とても穏やかで暖かい日となった。

 確定申告の提出最終日である。

 混雑を覚悟して提出会場に向かった。

 列が100人ほどあった。

 自転車置き場もいっぱいで、そこに置けないのでその近くにおいて列に並んだ。

 受付をする担当者は15人ほどおり、てきぱきとさばいていたので、ものの15分ほどで済ませることができた。

 ただ、一言言いたいことがあったので、担当者に、

 「今後確定申告の用紙を送ってくれるのならば、医療控除用の封筒も一緒に送ってほしい」と、要望した。

 担当者は理屈を並べたてるので、映画に遅れると思い打ち切った。

 本当は『銀の匙』を観たかったのだが、1分遅れだったので、『アナと雪の女王』を観た。

 なぜか、珍しく2本立てであった。昔は映画は2本立てであった。

 今回はミッキーの短編と『アナと雪の女王』である。ディズニーオンパレードであった。

 王女アナ(妹)と雪の女王エルサ(姉)との姉妹愛の物語である。

 この姉妹とも人間的には成熟しておらず、二人して問題を発生させてしまう。自分たちでつくった困難を、姉妹愛で乗り越えるわけだが、氷と雪の映像の美しさにこの姉妹の心がついていけず観賞者の心は凍てつくままであった。

 まして、タイトルは『アナと氷の女王』とした方がふさわしいと思った。

 アナが王子ハンスに一目惚れするのだが、ハンスは最後は悪人に仕立てられる。おいおいこの物語ってなんなんだと戸惑うだけであった。

 昨晩、確定申告を済ませる予定であった。

 ところが、税金の計算の項目に「復興特別所得税額」があり、これを読み解けなかった。

 基準所得税額が導き出した額でいいのかよくわからなかった。したがって、復興特別所得税額の是非が問題となったのである。

 ここを間違えると、税金を納める意義が半減する。

 今日の午前中に何とか確信し、いまは下書きに転記できるところまで来た。

 いやはや、当初はe-taxでやろうとしたが、うまくインストールできず、さらに提出期限が17日であることに気づき、一挙にと考えて手を付けたが、どうにか明日提出場所に持って行けそうである。

 2月の上旬に税務署から届いていた確定申告書にはあと2時間ぐらいで記入できるであろう。

 なぜか、昨晩から咳が出るようになっている。

 あちこちでノロウイルス、インフルエンザが流行っている、という。

 手洗い、うがいをまめにして、ぜひ健康に春を迎えたいものである。


 このところSTAP細胞論文の話題をテレビのワイドショウは伝え続けている。

 STAP細胞発見のニュースを伝えたころのマスコミの蝶よ花よの囃子方とは手のひらを返すありさまである。

 ネイチャー誌への発表論文を取り下げるように発表者の一人である山梨大の教授がマスコミに言ってから、理研の調査会の中間報告会に至るまで、主たる論文の発表者の小保方さんが何も言わないことに奇異を感じている。

 実験の詳細を語らなければならない。

 わたしは当事者が語るべきだと思う。

 ところがマスコミはSTAP細胞のことをほとんど理解していないせいから当事者に話すら聞けない有様である。

 また、理研も自らのアイデンティティを守るために小保方さんを前面に出そうとしない。

 しかも、小保方さんの博士論文の盗作疑惑までマスコミはすっぱ抜いて話を科学技術から遠ざけようとしている。

 このまま小保方さんがきちんと説明しないと、憶測と風聞が面白おかしく飛び交う。

 組織の人だが、わたしは小保方さんが説明しなければならないと思う。

 なぜ、こんな事態になってしまったのか、小保方さんの言葉できちんと話すときに来ていると考える。

 納税は国民の義務だと思う。

 したがって、確定申告は毎年行い、所得税を支払ってきた。

 提出期限は3月末だと思い込んでいた。

 ところが、確認のために税務署から送られてきた封筒を見て、愕然とした。

 なんと、3月17日までに提出である。

 あわてて、本日、懸命に確定申告書に取り組んだ。

 わたしは源泉徴収がないため、ここ2年は追加支払いしている。

 今年もかなりの額を納めなければならない。

 しかし、復興特別所得税をみると、この税金は復興に回されると納得した。

 被災地の人たちは、肉親を亡くしたり、知人を亡くしたり、いまだ仮設住宅住まいを余儀なくされている。

 自分の家で、自分らしく生きたいにもかかわらず、いまだその願いがかなわず苦しんでいる。

 こういう人たちがいる以上、われわれは税金の使い道を見極めながら、支払うべき額を支払っていきたいと思う。

 こんな納税者はいっぱいいるのに、被災自治体の職員不足、建設資材不足、建設要員不足で公営住宅の建設が遅れるとは絶句である。

 経営においては資金資材の集中は必ずなさなければならないことである。

 被災地は真剣に公営住宅建設に資材、人を集中させて人々の希望に答えなければならない。

 雨だったので散歩道を変えてみた。

 さくらの花芽はあと2週間で開くとわたしに囁きかけてきた。

 楽しみにしています、と答える。

 だけど、寒い。

 鼻水がひとりでに出てくる。

 風邪を引きかけている。

 自宅に早々に戻る。

 歩いてきたから気力はある。

 同年齢の友人が送ってきた「三国志の主要人物と会社幹部との比較対照」を読むことにする。

 彼は三国志の講座を聴講し、三国志に登場する人物への認識を新たにし、その認識に基づき、彼が観察してきた会社幹部とを比較考証して、後輩管理職の参考にしてもらおうと8万字以上の大作をモノにしたのである。

 2年前には、自らの仕事史と人間関係をまとめたという実績がある。

 ほんと、関西の人間は有言実行の人間が多い。

 参考文献を10冊以上も読破し、自分の認識をさらに明確にして書いてある内容はすごく訴えるものがある。

 彼がこんな文才があったとは、まるでわからなかった。

 わたしは書籍の編集者生活を30年やってきたが、そういうことを見極められなかったことに慚愧の念を持っている。

 

 春の日であった。

 こういう日は散歩である。

 まず、ホワイトデーに渡すことができなくなったプレゼントをゆうパックで送るために午前10時に郵便局に出かけた。

 小さい袋に入ることを確認してプレゼントを封入して手続きを終えた。

 小さい袋は縦長である。上のほうをプレゼントに合わせて折れば安くなると言われた。また、以前ゆうパックで送った相手であれば割引されると教えてもらった。

 次回に生かそう。

 そのあと、公演に向かった。

 いつもは草野球が行われていることが多いのだが、この日はゲートボールの大会が行われていた。

 1チーム5人なので人数を数えると、60人いたから12チームいたのではないか。お揃いのユニフォームを着用している人が多い。

 仲間に加えてもらおうとスタッフの上着を着た人間のところに行こうと思ったが、足が止まった。

 わたしはゴルフは体の硬さで断念している。

 突然そのことを思い出してしまったのである。

 方向を変えて歩き出してしまった。

 本屋に寄ったり、スーパーに寄ったり、愉しい時間を過ごせた。

 いい天気であった。

 晴れているし、外出日和である。

 そこで、銀座に出かけた。

 わたしは13年間は銀座に勤め、この地が好きである。

 何せ、うまいものがあるし、名店も多い。

 そのことを知ったのは平成に入ってからのことであるが。

 その名店が軒を連ねている銀座は人通りには人があふれ返っていた。

 銀座で働く人、買い物の来たあゆみの遅い人々。

 銀座はとんでもない人間のたまり場なのである。

 急ぐ人、それを妨げる人が共存しているのである。

 わたしはどちらにも対応できる。

 それでも、いまのわたしは急ぎたい。

 急げる自分をいとおしく思う。

 沖縄特産品とハラダのラスクを購入して帰路に着いた。

 ハラダの接客は買いに来てよかったと思わせる優しさがあった。


 

1945年3月10日はアメリカ軍による大規模な空襲があった日である。

 「焼夷弾が空を埋め尽くして落ちてくる。それを避けて逃げる。ところがすぐに火災が発生し、逃げ場が無くなる。それでも火のない方角に逃げる。助けを求める人はいっぱいいるが、かまってられない」

 火の海の中を、何度も逃げることができた当時20代の女性の話である。

 「アンクルさんは3月10日しか知らないだろうけど、4月にも5月にも大空襲はあったのよ」

 調べて見た。

 4月13日、15日、5月24日、25日に大規模な空襲があったのだ。

 忘れることができない記憶がある。

 生命を脅かされる。それも短期間に何度も。

 壮絶の体験をしてきた人たちも寿命が尽きようとしている。

 語り手が無くなったときには、歴史の事実として10万人の東京市民が亡くなったとしか記されない。

 明日は、東日本大震災から3年目となる。

 いまだ福島原発は廃炉に向けて作業中だが、汚染水漏れなど問題山積である。行方不明者の安否も思うようには進んでいない。復興も道半ばである。

 人間は大変な想いをして生きている。

 先日9年ぶりに会った友人からお礼のメールを受け取った。

 われわれは同じ時代を生き、生き続けているから社会を見るまなざしは似ている。

 彼はメールの中で「さんざん競争を煽り、65歳で社会から退出した途端、団塊の世代はごみ、と言われている」と、嘆いていた。

 この受け止め方には同感と言えなかったわたしは。

 まず、わたしは高校、大学受験のときには、同年齢の人間を競争相手だと思ったことはなかった、いつも友人を通して仲間意識しかなかった。敵ではなくて、仲間でしかなかったのである。

 幸いわたしを含めて、団塊の世代は年金をはらい続けてきたから、趣旨は違うが年金を受領する権利はある。

 国には先見性がなく、われわれの長生きが社会保障費の増大となり解決策を生み出せないでいるのである。

 この社会を滅ぼしてはいけないから、わたしは働けるうちは働こうと考えている。

 それ以上のことをしようとは思っていないが、生きている人間は人間なのである。

 われわれ世代は、人間の命の貴重性をわかり、権力のやることに疑いのまなざしを向け、責任と義務を果して自分を大切にして生きてきた。小市民の生き方を実践し、死んでいくに違いない。

 わたしの周りには、このように生きようとしている同世代仲間が多いいのである。

 今日は朝から出かけた。

 天気は晴朗であるが、寒い。

 被後見人の退院である。

 精算を済ませ、施設の車いすで施設まで戻る。

 2週間ぶりに外気にあたった被後見人は、

 「わー気持ちいい」

 と喜んでくれている。

 「雪もなくなったし、天気も退院を祝ってくれている」

 と、わたしは意味不明なことばをはく。

 それにしても、被後見人の顔つきから暗さはすっかりなくなり、表情が明るくなっていた。

 本人の居場所は施設である。施設がわが家であるといい続けてきたので、そこには気軽に話せる相手が大勢いる。

 わが家には顔見知りがおり、自分の部屋があり、見慣れた風景があるのである。

 居場所は居心地がいいのである。

 自分の部屋に戻るよりはみなさんがいるロビーを選択した。

 しかたがないので、ロビーで本人とゆっくり話した。

 3週間はみんなに甘えてください。自分でできそうなことでも、頼んでください。特に、立ち上がるとき、トイレに行くときは職員に必ず声をかけてください。

 本人は「自重すればいいのね」

 と、ケロッと反応してきた。

 「そう、自重してください」と、10回ぐらい言い続け本人と再会を約して帰宅した。

 さあ、これから回転ずしを食べに行く。

 喜びの後に、楽しみが待っているのである。