、たいした目標は立てられなかったが、目標は都度変更しながら実現を目指したいと思う。