ニコラ・アマティの話、E線アジャスター、ビオラのニスなど | ヴァイオリン技術者の弦楽器研究ノート

ヴァイオリン技術者の弦楽器研究ノート

クラシックの本場ヨーロッパで職人として働いている技術者の視点で弦楽器をこっそり解明していきます。

こんにちはガリッポです。

細心の注意を払いつつ、いつも通り働いています。

ニコラ・アマティのヴァイオリンについて前回書きました。私が見たアマティのヴァイオリンですが、さらに調べてみるとニコラ・アマティの晩年のものであることがわかりました。年齢を計算すると80歳になるはずです。
そう考えるとアマティ兄弟と一緒にやっていた若いころと作風が違ってもおかしくありません。

仕上げの完璧さはないとはいえ80歳と考えると驚異的です。板は私でもびっくりするほど薄く350年ほど持っているのですから設計が素晴らしいです。表板は2mmくらいしかないのに弦の力に耐えられるのですから弦楽器というもののすごさを思い知ります。前回はお城の話をしましたがそれが高級品であるかというよりも、2mmの厚さで350年経ってもびくともしないというのがすごいです。もちろん割れが無いわけではありません。中は修理で木片をたくさん貼り付け補強されています。そのような作業の過程で多少は削られているとは思います。それでも壊れないのですから。
裏板はちゃんと中央は厚く作ってあります。これもどうして思いついたのか謎です。フランスのモダン楽器でも同様になっています。そのことを最初のヴァイオリン職人の家族が分かっていたというのが驚きです。この点については最初に作られた時点で完成しているのです。

「濃い音」がするのも木材が古くなり枯れているだけでなく板の薄さも関係しているでしょう。私でもそこまで薄くは作りませんから。音色で考えればとても暗い音です。

このようなアマティなどのオールド楽器の音に比べてストラディバリやデルジェスは倍音の響きが豊かで明るいかもしれません。音が明るいから良いということはこのケースでは言えるでしょう。最も暗い部類の楽器と比べてストラディバリが明るいと言っているだけです。明るいほど良いということではありません。



もうひとつ面白いのはニコラ・アマティのヴァイオリンは資料はたくさんあります。どれも同じものがありません。でもキャラクターははっきりアマティの晩年のもので少しずつ似ているところと違う所があります。サイズは最も大きいものでした。現在でも4/4として通用するサイズです。大きさによって値段には大きく差が出ますからニコラ・アマティの中でも高価なものだと思います。1億円ほどの値段になるでしょう。

ニコラ・アマティのヴァイオリンは同じように見えても時期に関係なくモデルはいくつもあって寸法はかなり違います。中にはデルジェスのようなモデルもあります。同じ木枠でもコーナーやf字孔をデルジェスにすればデルジェスが作れそうです。

とてもばらつきがあるのも特徴でしょう。f字孔もみな違います。おそらくフリーハンドで作っていたのでしょう。そういう意味でもとても創造性があると思います。こうじゃなくてはいけないと決まっているのではなく、だいたいの感じで作っていたのでしょう。「だいたいの感じ」というのは難しくてつかみにくいものです。

このような創造性は弟子にも受け継がれてクレモナ派の一派を形成したことでしょう。現在の工業デザイナーのように「斬新なデザインにしてやろう」というのではなくて大体の感じで作っているうちになんとなくその人の形が出来上がっていくようです。ストラディバリの若いころと黄金期のf字孔を比べても基本的には同じです。なんとなく丸が小さくなってスマートになって行くようです。でもデザイン画を描いてやってるような感じではなくて作っていくうちにちょっとずつ変わっていったようです。

今回見たアマティに話を戻すと、息子のジローラ・モアマティのものに類似点が多くあります。80歳ですから当時30歳くらいの息子が手伝ったかもしれません。完全にジローラモが作ったかもしれません。また最晩年の作風をジローラモが受け継いだとも考えられます。いずれにしても親父に反発して違う路線を目指すなどということは無かったようです。

ストラディバリやデルジェズには発明のような技術革新は無いと考えています。
創造性はアマティ家にも備わっていて作風が変化していくのが普通だったのでしょう。このような創造性は教えるのが難しく、すぐにクレモナ派が途絶えてしまった原因でもあるかもしれません。



次はアジャスターの話です。

このE線アジャスターはヒルのものです。

こちらはウィットナーのものですが、右がヒルタイプです。日本でも高価な楽器を持っている人はヒルタイプを付けている人がよくいます。うちでは左のタイプを標準装備にしています。大きめに作られていて可動範囲が大きく扱いに神経を使わなくて済むからです。

このようにテールピースに多少の改造を加える必要がありました。この場合アジャスターが弦をまたぐ黒檀の部分にぶつかって稼働範囲が制限されてしまいます。

改造しなければ使い物にならなかったでしょう。ウィットナーのものならそこまで問題ないかもしれませんが、通常のものならずぼらな人でも無理がありません。

アジャスターは弦が伸びて来るのに伴ってネジがどんどん入っていきます。可動範囲の限界に来るとそれ以上動かなくなるのでネジをいっぱいまで戻してペグで調弦をし直す必要があります。
ヒルタイプならマメにそれをする必要があるというわけです。

弦の長さもそろって収まりは良いですが。こっちでは細かいことにこだわる人が少ないので神経質な日本人が好むものかもしれません。

E線にボールエンドとループエンドというのがあるのはこのためで、ヒルタイプにはループエンドという先端が輪っかになっているものを使います。大きい方のアジャスターにはボールエンドという球がついているものを使います。弦を購入するときは注意が必要です。
ボールを取り外してループエンドとして使えるものもあります。




ビオラも最後のニスを塗りました。

塗りたてなのでテカテカになっていますがいわゆる黄金色になりました。黄色のニスを塗った新作楽器とは違います。



ディティールでは表板に汚れが残っている感じがうまくいったと思います。今回新しいやり方を試してうまくいきました。

スクロールも汚れがいかにも描いてあるという感じではなく自然に仕上がったと思います。



光の反射の少ない角度で撮影しました。

このようになるとどのモデルかにかかわらずいかにも私の作った楽器という感じになります。オールド楽器らしさとともに見ていて心が和むような心地よさがあると思います。単に汚いだけなら神経を逆なでるものです。

わざとらしくならないように根気よく作業を続けました。駒より上の部分は松脂が多く付着するため他の部分よりも掃除されて逆に明るくなっているのです。これはケースバイケースでべとつく松脂に汚れがついて同じ部分が真っ黒になっていることもあります。ヴィヨームによくあって同じ手法はマネされました。

ザクセンの量産品なら汚れの付け方もわざとらしいものです。これくらい控えめが良いでしょう。

全体としてみると古びたような塗装ではありますが、楽器は傷んでいるところはなくアンティーク塗装で21世紀に作られた上質な楽器でニセモノをだまして売ろうというものではありません。

私が作る楽器特有の雰囲気があるのでこれは「作風」と呼んで良いでしょう。アンティーク塗装でも人によってやり方違うので同じようなものは見た事無いです。モノマネは邪道だと作られた新品らしい楽器のほうがどれもそっくりです。

ニスは塗りたてで光沢がありすぎるので少し落ち着かせます。光沢は表面が滑らかなためにそう見えます。すりガラスと同じで細かい傷で覆われると曇って見えるのです。艶消しになりすぎないように適度な加減にします。

実際のオールド楽器は表面に無数の小さなへこみや傷があります。普通の新作のように表面をつるつるに仕上げてしまうと新品のように見えます。これは修理でもよくあって、本当のオールド楽器に保護用のニスを塗るとアンティーク塗装のコピーのように見えることがあります。それもいつかはへこみや傷に覆われることになります。

私はニスの表面に細かな凹凸を付けることでいかにも新作という感じを避けるようにしています。本当に使われていた楽器のへこみとは違いますが、パッと見たときの印象に違いが出ます。アルコールニスでは刷毛の跡が残ってしまい完全に研磨しなくてはいけないのでこのようなことは不可能です。オイルニスの粘性を利用したテクニックです。

革製品に例えるとエナメルのようなつやつやのものがあります。これは革にニスを吹き付けたもので同じです。それに対してシボ革というのは革のぶつぶつがあります。そこまでいかなくても天然の皮膚の細かな皺(しわ)があることで革らしく見えます。つるつるならビニールかと思うでしょう。人造レザーではいかにこれを再現するかに苦心してきたはずです。

同様にニスの表面もつるつるでは新作のように見えてしまいます。スプレーで塗った楽器のようでもあります。

古い楽器でも修理ではつやつやになるように表面を磨き上げますが、一番つやがあるのはスプレーで硬いニスを分厚く塗ったものです。これをスーパーニコという液状の磨き粉で磨くとピカピカになります。
ウィーンフィルのニューイヤーコンサートなどを見ると専属の職人がその日のために入念に磨き上げたことが分かります。しかし天然のニスなら使っているうちに光沢もなくなってきて定期的に手入れが必要となるのが普通です。

新品の場合にはつやがあると第一印象で新しく見えすぎるので私はわざと光沢を抑えます。数年後に手入れするときはピカピカに磨きます。それからは古い楽器と同様のケアを行います。ニスの表面の凹凸は磨くほどなくなっていきますが同時にへこみや傷など使い込んだ感じがついてくることでしょう。