先日9年ぶりに会った友人からお礼のメールを受け取った。

 われわれは同じ時代を生き、生き続けているから社会を見るまなざしは似ている。

 彼はメールの中で「さんざん競争を煽り、65歳で社会から退出した途端、団塊の世代はごみ、と言われている」と、嘆いていた。

 この受け止め方には同感と言えなかったわたしは。

 まず、わたしは高校、大学受験のときには、同年齢の人間を競争相手だと思ったことはなかった、いつも友人を通して仲間意識しかなかった。敵ではなくて、仲間でしかなかったのである。

 幸いわたしを含めて、団塊の世代は年金をはらい続けてきたから、趣旨は違うが年金を受領する権利はある。

 国には先見性がなく、われわれの長生きが社会保障費の増大となり解決策を生み出せないでいるのである。

 この社会を滅ぼしてはいけないから、わたしは働けるうちは働こうと考えている。

 それ以上のことをしようとは思っていないが、生きている人間は人間なのである。

 われわれ世代は、人間の命の貴重性をわかり、権力のやることに疑いのまなざしを向け、責任と義務を果して自分を大切にして生きてきた。小市民の生き方を実践し、死んでいくに違いない。

 わたしの周りには、このように生きようとしている同世代仲間が多いいのである。