ヴァイオリン技術者の弦楽器研究ノート -30ページ目

ヴァイオリン技術者の弦楽器研究ノート

クラシックの本場ヨーロッパで職人として働いている技術者の視点で弦楽器をこっそり解明していきます。
お問い合わせはPC版サイトのリンクかアメブロのメッセージから願いします。

こんにちはガリッポです。

この前から取り上げているヨハン・ルーザーについて調べてみましたが、ほとんど何もわかりませんでした。スイス製のヴァイオリンとして紹介したホフマンも同じヴュルツブルクの出身です。ホフマンの師匠は別の人でつながりはわかりません。他のヴュルツブルクの作者についても楽器の写真などは無く作風のつながりもわかりません。
ニスについてはホフマンもルーザーも似ています。柔らかい質のものです。形もガルネリモデルで大きなf字孔がついています。

ヴュルツブルクの他の職人も何人もいるようですが、写真などもありませんし、文献によると他のドイツ各地で修行したりして移動するのが普通だったようです。

このような地元の職人だけが知っているような流派というのはどこの街にもあるということです。それらは国際的には全く知られておらず、オークションなどで珍重されることはありません。

知らない人はすでに世の中にあるヴァイオリンの作者はすべてわかっていて作者や音の評価が定まって値段に表されていると思い込んでいます。

しかし実際には知られていない職人が圧倒的に多く、ほんの一握りの作者だけが有名になり注目が集まって値段が高くなっています。

知られていないからと言って音が悪いということは無く楽器は弾いてみないとわからないものです。




ニコラ・アマティの修理が終わりました。

自分でも弾いてみました。
私程度の初心者以下の人でも違いが分かるかと疑問がありますが、弾いてみれば枯れた味のある音だとすぐにわかります。必ずしも甘く柔らかい音ではありません。それだけ弾いているとヴァイオリンはこんな音のするものだろうと思います。

しかし他のものと比べるとなかなかそんな音のものは無いです。私が10年前に作ったヴァイオリンと比べるとG線は明らかに鳴り方が違います。私のものでも新作の中では低音が強い方です。しかしアマティはもっと低音が暗く深みがあり、それでいてにぶくこもったものではありません。パワフルです。A線だけガット弦だったのでよくわかりませんが、私の楽器よりも小型なのにもかかわらず、ずっと大きな楽器のように全体が鳴っているように感じます。
いろいろな響きの音があって、新作のような単調な音色とは全く違います。手元での強さや空間全体に広がる響き方など、様々な音が立体的に混ざって聞こえます。楽器から音が出ているというよりは、音の中に自分がいるような感じがすると言えば大げさでしょうか?

いろいろな音が一度に鳴っているような感じで、相反するような要素が共存しているように思いました。

私の楽器も300年以上すればそうなるでしょうが、比べれば単調な音に聞こえます。しかしながら他の新作に比べればすごく悪いということはありません。
私の中では最近に作ったデルジェスのコピーやピエトロ・グァルネリのコピーならずっとG線が強いのでもうちょっと近いとは思います。それでも音はすっきり整いすぎているでしょう。

というわけで、アマティがどんな音かと言われれば「いろいろな音がする」としか言いようがありません。私個人的には好きな音ですし、目標とするものです。どの程度再現できるかは難しい部分もあります。

しかし一般的な新作楽器では全く似ても似つかない音で自分は天才だとうぬぼれている職人は多いですから、方向性と言う意味では私のほうが近いはずですし、目標も定まっています。


私は、楽器の音を決める要素として「古さ」と「個性」があると考えています。もともと持っている音があって、それが古くなってさらに有利になると考えています。

職人の中には古い楽器の音が良いというのは思い込みで新作のほうが音が良いと言う人もいます。自分はオールドの作者よりも精巧に加工しているのでとか、完璧な設計法を知っているのでとか、音が良くなる秘密を発見したのでとかいろいろな事を言って自分の楽器のほうが優れているのに、音楽家は試そうともしないと文句を言っている人もいます。

私は高価な楽器の音が良いというのは全て嘘だとは考えていません。それどころか古くなると有利になって行くと考えています。しかし古さだけが絶対ではなくよほど癖が強かったり、十分な耐久性を持っていなければ古さによる改善も追いつきません。そのため「ひどくない」ことが重要です。


板の厚みを調べてみました。

このようにとても薄いです。
オールドのクレモナの楽器には多いものですから典型的なものです。乾燥によって木材が縮んだり、修理によって削られたりしたこともあるでしょう。しかし結果としてこの厚さで今の音が出ていることには間違いありません。

私が作るよりも板が薄いです。私の楽器も一般的なものに比べれば低音が強いですが、これはもっと薄くて低音ももっと強いです。

しかし裏板の魂柱が来る中央のところは厚く作られています。

アーチの高さは表が16.5㎜くらいです。現在は14~16㎜くらいが普通でしょうか?フランスの初期のモダン楽器なら12~13㎜くらいです。そう考えるとやや高いアーチのように思えますが、現在のちょっと高めくらいですから、びっくりするほどではありません。

とはいえ、弦の力でつぶされているので新品の状態なら17~18㎜くらいはあったでしょう。そうなるとさすがに現在よりは高いことになります。ただし、ストラディバリと比べると全く変わりはありません。特にアマティとストラディバリの間に技術革新などは無いと私は考えています。
裏板は16㎜くらいです。魂柱で押されて高くなっているとすれば現在の普通くらいです。


ここ最近作ったヴァイオリンやビオラでは私の中でも特に板を薄くしたものでした。しかし実際のアマティはそれよりもさらに薄いものでした。

私でもビビりすぎなのです。
現代の楽器職人はるかに厚い板が主流で、厚い方が音が良いくらいに教わります。実際に弾いてみればオールド楽器とは全く違う音になります。


板を薄くすれば低音に深みが出て力強くなることはわかっています。そのように作ることは可能です。本当に良いオールド楽器はそれだけではなくていろいろな音を持っていると思います。一つの要素だけなら新作でもあるかなと思います。相反するような要素を併せ持っているのがオールドの名器でしょう。

お金さえあれば自分でもアマティを弾きたいくらいですが、それは無理なので自分で一生懸命作りましょう。

またアマティのコピーを作りたくなってきました。


イタリアの文化で面白いのは、よく相反する要素が共存している状態を「結婚」に例えます。私は結婚していないのでわかりませんが、離婚が難しいカトリックの社会では性格が不一致でもやって行かなくてはいけませんでした。それが結婚というものだというわけです。
イタリアの文化というのはすっきりと整理整頓されているのではなくて、雑多なものが一緒にあるように思います。楽器の音もまさにそうでした。

ドイツのオールド楽器も味があって魅力的な音はしますが、もう一つ音に統一感があるように思いますし、フランスのモダン楽器もそうです。

個人的にはオールドのイタリアの楽器の大ファンです。モダン楽器で見事な演奏をする人もいます。あくまで個人的な趣味であって、弦楽器の専門家としては自分の好みを押し付けるわけにはいきません。
自分の作る楽器ではそれを再現できるように研究しています。


一方今修理しているルーザーは150年近く経っているというメリットがあり、個性もあります。この個性が音に良い方に出れば面白いんじゃないかと考えています。というのはミディアムくらいのアーチで、ストラディバリとは似ても似つかないものですが、表板を持って軽く曲げてみるととても硬いのです。これは高いアーチの楽器と似た特徴です。高いアーチではないのに高いアーチのような強度が出ているアーチなのです。これが作者の癖であるし、個性なのです。

個性的なモダン楽器も突然変異的な面白さがあります。私は個性があるから良いとは考えていません。その個性が魅力的な音の根源になっているかが重要だと思います。それは弾いてみないとわからないので、音で楽器を選んで後で作者の個性を知って愛着を深めれば良いと考えています。

音が好きだからその楽器が好きになるというのが本来の順番でしょう。それはオールドの名器も同じです。


ニコラ・アマティはびっくりするほど板が薄く、それで350年経っても現役というのがすごいです。表板に割れは何か所もありますが、致命的な損傷になっていません。変形がひどい残念なオールド楽器は結構あります。駒の足のところも深く陥没してませんでした。

それでも魂柱を交換する作業はとても難しかったです。4回チャレンジして成功しました。通常は駒の足の近くに魂柱を立てるわけですが、楽器のセンターのところは空間が広いです。徐々に短くしながら外側に動かして接地面を削って合わせて行けばぴったりにできますが、古い楽器では変形して魂柱のところの表板と裏板の間隔が広くなっています。長さを調整できる範囲がとても狭いのです。

それでもドイツのオール楽器よりは優しいほうです。あれは原理的に不可能です。台形型のアーチが変形し魂柱の立つところが一番空間が広いので、だんだん短くして行って入った瞬間に接地面が合っていなくてはいけないのです。
そこを何とかするのが我々の仕事ですが…。


アマティのすごさは「丈夫さ」と言えるかもしれません。
オールドの名器の秘密は意外と単純なことかもしれません。「薄い板で強度を保つ」とそれだけのことです。

全くヴァイオリンなどに縁が無い人たちが工房にやってきて質問を受けることがあります。ヴァイオリンというのはたった数ミリの厚さで20kgを超える弦の力に300年も耐えられると説明します。そうすると「ふーん」くらいの感じで聞き流しますが、こんなことが重要です。

我々職人も「高級品」にとらわれ過ぎて基本的なことを忘れているようです。オールド楽器はそんなことを教えてくれます。


こんにちはガリッポです。

また一週間無事に過ごすことができました。
先週は日中も10℃以下、夜は氷点下になっていましたが、急に20℃を超えてきました。それだけでも体調を崩しそうですがいつになく健康です。

キリスト教の国ではイースターです。イースターはクリマスと並ぶ祝日です。
日本で言えば盆と正月です。
こんなに暗いイースターは初めてです。本来なら家族や親族が集まってお祝いするのですが今年は移動は禁止されています。

天気も良くなり事態も落ち着きの兆しが見えて油断している人も多いかもしれません。2月終わりの謝肉祭の休暇から感染が拡大したことからすると、家族を危険にさらすようなことはしてほしくないですが・・・。


ただ今修理中のヴァイオリンです。

カタカナでどうやって表すかわかりませんが、ヨハン・ルーザーで良いでしょうか?
ドイツのヴュルツブルクの楽器職人と書いてあります。1875年製とのことです。
裏板の合わせ目の補強も独特なやり方です。

サインもあります。インクで書かれたのが1875年のもの。鉛筆で1982年と書かれているのは修理した人の物です。木工用ボンドを使ったひどい修理がこの時でしょう。誇らしげにサインをしているのですから、自信過剰な職人です。下手な人ほど自分をアピールするものです。


ライニングのブロックとの接合部分が独特です。

見えないところに手間をかけているので安物を高く売ろうという考えではないでしょう。接着部分には隙間が無く品質は高いです。


安物の楽器というのは外は綺麗でも、中が汚いものです。その意味ではこの楽器は中まで丁寧に作ってあります。
割れは接着しなおし木片で補強しました。バスバーも交換しました。

ネックは長さが足りなかったのでつぎ足しました。この面は小口と言って接着が難しい面です。加工が難しいからです。
カンナをうまく調整してあることが重要です。

カンナの調子が悪ければ何度やっても面が加工できません。一発で決めないと切れ味が落ちてきてしまいます。

5㎜付け足すだけですがこのようにできるだけ大きな塊で接着してからのこぎりで切るのがコツです。
接着剤のにかわを塗ると水分で部材がぐにゃぐにゃに変形してしまうからです。

このような修理はストラディバリのメシアやパガニーニの使ったデルジェス「イル・カノーネ」にもほどこされています。どちらもヴィヨームの手を経ています。職人は正確な仕事ができる必要があります。

一般的な木工では接手と言ってかみ合うように立体的に加工しますが、それは抜けなくするためでヴァイオリン職人の技術があれば全く違う加工の仕方ができます。一般的な木工ではこのような精度の高い接着面はできないのです。



この作者について調べても、名前は出ていますが詳しいことはあまり記述がありません。誰の弟子だとか生まれた年も全く分かりません。

この前に紹介したスイスのヨゼフ・ホフマンも同じ地域の出身だったと思います。関係性ははっきりわかりませんが、近いものがあるのかもしれません。ニスの質も似ています。


このような楽器があったとき、まず疑うのは大量生産品ではないかということです。
ヴァイオリン職人ではなく楽器職人と書いてあるので、楽器店かもしれません。そうなると楽器を買ってきて自分のラベルを貼って売ったという可能性もあります。
弓などもよくあって、楽器店やヴァイオリン職人の名前の焼き印が押されていても、マルクノイキルヒェンの弓職人の物だったりします。ニュルンベルガーなど一流の職人もやっていました。


ドイツでモダン楽器の大量生産が始まって量が多くなるのが1890年くらいからです。時期としてはちょっと前なのです。
中もきれいに作られていて、ニスは柔らかいものです。

こうなると大量生産品ではない可能性が高くなります。とはいえオークションで珍重されるようなものではないので高くても100万円くらいでしょう。偽造ラベルを作られるほどの知名度ではないのでおそらく本物でしょう。プレミアが無いので、もしニセモノでも値段は変わりません。

ドイツのマイスターのモダン楽器はどれもそっくりだと言ってきましたが、それよりもちょと前の時代に修行したのかもしれません。フランス風のモダン楽器の製法が伝わるまでは、ドイツ各地で自己流でフランス風の楽器を作っていました。そのような感じがします。

これらの楽器は見た目ではフランスの楽器や教科書通りに作られたドイツの楽器のようにほれぼれとするような美しさはありません。
しかし音響的には優れたものもあり、プロのオーケストラ奏者などが使っていることがあります。

そういう意味ではちゃんと修理をして見ないとわからないというわけです。

100年くらい経っている楽器は音が強くなっているものが多く150年もすれば音色に深みも出てきます。それで新作よりも安い値段なのですから、可能性があります。
中高生がこのような楽器で練習していれば、値段が高いだけのヴァイオリンを間違って買ってしまうことは無いでしょう。大したことが無いとすぐにわかってしまうからです。

そういう意味でこのようなヴァイオリンはとても重要だと思います。
「世界一」の前に普通のものを知るべきだと思います。手抜きではなく普通に作ってあって150年もすればヴァイオリンというものは優れたものになります。


私の個人的な感想ですが、この職人の腕前はごく平均的と感じます。
現代でもこれくらいの腕前の職人はたくさんいて立派にプロとしてやっています。フランスの一流の職人が完璧すぎるのです。
現代でもフランスの楽器製作は忘れられてきています。はるかに劣るもので満足している職人が多いです。

イタリアでもこれくらいの腕前の職人はたくさんいて同じ時代なら500万~1000万円くらいするものです。

イタリアのモダン楽器や現代の一人前の職人と変わらないものが、それよりも安く150年近く経っているのですから十分注目に値するものです。


初心者が量産楽器から本格的なハンドメイドの楽器に買い替えるときに、このような楽器は適したものだと思います。
日本では音大受験を控える親御さんの心理に付け込んで高い楽器を買わされます。
少なくとも海外留学したいなら役に立たないセオリーです。

この作者では表板や裏板の合わせ目がしっかり接着されていて技術は高い職人です。粗悪品でないのは間違いありません。変わった部分も修理で直せる範囲内です。

このようなモダンヴァイオリンの修理では傷みはそんなに激しくなく、高い品質で作られた楽器であれば厄介なことはありません。それでも単純に作業時間がかかります。量産品ならもっと痛みがひどく、作られたときにすでに欠陥がいくつもあります。直していたらきりがなく楽器の価値を修理代が超えてしまいます。
今は時間があるのでちょうど良いです。

このように知られていない作者は無数に存在し、公平な評価などはされていません。名前や値段ではなく、作りを見て悪くなさそうなら修理して音を試してみないとわかりません。弦楽器とはこのようなものです。






こんにちは、ガリッポです。

救急車のサイレンを聞くと怖くなります。
身近に差し迫っていることを感じます。
これからの1~2週間が山場だと思って対策に気を引き締めていきたいと思います。

今週も1週間なにもなくブログを更新できることに幸せに感じます。

仕事は家に持ち帰って続けています。
去年の今頃は勤め先の工房の改装のために家で仕事をしていましたが、予行演習になりました。




今行っているのはモダンヴァイオリンの修理です。
1875年にドイツで作られたもので、モダン楽器の大量生産がドイツで始まるころのものです。それ以前にも都市にはヴァイオリン職人がいてフランス流のモダン楽器を作っていました。

直接フランスに行って修行したような人もいれば、自己流でフランス風の楽器を作った人もいます。そのため作風にはかなりばらつきがあります。
これはイタリアでも同じことで、トリノやボローニャのようにフランス人がやってきた地域もあれば、独学のようにヴァイオリンを作った人もいます。

今回修理しているのもかなり個性的なものです。

フランスの楽器に近い物であれば、それが優れたモダンヴァイオリンではないかと察しがつくので私などは「これは良さそうだ」と考えるわけですが、そうでないものが音が悪いかと言えばケースバイケースです。フランスの楽器からかけ離れたものでも音が良い可能性は十分にあります。

結局は「弾いてみないとわからない」という当たり前の結論に行き着きます。


もう一つはミラノの流派のモダン楽器もあります。これは状態が悪くて修理するか迷うものです。作風から言ってもイタリアのモダン楽器であることは十分あり得ます。そうなれば値段はすぐに500万円とかになります。そう考えると費用をかけて修理する価値はあります。しかし誰も欲しいという人がいなければ無駄になります。こちらでは試奏して音が気にいったということで楽器を買うからです。「日本向け」だなんて冗談も言います。

ミラノの楽器もイタリアの楽器に共通する特徴というのがあるかと言われれば、特にないです。アーチはフラットでミルクールやマルクノイキルヒェンの楽器と違う所はありません。この前は別のイタリアのモダンヴァイオリンがあってこれもかなり個性的なものでした。アーチはミラノの物とは全く違うものです。アンティーク塗装であることも他の国と変わりませんでした。音は悪くなく暗くて味のある音でした。値段からすると高すぎるようには思いますが悪い楽器ではありません。

つまりはフランスの楽器製作が基本としてあって、それに忠実に作ると教科書通りの楽器になり、それからかけ離れていくと「個性的な」楽器となるのです。

不真面目な職人や、学ぶ機会が無かった人は結果として個性的な楽器を作ったわけです。イタリアに限らずどこの国にもあります。また個性的な楽器にはある程度共通性があるように思います。つまり基本をしっかり勉強していないと「〇〇になりがち」ということがあります。そのため個性的な楽器同士には類似性があるわけです。なりがちのパターンは一つではなくていくつもあります。

個性的な特徴があったときに「同じような物を見た事がある」と思うことがよくあります。しかし実際には同じ流派ということは無く、偶然の一致であることがよくあります。

このようなことは偽造ラベルが貼られる余地にもなります。よくわからない楽器があったときに、それに似たイタリアの楽器を探して偽造ラベルを貼るのです。いったん名前がついてしまうと、欲に駆られて本などで調べると「似ているので本物かもしれない」と思ってしまいます。

もともとのラベルがはがされてしまうともうわからなくなってしまいます。鑑定士に出しても消去法で「〇〇の流派ではない」としかわからなくなります。

したがってフランスの一流の職人の楽器に近い物であれば間違いなく優れたものだとすぐにわかります。音には個体差があるのですが、人によって好みもあるので気に入る人もいるでしょう。私がフランス風の楽器を高く評価するのはこのためです。

個性的な楽器もどんな音がするかは弾いてみないとわかりません。必ず悪いとは言えません。しかし、個性的な楽器と無知な素人が作った楽器と見分けられるかと言えば難しいです。

このヴァイオリンも1875年に作られたもので、フランスのものにそっくりとは言えません。その意味では個性的です。私の印象ではやや近視眼的な見方で、つまり近くで見るとよくできていて、ざっくりと形をとらえる造形力は無いように思います。その結果音がどうなるかは予測は不可能です。
細かいところができているので粗雑だという感じはしません。150年くらい経っていて名前は記録には残っていますが、特にオークションで高値が付くようなものではありません。

バスバーを交換しました。もともとついていたものはおそらくオリジナルでしょうが、さすがに古いのと、位置がおかしいし、形状も変わったものでした。
それ以外はひび割れが多少ある程度で簡単に修理できる範囲内でした。

過去に行われた修理が良いものではなかったのが残念です。接着剤には木工用ボンドが使われていてペグの穴も角を面取りしてあったため、ブッシングで穴を埋めるには相当太いものを入れる必要がありました。それでも完全にはいきませんでした。
もう一つ困った点は、ネックの長さが短すぎる点です。1~2mmなら指板の位置でごまかしようがありますが、さすがに5㎜くらい違うので無理があります。木材を継ぎ足して入れ直す修理が必要です。

下のブロックにはライニングが埋め込まれています。このようなものは見た事がありません。
この職人がどうやって修業したのかわかりませんが、かなり自己流の感じがあります。
ネックの長さが短かったり、バスバーも見た事のないようなものだったりと、音響や演奏上重要な部分でも個性的になります。基本を理解したうえで工夫していくというよりは、基本をきちんと学んでいないことの方が多いでしょう。


もし個性的な楽器が良いとするなら、ヴァイオリン職人は修行や勉強をする必要はありません。素人が見よう見まねで作ったほうが個性的なものができます。
実際に現代の絵画教室では、「自由に好きなようにやりなさい」と何も教えない先生もいます。しかしそのような作品展を見ると「自由にやりなさいと教わった人の作風」に見えます。子供や中高生が描いた絵のように見えるのです。絵具の性質や重ね塗りの効果などを学んでいないからです。

そういう意味では没個性になってしまいます。


それともう一つは個性を評価するのは難しいです。
優れた個性なのか、平凡な才能なのか、邪道な悪趣味なのかどうやって見分けるのかわかりません。
裏板の彫刻がほどこされたり、ヘッドに渦巻ではなくドクロが彫られていたりするものもあります。それらの楽器がオークションで競り合いになったというのは聞いたことがありません。

確かドクロがついているのはチェコの作者だったと思います。欲しいという人はいるかもしれません。しかし、客観的に「これは素晴らしい」と評価するのは難しいでしょう。ひとたびそのような評価が下されれば、他の人もドクロのヘッドを作るでしょうし、ドクロでは面白くないと違うものを彫るでしょう。

少なくともこれまではそのような楽器は評価されてきませんでした。


私個人の考えとしては、音が気にいって楽器を買ってその作者の特徴を後で知って愛着を深めるというのが一番良いと思います。


趣味としては「コーヒー通」みたいなことがあります。
産地の銘柄の違うコーヒーを試して、味の違いを知ってブルマンがどうだとか言うわけです。同じようなウンチクを言うことが弦楽器でできるかと言うと私でも無理です。
このような「通」という考え方は私よりは上の世代の人たちの考え方のようです。ジャズや落語もそうですし、クラシック音楽なんてまさにそれです。
日本でも急速に大学進学率が上がり、インテリの仲間入りをしようという意欲が強かったのかもしれません。

私の世代でも、私のように外国に行って勉強しようという人は特殊なのかもしれませんが、もっと広い視点で見て、あまりウンチクを決めつけないほうがより正しく理解できると考えます。


最近はどうなんでしょう?
「マニア」という言い方をします。むしろ変態みたいな変わった趣向を誇示する人がいます。誰も注目しないようなことを熱烈に愛好してアピールするのです。
これは物を作る側からするとちょっとズルいなと思います。すでにあるものを自分が発見したかのように言い出すという点で。


楽器の特徴を言葉で表現することがまず無理です。
それは見た目もそうだし、音についてもそうです。

個性的な楽器だと言ってもどのような個性なのかを記述することができません。
それがもっともらしいウンチクとして言うこともできないし、変態的な愛好をするほどの特徴がつかめないのです。


現代ではマーケティングという考え方が商品の製造では基本になっています。
しかし昔はそのようなものが無くて戦前までは、上流階級にみなが従うという考え方でした。上流階級と下層階級でも同じものを持っているわけですが、上流階級の人が持っているものは綺麗なもので、下層階級の人が持っているものは粗雑なものだったというだけでした。

弦楽器の世界は今でもそのような教えが我々の師匠の師匠くらいの世代では主流でした。クラシック音楽の分野ですからまさに上流階級の文化です。

今はクラシック音楽の愛好家も演奏を楽しむ人も、階級は関係ありません。自由に楽しもうと思っても、それに対応していません。


一方今の日本は消費不況が長くなり、商品を作れば売れるという時代でなくなって久しいです。商品を作るときはアイデアを練りに練ってこしらえます。
若い女性がターゲットであればコーヒーでも甘くて苦みを抑えたものにするでしょう。ダイエットに低脂肪や低カロリーにするかもしれません。お店やパッケージをおしゃれにしたり呼び名ひとつで売れ行きが大きく変わったりもします。

しかし昔はそうではありませんでした。

私が昔のものに魅力を感じるのは、あまり考えずに作ってある点です。
もちろん何も考えていないわけではありませんが、人々の反応を予測して批判を受けないように、何手も先を読むような発想は最近は強くなっているように思います。ネットの時代なら意見や感想がどんどん出てきます。批判に対して答えようとすると、アンチはまた別の言いがかりをつけて来るだけです。もともとのユーザーの好みからも外れて行ってしまう危険があります。


弦楽器に限らず日常での商品の選び方はいろいろあるでしょうが2つを考えてみます。
➀同じ価格帯でいくつもの会社の製品を比較し条件の気に入ったものを選ぶ
➁ひいきなメーカーやブランドが決まっていてその中で選ぶ

最も論理的なのは①の方法でしょう。高い買い物ならすぐに決めずに複数の業者を回ってから決めるのは当然です。ある製品がヒットすれば、他の企業もそれに対抗する商品を作ってきます。マイナーなメーカーの製品の魅力も熟知しているのがマニアと言えるでしょう。日本でこのような考え方をするのは一部のマニアだけですが、ヨーロッパでは基本的な考え方です。実力があれば物が売れるというわけですし、価格に対してもシビアです。道具として使えるかどうかが問われるのです。

➁の場合には具体的な製品の特長が語られることは少ないです。持っている人のイメージの話ばかりになります。値段は高い方がステータスも高くなるので高すぎるという批判は生じません。


基本的には①の方法が合理的です。しかし、そのメーカーが独自の価値基準で物を作っていた場合、比較優位性という外の尺度で測られると不利になってしまいます。単に点数を付けて優れているというのではなくて、考え方まで理解する必要があると思います。美的な要素であれば「美学」です。
購入する製品を探している人はいかに優れた製品であっても自分の美学に合わなければそれは無視しても良いです。一方確固たる美学を持っていない人なら①の方法で選べば良いです。

もしメーカーが独自の「美学」を持っていて、自分の美学と一致するなら➁の選択方法となるでしょう。これが本当の意味で好きなメーカーということになると思います。


趣味とするなら道具として機能するのはもちろんですが「美学」が重要だと思います。弦楽器の業界で職人たちはこれについてとても無頓着でした。綺麗か汚いか、高いか安いか、音が大きいか小さいかしか判断基準が無かったのです。

我々の間では「スタイル」という言い方があります。ただ師匠から教わったスタイルで作っている人が多いです。自分の流派以外のスタイルがあることも知らずに作っていて、第三者から見てスタイルと言うだけです。
そのスタイルも何が好きで何が嫌いか判断するのは難しいでしょう。角が丸くなっているとか尖っているとか、溝の彫り方が深いとか浅いとかいう事にどんな感想を持てばいいのか私でも分かりません。

意図して自分のスタイルを確立しようということはあまりありません。量産メーカーでこのメーカーはこういうコンセプトで作っているなんてありません。したがって現状で楽器を選ぶなら①の方法で選ぶのが正しいと思います。


私はいろいろなものを作った経験から、より魅力的に感じるものを残して来ています。それが美学となるでしょう。「オールドスタイル」というのが私の美学です。演奏者の方も確固たる美学を持っている人は少ないですから共感する人も多くはないでしょう。しかし私が作れる量を考えれば十分でしょう。
女性の方に気に入ってもらえることが多くあります。ウンチクが好きでない人にも伝わってこそだと思います。

だから私は「オールド楽器を忠実に再現したから音が良い」なんてことは言いません。それは単なる言葉のウンチクにすぎません。本当に魅力的な音が出るかが重要だと思います。





こんにちはガリッポです。

ヴァイオリン職人の修行を始めてから20年ほどになりますが、神経を使う仕事でいつもフラフラでやってきました。それだけ面白かったからなのですが、今は免疫力が落ちるとまずいので久々に睡眠をしっかりとるようにしています。




指板がつきました。
光沢も抑えて塗りたて感は無くなっています。


裏板の着色も適度なもので、これが全く染めていなければ物足りないものになったでしょう。しかしながら染みのようなわざとらしさはありません。最近の量産楽器は人工染料で染めてあるのでいかにも染めた感じがします。古い時代のドイツの量産品は今日では手に入らない特殊な薬品で染めてあるので独特の雰囲気があります。

ペグにはシンプルな黒檀のものを取り付けました。

オイルニスの材料の亜麻仁油は紫外線を受けると酸素と結合して固まる性質があります。さらに粘土を調整するために溶剤としてテレピン油を使っています。これは針葉樹の樹液から油の成分を蒸留したものです。残った固形物がコロホニウムでいわゆる松脂です。

テレピン油は揮発性なので蒸発するのに時間がかかります。
アルコールニスのエタノールよりも時間がかかるようです。

アルコールニスは大半がエタノールのなので乾くと層が薄くなります。何年か経つとぺっちゃんこになります。そのため多くの回数を塗らなくてはいけません。アルコールニスは塗りながら、これまで塗ってきた層を同時に溶かしていくので塗るのがとても難しいです。何度も筆や刷毛でなぞると塗ったものが溶けてしまい大惨事になってしまいます。垂れたりしてもアルコールが多く含まれているので溶かしてしまいます。
私なら最低20回は塗らなくてはいけませんが、オイルニスを使うようになってから10年以上塗っていないので塗れるかわかりません。あまりの難しさに二度と塗りたいとは思いません。しかしきれいに塗ればオイルニスと見た目に違いはありません。きれいに塗るのは難しくて刷毛の跡が帯状に残っていればアルコールニスか、ラッカーのニスです。ラッカーもシンナーのような溶剤を使った揮発性のニスなので同じような性質です。そのため安価な量産品はスプレーで塗ってあります。スプレーで塗った雰囲気があれば安価なものと査定されます。

オイルニスにも油性の溶剤を使った揮発性のものがあり、これもアルコールニスやラッカーと同じような性質があります。これが一番乾くのが遅い物でしょう。
オイルニスでも古代エジプト以来の伝統的なものは油が酸化することで固まります。

私は伝統的なものと揮発性のものを混ぜて使っています。それぞれにメリットとデメリットがあるからです。10回も塗ればアルコールニスよりも分厚い「リッチなニス」になります。

ドイツのモダン楽器によくある柔らかいオイルニスはおそらく揮発性の物でしょう。硬い樹脂を溶剤に溶かすには特殊な技術が必要で、とても柔らかい樹脂を使ったのでしょう。100年経った今でも柔らかいものがあります。樹脂の成分が柔らかいので乾いても柔らかいのです。ケースの跡がついてしまったりベトベトして汚れが付着したりします。

このようにニスにとって重要なのは楽器を保護する役割を果たすことです。
ニスは薄い方が音が良いと言う人もいますが、すぐにこすれてニスが剥げてしまいます。メンテナンスは厄介です。そのようなニスを塗る職人は自分でメンテナンスをしてほしいものです。

特にアンティーク塗装のように濃い色の場合にはニスの厚みが十分にないとすぐにこすれて色が薄くなってしまいます。ニスを塗る作業にはじっくりと時間をかける必要があるのです。作業を手早くし見栄えが良いだけで自分を天才だとアピールする職人の多いこと…。ものとしての最低限の品質を確保しなくては売り物になりません。
実際アマティを見てもわずかに残ったオリジナルのニスには厚みがちゃんとあります。クレモナ派のオールド楽器のニスはそのようなぺったんこなニスとは違うと思います。



私のニスも乾くと若干薄くなっていきます。一年くらいするとニスが痩せて表板は年輪の木目のところが沈んでいきます。木目の表情が出てきます。すでにちょっと出てきています。アマティもコレクションになっていたものはニスが痩せて年輪のラインが沈んでいます。しかし演奏に使われているものはニスが全部剥げ落ちて後の時代の人がニスを塗って磨き上げているので表面は平らになっていることが多いです。


またオイルニスは酸化して固まるときに縮みます。引っ張る力で表板のアーチが低くなるほどです。ニスを塗る前に高さを合わせた指板が合わなくなるのでヴァイオリンでも1~2mmは駒を高くしなくてはいけなくなります。それも数か月から1年くらいで戻っていくので今度は駒が高くなりすぎます。そのため新しい楽器は点検が必要です。同時に魂柱もゆるくなります。これも交換が必要になります。

というわけで弦を張るのは4月下旬の予定です。
一時的に試してみることはあるかもしれません。

アルコールニスのような揮発性のニスで乾いていないと駒のところがぐにゃっとつぶれ、駒が引っ張られてずれるのでブルドーザーのようにかき出されてしまいます。オイルニスの場合には粘性があるので駒が張り付いてしまいます。無理にはがそうとすれば木材まで持って行かれてしまいます。
そのため職人としては慎重になるのです。

修理でも特に問題になる部分でラッカーの様な量産品でない限り駒の下のところは損傷を受けやすいのです。私は特殊な配合のアルコールニスを開発して十分な硬さでべとつきのないものができました。それでも乾くのに1週間は欲しい所です。このようにニスのメンテナンスには時間がかかるのでその日のうちに持って帰ろうなどというのは無理です。


ニスは塗ってから徐々に乾燥していき、指で触って指紋がつかないようであればかなり硬くなっています。これはニスの硬さとも関係があります。硬い材質の樹脂でできているニスならわずかな時間で指紋がつかなくなりますが、柔らかいものならずっと指紋がつきます。これを乾燥が早いとか遅いと言いますが、本当の意味で乾燥する時間は樹脂の硬さでは変わりません。一般には十分な硬さになるまでの時間を言っているのです。硬いニスもさらに時間が経てばもっと硬くなります。


修理には普通アルコールニスを使います。
修理でも理屈の上では20回以上塗らないと厚みが十分になりません。実際には小さな面積であれば塗りムラはできにくいので一回を厚めに塗ることができます。前に塗った層が完全に乾いてなくても塗ることもできます。

アルコールニスは乾いたところで刷毛の跡を研磨して滑らかにしなくてはいけません。アルコールニスは最後の層を塗ったときにアルコールが浸透していき下まで柔らかくなります。ちゃんと研磨できるまでには2日は必要です。

実際の修理ではこれを2~3日で何とかしなくてはいけません。
修理用に違う配合のニスを作るのです。


オイルニスは層ごとに乾燥していきます。下の層が乾かないうちに上を塗ってしまうと半生のままになって乾燥が遅くなります。一方まだべとついているくらいのほうが次に塗った層がくっつきやすいです。カラカラに乾いたところに塗ればはがれやすくなるということです。オイルニスは層ごとに剥がれることがあります。
オイルニスでも紫外線を24時間ライトで照射しても研磨できるには2日くらいかかります。

ニスの乾燥は初めは急激に進み、だんだんゆっくりになって行きます。アルコールニスにしてもオイルニスにしても半年から数年かけて徐々に乾燥が進んで行きます。その後も乾燥は続き、場合によってはひび割れしたり風化してボロボロになることもあります。私はできてから1か月くらいで実用十分な硬さになることを目指しています。
チェロなどでは何年かケースの跡がついて毎年のように直していたのが、つかなくなったりしました。

音についても少なからず影響があるようです。
楽器が古くなることで音が良くなることにニスも関係してくるでしょう。



去年の10月からビオラの制作に没頭してようやく区切れがやってきました。
勤め先の工房ではかつては楽器の制作と修理を半々くらいでやるつもりでしたが、次々とお客さんが来て修理ばかりになって行きました。レンタルの楽器をたくさん貸しているので売り上げが無くても浪費さえしなければやって行けるはずです。
この機会を利用して師匠も新作ヴァイオリンを作ろうと考えています。作るのは私ですが。
ゆっくりアイデアを考えていきましょう。


また見習いの職人が練習のために作っているヴァイオリンも割安なので買い手がついています。ニスについては注文が難しいので私が担当することになるでしょう。

➀魅力的な楽器を作ること、➁品質を安定させること、➂効率的に作業すること、この優先順位を守って続けていれば必ず欲しい人はいるはずです。大儲けしようとしたり、銀行出身の人なら違うことを考えるでしょうが、これが職人の頑固さです。












こんにちはガリッポです。

細心の注意を払いつつ、いつも通り働いています。

ニコラ・アマティのヴァイオリンについて前回書きました。私が見たアマティのヴァイオリンですが、さらに調べてみるとニコラ・アマティの晩年のものであることがわかりました。年齢を計算すると80歳になるはずです。
そう考えるとアマティ兄弟と一緒にやっていた若いころと作風が違ってもおかしくありません。

仕上げの完璧さはないとはいえ80歳と考えると驚異的です。板は私でもびっくりするほど薄く350年ほど持っているのですから設計が素晴らしいです。表板は2mmくらいしかないのに弦の力に耐えられるのですから弦楽器というもののすごさを思い知ります。前回はお城の話をしましたがそれが高級品であるかというよりも、2mmの厚さで350年経ってもびくともしないというのがすごいです。もちろん割れが無いわけではありません。中は修理で木片をたくさん貼り付け補強されています。そのような作業の過程で多少は削られているとは思います。それでも壊れないのですから。
裏板はちゃんと中央は厚く作ってあります。これもどうして思いついたのか謎です。フランスのモダン楽器でも同様になっています。そのことを最初のヴァイオリン職人の家族が分かっていたというのが驚きです。この点については最初に作られた時点で完成しているのです。

「濃い音」がするのも木材が古くなり枯れているだけでなく板の薄さも関係しているでしょう。私でもそこまで薄くは作りませんから。音色で考えればとても暗い音です。

このようなアマティなどのオールド楽器の音に比べてストラディバリやデルジェスは倍音の響きが豊かで明るいかもしれません。音が明るいから良いということはこのケースでは言えるでしょう。最も暗い部類の楽器と比べてストラディバリが明るいと言っているだけです。明るいほど良いということではありません。



もうひとつ面白いのはニコラ・アマティのヴァイオリンは資料はたくさんあります。どれも同じものがありません。でもキャラクターははっきりアマティの晩年のもので少しずつ似ているところと違う所があります。サイズは最も大きいものでした。現在でも4/4として通用するサイズです。大きさによって値段には大きく差が出ますからニコラ・アマティの中でも高価なものだと思います。1億円ほどの値段になるでしょう。

ニコラ・アマティのヴァイオリンは同じように見えても時期に関係なくモデルはいくつもあって寸法はかなり違います。中にはデルジェスのようなモデルもあります。同じ木枠でもコーナーやf字孔をデルジェスにすればデルジェスが作れそうです。

とてもばらつきがあるのも特徴でしょう。f字孔もみな違います。おそらくフリーハンドで作っていたのでしょう。そういう意味でもとても創造性があると思います。こうじゃなくてはいけないと決まっているのではなく、だいたいの感じで作っていたのでしょう。「だいたいの感じ」というのは難しくてつかみにくいものです。

このような創造性は弟子にも受け継がれてクレモナ派の一派を形成したことでしょう。現在の工業デザイナーのように「斬新なデザインにしてやろう」というのではなくて大体の感じで作っているうちになんとなくその人の形が出来上がっていくようです。ストラディバリの若いころと黄金期のf字孔を比べても基本的には同じです。なんとなく丸が小さくなってスマートになって行くようです。でもデザイン画を描いてやってるような感じではなくて作っていくうちにちょっとずつ変わっていったようです。

今回見たアマティに話を戻すと、息子のジローラ・モアマティのものに類似点が多くあります。80歳ですから当時30歳くらいの息子が手伝ったかもしれません。完全にジローラモが作ったかもしれません。また最晩年の作風をジローラモが受け継いだとも考えられます。いずれにしても親父に反発して違う路線を目指すなどということは無かったようです。

ストラディバリやデルジェズには発明のような技術革新は無いと考えています。
創造性はアマティ家にも備わっていて作風が変化していくのが普通だったのでしょう。このような創造性は教えるのが難しく、すぐにクレモナ派が途絶えてしまった原因でもあるかもしれません。



次はアジャスターの話です。

このE線アジャスターはヒルのものです。

こちらはウィットナーのものですが、右がヒルタイプです。日本でも高価な楽器を持っている人はヒルタイプを付けている人がよくいます。うちでは左のタイプを標準装備にしています。大きめに作られていて可動範囲が大きく扱いに神経を使わなくて済むからです。

このようにテールピースに多少の改造を加える必要がありました。この場合アジャスターが弦をまたぐ黒檀の部分にぶつかって稼働範囲が制限されてしまいます。

改造しなければ使い物にならなかったでしょう。ウィットナーのものならそこまで問題ないかもしれませんが、通常のものならずぼらな人でも無理がありません。

アジャスターは弦が伸びて来るのに伴ってネジがどんどん入っていきます。可動範囲の限界に来るとそれ以上動かなくなるのでネジをいっぱいまで戻してペグで調弦をし直す必要があります。
ヒルタイプならマメにそれをする必要があるというわけです。

弦の長さもそろって収まりは良いですが。こっちでは細かいことにこだわる人が少ないので神経質な日本人が好むものかもしれません。

E線にボールエンドとループエンドというのがあるのはこのためで、ヒルタイプにはループエンドという先端が輪っかになっているものを使います。大きい方のアジャスターにはボールエンドという球がついているものを使います。弦を購入するときは注意が必要です。
ボールを取り外してループエンドとして使えるものもあります。




ビオラも最後のニスを塗りました。

塗りたてなのでテカテカになっていますがいわゆる黄金色になりました。黄色のニスを塗った新作楽器とは違います。



ディティールでは表板に汚れが残っている感じがうまくいったと思います。今回新しいやり方を試してうまくいきました。

スクロールも汚れがいかにも描いてあるという感じではなく自然に仕上がったと思います。



光の反射の少ない角度で撮影しました。

このようになるとどのモデルかにかかわらずいかにも私の作った楽器という感じになります。オールド楽器らしさとともに見ていて心が和むような心地よさがあると思います。単に汚いだけなら神経を逆なでるものです。

わざとらしくならないように根気よく作業を続けました。駒より上の部分は松脂が多く付着するため他の部分よりも掃除されて逆に明るくなっているのです。これはケースバイケースでべとつく松脂に汚れがついて同じ部分が真っ黒になっていることもあります。ヴィヨームによくあって同じ手法はマネされました。

ザクセンの量産品なら汚れの付け方もわざとらしいものです。これくらい控えめが良いでしょう。

全体としてみると古びたような塗装ではありますが、楽器は傷んでいるところはなくアンティーク塗装で21世紀に作られた上質な楽器でニセモノをだまして売ろうというものではありません。

私が作る楽器特有の雰囲気があるのでこれは「作風」と呼んで良いでしょう。アンティーク塗装でも人によってやり方違うので同じようなものは見た事無いです。モノマネは邪道だと作られた新品らしい楽器のほうがどれもそっくりです。

ニスは塗りたてで光沢がありすぎるので少し落ち着かせます。光沢は表面が滑らかなためにそう見えます。すりガラスと同じで細かい傷で覆われると曇って見えるのです。艶消しになりすぎないように適度な加減にします。

実際のオールド楽器は表面に無数の小さなへこみや傷があります。普通の新作のように表面をつるつるに仕上げてしまうと新品のように見えます。これは修理でもよくあって、本当のオールド楽器に保護用のニスを塗るとアンティーク塗装のコピーのように見えることがあります。それもいつかはへこみや傷に覆われることになります。

私はニスの表面に細かな凹凸を付けることでいかにも新作という感じを避けるようにしています。本当に使われていた楽器のへこみとは違いますが、パッと見たときの印象に違いが出ます。アルコールニスでは刷毛の跡が残ってしまい完全に研磨しなくてはいけないのでこのようなことは不可能です。オイルニスの粘性を利用したテクニックです。

革製品に例えるとエナメルのようなつやつやのものがあります。これは革にニスを吹き付けたもので同じです。それに対してシボ革というのは革のぶつぶつがあります。そこまでいかなくても天然の皮膚の細かな皺(しわ)があることで革らしく見えます。つるつるならビニールかと思うでしょう。人造レザーではいかにこれを再現するかに苦心してきたはずです。

同様にニスの表面もつるつるでは新作のように見えてしまいます。スプレーで塗った楽器のようでもあります。

古い楽器でも修理ではつやつやになるように表面を磨き上げますが、一番つやがあるのはスプレーで硬いニスを分厚く塗ったものです。これをスーパーニコという液状の磨き粉で磨くとピカピカになります。
ウィーンフィルのニューイヤーコンサートなどを見ると専属の職人がその日のために入念に磨き上げたことが分かります。しかし天然のニスなら使っているうちに光沢もなくなってきて定期的に手入れが必要となるのが普通です。

新品の場合にはつやがあると第一印象で新しく見えすぎるので私はわざと光沢を抑えます。数年後に手入れするときはピカピカに磨きます。それからは古い楽器と同様のケアを行います。ニスの表面の凹凸は磨くほどなくなっていきますが同時にへこみや傷など使い込んだ感じがついてくることでしょう。





こんにちはガリッポです。

ニコラ・アマティのヴァイオリンを見る機会がありました。
野球選手などは長嶋さんに会うと緊張してカチコチになってしまうことですが、私にとってはそれに近い出来事です。

最初はまず偽物が多いのでどうせまた…なんて気持ちでいると、どうやらちゃんとしたルートで入手しているようです。鑑定士もおなじみの名前です。

手に取って見た最初の感想は「簡単に作ってあるな」という印象を受けました。自分もコピーを作っているのでそう思うのでしょう。要するに思ったほど精巧ではなくそんなに美しくなるように神経を使ったようでもないのです。
「あれ?」という感じがします。
こういうのはよくあることで、この前はマテオ・ゴフリラーのヴァイオリンがあってあれはひどかったです。お世辞にも美しいとは言えないものでした。値段で考える人なら「素晴らしい」と思うでしょうが。

こうなると混乱します。それで資料などを見るとはるかに美しく作られているものがあります。一番美しいものをその作者の楽器として認識しているので実物がそれとは違うことがよくあるのです。美しいのは特別なものなのか、弟子が作ったのか、詳細は分かりませんが、よくあることです。

私もベストを尽くしても完全にはならないので、それくらいのクオリティかなと思って作るのですが、整い過ぎてしまいます。


ニスなどはほとんどオリジナルが残っていなくて、あとの時代に薄い色のニスを保護のために全面に塗ってあるようです。だから1600年代の楽器にしては新しく見えます。古すぎて汚れすら残っていないというのでしょうか。
コレクションとして保存され長年使われずに眠っていたような楽器は、ニスも残っているし、汚れも残っています。そのようなものが博物館に入って印刷物になるのです。
実際使われている楽器はオールドでもモダン楽器のようなニスが塗られていたりすることがあります。

とはいえ離れて見ると新品のような明るいオレンジではなく、昼間でもやはり灰色っぽく見えます。

アーチは表板は結構高さがありました。裏はそれほどでもありません。サイズは353㎜ほどでアマティの大型と言われるものです。現代のヴァイオリンに近い大きさです。小型のものは7/8くらいでかなり小さいものがあります。

音についてはアマチュアの人が弾くと、暗くて鋭い音がしました。乾いた枯れた味のある音で鋭く強い音がしました。よく高いアーチの楽器は音が柔らかいというイメージを持つ人がいますが、そうではありません。これは以前シュタイナーについて書きました。

やや窮屈で音が細く、その分強いという感じがします。

今度はプロの人が弾くと、自分もアマティ風のオールド楽器を使っている人です。さっきとは全く音が違って豊かに柔らかい音が響いていました。

何がアマティの音なのかよくわかりません。


これがもうちょっとストラディバリやデルジェスのようにゆったりした構造なら、もっと豊かに響くと思うのです。スケールが大きくソリスト的な演奏が可能となるでしょう。でも音が弱いかと言うとそうでもないです。かといってびっくりするほど巨大な音がするわけでもありません。このようなオールド楽器の中では力強さも音量もあるし、極端に窮屈なことはありません。

じゃあそう考えて理想的に作られた新作がどうかと言えば、別に普通の音になるだけです。シュタイナーの時にも考えましたが、ちょっとルーズくらいで良いのかなと思います。

私が作るものはもう少し「薄い」感じがすると思います。あそこまで濃い音ではないと思います。存在感が薄いというか迫力に欠けるというか。でもそれは値段と時代が違いますから。別の新作に比べればはるかに近いと思います。



普段高級品だの安物だのを見分けているわけですが、伝説的なものを見ると、その高級品とは全く違うものです。

私はイタリアの高級品とか芸術とか工芸品にとても強い憧れがありました。それもヴァイオリンを作りたいと思った動機の一つです。しかし実際に見てみるとそんなでもないのです。絵画などであれば素朴なところも好きです。

ヴァイオリンでも多くのイタリアのオールド楽器は、そんなに精巧に作られているわけでもないし、美しくなるように注意を払っていないです。仕事が荒いことで知られている作者なら、それがその作者らしさということで見てて楽しくなるわけですが、アマティでは理解に苦しみます。

じゃあ安物と何が違うのか?

何も違わないとしか言いようがないです。



ここで変な屁理屈をウンチクとして覚えないほうが良いでしょう。
別に弦楽器に高級品なんてものは無いんじゃないか?そう考えるべきだと思います。

だから私はひどい粗悪品でなければなんでも良いと言っているし、中級品で十分だと考えています。20年職人をやってきて思うのは中級品で十分ということです。近代の基準で高級品を作ってしまうとアマティやストラディバリを通り越してしまうのです。

二つ楽器があったときに、どちらが高級でどちらが安物かと考える必要が無くて、どちらの作者が偉大かどうかとかそんなことは考えること自体が全く実態とはかけ離れた机上の空論、言葉の中の世界だと思います。


以前に愛知県の犬山城を訪れたことがあって、戦後コンクリートで作られた城と違って昔の人が手作業で作った感じがします。どれだけがオリジナルなのかは知りませんが、柱や梁は木の曲がった幹をそのまま使っていたりします。今なら工場で製材して規格化された材木が使われますが、当時はあった木材を使って作ったのです。鍬(くわ)のような刃物の手斧(ちょうな)ではつった様な削り跡があって、それは城を作ったそれだけです。高級城を作ろうとしたわけではありませんが、多くの城が壊されてしまったため今となっては希少なのですごいものと思って観光客が訪れます。



そのため、ことさらに高級品であることを強調しなくても良いと思うのです。特別な物でなくただ作ってあるだけです。ヴァイオリンを作れる職人はたくさんいます。どうしても優劣をつけたくなってしまいます。実はヴァイオリンというものが手作業で作られているという時点ですでに貴重なものなのです。それ以上というのは本来は無いのです。消費者のニーズがあって、売るほうもお金儲けしたいので関係のない価値体系が出来上がっていくのでしょう。

現代の社会は消費によって成り立っているので、「売れるため」に企業は努力し消費者もそれが当たり前になっています。私には物を作るということからすれば余計なことに見えます。


高級品を有り難がるのは少なくともヴァイオリンに関しては余計な行為でしょう。金額が価値を表しているとは到底思えないのです。


よく大金持ちが高級品を買うと、良さもわからないのに成り金趣味だと批判されます。本当に良さが分かるというのはなんでしょうね?私は経験を積むほどどんどんわからなくなっていきます。良し悪しなどは空想の産物なんじゃないかと思うようになってきます。
 

そうは言っても職人は高級品を作りたい人はいるでしょう。それもまたその人の作風です。

私も考えは決まっていなくていつもその時に見たものに影響されてしまって、あっちに行ったりこっちに行ったりしています。

ただ作っただけというのが究極なんだろうなとは思います。


私も職業として働いているので、どうしても楽器があったときに「これはいくらだ?」と答えなくてはいけなくなります。私はいつも「難しいなあ」と思います。お金から自由な存在であれば値段なんて決める必要はありません。


作ってる側からすれば、高級品とは安物との違いを強調したものという面があります。伝説的な名器を手にするとそれとは全く違うことに驚きます。後の人たちが勝手に持ち上げだけで、自分の作りたいように普通に作っていただけでしょう。安物との違いを強調する必要もなかったのです。

その違いが分かるのは相当目が良くないといけませんが。




一週間前と変わっていないようですが
エッジを摩耗したように丸くして色を付けてあるのです。

落ち着いてきました。



エッジを削りなおして灰色っぽくなるように染めてあります。使い込んでいると汚れてくるところです。

これ以上やっても真っ黒になってしまうのでもうやめましょう。表面に細かい筆をたくさん入れてあります。これを研磨するともうちょっとぼやけて明るくなります。

ハンドメイドのアンティーク塗装の楽器によくある問題は少しこするとすぐに色が薄くなって真っ白になってしまうものです。濃い色のニスが塗ってあるので少しこすれるとすぐに剥げてしまうのです。現代に流行している手法によくある問題です。フルバーニッシュの通常の新作楽器の場合には、薄色のニスを厚く塗ってあります。濃い色のものだとムラになってしまうからです。薄いものを何層も重ねることでニスに厚みができています。それでも明るい色のものが多いですから、ニスは薄い色のものを厚く塗ってあるのです。こういうものは耐久性があってこすれても色が薄くなりにくいです。

ニスは色の成分と厚みの成分からできています。それを溶剤で薄めて塗るわけですが、溶剤が蒸発するとニスの成分だけが残ります。その時厚みの成分が少ないと厚みの薄いニスになってしまいます。層が薄くなりすぎるとこすれるだけですぐに剥げてしまうのです。

さらに保護するために厚くクリアーニスを塗ります。同時に多少色味を調整します。






















こんにちはガリッポです。


アメリカ風のパンケイクを焼いてみました。うまくできたらちょっとうれしいものです。


さて前回学生さんがヴァイオリンを探している話をしましたが、決まったようです。ホフマン作のスイス製ヴァイオリンについて尋ねるととても良いと言っていましたが、もっと良いのがあったそうです。

私が作ったヴァイオリンでした。
2005年にニコラ・リュポーのコピーを作りました。それを常連のコレクターの方が買いましたが、自身が弾くチェロを除いて整理するということでチャンスが回ってきました。他にもオールド楽器や弓など良いものばかり買っています。

過去に紹介しています。下の方に写真が出てます。
https://ameblo.jp/idealtone/entry-11889024154.html

リュポーはフランスのモダンヴァイオリンを代表する作者でトップの地位にいた人でもあります。実物のリュポーをしばらくの間ヴァイオリン教授が預けていたのでコピーを作っていたのです。
アーチはとても平らで板も極限まで薄くなっています。

学生の彼がそれをいたく気に入ったようでした。私は板が薄いほど低音が強くなると言ってきていますが、リュポーのコピーは極端に低音が強い暗い音ではなくニュートラルくらいです。なぜそうなるかは厳密にはわかりません。しかし一般的な新作に比べれば暗い音で傾向から外れてるということもありません。

チェロ奏者のコレクターの方が持っていましたからほとんど弾かれていませんでした。近々お城で演奏するということで微調整をしましたが、音がかなり変わって驚いたそうですが、良い方の驚きだったそうです。
特に広い所で弾くと私が作ったものの中でも最も豊かに響くものだと思います。

彼が弾くととてもバランスが良くて、ソリスト的な傾向の演奏にはもってこいだと思います。


私は高いアーチの楽器も作りますが、ものすごくフラットな楽器も作りました。私は高いアーチの信奉者ではなく、フラットな楽器が演奏者によってはぴったり合う人もいます。だから私はいつも「ひどくなければ何でも良い」と言っているのです。

薄い板の楽器ですが15年経っても壊れるような様子はまったくありません。「そのうち鳴らなくなる」なんてこともありません。そりゃそうですよ、オリジナルのリュポーが200年経ってもソリストに愛用されているのですから。

弦は初めはピラストロのエヴァピラッチを張っていました。所有者の人が同社のオブリガートに変えていましたが、またエヴァピラッチに変えました。弾く人と楽器の性格に合った弦だと思います。それ以降も新製品は出ていますが、定番になるような傑作はあまりないですね。人によっては…楽器によっては…みたいなことが多いです。



私もヴァイオリン職人の修行を始めて20年ほどになります。始めようと思った時には親に職人は10~20年はかかるというので心配はしていたようです。15年前にリュポーのコピーを作っていますからはじめて5年でソリスト用のヴァイオリンが作れていたわけです。その後進歩しているのかと言われれば、進歩はしていないでしょう。変化はしているけども進歩はしていないと思います。

課題はビギナーでも簡単に弾きこなせる楽器ということになります。それは難しいです。ニスの材質も変えてきて多少は小手先の発音などは改善していると思います。

15年前に作った楽器のスクロールとかf字孔とかを見ると、未熟だなとは思いますし、ニスも頑張ってはいるけども今のほうが完成度は高いでしょう。逆に輪郭の形とかパフリングとか加工の正確さや綺麗さが求められるものはすでに文句ないレベルにありました。ストラディバリでも若いときのほうが細かい目で見るとよくできていますから、ヴァイオリン製作に熱中していれば若い時ほど一心不乱に取り組むものです。そうでない人のほうが多いので、まじめに修行しろというのが決まり文句です。


私がフランスの楽器を高く評価するのはこのような経験もあります。それ以上に現代の楽器製作のルーツだからです。弦楽器に関して今の我々の常識のほとんどが19世紀のフランスで定着したものです。ストラディバリを最高のヴァイオリンと考えるのも当時の考え方です。

弦楽器づくりを始めると最初のうちは工具をうまく使えるようになることが何より重要なことです。楽器の演奏でも基礎をしっかり身に着けることが重要なのと同じです。

今勤め先の工房に見習の職人がいて、f字孔の型を作らなくてはいけないということになりました。

こういうものです。

私はf字孔はとても下手くそでここ5年くらいでようやくミスもなくできるようになってきたように思います。失敗しやすい所が分かってきた所で早く加工するなんてのは無理です。
普通はヴァイオリン製作学校や、師匠の型を借りて型の通りに正確に、きれいに仕上げることが課題です。昔は代々型が受け継がれてきたり、自分でデザインしたりしたものですが、最近は印刷物で名器の写真から型を作ったりできるようになりました。
ともかく与えられた型に対して正確にきれいに加工するのが課題です。

というのはヴァイオリンの表板は針葉樹で、年輪が木目になっています。硬い所と柔らかい所が交互になっているのでナイフで加工するのはとても難しいのです。

今ではストラディバリの実物大の写真が印刷物として入手できますからこれで型を作れば良いわけです。見習の職人が以前習っていたところで作ったものは正確さにかけ美しさも理解していませんでした。

ストラディバリの写真をたくさん見せて、みな形が違うということを教えました。ストラディバリは上下の丸い所の穴の位置を決めると、表板の裏側に簡単な型紙でおおよその目安を描くと、ほとんどフリーハンドで作っていたからだと説明しました。これはとても難しくて何百台と作って行かないとできないものです。昔は小学校を出るくらいの歳になれば修行を始めたものですから訓練のレベルが違います。

型は正確であるほど楽なのです。


平面の写真から型を起こすと後で立体の表板の面に型をあてがうと大きく歪みが生じます。The Stradのポスターには実物のストラディバリの表板に紙などをあてがって型を取った図面が出ていることがあります。どのようにやったかはわかりませんが、子供のころ10円玉など硬貨を紙の下に置いて鉛筆でこすって写したことがあると思います。それに近い方法でしょう。

これなら立体に当てがっても誤差が少なくなるはずです。
しかしそれを見るとかなりいびつなのです。型を正確に取るのが難しく印刷するまでの段階でも誤差が出たのでしょう。そこで見た目で多少のモディファイする必要があると言いました。


こんなところまでこだわっているのはコピーを作っている私くらいでしょう。普通は写真から起こした型をそのまま使ってf字孔を開けているはずです。そうすると若干細くとがったようになります。ストラディバリのf字孔の穴が狭くて今の魂柱が入らないのでf字孔の中央を広めにしなくてはいけません、それで余計に尖ってしまうのです。
現代の楽器ではよく見るもので、現代的な作風と言えますし、うまくできている人のものは美しいものです。しかしコピーとなると形が変わってしまうので、私はf字孔をナイフで切るときに型から脱線して目視で形を調整しています。多少フリーハンドに近いです。

しかし初めてヴァイオリンを作る時点では現代風の作風できれいにできていれば十分すぎます。プロの中でもうまい方のレベルだからです。今の段階では工具が使えることに集中するべきです。


オリジナルのストラディバリはアドリブで作っているので、完成度はそんなに高くないことを示しました。それに対してヴィヨームの写真を見せると、より完璧であることが分かります。もしヴァイオリン製作コンクールに出すならストラディバリそのままコピーを作るよりもヴィヨームのコピーを作ったほうが成績は良いでしょう。このためヴィヨームとストラディバリでは印象がかなり違います。

ヴィヨームはストラディバリをそのままコピーしたのではなく、完璧になるようにモディファイしたのです。これが職人ごとに異なる「ストラディバリモデル」というものです。ただしヴィヨームもf字孔の幅は狭くて5.5㎜くらいしかなく現代の魂柱の直径は6㎜なので入りません。もっと太くしたくて6.2とか6.3とかを入れる人もいます。バロックからモダン楽器に進化する過程で太くなってきたのです。

私は太い方が安定して倒れにくいので特に初心者用の楽器ではできるだけ太いものを入れたいです。自分で作る楽器ではf字孔を太くしたくないので最低の6㎜でできれば良いなと思います。


このように現代ではf字孔に限らずストラディバリをそのままコピーするのではなくてモディファイしてより完璧にするのが基本的な考え方です。これはフランスの19世紀の考え方に由来します。

このような基本を知らない職人もたくさんいます。ストラディバリをより完璧にするというフランスの考え方ですが、ストラディバリくらい不完全なものでも作るのは至難のわざです。単に「ヴァイオリンを作る」というのなら、ヴァイオリンっぽいものを作れば良いわけです。見よう見まねの独学でやるとそんな感じのものになります。一流の職人は「ヴァイオリンを作る」というレベルではなく「ストラディバリをさらに完璧にする」というレベルでやっています。

それに対して私はさらに完璧にすると別物になってしまうので、それを止めようと業界の常識をひっくり返しているのです。




もちろん自分でデザインしても良いです。オリジナルのモデルを作った事もあるし、アマティのビオラのf字孔は自分でデザインしました。




だったら初めからヴィヨームのf字孔の写真から型を起こすのも良いと話しました。
結局本人の希望でポスターの裏面にある実物からとったと思われる正確性の怪しい図面をモディファイすることにしました。

はじめは鉛筆で線も描くこともうまくできませんでした。目で見ても形が分からずにどこをどうモディファイしたらいいか全くわからない様子でした。それでも一日やっていたら見違えるほどきれいになりました。私は線一本分ぐらついてるとは思いますが、実際にその精度で加工するのは至難の業なので型としては十分だと思いました。一日でそれだけ目が良くなるのだから驚きです。前に習っていたところでは全く身についていなかったのです。教えた人も見えていないのでしょう。

私も今の私のような人に教わらなかったので最初の何年間では無理だったです。


その時にオリジナルのストラディバリの写真を見ながらモディファイすると形がいびつなところがあるのです。そこでヴィヨームの写真と比べるといかにヴィヨームのほうが形が整っているかわかります。

つまり現代楽器製作を学ぶならはじめはヴィヨームのようなものを目指すべきなのです。プロの職人でも95%は無理ですから。ヒル&サンズのストラディバリのコピーでも怪しいものです。

私は初心者に教えるのは向いていないかもしれません。プロの職人でも9割以上が無理なことを要求しているのですから。きれいなものを作る楽しさが分かったらいいなと思います。
このためフランスの楽器のようにきれいに作られたものは一発でそれがラベルを偽造しただけの安物と見分けがつくのです。弓でもそうで、弾き心地などの機能性ではその必要はありませんが、一流の職人の弓はきれいなラインで加工されています。そうするとすぐに数万円の安物と違うことが分かります。ヴァイオリンでも弓でも上等な物と安物はきれいに正確に加工されていることで見分けられます。一人前の職人になりたければそれができるようにならなくてはいけません。

今は、口がうまければテレビなどに取り上げられて楽器が売れます。そうやって素人が見よう見まねで作ったような楽器を高い値段で売っている営業のうまい職人が繁盛しています。
しかし、そういう楽器が中古市場に流れると値段は安いものです。素人が作った楽器としか扱われません。

これがストラディバリやデルジェスのような上の上に行くとそうでもないのです。しかし初めの段階ではプロの職人として通用するものを作らなくてはいけません。


フランスの楽器製作がいかに重要かというのはこういう事です。
音響面でも研究されていて特にソリスト向きの楽器として優れています。



このように私も多少進歩していますが、演奏家にとっては興味のない世界の話です。15年前に作ったヴァイオリンの音の良さで満足してもらえました。




もう一つ進歩しているのはニスです。これはいまだに進化の途中です。前回の終盤くらいに思いついた方法を今回は初めからやっています。

私もアンティーク塗装は面白い点もありますが、たいへんなのでやらなくて済むならやらないほうが楽です。ストラディバリもアンティーク塗装で作っていないのですからやらなくても良いことです。
ムラなく均一にニスを塗るのが苦手なのでアンティーク塗装に逃げる人が多くいます。そのため汚いだけのアンティーク塗装のものがたくさんあります。私はそのようなものを作るのは嫌なので均一に塗るよりもはるかに緊張を強いられることになります。

石の中から化石を取り出す仕事があります。ちょっとずつ石を削るなりして化石を出して来るわけですが、半日仕事しても進展はわずかでしょう。アンティーク塗装もそれに近いかもしれません。本来なら数百年かかる所をやるわけですから気の遠くなる作業です。
私はそのような作業が好きなので、化石を取り出す仕事も向いているかもしれません。しかし給料をだれが払うんだとなると難しいこともありそうです。

黙って細かい作業に集中してお昼ご飯を食べて休憩してまた夕方まで。良いですね。そんな暮らしは最高です。

私のような変わった楽器職人の場合にはそれは理想ですが、実際には時間をかけるほどお客さんに請求する金額が高くなってしまうので早くやらなくてはいけません。また別の用のお客さんもひっきりなしにやってきて、仕事の途中で急ぎの仕事をしなくてはいけなくなります。職場にはおしゃべりな人がやってきては集中を妨げます。西洋には日本人とはケタ違いにおしゃべりな人がいて次から次とやってきます。すぐに工房がパーティーになってしまいます。

私は早く仕事をするのが向いていないので手間暇かけてそれなりの値段の楽器を作っていきたいと考えるようになってきました。そんなに高い楽器は買えないという人もいるので心苦しいですが。また日本の同業者から見れば「そんなに高い値段?」と非難されるでしょう。しかしクオリティと手間暇がかかっていることが分かれば、納得してもらえるでしょう。日本人の楽器の値段が安すぎるのです。それでも楽器商が天才だの巨匠だのと言ってるような物よりは安くなるはずです。私は高いから音が良いわけではないと訴えていきます。音だけを求めるなら他の楽器に良いものがありますよと宣伝していきます。

アンティーク塗装は化石を取り出すような地道な作業です。
初めのうちは訳が分からなくて、今でも訳が分かりませんが何とか予定したクオリティまで持ってこれるようになってきました。合理的に作業するというのはまだまだ無理です。最初に作業工程の予定を立てるのですが、翌日には変更が必要になります。大雑把な予定通りには来ています。


アマティ兄弟の楽器はストラディバリやデルジェズとは違って400年くらい経っているので古いのです。同じくらい古いシュタイナーも修理しましたが、表板などはニスがほとんど残っておらずフレンチポリッシュという手法で表面の木材が向き出ているところにコーティングを施しました。それから何年も経っていますがコーティングは持っています。これは刷毛でニスを塗るのではなく、布に染み込ませて磨きながら塗っていくものです。家具の修理でも行われ、コントラバスなどはよくやります。
ニスは全くと言っていいほど残っていませんが、薄いコーティングを施すだけでオールド楽器特有の色になりました。木材が古くなった色とむき出しになった木材に付着した汚れの色でしょう。また傷やアーチの深いくぼみの部分には汚れがたまっています。

シュタイナーと比べるとまだまだ新しい感じがするのでしっかり汚さなくてはいけません。さらに汚れを取ると下から表情が出てきます。ニスが乾いたら細かい磨き粉で研磨します。削れ過ぎたところを直せば終わりです。修理でも古い楽器は汚れを掃除すると過去に塗られた補修ニスも一緒に取れてしまい補修も必ず必要になります。

写真は塗りたくったところなので乾いたら研磨して少し明るくなります。下に塗ってあるニスは表面に凹凸をつけてあるので削るとくぼみに塗られたところだけが残って細かい点のようになります。肉眼で見えるほどの色の差はないのでやってあることには気づかないでしょう。それでもベタ塗りをしたような新品らしさは避けられるでしょう。

先週との変化はほんの少しですが、古い楽器のようになってきているでしょう。


音についてはすでに完成していても見た目は改善の余地があります。アンティーク塗装の完成度は今なお進歩の途中にあります。しかしわざとらしい物さえ作らなければ楽器が歳を重ねて行くほどそれらしくなっていきます。新しい手法を導入するならテストは必要です。私はさんざん工場製の白木の楽器で練習してきました。ビオラはちょっと大きいのでヴァイオリンに比べるとごまかしがききにくいですね。

音楽家にとっては見た目は重要ではないでしょう。
他にも良い楽器はあると思います。

私も作れる楽器の数も限られていますし、どうせなら自分の能力が生かせるものを作るほうが良いのでしょう。
高いアーチの楽器も近代では作れる人は少なく作られた数も少ないです。

フラットなアーチや新品のような塗装も苦手では全くありません。フランスのような楽器が今日では作られなくなってきています。過去について知らないために、自分を天才だと信じている自信過剰な職人も多いです。
19世紀にフランスの職人たちが限界まで楽器製作の技術を高めた事が忘れ去られています。モダン楽器の再現も重要性が増してきました。

とはいえ実際にモダン楽器はそんなに高くない値段でもありますからオールド楽器の再現に力を使って行くことでしょう。







こんにちはガリッポです。

クリスマスやハロウィンなども日本で知られるようになってきましたが、いまいちよくわからないのがカーニバルでしょう。謝肉祭とも言いますが、私の地域はそんなに盛んではありません。それでも学校が長期の休みでクリスマス休みと春のイースターの間の休みです。休みが多すぎるように思いますが、お祭りやパーティーなどが多く新型コロナウィルスの拡散が懸念されます。
それでも昼食に会社のみなで肉を食べないということで魚料理を食べました。日本人ならいつものことですが。

休みを利用して何組か学生さんが楽器を探しに店に来ていました。

とても才能のある学生さんが2万ユーロ以下でヴァイオリンを探していました。
このクラスは大きな都市に行ってもあまり無くて、うちに来たらたくさんあるので驚いたようでした。うちの師匠が力を入れている価格帯です。とてもコストパフォーマンスが良いのです。

この前紹介したスイス製のヴァイオリンもその一つです。同僚が大体修理を終えていましたが、急遽弦を張って試奏に駆り出されました。

1915年にヨゼフ・ホフマンが作ったものです。

弾いてみると予想していたようにとても力強い音で好評でした。切れ味鋭い演奏で低音は力強く、高音は耳障りではありません。弓のコントロールが正確なのでしょう。弾く人の技量によってはこのような楽器で見事な演奏ができるものです。上級者が見事にモダン楽器を弾いているとこちらが音に文句言えるようなことはありません。
詳しくは聞いていませんがこれから音大で学ばれるでしょう。この前予想した通りです。

ヴァイオリンというのは道具として使えれば素晴らしい演奏をすることができます。値段は予算上限の半分くらいでしょうが他の楽器に全く劣っている感じはありません。値段は商業上の理由で決まるからです。



仕事をしながら聞いていると、また力強い音がしていました。何を弾いているかを聞くとマティアス・ハイニケのヴァイオリンでした。前回は失礼なことを書いてしまいました。
スイスのホフマンのヴァイオリンに比べれば穏やかで聞いてる側にとっては心地良いものでした。明るめで美しい音ですが、95%は弾く人の音です。

沢山の楽器を貸し出したのでまたホールなどに持って行って試すと実力が分かると思います。ホフマンや私が作ったものもその中に入っています。

こうなると彼の好みの問題でしかありません。
ホフマンは板の薄さから低音が強く、倍音が抑えられた「暗い音」です。目の覚めるような鋭さを持っています。うちではよく売れるタイプの音です。しかし、もう少し明るい音が好みなのかもしれません。弾き比べの経験によって自分の好きな音が分かっていくでしょう。

何を弾いても良い音がする人がいるものです。

ホフマンのようなフランス的なモダン楽器は勢いよく音が出て凄みが感じられると思います。音が出るということに対して効果的に作られていて無駄が一切無いと思います。力のある演奏者ならもう少し穏やかなものでも良いかなと思います。無駄がちょっとあるような楽器、例えばオールド楽器です。しなやかさがあることで限界をもう一つ越えてくるような感じもあります。


大半のプレイヤーにとっては少しでも音がよく出る(と感じられる)ものが求められるでしょう。自分の力以上の音が出てほしいわけです。100年くらい経った楽器は一般論としては優れていて、よく売れるのはそういうものです。量産品だろうとハンドメイドだろうと品質が良ければ十分に候補になります。


アマチュアの場合にも、音が出やすい楽器は楽なので優れていると言えます。しかし、どっちにしても楽器の限界に届かないので自分の楽しみのために弾くというのであれば少しでも鳴るものというのではなくて楽器自体が持っている音色を楽しむというのもありだと楽器屋は思いますけども。

10代でどんな音を好むかというのは個人差もあるでしょうが、若さもあるでしょう。日本の方で若いときと音の好みが変わってきたと言う人もいます。若いときは明るい輝かしい音が良かったのが、今は暖かくて穏やかな音が好きという人もいます。年齢とともに「味」というのが分かるようになってきたのかもしれません。私は最初からそういう音のものが作りたいからヴァイオリン作りを始めたので、渋い趣味の若者でした。初めて作ったヴァイオリンの音にはがっかりして研究が始まったわけです。現代の楽器の音に満足すればその必要はありません、同じように職人を志しても20歳ころの好みは一生を左右してしまうかもしれません。さっきのホフマンなどは中学生頃には修行を始めています。

彼も今はとにかく腕を磨くことで精いっぱいでしょう。道具として優れた楽器を必要としてると思います。それから先も音楽家としての人生が続けば楽器に求めるものも変わっていくことでしょう。



別の家族は、レンタルの楽器で練習して来てはじめて自分のヴァイオリンを買うというケースでした。保護者の方は全く弦楽器とはかかわりが無かったようなので師匠が説明していました。今なら知らないことがあればインターネットを見るのが普通です。数万円でヴァイオリンや弓が売られています。

安すぎる楽器はまともにレッスンが受けられるような状態ではなく、職人のところに持っていてやり直してもらうと買った値段より高くつくでしょう。だったら初めからちゃんとしたものを買った方が良いわけです。

それだけでなく、電気製品や自動車なら大規模に大量生産する世界的に有名な大メーカーがあって、どのメーカーのどの製品が優れているか評判を聞いて買うのは普通でしょう。弦楽器の場合には一つ一つがみな音が違うので手に取って試して選ばなくてはいけません。特に弓はそうで、自分の手や楽器、耳に馴染むものを選ぶ必要があります。同じメーカーのものでも持って弾いてみるとみな違います。楽器も同じメーカーでも皆音が違います。機械で作られた量産品でもですし、正確な腕前の職人が同じ寸法で作っても完全に同じ音にはなりません。
そういうものだということを知らないとカタログを見てこれと注文すればいいのかと思ってしまいます。

弦楽器には大手メーカーは無く無数に中小零細企業のメーカーがあって、過去にも存在しました。個人の職人なら作られた本数はとても少ないのでまとまって同じものがあるということはありません。多くの超優秀な職人を下請けにしたヴィヨームでもチェロなども入れて5000本くらいでしたっけ?現代の工業生産とはケタが違います。職人が働ける50年間で100本ずつという計算になりますが、一人では絶対に無理です。

メーカー名で絞ると本当に選択肢が狭くなってしまいます。弦楽器というのはそういうものだということを一般の人は知らないのです。日本に入っているのはそのうちのごくごく一部でしかありません。予算が限られているのなら無数に存在した作者の中から音が良いものを探さなくてはいけません。

ヨーロッパでは教育にお金をかけるという考え方があまりないので子供にはひどい安物の楽器を与える親も多いし、日本の様に良いものを与えようとして財産をつぎ込んで業者の術中にはまってしまう親もいます。

まず弦楽器がどういうものなのか知るべきです。
プロを目指していてもモダン楽器がちゃんと弾きこなせないのにオールド楽器に手を出せば、どれが良いものなのかもわからなくて室内楽的なものを選んでしまうのは実際にある話です。年配の偉い先生ではモダン楽器をよく知らない人もいるでしょうが時代が変わっています。

コレクターが珍重する楽器と、音大生やプロの演奏者が求めるものは違います。
オークションで高値が付くような楽器を使えば間違いないという簡単な時代ではないのです。今は金融資産の代わりに考えている人もいますから、さらに音楽家にとっての良い楽器とは全く違う基準で値上がりします。




さてビオラです。1週間でどうなったか?

一段と古くなってきました。

一度に真っ黒にしないで何度も繰り返していくうちに出来上がっていく方がわざとらしさがなくて自然でしょう。
必ずしも狙ったようにいかなくて何回に一回かしか成功しないので。何か一つのことをやろうとすると3~4日はかかってしまいます、それを何回かやるわけですから数週間です。

そのような失敗もあれば、違うことをやろうとしたときに何かのヒントが生まれることもあります。職人の仕事は師匠から教わるものですが、こういうのはクリエイティブなものです。やっていく中で発見してやり方を編み出していきます。
「アンティーク塗装なんて邪道だ」と偉そうに言っていても面目は保てますが、力の差は埋まらなくなります。古い楽器を見る目が成長していきます。


だいぶ黒くなってきたのでこれ以上は止めて、微調整に移っていくべきかもしれません。

雰囲気は出てきましたがまだ散らかっていますし、細かく筆を入れて落ち着かせるとコントラストが不足するでしょう。真っ黒なところをピンポイントで作ると締まって見えるはずです。

黒い色と明るい部分のコントラストを大きくしないと古い楽器のようにはなりません。ただ黒く塗っただけでは筆のタッチが見えて「描いた」というのが分かってしまいラクガキのようになってしまいます。
グラデーションの様にだんだん黒くしていくのも不自然です。真っ黒なところのすぐ隣にも明るいところが点在する必要があります。

3週間かかってこれくらいですが、本当のオールド楽器ではもっとコントラストが強くて黒い所は真っ黒です。古い楽器では黒く塗ったわけではありません。汚れが付いたのです。どれだけ汚れがついているかというわけです。300年や400年という月日に溜まった汚れの多さです。松脂はべとついているので汚れが付着しやすいですし、オイルニスもべたつきのあるものがあります。

うちの工房では新入りや中高生が職業体験に来ると最初に楽器の掃除を学びます。
しかし掃除一つとっても奥の深いもので、このようにやっていると古い楽器には汚れが残っているのが分かります。残りやすい所と取れやすい所があるのです。掃除の仕方にも癖があるということです。完全に汚れを取ってきれいにしたければやり方をもっと厳密にするべきです。

もちろんそうやって自然に汚れが残っていったのがオールド楽器の風合いですから、汚れっぱなしは良くなくて、掃除をし続けているうちに取り切れない汚れが残って独特のたたずまいになるのです。

オールド楽器が立派に見えるのは汚れによるところがとても大きいということもわかります。
赤いニスだとしてもそれはオレンジのニスに汚れがついて赤く見えています。クレモナの名器の黄金色も汚れによってかなりの部分ができているのです。

ストラディバリのメシアと呼ばれている新品のままの状態で保存されているものでもかなり汚れがついています。汚れを見る目ができてくると見えてきます。
こんにちはガリッポです。

弦楽器で何が良い音のなのかというのは難しいものです。

我々業界人の了解として音については語らないというのが暗黙の了解になっています。音について言葉で記述するのは困難です。鑑定書にこんな音がすると書いてあることはありません。音は楽器を特定する基準にはならないのです。名器を紹介する専門書や専門誌でも音については書いてありません。

そんなわけですから、業者同士で楽器を売買するときに、これはどんな音の楽器だとか話はしません。まずどこの国の楽器か、作者の名前がどうだとか、使っていた音楽家が誰だとか、・・・それに対して「これはニセモノじゃないか‥」と騙されないようにしなくてはいけません。ニセモノと分かったうえで安く買って高値で売る業者もあります。
いずれにしても音の話はしません。職人同士なら楽器の品質がどうで値段に見合っているかということに重きが置かれます。

一方、この楽器は音が良いと演奏家が売りに来た場合でも、値段には反映されません。値段は古いハンドメイドの楽器なら作者の名前から相場を見て決まります。無名な作者や量産品なら品質を見て値段を決めます。

安物の楽器はどんなに音が良くても安物の楽器です。それは納得できるでしょう。同様にどんなに音が悪くても高い楽器は高いのです。音が悪くて高い楽器を買う人なんていないと思うかもしれません。極東アジアの人たちは不思議なことに買うようですよ。皆さんの周りにいることでしょう。


音について語るのがタブーになっている理由は弦楽器を製造するのに、音の違いを作り分ける技術が無いからだと思います。中小零細企業が多くそれだけの技術が無いのです。技術開発とか消費者の好みなど現代的な発想がありません。伝統産業で年長の師匠に理解してもらうのは本当に骨を折ることですよ。

このため製造者ごとに音の特徴というのが明確になっておらず評価することも難しいのだと思います。国によって文化的な背景で好まれる音が違ってもその通りの音のものを作ることができないので国による楽器の音の違いははっきりしないのです。




「音が良い」ということも、音楽をするための道具として考えるか、音自体を嗜好の対象にするのか、それによってもまったく違ってくるでしょう。

1979年にヴァイオリン製作学校で作られたヴァイオリンを使っている人がいてメンテナンスをしました。学生が作ったものを学校が安い値段で販売しているものです。量産品の中級品くらいの値段ですが、量産品と違ってコストを下げるための手抜きなどはありません。先生が良いというまで完成とは認められません。
そのため値段からしたらとてもお買い得なものです。特にチェロの量産品はひどいものですから魅力的です。

40年以上経っていますからよく鳴るようになっています。アーチも現代のお手本通りフラットなもので板の厚さも極端に厚くなく平均的です。

それでよく鳴るのですからどうして悪い楽器と言えるでしょうか?


一方私が10年くらい前に作ったガリアーノのコピーを使っているヴァイオリンの先生がやってきました。とても高いアーチのものです。あご当て部品の交換のために来たのでしたが、先生が二つのヴァイオリンを弾くと音はだいぶ違います。ガリアーノのコピーのほうが味のある美しい音がしています。高い音でも柔らかいです。
ヴァイオリン製作学校の生徒のものはよく鳴りますが音が単調な感じがします。高い音は鋭く金属的な音がします。

私も先生も同じように美しいと感じていたと思いますが、別の先生なら違うことに興味を持ったかもしません。「美しい」というのは私やその先生が個人として感じることです。客観的には言えません。

芸術はみなそうです。
私は芸術は享受した人が自由に感じて良いものだと考えています。この芸術家が偉大だと本に書いてあることを暗記して知識を自慢する人には、芸術の素晴らしさはわからないと思います。



これがフラットなアーチと高いアーチの違いと単純には言えませんが、少なくとも現代風の楽器と私がオールド風に作ったものではだいぶ音が違うことは間違いありません。どちらが優れているか客観的に言う事はできません。

修行を始めて間もない学生が作ったものでもちゃんと機能するのがヴァイオリンというものです。先生の助けが無くても自分一人で楽器が作れるようになったら一人前です。ニスなどは学校で与えられたもので自分で作るとなると本体を作る以上に大変です。

安価な量産品との違いはコストを下げるために手抜きをしていないということです。手抜きをせずにちゃんと作ってあれば誰が作っても弾き込んでいけばよく鳴っておかしくありません。音が美しいかどうかは主観の世界ですからその人が感じるもので客観的な評価をすることはできません。



初心者が安価な量産品で始めて、もうちょっと本格的な「道具」が欲しいとなったときにコストパフォーマンスに優れているのはヴァイオリン製作学校のものです。ひどい楽器を使っている生徒が多ければ、先生としてはこれくらいのものは使ってほしいなと思うでしょう。偽造ラベルを貼った安物を高い値段で買ってしまったり、お金もうけのために売られた手抜きのハンドメイド楽器、間違った理論を信じている職人が作ったもの、素人が作ったものを買ってしまう事よりははるかにましです。


ただ自分が愛用するヴァイオリンかと言われれば好みが分かれます。
近代の楽器でみなが満足するのならオールド楽器は必要ありません。
しかしオールド楽器には独特の音があって、とても美しいと感じて惚れ込んでしまう人もいます。
道具として優秀な近代の楽器と「美」という抽象的な価値を持ったオールド楽器ということが言えるでしょう。美さえあれば道具としての優秀さはいらないかというとそうでもないのが音楽家です。

こうなると本当に愛用の楽器を探すのは難しいです。
オールド楽器は値段が高いからです。モダン楽器や現代の楽器でも一つ一つは音が違うので弾いてみたら美しい音のものがあるかもしれません。ドイツなどのオールド楽器なら新作よりも安いものもあります。

特に難しいのはチェロです。

これはマティアス・ハイニケが1923年にヴィルドシュタインという所で作ったというラベルが貼られています、おそらくオリジナルでしょう。ドイツ語での地名でチェコ共和国になった今ではスカルナーというそうです。戦前のボヘミアの流派は東ドイツの流派の一つです。これに対してプラハの作者ならチェコの流派になります。ボヘミアからプラハに移った人もいますのでその場合は流派はボヘミアです。
ハイニケはボヘミアの作者の中では特に有名です。ドイツやイタリアでも修業しました。ベネツィアのエウゲニオ・デガーニのところで働いたことがあるので日本の業者も取り扱う所があります。しかし作風を見るとデガーニとの共通性は全くなく職人としての腕前はデガーニよりはるかに上でしょう。そのため何かを教わるというよりはすでに一人前の職人が即戦力として働いたことでしょう。

しかし日本の業者の理屈ではイタリアの作者はみな天才ということになっていますから、デガーニのほうが値段でははるかに高いです。

日本の業者が扱う理由は「イタリアで修行した」という聞こえの良さにあるでしょう。商人が一番気にするのは聞こえの良さですから。ところが作風は他のボヘミアの作者と共通しています。ヴァイオリンはいくつも知っていますが音については私はそれほどいい印象がありません。他のボヘミアの作者のほうが力強く鳴ることがよくあると思います。無名な作者の楽器のほうが音が良いなんてことはざらです。




このチェロは弾いてみると実によく鳴りました。他のボヘミアのチェロでもよくありますが板は厚めで高音側が強いチェロです。深々とした低音でボリューム豊かなものではないですが、明るくよく鳴ってそれでいて耳障りな音ではありません。きれいな高音です。

一般論からすれば優れたチェロでしょう。作られて100年も経っているものは音が出やすくなっていますが、スチール弦を使うチェロでは耳障りな金属的な音になることが多いです。もしかしたら作者特有の音があって、それがヴァイオリンでは大人しすぎるのがチェロではちょうど良いのかもしません。

値段はよくわかりませんが、ハイニケの相場はヴァイオリンが75万~150万円ほどです。私がよく言っているオークションなどで注目されない「安すぎる」ものです。75万円なんて新作より安いです。有名な作者で新作より安いのですから、今の職人には対抗できません。

チェロはその倍プラスアルファだとすれば~400万円くらいでしょうか?同じ時代のイタリアの作者ならヴァイオリンも買えない値段です。

しかしこのチェロは多少は量産品のような特徴があります。ニスはラッカーの匂いがします。横板も外枠で作ったような感じもあります。しかしパッと見ればすぐに手慣れた腕の良い職人のものだとわかります。

チェロで本当に丁寧に作られたものは珍しいです。
ハイニケのチェロはかなり細い指板がついていてネックも細いです。ネックの角度も急に入っていて現在のスタンダートとは異なる点があります。現代の考えで理想的な状態にするには継ネックの修理が必要です。しかし実際に弾いてネックの角度のせいで鋭い音になっている感じはありません。それをするとなると量産チェロが買えるくらいの修理代になります。

ハイニケでもオールドのような音は難しいです。
私は個人的にボヘミアの楽器が特別音が美しいという印象はありません。しかし他の国の20世紀のものも同様です。それで良いのならよく鳴るものもあり価格的には安めです。

チェロでオールドというのはまず手が届かないでしょう。私が作ればちょっと近いものができるかもしれませんが、100年経ったチェロのようには鳴らないでしょう。モダン楽器でも皆ひどく味気ないということもありません。

残念ながらこれは売るためのものではありません。




ビオラの続報です。

注文していたテールピースが届きました。チェロではよくあるタイプの木製のアジャスター付きのものです。ビオラの大きさに合わせてテールピースもサイズ違いがあります。品質も高くきれいです。ウィットナーのプラスチックや金属のもののほうがアジャスターの機構がよくできていますので、初心者用の楽器にはピッタリですが、高級ビオラには安っぽく見えます。音質も木材のほうが良いと思います。これは黒檀です。

ビオラのニスは塗り始めて2週間ほどです。

すでに古い感じになってきています。




まだまだ始まったばかりです。
フルバーニッシュの新作なら同じ仕事量でほとんどでき上っているでしょう。アンティーク塗装は急ぐほど不自然になります。ザクセンの量産品では数日で塗り終えているかもしれません。
黒くすれば古い感じになりますがそれでは真っ黒になってしまいます。明るい所をいかに残すかがポイントです。一度塗ったところを研磨して削り落として明るくしています。その時自然な風合いにするのが難しいです。
また、全体を黒っぽく塗るだけでも難しいです。ニスを塗る基本的なテクニックである「ムラなく均一に塗る」ということが非常に重要になってきます。濃い色であるほどムラが目立ちやすくなるからです。オイルニスでなければ不可能で、アルコールニスならそれだけでニス塗の作業として困難な課題です。塗りやすいオイルニスを自分で作ることが重要です。
量産品ならスプレーを使うでしょうが、色も人工染料の黒や茶色がわざとらしくていかにも量産品という感じになります。修理の時はあえて量産品のアンティーク塗装っぽくすると周囲と調和します。

何百年間汚れがついて、それを掃除して、ニスを磨いてということを繰り返しています。同じことを2週間で再現です。塗ったニスの大半を削り落としてしまいました。

一週間で50年分位ずつ古くしていかなくてはいけません。50年かかる所を一週間ですから相当早いです。

ざっと大雑把に古い感じに、黄金色にしたので、デリケートなディティールの仕事に入っていきます。これまではいわばベースの基礎工事です。これから絵画の様に描いていきます。写実的な細密画で、これ自体が芸術作品です。

修理の仕事でもニスが剥げてしまったり、新しい木材を足したりしたときに古い楽器の色に合わせるのはとても難しいです。やりがちな失敗は赤くなりすぎてしまうことです。新作に塗るようなニスを塗り重ねて補修すると真っ赤になってしまいます。古い楽器では暗い色なのに予想よりも赤みは少ないものです。普通の新作のやり方を応用してアンティーク塗装をやってみたなんてのはあまりにひどい出来で見るに堪えないのです。新品のような真っ赤なニスに真っ黒な傷がポツンと浮いていて全く古く見えないものがよくあります。このように全体的に古くなっているところに傷があれば馴染んで見えるでしょう。



今の段階で赤みを抑えてあるので失敗して困るということは無いでしょう。

細部の完成度が高まるとともに赤みが出てきて黒い所ももっと黒くなり、コントラストが強まりぐっと締まって迫力になってくることでしょう。

仕事が細かくなっていくほど進展速度は遅くなっていきます。何日も仕事したのに変化が分からないくらいになります。あと5週間くらいあればできるでしょう。商品として考えたらこんなのではやっていけません。誰も違いが分からないものに何十万円分ものコストをかけているのですから。やらないと気が済まないのは良いものを作るという職人人生の目的があるからです。











こんにちはガリッポです。

アマティ型のビオラは紹介が遅れていますが、すでにニスを塗る作業に入っています。今はそのことで頭がいっぱいです。

アンティーク塗装の手法は誰から教わったわけでもありません。10年以上やっているので少しずついろいろなことが分かってきています。職場で「アンティーク塗装のやり方が分からない」と言っても誰も教えてくれません。

やり方の手順を確立してマニュアル化したいところですが、本当のオールド楽器は楽器によって全く違うのでマニュアル化してはいけません。
例えばアマティの場合にはオリジナルのニスがほとんど残っていなかったり、残ったニスも明るい色をしていたりします。色を濃くすればとりあえず古く見えます。多いのは普通の新作のやり方を応用してニスを剥げたようにしたり人為的に傷をつけたりするものです。

それに対してアマティは明るい色なのに古く見えるのでこれは難しいです。全く一般的な新作のやり方は通用しません。

いわゆる黄金色の楽器です。
黄金色にしようと思って黄色のニスを作って塗ってみると全く違うものが出来上がります。明るすぎてまだ黄金色が出てないなと思ってさらに塗り重ねていくとオレンジ色になって行きます。さらに塗り重ねていくと赤茶色になって行きます。夢の黄金色の楽器が作れません。

一方古い楽器の修理をしているとき、ニスがごっそり剥げているものがあります。保護のためこれに薄くニスを塗るだけで黄金色が出ます。薄い色のニスでもわずかに黄色みがあって木材が黒ずんでいたり汚れが付着しているせいで黄金色に見えるのです。

わずかな黄色で黄金色が出ないと、黄金色を通り越してどぎつい黄色やオレンジになってしまうのでしょう。仮説です。
より詳しく言うと暗い黄色です。単に薄い黄色のニスを白木の楽器に塗れば明るい真っ白なままです。

どぎつい黄色やオレンジが私は好きではありません。一般的な新作ではよくあるニスの色です。完成した楽器ではそれほど気になりませんが、ニスを塗る作業で毎日見ていると目が敏感になりすぎて嫌になってきます。

このような手法はうちの職場では私だけができるものですが、修理をする場合でも必要な能力です。欠けた部分を復元するのに必要だからです。コントラバスの表板を新しくする修理では当然のように私に仕事が回ってきます。


作業です。

バスバーを取り付けます。クランプは数を多くして締め付ける力を弱くするのが理想です。力が強すぎると表板にめり込んでしまいます。


裏板を接着します。

ビオラらしくなりました。すでに着色をしてありますが、アマティはそんなに強く着色しないほうが良いでしょう。アマティも着色することは知っていたでしょう、楽器によって明らかに染めているものがあります。全く染めないと後でがっかりすることになります。理屈では無くて見え方です。

表板も接着すると胴体ができます。

次はネックです。

先ずは3面を加工して90度ずつにします。厚みも最終的な寸法にします。








ビオラで難しいのはヴァイオリンに比べてずっと大きいのに幅はそんなに変わらない所です。とても細長くなります。指板はヴァイオリンをそのまま拡大して作られることも多くありますが、人間の手の大きさは変わらないのでビオラだからと言って指板を太くするわけにはいきません。特に今回は小柄な人のためのものですから。
指板は細いのにペグボックスの幅を広くできないのです。
チェロ型のものなら指板の幅と関係ないものができるので立派に見えますが、演奏上邪魔になる可能性があります。
ペグボックスは指板に近い方の幅が広く渦巻のほうに向かって細くなっていきます。指板が相対的に細いので角度が難しいです。一方渦巻のほうを細くしすぎるとペグのD線を巻き取る所が窮屈になります。アマティはヴァイオリンでも窮屈になりがちです。

アマティらしい繊細な感じが出ているでしょう。


オリジナルのバロック仕様では幅の太い指板がついていたことが予想されます。オールド楽器では継ネックをしてモダンに修理するときに細い指板に変えられていることが多いです。
このようにペグボックスの幅のほうが指板より広くなっています。

ドイツやチェコの近代の楽器では指板の幅とペグボックスの幅が同じなっていることが多いです。特に戦前のチェコ・ボヘミアのものは細い指板がついていたのでペグボックスの幅が狭いです。




ちゃんと手作りで作っています。音には関係ない所ですが、アマティは美しいものを作るのが好きだったのでしょう。


ネックはもちろんモダン楽器として取り付けます。高いアーチの楽器はモダン楽器のネックの付け方ではうまくいきません。駒の高さを同じにするにはネックをかなり斜めに入れなくてはいけなくなります。根元の部分を高くすると角度は水平に近くなりますが、弦に引っ張られて角度が狂いやすくなります。特に高いアーチの楽器は表板に弾力が無いためネックの付け根に負担がかかり角度が狂いやすいです。
新作では数か月から1~2年でかなり狂うことがあるのでかなり高めに急な角度に入れておくことにしました。
ネックの角度を急にすると表板を弦が押し付ける力が強くなります。不自然なアーチなら表板の中央が陥没してしまいます。それについては特に注意を払ってアーチを作りました。高めのアーチとネックの取り付けには頭を悩ませていますがその分経験もあります。

一般論として急な角度で入れると細く鋭い強い音になり、水平に近い角度にすれば豊かに響く柔らかい音になるはずです。修理などでは持って行きたい方向に加減する必要があります。新作なら自分の音の特徴から角度を決めると高度な技術と言えるでしょう。

ネックの加工も特に難しい作業の一つです。手が小さな人であれば特に気を使います。

ネックを接着します。

もう出来上がりかと思うかもしれませんがまだまだ繊細な仕事が続きます。

ボタンと呼ばれる部分です。安価な楽器なら確実に仕事が甘いものです。上等な楽器と見分けるポイントです。古い楽器では摩耗したり、修理の時に削られているのでグズグズに見えます。

指板がつくとビオラらしくなります。私がアマティをイメージしてデザインしたf字孔もバランスよく、表板全体もはっきりと特徴のあって「顔」があると思います。

かなり細かい作業は省略しましたが、これでニスを塗るところまでこぎつけました。

前回のヴァイオリンで完成間近になって編み出したテクニックを今回は初めから使いたいと思います。長年試みて上手くいかなかったことがわかったのです。

ニス塗では大きなミスをしてしまうと取り返しがつかなくなります。ザクセンの量産品の様にわざとらしくなってしまったら終わりです。
自然に古く見せるために根気よくやる必要があります。