ヴァイオリン技術者の弦楽器研究ノート -30ページ目

ヴァイオリン技術者の弦楽器研究ノート

クラシックの本場ヨーロッパで職人として働いている技術者の視点で弦楽器をこっそり解明していきます。
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こんにちはガリッポです。

クリスマスやハロウィンなども日本で知られるようになってきましたが、いまいちよくわからないのがカーニバルでしょう。謝肉祭とも言いますが、私の地域はそんなに盛んではありません。それでも学校が長期の休みでクリスマス休みと春のイースターの間の休みです。休みが多すぎるように思いますが、お祭りやパーティーなどが多く新型コロナウィルスの拡散が懸念されます。
それでも昼食に会社のみなで肉を食べないということで魚料理を食べました。日本人ならいつものことですが。

休みを利用して何組か学生さんが楽器を探しに店に来ていました。

とても才能のある学生さんが2万ユーロ以下でヴァイオリンを探していました。
このクラスは大きな都市に行ってもあまり無くて、うちに来たらたくさんあるので驚いたようでした。うちの師匠が力を入れている価格帯です。とてもコストパフォーマンスが良いのです。

この前紹介したスイス製のヴァイオリンもその一つです。同僚が大体修理を終えていましたが、急遽弦を張って試奏に駆り出されました。

1915年にヨゼフ・ホフマンが作ったものです。

弾いてみると予想していたようにとても力強い音で好評でした。切れ味鋭い演奏で低音は力強く、高音は耳障りではありません。弓のコントロールが正確なのでしょう。弾く人の技量によってはこのような楽器で見事な演奏ができるものです。上級者が見事にモダン楽器を弾いているとこちらが音に文句言えるようなことはありません。
詳しくは聞いていませんがこれから音大で学ばれるでしょう。この前予想した通りです。

ヴァイオリンというのは道具として使えれば素晴らしい演奏をすることができます。値段は予算上限の半分くらいでしょうが他の楽器に全く劣っている感じはありません。値段は商業上の理由で決まるからです。



仕事をしながら聞いていると、また力強い音がしていました。何を弾いているかを聞くとマティアス・ハイニケのヴァイオリンでした。前回は失礼なことを書いてしまいました。
スイスのホフマンのヴァイオリンに比べれば穏やかで聞いてる側にとっては心地良いものでした。明るめで美しい音ですが、95%は弾く人の音です。

沢山の楽器を貸し出したのでまたホールなどに持って行って試すと実力が分かると思います。ホフマンや私が作ったものもその中に入っています。

こうなると彼の好みの問題でしかありません。
ホフマンは板の薄さから低音が強く、倍音が抑えられた「暗い音」です。目の覚めるような鋭さを持っています。うちではよく売れるタイプの音です。しかし、もう少し明るい音が好みなのかもしれません。弾き比べの経験によって自分の好きな音が分かっていくでしょう。

何を弾いても良い音がする人がいるものです。

ホフマンのようなフランス的なモダン楽器は勢いよく音が出て凄みが感じられると思います。音が出るということに対して効果的に作られていて無駄が一切無いと思います。力のある演奏者ならもう少し穏やかなものでも良いかなと思います。無駄がちょっとあるような楽器、例えばオールド楽器です。しなやかさがあることで限界をもう一つ越えてくるような感じもあります。


大半のプレイヤーにとっては少しでも音がよく出る(と感じられる)ものが求められるでしょう。自分の力以上の音が出てほしいわけです。100年くらい経った楽器は一般論としては優れていて、よく売れるのはそういうものです。量産品だろうとハンドメイドだろうと品質が良ければ十分に候補になります。


アマチュアの場合にも、音が出やすい楽器は楽なので優れていると言えます。しかし、どっちにしても楽器の限界に届かないので自分の楽しみのために弾くというのであれば少しでも鳴るものというのではなくて楽器自体が持っている音色を楽しむというのもありだと楽器屋は思いますけども。

10代でどんな音を好むかというのは個人差もあるでしょうが、若さもあるでしょう。日本の方で若いときと音の好みが変わってきたと言う人もいます。若いときは明るい輝かしい音が良かったのが、今は暖かくて穏やかな音が好きという人もいます。年齢とともに「味」というのが分かるようになってきたのかもしれません。私は最初からそういう音のものが作りたいからヴァイオリン作りを始めたので、渋い趣味の若者でした。初めて作ったヴァイオリンの音にはがっかりして研究が始まったわけです。現代の楽器の音に満足すればその必要はありません、同じように職人を志しても20歳ころの好みは一生を左右してしまうかもしれません。さっきのホフマンなどは中学生頃には修行を始めています。

彼も今はとにかく腕を磨くことで精いっぱいでしょう。道具として優れた楽器を必要としてると思います。それから先も音楽家としての人生が続けば楽器に求めるものも変わっていくことでしょう。



別の家族は、レンタルの楽器で練習して来てはじめて自分のヴァイオリンを買うというケースでした。保護者の方は全く弦楽器とはかかわりが無かったようなので師匠が説明していました。今なら知らないことがあればインターネットを見るのが普通です。数万円でヴァイオリンや弓が売られています。

安すぎる楽器はまともにレッスンが受けられるような状態ではなく、職人のところに持っていてやり直してもらうと買った値段より高くつくでしょう。だったら初めからちゃんとしたものを買った方が良いわけです。

それだけでなく、電気製品や自動車なら大規模に大量生産する世界的に有名な大メーカーがあって、どのメーカーのどの製品が優れているか評判を聞いて買うのは普通でしょう。弦楽器の場合には一つ一つがみな音が違うので手に取って試して選ばなくてはいけません。特に弓はそうで、自分の手や楽器、耳に馴染むものを選ぶ必要があります。同じメーカーのものでも持って弾いてみるとみな違います。楽器も同じメーカーでも皆音が違います。機械で作られた量産品でもですし、正確な腕前の職人が同じ寸法で作っても完全に同じ音にはなりません。
そういうものだということを知らないとカタログを見てこれと注文すればいいのかと思ってしまいます。

弦楽器には大手メーカーは無く無数に中小零細企業のメーカーがあって、過去にも存在しました。個人の職人なら作られた本数はとても少ないのでまとまって同じものがあるということはありません。多くの超優秀な職人を下請けにしたヴィヨームでもチェロなども入れて5000本くらいでしたっけ?現代の工業生産とはケタが違います。職人が働ける50年間で100本ずつという計算になりますが、一人では絶対に無理です。

メーカー名で絞ると本当に選択肢が狭くなってしまいます。弦楽器というのはそういうものだということを一般の人は知らないのです。日本に入っているのはそのうちのごくごく一部でしかありません。予算が限られているのなら無数に存在した作者の中から音が良いものを探さなくてはいけません。

ヨーロッパでは教育にお金をかけるという考え方があまりないので子供にはひどい安物の楽器を与える親も多いし、日本の様に良いものを与えようとして財産をつぎ込んで業者の術中にはまってしまう親もいます。

まず弦楽器がどういうものなのか知るべきです。
プロを目指していてもモダン楽器がちゃんと弾きこなせないのにオールド楽器に手を出せば、どれが良いものなのかもわからなくて室内楽的なものを選んでしまうのは実際にある話です。年配の偉い先生ではモダン楽器をよく知らない人もいるでしょうが時代が変わっています。

コレクターが珍重する楽器と、音大生やプロの演奏者が求めるものは違います。
オークションで高値が付くような楽器を使えば間違いないという簡単な時代ではないのです。今は金融資産の代わりに考えている人もいますから、さらに音楽家にとっての良い楽器とは全く違う基準で値上がりします。




さてビオラです。1週間でどうなったか?

一段と古くなってきました。

一度に真っ黒にしないで何度も繰り返していくうちに出来上がっていく方がわざとらしさがなくて自然でしょう。
必ずしも狙ったようにいかなくて何回に一回かしか成功しないので。何か一つのことをやろうとすると3~4日はかかってしまいます、それを何回かやるわけですから数週間です。

そのような失敗もあれば、違うことをやろうとしたときに何かのヒントが生まれることもあります。職人の仕事は師匠から教わるものですが、こういうのはクリエイティブなものです。やっていく中で発見してやり方を編み出していきます。
「アンティーク塗装なんて邪道だ」と偉そうに言っていても面目は保てますが、力の差は埋まらなくなります。古い楽器を見る目が成長していきます。


だいぶ黒くなってきたのでこれ以上は止めて、微調整に移っていくべきかもしれません。

雰囲気は出てきましたがまだ散らかっていますし、細かく筆を入れて落ち着かせるとコントラストが不足するでしょう。真っ黒なところをピンポイントで作ると締まって見えるはずです。

黒い色と明るい部分のコントラストを大きくしないと古い楽器のようにはなりません。ただ黒く塗っただけでは筆のタッチが見えて「描いた」というのが分かってしまいラクガキのようになってしまいます。
グラデーションの様にだんだん黒くしていくのも不自然です。真っ黒なところのすぐ隣にも明るいところが点在する必要があります。

3週間かかってこれくらいですが、本当のオールド楽器ではもっとコントラストが強くて黒い所は真っ黒です。古い楽器では黒く塗ったわけではありません。汚れが付いたのです。どれだけ汚れがついているかというわけです。300年や400年という月日に溜まった汚れの多さです。松脂はべとついているので汚れが付着しやすいですし、オイルニスもべたつきのあるものがあります。

うちの工房では新入りや中高生が職業体験に来ると最初に楽器の掃除を学びます。
しかし掃除一つとっても奥の深いもので、このようにやっていると古い楽器には汚れが残っているのが分かります。残りやすい所と取れやすい所があるのです。掃除の仕方にも癖があるということです。完全に汚れを取ってきれいにしたければやり方をもっと厳密にするべきです。

もちろんそうやって自然に汚れが残っていったのがオールド楽器の風合いですから、汚れっぱなしは良くなくて、掃除をし続けているうちに取り切れない汚れが残って独特のたたずまいになるのです。

オールド楽器が立派に見えるのは汚れによるところがとても大きいということもわかります。
赤いニスだとしてもそれはオレンジのニスに汚れがついて赤く見えています。クレモナの名器の黄金色も汚れによってかなりの部分ができているのです。

ストラディバリのメシアと呼ばれている新品のままの状態で保存されているものでもかなり汚れがついています。汚れを見る目ができてくると見えてきます。
こんにちはガリッポです。

弦楽器で何が良い音のなのかというのは難しいものです。

我々業界人の了解として音については語らないというのが暗黙の了解になっています。音について言葉で記述するのは困難です。鑑定書にこんな音がすると書いてあることはありません。音は楽器を特定する基準にはならないのです。名器を紹介する専門書や専門誌でも音については書いてありません。

そんなわけですから、業者同士で楽器を売買するときに、これはどんな音の楽器だとか話はしません。まずどこの国の楽器か、作者の名前がどうだとか、使っていた音楽家が誰だとか、・・・それに対して「これはニセモノじゃないか‥」と騙されないようにしなくてはいけません。ニセモノと分かったうえで安く買って高値で売る業者もあります。
いずれにしても音の話はしません。職人同士なら楽器の品質がどうで値段に見合っているかということに重きが置かれます。

一方、この楽器は音が良いと演奏家が売りに来た場合でも、値段には反映されません。値段は古いハンドメイドの楽器なら作者の名前から相場を見て決まります。無名な作者や量産品なら品質を見て値段を決めます。

安物の楽器はどんなに音が良くても安物の楽器です。それは納得できるでしょう。同様にどんなに音が悪くても高い楽器は高いのです。音が悪くて高い楽器を買う人なんていないと思うかもしれません。極東アジアの人たちは不思議なことに買うようですよ。皆さんの周りにいることでしょう。


音について語るのがタブーになっている理由は弦楽器を製造するのに、音の違いを作り分ける技術が無いからだと思います。中小零細企業が多くそれだけの技術が無いのです。技術開発とか消費者の好みなど現代的な発想がありません。伝統産業で年長の師匠に理解してもらうのは本当に骨を折ることですよ。

このため製造者ごとに音の特徴というのが明確になっておらず評価することも難しいのだと思います。国によって文化的な背景で好まれる音が違ってもその通りの音のものを作ることができないので国による楽器の音の違いははっきりしないのです。




「音が良い」ということも、音楽をするための道具として考えるか、音自体を嗜好の対象にするのか、それによってもまったく違ってくるでしょう。

1979年にヴァイオリン製作学校で作られたヴァイオリンを使っている人がいてメンテナンスをしました。学生が作ったものを学校が安い値段で販売しているものです。量産品の中級品くらいの値段ですが、量産品と違ってコストを下げるための手抜きなどはありません。先生が良いというまで完成とは認められません。
そのため値段からしたらとてもお買い得なものです。特にチェロの量産品はひどいものですから魅力的です。

40年以上経っていますからよく鳴るようになっています。アーチも現代のお手本通りフラットなもので板の厚さも極端に厚くなく平均的です。

それでよく鳴るのですからどうして悪い楽器と言えるでしょうか?


一方私が10年くらい前に作ったガリアーノのコピーを使っているヴァイオリンの先生がやってきました。とても高いアーチのものです。あご当て部品の交換のために来たのでしたが、先生が二つのヴァイオリンを弾くと音はだいぶ違います。ガリアーノのコピーのほうが味のある美しい音がしています。高い音でも柔らかいです。
ヴァイオリン製作学校の生徒のものはよく鳴りますが音が単調な感じがします。高い音は鋭く金属的な音がします。

私も先生も同じように美しいと感じていたと思いますが、別の先生なら違うことに興味を持ったかもしません。「美しい」というのは私やその先生が個人として感じることです。客観的には言えません。

芸術はみなそうです。
私は芸術は享受した人が自由に感じて良いものだと考えています。この芸術家が偉大だと本に書いてあることを暗記して知識を自慢する人には、芸術の素晴らしさはわからないと思います。



これがフラットなアーチと高いアーチの違いと単純には言えませんが、少なくとも現代風の楽器と私がオールド風に作ったものではだいぶ音が違うことは間違いありません。どちらが優れているか客観的に言う事はできません。

修行を始めて間もない学生が作ったものでもちゃんと機能するのがヴァイオリンというものです。先生の助けが無くても自分一人で楽器が作れるようになったら一人前です。ニスなどは学校で与えられたもので自分で作るとなると本体を作る以上に大変です。

安価な量産品との違いはコストを下げるために手抜きをしていないということです。手抜きをせずにちゃんと作ってあれば誰が作っても弾き込んでいけばよく鳴っておかしくありません。音が美しいかどうかは主観の世界ですからその人が感じるもので客観的な評価をすることはできません。



初心者が安価な量産品で始めて、もうちょっと本格的な「道具」が欲しいとなったときにコストパフォーマンスに優れているのはヴァイオリン製作学校のものです。ひどい楽器を使っている生徒が多ければ、先生としてはこれくらいのものは使ってほしいなと思うでしょう。偽造ラベルを貼った安物を高い値段で買ってしまったり、お金もうけのために売られた手抜きのハンドメイド楽器、間違った理論を信じている職人が作ったもの、素人が作ったものを買ってしまう事よりははるかにましです。


ただ自分が愛用するヴァイオリンかと言われれば好みが分かれます。
近代の楽器でみなが満足するのならオールド楽器は必要ありません。
しかしオールド楽器には独特の音があって、とても美しいと感じて惚れ込んでしまう人もいます。
道具として優秀な近代の楽器と「美」という抽象的な価値を持ったオールド楽器ということが言えるでしょう。美さえあれば道具としての優秀さはいらないかというとそうでもないのが音楽家です。

こうなると本当に愛用の楽器を探すのは難しいです。
オールド楽器は値段が高いからです。モダン楽器や現代の楽器でも一つ一つは音が違うので弾いてみたら美しい音のものがあるかもしれません。ドイツなどのオールド楽器なら新作よりも安いものもあります。

特に難しいのはチェロです。

これはマティアス・ハイニケが1923年にヴィルドシュタインという所で作ったというラベルが貼られています、おそらくオリジナルでしょう。ドイツ語での地名でチェコ共和国になった今ではスカルナーというそうです。戦前のボヘミアの流派は東ドイツの流派の一つです。これに対してプラハの作者ならチェコの流派になります。ボヘミアからプラハに移った人もいますのでその場合は流派はボヘミアです。
ハイニケはボヘミアの作者の中では特に有名です。ドイツやイタリアでも修業しました。ベネツィアのエウゲニオ・デガーニのところで働いたことがあるので日本の業者も取り扱う所があります。しかし作風を見るとデガーニとの共通性は全くなく職人としての腕前はデガーニよりはるかに上でしょう。そのため何かを教わるというよりはすでに一人前の職人が即戦力として働いたことでしょう。

しかし日本の業者の理屈ではイタリアの作者はみな天才ということになっていますから、デガーニのほうが値段でははるかに高いです。

日本の業者が扱う理由は「イタリアで修行した」という聞こえの良さにあるでしょう。商人が一番気にするのは聞こえの良さですから。ところが作風は他のボヘミアの作者と共通しています。ヴァイオリンはいくつも知っていますが音については私はそれほどいい印象がありません。他のボヘミアの作者のほうが力強く鳴ることがよくあると思います。無名な作者の楽器のほうが音が良いなんてことはざらです。




このチェロは弾いてみると実によく鳴りました。他のボヘミアのチェロでもよくありますが板は厚めで高音側が強いチェロです。深々とした低音でボリューム豊かなものではないですが、明るくよく鳴ってそれでいて耳障りな音ではありません。きれいな高音です。

一般論からすれば優れたチェロでしょう。作られて100年も経っているものは音が出やすくなっていますが、スチール弦を使うチェロでは耳障りな金属的な音になることが多いです。もしかしたら作者特有の音があって、それがヴァイオリンでは大人しすぎるのがチェロではちょうど良いのかもしません。

値段はよくわかりませんが、ハイニケの相場はヴァイオリンが75万~150万円ほどです。私がよく言っているオークションなどで注目されない「安すぎる」ものです。75万円なんて新作より安いです。有名な作者で新作より安いのですから、今の職人には対抗できません。

チェロはその倍プラスアルファだとすれば~400万円くらいでしょうか?同じ時代のイタリアの作者ならヴァイオリンも買えない値段です。

しかしこのチェロは多少は量産品のような特徴があります。ニスはラッカーの匂いがします。横板も外枠で作ったような感じもあります。しかしパッと見ればすぐに手慣れた腕の良い職人のものだとわかります。

チェロで本当に丁寧に作られたものは珍しいです。
ハイニケのチェロはかなり細い指板がついていてネックも細いです。ネックの角度も急に入っていて現在のスタンダートとは異なる点があります。現代の考えで理想的な状態にするには継ネックの修理が必要です。しかし実際に弾いてネックの角度のせいで鋭い音になっている感じはありません。それをするとなると量産チェロが買えるくらいの修理代になります。

ハイニケでもオールドのような音は難しいです。
私は個人的にボヘミアの楽器が特別音が美しいという印象はありません。しかし他の国の20世紀のものも同様です。それで良いのならよく鳴るものもあり価格的には安めです。

チェロでオールドというのはまず手が届かないでしょう。私が作ればちょっと近いものができるかもしれませんが、100年経ったチェロのようには鳴らないでしょう。モダン楽器でも皆ひどく味気ないということもありません。

残念ながらこれは売るためのものではありません。




ビオラの続報です。

注文していたテールピースが届きました。チェロではよくあるタイプの木製のアジャスター付きのものです。ビオラの大きさに合わせてテールピースもサイズ違いがあります。品質も高くきれいです。ウィットナーのプラスチックや金属のもののほうがアジャスターの機構がよくできていますので、初心者用の楽器にはピッタリですが、高級ビオラには安っぽく見えます。音質も木材のほうが良いと思います。これは黒檀です。

ビオラのニスは塗り始めて2週間ほどです。

すでに古い感じになってきています。




まだまだ始まったばかりです。
フルバーニッシュの新作なら同じ仕事量でほとんどでき上っているでしょう。アンティーク塗装は急ぐほど不自然になります。ザクセンの量産品では数日で塗り終えているかもしれません。
黒くすれば古い感じになりますがそれでは真っ黒になってしまいます。明るい所をいかに残すかがポイントです。一度塗ったところを研磨して削り落として明るくしています。その時自然な風合いにするのが難しいです。
また、全体を黒っぽく塗るだけでも難しいです。ニスを塗る基本的なテクニックである「ムラなく均一に塗る」ということが非常に重要になってきます。濃い色であるほどムラが目立ちやすくなるからです。オイルニスでなければ不可能で、アルコールニスならそれだけでニス塗の作業として困難な課題です。塗りやすいオイルニスを自分で作ることが重要です。
量産品ならスプレーを使うでしょうが、色も人工染料の黒や茶色がわざとらしくていかにも量産品という感じになります。修理の時はあえて量産品のアンティーク塗装っぽくすると周囲と調和します。

何百年間汚れがついて、それを掃除して、ニスを磨いてということを繰り返しています。同じことを2週間で再現です。塗ったニスの大半を削り落としてしまいました。

一週間で50年分位ずつ古くしていかなくてはいけません。50年かかる所を一週間ですから相当早いです。

ざっと大雑把に古い感じに、黄金色にしたので、デリケートなディティールの仕事に入っていきます。これまではいわばベースの基礎工事です。これから絵画の様に描いていきます。写実的な細密画で、これ自体が芸術作品です。

修理の仕事でもニスが剥げてしまったり、新しい木材を足したりしたときに古い楽器の色に合わせるのはとても難しいです。やりがちな失敗は赤くなりすぎてしまうことです。新作に塗るようなニスを塗り重ねて補修すると真っ赤になってしまいます。古い楽器では暗い色なのに予想よりも赤みは少ないものです。普通の新作のやり方を応用してアンティーク塗装をやってみたなんてのはあまりにひどい出来で見るに堪えないのです。新品のような真っ赤なニスに真っ黒な傷がポツンと浮いていて全く古く見えないものがよくあります。このように全体的に古くなっているところに傷があれば馴染んで見えるでしょう。



今の段階で赤みを抑えてあるので失敗して困るということは無いでしょう。

細部の完成度が高まるとともに赤みが出てきて黒い所ももっと黒くなり、コントラストが強まりぐっと締まって迫力になってくることでしょう。

仕事が細かくなっていくほど進展速度は遅くなっていきます。何日も仕事したのに変化が分からないくらいになります。あと5週間くらいあればできるでしょう。商品として考えたらこんなのではやっていけません。誰も違いが分からないものに何十万円分ものコストをかけているのですから。やらないと気が済まないのは良いものを作るという職人人生の目的があるからです。











こんにちはガリッポです。

アマティ型のビオラは紹介が遅れていますが、すでにニスを塗る作業に入っています。今はそのことで頭がいっぱいです。

アンティーク塗装の手法は誰から教わったわけでもありません。10年以上やっているので少しずついろいろなことが分かってきています。職場で「アンティーク塗装のやり方が分からない」と言っても誰も教えてくれません。

やり方の手順を確立してマニュアル化したいところですが、本当のオールド楽器は楽器によって全く違うのでマニュアル化してはいけません。
例えばアマティの場合にはオリジナルのニスがほとんど残っていなかったり、残ったニスも明るい色をしていたりします。色を濃くすればとりあえず古く見えます。多いのは普通の新作のやり方を応用してニスを剥げたようにしたり人為的に傷をつけたりするものです。

それに対してアマティは明るい色なのに古く見えるのでこれは難しいです。全く一般的な新作のやり方は通用しません。

いわゆる黄金色の楽器です。
黄金色にしようと思って黄色のニスを作って塗ってみると全く違うものが出来上がります。明るすぎてまだ黄金色が出てないなと思ってさらに塗り重ねていくとオレンジ色になって行きます。さらに塗り重ねていくと赤茶色になって行きます。夢の黄金色の楽器が作れません。

一方古い楽器の修理をしているとき、ニスがごっそり剥げているものがあります。保護のためこれに薄くニスを塗るだけで黄金色が出ます。薄い色のニスでもわずかに黄色みがあって木材が黒ずんでいたり汚れが付着しているせいで黄金色に見えるのです。

わずかな黄色で黄金色が出ないと、黄金色を通り越してどぎつい黄色やオレンジになってしまうのでしょう。仮説です。
より詳しく言うと暗い黄色です。単に薄い黄色のニスを白木の楽器に塗れば明るい真っ白なままです。

どぎつい黄色やオレンジが私は好きではありません。一般的な新作ではよくあるニスの色です。完成した楽器ではそれほど気になりませんが、ニスを塗る作業で毎日見ていると目が敏感になりすぎて嫌になってきます。

このような手法はうちの職場では私だけができるものですが、修理をする場合でも必要な能力です。欠けた部分を復元するのに必要だからです。コントラバスの表板を新しくする修理では当然のように私に仕事が回ってきます。


作業です。

バスバーを取り付けます。クランプは数を多くして締め付ける力を弱くするのが理想です。力が強すぎると表板にめり込んでしまいます。


裏板を接着します。

ビオラらしくなりました。すでに着色をしてありますが、アマティはそんなに強く着色しないほうが良いでしょう。アマティも着色することは知っていたでしょう、楽器によって明らかに染めているものがあります。全く染めないと後でがっかりすることになります。理屈では無くて見え方です。

表板も接着すると胴体ができます。

次はネックです。

先ずは3面を加工して90度ずつにします。厚みも最終的な寸法にします。








ビオラで難しいのはヴァイオリンに比べてずっと大きいのに幅はそんなに変わらない所です。とても細長くなります。指板はヴァイオリンをそのまま拡大して作られることも多くありますが、人間の手の大きさは変わらないのでビオラだからと言って指板を太くするわけにはいきません。特に今回は小柄な人のためのものですから。
指板は細いのにペグボックスの幅を広くできないのです。
チェロ型のものなら指板の幅と関係ないものができるので立派に見えますが、演奏上邪魔になる可能性があります。
ペグボックスは指板に近い方の幅が広く渦巻のほうに向かって細くなっていきます。指板が相対的に細いので角度が難しいです。一方渦巻のほうを細くしすぎるとペグのD線を巻き取る所が窮屈になります。アマティはヴァイオリンでも窮屈になりがちです。

アマティらしい繊細な感じが出ているでしょう。


オリジナルのバロック仕様では幅の太い指板がついていたことが予想されます。オールド楽器では継ネックをしてモダンに修理するときに細い指板に変えられていることが多いです。
このようにペグボックスの幅のほうが指板より広くなっています。

ドイツやチェコの近代の楽器では指板の幅とペグボックスの幅が同じなっていることが多いです。特に戦前のチェコ・ボヘミアのものは細い指板がついていたのでペグボックスの幅が狭いです。




ちゃんと手作りで作っています。音には関係ない所ですが、アマティは美しいものを作るのが好きだったのでしょう。


ネックはもちろんモダン楽器として取り付けます。高いアーチの楽器はモダン楽器のネックの付け方ではうまくいきません。駒の高さを同じにするにはネックをかなり斜めに入れなくてはいけなくなります。根元の部分を高くすると角度は水平に近くなりますが、弦に引っ張られて角度が狂いやすくなります。特に高いアーチの楽器は表板に弾力が無いためネックの付け根に負担がかかり角度が狂いやすいです。
新作では数か月から1~2年でかなり狂うことがあるのでかなり高めに急な角度に入れておくことにしました。
ネックの角度を急にすると表板を弦が押し付ける力が強くなります。不自然なアーチなら表板の中央が陥没してしまいます。それについては特に注意を払ってアーチを作りました。高めのアーチとネックの取り付けには頭を悩ませていますがその分経験もあります。

一般論として急な角度で入れると細く鋭い強い音になり、水平に近い角度にすれば豊かに響く柔らかい音になるはずです。修理などでは持って行きたい方向に加減する必要があります。新作なら自分の音の特徴から角度を決めると高度な技術と言えるでしょう。

ネックの加工も特に難しい作業の一つです。手が小さな人であれば特に気を使います。

ネックを接着します。

もう出来上がりかと思うかもしれませんがまだまだ繊細な仕事が続きます。

ボタンと呼ばれる部分です。安価な楽器なら確実に仕事が甘いものです。上等な楽器と見分けるポイントです。古い楽器では摩耗したり、修理の時に削られているのでグズグズに見えます。

指板がつくとビオラらしくなります。私がアマティをイメージしてデザインしたf字孔もバランスよく、表板全体もはっきりと特徴のあって「顔」があると思います。

かなり細かい作業は省略しましたが、これでニスを塗るところまでこぎつけました。

前回のヴァイオリンで完成間近になって編み出したテクニックを今回は初めから使いたいと思います。長年試みて上手くいかなかったことがわかったのです。

ニス塗では大きなミスをしてしまうと取り返しがつかなくなります。ザクセンの量産品の様にわざとらしくなってしまったら終わりです。
自然に古く見せるために根気よくやる必要があります。

こんにちはガリッポです。

しばらくぶりに職場に戻るといくつか面白い楽器がありました。前回の話も実例で見ていきましょう。





ちょっと古い感じでアーチは真っ平らです。普通に作ってありさえすれば音量があってよく鳴りそうです。

私はやたら凝った楽器を作りますがこんなのでも十分です。フランスっぽい感じもあります。ミルクールの楽器でもこんなフラットなものはあるでしょう。

ラベルを見てみるとチューリッヒと書いてあるのでスイスで作られたヴァイオリンということになります。作者はヨゼフ・ホフマンと書いてあります。
スイスをヴァイオリンの産地としてあまり考えないかもしれませんが、ヨーロッパならどこの街にも職人がいて楽器を作っていたものです。ヴァイオリン職人は普通の職業で魔術師でも何でもありません。

チューリッヒにはジュゼッペ・フィオリーニと弟子のアンサルド・ポッジがいました。スイスはドイツ語、フランス語、イタリア語が話されていて、国会中継の映像を見ると国際会議の様に同時通訳を介して議論しています。

でホフマンという人がどんな人か調べてみると、ドイツ生まれでドイツで修行しスイスで独立し、またドイツに戻ってマイスターを取得した後ドイツで工房を構えているということでドイツ人ですね。

この楽器が作られた1915年の前に修行したのはシュツットガルトのオイゲン・ゲルトナーのところです。フランスの楽器製作の影響も強いドイツの有名なモダンの作者です。

ニスを磨き上げました。この時代のドイツのマイスターの特徴である柔らかいオイルニスが使われています。今でも「ニスは柔らかい方が音が良い」という教えを聞いたことがあるかもしれません。この時代の考え方です。量産品では非常に硬いラッカーが使われ、ハンドメイドのマイスターの作品にはとても柔らかいニスがよく使われていました。

f字孔は長く尖がっていてガルネリモデルだとすぐにわかります。その中でもこれはイル・カノーネと呼ばれているパガニーニが使ったものに似ているようです。私がコピーを作った1730年代のものとは違います。1740年代のスタイルです。
本当のカノーネはなかったでしょうから、ヴィヨームが作ったコピーの影響があると思われます。

スクロールは2周目以降が大きくて個性的な感じがしますが、これもガルネリモデルとして意図的に作られたと考えられます。このタイプのスクロールで有名なのがカノーネです。都市のヴァイオリン職人は最新の知識を持っていました。

パッと見て「こんなので十分」と思ったヴァイオリンですが、ストラディバリモデルならもっと美しかったかもしれません。

コーナーはストラドモデルの作り方を応用したものでデルジェスの再現度は高くありません。今日でもこれくらいのものを作る人はたくさんいます。特別才能があるというわけではありません。一流のフランスやドイツのモダン楽器のように完璧ではありません。お手本の通りにできてないというわけですが、同じような物でもイタリアの作者なら「個性がある」と言われます。

とても平らなアーチというのも「デルジェスはフラットなアーチ」という本で読んだ知識に一致しています。実際のデルジェスは真っ平らではありませんが、当時はそのように信じられていたのでしょう。今日でもまじめに「正しい知識」を勉強してそう思い込んでいる人は少なくないでしょう。

しかし本当のデルジェスと違っても結果的に音が悪いということは無く、100年も経っているのでとても強い音がする可能性はあります。フランスの楽器の影響もあってか板の厚さは表は薄く裏は普通くらいです。全く文句ありません。

作者の記録は残っていますが、オークションなどで特に珍重されるようなことは無くヴァイオリン商が興味を持たない楽器です。そのため相場も出ていません。一流の腕前のドイツのマイスターで1万ユーロくらいですから、せいぜい100万円くらいでしょう。「こんなのでも」どんな新作よりもよく鳴る可能性はあります。安すぎて現代の職人は対抗できません。私個人としてはもっと高くなくてはおかしいと思います。

このようなものを弾き比べて上手く機能するものを選べば、音大を目指すような学生にはまさにぴったりです。その後オーケストラに就職しても通用するでしょう。機能的な道具というわけです。チェロでこのレベルのものがあったら貴重です。プロのチェロ奏者が仕事で使える道具を手に入れるのは難しいです。

楽器商が興味を持たないから100年前の楽器なのに今の新品より安いくらいの値段しか付きません。今の職人はこのような楽器に音の強さで対抗するのは厳しいです。

ニスは柔らかいのでケースの跡がついていました。100年経ってまだ柔らかいのですからこれ以上固まることは無いでしょう。そういう意味では厄介な楽器です。しかし柔らかい分ケースの跡も簡単に直せます。

このような作者は無数に存在して覚えきれるものではありません。並みの腕前のマイスターです。特にこのホフマンという人は大量生産とは全く関係のない人です。「ドイツ=大量生産」というのは無知です。

楽器の作りを見ると私たちが本で読んだりして得る知識はこのころの考え方のようです。さらに一見科学的な説得力に満ちた「グラーデション理論」が普及してくるとオールドやフランスの教えが途絶え、もっと板の厚い楽器が作られるようになってよくある残念な中古品という感じになります。

100年経って音は出やすくなり現代の常識と考え方が基本的に同じで今のものより劣っている点はないのに新品より安いのですから新作を買う必要はありません。この時代の楽器は耳障りの鋭い音であることが多いですが新品でも鋭い音の楽器はたくさんあります。

私の作るように違う方向性の音の楽器にしか新しいものに存在価値はないでしょう。




その私が作っていたビオラですがすでにニスを塗る作業が始まっています。

日本に帰っていた時に、依頼主の方と相談して仕様など確認しました。
オーダーメイドですからペグなど付属品も自分で選ばなくてはいけません。


このペグはスイスモデルなどといわれるもので材質は黒檀です。もっとも基本的なものです。
材質として黒檀は高級木材でずっしりと重みがあり耐久性もあります。フィッティングパーツを黒檀で統一すれば音も重厚感がありクリアーな澄んだ音です。
ペグの持ち手の形も手に馴染んで使いやすいものです。

スーツやビジネスシューズのように形が決まったシンプルなものだからこそクオリティの高さに違いが出ます。これはハラルド・ローレンツというドイツのメーカーのもので加工のクオリティが私が知っているものでは一番高いです。玄人が見て高級品というのはこういうものです。
ローレンツのものは入手がとても難しく、このようなベーシックな物だけ今回手に入れることができました。

一般の人には違いが分かりにくいものでしょう。私たちの間では「ヴァイオリン職人病」と呼んでいます。何でもクオリティを求めてしまうので生活は大変です。ヴァイオリン職人の人はこだわりの強い人が多いです。日本製の高価な包丁を持っていたり、お酒に詳しかったり、高価なカメラを持っていたりします。前回も話したようにヴァイオリン職人の基準で楽器を評価すると音楽家とはかけ離れてしまいます。

私はとくに重症なので自分の作るものだけにして生活ではあえてチープに作られた機能的で丈夫さが取り柄のものを選ぶようにしています。

しかしこの加工精度や形の美しさの見方は弓でも同じなので軽視できません。
付属品でもクオリティの高いものはヴァイオリン職人が好むので確実に売れます。生産が追い付かず入手が困難になってしまいます。いつでも手に入るものはひどいものばかりです。


アマティのモデルのビオラなのでこのようなシックなペグはマッチすることでしょう。機能面でも優れています。趣味であれば装飾のついたツゲのものでも良いと思いますが、本人の経験上使いやすいということでこのようなものになりました。職人からすると賢い選択と感じます。




オークションで注目されるような作者だけ値段が高騰していきます。それ以外は全然です。今回のヴァイオリンは作者名が分かっています。100%本物なのかわかりませんが、ラベルも本物っぽいし経歴にも当てはまります。特にプレミアがついているわけではないので別の作者のものだとしても値段はさほど変わりません。

このような特別有名ではない作者の楽器はたくさんありますし、名前もまったくわからないものもそれ以上たくさんあります。それらがすべて音が悪いということは無く作りに問題が無ければ弾いてみる価値はあると思います。
私もヴァイオリンをいくつも作っていますが、ひどい音になったことはありません。知られているように作ればヴァイオリンらしい音になります。

職人は音が悪い楽器の作り方もわからないのです。
普通に作れば誰が作っても好き嫌いの差しか出ません。
変な音のものができるとすれば、安くするために手を抜いた粗悪品か、「音を飛躍的に改善する方法を編み出した!!」と自分を天才だと思っている素人かどちらかでしょう。


有名な作者の名前がついているとえこひいきして良い音に聞こえるという面もあるでしょう。












こんにちはガリッポです。

休暇も終わりまして今年も始動です。
休暇の間はあまり多くのことはできませんでした。

カルロス・ゴーン容疑者が逃亡したりとめずらしい出来事もありました。レバノンで開いた会見では私がいつも騙されないようにと注意喚起している西洋人特有の「雄弁な語り口」を披露していました。論点をずらして口先で立派なことを言うのです。わりとそれに納得してしまう西洋の人たちにも憤りを覚えた人もいるでしょう。それが西洋では日常のことです。偉いヴァイオリン職人が語ることでも疑ってかかるべきです。

私個人としては製品がどうなのかということにしか興味がありません。日産やルノーがどんな製品を作っていて、それが魅力的なら会社を支持するし、そうでなければ用はありません。製造業では良いものを作ろうと思うと費用が掛かって経営は厳しくなります。消費者も出せるお金に限界があるので、合理性は受け入れるべきです。私も将来は商用車のようなものが必要になるかもしれません。ルノーには有名な小型の商用車があります。


あとは駅伝のシーズンでよくやっていましたが、話を聞くと靴が違うというのです。長距離走のシューズと言えば底が薄くて軽いものが主流だったのが、厚い底のものが作られるようになって劇的にタイムが向上しているのだそうです。
業界には常識というものがあって長年信じられてきたのに、それが全く逆のものが作られるのです。それを作り始める人の勇気や苦労がしのばれます。

私も心当たりがあります。ヴァイオリン業界では「厚い板が良い」というのが常識でした。今でも信じている人が多くいます。



私が2008年に作ったヴァイオリンを使っている方にお会いしました。
アマチュアオケでやってらっしゃるのですが、仲間で時々ヴァイオリンの弾き比べをするそうです。私の作ったものは本拠地の大ホールの一番後ろの3階席で聞いてもバッチリだと言っていました。10年以上前に作ったヴァイオリンですが、その優秀さは間違いありません。ソリストが使うような楽器に求められる性能を備えているということになります。
当時はオールド楽器のコピーではなくて古い楽器を研究しつつも現代の楽器として業界で通用するものを目指していました。今は開き直って300年くらい時代遅れのものを平気で作っています。

しかし、音響的には2008年のものでもすでに完成されています。
オールドやモダンの名器が持っている特徴を理解して作っていたからです。
一年前に駒を新しくしましたが、10年くらい経っても変形も故障も何も起きていませんし、「薄い板は最初は鳴るけども、そのうち鳴らなくなる」ということも起きていません。

というわけで研究していくことで年々進歩していくというものでもありません。答えなどはわかるときにわかるものです。

大ホールの一番後ろに「バッチリ」音が届く楽器を今作っているということは自分たちの時代の職人が優秀だということを皆さんも誇りに思っていただけたらと思います。

そのほか弱い音も安定して出しやすいということを言っていました。オーケストラならピアニシモで弾かなくてはいけないこともあるでしょう。弱い音が途切れずに出るというのは発音が良いということです。

そのご家族の方は私の作った中型のビオラを使っています。当時は大きなビオラが良いという噂を信じていたので説得して中型にしました。今はそれでよかったと言っています。仲間で弾き比べをすると「楽器は良いのに・・・」と嫌味を言われるそうで、勝ってしまうので参加しないようにしているそうです。アマチュアで良いビオラを持っている人は少ないでしょうね。


私の楽器を長年使っている人の感想では派手な音の楽器ではないけども、ホールの後ろまで届くし、繊細な表現もできるということです。商売を考えると派手な音のほうが売れるのかもしれませんね。




年のはじめということで、ブログの前提となるようなお話をしましょう。毎年一回くらい言った方が良いかもしれません。ヴァイオリンの良し悪しをどうやって判定するかという問題です。

3人のプロがいるという話です。

演奏者、職人、楽器商の3者です。


3者が同じ評価を下すなら「良いヴァイオリン」を言うことができますが、実際にはそれぞれが全く違うヴァイオリンを高く評価するのです。

①楽器商
まずは楽器商についてみていきましょう。楽器商が興味があるのは「お金」です。商人という職業の本質として安く買ったものを高く売るというのが究極の目標になるからです。

実はヴァイオリンというのは誰にでも作ることができます。今も見習の職人が悪戦苦闘しています。確かに難しいものです。私も今になっても簡単にはなっていません。手元が狂って刃物で間違って切断してしまうと大失敗ですから、とても緊張します。心臓に悪いです。はじめから上手くできる人なんていません。


訓練を受けてその難しい作業をこなせばヴァイオリンを作ることができます。日本で職人と言えば天才的な職人が苦労の上編み出した門外不出の秘密があって、認められ有名になって行くと思い込んでいます。しかし例えばドイツのマイスター制度は全く違います。正しい仕事の仕方を業界で定めてマニュアル化し教育して十分な能力があると資格が与えられるという仕組みです。どの職人も同じ仕事をできるように教育するもので無名な職人でも正当な対価を請求するのです。昔のギルド、現在の労働組合に近い仕組みです。一律の賃上げ要求です。

ドイツの1900年前後のモダン楽器は北から南までそっくりです。そのため作者を特定するのは難しいです。しかしイタリアのものの様にニセモノは多くありません。仮にニセモノがあったとしても品質が落ちることがほとんどです。偽造っぽくない作者のラベルがついていて品質が高ければ間違いなく一流の職人の楽器、かなりの確率で作者本人が作ったものでしょう。それでもそんなに高価ではないので作者が違っても値段に大きな差が出ません。無名だろうが有名だろうが一流の腕前の職人の楽器に違いが無いというわけです。
品質が低ければ安価な楽器となり、大量生産品と同等に扱われます。コストを削減するために雑に手早く作っているからです。このレベルの楽器はまさに誰でも作れるもので中古品としては大量に余っているので大した値段にはなりません。とくにチェコのボヘミアに多くて、職人は工場ではなく自宅の工房で楽器を作っていました。ハンドメイドですがかなりの速度で作っていたので完成度には限界があります。このようなものは50万円くらいしか付かないです。

皆さんが思っているよりもヴァイオリンというのは余っていて価値がないものなのです。



それに対しいてイタリアの楽器は品質と値段は関係ありません。
雑に手早く作られたものであろうと丁寧にきちんと作ったものであろうと関係ありません。作者の名前に値段がついているからです。
値段を確実にするには権威ある鑑定によって作者の名前がはっきりすることです。

誰でも作れるレベルのヴァイオリンは大量に余っているということでしたが、そのなかでイタリアの作者のものだけに楽器商は興味を持ちます。商人の発想です。売り物になるのは無数にあるものの中でイタリアの作者のものだけなのです。何故イタリア以外のものに興味が無いかと言うとお金にならないからです。同じような物でもチェコのものなら50万円、イタリアのものなら500万円になります。

これが商人の世界の楽器の見方です。
イタリアの楽器の中にも音が良いものや、仕事の品質が高いものもあるでしょう。しかし初めからお金にならないという理由で候補から除外されている楽器が多すぎるのです。
楽器商の世界の中で先人の教えから勉強すると悪気はなくてもイタリア以外の楽器には興味を持たないようになります。常識というものがあるのです。

実際には悪徳業者が多くイタリアの楽器っぽく見えるイタリア以外の楽器を探してきて作者名を偽って売るのです。仕入れるときはイタリア以外の楽器として、売るときはイタリアの楽器とすれば商人としては有能だということになります。詐欺として立証されないように周到な作戦があることでしょう。



➁職人
それに対して職人は製品そのものを見ます。作者の名前がついていようがなかろうが職人の優秀さを見分けることができます。

それが大量生産の手法で作られているのか、下手な腕前の職人のものなのか、教育を受けていない素人の職人の楽器なのかなどを見分けることができます。

一方で全く非の打ちようのない完璧なものを作るのは困難です。そのつもりで作っても後で見てみると「あれ?」ということはあります。そのためこれくらいなら十分一人前というレベルがあります。というのは見え方は複雑な要素が偶然絡み合い、できてみると予想と違ったりするのです。逆になぜかわからないけど、目に心地よい風合いというのがあって「センスがいい」という印象を受けます。

ましてや完ぺき主義の日本人ではないので西洋の人たちは多少のズルい所は人間味として認めます。


このように量産品、誰でも作れるようなヴァイオリン、一流の腕前の職人の作ったヴァイオリンと見分けることができます。

一流の腕前の職人は全体の中で割合は少なくても総数では人数があまりにも多くて名前を覚えることができません。そのうちのほんの一部だけが有名になって値段にプレミアがついていて楽器商が興味を持つのは一部のものだけなのです。


このように音の話はありません。
楽器が上等であるか、素人や下手くそが作ったものか、安さを売りにした量産品かどうかを見分けることができるというだけで音がどうかという話はありません。

職人にとって重要なのは「加工のうまさ」なのです。どうなっていれば音が良いかというのは定まっていません。これが理想というのが決まっていて、腕の良い職人だけが作れるのなら「腕が良い=音が良い」ということになりますが、音に関してはよくわかりません。弾いてみないとわからないのです。

加工がそんなにうまくない楽器でも音が良いものはよくあります。
しかし加工が下手で音が良くない楽器はそれ以上たくさんあります。あまりにもひどいものを見分けるということが重要でしょう。


➂演奏者
加工がそんなにうまくない楽器は誰にでも作れるレベルの楽器です。イタリア以外のものなら値段は安いものですが、その中には音が良いものがあるかもしれないのです。弾いてみないとわかりません。

それを見分けられるのは演奏者ということになります。
値段やウンチクに惑わされず音だけで楽器が判断できれば一番楽器の良さが分かるというものです。

普通はそうです。
お客さんは自分が気にいったものを買うのです。

こんな当たり前のこともバレてしまっては楽器商や偉い職人にとっては都合の悪いことです。安い楽器、下手くそな職人の楽器のほうが音が良いというのは困ります。
だから商人や職人は一生懸命ウンチクを語るのです。


ただし演奏者によってかなり違うことをお店で働いているので日々経験します。「有名なヴァイオリン奏者が絶賛した」と言っても別の有名なヴァイオリン奏者は違うものを選ぶかもしれません。
有名な演奏者でさえも高価なヴァイオリンの神話を信じているのかもしれません。裕福な人やスポンサーがいれば価格に対しての性能は無頓着かもしれません。

実際には先生が楽器選びに意見することがあります。これも先生によって好みがあります。弦楽器店なら先生ごとに好みを理解して楽器やセールストークを用意する必要があります。

店主や職人が自分で弾いて気にった楽器を売っている場合も同じです。
自信満々に「音が良いでしょう」と言ってきても「え?」と思う人もいるのです。その人の好みだったり、多数の人に売れる楽器の音だったりします。職人の場合には自画自賛しやすいです。


また自分に自信のある演奏者は人にどう聞こえるかではなく、自分の耳だけを頼りにします。そうなるとホールの後席まで届く優れた楽器に気づかないこともあるでしょう。






このようにそれぞれのプロは楽器について異なった見方をしていてお互いに信じられない楽器を選ぶのは日常茶飯事です。ヴァイオリン教授の方がこれは音が良いと選んだ楽器が量産品の中でも特に安い方のものだったこともあります。それくらい楽器の良し悪しを評価するのは難しいのです。くだらないセールス文句にだまされないように気を付けてください。


職人側から言うと、状態の悪い楽器は避けたほうが良いと思うことがあります。修理がちゃんとできていないと楽器の能力は十分発揮されず、将来不満が出てきて修理しようとなったときに膨大な修理代が必要になるからです。
同様に構造や演奏上の欠陥があるものは避けたほうが良いと思います。初めからちゃんと作っておかないと修理で直せることには限界があります。そのため音が良ければ何でも良いというわけではありません。




現実的にはこれらの視点を総合的にとらえる必要があるでしょう。他者の視点を理解することが必要です。
職人が「上等な品」と思うものは上等です。上等な品物が持つ魅力はあります。音だけに興味があるなら無くても良い要素です。一方下手な職人が作ったものを「上等な品」というのは嘘です。700万円のイタリアの楽器でも下手な職人が作ったものなら上等な品物ではありません。誰でも作れるレベルのものに700万円出すのは意味が分かりません。


私はモダンやオールドの名器がこういうものだという理解があって、それに照らし合わせて近いものなら「良さそうだ」と考えます。そうすると何人かの演奏者が試奏すると中には「これは良い」という人が現れることが多いです。しかしたった一人の演奏者に絶賛される確率は高くないでしょう。昔の楽器のほうが作風がバラバラなので候補を絞るというよりは、欠点さえなければ良いという程度で、ひどくなければなんでも良いのです。

このような考えも私個人のものであり、全く別の考えの職人もいることでしょう。客観的な知識というわけにはいきません。


誰にとっても文句なく良い楽器というのがあれば良いのですが、現実にはそうはいきません。自分で気に入ったものを選ばなくてはいけないのです。















明けましておめでとうございます。

今年も楽器作りに精進しつつ経験から理解を深めみなさんにもおすそ分けできることを願っています。

2月ころから本格的に始動します。
それまではしばらくお休みです。

よろしくお願いします。

2020年元旦
こんにちはガリッポです。

今年も仕事納めです。
今年はゴタゴタしましたが基本的には仕事ばかりの一年でした。
新年を迎えるということもあって歯ブラシを新しいものを買いました。こっちのものは大きすぎて口に入らないのです。だから日本で買って帰ったりしました。ヨーロッパの人は口が大きいのでしょうか?そんなイメージもあります。
そこで見てみると7歳までという子供用のものが日本で売っている大人用よりもブラシの部分が少し大きいくらいでした。買ってみると短い柄も使いやすくてこれは良いなと思っている次第です。それにしてもこちらの子供用のほうが日本の大人用よりも大きいのですから。



板の厚みに関してはずっと語ってきています。動物の生態などは面白いものです。ゾウなどは人間に聞こえないほどの低い声を出していて何十キロも先まで届くと言われています。音は高い周波数のほうが減衰しやすく遠くまで届かないのに対して、低い周波数のほうが遠くまで届くからです。

一方コウモリは暗闇でも高い音の超音波の声を出して跳ね返ってくる音を聞いて空間や物の形、エサの位置を把握しているそうです。

コウモリでなくても高い周波数の音が聞こえると小動物の居場所がはっきりわかるので狩りに利用するネコ科の肉食獣もいます。

高い周波数の音のほうが位置がはっきり特定しやすいということですね。低い音はどこから音が聞こえるかはっきりわからなくなります。

弦楽器でも心当たりがあるでしょうか?
弦楽器というのは音程の音だけでなく同時に様々な高さの音が出ています。それが弦楽器特有の音色を作っています。


広い屋外や体育館で弦楽器を弾いてもカシャカシャいう音しか聞こえません。外では管楽器のほうが向いているので軍隊などではブラスバンドです。

弦楽器は教会や宮殿、コンサートホールのようなところで演奏することができます。その場合に音源の位置が明確に特定できるということは客席で聞くとはるか遠方で鳴っているように聞こえるでしょう。

「遠鳴り」する楽器の音はそういうものではなくてホール全体に音が響くものです。

低い音のほうが遠くまで届くなら低い音が出ている楽器のほうが遠鳴りするのではないかと考えられます。
一方高い音が強く低い音が出ていない楽器では演奏者の位置がはっきり感じられるはずです。

こんな理屈は的外れなのかもしれません。人間の聴覚の感度も音の高さによって違うのでややこしいものです。わかっている人がいたら教えてもらいたいものです。


思い当たる節はあります。高い周波数の音が良く出る楽器が優れているのなら子供用の楽器のほうが優れているのかもしれません。実際には大人用の楽器のほうがスケールの豊かさを感じます。

うちの会社で作ったヴァイオリンで厚い板厚のものと薄いものをホールで試すと、薄いもののほうはホール全体に音が響きました。厚い方は遠くの一点から聞こえるように感じます。子供用のヴァイオリンのように聞こえました。

遠鳴りに限って言えば薄い板厚のほうが圧倒的に有利だという結果でした。薄い板の楽器のほうが低音が出やすいのは多くの経験でわかっています。

実際フランスのモダン楽器や、イタリアのオールド楽器では薄い板のものが多くありソリストが愛用しています。


こうなると薄い板の楽器のほうが優れいているように思うかもしれません。
人に聞かせることが第一だと考えているならそれで間違っていないと思いますが、演奏者が自分に聞こえるかという問題があります。自分が聞こえないと演奏はしにくいでしょうし、買うときに選びません。




一方自分の耳に強く聞こえることを重視して楽器を選ぶと高い周波数の音が強く出ていれば良いことになります。
それは離れて聞くと届いていません。しかし楽器を購入する選択権は本人にありますから「売れる」ということでは重要な要素です。特に教師の方が生徒の楽器を選ぶ時には自分の耳を重視する方が多いです。楽器職人や販売店も自分で弾いてそのような楽器をそろえていれば教師からの信頼が厚いことになります。生徒は自分で楽器を選ぶ自信が無いので先生に選んでもらうことがよくあります。

そのため私が「これは良い楽器なのに・・・」と思っているものが全く評価されないこともあります。


どれが正しいのかと言えば、どれも正しいでしょう。私は好みの問題だと言っています。


新しい楽器同士なら薄い板のほうが遠鳴りに優れたスケールの大きな楽器になることは言えるでしょう。古い楽器となると厚い板でも柔軟性を増しているために同様の効果があるかもしれません。
つまり楽器が材質として柔軟性を持ってることが遠鳴りに重要ではないかと考えています。

どちらも新品で薄い板の高いアーチとフラットな楽器ではフラットなほうが豊かな響きの音になり、高いアーチのほうが締まった音になりました。そういう意味ではフラットなほうが遠鳴りには優れていることになります。
しかし厚い板のフラットな物よりは薄い板の高いアーチのほうが遠鳴りに優れていました。根本的には板の厚みのほうがはるかに重要だということです。

このような経験から板の厚すぎる楽器はとても厳しいという印象があります。私は勤め先で楽器を買い取るときには必ず厚みを測って厚すぎるものは止めるべきだと思います。お客さんの好みでも低音がよく出る「暗い音」を好む人が多いからです。

新品の板が厚すぎる楽器はまず鳴りにくいものです。ホールに行かなくても重く音が出てきません。日本のお店で不満を言うと「安々と鳴らないのが本物だ」と言われた人も多いでしょう。
100年くらい経った楽器であれば音は強くなっているので板が厚くても近くでは大きな音に聞こえることは十分にあります。しかし本当の実力を知るにはホールで試す必要があります。

私が本物だと思うのは、耳元での強さに特化したものではなくて広いホールに音が響くものです。本当の名器ですね。それらは安々と鳴らないかもしれません。しかし板が厚すぎて鳴らない楽器は耳元でも鳴らずホールでも響かない楽器です。板が薄くなるまでちゃんと作業せずに途中で投げ出した本物の手抜き楽器です。



板が薄ければ低音が出やすくなり、暗い音になる、さらに遠鳴りでも有利であると考えています。うちでは暗い音を好むお客さんが多いので薄い板のものを作ったほうが望まれることは多いでしょう。今年はそのようなヴァイオリンの注文があり特別薄く作った結果希望通りの暗い音にすることができました。
特にビオラではその傾向が顕著です。明るい音のビオラを好む人は多くありません。うちの先輩が15年くらい前に作った板の厚いものが今でも売れ残っています。私も遠慮してちょっと厚めにして失敗したこともあります。

ビオラでは思い切って薄い厚さにします。
アマティのいくつかのビオラでも、アンドレア・グァルネリのビオラでも薄い傾向でありびっくりするほど薄いところがあります。

私は実験によって薄い板の楽器のほうが低音が出やすいということはわかりました。しかし私はそのようなことを教わったことも本で読んだこともありません。
一般に知られていないので間違ったイメージを持っている人いるでしょう。
「重厚感」からイメージするのは板が厚いものです。とくにドイツ製品では何でも分厚く丈夫に作られています。彼らはそれを「重厚感」と感じて高級品だと考えるからです。
それで板が厚く作られた重厚なものから重厚な音が出ると考えます。音で重厚さを醸し出すのはやはり低音でしょう。実際に試すとイメージとは全く逆で華奢(きゃしゃ)な楽器から重厚な音が出ます。オールド楽器はまさに重厚な音が魅力です。しかし持ってみるととても軽く柔らかさのあるものです。扱いは注意が必要です。

新品のドイツの楽器も明るい音がして重厚な音が出ないわけです。

薄い板が良いかどうかは実際に試してみればわかります。そのような発想はわりと思いつくものでどこの流派にもやってみる人がいます。どこの国にあるかはわかりません。はっきりしているのはフランスのモダン楽器とクレモナの1600年代の楽器です。

アマティ型のビオラです

板の厚みを削りだす作業では慎重すぎるのはよくありません。

わずか数ミリの厚みにしますから削りすぎてしまえば穴が開いてしまいます。1㎜以下になって穴が開きそうな粗悪品もあります。板が割れてしまっても通常の修理ではどうにもなりません。そういう時は薄い板をペタッと貼って厚くしました。アーチも変形するし難しいです。安価な粗悪品に高い修理代を請求できませんから。ビニールテープでも貼れば良いんじゃないかと思いますがプロの弦楽器職人ではできません。

そうならないようにと怖いから慎重に行くわけですが、その結果攻め切れてない楽器ができます。厚すぎる楽器ができる原因です。師匠から弟子に受け継がれるうちに少しずつ厚くなっていきます。これも大胆さが必要な部分です。失敗を恐れないでガンガン削っていく人のほうが音が良いというのがあり得るわけです。


やはり弦楽器づくりではノミを使うのが基本となります。

厚みはノミでギリギリまで出してしまいます。後は表面をならすだけで完成です。
ノミでは目に見えて板が薄くなっていくのが分かります。これがカンナを使うと一回ではほとんど変わりません。何十回も同じところを往復しないと厚みが変わっていきません。
テレビ番組でヴァイオリン職人を紹介するVTRを作るならチョチョッっと削っては板を耳元で叩いて音を確認しながら作業を続けるシーンが撮れればカッコイイでしょう。しかし実際には音の変化がわずかすぎて何もわかりません。

今年のヴァイオリンでもそうでしたが、数字で設計したほうがはるかに完成後の音が予想ができます。


まずは裏板から。
ヴァイオリンならごく普通かやや薄めくらいです。ビオラのサイズなら相対的にかなり薄いことになります。
薄い所は2mm強になっていますが、オリジナルでは2mmを切っています。
前回も説明したようにアーチの周辺が深く溝になっているため自然と周辺がとても薄くなるのです。恐ろしいくらいの薄さになっているのがオリジナルです。私には勇気がないですね。

表板もヴァイオリンで薄めの厚さです。ビオラならかなり薄い方でしょう。しかし中央部分は変形のリスクがあり、魂柱のところは傷みやすいので厚くしています。

私は基本的にヴァイオリンと同じ厚さで良いと考えています。ヴァイオリンとチェロの間なので板の厚みもヴァイオリンとチェロの間にすることが多いです。ビオラに関して詳しい人が少なく実証せず数字を計算して間くらいの寸法を決めているだけです。

特に小型のビオラであればヴァイオリンでも薄めくらいで良いと思います。まさにそんな感じです。

削り終わったときにこのように寸法を測って見ます。 もっと良くしようと思ったら削り残しがあれば削れば良いです。しかしヴァイオリンでも薄い方ですからその必要はないでしょう。

f字孔


アマティのビオラで問題になるのはf字孔です。オリジナルはヴァイオリンくらいの大きさしかないからです。アマティもいろいろな寸法が確立していない時期でした。
そこで私が自分でアマティ風にデザインした型を使います。
最初のアンドレア・アマティの時代からニコラ・アマティと時代が経つにつれて少しずつ変わってきます。初期のものは近代・現代の職人には異様なものに見えます。ストラディバリやデルジェズのものが見慣れ過ぎているからです。ニコラ・アマティの時代でも現代の職人には異様なため「アマティモデル」であってもほとんどの場合は現代風、ストラディバリ風にモディファイされてアマティらしいものではなくなっています。そのやり方もモダンや現代の作者の特徴と言えます。

私も今年はデルジェズのコピーを作っていたので全く違います。これがコピーの難しい所で本人たちはいつも自分の感覚を持っていていつものようにやれば良いのですが、見慣れるということはすごく大きなことで、何かを見た後で見ると印象が違うのです。

特にf字孔は本当に難しいもので同じタイプのものばかりやっていても難しいですから。


糸鋸で切っていきます。

このような感じになりました。丸い所の直径が大きいと思います。

こちらはデルジェズ型のヴァイオリンです。

デルジェズのほうがとがっている感じがします。一番上と下の隙間がデルジェズのほうはくっつきそうですが、アマティでは広くしなくてはいけません。これはとても気持ち悪いものでストラディバリやデルジェズ型でこんなに広くしたら大失敗です。

言うなればアマティのf字孔の途中のものがストラディバリやデルジェズのf字孔なのです。そのため現代の職人からするとアマティのf字孔は失敗して削りすぎてしまったものに見えます。いつもはそうならないように気を付けているのにそれをやらなくてはいけないので怖いのです。かといって本当に削りすぎてしまうと大惨事になってしまいます。それはよりは足りないほうがましです。ストラディバリ風になるだけですから。今回も頑張ったつもりですが、今見るともう少し行けるような気もします。しかしやって見たら行き過ぎと思うかもしれませんのでこれで満足です。f字孔は行きすぎたら最悪ですから。一般の人はわかりませんが、私は表板をもう一度作り直したいくらい悔いが残ります。

量産チェロを改造するものでは、特別に頼んでf字孔なしのものを作ってもらいました。ストラディバリのf字孔にするとそれだけでハンドメイドのチェロに見えます。それくらいです。


アマティのf字孔は初期ほど幅が広く見えます。しかしラインのカーブはとてもきれいです。

左側のf字孔です。刻みの形が独特です。角が丸くなっています。

穴の間隔を見ると中央の刻みのある所が太くて上下に行くにしたがって細くなります。
これはストラディバリやデルジェズでははっきりとわかりますが、アマティではほんのわずかです。活字のfの字体では縦の棒は同じ太さでしょう。それがアマティ派のf字孔と違う所です。


こうやって見るとf字孔は細く見えますが、人間は両眼で見ますし、斜めから見ることもあります。

斜めから撮影するとこのように見えます。f字孔はだいぶ太く見えます。写真で見るのとは印象が違うわけです。
特に私の場合はアーチが立体的なので斜面にf字孔の穴が開いています。とても難しいものです。


f字孔は太すぎると失敗したように見えます。細すぎると魂柱が入りません。丸い所から入れることもできますが、やりにくいので後の時代の職人にも申し訳ないです。

カメラのレンズによっても歪むので実物はまた違います。

アマティ風に私がデザインしたf字孔です。オールド楽器のコピーではその通りにコピーするのでは都合が悪いことが有ります。自分もその職人になりきって補わなくてはいけないこともあります。ストップの位置は重要です。多少短いのは良いですが、長すぎるものは演奏が難しくなります。
ビオラの場合にはサイズは演奏者の体格によって決まるので、弾く人に合わせたものを作る必要があります。

天使のようなアマティ


表板の形もf字孔も独特の丸みがあるのがアマティの特徴ですね。立体として見たときのアーチもそうです、丸みがあります。立派に見せようという偉そうな感じがせず、かわいらしい感じがするのが好きです。
フラットなアーチで幅の広い四角いモデルにとんがったf字孔のモダン楽器で音も鋭くきついものが多いです。

私はアマティに天使のようなイメージを持っています。音も清らかで澄んだものになるでしょう。

教会のようなところでは音もふわっと楽器から抜け出て天国から聞こえてくるように感じられます。私が言う名器特有の幽体離脱感です。

教会の天井にもフレスコ画描かれて音楽と一体となります。これがルネサンスからバロックの時代の芸術です。日本ではカトリック教会は悪者として学校で教わるのが残念です。


これが鋭い音の楽器だと楽器から音が出ているように聞こえるように感じます。現実の世界です。





こんにちはガリッポです。

今年は会社の内装工事もあってあっという間に年末です。
趣味も兼ねて箱を作っていましたが作った甲斐がありました。

アーチや板の厚さ出す作業で多くのノミを使います。作業台の上がノミだらけでごちゃごちゃになって探さなくてはいけなくなります。普段は引き出しの中に入れてある箱を台の上に持ってくればずいぶん整理されるものです。




さて、勤め先で見習いの職人の面倒を見ることになったことは紹介しました。実技だけでなく様々な知識も学ばなくてはいけません。

「イタリアの代表的な流派は?」と師匠に聞かれたら答えなくてはいけません。
「ブレシア、クレモナ、ミラノ、ナポリ・・・」と答えますが、代表的な流派が抜けています。
わかりますか?
ベネツィアです。
次に「ベネツィアの作者は?」と師匠が聞くと答えられません。「チェロが有名な作者と言えば…?」とヒントを出しても答えられません。
モンタニアーナですね。他には「クレモナから来た作者は?」とヒントを出してもわかりません。「ピエトロがつく」と言ってもわかりません。
「クレモナの有名なファミリーだ」と言っても「アマティ?」、「ストラディバリ?」…はずれです。グァルネリです。
正解を言うとピエトロ・グァルネリなんてい人がいるのかと初めて知ったようです。ピエトロ・グァルネリは二人いると教えると驚いていました。

ベネツィアの流派と言えばドイツ出身のマーティン・カイザー、ダビッド・テヒラーあたりから始まって、チロル出身のマテオ・ゴフリラーも重要です。
ドメニコ・モンタニアーナ、サント・セラフィンあたりが中心メンバーです。クレモナからはピエトロⅡ・グァルネリです。ボローニャのトノーニやフランス人のデコネもいます。
いろいろな地域から職人がやってきて作風がミックスしているのがベネツィア派の面白いところです。師匠から学ぶだけでなくアマティやシュタイナーをまねて作ることもありました。
ゴフリラーのヴァイオリンは不思議と四角っぽくて形がストラディバリと似てるような感じもします。時期からするとストラディバリが独自のスタイルを確立するよりも前なので偶然の一致でしょうか?
モンタニアーナもゴフリラーに似ています。教わったのでしょう。そのためかつてはモンタニアーナはストラディバリの弟子だとこじつけられていました。アーチの感じはゴフリラー以上にシュタイナーに似ています。
セラフィンは丸みを帯びたイメージが強いです。そのためアマティにも似ていてかつてはクレモナ出身だと言われていました。しかしよく見るとアマティの流派とは少し違っていてベネツィアの流派であることが分かります。

私はそんなふうに作風でイメージして覚えていますが、見習の職人は名前を覚える事すらままならない状況です。イメージもなく名前だけ覚えるのは難しいと思いますけども、作風を見てわかるかと言えばもっと難しいでしょう。
学校の歴史のテストのように人物名を答えるというわけですから知識としては薄っぺらいものです。

まずは自分のヴァイオリンを作ることで楽器を見る目を養わないことにはどうにもなりません。


見習の職人とのやりとりを通して、私などは一般の人とも知識が違い過ぎることを思い知ります。当たり前のようにブログで書いてしまっていることも反省しなくてはいけません。

フランスの流派は?南ドイツの流派は?となるともっともっと多くの知識が必要です。私も知らないことばかりです。私は「ヴァイオリンクイズ王」になろうと思っているわけではなくて、楽器を見て興味があるものに付いて調べているうちに詳しくなっていくのです。いろいろなことはうろ覚えで正確ではありません。

もうひとつ面白いのは「イタリアの代表的な流派は?」という問いがあれば、それは暗黙にオールド時代の産地の話をしています。我々のところではイタリアのモダン楽器はあまり興味が無いです。トリノならロッカとかプレッセンダ、ファニョッラなどは日本人にはおなじみでしょうが、それらについて学ぶ優先順位はずっと後です。

ヴァイオリン職人でも古い作者に全く興味が無い人は多くいます。
どんな分野でも古い時代のことに興味がある人は少ないでしょう。
私がコピーを作って同業者に見せてもオリジナルの作者についてちんぷんかんぷんで的外れの感想をくれたりします。
演奏者も一般の人は同様でしょう。モンタニアーナと言っても「?」という感じなのが普通です。聞いたことのない名前なら聞き取ることすらできません。

そのほか日本人ならヨーロッパの国名がわからないというのもあり得る話です。
「ヨーロッパの国の名前を挙げよ」という問いがあったとき「フランス、イギリス、パリ、ローマ…」などと答える人もいるでしょう。



以前もコレクターの人がたくさんのヴァイオリンを持ってきて価値を見てくれということありました。すべて安価な量産楽器で、中には中国製の弓とケースがついて2万円くらいのものもありました。好きで集めている人でもちんぷんかんぷんです。
楽器製作の修行をしないと目ができないので全く見えないのです。
一般の人はそれが普通なので、ブログで書いているようなことも次元が違いすぎて伝わらないのかもしれません。

初心者に教えるのが難しいアーチの作り方


その中でも特に難しいのはアーチです。
アーチを作っていく作業は本当に感覚だけが頼りです。初心者は全く形が見えないのでどうしていいかわかりません。圧倒的に差がある部分です。

教え方も難しいものです。
こうやって彫っていくんだよとやって見せたりするのですが、いきなりど真ん中に深い穴をあけてしまって台無しにしてしまう人もいます。「真ん中が高くなる形をイメージしたらそんなことはあり得ない」と師匠はあきれるのですが、最初はそんなもんです。

最初のヴァイオリンのアーチはほとんど師匠が手伝うというか、代わりに作るようなものです。出来上がっても師匠がやったのですから何もわかっていません。
いくら教えてもらっても自分一人で作るのは不可能です。

お正月と言えば日本では年賀状がありますね。
今はパソコンで作る人も多いかもしれませんが、昔は版画などもやっていました。彫刻刀で版を彫るわけですがとんでもなく危なっかしい人もいます。できる人は子供のころから彫刻刀の持ち方や構え方ができています。普通はそういう全く向いていない人はヴァイオリン作りをしようとは思いませんが何を勘違いしたかたまにそういう人もいます。本人は自分が危なっかしい持ち方なのを分かっていないのでそうやってるわけですが。
そんな人でも知識さえ暗記すれば専門家のふりをできるわけですから、世の中はそんなもんです。


初心者は慣れてないので見てるほうが怖いです。
よく日本で職人は教えないで盗めなどと言いますが、考えられないです。勝手にやらせてたら危なくてしょうがないです。

初心者は全く分からないので怖いです。削りすぎないように注意すると周辺だけが低くなった台地状になりやすいです。アーチで寸法を指定できるのは真ん中の一番高い所と周辺の厚みだけだからです。
そうすると私なんかは「攻めて切れてないなあ」と思います。このような楽器は素人の職人のものや昔の特に安い量産品にも見られます。音楽学校の広告の写真でモデルが弾いてる楽器がこれだったりすると「あちゃ~」と思いますが、撮影した人たちも、先生たちもわからないのでしょう。
そこまでひどくありませんが一人前の職人の楽器でも攻め切れていないものはよくあって、師匠がそうなら弟子にとってはそれが「正しいアーチ」になるわけです。造形センスがあればそれがおかしいと気づくはずです。
このようなものはイタリアのモダン楽器にもあり1千万円くらいしたりします。100万円もしない他の国の並みの職人と才能は変わりません。

アマティ型のビオラです


今作っているアマティ型のビオラで見ていきます。

荒削りの最初の段階では何も測ったりもせずに感覚だけで形を作ります。頭の中は何も考えておらず作業をこなしているだけです。
言葉で考えるようなことと違って立体をイメージしています。言葉とは違う場所の脳を使っているので考えていないようになるのでしょう。本当に何も考えていなければ真ん中に穴をあけてしまいます。おそらく脳はフル稼働してるのです。

だから教えようがないのです。



こういうやり方を教わったりすると多いのは削りすぎてしまう人です。アーチは三角に尖ってしまいます。家の屋根を作っているようになってしまいます。
それに対して「削りすぎるな」と注意すると残し過ぎて周りだけが低くなる台地状になってしまうのです。後でボコボコを滑らかにすることも考えて少しだけふっくらさせておくのがコツです。残し過ぎると攻め切れてないアーチになってしまいます。

最初の段階ほど大雑把な形が見やすく工程が仕上げに行くほど見えなくなっていきます。最初にしっかり形を作っていないと最後まで影響してしまうのです。

オールドの時代には胴体ができてからパフリングを入れていましたが、作業のやりやすさを考えると先に入れてしまいます。
徐々により正確に形を作っていきます。正確に形を作るには時間がかかるわけですが、ノミで削る作業はどちらかというと削りすぎてあっという間に無くなってしまうものなので夢中になっているうちに気づくと出来上がっているものです。
クレモナ派のオールド楽器でアーチの高さがバラバラなのは寸法のようなものを考えていないからでしょう。形を作っていてできた高さが完成の高さということです。

特定の楽器のコピーや完成の寸法が決まっていてこのようなフリーハンドの作業をするのはとても難しいです。

ストラディバリやデルジェズは晩年まで高いアーチの楽器を作っています。私たちが知識として学んだ「音量を増すためにフラットなアーチを採用した」などというのはでたらめです。気まぐれです。

このように真横に溝を掘っていく方法は、ジュゼッペ・フィオリーニなどイタリアの作者が広めた方法で、昔本当にこうやっていたかはわかりません。フランスの楽器でもこうだったかもしれません。

オールドの作風には地域差があるのでドイツでは全く違ったのではないかと思います。

少なくとも凹面のカーブは横方向にノミで彫っていくのが最も自然です。それは間違い無いと思います。

これをカンナで仕上げるのがフィオリーニ流です。フィオリーニの楽器を見ればノミの勢いが残っています。それで量産品を高品質にしただけと違うことが分かるのです。

しかしそれはオールド楽器の雰囲気とは違うようです。
私は、さらにもっと浅いカーブのノミでチョコとチョコと彫っていきます。

一般的な木彫であればきっとこうするだろうと考えてのことです。なんとなくオールド楽器にあるような柔らかい雰囲気が出てくると思うのです。

これで表面をならしたら完成です。
人によって個人差も大きいでしょう。


古い時代には家具でも何でも装飾が施され、立体的な曲面のものを作っていたので、彫刻家が弦楽器を作ったらどうするだろうと考えるのです。

今の職人よりもはるかに器用に彫刻ノミを使いこなしていた可能性はあります。年賀状の版画ではノミで彫るのは怖いのでコンピュータで編集するようになりました。ノミで彫るのを嫌がる人が多いのです。

同様に不慣れな人は失敗を恐れてカンナを多用することでしょう。それが現代の木工職人です。日本は浮世絵などの歴史があり小中学校でも版画をやったと思います。西洋の人は全く木彫をやったことが無い人がヴァイオリン職人になっています。こちらでは糸鋸を使って工作をするのが子供がする定番です。

一方ノミの使い方を身に着けた人なら、完成まで彫っていくのは楽しいし自然なことだと思います。

板の厚みもスクロールもノミで彫っていくのは弦楽器製作の基本だと思います。それを嫌がるのが現代の職人です。年賀状と同じで機械でできたらと考えた結果が量産楽器です。量産楽器とハンドメイドの楽器との根本的な違いはノミで作っているかということです。機械には回転式の刃がついていて削っていきます。ノミは使いません。


年賀状でも版画だと味がありますね。
それは素人の素朴な味であって江戸時代の版画は職人の腕前が全く違います。現代の人はかないません。本を一冊分文字まで全部彫っていたのですからとんでもないです。もちろん左右は反対です。

今もそんな時代なら私のような人は仕事に困ることはありません。

表面を仕上げてしまうと立体感は全然わからなくなります。
デコボコが無くなる綺麗さはあります。近現代の楽器製作で重視される綺麗さです。

アマティと同じようなカーブや立体にしようと思えば相当気を使います。ノミで彫るということは手元が狂えば穴が開いて一巻の終わりだということです。
マイナスのカーブはノミでないと出ないと思います。削りすぎずに台地にもならないというのはとても神経を使います。なんでこんなオーバークオリティのものを作っていたのか不思議でしょうがありません。

写真で写すのは難しい

アーチは実物を見てみないといけません。見ても同じものが作れなければ本当の意味では見えていません。あやふやなところがあるのです。

会社の照明が変わったので違う方法を試みてみました。

丸棒を並べて影を作りました。LEDの照明は直進性が強いのではっきりした影ができます。仕事をする上では物が真っ白に光ってしまい、影のところは真っ黒で陰影の階調が無いので立体感が見にくいものですがこのような使い方ができます。

斜めから見ているので低い角度のほうが断面に近いです。
アーチの高さは中をくりぬく前に一番高い所で測ると厚みが裏板で18㎜弱、表板で19㎜弱です。これは現代のビオラとしては高い方で、オリジナルのアマティよりも高いでしょう。しかしこれくらいの高さのヴァイオリンも作ったことがありますから、ずっと大きなビオラでは極端に高いということもありません。
高いアーチと薄い板の薄さの組み合わせで非常に枯れた味のある音になると思います。あまり高いと上級者向きのデリケートな楽器になるのでほどほどにしておきたいと思います。
ただビオラはサイズもあって幅もあるのでそこまで窮屈にならないでしょう。


分かりやすい特徴は赤や緑の縁で示したように周辺の溝になっている部分が大きな半径のカーブになっていることです。これがアマティ派の特徴だと思います。若いころのストラディバリも同様です。現代では意識してない職人も多くなんとなく出来上がっているものも少なくありません。
これはビオラなので特にゆったりしたカーブになっています。アンドレア・グァルネリでも同様です。ヴァイオリンになると小さくなるのでちょっとの差が大きなキャラクターの違いになります。
ストラディバリも晩年には緑の半径が小さくなります。私が見たカルロ・ベルコンツィではかなり小さかったです。現代の楽器でも同様です。そういう意味ではベルゴンツィは現代の楽器に似ていると言えます。

今年作ったデルジェズコピーのヴァイオリンでも意識したところです。これと同じように緑のところは大き目のラウンドにしました。
このようなものだと中央付近は窮屈な構造になります。端から端までこんもりとしたカーブにすればもう少しゆったりします。一方シュタイナーはまた違います。アマティとと同じように周辺に大きな溝があるのですが、台地状になっています。上が平らで急な斜面があり深い溝があることになります。現代の攻め切れていないものとは全然違いますが、これはさらに窮屈になります。それが細いモデルだったり、アーチがさらに高ければかなり窮屈になるでしょう。

私はこのように窮屈かどうかということを意識しています。
はっきりしたことはまだわかりませんが、窮屈さが板の自由さを抑え響きが抑えられることで音色に味が出るのではないかと考えています。何が何でも音量が第一と考えるなら良いことではありません。しかし多少音量を犠牲にすることで味わいのある音になるのではないかと思うのです。抑えすぎてしまうとあまりにも音が出ない楽器になってしまいます。
デルジェズのコピーではイメージ通りになりました。これがアーチのおかげなのかどうかは確証はありませんが。

中音域の響きが多ければ明るい音になるでしょう。どっちが音量があるかと言えば明るい音です。しかし、ビオラらしい味のある音と言えば暗い音でしょう。

オールドヴァイオリンでも窮屈すぎるものは豊かに響かないスケールの小さな楽器になっているものがあります。そういう意味では豊かに響く明るい音の楽器のほうが優れているというのは正しいでしょう。しかしそれはオールド楽器同士の話であって、そもそもオールド楽器は現代のもの比べてずっと暗い音がするものです。その中で暗すぎないものが優等生的な楽器と言えるでしょう。
したがって明るい音ほど良いということではないと思います。

アーチはオールド楽器のように癖があるほうが味のある音になりますが、癖が強すぎると室内楽的なスケールの小さな楽器になってしまうということです。イタリアのモダン楽器のアントニアッジ家のアマティモデルのヴァイオリンではオールド楽器を研究したということもあってかなり大げさになっていました。暗い音で抑えられ過ぎているようです。もうちょっと豊かに鳴るほうがベターかもしれません。イタリアの有名なモダン楽器でも作り方によっては暗い音になります。
ガッダ家(マリオ・ガッダ?)で作られたというニセモノのロメオ・アントニアッジは明るい音がしていました。板が厚いからです。

その辺が「さじ加減」というところでしょうか?





表板です。





なんとなくではなく、はっきりと意図をもって形が作れていると思います。

縦方向です。

特に重要なのはアーチが弧を描き中央から駒のところが高くなっていることです。弦の力で凹んでくるところです。アンドレア・グァルネリのビオラでは若干凹んでいます。しかしびっくりするような薄い表板の厚みの割にその程度で済んで300年持っていますから十分な強度です。他のオールド楽器では陥没しているものもあります。

作っていた時に同僚が15年前に作ったチェロのメンテナンスをしていました。職人でないとわからないくらいかもしれませんがやはり表板の中央が変形して凹み始めていました。厚みは現代の楽器として標準的なものです。かなりアーチの中央を平らに作っていたので変形しやすかったと言えます。
演奏者が気にするレベルではありませんが、職人としては気分の良いものではありません。このようなこともあって話し合っていました。

意識的に中央を高くしてあります。

裏板はそんなに神経質になることもありませんがやはりきれいな弧を描いていることがアマティやイタリアの楽器では基本です。ドイツの楽器なら台地状になっていることもあります。


アーチのキャラクター

イタリアのオールド楽器はドイツのものに比べると癖が少ないです。そのあたりがイタリアの楽器が優れている要因ではあると思います。しかしドイツの楽器もケースバイケースで物によってかなり違います。イタリアの楽器でもそうです。だから一つ一つの楽器を試してみないといけないと言っているのです。

見た目はイタリアの楽器のほうがプレーンで特徴が無いアーチに見えます。ドイツのもののほうがインパクトがあります。

近現代の楽器はもっとプレーンでもっと特徴が無いものが多いです。音にも作者の特徴が出るというよりは同じような音のものがたくさんあるということです。有名な作者の楽器と同じような物がほかにもたくさんあるのが近現代の楽器です。値段が5倍~10倍違っても私たちは騙されません。同じ音なら安いもののほうが得です。上等な現代の楽器を作れる職人はたくさんいて有名になるのはそのうちのほんの氷山の一角にも満たないくらいです。

特徴があるほど良いというのではなくて、適度である必要があると思います。


先ほどの写真とは見え方が違うでしょう。このようなものでもミドルバウツのふちが大きくえぐれていて現代では珍しいものです。周辺に大きな溝があるのも特徴です。



ものすごく個性があるというわけではありませんが、はっきりと意図したように形が作ってあります。現代の職人でセンスの無さがバレたくなければ曖昧な感じになっています。

フラットなモダン楽器が鋭い音がすると決まってはいません。しかし1800年代の初めのものでも鋭い音のものは多くあります。オールド楽器も鋭い音のものがあります。しかし、オールドの名器としてイメージするのは柔らかく美しい高音です。そして味のある低音。広いホールにも広がるスケールの大きさがあればソリスト用の楽器としても優れたものです。

私が作るものも柔らかい音になります。特にビオラでは鋭い傾向だと「鼻にかかった音」になってしまいます。
それがアーチによるものなのかはっきりはわかりませんが、結果として私がオールド楽器に求めるイメージに近くなっているのでこのように作っていくのが私のスタイルということでしょう。

アーチを削っている最中はノミの一削りで音がどう変わるかなんてわかりません。それこそ、「こんな感じ」と思いながらやるしかありません。

こんにちはガリッポです。


まずは帰国の予定から。
お伝えしている通り、今シーズンは時間の関係もあり何か募集することはできません。日本に帰る機会があるので用がある方は受け付けます。
2020年1月4日から一週間くらい東京にいる予定です。5日は予定が入っています。ブログの問い合わせフォームからでも良いですし、アドレスが分かっている方はEメールでも受け付けます。ひと月くらい前になったので順次やっていきます。




弦楽器の音の良し悪し、またはキャラクターを決める要素が分かれば選び方はわかりやすくなります。うちの師匠はそのような知識をどこかで聞きかじってきたお客さんに対して「いろいろな要素があるので音は弾いてみないとわからない」と説明し素人の知識にくぎを刺します。商業ならそれに乗っかれば売れるわけですが、専門家の責任としては厳しさも必要です。

これがカメラのような趣味なら目的に応じて設計されたレンズなどを選んだり、メーカーごとの特徴を知ってひいきにしたりすることでしょう。趣味としての面白さは仕組みを理解して結果を導き出すところにあるのではないかと思います。

それに対して弦楽器では全く分からないのです。
特に、音大で学んだり、音楽家を職業とするなら、メーカー名や仕組みは無視して楽器を試奏して結果としての音を探すべきです。作者の評判で楽器を選ぶのは「雑な楽器選び」のやり方です。


これでは趣味としては面白くないですね。

ヴァイオリン職人としても何もわからないのは面白くありません。
私もはじめ一般の人と同じように興味があって先入観やイメージを持っていました。
それから師匠に教わると「こうすると音が良い」とか「こうだと音が悪い」といろいろな教えを学びました。プロの本当に知識を得たと思いました。それから同業者のうわさ話や研究の報告などもあります。

しかしこれらで不満に思ったのはみな「音が良い」というだけで具体的な音の特徴が語られることが一切無いのです。
例えばニスは柔らかいほど音が良いとか、軽いパーツにすると音が良いとか、タッピングして何ヘルツになっていると音が良いとか皆さんも聞いたことがあるでしょう。

そのような理屈ではどんな音に変化するのかは全く分かりません。
場合によっては望まない方向に変化するかもしれません。しかし、そのような美意識に対する広い発想を持っていない人が業界には多いです。

これが音が良いですよと正解だけを教わるのです。それと違うことをやったら音はどうなるかは誰も知りません。やってはいけないと教えられ誰もやったことが無いからです。


例えばバスバーをどうしたら良いかというときに、同じ楽器で何度もバスバーを付け替えて試したり、多くの楽器で違うバスバーを試したりすることが必要です。でもそんなことをしている余裕は弦楽器工房にはありません。お金にならないからです。研究だけで収入が得られる職業が無いのです。

だから結局のところはわかりません。
「だいたいこんな感じ」という理解の仕方かその範囲の中で特定の数字に寸法を決めてしまうかです。職人として経験豊富というのはだいたいの感じで仕事ができる人だと思いますが、勘が外れることもあるでしょう。数字で指定すればおおきな間違いは少ないです。誰かがこれくらいだろうと数字を決めたのが、何世代も弟子に教えていくと絶対に侵してはいけない神聖な数字に見えてきます。


私たちにわかるのはひどく傷んでいる楽器、かなり変わったもの、ひどい手抜きが行われているかということです。それを普通の状態にしてやれば楽器は健康な状態になって能力が発揮され、その楽器の固有の音が出てくるでしょう。それでどんな音が出て来るかはわかりません。もともと持っている音が好きでない場合、修理しをした後で「この楽器は自分の好みの音ではない」とはっきりすることもあります。

木材の質


以前は材質について説明しました。チェロの場合には表板の材質によって音はかなり違います。しかし、音は違うけども「良い音」というのはわかりません。柔らかい表板の音を好む人もいるし、硬い表板の音を好む人もいるからです。
柔らかい表板の場合には音も柔らかくて低音側の強いバランス(暗い音)になると思います。硬い材質なら明るくて低音のボリュームは無くなり硬い音になると思います。
一長一短でどっちが音が良いかということは言えません。
ヴァイオリンになると同じ傾向なはずですが違いはよくわからなくなってきます。
硬さは見た目ではわからないということはその時に説明しました。
表板の中をくりぬいて厚みを出したときにはじめて持ってみて柔軟性が分かります。その時には表板が出来上がっているので変更するのは現実的ではありません。また、古い楽器ではふにゃふにゃになっています。同じようにふにゃふにゃにした新作楽器が同じ音がするかと言えばそうではありません。
古い楽器の表板が柔らかいことと音が暗い傾向になるのは一致しています。
古い楽器の方が暗い音をする傾向があると言えます。

ある一面では柔らかい材質のほうが古い楽器に音が似ているということもできますが、音がもやっとして弱すぎると感じるかもしれません。硬い木なら現代の楽器らしい音の魅力を出せるでしょう。

これも他の要素も影響するのでこれだけで決まるわけではないということになります。例えば板の厚みです。板の厚みを材質に合わせて変えても同じ音にはなりません。アーチの形状によっても持った時の柔軟性は変わります。材質自体の柔らかさとは別のことです。

また裏板はどうかと言えば、同じような傾向なはずですがよくわかりません。

私は材質はほどほどのものを使って、加工で音の性格を作るのが良いと思います。

板の厚み


それに対してはっきり傾向が分かるのは板の厚みです。
これは実験がかなりできますし、すでにある楽器を測ることもできるからです。
また改造して薄くして前と後で試すこともできます。

板の厚みについては厚すぎてはダメ、薄すぎてはダメ。その範囲内なら厚めでも薄めでも構わないと言っていきました。厚めでも薄めでもキャラクターが変わるのであって好みの問題となります。ちょうど中間が最高ということはありません。

板が厚いと低音域が出にくくなり、板が薄いと低音域は出やすくなる半面、中音域は控えめになります。高音の規則性はよくわかりません。チェロなら低音楽器なのでA線などは中音域と考えられます。

つまり楽器の音域の範囲に厚みが来ていれば良いということです。それから外れるとうまく機能しません。


これも大きな傾向は分かっても厳密には予測できません。
作りの荒い量産品ともなると予想外の出方をすることもあります。


板が薄い楽器で中音域の響きが抑えられると 、音程とは関係のない響きが抑えられ澄んだクリアーな音になります。

ニス


ニスを塗り替えたりすると音が変わることは経験があります。
量産楽器のニスをはがして自家製のニスを塗りなおしたところ、ハンドメイドの楽器のように柔らかい音になったことはあります。アクリルのようなニスが塗られていたのでしょう。したがって量産楽器が耳障りな音がする原因にニスがあることは十分考えられます。
しかし、量産楽器のニスを塗り替えることは普通は考えにくいです。費用が掛かりすぎるからです。量産楽器よりも高くなってしまうかもしれません。
そのため初めから量産メーカーにニスを塗る前のものを発注して自家製のニスを塗っています。

この時バスバーも交換するのとしないので音はかなり違うようです。弓が軽く触れただけでギャッというやかましい音が出るものが私がバスバーを交換するとしっとりとした感じになります。弓の加減によって音が変わるようになると思います。したがって練習するには良いでしょう。板の厚みなどもチェックすることでかなりハンドメイドの楽器に近いものになります。
逆に大人しすぎる楽器にはどうしたら良いかはわかりません。


一方ハンドメイドの楽器でニスを塗り替えたこともあります。これで良い結果を得られたことはありません。ニスも塗りたてよりはいくらか経過したほうが良いのかもしれません。音は変化します。良くなるかどうかは、それ以前のものとの違い、望んでいる音の方向によっても違ってくるでしょう。「ストラディバリのニスの秘密を解明した!」と言う職人がいても、塗り替えるのはとてもリスクが高いと思います。一度はがしてしまえば元に戻すことができません。作者のオリジナリティが損なわれるため名のある楽器なら金銭的な価値もがた落ちになります。


モデル


それ以外にも重要そうなのですがよくわからないのは、モデルとアーチです。
よくストラディバリモデルやガルネリモデルなどと言います。これは人によって理解度が違いますが、共通するのは表板や裏板の輪郭の形のことです。ストラディバリモデルのヴァイオリンとガルネリモデルのヴァイオリンで音の特徴があるかと言えばよくわかりません。
同じ量産メーカーのチェロを会社で仕入れていますが、ストラドモデル、モンタニアーナモデル、ゴフリラーモデルなどがあります。機械で作られているのでモデル以外はほとんど同じはずですが音の規則性はよくわかりません。仮説を立てたこともありますが、新しく仕入れたものでは当てはまりませんでした。
同じメーカーでも分からないのに、違うメーカーのストラドモデル同士で共通点はまったくわかりません。
ハンドメイドの楽器でも同じです。

極端に細いモデル、またはミドルバウツが極端に細いととゆったりとした鳴り方は難しいでしょう。これはアーチが窮屈になることとも関係していると思います。モデルの形がアーチに影響するのです。特に高いアーチのオールド楽器では要注意です。
フラットな傾向のモダン楽器や現代の楽器で幅が広いほど良いということでも無いようです。ヴァイオリンでミドルバウツの幅が110㎜を超えるものと105㎜程度のもののどちらにも音量に優れたものがあります。
ストラディバリのロングパターンと呼ばれる1690年代のころのものは細長いモデルですが、ミドルバウツは細くありません。

アーチ


さて問題はアーチです。

アーチについてはフラットなほど音量があり、高いアーチは音が小さいので作ってはいけないと教わってきました。現代では作られたものも少なく高いアーチの作り方に精通している人もいないので本当かどうかもわかりません。しかしオールド楽器には魅力的なものがあって魅了されます。そのようなものを作ってみた結果も魅力的なものでした。少なくとも音の大きさについては極端に違うといことはありませんでした。新作の楽器はまだまだおとなしい物ですが、平らなアーチでも高いアーチでも同じです。


アーチについては3次元の曲面で輪郭の形が不規則なのでとても複雑なものです。
大雑把な傾向で高いアーチとフラットなアーチについて考えてみましょう。平らなアーチのものは裏板や表板単体でみると柔軟性があります。高いアーチでは変形に限度があります。古い楽器を修理するときに取り外した表板をフラットなアーチでは持って曲げてみることができますが、高いアーチだとすぐに割れが生じてしまいます。直しているのか壊しているのかわからないのでとても気を使います。ある程度以上曲げることができないのです。

新しい木材ならもう少し弾力がありすぐに割れることはありません。しかし恐ろしいものです。

これは弓の力をかけたときにも同様でしょう。フラットなアーチなら弓に圧力をかけて弾くこともできますが、高いアーチでは音がつぶれてしまいます。デリケートな楽器でフラットな楽器の弾き方では高いアーチの楽器はうまく鳴らないということです。

他方、板の振動の余韻がフラットなほうが長く、高いアーチのほうが短いのではないかと思います。弦の余韻ではありません。板をタッピングしてもはっきりわかります。
高いアーチのほうが歯切れの良い音になるのではないかと思います。これが独特の味のある枯れた音になると考えています。フラットな楽器ではボリューム感が優れるのも響きの長さにあるのではないかと思います。
これらを総合すると高いアーチのほうが反応が敏感に感じる部分があります。フラットなものではやや遅れて来るような「ブワン」というような鳴り方ができるということです。私の作ったものでは高いアーチのほうが手ごたえを感じるので「力強い」と言う人もいます。離れて聞くとそうでもありません。
フラットな楽器でも手ごたえを求めると鋭い音の楽器が優れていることになります。これを離れて聞くと高音はかなり耳障りに感じます。
一方高いアーチの楽器の高音が柔らかいかというとそうでもないです。それに関してはアーチの高さとの規則性はわかりません。高いアーチなら柔らかい音でも抜けがよく、低いアーチだと柔らかい音ではにぶい感じになるのではないかと思います。高いアーチの楽器は弓の加減がシビアでぶん回すような弾き方はできないでしょう。
それぞれ一長一短で演奏者の好みと相性があるでしょう。すでにオールド楽器を使っている人と、近代の楽器を使っている人でも弾きやすさは違ってくると思います。


このような大きな規則性はあると思います。
しかし同じような高さのアーチの楽器同士でも音が全然違うことがあります。この差はよくわかりません。現代の楽器ならみなほとんど同じようなアーチの高さですが音は違います。アーチの形状を特徴に分けて分類するのは困難です。




古さ


最後に古さについてです。
新品の楽器であれば、どれも一長一短で良い所もあれば、悪いところもあるものです。人によって何を重視するかも違います。
全体的にグレードアップするには古さしかないでしょう。20年でも50年でも弾き込まれた楽器は新品とは音の出やすさが違います。平凡な楽器で50年経ったもののほうがどんな職人の新品のものよりも音が出やすいのです。

じゃあ絶対に50年経っている楽器のほうが音が良いかと言えば、音は出やすくなっているけども、その楽器固有の音は変わりません。音は強くなってもキャラクターはそのままです。好きなタイプの音でないなら50年経ってもダメです。

100年、200年と経って行けばキャラクターも少しずつ変化してきます。300年もすれば古い楽器特有の音になり「作りなどは何でもいい」という面もあります。それでもやはりキャラクターはあると思います。1800年より前に作られた楽器では作風に職人の個人差が大きいため音のキャラクターの違いも大きいと思います。でもアーチがひどく窮屈であったり、板が薄すぎたりしなければ大概は「名器」と呼ぶにふさわしいものです。希少で高価なのでケチをつける人も少ないです。

このように楽器が持って生まれる音の性格は職人が作り、演奏者が時間をかけて育てていくものだということです。古いものほど希少で高価、当たりはずれも大きいわけですから、予算に限りがあるなら新しいものも検討すべきでしょう。

機械で作れないアーチ


ネックの角度も重要な要素ですが、オールド楽器では作られたままのものではなく後の時代に変更されています。狂いも生じるので常に同じ状態を維持することはできません。

白木の量産楽器を改造する方法でも板の厚みや、ニスの質などでハンドメイドの楽器に近いものを作ることができます。チェロではコストパフォーマンスに優れたものです。材料も長年ストックしてあるものをメーカーに渡して作ってもらうこともあります。
ニスの成分は変えることができるので上等な量産楽器なら品質も高く、下手なハンドメイドの楽器よりも優れていることはあり得る話です。特に中途半端な値段のチェロでは現在の機械の優秀さに勝てないかもしれません。

単に音だけならハンドメイドの楽器である必要が無いようにも思います。
自分の好む音が量産楽器で得られる人なら安く済んで得です。

白木の量産楽器を改造する方法で、私の思うようにできないのはアーチです。
機械で初めに加工されているからです。もちろん多くの量産メーカーの中から優れたものを探して購入しています。しかしアーチについては表面の仕上げを入念にすることしか改造はできません。

オールド楽器のようなキャラクターのはっきりしたアーチを作ることをずっと研究しています。現代の楽器製作ではキャラクターのはっきりしないものが多いです。それじゃあ機械で作ったものと何が違うのかということにもなります。

私が楽器を見たときに違いを感じる部分でもあります。オールドと近代以降の楽器を見分けるのはもちろん、量産楽器と造形センスのある職人のものと違いが分かるのはアーチです。巨匠と言われているような職人の楽器でも平凡な職人と才能が変わらないとわかるのもアーチです。
写真や本では全く伝わらないもので偽造ラベルを貼られたものでも図鑑で見比べるとそのように見えてしまいます。人によって見え方も違い、客観的に評価することができない部分でもあります。

次回はもっと詳しく見ていきましょう。

これくらいは考えてやっています

楽器店の営業マンや職人に話を聞けば、「〇〇だから音が良い」という説明を盛んにしてくるでしょう。そのような説明は私も修行を始めて数年の間に学んだことです。一般の人で知っていればマニアと言われるレベルでしょう。

しかし実際にいろいろな楽器を調べたり、作ってみたりするとこれらがおかしいことに気づきます。間違った知識を信じるくらいなら、ただただ試奏して音だけで楽器を選ぶべきです。音のほかに値段に見合ったものかどうか、修理や状態、演奏上問題が無いかも重要です。

音について全く分からないということではありません。
以上のことくらいは考えてやっています。

他には品質なども考えられます。バスバーについては少し触れましたが、力のかかり具合に影響があるでしょう。板の厚みやアーチのカーブが不規則なら音程とは関係のない雑音が多くなるような気はします。接着部分が不完全なら振動エネルギーがロスする場合もあるでしょう。精度が悪ければネックの角度にも問題があるでしょう。しかしケースバイケースで規則性を言うのは難しいです。


演奏者の方が気にする点からするとかなり大雑把だと思います。それくらいしかわからないということです。





こんにちはガリッポです。


パフリングの話です。
私はパフリングとして埋め込む象嵌は自分で作っています。しかし一般的には市販されたものを使う人が多いでしょう。これを自作すると中国製の安いヴァイオリンくらいのコストになるからです。

大量生産品ではパフリングだけを専門に作る工場があり、戦前の東ドイツのものには独特のものがあります。いかに有名な作者のラベルが貼られていても東ドイツの流派のものという動かぬ証拠となるのです。

私が自分で作るのはオールド楽器のコピーを作るときに作者の特徴を表すためです。ちょうど良いものが市販されていれば良いのですが難しいです。
現代のものは特徴として全体として太めで特に白い部分が太くなっています。その方が現代風できれいに見えるからです。現代風の楽器を作るなら自分で作る必要はないでしょう。

以前は特注で希望通りのパフリングを作ってくれる業者がありました。今回問い合わせてみるとギターのほうがメインでヴァイオリンやビオラのものはやっていないそうです。そこで弓のパーツを作ってる業者が薄い黒檀の板を扱っているというので購入しました。



0.4mmの厚さにしたいのですが、買ったものは0.5㎜です。0.1㎜だけ薄くするのは意外と厄介です。表面は機械で加工した跡が残っているのでそれをスクレーパーなどで仕上げれば行くかと思いましたが思ったほどではありませんでした。黒檀は堅くすぐに切れ味が落ちていまい、力を入れると周辺ばかりが削れて厚みにむらが出てしまいます。
しかしカンナを使うと逆目が出てしまうと割れてしまい終わりです。
そこで通常25~30度に研ぐカンナの刃を90度に研いだものをセットします。日本では立ち鉋というものに近いです。主にカンナの台を調整するのにつかわれるので台直しカンナともいわれます。
西洋ではスクレーパープレーンと呼ばれるものがあり、弓職人などは必須の道具です。専用のものはとても高価で出番も少ないのですが、簡単な裏技で代用ができます。
これは安価な楽器に付いている質の悪い指板を削るときも有効です。


黒檀は割れやすく扱いには慎重さが必要です。安価な製品では木材ではない人工繊維が使われています。

黒檀は伸縮性が無いためまっすぐな状態で貼り合わせるとカーブの内側と外側で長さが変わってしまうので曲げることができません。
昔は貼り合わせずに溝に入れて行ったという説もありますが、リスクが高いです。
特注で作ってもらうのが難しいのはこのためです。黒檀を使ったものは市販品でも初めから曲げてあります。

白い木を染めたものもありますが、今回は上等な材料でということですから黒檀を使います。そのためパフリングだけで中国製の楽器が買えるくらいのコストになるのです。それでも慣れたものでテキパキとできるようになりました。

ナイフで切り込みを入れていきます。
はじめにパフリングカッターという道具で線をひっかいた後ナイフで切り込んでいきます。これはフリーハンドなので手元が狂えば脱線してしまいます。初めてヴァイオリン作りを習うとき難関となる部分です。したがって未熟な職人のパフリングは溝の切り方が汚いのですぐにわかります。量産品では機械を使っています。最近では機械の性能が上がってあまりひどいものは少ないです。しかしよく見るとミスしたところをパテで埋めてあります。

前回はデルジェズのコピーだったのでとても苦労しました。デルジェズは未熟な職人のように脱線してしまっているのです。
オリジナルと同じところを同じように脱線させるため狙っていかないといけないので手間がかかります。

ナポリのガリアーノ派は専用の道具もなかったのではないかというくらい汚くて、隙間を白い粉ではなく黒い粉で埋めてあるのでとても汚く見えます。
そのためガリアーノ派の楽器だと見分けがつくのです。

東ドイツのマルクノイキルヒェンの19世紀~20世紀初めころのものはパフリングとエッジの端までの距離がとても近いものがあります。オールドのスタイルでもあるし、モダンのスタイルのでも同様のものがあります。モダン楽器にスタイルが変わる中でも見直されなかった部分です。中には上等な木材で作られ有名な作者のラベルがついているものがありますがほとんどは大量生産品です。

他にオールド楽器でよくあるのは、表板と裏板でパフリングが違うものです。これは後の時代の人が表板を新しく作った場合に見られます。完全に同じパフリングにするのは難しいですが、アーチなどの作風や古さ加減も違うことが多いです。家族経営の工房で分業で作っていた可能性もあるのですが、パフリングが違えばかなり疑わしいということになります。


このようにパフリングは作者や流派の特徴が出る部分です。今回はアマティなのでオリジナルも脱線のミスをしていません。そのため私には簡単なのです。アマティは輪郭のカーブが独特の丸みをしているため、パフリングのカーブも滑らかになっています。パフリングのカーブの綺麗さがアマティの独特の部分です。

できるだけ手数を少なくするのがミスをする確率を下げるでしょう。溝をパフリングの幅よりも狭めにしておいて
やすりなどで広げて入れるというやり方もありますが、気の遠くなる作業で疲れたころにやすりでミスをしてしまうのです。

長嶋さんみたいですがパンと切ってポンと入れるのが理想です。

十分な深さまで切り込みを入れると中を抜いて溝を彫ります。

デルジェズは象嵌自体も厚みがバラバラでオリジナルと同じになるようにはじめ厚めに作っておいてオリジナルの写真を見ながら白い部分や黒い部分を削って行って厚みのむらを再現しましたので大変に手間のかかるものでした。アマティはかなり均一で機械で加工された市販品でも通用するくらいです。しかし機械のものは均一すぎるでしょう。手打ちそばやうどんのように人間業として恐るべき均一さでも機械のような均一さではないのです。それも0.1㎜厚い材料を買ったのでわずかなムラは生じています。ストラディバリでも同様で機械で加工すると均一すぎます。


出来上がってみると隙間もなく脱線もありません。隙間を粉で埋めるような必要はなくノーミスです。これが慎重に慎重を重ねてやるとかえっていくつかミスするものです。


先端もこれくらいなら十分でしょう。細めのパフリングできれいに見せるのは難しいですが、カーブも優雅に湾曲しています。

アマティもすべて同じということもないし、古いのでコーナーの先端が摩耗してよくわからなくなっているものも多くあります。しかし後の時代の人を入れても最高水準の綺麗さだと思います。ストラディバリの晩年のほうがいい加減なくらいで、それを誇張したフランスの楽器もあります。

ミスの無さだけではなく美的にもバランスの良いものでカーブには独特のエレガントさがあります。アマティの影響が強い楽器はすぐにわかります。ストラディバリではもうちょっと自然な感じで、デルジェズになると無神経なものです。
これもオールド楽器やアマティ派の楽器であることを見分けるポイントです。

アマティを模した楽器はフランスやオランダのオールド楽器にもあります。特徴が大げさになっていることもあります。


アマティのコピーを始めたころはオリジナルのクオリティの高さからとても緊張しました。今ではそれが普通になっています。ビオラの場合にはヴァイオリンにくらべて大きくパフリングも長いはずですが、カーブも緩やかな分ミスが無くできたと思います。



パフリングは溝が広すぎると緩くなって隙間が空いてきます。ビリつきの原因になるものです。今年もメンテナンスをしたヴァイオリンでビーンと異音が聞こえるのです。見るといたるところのパフリングと溝の間に隙間があり、にかわを流し込みました。結果としてビリつきは無くなりました。しかしまたにかわの水分が蒸発したら開いてくるかもしれません。

出来立てのころはニスが流れ込んで埋まっていた隙間も乾燥してやせてきたり、板が変形してくると間が空いてくるのです。もともと隙間があったところが開いてくるのです。古い楽器でもピッチリとパフリングが入っていれば周辺と一体化して開いてきません。
隙間が空いていれば職人としては下手くそだということです。

デルジェズやガリアーノのように下手くそでも音が良い楽器はあります。彼らを超人的な腕前の名工だと考えるのは間違っています。
音の良さと職人の腕前は直結しないのです。

もちろん一般論として見れば汚いパフリングの入った楽器のほとんどが粗悪品です。