ビオラ製作の終盤 | ヴァイオリン技術者の弦楽器研究ノート

ヴァイオリン技術者の弦楽器研究ノート

クラシックの本場ヨーロッパで職人として働いている技術者の視点で弦楽器をこっそり解明していきます。

こんにちはガリッポです。

アマティ型のビオラは紹介が遅れていますが、すでにニスを塗る作業に入っています。今はそのことで頭がいっぱいです。

アンティーク塗装の手法は誰から教わったわけでもありません。10年以上やっているので少しずついろいろなことが分かってきています。職場で「アンティーク塗装のやり方が分からない」と言っても誰も教えてくれません。

やり方の手順を確立してマニュアル化したいところですが、本当のオールド楽器は楽器によって全く違うのでマニュアル化してはいけません。
例えばアマティの場合にはオリジナルのニスがほとんど残っていなかったり、残ったニスも明るい色をしていたりします。色を濃くすればとりあえず古く見えます。多いのは普通の新作のやり方を応用してニスを剥げたようにしたり人為的に傷をつけたりするものです。

それに対してアマティは明るい色なのに古く見えるのでこれは難しいです。全く一般的な新作のやり方は通用しません。

いわゆる黄金色の楽器です。
黄金色にしようと思って黄色のニスを作って塗ってみると全く違うものが出来上がります。明るすぎてまだ黄金色が出てないなと思ってさらに塗り重ねていくとオレンジ色になって行きます。さらに塗り重ねていくと赤茶色になって行きます。夢の黄金色の楽器が作れません。

一方古い楽器の修理をしているとき、ニスがごっそり剥げているものがあります。保護のためこれに薄くニスを塗るだけで黄金色が出ます。薄い色のニスでもわずかに黄色みがあって木材が黒ずんでいたり汚れが付着しているせいで黄金色に見えるのです。

わずかな黄色で黄金色が出ないと、黄金色を通り越してどぎつい黄色やオレンジになってしまうのでしょう。仮説です。
より詳しく言うと暗い黄色です。単に薄い黄色のニスを白木の楽器に塗れば明るい真っ白なままです。

どぎつい黄色やオレンジが私は好きではありません。一般的な新作ではよくあるニスの色です。完成した楽器ではそれほど気になりませんが、ニスを塗る作業で毎日見ていると目が敏感になりすぎて嫌になってきます。

このような手法はうちの職場では私だけができるものですが、修理をする場合でも必要な能力です。欠けた部分を復元するのに必要だからです。コントラバスの表板を新しくする修理では当然のように私に仕事が回ってきます。


作業です。

バスバーを取り付けます。クランプは数を多くして締め付ける力を弱くするのが理想です。力が強すぎると表板にめり込んでしまいます。


裏板を接着します。

ビオラらしくなりました。すでに着色をしてありますが、アマティはそんなに強く着色しないほうが良いでしょう。アマティも着色することは知っていたでしょう、楽器によって明らかに染めているものがあります。全く染めないと後でがっかりすることになります。理屈では無くて見え方です。

表板も接着すると胴体ができます。

次はネックです。

先ずは3面を加工して90度ずつにします。厚みも最終的な寸法にします。








ビオラで難しいのはヴァイオリンに比べてずっと大きいのに幅はそんなに変わらない所です。とても細長くなります。指板はヴァイオリンをそのまま拡大して作られることも多くありますが、人間の手の大きさは変わらないのでビオラだからと言って指板を太くするわけにはいきません。特に今回は小柄な人のためのものですから。
指板は細いのにペグボックスの幅を広くできないのです。
チェロ型のものなら指板の幅と関係ないものができるので立派に見えますが、演奏上邪魔になる可能性があります。
ペグボックスは指板に近い方の幅が広く渦巻のほうに向かって細くなっていきます。指板が相対的に細いので角度が難しいです。一方渦巻のほうを細くしすぎるとペグのD線を巻き取る所が窮屈になります。アマティはヴァイオリンでも窮屈になりがちです。

アマティらしい繊細な感じが出ているでしょう。


オリジナルのバロック仕様では幅の太い指板がついていたことが予想されます。オールド楽器では継ネックをしてモダンに修理するときに細い指板に変えられていることが多いです。
このようにペグボックスの幅のほうが指板より広くなっています。

ドイツやチェコの近代の楽器では指板の幅とペグボックスの幅が同じなっていることが多いです。特に戦前のチェコ・ボヘミアのものは細い指板がついていたのでペグボックスの幅が狭いです。




ちゃんと手作りで作っています。音には関係ない所ですが、アマティは美しいものを作るのが好きだったのでしょう。


ネックはもちろんモダン楽器として取り付けます。高いアーチの楽器はモダン楽器のネックの付け方ではうまくいきません。駒の高さを同じにするにはネックをかなり斜めに入れなくてはいけなくなります。根元の部分を高くすると角度は水平に近くなりますが、弦に引っ張られて角度が狂いやすくなります。特に高いアーチの楽器は表板に弾力が無いためネックの付け根に負担がかかり角度が狂いやすいです。
新作では数か月から1~2年でかなり狂うことがあるのでかなり高めに急な角度に入れておくことにしました。
ネックの角度を急にすると表板を弦が押し付ける力が強くなります。不自然なアーチなら表板の中央が陥没してしまいます。それについては特に注意を払ってアーチを作りました。高めのアーチとネックの取り付けには頭を悩ませていますがその分経験もあります。

一般論として急な角度で入れると細く鋭い強い音になり、水平に近い角度にすれば豊かに響く柔らかい音になるはずです。修理などでは持って行きたい方向に加減する必要があります。新作なら自分の音の特徴から角度を決めると高度な技術と言えるでしょう。

ネックの加工も特に難しい作業の一つです。手が小さな人であれば特に気を使います。

ネックを接着します。

もう出来上がりかと思うかもしれませんがまだまだ繊細な仕事が続きます。

ボタンと呼ばれる部分です。安価な楽器なら確実に仕事が甘いものです。上等な楽器と見分けるポイントです。古い楽器では摩耗したり、修理の時に削られているのでグズグズに見えます。

指板がつくとビオラらしくなります。私がアマティをイメージしてデザインしたf字孔もバランスよく、表板全体もはっきりと特徴のあって「顔」があると思います。

かなり細かい作業は省略しましたが、これでニスを塗るところまでこぎつけました。

前回のヴァイオリンで完成間近になって編み出したテクニックを今回は初めから使いたいと思います。長年試みて上手くいかなかったことがわかったのです。

ニス塗では大きなミスをしてしまうと取り返しがつかなくなります。ザクセンの量産品の様にわざとらしくなってしまったら終わりです。
自然に古く見せるために根気よくやる必要があります。